◇・◇ 愛シテアゲル ◇・◇

TOP BACK NEXT

 1-3 怖いのは俺もいっしょだよ。

 

 キスもされて、男の手が柔らかい肌を求めて触れた。
 そんなムードができあがっているのだから、小鳥だって覚悟は出来ている。
 『おいで』とベッドルームに連れてこられて、いまさら『恥ずかしいから』なんて言えるはずもない。
 もう彼はすっかりその気だった。小さなベッドルームには、既に仄かな灯りがつけられていたから、小鳥と過ごすつもりで整えていてくれたことがわかる。
 それになんだろう。この部屋の匂いに、小鳥はうっとりしてしまう。いい匂い。男の匂いも微かにあるけど、男の人の家に来たと思っていた玄関とは違う甘い匂いがする。
 それだけでうっとりしていたら、もう翔の胸に深く抱きしめられ、真上から温かい唇を重ねられていた。
 今度は強く翔兄が唇を割って入ってきた。小鳥もそっと合わせる。彼に応えることが、今はこうして合わせることしかできない。
 もうキスだけで頬が熱い……。こんな時……。おかしいけれど、小鳥は父親の英児と琴子母の姿を思い出していた。
 小さい時、朝の洗面所でこっそりふたりがこうして大人のキスをしていたなあと。子供の前で英児父が母が好きなあまり抱きついたり、軽くキスをしたりする愛情表現と、あれは違うと幼心に感じていた。
 あそこだけ湿り気を帯びた熱情を感じていた。大人だけの秘め事。そんなキスをして愛しあっていた。小鳥は今、自分も同じものを大好きな人と交わしている。そう思うと、胸の奥からもぎゅっと熱いものがこみ上げてくる。
 小鳥――。
 キスが終わると、彼の息だけの囁きが熱く耳元に触れる。翔の手がさきほど荒っぽく引き出されたタンクトップの下に再び潜り込んでいく。男の大きくて骨張った手が熱く肌に触れただけで、小鳥はびくりと震えてしまう。
「小鳥、緊張――しているな」
「……だ、大丈夫だから」
 なにもかもハジメテだと知っている彼が、とても気遣っているのがわかる。肌に触れた男の手に、小鳥は『躊躇い』を感じ取っていた。
 岬で初めて肌に触れてくれたお兄ちゃんの手は、こんなに迷っていなかった。あの時の翔兄の手は、気遣ってくれていたけれど、本当に男の渇望を秘めた手だったと――、小鳥は女として感じそこに初めての悦びを得ていたと今なら思う。
 でも。今日の翔兄は躊躇っている。小鳥のふっくらとした乳房を包んでいるランジェリーの真下で止まっている。
「平気だって」
 どこまでも見つめてくれている黒い目に、小鳥は微笑みかける。でも、もしかするとひきつっていたかも? ううん、もうなにも気にしない!
 さらに覚悟を決めた小鳥から、着ているチェックシャツを脱ぎ始める。タンクトップ一枚になったら、今度は自分からデニムパンツのボタンを外して、素足を彼に見せた。
 ハジメテの私が怖がっていると、優しいお兄ちゃんを困らせてしまうから。
 そういう思いきりだった。
 もしかすると、翔兄から見れば、いつもの小鳥に見えるかもしれない。『何事も思い切っている女の子』である小鳥を見て、らしい――と思ってくれたのか急におかしそうに笑ってくれる。
 そんな彼を見て、小鳥はちょっと憎らしくもなる。思いきりは『小鳥らしい』かもしれないけれど、本当は、本当は、すごくスゴク凄く恥ずかしいのだって、わかってくれていないと密かにむくれる。
 笑った彼も、遅れてネルシャツを脱ぎ捨てた。こちらも思いきりがついたのか、男らしく荒っぽい脱ぎ方。
 タンクトップ一枚とショーツだけになった小鳥と、ボクサーパンツだけになった素肌の翔兄が向かい合う。
 ……初めて、見た。彼の、素肌、裸?
 思いきって服を脱いだはずの小鳥だったが、思わぬ男性の出現に、固まってしまった。
 やっぱり。この人は父親と同じ仕事をしている人だと思った。
 程よい胸筋に、割れるまではいっていないけれど引き締まった腹筋。そして筋肉がついているとわかる程度の逞しい腕。艶やかな肌がうっすらと汗を滲ませているのがわかり、彼の身体も火照っているとわかる。
 しかも――。汗の匂いが、小鳥がよく知っている男性の匂い。それを彼から強烈に感じている。
 男――。これが男だと、小鳥はもう知っていた。この匂いを強烈にはなっている男に育てられたから、この匂いにはいつも敏感だった。それがいま小鳥を急激に襲う。
 目眩がする。甘い部屋の匂いと、男の匂いが、小鳥の中にある硬くなっていたものをほどいていく……。
「小鳥?」
 どんな顔をしていたのだろう。たぶん馬鹿みたいにうっとり惚けてただただ翔を見つめていたのだろう。彼が心配そうに小鳥の顔を覗き込んだ。
「なんだよ。そんな顔するなよ。見慣れているんだろ。『お父ちゃん』のとか、弟の」
「そ、そうだけど。ぜ、全然違うよ」
 大学を卒業して龍星轟に来たばかりの時は、勉強ばかりしてきたいまどきの細身のお兄さんだと思っていた。
 それから何年かして、整備という仕事柄、力がいるだろう腕が逞しくなっていくのを小鳥は見てきた。
 だけれど長身のその肉体は、いつも整備服に包まれて隠されていた。彼をずっと見てきた小鳥の目には、腕が逞しくなってきた細身の背が高いお兄ちゃんぐらいの。
「知らない男を見るような、そんな顔するな。知らない男に抱かれるような、そんな顔」
 俺が知っている小鳥の眼差しで、いつものように俺を見て欲しいのに。彼がそっと囁いた。少し怒った顔をするなんて……。まるで小鳥が知らないお兄さんに出会って、その男にのぼせあがっているのが許せないような顔をしている。
「今の私、翔兄を見て、ぼうってしているんだよ」
 そんな意味不明な嫉妬心を見せた翔兄を思って、ついに小鳥は自分から彼の首に抱きついた。
「どうしよう。翔兄、もう私、どうしよう。だってお兄ちゃん、本当に素敵なんだもん」
 先程までの恥じらいは、緊張はどこに行ったのだろう? 大好きなこの人に、自分がどれだけ大好きか知って欲しいと思った途端、小鳥の中から熱く溢れて流れ出ていく勢いで、彼を抱きしめている。
「好き、翔兄。大好き」
 素肌の男に抱きついて、小鳥はつま先を立てて、彼の唇にキスをした。
 その時、翔兄がまた。身体を硬くした。気のない女の子が抱きついてきて、困った身体の反応……、いままでは。でも、いまはもうそうではないと思いたい。小さな女の子だった小鳥からの『お兄ちゃん大好きのキス』が突然で驚いているのだって。
「小鳥、本当に良いんだな。この前より、俺……、欲しいまま荒っぽくなると思う」
「いいよ。私だってなにもかも知っているよ。身体が知らないだけ。もう子供じゃないんだから」
 翔の黒目を見つめながら、小鳥はもう一度唇に軽くキスをする。
 カノジョからなにもかもお許しがでた、あるいは、幼いカノジョの覚悟を受け止めたからなのか、翔兄の目の色が変わった。
 抱きしめられて直ぐ、小鳥はすぐそこのベッドに押し倒された。でも優しく、彼が小鳥の背を抱いたまま柔らかに倒れてくれる。
 男の匂いがするベッドで、小鳥は無抵抗に力無く寝そべった。今夜はなんでもお兄ちゃんにお任せする……、そう思って両手をあげてそのままくったり。
 そんな女の身体の上に、翔が覆い被さる。待ちきれないように大きな手が、タンクトップとブラジャーをめくりあげた。
「ほんとうだ。残っていたな」
 彼の指が、五日前に残されたキスの痕をなぞった。
 彼の黒髪が降りてくる。その痕にまたキスをしてくれる。
「しょ、翔に、い……」
 次には、胸の先に甘い痛みが走った。彼がそこに口づけて、きゅっと強く吸った。
 うっ。はしたない声を突き出しそうになって、小鳥は手の甲で口元を押さえて堪えた。
 ああ、なんか泣きたい。涙がでちゃう。なんだろう、そこを愛されるとなんで泣きたくなるのかな? その通りに、小鳥は泣くような声を堪えていたし、目頭が熱くなってとろけそうだった。
 お兄ちゃん。そんなふうになっちゃうんだ……。
 これまで憧れて遠くからみつめていた時は、本当に品行方正な優しい王子様だと感じていたと思う。勿論、小鳥が女として成長していく内に、『実際はそうではない部分もあるだろう』とは予測していた。いまが、それ。
 男になっている。五日前、彼と両思いだって確かめ合ったあの岬の出来事のように。あの時、小鳥の乳房を露わにして、厭わず、男の顔で愛撫した彼の口先に舌先の熱さとか、粘りとか、湿り気とか、甘い痺れに狂おしい痛み。あれが蘇ってくる。
 小さく喘ぐ小鳥を見下ろしながら、翔はそっとゆっくりと小鳥の腕へと着ていたものを抜いてベッドの下に放ってしまった。
「怖くないのか」
 落ち着いている小鳥を下に、見下ろしている翔兄が心配そうに見つめてくれている。
「怖くないよ……。ドキドキしているけど、気にしないで」
 その言葉にも安心してくれたのか、女の身体に慣れているふうの手先が、ショーツも優しく脱がしてしまった。
 仄かな灯りの中だけれど、彼の目の前で、小鳥は裸体を晒していた。
 彼の目を見た。黒く潤んでいて、お兄ちゃんも泣いているように見える? 彼も小鳥を見て、いつもと違う顔をしている。
 だけど直ぐに、よく知っているお兄ちゃんの笑みを見せてくれる。
 荒っぽくなるなんて言っていたけれど、翔は落ち着いていた。何事も静かにゆっくりで、じっくりしていて、小鳥が戸惑うような勢いなど皆無で、ほんとうに優しく優しく触れてくれる。
 だけど小鳥はなにもかも任せていながらも、黒毛がちらりと見え始めて、つい顔を背けてしまう。
 あー、どうなんだろう。私って不格好じゃないのかな。あーどうなんだろう。綺麗とかそんなんじゃないし。
 男から好んで欲するところだとわかっていても、小鳥にはまだよく解らない。小鳥のそこを、本当に愛してくれるのかなんて、自信がない。
 だけど翔は、真顔でそこを見つめていた。もう小鳥の顔でも、乳房でもなく。初めて目にするカノジョの秘密の場所。小鳥にとっても大事にとっておいた大事な場所。
 でも小鳥はいま、嬉しさも感じていた。最初に見せるならこの人、最初に触れても良いのは、このお兄ちゃんがいい。そう決めていて、その通りに彼に届けることができたような嬉しさもじんわりと広がっていく。
 彼の手がそっと、足を開いた。目線がまっすぐに黒毛に向かっている。もう小鳥の胸は緊張で張り裂けそう。そっと目をつむった翔の唇が、小鳥の柔らかい足に落ちる。ちゅっちゅと可愛らしいキスをしてくれている、なのに、そのキスが少しずつ少しずつ、黒毛の側に近づいてきた。
 シャワーも浴びていないのに。どうしよう。
 お兄ちゃんは平気なの? それともここで言った方がいいの?
 心配なことがいっぱいあるのに、それが言えずにいた。本当に後悔。花梨ちゃんに、どうすれば心配なんてしなくていいエッチができるか聞いてくればよかった――と。
 そんな『ハジメテだらけ』でどうしてよいか戸惑っているうちに、彼の唇が優しく黒毛の中に沈んでいった。
「んっあ」
 思わず背を反ってしまった。なにもかも想像はしてきたけれど『本物』は思った以上、小鳥を翻弄する。
 でももう、翔はお構いなしになっている。小鳥が激しい反応を見せても、もう彼は躊躇っていない。
「あ、やっ。翔、翔兄っ」
 それどころか、ねっとりとした熱いかたまりのようなものが、小鳥の黒毛の奥へぐいぐいと入ってくる。熱く湿っぽくて、でも……。
 くちゅくちゅとした小さな音が耳に届いた。甘い花のような香りがしていたこの部屋でなりやまない。
「あ……、」
 彼が優しくキスをしたり、強く舐めたり、しつこく吸ったり……。小鳥の頬が燃えるように熱くなる。そしてその愛撫に小鳥も虜になってしまう。
 お兄ちゃん、そこ平気なんだ。そこも、私、泣いちゃうよ……。
 灼けるような狂おしさがなんども小鳥を襲った。はしたない声がでないよう堪えるのがせいいっぱい。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん。もう、だめだよ……」
「まだだ。俺が安心できない」
「安心て?」
「ちゃんとしておかないと、小鳥が困るだろ」
 やっと唇の愛撫から解放され、ひと息ついたのも束の間、今度は黒毛の奥から痛みが走った。
「いっ」
 『痛い!』と叫びそうになって、小鳥はその痛みごと飲み込んだ。男の長くて太い指が黒毛の奥の奥で突き立てられていた。
 初めて、自分の身体の中に入ってきた男の――。
 だけど乳房を愛されたり、黒毛の奥を厭わず舐めてくれたような、甘美な熱さが僅かにあった。熱くて痛いけど、なにかでいっぱいに満たされる様な。灼けつく痛みが。
 それだけで、小鳥の身体がぎゅっと熱くほてる。
 そんな小鳥を翔はじっと怖い顔で眺めている。
「痛いだろ。これだけで。あともう少し――」
「もう、少しって」
 また、くちゃくちゃと舐められてばかりになるのかと思ったら、今度の翔は小鳥に覆い被さって、優しく額の黒髪をかき上げてくれる。しかもそこにお兄さんらしい優しいキスをしてくれる。
「力、抜いて」
「うん」
 彼の唇が、小鳥のまぶたに、鼻先に、耳元へと、あちこちキスをしてくれる。
 淫靡で卑猥な愛撫の後に、夢のような優しいキスの雨。
 だけどキスをしながら、先ほど小鳥の中に侵入し突き立てた指先はそのまま。じっくりそっと動かし始める。
 やっぱり痛い。でも小鳥は、それを悟られないよう必死に隠した。なのに、耳元で翔兄が『小鳥、いい感じだ。俺の指も熱くて熔けそうだよ』なんて低く囁いてくれたり、優しい唇が甘くあちこちをくすぐる。彼の唇は優しい甘さを紡いでくれているのに、彼の指は獰猛に熱い痛みで掻き乱す。甘くて痛くて、とろけそうなのに、熱くて灼けつく。なにもかも綯い交ぜになった吐息が止まらない。
 額から丁寧に落ちてきた翔の唇が、小鳥の唇へとキスをしようとしたその時、小鳥の鼻先からじっと瞳を見つめてくれる。
「俺の背中に抱きついて」
「うん」
 まかせっきりで放っていた腕を、彼の大きな背中にまわしてそっと抱きついた。
「……ひっかいても、いいから」
「わかった」
 小鳥の足と足の間で、翔がきちんと準備をしているのがわかった。
 ついに、来ちゃうんだ。力を抜いて、お兄ちゃんを困らせない様に。
「小鳥。俺の小鳥」
 そんなふうにいいながら、大好きなお兄ちゃんが、柔らかいキスをしてくれる。深く、長く。
 俺の小鳥なんて――。嬉しい。やっとひとりの女性として、お兄ちゃんが受け入れてくれた。その喜びが胸いっぱいにひろがって、小鳥も彼の背に抱きついて、翔の唇を一生懸命に吸った。
 キスってとっても素敵。お兄ちゃんの優しい匂いがする。熱くて、とろけそうで、お兄ちゃんが男らしくて、でも優しいってすっごく伝わってくる。
 うっとりするキスに夢中になって、小鳥はなにもかもを大人の彼に預けて……。
 黒毛の茂みに、熱いものを感じた。硬くて、熱くて。それが小さなところに押し当てられたのがわかる。
 お兄ちゃんの顔も違う。
「小鳥――」
 息んだ顔に汗が光っていた。息を止めて、その瞬間だけ、怖い顔。小鳥も目をつむる。彼の力んだ呻き声が少しだけ響いた。
「っ、い、痛っい!!」
 力いっぱい、両腕が伸びて、目の前の重いものを思いっきり突き飛ばしていた。
 小鳥ははっとして目を開ける。唖然とした翔の顔があった。
「び、びっくりしただけ。平気だから」
 慌てて小鳥は翔に微笑んだ。
 もう一度と、翔は小鳥の頬をそっと撫でて腕の中に囲ってくれ、小鳥は熱い彼の背中に抱きついた。
「小鳥、力を抜いて楽にして」
 彼の指先が、黒毛の奥を割って入ってきて何度か行き来した。やっぱり痛い……。でもそこがもう熱くとろけて、とろとろと濡れている。彼の指先がとろとろに濡れたまま、小鳥の乳房を包んだから、もう充分に濡れそぼっていることはわかっている……。だから、きっと、大丈夫。
 また熱い塊が小鳥のそこにあたる。男の熱い息が小鳥の耳元で響いた。
「そう、もっと力抜いて」
 抜いているよ。でも、
「嫌だったらすぐやめる」
「嫌じゃないよ」
 熱くて硬くて大きなものが、何かを引き裂こうとしている。
 それがぎゅって押し込んでくる――。
 我慢、我慢。この痛いの、今日だけ我慢したらきっと、きっと、きっと。
 メキッとした痛み!
 痛い、痛い、痛い!!!
「小鳥、大丈夫か」
「だっ大丈夫!」
 腰が逃げている。でもそれをやめて、お兄ちゃんに抱きついて、もう一度、もう一度。彼も、こうなったらもう思いっきり行くぞ――と言わんばかりの必死な顔になっている。
「そのまま。そのままだ、小鳥」
「い、いやっ!」
 ついに翔の腕から逃げてしまう。
 その時、頭に『ガン』と殴られた様な衝撃が襲った。
 頭がくらくらして、目を開けると、翔兄がベッドの上から小鳥を見下ろしている。
 頭から、ベッドの下に小鳥は落ちていた。
 嘘、嘘。なに、この……状況!
「……小鳥、だ、大丈夫か」
 お兄ちゃんの、青ざめた顔――。
 小鳥はそっと起きあがり、床に裸のままぺたんと座って茫然としてしまう。
 これが私の初エッチ? 嘘。ベッドから落ちただなんて……最悪!
 涙が溢れてきた。
「ご、ごめんなさい。お兄ちゃん。ごめんなさい」
 せっかく素敵に抱き合っていたのに。大事に大事に、優しくリードしてくれていたのに。
 私、まだ子供なんだ。素敵なムードになんなく溶け込めるような大人の女じゃない。
 結局、すごく怖かったんじゃない。
 悔しくてメソメソしていると、ベッドの上からふっとした笑い声が聞こえた。
「おいで」
 涙を拭う小鳥の目の前に、大きな手。見上げると、よく知っているお兄ちゃんの笑顔がそこにある。
「早すぎたかな。ごめんな。誕生日にそうなったほうが女の子は嬉しいのかと思って。無理押ししたな俺」
 小鳥は首を振る。
「ううん。私、早く、早く、お兄ちゃんのものになりたかったんだもの。子供じゃないって……私……」
 また涙が溢れてくる。今度は翔の手は、小鳥を待たずに腕を掴んでベッドへと引っ張る。
 その力につられ、小鳥も立ち上がってベッドの上へと戻った。
 ベッドヘッドにある枕を立て、翔がそこに背を持たれ寝そべった。
「少し、休もう」
 その隣へと、誘われる。
 彼の隣に寄り添うように寝そべると、肌がくっつくように抱き寄せられる。小鳥の肌を静かにシーツで包んでくれた。
 もうなにもしないよと言っている様だった。
「そんなに急がなくてもいいんだ。少しずつ慣れていこう。まずはこうして一緒に暖まることから、かな」
「……怒っていないの。私、翔兄を突き飛ばしたんだよ」
 どこか哀しそうな目を彼が見せたので、小鳥の胸が痛む。
「正直に言うと。俺も、怖かったんだよ」
「え、お兄ちゃんが?」
 やっと笑顔で小鳥を見つめ、うんと頷いてくれる。
「俺も。初めてなんだよ」
「初めて? えっと、だって、お兄ちゃんは。その、大人で経験あるじゃない」
 『瞳子』という恋人がいたことだって、小鳥は知っている。学生時代から八年もつきあっていたんだから、何度も愛しあってきたのだろうに。
 そっと首を振った翔が、枕を背に抱き合って寝そべる小鳥を、ぎゅっと愛おしそうに抱きしめたかと思うと、どこか気恥ずかしいように目線を逸らした。
「初めての子を抱くのが、初めてってことだよ」
 それを聞いて――。小鳥もハッとする。
「つまり、それって」
 翔がため息をついて、バツが悪そうに黒髪をかく。
「ヴァージン相手は、初めてってこと」
「そ、そうなの!」
 お兄ちゃんが何人の女性とつきあってきたか知らないが、少なくとも恋人だったあの人は『お兄ちゃんが初めての男性ではなかった』ということだったらしい。
「どんなふうに痛がるのか、我慢してくれるのか、わからなかったんだ。しかも、小鳥だろ」
「小鳥だろって……」
 どういうこと? と、首を傾げた。
「小さい時からの小鳥を見てきたし、その子が大人になるまで、龍星轟の皆が大事に大事に見守ってきただろ。なによりも尊敬している社長が、いちばん大事に守ってきたことを知っているから。まるでそれを、俺の手が壊して突き破るみたいで。勿論、俺は小鳥とこれから一緒にいたいから覚悟はしている。俺だって、今夜は小鳥がどんなに痛がっても、大事に大事に抱いてやろうと思っていたんだけれど」
 失敗したな。俺、結局、優しくなかったかもな。
 小さく彼がため息を落とした。とても情けない顔で。
「翔兄、好き」
 寄り添っている彼の胸に頬を寄せて、小鳥はその肌にそっとキスをした。
「だって、翔兄が優しく優しくしてくれたこと、ちゃんと感じていたよ。私こそ、ごめんね。もう少し我慢したらいいのに。ごめんね」
「まあ、今日はお互いの裸をお披露目ってことで」
 抱きつく小鳥の黒髪を何度も何度も撫でながら、軽やかに笑ってくれ、小鳥もほっとする。
「でも。かっこわるいね、私。恥ずかしいよ」
 ベッドから落ちるだなんて。しかも頭から。裸で股もひらけちゃって、そんな女を見たら色気もなにもなくって、雰囲気も台無し。もう恥ずかしくて顔から火が出そう。
 頭の上から懸命に抑える笑い声が漏れて聞こえた。彼がくすくすと笑っている。
 もう本当にムード台無し。大人のお兄ちゃんに笑われている。
 ああ、もう駄目だ。これからずうっとお兄ちゃんに、大事な最初のエッチの想い出として、あの無様な股開きの転落姿を思い出されてしまうんだ! このまま小鳥は逃げ出したくなる。MR2に飛び乗って遠いところへすっ飛んでいきたい。
 どうしていつも自分は女らしくないんだろう。いつもなにかしらやらかして、皆を驚かせてしまう。今夜も、大事な大事な時間だと覚悟して、いつものようにがざつにならないよう気をつけてきたつもりだったのにと、小鳥はしょんぼりと黙り込んでしまう。
「もしかして気にしているとか」
 彼に顔をのぞかれ、小鳥はふいと彼の胸の中に隠してしまう。
「えっと。うん、びっくりしたし……。でも、俺がよく知っている小鳥のままで、ほっとした」
 黒髪のつむじへと、翔が優しく頬ずりをしくれる温かみが伝わってきた。
「子供っぽいね、私」
「いまはまだ、それが小鳥だと思っている。それに俺はそんな小鳥といたいと思ったんだから」
 ほんとうに? 言葉にならず、でも隠れていた胸元から、彼の顔を見上げた。
「それに、小鳥はまだ男の気持ちわかっていないなあ」
「男の、気持ち?」
 一瞬、あのお兄ちゃんがちょっと意地悪に笑った様な気がした。いや、気じゃなかった。いたずらな笑みのまま、それまで優しく包んでくれていたシーツをばさりと大きくめくり、再び小鳥の裸体を晒した。
「ちょ、な、なにするの。お兄ちゃん」
 慌ててはがされたシーツを手で追って引き戻した。でも、翔はそれを許してくれず、男の力で小鳥が握っているシーツを奪ってしまう。
 仄かな灯りの中、ふんわりと浮かび上がる女の裸体。彼の目が熱っぽくそれを見つめてる眼差しに気がついて、小鳥も大人しくその視線を許しじっとした。
「ほら。女らしくなった。それで充分なんだよ」
 慈しむ眼差しのまま、彼がそっと小鳥の胸元にキスをしてくれる。
 収まったと思った男の熱気がふわっと小鳥の肌に戻ってきた気がした。お兄ちゃんの体温が高くなる、熱くなる。その通りに優しいキスが一変して、また獰猛な男の唇へと戻っていく。
「あ、あっ。お、お兄ちゃん」
 乳房の柔らかい膨らみに触れそうで触れない、輪を描くようなキスを繰り返している。
 初めて、彼に胸の先を吸ってほしいと欲した。なのにしてくれないからそこがツンと尖ったまま放置され、彼は外堀から攻めていくようなじれったい愛撫のキスをするだけ。
 言える訳ない、言えない。まだ言えない。
「どうして欲しい? 小鳥、いま、すごく女らしい顔している」
「い、意地悪」
「意地悪? 言いたいけれど言えないことがあって、俺がそれを言わせようとしているってことなのか。だったら、言ってごらん。恥ずかしがって、これからもずっと俺に遠慮して、通じ合わないセックスを繰り返していくことになるんだけどな……」
 うー、絶対に『おっぱいを吸って』と望んでいることをわかっている! 小鳥の口からそう言わせたくて攻めているんだと顔をしかめた。
 だけど、初めての日にそれは惨いと勘弁してくれたのか、小鳥が望んでいるとおりに彼の口が静かにでも強く、小鳥の紅い胸先を吸ってくれた。
 きゅっと走る甘い痛みは……。岬の日の甘い秘め事を思い出させてくれる。あの時に知ってしまった、甘い痛み。それを小鳥は泣きたい気持ちになりながら、じんわりと感じている。
「気持ちいい、スゴク」
「そうか。よかった」
 彼は、吸いながらも時々強く噛む。噛んだ後は虐めたことを労るようにして、優しく舌先で舐めてくれる。その繰り返しがまた小鳥を啼かせた。
「小鳥……、俺な……」
「うん、なに」
 何かを伝えたいようなのに、翔はそこで黙って小鳥の乳房に夢中になっている。乳房からなんども、ちゅっちゅとした音が届く。何度も何度もお兄ちゃんが愛してくれるじっくりとした時間に、小鳥もすっかりとろけてきていた。
「俺は、知っている。普段の小鳥は、ボーイッシュにシャツにデニムだけれど。ふとした仕草や顔つきが、たまーにスゴク女らしくなる瞬間がある。その時のお前、普段がボーイッシュだから、すっごい女の匂いを放つ。その時、俺は無性に心配になる」
 ど、どうして? 小鳥は胸元から離れない男の黒髪を、抱きしめ問い返した。
「絶対に。他の男達も、外見も性格もボーイッシュな小鳥が、本当はとんでもない女らしさを秘めている瞬間を見て、釘付けにされた一瞬があるはずだって……」
 大学の友達、バイト先の同僚。小鳥の周りにいる男達が全て。
「誰も女扱いなんかしてくれないよ」
 彼の顔が、枕に寝そべっている小鳥の真上に戻ってくる。愛撫してくれた唇が濡れている。
 お兄ちゃんの目が真剣で、小鳥も黙って見つめ返した。
「そうやって小鳥が無防備だから、他の男がその隙を狙っていないかずうっと心配だったんだ、ずっと! 小鳥はまだわからないかもしれないけれど、男は知っているし、見えるんだ。女が身体の奥に秘めている女らしさを、嗅ぎ取るんだ。最後は外見じゃないんだよ」
 彼の大きな手が、小鳥の頬に触れると、優しいキスが落ちてきた。
「俺は知っている。小鳥が小鳥のままでも、女らしいこと。やっと触れられるようになった」
 今夜はそれだけで、俺は充分。
「二十歳、おめでとう」
 熱い体温に包まれ、小鳥も彼のキスを深く受け入れて男の弾力ある唇を吸った。
「ありがとう、翔兄。今夜、翔兄と一緒にいられて嬉しい。私の夢が叶ったんだよ」
 ずっと好きだった。大人になったらお兄ちゃんのような人と恋をしたいな。少女だった自分のおませな気持ちがいつしか初恋になって、焦がれる片想いになって。そしていま、彼と体温を分け合っている。
 翔兄って。眼差しは涼しげで凛々しいけれど、裸になるとすごく熱いね。それがまだ言えないまま、でも小鳥は満たされた気持ちのまま、素肌で彼の背中を抱き返した。

 

 

 

 

Update/2013.8.24
TOP BACK NEXT
Copyright (c) 2013 marie morii All rights reserved.