ふんわりと優しい、癒し系。
きりっと凛々しく知的なクールビューティー。
匂い高く妖艶な、セクシー系。
そして、ほんわりと憎めない天然系。
私の彼はどんな女性が好みかなと良く思う。
好きなんだもの。当たり前じゃない。
でも、よく分からないんだよね。
「芸能人で好みの人って誰?」
足の爪を切りながら、アオイはサトシに聞いてみる。
彼は新聞を読みながら、遅い夕食を食べていた。
「誰だろうなあ。わからないなあ」
「うっそだ。絶対にいるよ。いいなあって、思っている女優とかいないの?」
「俺、ドラマとか見ないし」
まあ、そうかもしれない? アオイは思う。
でも、男なんだから『あの子、可愛いなあ』と思うことぐらいあって当たり前だと断言したい。
そうでなければ、『女のアオイ』を意識して、敢えて言わないだけだ。
女は面倒くさいのだ。愛する男性がその女優に取られるわけでもないのに、それを分かっているのに、彼がそれを本当に口にしたら早速嫉妬しているのだ。しかもお門違いの嫉妬。その女優と対決する場があるわけでもないから、当然、怒りの矛先は目の前の彼へと行くのだ。
そういう女のワケワカンナイ過程が分かっている男は、敢えて言わないのだ。
きっと、それだそれだとアオイの心は大騒ぎ。だんだんと腹立たしくなってきた。
でも、そこでアオイは深呼吸。
取り澄ました顔を整え、一人で呟いてみるのだ。
そうよ、私は大人よ。怒りはしないわ。
当たり前じゃない。そんなくだらない。どうしようもないことを。
「怒らないからさ。言ってみなよ。それとも私がそんな子供だとでも? 怒ると思っているの?」
「うーん。あ、」
箸を片手に新聞のページをめくっていた彼が、顔を上げた。アオイはなにか思いついたのかと、ちょっとワクワクして爪切りを放った。
「女優じゃないけれど、あれは良いなあと思った役がある。それをやっていた彼女がまた良かったかなあ」
おー、乗ってきた!
そう思ったアオイは爪切りをやめて、サトシが食事をしているテーブルへと駆け寄る。
「それ、誰誰。どのドラマよ!」
「うーんとなあ。木曜日の……」
サトシがやっと答えてくれる。
そのドラマならアオイも見ていた。
なんと。彼が愛読している『漫画』が原作のドラマで、そこでヒロインを演じていた女優さんが良かったとのこと。
「って言うか。それってその女優さんというより、原作のヒロインが好きってことなんじゃない?」
「とも言えるのか? でも、演じている彼女ごと、イイ! と思っただけ。最近で言えば」
「最近? 昔はまだいろいろあったの?」
聞いてみると、まあ、良くあるアイドルの名が出てきただけだった。
しかも彼女達は、もうテレビ画面で見ることはない。
なんだが、すんごくがっかりしている自分がいた。
何故だろうか? 彼の好みの女性が、漫画のヒロインだったり、既に去っていったアイドルだったりしたからだろうか? なんとなく実感が湧かなかったのだ。実像がないせいだろうか。
新聞を読みつつ食事をしている彼の目の前に、アオイは力無く座り込む。
「なーんか、張り合いないなあー」
彼が茶碗の横に置いている飲みかけの缶ビールを横取りし、アオイはそれを傾け、一口。ふうっと美味さに感動したため息を落として、サトシの横に缶を返す。
すると目の前の彼が新聞を眺めながら笑っている。
「女ってさあ。張り合う相手がいないと生きていけないのかね」
「なにそれ」
『張り合いないー』と言った手前、そう言われても仕方がないかも知れない。
「そして自分が一番でありたいんだよな」
「そうかな」
そうかもしれないとアオイは密かに同意したくなるが、まだ否定する。
「その為に、ライバルを見つけるんだ。変だよな」
アオイは黙った。
女として妙に心当たり有る……ような……気が、して?
「綺麗な女性に目はいくさ。でも、実際に目の前にいてみろよ。緊張したり、幻滅したり。俺、生きていけないなあ」
「そう? 綺麗だったらそれだけでも毎晩がきっと楽しみよ」
早速、嫌みっぽい冗談を言っている自分に、アオイはハッとしてしまう。サトシは既に『ほらな』とでも言いたそうな目だった。
そんなサトシが、ソファーへと目を向けた。そこは先ほどアオイが新聞紙を広げて爪を切っていたところ、あげくに爪切りが放られている。
アオイはちょっと自分をはしたなく思った。綺麗な女性を引き合いに出していただけに、余計に。でも、それは誤魔化しようがない、自分の姿。否定も出来ない。
だけれど、サトシは何故かそこを見て笑っている。
「足を広げて爪を切って、同居人のビールをかっさらう。それが本物なんだろ。お前のライバルの女優もやっているさ」
何故か、アオイはかあっと頬が熱くなった。
それは感動なのか。恥ずかしさなのか、よく分からなかった。
そして今、自分が着ている部屋着を見下ろしてしまう。
明日は、いつのまにか着なくなってしまった『お洒落着』を出してみようと思ってしまった。
その時は、きっと女優になれるはず……。
女は誰もが、普段着とお洒落着を持っている。
Update/2008.7.16