・茉莉恵の短編・ ◆ 普段着 ◆

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 普段着 

 

 ふんわりと優しい、癒し系。
 きりっと凛々しく知的なクールビューティー。
 匂い高く妖艶な、セクシー系。
 そして、ほんわりと憎めない天然系。

 私の彼はどんな女性が好みかなと良く思う。
 好きなんだもの。当たり前じゃない。
 でも、よく分からないんだよね。

「芸能人で好みの人って誰?」

 足の爪を切りながら、アオイはサトシに聞いてみる。
 彼は新聞を読みながら、遅い夕食を食べていた。

「誰だろうなあ。わからないなあ」
「うっそだ。絶対にいるよ。いいなあって、思っている女優とかいないの?」
「俺、ドラマとか見ないし」

 まあ、そうかもしれない? アオイは思う。
 でも、男なんだから『あの子、可愛いなあ』と思うことぐらいあって当たり前だと断言したい。

 そうでなければ、『女のアオイ』を意識して、敢えて言わないだけだ。
 女は面倒くさいのだ。愛する男性がその女優に取られるわけでもないのに、それを分かっているのに、彼がそれを本当に口にしたら早速嫉妬しているのだ。しかもお門違いの嫉妬。その女優と対決する場があるわけでもないから、当然、怒りの矛先は目の前の彼へと行くのだ。
 そういう女のワケワカンナイ過程が分かっている男は、敢えて言わないのだ。
 きっと、それだそれだとアオイの心は大騒ぎ。だんだんと腹立たしくなってきた。

 でも、そこでアオイは深呼吸。
 取り澄ました顔を整え、一人で呟いてみるのだ。

 そうよ、私は大人よ。怒りはしないわ。
 当たり前じゃない。そんなくだらない。どうしようもないことを。

「怒らないからさ。言ってみなよ。それとも私がそんな子供だとでも? 怒ると思っているの?」
「うーん。あ、」

 箸を片手に新聞のページをめくっていた彼が、顔を上げた。アオイはなにか思いついたのかと、ちょっとワクワクして爪切りを放った。

「女優じゃないけれど、あれは良いなあと思った役がある。それをやっていた彼女がまた良かったかなあ」

 おー、乗ってきた!
 そう思ったアオイは爪切りをやめて、サトシが食事をしているテーブルへと駆け寄る。

「それ、誰誰。どのドラマよ!」
「うーんとなあ。木曜日の……」

 サトシがやっと答えてくれる。
 そのドラマならアオイも見ていた。
 なんと。彼が愛読している『漫画』が原作のドラマで、そこでヒロインを演じていた女優さんが良かったとのこと。

「って言うか。それってその女優さんというより、原作のヒロインが好きってことなんじゃない?」
「とも言えるのか? でも、演じている彼女ごと、イイ! と思っただけ。最近で言えば」
「最近? 昔はまだいろいろあったの?」

 聞いてみると、まあ、良くあるアイドルの名が出てきただけだった。
 しかも彼女達は、もうテレビ画面で見ることはない。

 なんだが、すんごくがっかりしている自分がいた。
 何故だろうか? 彼の好みの女性が、漫画のヒロインだったり、既に去っていったアイドルだったりしたからだろうか? なんとなく実感が湧かなかったのだ。実像がないせいだろうか。
 新聞を読みつつ食事をしている彼の目の前に、アオイは力無く座り込む。

「なーんか、張り合いないなあー」

 彼が茶碗の横に置いている飲みかけの缶ビールを横取りし、アオイはそれを傾け、一口。ふうっと美味さに感動したため息を落として、サトシの横に缶を返す。
 すると目の前の彼が新聞を眺めながら笑っている。

「女ってさあ。張り合う相手がいないと生きていけないのかね」
「なにそれ」

 『張り合いないー』と言った手前、そう言われても仕方がないかも知れない。

「そして自分が一番でありたいんだよな」
「そうかな」

 そうかもしれないとアオイは密かに同意したくなるが、まだ否定する。

「その為に、ライバルを見つけるんだ。変だよな」

 アオイは黙った。
 女として妙に心当たり有る……ような……気が、して?

「綺麗な女性に目はいくさ。でも、実際に目の前にいてみろよ。緊張したり、幻滅したり。俺、生きていけないなあ」
「そう? 綺麗だったらそれだけでも毎晩がきっと楽しみよ」

 早速、嫌みっぽい冗談を言っている自分に、アオイはハッとしてしまう。サトシは既に『ほらな』とでも言いたそうな目だった。
 そんなサトシが、ソファーへと目を向けた。そこは先ほどアオイが新聞紙を広げて爪を切っていたところ、あげくに爪切りが放られている。
 アオイはちょっと自分をはしたなく思った。綺麗な女性を引き合いに出していただけに、余計に。でも、それは誤魔化しようがない、自分の姿。否定も出来ない。
 だけれど、サトシは何故かそこを見て笑っている。

「足を広げて爪を切って、同居人のビールをかっさらう。それが本物なんだろ。お前のライバルの女優もやっているさ」

 何故か、アオイはかあっと頬が熱くなった。
 それは感動なのか。恥ずかしさなのか、よく分からなかった。

 そして今、自分が着ている部屋着を見下ろしてしまう。
 明日は、いつのまにか着なくなってしまった『お洒落着』を出してみようと思ってしまった。
 その時は、きっと女優になれるはず……。
 女は誰もが、普段着とお洒落着を持っている。

 

 

 

 

 

Update/2008.7.16
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