-- メイビー、メイビー --

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7.モテモテお兄さん

 

 この日のランチタイムに、英太は久しぶりに吉田大尉に会った。
 いつも、彼女を見かけたら英太から必ず声をかけるし、小夜さんも英太も見かけたら声をかけてくれる。この日も小夜さんから英太を見つけてくれ『よかったら、今夜、うちにこない』と誘ってくれた。

 夕暮れのアメリカキャンプは穏やかな団地の風景、つまり家庭の匂いが溢れていて英太は好きだった。
 芝生の庭、整えられた道、延々と続く金網に沿って規律正しく並ぶ白い平屋。でもアメリカ式の佇まい。どの家の玄関ポーチにもブランコのベンチがあったり、妻達が彩る花で溢れている。その中の一軒にお邪魔していた。

「えー、海人と晃は空手を始めたんですか」
「うん。今日は隼人さんが横須賀基地へ突然の出張になったとかで留守だから、葉月さんがクラブまで迎えに行くことになったんだ。だから俺も今日は早めの帰宅」
「そうでしたか。いや、良かった。この頃、ラングラー中佐のお宅にお邪魔すると、いつも旦那さんが不在なもんだから」
「そうだな。英太とこうしてゆっくり呑めるのも久しぶりだ」

 アメリカ産の缶ビールを互いに向け、乾杯。
 アメリカキャンプの白い官舎に住まうラングラー中佐ファミリー。
 気候も良いので、夏はいつもリビングから出られる広いテラスでご馳走を頂く。そこにある丸テーブルで、ポロシャツにデニムパンツというラフな私服姿のラングラー中佐と向かい合っていた。

「はーい、今日の酒の肴。アサリの酒蒸し」

 そこでエプロン姿の小夜さんが、テラスのテーブルにどんと大皿を置いた。しかしその匂いに、男二人は目を閉じうっとり。

「やっほー、小夜さんの酒の肴サイコー」
「俺もこの日本風の酒蒸しは好物だ」

 二人揃って箸を手にして、皿へまっしぐら。だがそこで小夜さんが『きゃー』と大きな声を出したので、揃って箸の先が止まる。

「ちょっと、テッド! トモオから目を離さないでって言ったでしょ!」

 小夜さんの視線の先は、テラスを降りた芝庭。そこには栗毛の小さな男の子が、スコップ片手に土まみれになっていた。

「いいじゃないか。楽しそうに遊んでいるんだから」
「誰が着替えさせるのよ! 私だって英太君とお喋りしたいのに。また暖かい料理は食いっぱぐれってわけ?」

 けたたましい妻の文句に、流石のラングラー中佐が耳を塞いで渋い顔。

「わかった、わかった。俺が悪かった。トモオは俺が着替えさせるから、お前も早く料理を済ませてこっちに来いよ」
「本当。お願いね」

 すぐさま折れてくれた旦那さんに小夜さんもすぐさま気の良い笑顔になる。
 そしてラングラー中佐は、渋々した様子で芝庭へと降りると、お尻をぺったりと地面に降ろして泥まみれになった息子を抱き上げた。その途端、やはり鬼の中佐でも、穏やかな笑顔になる。

「ママに大声を出させるなんて、お前はたいしたもんだな。大きくなったらママをもっと驚かせてやってくれ」

 栗毛のパパに、栗毛の男の子。中佐は抱きしめるとすぐに小さなほっぺにチュッとキスをする。微笑ましい光景で、英太も目を細める。

 トモオは日本名としては『知朗』と記すとのこと。漢字でも『トモロウ』とも読むことから、明日を意味する『tomorrow』と掛けているとのこと。つまり『明日』と言う名の男の子というわけだ。
 一年半前、無事に生まれ、トモオはもうすぐ二歳児。両親が基地では貴重な人材のため共働きだから、キャンプ内の託児所に預けたり、時間外はシッターを雇ったりしている。それで夫妻もなんとか、やりこなしているようだった。

「トモオ、着替えるぞ」

 リビングに連れ戻されたトモオが、パパに服を脱がされていた。なのに丸裸でまたそこら中を歩き回って、パパを困らせている。
 英太もそれをみて、テラスからリビングへ。

「トモオ、こっちにおいで」
「エータ!」

 英太が手招きすると、めいっぱいの笑顔で裸ん坊の男の子が腕の中に飛び込んできた。
 その子を胸に抱きかかえ、英太はすぐさま、子供服を手にして手間取っていたラングラー中佐へとトモオを向けた。

「中佐、今ッすよ! またすぐに逃げるから」
「よっし、英太。そのまま頼むぞ」
「イエッサー!」

 体格がよいパイロットのお兄ちゃんに抱きかかえられ、はじめは喜んでいたトモオもすぐにジタバタ。でもパパがなんとか裸ん坊に服を着せることに成功。

「いや、助かった。すまないな英太、いつも」

 知朗が生まれた時から英太はこの家にお邪魔している。小夜さんの出産祝いを個人で手にして訪ねた時から、この家に良く招かれるようになった。夫のラングラー中佐も、英太の過去を熟知していることもあって、気遣ってくれているようで。英太には心地がよい場所のひとつ。
 そんなもんだから。生まれた時から良く見知っている英太に、トモオもすっかり懐いているというわけだった。そんなこともあり、たまにちょっとの時間なら、この夫妻を手助けする気持ちもあって、『ちょっぴりシッター』を引き受ける程。

 着替え終わったトモオを見て、キッチンから出てきた小夜さんは、奮闘した男二人を見て大笑い。

「なにが『イエッサー』よ。子供の着替えまで、隊員的なやりとりしちゃって。まあ確かに、大変な任務だったわね。ご苦労様」

 何事にも軍隊仕込みが抜けない男二人が、必死になってちびっ子に二人かかり。それが可笑しかったようだし、英太もあの鬼中佐が小さな二歳児にはてんで敵わなくて慌てふためいているパパなんだと知るとつい笑ってしまい、そして中佐自身も『准将よりトモオの方が困る』と言っては息子可愛さに笑い飛ばしている。

「さあ、久しぶりにテッドも一緒ね。皆でご飯にしましょう」

 日が長くなった初夏。遅い夕暮れの中、ファミリーの食卓に英太も包みこまれる。
 それでも空部隊大隊長の秘書官と、パイロットと、工学科科長補佐官の三人が顔をつきあわせたら、話題はやっぱり基地の話ばかり。
 でも途中、小夜さんがふと英太に言った。

「英太君て、実はすっごい子煩悩タイプ。子供が出来たら絶対に良いパパになるわよ」
「俺もそう思うな。お前、キャンプの子供達にも人気があるし」

 唐突になにを。と言い返そうと思ったが、その時英太の膝にはいつのまにかトモオ。しかも英太に抱かれて、彼は小さな頭をこっくりこっくりとさせてもう眠っていた。
 それをラングラー中佐も小夜さんも、微笑ましそうに見ていた。

 

 

・・・◇・◇・◇・・・

 

 ラングラー家での夕食を終え、英太は寄宿舎へと帰ろうとする。
 すでに薄暗くなり、夕の茜と紺の夜空がちょうど混じり合っているところで星が輝き始めていた。
 キャンプ内の道を歩いていると、季節柄、蛙の声が賑やか。こんなところは本当に僻地というか、または小笠原の大自然故というか。
 それでも心地がよい自然の音だった。波の音、潮風の音、そしてこんな夜の蛙の合唱。田舎と言えば田舎ではあるが、それらがここに居つき始めた英太には既に癒しになっている。

 そんな行く道を堪能していると、『エイタ!』と子供が呼ぶ声。
 見ると、通りかかった家の玄関先にいる栗毛の少年が手を振っている。

「ロイド」
「またテッド中佐の家?」
「うん、今、帰りなんだ」

 濃い栗毛の少年の手には、コントローラー。足下には白いラジコンカーがあり、それで遊んでいたようだった。

「かっこいいラジコンだな」
「パパに教えてもらって、自分で作ったんだ」
「マジかよ。スゲーじゃん!」

 まだ小学生ぐらいの少年が作ったと聞き、英太も驚き、つい駆けよってしまった。

「うわ、ロイドはすごいな。やっぱりパパを見て大きくなったんだな。それ、触ってもいいか? 見てもいいかな!」
「いいよ」

 得意げな少年の許しを得て、英太は白いラジコンカーを手にしてしげしげと眺めてしまった。

「ボディは、『ハマーのH1』にしてみたんだ」
「おお、ちょっとクラシカルなのがいいじゃんかー。すっげー、俺も欲しい!」

 自分の少年時代を思い出し、知らないうちに英太の目もキラキラと輝いてしまっていたことだろう。ある日突然なくしたからこそ、今、それがまた新鮮でしようがないのだ。

「ロイド。もう暗くなっただろ。約束だ、家に入りなさい」

 玄関から、同じような栗毛の男性が出てきた。彼が英太を見て、驚いた顔。

「誰がロイドと話しているかと思って心配して出てきてみれば。なんだ英太だったのか」
「こんばんは。ハリス中佐」

 ほっとしたハリス中佐の顔が、英太と知りすぐにほころんだ。
 この人に毎日、何年も甲板から空へと送ってもらっている。

「またテッドのところに」
「はい。トモオがどんどんやんちゃになって、中佐と振り回されましたよ」

 ついでにトモオから目を離したので小夜さんにも怒られた――と話したら、ハリス中佐も笑い出す。

「あ、ロイドの自作ラジコン。すごいっすね。俺も欲しくなっちゃいましたよ」
「ああ。俺も子供の時にやったもんでね。教えたら、こいつもすっかり虜に」
「ロイドはいつもドライバーを持っていて、ほんっと、メンテナンサーの息子っすよねー」

 本当に心から感心していったのだが、ハリス中佐もやっぱりそう言われると嬉しくて仕方がないようだった。

「良かったら。英太も作ってみるか。材料も揃えておくし、作るのも手伝うぞ」
「え。いいんですか!」
「エイタ、俺も作り方を教えるし、手伝うよ」
「出来上がったラジコンが欲しいのではなくて、作ってみたい。英太だって、好きだったんだろ。こういう男の子らしい機械遊び」

 素直に頷いた。だが英太はそこで、その言葉の向こうに『あの時なくしたなら、今、取り戻してみたらどうだ』とハリス中佐が遠回しに気遣ってくれているのが分かった。
 ハリス中佐は、英太の過去を知っている内の一人だから。

 仲が良い父子と別れ、また英太は歩き出す。

 しかし、英太の帰り道はなかなか進まない。この後も顔見知りの先輩隊員や子供達から声を掛けられ、手を振りながらやっと進んでいる状態。
 今度はある家の前で庭に水まきをしている栗毛の女性と目が合った。

「あら、英太」
「こんばんは、サラ」

 コリンズ大佐宅の前、そこで夫人のサラと出会った。

「もしかしてテッドのところ?」
「そうです」

 英太がアメリカキャンプに招かれるのは、誰もが良く知っていることだった。

「そうだわ。貴方、うちのコンビーフのサラダ好きでしょ。今夜、沢山作ったの。持っていく?」
「え、まじっすか。サラのあれは超絶品! 初めて食べた時のあの感動は今も続行中なんですよ」
「上手いこというわね。待っていて」

 そういって、コリンズ大佐夫人は家の中へと駆けていく。
 すると少し遅れて、玄関にこの家の金髪の主が現れた。

「よう、少し寄っていけよ。一緒に呑もうぜ」

 ジャージ姿のコリンズ大佐だった。既にほろ酔いのようで、片手には小振りのビール瓶。それを掲げて、気の良い笑顔で英太を誘ってくれた。

「すいません。俺もいま、ラングラー中佐のお宅で、だいぶ呑んじゃって」
「なんだとー、お前、いつもテッドのところに居ついているんだな。うちじゃダメなのかオイ!」
「そんなことないっすよ。大佐にもいつも誘ってもらって、サラのアメリカ的なメシ、俺は大好きッすよ」

 『だったら、こい!』なんて。いつもの勢いの大佐に英太は苦笑い。
 だが、あっという間に夫人のサラにどつかれてしまい、そこで賑やかな夫妻の言い合いが始まったりする。

「もう、英太がまた今度って言っているんだから。そういうオヤジぽい酔っぱらいやめなさいよ。そういうところが最近の若い部下に嫌われるのよ!」
「あんだとー?」

 ますます苦笑いで見守っている英太だが、最後は『コリンズ夫妻らしいな』と笑っていた。

「これ、サラダね。入れ物はいつでもいいから。それから、テッドの家で沢山呑んだでしょうけど、一本だけビールも入れておくわ。寄宿舎で晩酌してね」
「有り難う、サラ。今夜の夜食にするよ」

 小さなペーパーバッグに、まるで一人暮らしの子供を気遣うかのように包まれているワンセット。それを見つめ、英太が黙り込むと、サラが訝しそうに見ていた。

「どうしたの、英太」
「いえ。ここのご夫妻も俺のことご存じだから。すごく良くしてくれて」

 英太の過去は、上司であるミセス准将に近しい空部隊幹部の男達は皆知っていた。
 だから、そんな英太の心情を察してくれたサラが、ふと緩く笑う。

「本当に英太が一人きりになったら、うちの子にしても良いのよ」

 そんな一言に驚いて、英太はサラを見た。彼女の目が真剣であるのは確かで、だからこそ、そんな言葉がいとも簡単に出てきたことに驚くしかなく。

「そうだ。うちにこい。うちのことを忘れて、一人でどこかに行くだなんて許さないからな」

 ほろ酔いのはずのコリンズ大佐まで、妻を逞しい腕で抱き寄せながら、二人の意志が揃っていると言わんばかりに、英太を真っ直ぐに見ている顔も真剣だった。

「最近、思うんです。俺、帰る家庭はないけど、今はこのキャンプが家庭なのかなって。今はそれが心地よいし、嬉しいです」

 二年前に比べ、だいぶ落ち着いた英太。そんな英太の満ち足りた笑みを確かめ、コリンズ夫妻も嬉しそうに微笑んでくれた。

「サラのこれも。俺のお袋の味になりそうです」
「そう。またうちに食事に来なさいよ」
「うん、来い。お前が来ると、サラが昔のようにめいっぱいメシを作ってくれるからさ」
「あのね、デイブ。貴方、そろそろ年齢的に食事のことは考えた方が良いわよ。英太は現役なんだからいいの。貴方だって現役の時はバカみたいに食べていたでしょう」

 また始まった。と、英太は『じゃあ、俺はそろそろ』と一言挟むと、夫妻もハッとして笑顔で見送ってくれた。

 コリンズ夫妻と別れ、英太はお土産片手に鼻歌。

「葉月さんが言ったとおりの人達だな」

 二年前の航行から帰還した後、ミセス准将の葉月さんに呼ばれ、『今後、貴方をきちんと守っていくためにも、私が信頼している幹部には知らせておきたい』との伺い立てがあった。
 その中でも、葉月さんは『特にコリンズ大佐は情に厚い男気がある方なので、知れば、貴方のことを自分の家族のよう暖かく見守ってくれるでしょう』と教えてくれた。甲板ではおっかない顔で、すぐに大声で怒鳴っている、豪気なおじさん。だが、それは葉月さんの言葉通りの人柄だった。彼だけじゃない、妻のサラがまた特に英太を気に掛けてくれた。さらに葉月さん曰く『私がこうしていられるのは、あのご夫妻が見守ってくれたことがとても大きい』と。まったくその通りだと英太も思っている。

「うちの子になれ……か」

 見上げた空の星が滲んだのは、気のせいにしておこう。英太の胸にこみ上げる感激の思い。

 やっとキャンプの警備口を出て、いつもの基地敷地へ。オフィスとなる軍棟舎が何棟も並ぶ道を、さらに奥にある宿舎へと向かう。途中、駐車場を通る。薄暗い駐車場だが、ビルからの灯りで所々は明るく照らされていた。
 そんな駐車場を歩いていると、どこからともなくヒタヒタとした気配を感じた英太。ふと気が付いて、背後に振り返ったのだが。その途端に、頭と首がぐいっと何か強い力で下へと引っ張られた!

「いやっほーっ、俺が先につっかまえたー!」

 英太の首に後ろから飛びかかって来たのは、黒髪の少年。
 それだけじゃない、横からもドンと突き飛ばされるかのような衝撃! しかもまた誰かに飛びつかれている!

「やったー、英太発見!! つっかまえたーー」

 英太の身体に抱きついて離さないのは、栗毛の少年。
 二人が誰か分かって、英太は叫んだ。

「晃に海人! この、離せーーっ」

 この基地一番の『やんちゃコンビ』と遭遇してしまったようだ。
 いつも御園大佐や海野准将とプライベートで遊びに出かけると、彼等のこの息子がついてくることが多い。なので、こちらのボーイズとも英太はすっかり馴染みで、しかも、彼等は英太を見つけるとなかなか離してくれない。
 この通りやんちゃがダブルなので、流石の英太もいつもやられっぱなしだった。
 だがそこは、毎日7Gと対決している男の身体。飛びついてきた男の子二人を、あっという間に力で解く。すると彼等が『やっぱ、パイロットはすげーすげー』と大喜び。英太の男の力を実感するのが好きなようだった。

 そんないきなりの襲撃から解放され、一息つく英太はふと思い出す。

「あれ、お前達さ。空手クラブだったんじゃないの」

 兄弟そのものの二人が、そろって『そうだよ』と答えた時だった。

「こら、晃、海人! いま、お兄さんに何か悪さしたでしょ!!」

 悪戯盛りの息子と隣の息子二人を追いかけてきた『制服姿のママ』、葉月さんが現れた。それだけで、英太の身体がかあっと熱くなる。
 葉月さんは二人に顔をしかめ、『お兄さんに謝りなさい』とおかんむりだった。

「ごめんなさいね、英太。車に乗せようとしたら、貴方を見つけたとかですっ飛んでいって。ほんと、素早くて」
「い、いいっすよ。いつもパパの大佐と副連隊長と出かけても、この子たち二人はこうなんだから」
「そうなの。こんな乱暴なっ」

 男達のプライベートの輪には、葉月さんは一切ノータッチだから、息子達が英太とどのように接しているかよく知らないようだった。

「そんな。この年頃の活発な男の子は、こんなもんっすよ。俺だってこれぐらい、へっちゃらだし」

 『そうなの』と、初めて知ったかのように驚く葉月さん。

「まあねえ。そうかもしれないわね。私も乱暴だったし」

 え、女の子だった葉月さんが乱暴って? 話がちょっとずれたみたいだが、それはそれで気になってしまった英太。

「准将ママ、英太も一緒にBe My Lightに連れて行っていいだろ」

 また晃が英太の腕に抱きついてきた。

「いいよね、母さん。俺も一緒に英太と行きたい!!」

 今度は反対の腕に海人が抱きついてきて、英太はがんじがらめにされた。

「でもねえ。お兄さんは今、キャンプからの帰りでご馳走になってきたでしょうから、お腹いっぱいなのよ」

 その通りだが。でも葉月さんが誘ってくれるなら。英太はすぐに心でそう願ってしまっていた。
 だが彼女じゃない。両脇の少年達が雛のように騒ぎ出す。

「いいじゃんかー! なあ、英太、行こうよ!」
「行こうよ、英太! 雷神の話を聞かせてくれよー!」

 両腕を左に右に引っ張られ、彼等は英太を離してくれない。

 なんだろう。俺って、違う感じでモテモテなんだけど! もっと違うところから、激しく求められたい!
 例えば、ほら。目の前で困っている栗毛の女性から……とか。

 

 

 

 

Update/2010.3.10
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