* ラブリーラッシュ♪ * 

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16.天敵の愛し方

 

 雨に濡れた男は、動き出す。

 

 秘書室に戻ったマイクは直ぐにデスクに座って、ある概要を打ち出す。

「おかえり。どこを歩いてきたんだよ。スコールに濡れるだなんて……」

 『ポカやったなあ』と生意気ジョイに言われるが、マイクはお構いなしにパソコンのキーボードを打ち続ける。
 雨に濡れて妙に気迫を漂わせている男を、ジョイも黙って眺めるだけになった。
 ほんの十分ほど。マイクはプリントアウトした『概要』をジョイに渡した。

「悪いが。やってくれるかな?」

 それを手に取ったジョイは、内容を確かめ、目を見開き固まっている。

「でっきませーん」

 ちょっと拗ねた顔で、ジョイは秘書官長からの要望を軽々と跳ねるように、手渡したプリントもひらりと放ってしまった。
 マイクは頬を引きつらせつつ……。自分が勝手を始めたのだからと、堪えた。

「反対! マイク、おかしいよ! ジャッジ中佐がこんなことをしては駄目だ。同じ部屋で仕事をしている俺は、そんなことして欲しくないよ!」

 ジョイの言う事は、本当にごもっともなのだ。
 もし、マイクがやろうとしているものの事情を他の部下も知ったなら、今からやろうとしている事は全員が反対するだろう。

「でも、やってくれないか。ジョイしか頼めない」
「だろうね。他の秘書官なら呆れてやる気を無くすだろうしね……」

 そしてジョイは冷めた目で、マイクに突きつける。

「色恋沙汰でこんなことをやるだなんて。きっと幻滅する。俺は幻滅した。マイクがやろうとしているのは、恋人の言う嘘を、本当にしてやろうと手を貸す事だ。しかも仕事で」
「今までも、彼女の仕事でプラスになる事は幾らでも協力してきた」
「必要な事だと判断したからだろう……。って、なんで俺がマイクを説教しなくちゃいけないのっ」

 ジョイが頬を真っ赤にして『しっかりしろよ!』と本気で怒鳴ってきた。
 マイクは力無く、椅子に座る。だが、まだ諦めきれない。どうしてもやめようとしないマイクを見て、ジョイも黙って困惑している。

「……じゃあ、これを俺がやるとして。マリアを日本に行かせてしまってもいいんだね? 近いうちにマリアもテイラー博士がこの基地に戻ってきた事を知ると思うんだ。その時、『嘘の断り』をした自分ではあるけれど、田舎の感謝祭に誘ってくれたマイクが本当に突き放そうとしていると知ったら……」
「マリアは、一度始めたら止まらない性分だ。そのまま突っ走るだろう。それに賛成した──。それではいけないか」

 『賛成?』と、ジョイが苦笑いをこぼし、黙り込んだ。
 暫く、妙な表情に固まってしまったジョイだが……。やがて、問答無用で突き放したプリントをやっと手にしてくれた。

「例えば、だけれど。俺が本気でこのあたりをやるとしたら、結構、でっかい範囲ででっかい計画の提案になってしまうけれど」
「構わない。きっかけは色恋沙汰でも、本当に仕事にするなら本気でやってくれ」
「へえ。そりゃ、マリアも腰を抜かすだろうねえ」

 彼特有の、なにか『良き悪巧み』を思いついた笑み。
 マイクは確信した。ジョイが動いてくれたなら、間違いなく『仕事』になっていくだろうと……。

「いいよ。それでマリアが仕事で本気になって日本に突っ走って行ってしまうか。あるいは腰を抜かして引け腰になって『あれは嘘だった』と白状し、マイクに泣きついてくるか……まあ、見物だね」

 はあ、彼に頼んで良かったのかどうかと思うほど、ジョイは楽しそうにパソコンに向き始めた。

「そうだね。マイクがこれをやるとまずいな。それで俺?」
「……申し訳ない」
「いいよ。これが実現したら、マリアの実績になる事は間違いなし。計画自体は工科の彼女じゃないと作れないけれど、大きい事がぶっこめる『大穴』、俺が空けておいて様子を見ようか」

 もうジョイは真剣だった。
 きっかけは不純ではあるが、それがやると決まったなら手抜きはなしと言ったところのようだ。

「指令はマイク自身からやってくれるよね」
「そうしなくては、誰も動いてくれないだろうしね」
「そこは辛いだろうけれど……」

 そしてジョイは動かし始めたマウスを一時止めて、ぽっと呟いた。

「なんか、マリアを試すみたいだよね」

 マイクは応えられない。 
 そんなつもりはないが、そう取られても思われても仕方がない決断だ。

「でも、俺ももう、こんな進展しないカップルを見守っているのもどかしいよ。小笠原でもお嬢のおかげで苦労したからねえ」

 そしてジョイが最後に言った。
 『良薬は口に苦し』。まあ、そう思う事にしておくと、この話に乗ってくれた。

「一日、待って。今日は無理だから、明日の夕方ね」

 彼女の小さな嘘が動き出す。
 彼女のせいじゃない。この俺のせい。

 

・・・◇・◇・◇・・・

 

 空が暗くなり、マイクはいつものように少し遅く帰宅する。
 大抵は、ベッキーの夕食の支度が終わる直前になる。
 お帰りの一杯を頂いて、マリアと食卓に着く。
 そんな毎日を、ここ数ヶ月送ってきた。
 自分でも予想していた以上に、順調だった為に油断してしまったのかも知れない。

 なにせ。女性と暮らすのは初めてだ。
 それも心より一緒になりたいと思っている女性と。

 マイクはいい。今までずっと独身で、どんなに恋焦がれた女性が存在していても『自由だった』ことに変わりはない。
 だが、マリアは違う。彼女は生涯を誓った男性と暮らしていた過去がある。それは生涯をかけても良いと思えるから、一緒になった。女性にとっては、とても重い大事な出来事なんだと思う。別れた理由はともかくとして、彼女がその男性の為に全てをかけてきたことは事実だ。だからそれが叶わなかった彼女は人一倍臆病になっている。

 ──それも分かっていて、申し込んだ。すべて覚悟の上。

 今までも、彼女の戸惑いが目に見えて分かった。
 やっと彼女の素肌を、この腕に抱きしめた初めての夜。なのに翌朝、彼女はなにかの間違いでも犯したかのように、逃げていった。それで確信した。『これ以上、進むのが怖いのだな』と。だから四日程間を空けて、こちらから声をかけてみた。
 そんな彼女の戸惑いが目に見えてしまうのが、また彼女らしいと可愛らしくも思っていた。そしてマリアはそれを知られたくない事も目に見えて……。だから今までの全てのなにもかも、彼女が『大人のマイクに悟られている』と感じない程度に、彼女が嫌がらない程度に近づいたり、彼女が寂しがらない程度に離れてみたりしてきたつもりだ。

 一緒に住む。
 これはマイクには最終段階の仕上げのつもりだった。
 そして最後には田舎へ。
 その後の展開は、彼女の様子を見てだった。
 とにかく、彼女と共に暮らしてこれから長く過ごしていけるようなパートナーになれたら良いと……。

 やはり、恋とはなかなか頭で描いたようにはならないもの。
 思い通りにはならないものなのだと、マイクは噛みしめた。

 ジョイが言ったとおりに、イザベルが帰ってきた事など、直ぐにマリアにも知られてしまうだろう。
 本当は、そんな過去の事は関係ないとマイクは主張したい。でもそうもいかないかとマイクは思う。自分だって、彼女の『初めての男』が現れたら動揺して、先走りをしたぐらいだ。

 怖いのは、あの突撃娘のマリアが、こう感情が突っ走った時になにをやりだすかだ。
 それは流石のマイクにも予想がつかない。今までがそうだった。マイクだけじゃない。周りの誰もが『あっ』と言わされるのだ。
 あまり変な方向に走り出してしまい、彼女にとって取り返しがつかないような事にならないようにしてあげたい。
 まあ、その為の『穴空け』をジョイに依頼したというわけだった。

(明日の夕方か。それなら明後日の朝……)

 マリアを秘書室に呼んで、提案すればいい。
 それまでにイザベルの事が、どうなるか……。

 そんなことを思い巡らせながら、マイクは『ただいま』と家の中に入った。 

 いつものようにリビングに先ず足を運ぶ。
 ベッキーの『おかえりなさい』という声だけの迎え。キッチンでは炒め物をしている音がしているから、手が離せないようだ。
 そしてマイクも、窓辺にあるソファーで、また一息をつこうと……。

「おかえりなさい」

 今日は上着を脱ごうとしているところに、マリアがやってきた。珈琲を手にして……。

「ただいま。マリー」
「ここに置くわね。お疲れさま」

 気のせいか? また元気がないように見えた。
 それを感じつつ、マイクはソファーに腰をかけた。

「隣、座ってもいい?」
「え? も、勿論」

 元気はないが、今日のマリアは先日とは逆の距離感で、マイクに接し来てた。
 田舎に連れて行く事を断った時は、申し訳なさそうにマイクから距離を置いて、姿勢を正して、向き合ったマリア。
 今日はその逆だった。珈琲カップを手にするマイクの隣に、マイクが安心できる直ぐ隣にピッタリと寄り添ってくれ……。どうしたことか、マリアはその腕に頭を預けて寄り添ってきた。

「マリー。どうしたんだ」

 ……まさか。と勘ぐってしまった。

「ううん。おかしいかしら?」

 でも、マリアは笑っている。
 マイクの腕にこうして甘えてくる事は、時々ある事。不思議な事ではなかった。
 でもこの日は、そんなマリアを見てしっくりすることができないのは、何故なのか。
 マイクは飲みかけのカップをテーブルに戻す。

 そして黙って、マリアを抱き寄せた。

「マリー。何も気にしなくて良いんだ。田舎のことも。こうして傍にいてくれたらいい……。帰ってきて君が淹れてくれた珈琲が出て来るだなんて、それだけで俺は君が家にいてくれて良かったと、一緒に住もうと申し込んで良かったと自分を褒めたいぐらいだよ」
「分かっているわ、マイク」

 微笑んでいるが、やはりいつもの元気な彼女ではないとマイクは思った。

「俺の何かが苦痛なら、君はハッキリ言う『天敵さん』だったのではないかな」
「そうね。でも……苦痛なんてないのよ……」

 嘘だ。もう目が潤んでいるじゃないか。
 マイクはそう思った。そして確信した。イザベルの事を何処かで既に耳にしてしまったのだと……。
 でも今、ここでイザベルの名を言わねばならないような話題はしたくなかった。
 マイクはただ、マリアを抱き寄せた。
 まるで知らない女の子のようだった。こんなのマリアじゃない。だがマリアだって女性だ。こんな一面があって当然だろう。
 出来る事は、こうしてひたすら『信じてもらえる』ことを待つしかない。だから抱き寄せて離さない意志を彼女に見せ続ける事だ。
 ついにマリアは目尻に涙を溜めてしまい……。マイクはマリアの頬を包んで、自分の目線へと向かせる。

「どうしたんだ。本当に……。こっち、向いて」
「そんなつもりじゃ……」

 それでも涙をこぼしてしまったことを恥じるかのように、マリアが顔を背ける。
 だが強引にこちらを向かせ、マイクは唇を重ねた。

「俺の事、信じてくれ」
「……信じているわ」
「誰にでも言える。マリアと暮らせるようになって、俺の毎日は楽しくなったと……」
「うん」

 涙が止まったようだ。
 それでもマリアはマイクが安心する笑顔は見せてくれなかった。

 テーブルに夕食を用意しているベッキーが、とても心配そうな顔をしていた。
 この日の夕食はとても静かで、そしてどこか重い空気は否めず。
 金色と喩えたくなるマリアの賑やかさは影を潜め……。だが不思議だった。そんな大人しい彼女の、ちょっと憂う顔がとても女らしく見えてしまったことが……。
 初めて思った。彼女、出会った時よりもずっと大人になったんだなと。
 少女の頃から彼女を知っている。でも遠い存在だった。そんな歳が離れているマリアは、本当に日向を笑顔で歩いているような元気で屈託のない子だった。
 互いに成人し、基地で同じように働く社会人として再会しても、どこか危なっかしくてハラハラさせられたらり、酷ければイライラさせられた。
 でも、今、マイクの愛に瞳を濡らす彼女は、元気がなくてもなんとも味わいのある落ち着きを見せてくれる女性となってそこにいる。

 自分と対等の大人。
 そして女性。
 そう思っていたはずなのに、マイクは初めてそれを実感した気にさせられた。

 その晩、マイクは初めてマリアの部屋を訪ねた。
 彼女はとても驚いていたが、歓迎してくれた。

 自分の寝室よりさざ波の音が近い。
 開けている窓から入ってくる夜風が、彼女の机に散らばっている資料や参考書をのページをめくっていく音……。
 つけっぱなしのノートパソコンの画面が発光する仄かな明かりの中で、抱き合った。

 互いになにかを振り払うような睦み合いは、夜更けまで、じっくりと……。
 マリアの髪は光が当たると、金色になる。金茶の髪は一度、ばっさりと切ってしまったが、また長く伸び、今は元通り。また彼女の背中でキラキラと毛先が踊るようになった。しかし、それが見られるのは彼女が髪をといている自宅だけ。マイクはそれを楽しみにしている。
 そしてもうひとつ……。こうして白いシーツの上に広がるのも気に入っていた。

 その髪を自分の身体中に絡めるように、彼女の肌の上、身体の中に飛び込んだ。

「どうしたの、マイクこそ……」
「今夜はここで眠る。いいだろう?」
「いいけど……」

 自分が熱くなっていると思っていたのに、どうしてかマリアの肌の方が熱くなっているように感じてしまった。

 暗がりの中でも、マリアの頬が赤く火照っているのが分かった。
 そこに何度もキスをして、マイクは心で唱える。

『マリア、今は、マリアだけなんだ』

 口で言いたいのに、言えなかった。
 今日、それを口で言えば、なにかの言い訳のように聞こえてしまいそうで嫌だった。
 イザベルとの再会に後ろめたさを感じ、それを誤魔化す為に、マリアを安心させようとする言葉なんか……。この彼女を本当の意味で安心させるには安易すぎる行為だ。

 だから今夜はひたすら、こうして傍にいる。
 しかしこれも、肌を愛する行為すら、言葉と同じように誤魔化しだと取られないだろうか。
 それでも何もしないでいるだなんて、今のマイクには出来そうになかった。
 だからこうして……。

 マリアの肌を執拗に求める夜が更けていく。

 朝、目覚めると。
 朝日の中、ベッドの縁で金色に透ける髪をかき上げ、艶やかに微笑むマリアがいた。

「おはよう、マイク」
「マリー、おはよう」

 マリア様から、輝く笑顔の口づけが舞い降りてきた。
 あまりの嬉しさに、マイクはマリアをその腕の中に抱き寄せ、シーツの上に押し倒してしまった。

 でも抱き合うだけで、二人は朝日の中、笑いあっていた。

 彼女に愛を埋め込む事は出来ただろうか?
 これから起きる事を二人で乗り越えていけるだろうか?

 

 だが、マイクの心は決まっている。

 このマリア様に宣戦布告をするのだと。
 そのカウントダウンは既に始まっていた。

 

・・・◇・◇・◇・・・

 

 その日はやってきた。
 マイクは工学科のある教官室へと内線を入れる。
 彼女の上司に断りを入れて呼び寄せた。

「失礼致します」

 中将秘書官室のドアからノックの音、扉が開くとそこには、きっちりと髪を結い上げまとめている凛とした女性大尉が姿を現す。

「ご苦労様、ブラウン大尉」
「なにかご用でしょうか。ジャッジ中佐」

 基地にいるマリアは『才女』。
 背筋を伸ばした歴としたキャリア女性。
 年齢も程良く重ね、工科の若い女性隊員達からも『憧れの女性』として囁かれているとか。
 しかし長年の付き合いがある者達は『どれだけ豪快で、騒々しくて、落ち着きがないか見せてやりたい』と言うぐらいだ。そんなギャップがまた憎めないところなのだが。
 しかしこの日、マリアは『中将秘書室の中佐』から呼び出されたという神妙な面もちで、厳かにそこにいた。

 マイクのデスクの前で、規律正しい姿勢で敬礼をしている。

「まあ、肩の力を抜いてくれ」

 中佐としての固い口調。
 マイクも気が付いていたのだが、歳が離れているせいか、『マリー』という女の子と向き合っているという意識からか、他の周りにいる知り合いより柔らかい口調を使ってしまうと。
 それを知っている昔馴染みの同僚達は『中佐はほんっとうにマリアが可愛くてしかたがないんですねえ』なんて言ってくれた程。それを言われてもマイクは『そうか? 自然とそうなっているだけだ』と思っていただけだったが……。最近、やっと分かったような気がする。
 やはりどうあっても、自分より若い『女の子と付き合っているのだ』という意識が強かったのだと。
 一昨日の晩に、しっとりと憂う大人の女性の顔をマリアから見せつけられて、初めて自覚した。

 駄目だ。彼女はもう『女の子』ではない。
 それに年若く、過去もあるからと、大事に扱いすぎてきたのかもしれないと思い知らされた晩だった。

 自分もそうだ。『大人だから、格好良く、頼り甲斐のある男で』と、それはやめたいとそこまでは分かっていても、結局はそこから抜け出せていなかったのだ。

 まだ彼女とは本当の意味で向き合ってはいない。
 もうぬるい距離取りはお終いだ。

 いつもはマリアから突撃してくる。
 だが今回は違うぞ? マイクはそんな目つきを『ブラウン大尉』であるマリアに向けた。
 そんなマイクが中佐の顔であることは承知でも、マリアも何かを感じ取ったのかやや訝しそうな顔を見せた。

「これを見て欲しいんだ。どう思うか、君の意見を聞かせてくれ」

 ジョイが仕上げたレジュメをマイクはマリアに差し出した。
 何食わぬ顔でデーター整理をしているジョイがキーボードを叩く音を止めず、こちらを窺っている気配。

「なんでございましょうか……」

 不思議そうに受け取ったマリアが、レジュメのページをめくった。
 ……彼女の息が止まる。
 マイクはその後の反応を固唾を呑んで待ち構える。

「……これを、わたしに、です……か?」
「マーティン少佐に君を貸して欲しいという許可は得ている。ただし、君が細かく立てた計画提案を見せてもらってから、実行してもらおうと思っている」
「小笠原の方々はなにも仰らなかったのでしょうか」
「小笠原なんかにそんな話はまだしていない。君の計画を見せてもらって良ければ、それからあちらの工学科にも話を振るつもりなんでね──」

 マリアが押し黙る。
 密かに驚いているようだった。

「小笠原や横須賀、さらには宇佐美重工に彗星システムズを差し置いてということになりますが」
「君が巻き込んでみたらどうだい? 元はと言えば、君がやりだした計画だ。あちこちの工科の人間をこんなに巻き込んでしまったんだ。だが、今のところ動いてくれたのは日本の企業だけだ。そろそろどうだろうか。こちら側でも動いてくれそうな企業をあたってみてくれないか」
「そういうのは軍の上層部が……」
「上層部も巻き込んでくれないか?」
「本気なの!?」

 その叫び声は、地のマリアの声だった。
 それだけ驚いたのだろう。

「……とは言っても、片っ端から当たられても都合の悪い企業もある。ということで、ジョイがここ数年の評判と、今まで軍が採用した企業をリストアップしている。今後、その企業と提携するかどうかの最終判断は、当然上層部の仕事だが、提案は君が……」
「無理です。私、一人では……」
「大丈夫。君は仲間を巻き込む力を持っている。君がどんな采配を振るって、どれだけの人を協力させ動かすか……楽しみにしているよ」

 マイクはそれだけ言って、回転椅子を回し背を向けた。

「あの、第一次の提案が直ぐですね」
「直ぐだよ。その後直ぐに、出張に出てくれ。手配がいるなら協力は惜しまない。丁度良いじゃないか。『小笠原のミーティング』に出るついでに、企業訪問のひとつやふたつ出来るだろう?」

 本題は、まさにそこ。マリアを出張に出す日程、時期だった。
 マイクの一投開始だった。
 さて、マリア様は……?

 肘掛けに頬杖をし、背を向け続けるマイクの後ろで、あからさまな呆れた溜息が聞こえてきた。
 『田舎帰省を断る』理由に、嘘の仕事のスケジュールを使った当てつけか──。
 そう聞こえてくるような溜息だったが……。

「かしこまりました。どうなるかは分かりませんが、計画を立てるだけ立ててみます。実は……既に気になる企業がいくつかあったので」

 ほう。直ぐに思い浮かぶほどの心積もりが既に出来上がっていたかと、マイクは感心した。

「では、マーティンと相談してみます。数日中に第一次の提案をご報告致します」
「うん。待っているよ」

 背を向けたまま──。
 それをマリアはどう思っただろうか。
 マイクの意地悪か、それとも……?

 だがマリアはそんなマイクに噛みつく事なく、落ち着いた工科隊員の物腰のまま去っていった。

 見守っていたジョイが早速、口を出してきた。

「あーあ。泣きつくどころか、意地になった方だったねー。まあ、マリアらしいけどね。俺、知らないよ」

 非難めいたジョイの声。でも、マイクはにんまりと笑っていた。

「まだまだ。天敵マリア様との勝負は始まったばかりだ」

 久しぶりだ。彼女と徹底的にぶつかり合うのは……。
 そう俺達はこうして、愛し合うようになったのだ。
 そんなことを、思い出させてくれたような気になった。

 だがマイクは信じていた。
 彼女がこれを大きく乗り越えていこうと走り出しても……。
 自分が彼女の心にも身体にも埋め込んだ愛は揺るがないはずだと、マリアの部屋での一夜に思いを馳せる。

 さあ、マリア様はどう出てきてくれるのだろうか。

 

 

 

Update/2008.2.11
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