-- A to Z;ero -- * 秋風プレリュード *

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12.柔らかな愛の中へ

 ──余程、疲れていたのだろう。
 そして、眠っていなかったに違いない。
 達也の目の前で、彼女が安らかに眠っていた。

 泉美と宿泊先のホテルに帰ってきた。
 『暫く考える時間が欲しい』と母親が言ったことを泉美に教える。突然、避けていた息子が訪ねてきたから、動転して母特有の極度な意地っ張りを見せても仕様がなかったのだと……。達也もこう心が落ち着いてくると、母に途端に拒絶されたことを納得することが出来ていた。
 泉美はやっぱりあの優しい笑顔で『良かったわね』と一緒に喜んでくれたのだ。

 ……一緒に喜んでくれる人間が目の前にいる。
 それは、もしかすると『葉月』であって欲しかったのかもしれない。
 でも、たぶん──そうではなかっただろうな。と、今の達也は思っていた。

 実際に、目の前にいる人間、女性は、じゃじゃ馬ではなかった。
 柔らかで、そしてひっそりとしなやかな女性だった。
 今日は彼女がとても輝いて、そして大きく見える。

 そして、目の前にいてくれた女性が──『彼女で良かった』。
 達也は自然にそう思えていた。

 

 泉美も流石に疲れたのか『今から、ゆっくり眠る』と言った。
 そこで達也は思わぬ事を口にしていた。

「側に付き添っていては駄目かな……」

 その時の泉美の驚いた顔。
 そして、達也も恥ずかしさのあまり、顔が熱くなっているのが分かったぐらいだ。
 流石の達也も、自然に口から出ていた言葉に驚いて慌てた。

「俺、暇だし。それに……また、泉美さんが見えないところで、苦しんでいたりしたらと思うと俺も気が気じゃなくて、出かけたりとか休んだりとかできねーよ!」
「い、いいの……?」
「ああ。別に、側にいるだけだからいいだろう!? それに腹減っただろう? 俺、何か買ってくるから、横になって待っていてくれよ」

 そんな達也の懸命さが伝わったのか、遠慮がちにでも泉美が了解してくれた。
 彼女が食べられるような軽い物を探しに出かけて、そして……帰ってきたら、彼女はもう眠っていた。

 やはり、疲れていたのだろう。
 達也はそのまま起こさずに、彼女の肩に毛布を掛け直して、側にある椅子に座った。
 静かに自分の分の食事だけ済ませ、後は、残っている雑務を確認する。
 そうだ……小笠原はどうなっているのだろうか? 泉美が全て葉月に頼んでくれたというから安心しているが……。
 なんだか、達也もそんな事を考えている内に、書類の文字がぼやけてくる。眠気が差してきたのだ。

 いつのまにか、まどろみ、そのまま小さなテーブルに突っ伏して眠ってしまったようだった。

 

『う……ん……』

 何時だろう? 眠っていたことに気がついて、達也は目を開ける。
 部屋はほんのりと明るいが、まだ日は沈んでいないようだ。
 身体が暖かい……。肩に、薄い毛布が掛けられていた。

「泉美さん……?」

 彼女が起きたのだと、肩に毛布が掛けてあることで分かり、達也の目は一気に覚めた。
 部屋を見渡すと、彼女は何処にもいなかった。
 暫く、呆然としていると、ドアが閉まる音がして泉美が現れた。

「あら。起きたの?」
「あ、うん……。掛けてくれて有り難う」
「なに? 今日は随分と『有り難う』ばっかりね」
「いや……その」

 泉美が可笑しそうに笑う。
 そして達也はなんだか照れくさい。
 そんな彼女は携帯電話を手にしていた。

「小笠原の葉月ちゃんに、連絡したくて。外で話していたの」
「……な、なんて?」

 泉美が意味深な微笑みで『気になる?』と、達也を試すように見下ろしたので、おののいた。
 なんだか──『主導権』を握られていやしないか? と、思うぐらいに。彼女は余裕だ。
 それで達也はまた思い出してしまう。
 彼女は『愛している』と言ってくれたから、達也の想い人である葉月のことを気にするかと思ったら、そうして『気になる?』なんて余裕の笑顔でいられるところを見ると、そんなことは『とっくに承知。当たり前のこと』と思っているのだって。
 やっぱり……彼女の愛は『本物なんだ』と、ひしひしと伝わってきて、今度は戸惑う自分がいることに達也は密かに狼狽える。
 ──戸惑うって。何故って……今の俺、『身体も心も熱く』なってしまっているからだ。

 だけど、そうして『葉月』という一言で固まってしまった達也を見て、泉美はすぐに『意地悪』から解放してくれるように、いつもの柔らかい微笑みに変わった。

「葉月ちゃんから──『達也、良かったね。私も嬉しい』ですって。とても喜んでいたわ。泣きそうな声、していたもの」
「……」

 素直に報告してくれる泉美の素直で優しい心も。
 そして──長年、密かに案じてくれていただろう葉月の気持ちを知って……情けないがまた涙が滲んできた。

「……参ったな」
「海野君……」
「あいつには、甘えていた部分があって……」
「そうなの?」
「……昔、酷いことをしたんだ、俺」
「そう」

 どうしてか、心の中で浮かんできた言葉を──今度は、達也が素直に口にしていた。
 そして、それを黙って聞いてくれている泉美は、達也の口から自然と溢れてくる言葉を、やんわりと受け止めてくれているようだった。

「それに……。あいつが自分の痛いところに飛び込んで、強くなって輝いていくのを見て。俺もこのままじゃいけないと思った。だから……同期生がロスに行くと知ったとき。おふくろが逃げていった場所だから、見てきて欲しいと頼んだんだ。そういう気持ちになっただけでも俺には大進歩で。本当は見つかりっこないと、高をくくっていたんだ。そうしたら、急に見つかりやがってさ……。後は泉美さんが見たとおりの、ガキみたいに情けない俺にしかなれなかった……」

 なんでだ? どうしてだ? こう話したかったのは、本当は『葉月』だったはずなのに。
 達也の口と言葉は止まらない。一人きりで抱えていた全てを、まるで抱きしめて欲しいかのように、彼女にぶちまけていた。

 ふと気づくと、椅子に座って俯いて話していた達也の目の前に……花柄模様のスカートがひらりと視界に入ってきた。
 見上げると、そこにはとても慈しむように達也を見下ろしている聖母のような女性が一人。

「海野君……。大丈夫よ。もう、大丈夫になったじゃない」

 そのやんわりとしている彼女が、ふんわりと両腕を広げた。
 広がった両腕からは、甘い香りがいっぱいに広がり……それが優しく達也を包み込んでいた。

「……いず、み・・さん」

 また、あのとても柔らかい彼女に抱きしめられていた。
 それも今度は、女性特有の一番の柔らかさを持っている乳房の中に……。
 それは今まで達也が感じてきた以上に、暖かく、柔らかく、どこまでもふんわりとしていて、そのまま眠ってしまいたくなるぐらいに。

 そのうちに、達也の奥で熱い疼きが溢れ出してくるのが分かって、ハッとして彼女を引き離した。

「……だ、駄目だろ。駄目だ」
「嫌だった? ごめんなさい」
「そ、そうじゃなくて……」

 彼女はそうして達也に拒絶されることも、なんとも思っていない顔だった。
 がっかりもしていないし、悲しい顔もしていない。
 ただ、『自分がそうしたかっただけ』という無償の覚悟をしている顔であるのだけは、達也にもちゃんと分かった。
 そしてそんな彼女の目が途端に煌めいた……。
 また……あんなふうに頬をほんのりと染め、彼女の顔が艶っぽくなる。

 そんな顔で、俺を見ないでくれ。
 そんな甘い瞳で、俺を見つめないでくれ……。
 とても心地よさそうなその柔らかな世界に……ああ、もう、引き込まれてしまうではないか。

「私は嫌じゃない」
「分かっているよ……」

 そうして達也を甘く見つめたまま、泉美は『最後の覚悟』をしたのか、白いアンサンブルのカーディガンを肩から滑らせ、そのまま床に落とした。
 柔らかくて薄い夏生地。カーディガンを脱いでしまうとアンダーブラウスだけになった彼女の体の線を如実に描き出した。

 とても細い腕は、達也が今まで抱いてきた女性の中で一番細い……折れそうな長い腕。
 白くて青白くて、向こうが透けてしまうのではないかというぐらいに、儚そうな肌の色。
 なのに、その女性の象徴である両胸は結構、ふっくらと重そうで。それが達也を包み込んでくれていた一番の柔らかい優しい場所の象徴のような気もしてきた。

 そんな彼女を、うっとりとただ眺めてしまっていた。
 そんな達也の反応に、泉美も多少残っていただろう躊躇いを捨てたのか、その薄い丸首のアンダーブラウスを上へとめくりあげ、両腕を上げて頭をくぐらせ脱ごうとして……。

 そこで彼女がいつもさりげなく付けている香水の香りが、ぱあっと立ちこめた。
 甘酸っぱい花の香り。柔らかくて女性らしいムスクの……彼女の体温にこなれたミドルノートの香りに、達也の周りは包まれ始める。
 白いブラウスに透けないように考慮しただろう、肌に近い色のランジェリーからは、乳房が溢れそうに収まっている。
 そう、初めて発作に居合わせたあの日。彼女の夏シャツを引きちぎってしまい、その時ちらりと見えた胸の谷間から『結構、あるんだな』と達也は思った事があったが、こうして目の前でみると……想像以上で、その華奢な体つきからは想像が出来ないくらいのふくよかさ。だけれども、バランスがちゃんととれている。

「……綺麗だ」
「──!」

 泉美がビクリと反応した。
 思わず……達也の手は、伸びていたのだ。
 そっと触れてしまった彼女の片胸。
 地味な色合いのランジェリーでも、ちゃんと愛らしい花の白い刺繍とレエスで縁取られていて、彼女の清楚さを思わせるイメージ通りのブラジャーだ。

 だけど、達也はそこでグッとその手を退いた。
 そして泉美の細い両手首を握って、彼女をしっかりと見た。

「その気持ち、嬉しいよ。本当だ。でも……」
「離して……!」

 また……! 彼女らしからぬ『強さ』で、達也の手が振り払われる!
 驚いていると、今度の泉美はとても急ぐように、緑の小花柄のスカートをおろし、あげくには、ブラジャーとおそろいになっているショーツまで降ろし、足を抜いて放り投げたのだ。

 ……達也も、もう止められず。そのまま呆けた顔で眺めてしまっているだけになった。
 ハッとしたときには、そこには黒髪の中、恥じらうように俯いている女性が……。それでも堂々と達也の前に立っていた。
 そんな彼女が、ふと顔を上げて、達也をあのいじらしい眼差しで見つめてくる。

 ──もう、駄目だと、達也だって思った。
 艶やかな黒髪。青白くて不健康そうな肌の色がいつのまにか血色良く、昼下がりの柔らかい日差しの中で艶めき始めている。
 割と大きな二重の黒い瞳が、このときばかりは濡れて揺らめいて、達也を真っ直ぐに映している。
 甘い柔らかな香りに包まれてしまい、どうしてこれほどに『綺麗な女性』の前で、男を消し去ることが出来ようか?

 そしてまだ躊躇っている達也に向かって、彼女が極めつけの『愛の告白』をしてくれた!

「これで、もうなにもないわ」
「え?……?」
「これで、全部よ。ほかに見せたい私は、もうないから」
「泉美……さん……」

 よく見ると、少しばかり身体が震えているように達也には見えた。

 もう──見せたいものは、全部見せた。という彼女の『一世一代の勝負』だったのか!?
 達也の胸に、大きなゴングが鳴ったような気がした。
 それは俺も『これから闘い』なのか? それとも? 今までの報われることがないのが分かっていて続けていた信念への闘いの終わりを告げる音なのか!?
 それは分からないが……もう、駄目だ。
 ただでさえ、彼女に次々と心の中をかき乱されて、もう……彼女しか見えなくなってきているというのに?
 もう……目の前の、柔らかい女性しか、見えてきていない……彼女しか、見えなくなって?

 すると泉美が泣いていた。
 ここまでやり遂げたという、涙なのか?
 今までの自分を乗り越えようと、頑張り終わって、気持ちが高まってしまった涙なのか?
 それとも……?

「嫌なら嫌と言って? 海野君。早く、言って」
「……」
「それで、終われるの。私、終われる。明日からは、私の中には中佐の海野君だけになるから! 早く、言って!」
「終われる……」

 その彼女の『覚悟』にも、頭を殴られるような衝撃があった!
 終わるために……!? ここまでしてくれたのか? と。

 彼女のその俺以上の一途な強さを、初めて実感した!
 達也も『終われない想い』を抱き続けてきた。だけど、終わらせようとしていない。
 もう葉月の幸せというならば、俺は彼女の側にいて見守ることしか出来ない覚悟だって出来ている。
 そうしてでも、葉月と一緒にいることが──『楽しくて、幸せ』で……。そしてやはりそれは『苦しい』事でもあった……。
 もし、いつか──彼女が独りになることがあるかもしれない。そうなったら信頼している同僚の隼人にとっては不幸になっているのだろう?
 そんな事を願いながら、葉月を待つ気はこれっぽちもないから、『側にいる』という道を自分に叩き込んだ。

 だからこそ。彼女がどれだけ、達也をそっと見つめてくれていたのかも、痛いほど分かる。
 俺も、そう。長い間、一人の女性を見続けて、見守ってきたから、そういう一方通行の片思いの痛さなら、誰よりも分かるはずだ。

 達也はそっと立ち上がる。
 そして……ついに、彼女を労るように胸の中に抱き寄せた。
 それは今までの自分を抱きしめるような感覚にも似ていた。

「海野君……!」

 彼女が安心したように、ホッとしたように……。感極まった声で達也に抱きついてきた。
 柔らかで滑らかな肌だった。そして暖かすぎる。
 そっと胸にしがみついている彼女の顔を覗き込んだ。

「……俺、やっぱり怖いんだけど」
「……心臓のこと?」
「うん」

 だから、今日はやめよう。充分に分かったと達也が言おうとしたら……彼女が嫌だと泣きながら、離れてくれない。

「もう、駄目よ、私……もう……」
「俺だって……駄目だ」

 そう呟くと、やっと泉美が驚いたように達也を見上げた。
 もう達也側も充分に『愛してみたい』気持ちが高まっているのを、泉美は今、知ることが出来たのだろう。

「私、死んでもいい……!」
「駄目だよ。俺が困るだろう? 達也のアシスタントがいなくなるじゃないか……」
「! 本当にそう思っているの?」

 途端に現実的なお姉さんの顔になった泉美に、達也は苦笑いをこぼした。

「分かった。じっくり……やる」
「!」

 彼女の顎をつまみ上げ、達也はそのまま唇を重ねた。

「あ……。ぅっん!」

 そうと決めたなら、達也も真剣だ。
 達也という男を存分に刻みつけたい。最初から生ぬるいキスなんて、俺は好きじゃない。
 甘く見ているようなお姉さんぶった彼女に、そう叱りつけるような激しい口づけで刻印してやる。
 泉美の唇を噛んでは吸って、唇をこじ開けては、彼女が喘ぐぐらいに奥まで愛し抜いた。

「う、うん・・・。うん、のくっん!」

 ひとしきり、口づけで彼女に『お返し』をしてあげたら、達也は躊躇うことなく後ろにあったベッドに彼女をやや荒っぽく押し倒す。
 全裸になっている泉美が、もう、キスだけでイッてしまったかのように力無い呻き声を漏らしながら、達也の胸の下敷きなる。

「……すごい。海野君、思っていた通りの情熱的な人ね」
「……そうなんだ。予想通りなんだ? じゃあ、まだ面白くないな。言っておくけど、俺って、本気になったら遠慮しないぜ」

 彼女の素肌の上に覆い被さりながら、達也は片手でベルトを外しながら呟く。
 もう額にうっすらと汗を滲ませている泉美の身体は、暖かいどころか熱くなっていた。
 シャツのボタンを外しながら、今度は柔らかに彼女の耳元や目元にキスを繰り返す。

「ゆ、夢みたい……」
「夢じゃない。もっと酷い目にあったりして」

 達也の冗談に、泉美がふと驚いた顔で見つめ返してくる。
 だけど彼女は怯えもしない。お姉さんぶってくれる彼女をちょっと苛めたかっただけなのに……。
 『そうされてもいい』だなんて呟きながら、彼女がまた強く達也の首に抱きついてきた。

「……遠慮したら怒るから。本当の貴方で愛して……。お願い」
「分かっている」

 その覚悟を示すかのように、半裸になった達也は彼女の首に掛かっている革ひものピルケースを首から抜き取り、ベッドの頭にある棚に置いた。
 彼女と見つめ合いながら、そっとまた口づける。

「もし、そうなったら……俺がまた呼び戻す」
「あ・・・っ」

 達也の指も迷うことなく、彼女の下腹部に向かう。

 ……もう『すっかり』になってるので、驚いた。
 そんなに先ほどの口づけだけで? とか、それほどに? とか。いろいろ頭に浮かんだのだが。そんな彼女を見下ろすと、泉美は恥じらうように顔を背けた。
 だが、達也も素知らぬふり……いいや、そんな彼女の喜びの反応に胸を焦がされてしまったから、そのまま黙って続ける。

 そんなふうに、彼女の溢れんばかりの愛に包んでもらったのだから、俺も──と、彼女の身体の中で指先に想いを込めて、夢中で愛した。
 もう、堪えられないと言ったように、達也の愛撫に夢中になって反応してくれる泉美は……とても綺麗だった。そして達也の心も満たされていく。

 本当に硬くなっていたハートが、柔らかく震える瑞々しさを取り戻していく感触があった。
 愛し、愛される喜びには、なにも勝てないような気がするほどに、いっぱいに溢れて満たされていく──!

 今度は彼女に大きく抱かれているだなんて、感じたくない。
 彼女の情熱にも大きな愛にも負けたくない。達也も必死だった、真剣だった。
 やがて……。彼女と一緒に意志を合わせ、息が合ってしまったように一つに結ばれたとき……。見つめ合うその熱さは、もう『二人しか知らない物』になったのではないかと、達也は思った。
 そんな一体感を……つい最近、側にきた女性から感じるようになるなんて。
 こんなふうに『新しい愛の嵐』に遭ってしまうなんて。

 これは──運命だったのだろうか?

 夕方へと柔らかく落ちていく昼下がりの光の中。
 そんな柔らかい彼女になにもかもを、新しい夢へと包み込まれてしまったように……。
 泉美に言われなくったって、達也は全身全霊で愛し抜いてしまっていた。

 

・・・◇・◇・◇・・・

 

 小笠原の夏日も終息を迎えたのだろうか?
 もう日差しは柔らかくなり、風も心地よい。過ごしやすい日々がやってきた。

 そして──隼人は、このごろ、ちょっぴり今までにない物を感じていた。
 目の前には海野中佐だ。
 いつものように、仕事をするときはなんとも凛々しい男前の顔で、同じ男としてもその漂う色気さえ……羨ましくなってしまう。
 だけれど、なのだ?

「なーんだよ。兄さん」
「あ、気がついていたんだ」
「それだけじろじろ見ていたら、気づくっちゅーの」

 途端に口調は、いつもの軽い調子の青年だった。
 だけど? なにかが違うのだ。

「達也? 最近、トワレ少なくないか?」
「そうか? 普通だと思うけど」
「ああ、普通だ。それが、普通だ。なんだ、あれ……あの自己主張満点に振りまいていたのが異常だったと思うけどね」
「ああ、あれね。やっぱりね。いい加減、そういうのやめようと思ったんだ」
「ふうん?」

 なんの心境の変化? 『これが俺様だ』という前に出る姿勢は一歩も退かずに、そう言うことには胸を張っていたのが『海野達也』だと思っていたのに。
 いや、隼人はちょっぴり、薄々予感をしている。
 それは葉月とは話し合ったり、確認し合ったことはないけれど。そこの点は、ちょっとまだナーバスなものが見え隠れしそうで、今は様子見をしているだけで……。

「葉月、いよいよだな」
「あ、ああ。空母艦ね……」

 話を逸らされたか? 達也から、葉月が出かける空母航行について話を振ってきた。
 九月が過ぎ、十月に入っていた。
 葉月が航行業務をしている空母艦と合流するのは、その空母艦が横須賀港に寄港する十月の末。
 彼女は日本海を航行する予定の母艦に、一ヶ月〜一ヶ月半の予定で乗り込むのだ。
 予定はあちらとの業務の状態と合わせてから決定するそうだ。
 おそらく……一ヶ月以上はかかるのではないかという話だ。

(困ったな……)

 実は隼人──。葉月と約束した『次の旅行』の計画を着々と進めていた。
 まだ場所は決めていないが、スケジュールの調整に入っていた。
 正月休みは隊員達を優先にするのがいつもの大佐嬢だ。自分は島で留守番を率先する。
 その代わり、その後かその前に代替えして休むことも出来るのだが、だいたい彼女はそれも潰してしまう。鎌倉に一泊二日、二泊……がせいぜいだ。
 ましてや──只今『勘当中の身』。昨年はあんなに素晴らしい帰省をして、家族との繋がりを再確認したようなのに。夏の長期休暇だって、葉月は取りもせずに、短期休暇ですませて鎌倉に出向いたくらいだ。

(鎌倉の叔父さんは、怒っていないようで良かったなあ)

 それは救いだった。
 もし叔父の京介准将までもが葉月をたしなめるように『出入り禁止』にしたとしても、私生活では底なしに甘そうな右京だけは、葉月をかばってくれそうな気はするのだが……。昨年の『いざこざ』に大きく関わってしまった隼人も、責任はないと皆が言ってくれたとしても、我が事のように心苦しい。

 まあ、今はどう言っても、お怒りが解けるまで待つしかない。
 その間に、葉月はちゃんと自分で強く生きていることで、そのうちに許してもらえる事を信じて、努めて明るくしているのも、救いだ。
 話は逸れたが、その『代替え』で休暇を取るにしても、大佐嬢とその側近が、二人一緒に抜けるための調整を……隼人は虎視眈々と狙っているところ。

 どんなにスケジュールを調整しても、葉月の空母艦航行が終わらないと隼人も落ち着かない。
 かといって、年が明けたら、今度は隼人が忙しくなりそうなのだ。

 ──出来れば、年内の……しかも、近い内に彼女ともう一度『ゆっくりしたい』。少なくとも隼人は強くそう思っていた。

「覚悟しておいた方がいいぜ、兄さん。母艦に乗ってしまったら、個人的な連絡、出来なくなるからな」
「そうなんだよな〜」

 そこもネックなのだ。
 終わる期間とかの連絡は大佐嬢のスケジュールとしてこの中隊にも情報は入ってくるだろうが。葉月個人と一切連絡が取れなくなると、彼女が出かけてしまっては、その旅行の相談だって出来ないではないか?

 それでこの件について、大佐嬢ではなく『葉月嬢』はなんと言っているかと言うと……。

『私も、年内に絶対に行きたい!』

 ──なのだ。あの彼女がそうして楽しみにしてくれているから、隼人もこうしてあれこれと。
 そこで葉月の提案が、『もう、なにもかも陸にいる隼人さんに任せるから!』だった。
 彼女が母艦に乗って直ぐに、艦を降りる日程ぐらいは分かるだろう。だから、それを隼人が知ったら、後の手配は全て隼人任せということらしい。
 それで本当にいいのか? と、隼人は念を押すように彼女に問いただすと──『この前だってそうだったじゃない。あんなふうがいいわあー』なんて。夢見るような瞳を輝かせて言ったのだ。
 そこまで言われてしまったら……。隼人もまんざらでもない。
 一応……その方向性になったのだ。

 お? ちょっと待てよ?
 完全に達也に、話を逸らされたぞ?

 気がつけば、達也はまた、あの男前の顔で事務作業に没頭してしまい、もう、隼人の視線も受け入れていないようだった。
 隼人は、あしらわれてしまった事にため息をこぼし、自分も机に向かい直した。

「失礼致します」

 大佐嬢が留守の大佐室。
 男中佐が二名で留守をしているところに、泉美が入ってきた。

 彼女はいつも通りの凛とした綺麗な姿勢で、達也の席に向かっていた。
 いつも落ち着いているし、その波長に乱れもなく、いつ見ても気持ちの良い女性だ。
 隼人が小笠原に転属してきて早々から、そう思っている。好感を持っていた女性の一人だ。
 だけれど、仕事上──経理にいた小夜ともそうであったように、彼女とも繋がりがあまりなかった。
 経理班長の洋子とは、最初から良く言葉を交わしていたが、その隣にひっそりと寄り添っている泉美ともたまには言葉を交わしていた。
 すると同い年であることが判明。そのとき『そうなんだー』と二人で口調を揃えてしまったぐらいに驚いたりした。
 それからその気易さからか、同級生気分で言葉は交わし合っていた。
 そのうちに彼女も『幼少時に母親と死別』していることが判明した。そこは隼人も同じだったので、同じ境遇にも驚いたりして、益々、気易くなった仲だ。

 もし……。葉月と出会うことがなかったなら。
 『俺のタイプだったかもなー』なんて、密かに思ったぐらいだ。
 彼女はすごく華やかではないのだけれど、雰囲気が隼人のタイプだと葉月が言ってくれた連隊長秘書室にいる水沢少佐夫人──『水沢真理秘書官』に似ている気がしたから余計にだった。

 だけど──隼人はこちらの女性にも、少しばっかり『今までにない物』を感じたりするのだ。

「こちらの資料、まとめておきました。それからこちらのメモも出来上がりましたから」
「うん、ご苦労様」
「それでは、失礼致します」

 彼女が楚々と達也の前を去っていく。
 なんだか──その去り際の空気が、妙に隼人には甘い匂いがするような気がしたのだ。
 彼女の、どことないほんわりとした微笑というのだろうか?
 前はあんなじんわりと滲み出るようなニュアンスを思わせるときがあっただろうか? と、隼人は眉をひそめて彼女を目で追ってしまっていた。

「あ、『泉美』!」
「は、はい?」

 彼女が持ってきた書類を、すぐさま確認していた達也が……いきなりそう叫んだ?
 ……隼人は『──さん』の続きがつくのを待っていたが? そこで切ってしまった達也を思わず見てしまった。
 そしてその隼人の驚きの目線と、達也のギョッとした視線がかっちり合ってしまった。

「──さん。ちょぉっといいかな?」
「は、はい……。中佐」

 とってつけたような『──さん』に聞こえたぞお! と、隼人はしげしげと二人を眺めてしまっていた。
 それにあんなに落ち着いて何事にもリズムを乱さないノーミスお姉さんが、ぎくしゃくしているじゃないか?

「これも、お願いな。ごめん、急いでいるんだ。泉美さんにしか頼めないな」
「かしこまりました」

 泉美の口調がやや早くなり、そして──顔が赤くなっているのだ。
 そのまま足早に大佐室を出ていく様子も……もう、カミングアウトしているようなものじゃないか? と、隼人は思ってしまった。

(やーっぱりな? 思った通りかな?)

 そこで隼人はさりげなく呟く。

「達也の前のトワレの付け方。刺激、強そうだもんな〜。やっぱり泉美さんがアシスタントになってから、ちょっと気を遣ったわけだ」
「そんなんじゃねーよっ」

 あまりムキに言い返してこないところが、かえって怪しい?
 ムキになれば、それはガキの反応だ。そうだって認めてしまうようなもの。そこを達也はなんとか回避した様子。
 隼人は思わず、『にったりにたにた』と達也を見つめてしまった。

(だけど、俺が官舎に帰っているときでも、彼女が来ている様子は感じなかったなあ?)

 逆に達也が彼女の部屋に──は、まずない。
 泉美は男子禁制の『女子寄宿舎』にいるからだ。
 忍び込むなんて、とんでもないことだろう。

 かといって、この忙しいさなか、二人が密かに会うという気配は、どこからも感じられないから……。
 まだ『どうなのだろう?』と思っている段階なのだが、それでも『なんだか違うぞ?』という確信してしまいそうな気配もあるのだ。

 このことは、先ほども言ったが、葉月とは一切……話していない。
 が、絶対に葉月はもっと感じ取っていると思う。
 達也は知っているかどうか知らないが? なにせ隼人を含めた『葉月側』では、達也の気持ちはともかく泉美の『海野君を愛している』宣言を知ってしまっているのだから。
 葉月も達也とも泉美ともあれからは、深く掘り起こさず、何事もなかったように接していた。
 それはまるで『ここは職場』と割り切っているようにも見えるが、今はまだ、二人の間が『不安定』であるのを見抜いて、そっとしているのかも知れない。

 だから隼人も薄々感じながらも、葉月同様に、敏感そうな二人に触らないように、でもそっと見守っているつもり。
 だが……どうも、今ので、『俺達、そうなっちゃったんです』と言うのを見せられた気はしたが。

 実際は、如何に──!?
 分かりそうで分からないもどかしい状況故に、隼人はそこでいったん置くことにした。

 

・・・◇・◇・◇・・・

 

「ただいま」
「おかえりなさいませ、大佐嬢」

 葉月がテッドとテリーを従えて帰ってきた。
 若い補佐官見習いの二人も、葉月の側で精進すること数ヶ月、だいぶ威風堂々とした風格を備え始めている。
 彼女の隣に並ぶと、誰もがそうして輝いていくのだろうか?
 それを静かに仕事をしていた側近二名が迎える。

 そして、その大佐嬢がいつもの平坦な顔つきで中佐二名に向かう。

「中佐補佐に、班長、それと海野チームを集めてちょうだい。ミーティングするから」

 それは隼人ではなく、達也に彼女は指示する。
 そこで隼人も頷く。
 そう……これからは『きっと、これで良いのだ』と。

 達也は勿論、頷いて内線電話を手にした。
 それぞれの部署のリーダーに連絡をすれば、その下のメンバーにも伝わっていく。

「達也。そろそろ皆にも、フロリダとの合同研修の準備に加わってもらいましょう」
「本当か!」
「航行が終わったら、次は『それ』よ。フロリダのマイクともだいたいの時期を定めたから。来年にはやるわ」
「よっしゃ! やっと動き出すな! 一年、フロリダと手探りの状態で下準備してきたけど……やっとだ」

 達也がフロリダを出ていくときに、葉月がまたもや大胆に思い描いた計画は、少しずつ準備を積み重ねること一年間──。
 葉月はマイク=ジャッジ中佐と。そして達也は陸工学科と所属していた特攻隊フォスター隊と連携を取って、企画を練り、試行錯誤を積み重ねてきたのだ。
 そして──隼人は、マリアと工学科の研修を、プロジェクトと平行で組んでいた。
 葉月の計画では、葉月が受け持つ『空部隊研修』と一緒に、工学科も見学やデーターを取るという研修も平行させてくれるらしいのだ。

 さらに──。隼人がフランス部隊を出ていくときに、同期生のジャンと約束したメンテの合同研修も、合わせてやる方向性。
 葉月が計画したとおりに、なにもかもの研修が、この小笠原に大集合。皆がそれぞれの実力を競い合うのだ。
 その中でも大佐嬢がコンセプトにしているのが『中核』より『若手』。同世代を活かしてというのが狙い。……なので、中核である現在活躍している実力者達にそこを『YES』と言わせていくのも、今後の大佐嬢の課題となりそうだとか……。

 ウォーカー中佐が持ち込んできたとかいうパイロットとしての一つの計画は、確実に実行に移った。
 連れて行くパイロットも決まり、今、基地内の空部隊では、この大佐嬢が引き連れていく研修の話題ばかりという程の注目を浴びている。
 だが、葉月にとっては、それはもう既に『ラストスパート』に来ているという段階なのだろう。
 だから……この次は、自分が思い描いていた『大がかりな若手研修を、この小笠原で』という目標へと、既に照準が合わされているようだ。

 

 そしてついに、葉月が動き出す『号令』を出す決意。
 数分後には、大佐室に皆が集まる。

 隼人も気を引き締めて、自分の受け持ちである資料を手にして集合した。

 

・・・◇・◇・◇・・・

 

 この大佐室に、葉月を筆頭とし、隼人と達也の側近二名。そしてジョイと山中の補佐中佐、そしてテッドなどの補佐見習いと泉美を含めた海野チーム。そしてそれぞれの班長である洋子など。四中隊の上層を担うメンバーが集まった。

 葉月はそれぞれの専門に、どのような事を進めて欲しいか次々と指示を出す。
 大佐室の三人が密かにそれぞれ進めていたことは、知っている者もいるが、本部員の中では密かに知られていることのようだった。
 だが大佐室から『漏れないように』という厳重的な管理と指示は、大佐室業務の者はきちんとしてくれていたのだろう。今のところ、葉月の思惑に収まっている段階だ。

「まだこの話は連隊長の許可を取っているとはいえ、四中隊だけで進めてきたから、詳しい内容などはどこの中隊にも漏らしていません。いいわね、情報は厳重にしてくださいね」
『はい』

 部下達の揃った声。

「海野中佐」
「はい」
「貴方に、この研修を四中隊ですべて取り仕切れるように手綱を握って欲しいの。つまりこの研修の総指揮になってもらえる?」
「! お、俺が……じゃなくて、私がですか?」
「他に誰がいるのよ?」

 達也がふと隼人を見たが、葉月は構わずに達也を真っ直ぐに見て、視線は逸らさない。
 その様子で、葉月の本気が達也に通じたようだ。
 彼の顔がそれでやっと引き締まる。

「有り難うございます。やらせてもらいます」
「期待しているわ」

 そこで達也の総指揮任命を誰も反対することなく、むしろ賛成の拍手が湧き起こった。
 今日のところは、『こういう事を始める』という周知なので、そこで葉月は解散をさせた。

 だが──大佐室の応接ソファーで達也と向き合って、今後の話し合いを始める。
 二人であれこれと話している内に、キッチンを片づけた小夜が出ていき、葉月のデスクを整理してくれていたテッドも出ていき……そして隼人も工学科へ行くと大佐室を出ていった。

「いい? 達也──絶対に、うちの中隊に引き寄せてよ。この話が噂になり始めたら、第一中隊のフォード大佐も黙っていないと思うわ。小笠原が舞台となり、それぞれの基地から注目されるチャンス。その手綱を握る中隊はもっと注目されるわ」
「分かっている。絶対に、手渡すものか」
「でも、だからとて四中隊だけでは絶対に出来ない。その先輩中隊の力も借りて『小笠原基地の為』という事も理解してもらっていかないといけないわ」
「ああ、そうだな。おそらく──大佐嬢の基盤もだいぶ固まってきたから、四中隊が受け入れという役所を連隊長から正式指名されたら誰も文句はいわずに、協力はしてくれるだろう。だが、油断せず、気を引き締めて先輩達にもあたっていこう」

 二人で強く頷き合う。

「それでね……。陸工学科と空工学科の研修なんだけど、それぞれの教官の講義などの……」

 彼とは長年の仲である以外にも、なんでも『同じような思想』で仕事をしてきた。
 たまには個人としての意見も食い違いぶつかり合ってきたが、それだって……ぶつかっても、お互いに噛み砕いて良い形に持っていける関係だと分かっているからこそ、思い切りぶつかり合ってきたのだ。

 だから、確認も同じような思いで向かっていけるというお互いの情熱が伝わり合う。
 葉月の考えに、達也は横でずっと頷き、そして葉月が言いたいことを先にまとめて言葉にしてくれる。
 葉月も目の前に置いた自作である大まかなスケジュール表を指さしながら、達也にちゃんと伝わるよう理解してもらえるようにと言う懸命さに没頭して、話し続けていたのだが……。途中から、彼の相づちが続いていないことに気がついた。

 自分の話ばかり、没頭しすぎたかと葉月がハッとして、気を改めるように顔を上げると、なんと……! 直ぐ側に彼の顔が近づいていたので、驚いた。

「な、なに……?」
「あ……悪い」

 達也も今、我に返った様子。
 つまり? 無意識に葉月の側に寄っていたのかと……。
 今にも頬に口づけをされそうな雰囲気だったので、葉月は当然、驚いたのだが。その、達也の切なそうな顔にはもっと驚いた。

 ……だって。葉月の勘では達也は既にここにはいないと思っていたからだ。
 そうだ、泉美の思いが通じたに違いないと、数週間前に確信していた。
 何故かと言えば、達也の様子が微妙に変化したことなど、長年の付き合いである葉月には直ぐに分かった。もっと言うと、達也よりも泉美だった。彼女は表面には出さないが、女性としてのとてもふんわりとした幸せそうなオーラがじんわりと滲み出ているのを葉月は感じ取っていた。

 彼女のあの愛なら、達也と言う男はきっとその素晴らしさに感動することだろう。
 この葉月が彼女の愛の深さと熱さに感動したように、きっと……達也も。
 泉美の『熱い息』を感じ取ったように、その生き生きとした思いは『私たちの間で停滞している思い』に勝ると思った。

 そして何日か経った今──突然の思わぬ告白をされた達也としては戸惑いはあるだろうが、二人の距離が密かに縮まっているという予感さえあったのに。

 今、彼が見せているのは、葉月を遠くに見ているような切ない顔。
 どうしようもないせっぱ詰まったような。そこまで無意識になるほどに、葉月の側に寄ってしまっているだなんて。

 ……自然にと思って、あちらからハッキリと報告してくれるまで、黙って見守ろうと思っていた葉月。  いいや、達也のその今までの気持ちに任せ甘えすぎていたと、唇を噛みしめた。
 だが、葉月はついに意を決した。

 ハッキリさせるときがやってきた。

 達也という男との決別だ。

「達也」
「……なんだよ」

 彼ももう、分かっているような顔だと葉月は思った。

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