-- A to Z;ero -- * きらめく晩夏 *

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2.分かれ時

「嬢、開始するが良いか?」

 上空に五機の戦闘機。
 二機はトップクラスの実力のキャプテン機二機、しかも中佐だ。
 三機は、無名と言って良いだろう若手パイロット三機。

 本日まで、どうにも勝てなかった強敵が、空母艦を先に射止めるか。
 諦めたかのように選んだと思われているだろう日常では控えめなお役目をしているパイロット三機が、やはり母艦に行くまでの攻防戦で、あっけなく撃たれるか?
 それとも……?

「監督、暫くお時間を下さいませ」
「良いだろう」

 細川の許可を得て、葉月はコックピットの無線にチャンネルを合わせる。

「フランシス大尉、聞こえる?」
『イエッサー。お嬢……なんのつもりなんだい?』

 フランシスの不審そうな声。
 彼も葉月が何か思惑を馳せている事に気が付いている。
 ここもデイブと同様、長年の付き合いがある年上の先輩──葉月の事はよくご存じと言った所のようだ。

「平井さんも、マイキーも聞こえているわね?」
『イエッサー、聞こえているよ。お嬢』
『お嬢……なにをするんだ? 大尉とヒライさんと俺って変じゃない?』

 平井はいつもどおり落ち着いている。
 そしてマイキーは……『お嬢になにをやらさせるのか』と言ったような怯えている声。
 葉月はちょっぴり苦笑い。
 だが直ぐに笑みを消し、空へと視線を光らせる。

「先導は大尉。最後の母艦ロックはマイキー。平井さんはいつもどおりで」

 三人の息遣いが一緒に止まったような気が、葉月にはした。

「そちら三機で、その形でお願い致します」

 葉月は多くは言わない。
 これから上空で繰り広げられる攻防戦は、コートやフィールドを見渡すような環境ではなく、レーダーと通信のみでしか甲板の上では把握が出来ない。
 あとはパイロット達が出す結果を、ただ固唾を呑んで待っているだけだ。
 コックピットを降ろされてからの一年弱──このじれったさに、最初はヤキモキした。『私が空にいれば……。私なら……こうする!』──それが出来ないもどかしさ。
 そして、上官とはこんなに大きな不安と『見えない敵』に対して動く事も出来ずに、闘わされるものなのかと。
 ふと──昨年の岬任務で初めて知った気持ちを思い出す。
 そして……中将である父の辛さも、初めて。
 今までは、そんなもどかしい上官達に腹を立てる事もあった。
 そして、どうにでも動ける自分が無茶と言われても動く事で、自分自身は納得する事が出来た。
 しかし上官は、それが出来ない。

 葉月は空を見上げた。
 彼等を『信じる』とは、きっとこういう事なのだと!

 口元のマイクを指でつまんで、葉月はそっと囁く。

「一回目は様子見でいいわ。三機の呼吸合わせをしてみて」
『お嬢……』
「なに? 大尉……」

 フランシスの硬い声……。
 彼にしては珍しく不満を含めている声に、葉月には聞こえた。

『こんなことして変化を得よう物なら、リュウの立場がなくなると思うのだけれど……』
「わかってやっているのよ。お願い出来ますか?」
『もちろん。それが命令とあれば、狙い通りになるように努力してみます』
「大尉……」

 彼は不満そうではあるが、『既に』葉月がやろうとしている意図を汲み取ってくれているようだ。
 そして──フランシスの返答が、ミラーの淡々としている態度と何処か重なった。
 上官の指示が自分の考えとは異なっていようが、『上手く従え結果を出せるのも、部下の役所』と言うのも解っているようで……。

『ミラー中佐はいつも、俺達をわざと先に行かせている気がするんだ』
「──!」
『そしていつも、気が付いた時には、思わぬ死角、方角から抜かれている』

 おなじインカムヘッドホンをつけているデイブと顔を見合わせる。
 先頭を行くリュウには気が付かない事……。
 やはり後ろにばかりいる控えめな彼は、掴んでいたようだ。

『俺はミラー中佐を見張る為に追いかけ、マイキーを先頭に飛ばし、平井にマイキーの後をつかせてみよう』
「お願いします」
『オーライ』

 そこで、フランシスとの会話が途切れる……。

「大佐。こちらに向かい始めました!」

 クリストファーが操作しているレーダーに、デイブと一緒に食い入るように眺める。

 五つの点が、空母艦の位置に向かっている。
 内の二つの点が、その塊から離脱する。
 残りの三点が追いかける形になった。

 それだけで、細かい展開は、こちらには伝わってこない。
 フランシスの交信を待つ。

「ビーストーム5。 マーク、どうだ!?」
『今……追いかけて・・いる!』

 待ちきれないデイブの声に、そんな息切れるようなフランシスの声……。
 その一言のみで、また……交信が途絶える。
 水平線の向こうの上空にいるだろうパイロット達だけが感じている攻防戦の苦しさは、元々コックピットにいた葉月にも伝わってくる。
 上昇と降下、そして左右の旋回を繰り返し、フランシス大尉のマークを外そうとしているミラーの巧みなフットワークに、大尉が必死に追跡している情景を目の前に浮かべる事が出来た。

「ミラー中佐ね。揺さぶって、煙に巻く……。陣形、各々の役所を狂わし崩してから姿を消し、そのまま標的に近づく」
「くそっ。歯がゆいな──!」

 いつも二人で拳を握る。
 ミラーと一緒に空を飛んだ事がない二人でも、パイロットとしての感覚で描く事が出来るその状況──。その目に浮かべる事が出来る情景の中で、二人は今までそうして身体と感覚で飛んでいたように、青い空に描かれた『軌道』がくっきりと浮かんでいるのだ。
 きっと、こう飛んでいるだろうに……。
 『私』なら、『俺』なら……!
 でも、それはやはり『憶測』にしかならない。
 本当に空で起きている事は、判断は出来ない。
 その姿は、レーダー上の小さな点が僅かに動いているだけの事しか確認は出来ない。

 だが、轟音が近づいてきた──!

「嬢……! 見ろ!」
「……!」

 その時、甲板にいる誰もが気が付いて上空を見上げたに違いない!
 いつも独走状態のように空母艦の目の前に現れては、余裕でロックオンを勝ち取ってきたミラーの背後に……一機、二機のホーネットの姿!

「ビーストーム10と……ダッシュパンサー1です……!」
「間違いないわね、クリストファー」
「はい。すぐ後ろから、ビーストーム5も来ています! それから、ウォーカー中佐のサイドに8も……!」

 その時、デイブが『やった』と拳を握った……!
 なにせ、今までミラーと一緒にここまで競って姿を現す事など、元コリンズチームは誰として出来なかったのだから……!
 なにがどう起きたのかは、固唾を呑んで待っていた葉月には判らない。
 でも……! 今、目の前に見えている光景は初めてだ!

 『10』のマイキーが、たった一機でミラーに食いついてやってくるなんて事は出来ないと葉月は察する。
 と──言う事は、だ。

「嬢、俺達の狙いを、マークはやっぱり解ってくれていたな」
「……だと、思いますが」

 デイブは絶対にそうだと言いたいようだが、まだそうと判断が出来ない葉月は、空の様子一点に集中する。
 しかし、葉月の肉眼では目の前に迫ってきた機体は『1』と見える──ミラー中佐だ。
 その直ぐ後ろに10か……その真横、三時の方向には尾翼にパンサーの絵柄の戦闘機、少し後方に……きっとそれが平井がつけてきた『8』に違いない。
 こんな塊で空母艦まで競ってきた光景を目にするのは……ミラーが来てから、初めてだ!
 前方にいるからとて、撃墜が出来るとは限らない。
 それが後方でも射程距離とテクニックがあれば、充分に先に奪えるはず!
 それか、前方に位置する戦闘機に先を越されないうちに、後方から撃ち落としてやればいい!

 葉月は手に汗を握る!
 甲板にいて、こんなに身体が急に熱くなったのも初めてだ。
 まるで……そう、コックピットにいるような興奮状態が蘇ったように!
 頭の中に、次々とコマ送りの画像が浮かび、そして、手先が勝手に左右上下に操縦しているように動かしたくなる程に、指先が震えている──。

「10! 後ろにいるのなら……母艦より先に、1よ!」
『分かっているけど……! 横がうるさい!』

 10=マイキーの叫ぶ声。
 彼の横には小笠原では一番強敵であろう、元エースパイロット。

「ああっ。惜しい……! 大佐、10がパンサーにロックオン、撃墜されました……!」
「──! 流石……ウォーカー中佐。逃さないってわけね……」

 ビーストーム10が撃ち落とされたという青枠が、クリストファー手元のノートパソコン画面に点滅……。

「……大佐。1が母艦、爆撃成功です」

 クリストファーの報告に、葉月は『ホゥ』と息を吐いて、ヘッドホンを落とした。
 『残念』の溜め息ではなかった。
 力を緩めた拳には、じんわりとした汗。
 最初から上手くいくはずはないとは分かっていたが、それでも『変化』もあったし……『興奮』もあった。

「ミラー、よくやった。冷静な判断は流石だな」

 あまり指示を出さない細川のそんな声が横から聞こえてきた。
 空を見上げると、空母艦の真上をミラーが悠々と飛び去っていく所だ。

「嬢──当たったな」
「……まだ、です」

 デイブも葉月と同じように久し振りの『興奮』を味わったのだろう。額に汗を浮かべて、手の甲で拭っている……。

「ミラー。お前ならこの状況でもいけるな」

 葉月の横で、細川が帽子のひさしから余裕の眼差しと意味ありげな微笑みを見せ、こちらをチラリと見ているのだ。
 それもワザと聞こえるように……。
 初めて『追いつかれた』と言うのに、まったく堪えていないとでもいいたげな様子。
 葉月は怖れながらでも、ムッとし、細川からそっぽを向く。

「嬢、全機、元の位置に戻してやり直しだ」
「イエッサー」

 葉月の不機嫌な応答に、細川が可笑しそうな笑い声をこぼすのが聞こえた。

「ふむ。なかなかだったがね。あの三機ではパンチが弱いな」
「……」
「フランシスの周辺状況判断は流石だな。おそらくミラーにその役をさせても奴の方が勝っているだろう。平井の落ち着きも毎度ながら、奴はサポートという役をさせたら天下一品だ。ウォーカーがもう少し現役が長かったら、うちに欲しかったと言うぐらいだ。ストーンは……状況が揃わんと、本当の意味での実力は発揮が出来ぬだろう。今のところ宝の持ち腐れといった所かね。まぁ、奴の『戦闘意欲』が芽生えねば、話にならんな。無理かね、優しすぎて……」
「──中将」

 これも初めて?
 葉月に甲板指揮をほぼ任せてくれるようになってから、細川があれこれと見解を述べてくれるのは……?
 おかしな事だ──? 『駄目』であって口出しをしてくれるのはパイロットだった時の事。今度は『良し』とあれば、口を開いてくれるなんて?
 それはこういう事なのだろうか? パイロットである時は、完全に細川の手中にある『駒』だったのかもしれない。でも──今は『己の判断』が活かせねばやっていけない位置にいる葉月に対し、『気が付かないならそれまで』と切り捨てる覚悟だったのであり、そして『気が付いたのならば、それを説明する』と、言う事だったのだろうか?
 細川の姿勢の違いに、葉月はまだ馴染めはしないが──なんとなくうっすらと判ってきたような気もする?

 そして、今……細川が口にした『三機パイロット』の特徴だが。
 葉月は正に、そこに目をつけての本日のメンバー選びだったのだ。
 細川がそこまで言ってくれると言う事は、それはそれで合っていたのかもしれないし、確実な『変化』はあった。

「だが、嬢。覚えておけ。なにもミラーを倒すが為だけの訓練ではないと言う事をな」
「判っております。最初の頃はともかく、今のミラー中佐の飛び方は『ある課題に呈した飛び方』であると」

 細川の釘さしに、葉月はすぐさま言い返す。
 それぐらい、判っているという反抗だった。
 いつもなら、ここで『黙れ』とか『生意気を言うのではない、小娘』と雷が落ちる所──今までと違い葉月は確固たる顔を保って、細川を真っ直ぐに力強く見つめ返しはしたものの、心の中では今までどおりに構えてしまっていた。
 だが、細川はニヤリと微笑んだけ……。

「うむ。判っているなら良い。今し方、ミラーが捕まりかけたのは、当然のシナリオだ。奴は待ってましたと思っている事だろう」
「判っております」

 葉月が再度、平淡な表情のまま強く返答すると、細川は微笑んだまま黙ってしまった。

「さて、嬢。もう一度、同じ事をするのかね」
「はい」

『では、行くか』

 もう一度、五機が同じ形態での対戦をする為に、ゼロ地点に戻っていく──。
 その間、葉月は腕を組み……甲板で空を眺めて待機している他のメンバーの様子をうかがう。

「……奴ら、驚いているな」
「……」

 デイブも同じように見守っている。
 特にリュウが狼狽えているように見えた。
 これも予測していた事だ。

 今回の葉月とデイブが決めた狙いは『精密』だった。
 的確に状況判断をして先走りしすぎない『クール』さを武器にしているパイロットを組ませた。
 ただし、これらのパイロット三人は、チーム内ではいつも目立たず、『指示を出す』とか『状況を判断し、人を引っ張る』というポジションには遠い位置にいる三人だ。
 実は、それが元コリンズチームに欠けているものなのだ。
 勿論、『精密』という異名を持っているミラーに対抗する為の作戦ではなかった。
 元々、コリンズチームというのは若さ故か『スピード』を好む血気盛んなパイロット達で構成されていた。
 勇猛果敢な神風かぶれのコリンズキャプテンの影響もさることながら、先へ先へと急ぐ傾向がある。
 だからといって『それ』ばかりのチームでもなかった。
 そのバランスを計る為に、フランシスや平井と言ったどのような状況の時も、冷静で周りをみてくれるパイロットもいた。
 ──が、そこまで彼等が貢献しているとは、今のチームには判るまい。
 それは……やはり要であったデイブと葉月が抜けてしまったからだろう。
 今まではデイブが活きの良い指示をだし、活気づけてきていた。
 そして……その横で……。

「アイツ等は、お前の事も『危ない無茶な先駆けタイプ』と思っているようだが……本当は違うのにな」
「そうですか? いつも貴方の後を追って、危ない事ばかり、一緒に突っ込んでやって来たではありませんか」
「それは〜『俺』と一緒だったからだ。俺は思ったね。去年のコークスクリューを成功させた時に……。本当の『的確な勘』を働かせ、俺を導いてくれていたのは『嬢ちゃん』だったんだとね」
「なにをおっしゃっているのですか。中佐の勇猛さがなければ、私は何処にも行けませんでしたよ」
「良いコンビだったよなー。俺達」

 デイブのにっこり笑顔に、葉月は柄にもなく頬を染めたのだが。

「はい。私……デイブ中佐のサブが出来て幸せでした」

 葉月の心のままにある、素直な感謝の笑顔。
 それにデイブも柄にもなく頬を染めて、固まってしまっていた。
 でも、葉月がさらにニコリと微笑むと……デイブも嬉しそうに笑ってくれた。

「嬉しいな。お前がそんなふうになってくれる日が来てくれるなんてなー」
「有り難うございます」

 この隣の男性も……。
 長年、葉月の事を影ながら支えて、沢山の心配をさせてしまった先輩。

「俺と飛べて、幸せ──か」

 デイブはとても嬉しそうだった。
 それを見て、葉月も嬉しくなる。
 こんな気持ち……知らなかった、本当に。
 ううん、知ろうとしなかったのだと、葉月は思う……。

「──ともかくだ。嬢の本当の本質はフランシスや平井と同じだったと……。気が付いているとしたら、やはりマークぐらいだろう」
「いえ、大尉程の冷静さは私にはありませんでしたわ。私も勘が先走っていたかと」
「だとしたら、お前の勘は天性だな。俺がどれだけ、お前のサポートを頼りに無茶な飛び方を貫き通せたかって話だぜ? 嫌味な奴だな」
「そういう意味では……」
「まぁ、いいとして。そのお嬢が抜けた中、嬢の代わりになるのはマークだと思ったのだが……。なかなか前に出る性分でもなければ、マークをなめている奴らもいるしな……。本当に影にされてしまって」
「誰も活かせないし、本人だけで活かせる物でもないですからね」
「目覚め時だ」
「はい……」

 デイブは『目覚め時』と言ったが、葉月の心の中では『分かれ時』と囁く。

 ミラーがやって来たのは、勿論……本人の事情もあったようだが、細川の『思惑』もあっての転属要請だったのだろう。
 なにせ、彼はコリンズチームとはまったく異なる飛び方をしている。
 『無茶』、『勘』、『スピード』でなんとかチーム名をあげてこられたのは、それが出来る『コリンズ』がいたからだ。
 デイブと葉月が共々──『管理、指導側』に転向させられた。
 そこで今まで通りに行くはずもなく、そこで細川が『今後、必要な課題』として挙げたのが『確実なる状況判断』という事だったのでは……と、葉月は気が付いた。
 だから──正確さを誇る『精密機械』を招いたのだろう。
 ミラーの話では、トーマス大佐の勧めもあったと言うが、おそらく──細川はミラーの経歴を見て一発で『欲しい』と申し出たに違いない。

 それだけ、ミラーは学ぶにふさわしいパイロットだったのだ。

 当初、ミラーも期待はずれの葉月を見て、余程に腹を立てていたに違いない。
 彼の飛び方は、まさに『こんなチームの相手はうんざり』とばかりに、容赦ない撃墜を『私情』でやっていた事だろう。
 だが、波風を立てずになんとか上手く収める事ばかり考えていた葉月が『対抗させる』方法に切り替えてからは、僅かではあったが、彼等をワザと引き込んで『気が付くように……』と言う『考えた飛び方』に変わってきているのを葉月は気が付いていた。
 そんなふうに『飛び方を変えましたか?』『ああ、分かってくれていたんだ』──なんて会話を交わさずとも、終業後になんとなく顔をつきあわせて、他愛もない話からお互いの思惑が妙に通じ合うようになったのは……それからではないだろうか?

 そんな中、葉月の最初の思惑は『対抗する』であった。
 きっとコリンズキャプテンの影をいつまでも引きずって、その型が『一番だ』と思っている彼等に、ミラーという『まったく無い型』を見せつけて、それにどうしても勝つ事が出来ないという状態に『追い込む』。
 そして、それがどうして『勝てないのか』、『自分達にとってどのような物なのか』……に、気が付いてくれると信じていた。
 しかし残念な事に、ついに彼等は気が付いてくれなかった。それとも、ついこの前まで葉月がそうであったように『受け入れ難い異物』と自然と拒否反応が出てしまって、どうして良いか戸惑っているのか……は、判らないが。
 いや……ここは葉月の導き不足と言う事になるだろう。
 最初に『ミラーを追い返す』と言うようなやり方で煽った事を、多少は後悔している。
 そうする事で彼等の闘志は一度は燃えたが、ミラーが『期間限定契約』をしている事を教えてしまったが為に『放っておけば、そのうちに帰るだろう』という気持ちに変わってしまったのだと葉月は感じていた。
 そこは、チームメイトに……自分の指揮の実力不足とはいえ、多少、腹立たしさは感じていた。
 もしコリンズ中佐の配下にいたならば、絶対に『勝った形で追い出す』意気込みがあったはずなのに。
 それを、『負けたままでもいいから、このまま呆れて帰ってくれ』とばかりの敗者に甘んじている姿になってしまって……。
 葉月だけではない。デイブもそこは葉月以上に口惜しく思っているようで、それでこの頃はあまり乗り気でなかった陸上指揮にすっかり熱中しているのだから。
 そして、淡々としているミラーも同じ事だっただろう。
 あんな形で帰ったとしても、自分も何の為に、何を見たくて小笠原まで来た事か……と。
 どこかで『俺も無い物に気が付いた』と変わり始めている彼も、今のどうにも変化がない状態を歯がゆく思っているだろう。

 さぁ……! もう『対抗』は充分にしたではないか?
 対抗の果てに、なにを感じた?
 どうして勝てないと思った?
 先に行きたいのなら、無い物に触れて行かねばならないのでは?
 自分達が否定して来た物が、いつも先に掴んでさらっていくのは何故なのか?

 ほら……今! 目の前で、毎日、一緒に飛んでいた『味方』が、変化をもたらしたではないか!

 葉月は、甲板で無口になり静かに空を見上げて……しかし戸惑っている彼等をじっと見つめていた。

 ここで自分達とは『異物』とはねつけていた物と『前進たる融合が出来るか否か』──分かれ時。
 相手は既に、心を開いているのだから……!

「嬢、再スタートをするぞ」
「ラジャー。中将」

 再度、キャプテンチームとフランシス大尉チームの対戦が開始される。

「大佐──こちらに接近中です」

 クリストファーの報告。

(……きっと同じ事だわ)

 葉月はそう一人で呟く。
 結果は分かっている。
 あの三機だけでこの半年にどうにかなるなら、葉月もデイブももっと早くにそうしていただろう。
 葉月は、カタパルト向こうの水平線を眺めているリュウの背中を静かに見据えた。

(貴方が動かないと始まらない……)

 葉月はなにも『飛び方を変えろ』と示唆しているのではない。
 個々はそのままでいいのだ。
 変えて欲しいのは、『一機、一機の連携』だ。
 コリンズ流の真似をしたって、もう、無理なのだ。

(劉──。今は貴方のチームでもあるのよ)

 彼が念願のサブになり、彼も彼で初めての試練である事だろう。
 ミラーがキャプテンとは言え、今の状態で『旧体』を引っ張っていくべき『鍵』は、劉なのだ。
 それぞれの後輩、そしてキャリアある先輩を上手く使って欲しい……。

 勿論、葉月もそれはやらねばならぬことで、リュウと同じく『気が付くのが遅く、力不足』ばかりである状態なのだが。

「もうじきです!」

 クリストファーの声に、葉月は物思いからサッと今の空気の中に蘇る。
 また遠くから飛行音が聞こえてきた。

「来た!」
「どっち?」

 デイブと共に身を乗り出す。
 見学に置かれているパイロット達も、皆、空を見上げている。

「今度は、パンサーが先頭です」
「次は……」
「……10です!」
「ビーストーム1は……!?」
「まだです……! 後方です。5と並んでいます」

 本当なのかと、葉月はクリストファーに任せているレーダーを確認する。
 後方に二機の点滅。
 そしてもう一度、空を見上げると……!
 パンサー機が降下、そして少し上空にマイキーの『10』が飛んでいる。
 もう一機、降下してきた。
 それは平井の『8』が、パンサー機のウォーカーを捕らえようと、高度を下げた光景が……!

「平井──『8』! 今だ、やれ! 元エースだからって遠慮はいらねぇ! 今すぐ撃ち落とせ!!」
「だめだわ! あれでは遅い……!」

 デイブの後押しの声も虚しく、葉月の『感』の方が当たったようだ。

「あぁ〜残念……! パンサーに母艦ロックオン、撃墜成功されましたぁー」

 クリストファーの心底『残念!』と言う、力が抜けていくような声。
 それにつられるように、葉月とデイブも一緒にがっくりと力を抜いた。
 『駄目だ』と分かっているのに、やっぱりここまで迫ってくれると期待してしまっている。

 その時だった……。
 少し離れた位置にいる細川が、フッと葉月の方を向いた。

「嬢。後方でミラーが撃墜されたぞ」
「え?」
「フランシスが撃ち落としたようだな」
「……え?」

 細川のいつも通りの強面に、淡々とした声。
 教えてくれた意味を解っていながらも、葉月はデイブと一緒に目を点にしていたようだ。
 すると、細川が溜め息を一つ落として、もう一度言ってくれる。

「フランシスの粘り勝ちだと言っているんだ」
「……嘘っ!」

 葉月はすぐさま、クリストファーが開いているノートパソコンを覗き込んだ。
 ミラーの機体に青枠が……。そして、フランシス大尉の機体に勝利の赤枠が……!

「だが、またしても我がチームの勝利だな。味方を一機失ったが、『任務』は達成だ」
「でも──!」

 これは予想外の『成果』だ!
 まだ最高の結果ではないが、『ついにやった』のである。
 あのミラーを初めて、撃ち落とした!? そう、撃ち落としたのだ!

「やったぜーー! 嬢ちゃん!」
「……え、ええ」

 呆然としている葉月の後ろから、デイブが遠慮無く抱きついてきた。
 そのデイブの毎度の『大声』が甲板に響き渡り、パイロットも遠くにいるメンテナンサーまでもがこちらに視線を向けていたが、葉月はただ、デイブに抱擁されるまま。
 だが、その『初めての勝利?』ムードを長くは続けさせてはくれなかった。

「嬢、喜ぶのはまだ早いのではないか?」
「は、はい……! 申し訳ありません」

 硬い細川の声に、葉月の背筋は再びしゃんと伸びる。

「どうする? もう一度、同じパイロットでやってみるのか?」
「……あの、それは」

 葉月はその促し方がどのような事を言おうとしているのか分かっている上で、躊躇っていた。
 そっと、帽子のひさしから、待機しているパイロット達──いや、『リュウ』の様子を確かめようとしたのだが。

「……!」
「お嬢、どういう事だ」
「りゅ、劉……!」

 既に目の前に、彼がすごい形相で立ちはだかっていた。

「俺のやり方は、駄目だった……と言うのは認める。だが、お嬢が選んで『決した事』というのは、『もう、俺達はいらない』と言う事なのか!?」
「ちが……」
「そういう『方針』を決したっていうことか!? ああいう『大人』の判断が出来る奴が『正しい』というならば……!」

 劉が手を振りかざし、もっているヘルメットを葉月の足元まで叩きつけてきた。

「この……! 劉! 嬢ちゃんが言いたい……」
「やめて……中佐」

 デイブが葉月の前に出て、かばってくれようとしたのが分かったが、葉月はそれを手を伸ばして差し止める。
 デイブは口惜しそうに唇を噛みしめながら、そっと退いてくれた。

「……劉だけが駄目だったのではないわ。私も駄目だった!」
「それで? お嬢が出した結果が……俺がいない、あの三機を重視した新しい形態という事かよ」
「本当に、そう思っているの?」
「……」

 劉が怒りながらも、そこで黙り込んで俯いてしまった。
 葉月は、じっと彼の次なる反応を、固唾を呑みつつ待ってみる。
 だが、劉は悔しそうな顔をしているが、まだ黙っている。

「サブキャプテンはリュウだって、私は今でも信じているわよ!」
「おい」

 やっと劉が顔をあげて、キラリと光る眼差しを見せたので、葉月はドッキリと固まった。

「な、なに?」
「だったら、何故! 俺に『最初の勝利』のチャンスをくれなかったんだよ! どうしても俺が撃ち落としたかったんだぜ!」
「……だって。そのつもりだったけど……。大尉がやっちゃったんだもん」
「……やっちゃった、んだもん。ってなぁ!」

 葉月が『もう今更、どうしようもないじゃない』とばかりに、けろりと開き直ると、劉がまた怒り出す。
 彼は拳を握り、しばらく肩を震わせると、また葉月に食ってかかってきた。

「──次は俺に行かせろ! それぐらいの命令、簡単に出せるんだろ! このお嬢指揮官め!」
「え? 行ってくれるの? 辞めるって言い出すかと思った」
「嬢ちゃん、ちょっと顔をかせ!」

 頬を引きつらせているリュウに、耳を引っ張り上げられ、葉月は『痛い、痛い』と首を振ったが、彼は手加減をしてくれない。
 そういう所は、パイロット同僚だった時のままだ。

「俺を馬鹿にすんなよっ、親の七光りだけの嬢ちゃん!!」
「!」

 劉はそれだけ言い放つと、乱暴に耳をつまみ上げていた手を振り払って葉月を解放する。
 葉月は耳を押さえつつも、劉をそっと見上げた。

「……そうだったわね。チームに入って、いきなりサブキャプテンをやらせてもらう事になって……」

 葉月はそっと微笑みながら、劉を見上げる。
 彼も視線を逸らさずに、真顔で葉月の顔に向き合ってくれている。

「そう言われたのよね、リュウには。口もきかない私にそう言い放って……」
「……だったけかな? 忘れたな」
「貴方がなったかもしれない役所を、学歴と家柄だけで後から来た私がさらっていったかも知れないのに、それでもじきに認めてくれて。私が言わない過去の事も察して、上手に他のチームメイトにも接し方を気遣うようにまとめてくれていたのよね……」

 デイブには打ち明けていた葉月の過去。
 デイブが口を割らずとも、リュウとフランシスが揃って葉月の接し方に随分と気遣い、他のチームメイトにもその心地よい距離の取り方を浸透させてくれていたのを知ったのは、昨年の事……。
 それだけ、デイブが手を出せない所でも、二人でまとめてくれていたのだから……。

「そうして揃って気遣う事に心を砕いて、キャプテンの次にチームをまとめてくれていたのは、私じゃなくて、貴方と大尉だったのだものね……。貴方と大尉を組ませるべきだった」
「お嬢……」
「感謝しているの。本当よ……。だから! ここで終わって欲しくなかったの。私は甲板に降りてしまったけれど、それでも貴方達と一緒に、また新しく進みたかったの! ミラー中佐に負けたままで終わって欲しくなかったし……! もっと上手なお返しにしたかったのに、こんな形になってしまって、ごめんなさい」

 葉月は唇を噛みしめ、俯いた。
 すると、今度は劉の溜め息が頭の先に届いたのを感じた。

「まぁ。俺も随分と意固地になっていたみたいで。俺も悪かったな……」
「劉……?」
「……こうされなくちゃ、目が覚めなかっただろう。お嬢にそんな選択をさせてしまったのだろうな」
「私も、悪い方向へ導いてしまったと後悔していたわ。本当は私もミラー中佐が苦手だったから」
「じゃぁ、お互い様だな。どっちもビギナーだもんな〜」
「劉……」

 思いの外、葉月の気持ちが通じていたようで、ホッとした。
 ちょっとばつが悪そうにしているリュウ。
 そこは、喧嘩のひとつも覚悟していた葉月ではあったが……『やっぱり長年一緒にやって来た先輩だ』と痛感した瞬間だった。
 そんな劉が、申し訳なさそうにデイブを見つめた。

「……中佐みたいに、中佐みたいにとか。ミラー中佐は俺達とは違うのだとか。こだわりすぎていたのかもしれないな」
「俺みたいになれっこないだろが。十年、早い! いいや、一生、なれるもんか」
「だよな。キャプテン。いや……もう、中佐としか呼べないか」

 やっと目が覚めたかのような劉の力無い微笑みにも、デイブは容赦ない口を叩いている。

「分かったなら、行け。どうするべきか、分かっただろう?」
「ああ……」
「嬢ちゃん、こいつはもう大丈夫だ。行かせてやってくれ」
「はい」

 葉月は頷いて、劉の機体を発進させるように隼人に指示をする。

「お嬢……」
「なに? リュウ……」

 背を向けて行こうとしていたリュウが、立ち止まり、少しばり躊躇うように呟いた。

「俺に、マークの今のポジションをやらせてくれ。同じようにマイキーと平井でお願いしたい」
「……! 解ったわ」

 リュウが言った意味──それは『俺が先に行くから、周りはサポートしろ』という飛び方に取り憑かれていた彼が、『後方に下がって、サポートする事もやってみる』と言い出したという事だった。
 葉月は驚きながらも、やっと微笑む事が出来た。
 そのままリュウが空へと向かっていく背中を、見送っていた。

 そう……ずっと、葉月よりもずっと先に、デイブに惚れ込んで飛んできたパイロットの先輩だから。
 そんな彼が、念願のポジションについたなら、『憧れの男』の様に飛んでみたいとこだわってもおかしくなかったのだ。
 でも、彼は気が付いただろう。
 コリンズ中佐が残した形を継続する事ではない。
 『俺には俺にしか作る事が出来ない最高の形で、チームを変えていかねばならないのだ』──と、言う事を。
 そして、やがて彼は受け入れるだろう。
 ミラーというパイロットと、その形が作れるのだという事を。

「男のロマンだったわけだ。そう言う事もあるさ。俺なんて、そればっかりでサラに怒られてばかりだしな〜」
「……ですよね! そして、新しい男のロマンが始まるのだわ、きっと!」
「新しい男のロマンね〜。なんだか羨ましくなってきたぞ! くそっ」
「中佐にだって、新しいロマン、見つかりますわよ〜。絶対に」
「簡単に言ってくれるな〜。女のくせに」

 葉月がはつらつと笑うと、デイブもやっと安心したように笑い出していた。
 甲板では、またメンテ員が動き回っている。
 やがて、リュウの機体が空へと勇ましく飛んでいった。
 その代わりに、フランシス大尉が着艦する。

「嬢、ミラーが話したいと言っている」
「ミラー中佐が?」

 常にミラーと通信が出来る状態になっている細川のインカムヘッドホンを渡される。
 葉月はそれを頭につけて、『中佐?』と声をかけてみた……。

『疑われない内に言っておくが、本気でやって落とされたんだ!』

 彼のそんな悔しそうな声が届いた。
 葉月がただ笑うと、ミラーの笑い声も響いてきた。

『……流石だな。5の大尉は今のところ重用されていない事を勿体なく思いながらも、対戦的には直接的なアタックも接触もなく安堵していた。大尉の飛び方には危機感を持ってはいたが、そこの所を見抜かれていたようで。今日、最初に持ってこられた時は、流石にヒヤッとしたぜ』
「そうでしたか。そこまでは確信はしてはいませんでしたが」
『だが、今日の英雄は大尉だけにしておく。後は今まで通りだ』
「勿論ですわ。手加減無く、お願いします。今、リュウが行きますからね」
『ラジャー。大尉程には出来ないと思うが、楽しみだ』

 そこで、彼からの交信も途絶えた
 次なる対戦へと精神が向かっていったのだろう。
 ……だが、葉月がヘッドホンを外そうとした時に、一言だけ短く届いた。
 『これで、君には全面降伏だな』──と。
 葉月はビックリして、もう一度、問い返したくなったが、彼はもう空の気流の中だと思うと出来なかった。

「嬢、ミラーは離さない方が良いぞ。お前となら、きっと良いパートナーとして彼とやっていけると信じて、連れてきた」
「中将?」
「あの男は、お前が飛べない分、お前の手先となって飛んでくれる男だ」
「え?」
「信じてたぞ。お前なら、あの男を物に出来るとな。お前も『御園の娘』らしくなってきたな」

 細川は真顔でそれだけいうと、ぼうっとしている葉月の手元からヘッドホンを取り返して、元の指揮位置に戻っていってしまった。

(おじ様……?)

 また、細川の背が遠く見えた。

 この後、リュウの新しい戦略は成功はしなかったわけだが、ミラーを母艦に近づけなかったという成果はあったようだ。
 ミラーが言った通りに『本日の英雄』は、フランシス大尉になった。
 着艦後──ミラー自らの『流石だった。参ったよ』と言うフランシス大尉への言葉に、皆が拍手をするという場面もあり、大尉はいつにない注目ぶりに茫然としている有様だった。
 それを皆で笑い飛ばし、この日の訓練は幕を閉じたのだった。

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