・・フランス航空部隊・・

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3.ライバル男は親友

 

「やっときたか」

 入った部屋の奥にデスクがふたつ。
 そのうちの大きな方に座っていた黒髪の青年が、笑顔で葉月を迎えてくれる。

 藤波康夫。葉月より二歳年上の、同期生。
 と言っても、同じ出身校ではない。
 彼は、葉月の叔父が校長を務めている日本国内トップ校、横須賀訓練校の出身だった。
 彼が在学中、葉月はアメリカのフロリダ校で既に二つスキップ、飛び級をした十七歳の時のこと。訓練生を卒業する前に、パイロットという道だけでなく『教官』という選択肢も考えた上での『実習』の場に、母国の訓練校を選んで横須賀校にやってきたのだ。
 そうして『親友』となるまでは、また色々あったのだが、彼とは同じ海空軍人として今日までお互い離れていても、精進し合ってきた仲だ。

 彼の性格は『負けず嫌い』。
 年下の女に先を行かれてなるものかと、彼はそうして葉月を追いかけ、追いついてきた昔からの『ライバル』。
 ただ、彼とこうして付き合いが長く続いたのも、ちょっと気難しい気性を持つ葉月のすべてを理解して接してきてくれたからなのは言うまでもない。
 その上、彼は二年前、同じフランス基地に勤める日本女性と結婚していたので、お互いに『男と女』の意識が全くない付き合いでもあるから気兼ねがない。
 葉月は康夫の妻、『雪江』とも仲むつまじい付き合いをしているぐらいだ。

 そんな彼だから……。
 上司が亡くなってからも、自分の部署を守るのに精一杯なだけで、いつも彼が認めてくれていた手腕を見せない葉月のことを、余程もどかしく思って日本に来てくれたのだと思っている。
 もっと言えば、それだけじゃなく……。小笠原の連隊長の思惑も、それは深く深く関わっているのだと葉月は思うのだが。その連隊長の誘いに乗せられるままではなく、康夫は康夫で葉月の為に一生懸命に考えて、今回の出張で『一人の男性』に会う手筈を整えてくれたのだ。

 遠野の後輩に会いたいという不純な動機もあるけれど、そんな長年の親友がそうして一生懸命になって手を差し伸べてくれたことも、葉月の心を動かしたことは確かだった。

「お誘い、有難う……」

 気後れしたまま葉月が、小さな声で御礼を言うと、ライバルの彼はちょっと驚いた顔。
 そりゃ、そうだろう? 葉月は男達には無感情令嬢と言われているほかに、『じゃじゃ馬』とも言われている。男なんかに負けてなるものかという負けん気の強さなら、親友の康夫の方が良く知っている。
 その『じゃじゃ馬さん』に、有難うと素直に言われることなど滅多にないので、驚いているのだろう。
 葉月だって、ちょっと気恥ずかしいし、頬が熱い。それを悟られないよう、束ねていない長い栗色の髪の中へと俯いて隠れた。
 それ以外にも、なにもかもを知っている親友に、『忘れられない男の関係者』に会いに、のこのことやってきたと見抜かれているような、そんな後ろめたさも混じっていた。

「まあ、いいや。遠かっただろう。俺の方こそ、来てくれて嬉しいよ。そこ、座れよ」

 そして、そんな複雑そうな葉月の様子に、いつもは喧嘩ばかりふっかけてくるライバルも、今日はどこか物腰柔らかく受け入れてくれる。
 そんな時、葉月はこの彼の男らしい懐の大きさを感じ、このような友人がいることを幸運に思うことが出来るのだ。
 お迎えの青年は、そこで葉月に荷物を手渡してくれ、康夫の中佐室を出ていった。逆に葉月は、その荷物を引きずって、康夫が勧めてくれたソファーへと中佐室の中へ入っていく。

 ……いない。
 確か、康夫と一緒に仕事をしていると聞かされていたのに。
 この部屋にはいない。

 中佐室の二つのデスク。康夫が自分の席に一人座っているだけ。もう一つの席は空いている。
 この中佐室に入る時のドキドキとは裏腹に、そこに『彼』はいなかった。
 葉月はその、留守になっている席に視線を向けた。

 パソコンがひとつ。
 ノートパソコンもひとつ。
 そして積み上げられた分厚い本と、書類の山。

 康夫の席より雑然としていたが、何処かしらきちんと整理されているような整然さも感じられた。

「あの……」

 葉月の戸惑いが解ってか、康夫がその一言を聞いただけで溜め息をついた。

「悪いな。今授業中でさ」

 ああ、なるほど。その男性は『教官』もしていると履歴書にあったことを葉月は思い出し、とりあえず安心をした。
 安心した……とは、つまり……。
 だが康夫がそわそわしているようにも見えた。

「どうしたの?」 

 再び、嫌な予感と共に確かめてみる。

「あ……うん。そうだ! 遠野大佐直伝のカフェオレでも飲もうぜ!!」

 サービスの良い彼に葉月は少し顔をしかめる。

「直伝って。私だって散々仕込まれたわよ」

 遠野はお茶入れからうるさい上司だった。
 もちろん葉月は側近としてしっかり叩き込まれていたから、今更……だった。
 その上、大佐の死を忘れるための気分転換だと思っていって来いと、小笠原の連隊長に送りだしてもらったのに……。思い出させるなんて、機転が利くはずの親友らしくないと、葉月は彼の素振りに首をかしげた。

「何を言ってるんだ! 日本の豆とは違うぞ! 本場フレンチの豆なんだぞ! お前、フレンチの豆で飲んだことあるのか?」

 ううん、ないけれど。と葉月は彼の迫力におののき、あんまりにも彼がムキになるので『そお?』と、彼のおもてなしで一息つくことにした。

 やっと一息。葉月はソファーに腰を落ち着ける。
 やっぱり康夫の顔に声に、いつもの騒々しさを目の前にしたら、緊張していた身体もふっとほぐれた。
 親友の中佐室に、どこか懐かしい……カフェオレの甘い匂いが漂う。

 あとは、『彼』に会うだけ……。

 

 

 

Update/2007.8.24
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