◇・◇ お許しください、大佐殿 ◇・◇

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 39.恋する大佐は、三枚目  

 

 俺の女房になる女。
 雅臣からの唐突な挑発に、トラ猫王子のシドは『結婚しても女は女、奪うことはできる』と切り返した。

 でも、そこは雅臣の方が大人なのか。いつものお猿の愛嬌でにっこり微笑み返したではないか。
 だから、心優もシドも『あれ、それだけ?』と目を見張っていた。
「心優がそれだけ、奪いたくなるほどの女ってことか。彼女がボサ子と言われていたことをとっても気にしていたが、もうそれも忘れた方がいいようだな。な、心優」
 心優はなにも答えられなかった。そしてシドも負けていない。
「ミユは『ボサコ』なんかじゃない。日本人の目がおかしい。最初から、アジアンキュートだった」
 そう言い返したシドに、今度は雅臣がギョッとしていた。そして今度は俺も負けない――というちょっと意地になったお猿の顔に変貌。
「当たり前だ。俺だって、ボサ子と思ったことなど一度もない」
 それにもまたシドが驚いた顔になる。
「最初の面接で、初めて言葉を交わした時から、ずっとひっかかっていたほど、心優は最初から俺のここにいた」
 雅臣が拳でドンと、自分の逞しい胸を叩いた。
 うっそー。なにそれ!?
 初めて聞いた『真実』に、心優は卒倒しそうになった。
「……そういう話は、また今度な」
 今度は大佐殿の険しい顔になってしまう。雅臣はそのまま持ってきた書類を艦長デスクに置くと、なんともない顔で指令室に戻ってしまった。
 雅臣が出て行ったドアを睨んで、シドがふて腐れている。
「だったら、なんで手放したんだ。俺でなくても、小笠原ではミユを狙っていた男はいっぱいいたのに」
「……だから、横須賀ではボサ子だったんだってば……」
「ふうん。じゃ、ボサ子のまま、大佐はおまえを気に入ってくれたんだ。ていうか、ボサ子になんか見えていなかったってわけか」
 心優の頬がかあっと熱くなってきた。それにもシドが白けた目を向けている。
「あほらし。ちょっと慌てさせようとしたのに。逆効果じゃねえか。あーあ、まさか大佐があんなに思いっきり真っ直ぐとは思わなかったからさ。秘書官の時は、けっこう腹黒いやり手のオジサンってかんじだったのになあ。案外、純朴なオジサンだったんだ。そりゃ、ミユとお似合いってわけか」
 カマをかけたのに、やり返されてしまった。しかも、心優が喜ぶような言葉を言わせる羽目になったとシドは悔しがっている。
「あの、シド……。その、」
 恋になると三枚目。恋愛になると途端にぶきっちょになる大佐殿。そんな大佐からあんな言葉を引き出してくれたことのお礼を言いたいけれど、それは彼にとっては不名誉のような気がして言えない。
「あーあ、急に冷めた」
 シドはそういうと肩越しに手を振って、しれっと艦長室を出て行ってしまった。
 まさか、これもシドの、おせっかい? それとも、子供っぽいシドがちょっと雅臣をからかっただけ?
 だが心優はハッとした。
「また逃げられた!」
 心優がやってほしいとお願いした書類を一枚だけテーブルに残して、するっと艦長室から脱出されてしまった!
 シド、待ちなさい! と、追いかけようと艦長室のドアノブを握った途端、横から『しょうもないな』と笑う男性の声が聞こえる。見ると、御園大佐だった。しかも風呂上がりなのか、黒髪がしめっていて首にはタオルをかけている。
「逃げられたんだ」
「はい。ブリーフィングをお願いしたのですけれど、夕方からのらりくらりとされて、手伝うと言ってくれたり、こんなの嫌だとやらなかったり良くわかりません」
「どれ。それ、俺がするよ」
 御園大佐はそういうと、眼鏡をしていない顔でシドが置いていった書類へと向かっていく。
 眼鏡がないせいか、じっと目を懲らしてなんの文字が記されているか確かめている。
「とんでもないことです、大佐がされるだなんて。わたくしが致しますから、御園大佐は司令に任されていることに集中してくださいませ」
「いいんだって。俺だって、あいつが大佐嬢だった時に側近をやっていたことあるんだから」
 さらっとその書類を手にすると、御園大佐は艦長デスクへと座ってしまう。
 朝は海東司令が、そして夜は御園大佐が。お二方、艦長デスクに座っても、とてもしっくりしている。海東司令は当然のことながら、御園大佐も既に長く座っている人に見えてしまう。
 御園大佐がいつもの細い黒縁の眼鏡をかけて、書類を見下ろしている。
「御園艦長はどうされていますか」
 長い入浴だなと思っていた。『ちょっと主人と話して、それから入浴をする。その後に食事』と言って、二人はベッドルームに消えた。そうしたら風呂上がりの旦那様が先に出てきた。
「葉月ならまだ風呂に入っている。ぬるま湯にゆっくり浸からせたほうが質の良い眠りを得られるんでね。お気に入りの入浴剤も自宅から持ってきたから、俺は先に上がらせてもらって、彼女にはもう少しゆっくり温まってから出るように説教しておいた。そうでもしないと、シャワーだけ済ませて終わらそうとするからな」
 ん? なんか平然とお話しされたけれど? 心優は眉をひそめる。
 ご夫妻で一緒に入浴したって聞こえた?
 御園大佐も、そんな顔をしている心優に気が付いた。
「ああ、自宅ではよく一緒に入っているから気にしないように。言っただろう、『知らないふりをしてくれ』と。そういうことも含まれてる」
 平然と夫妻で入浴と明かされたので、何故か心優の方が顔が熱くなった。
「そ、そうで、ございましたか」
「あ、一緒の部屋で眠るからよろしくな。葉月は絶対にだめだと怒っていたけれど、おしかける。園田もその時は助け船は出さずに知らぬ顔をして欲しい」
「は……、は……い……」
 え、どっちの味方になればいいの? 心優自身は御園艦長の側近だから奥様の気持ちに寄り添うべき? それとも奥様の精神を思って大胆なことをする旦那様に加担するべき? すごく迷う。
 というか。やっぱり御園大佐って一筋縄でいかない。本来、夫妻であっても、ここでは上官と部下の姿であるべきなのに、一緒の部屋で眠るって……。しかも艦長室!
「俺、一応、艦長代理だからね。葉月の次に権限を持っているよ。艦長と艦長代理の喧嘩だと思えば、誰も首つっこめないだろ。だから放っておいてくれていいから。指令室にも、園田からそう伝えておいてくれ」
「は? わたくしからですか?」
 そんな、指令室にいる幹部達が納得してくれるのか。なんと説明したらいいのかわからない。そんなこと押しつけられても困る!
「あはは。大丈夫。葉月のことを知っている幹部ばかりだから。問題は、管制室にいるなにもしらないクルー達な。もちろん、葉月と俺の夫婦関係をよく知っているクルーがほとんどだが、『私情』とか『私的』とか、あからさまに感じ取られることがないよう頼む」
「難しいことをおっしゃりますね」
 やっぱりただ者ではない旦那さんだった。
 なのに眼鏡の奥から久しぶりに彼のホークアイを心優は見る。
「俺だって嫌だよ。夫の顔で仕事しなくてはいけないなんて。昔なら考えられない。俺からきっちり線引きして、むしろ俺が葉月を遠のけていたところだ。それがどうしてこうなった……」
 書類を置いてペンを握ったかと思うと……。そこで御園大佐が何かを思い出したようにして遠い目になり、やがて小さくふっと唇の端に笑みを浮かべている。
「いまに始まったことではないか……。いつだって『うっかり』、だったな」
 とても優しい顔だった。そんな時の御園大佐はほんとに『素敵な夫の顔』になる。
「うっかり……ですか?」
「そう、うっかり……。マルセイユから出てきてしまった……」
 御園大佐が御園准将と出会うまでは、マルセイユ航空基地に長く所属していたと聞く。十五歳で単身フランスに渡り、航空学を学びたいとこの世界に飛び込んだ人。十五歳ってまだ未成年で子供。よくご両親が許されたなと心優は思う……。
「それから、うっかりの連続だよ。ほらまた、今回も。うっかり小笠原から出てきてしまった。息子を置いて……」
「海人君、急にお父様まで任務に就くことになって、大丈夫でしたか」
「ああ、それは大丈夫。子供とは言え、もうしっかりしている。母親が航海で留守にすることはもう当たり前で慣れている。むしろ、母親と空母になにあかったのかと心配していた。息子であっても、任務の内容が言えないことがある。でも海人は察していたよ。『お父さんが司令から呼び出されたなら、母さんになにかあったんだね。急いで行ってきて。母さんと英太を連れて帰ってきて』と頼まれている」
 う、なんて健気な海人君――。心優は思わずじんわり涙が出そうになった。
「まあ、でも……。俺も、海人の年齢の時にはもう、家を飛び出してマルセイユにいたもんな。それを思うと、もう彼の人生はそろそろ彼が決めるものだと感じている。親がいなくても、自分で判断をしてその日を生きていくこともできないことはないんだ」
「早いですね。独り立ち。日本ならまだ高校生になるかならないか、親元でまだまだ遊びたい盛りですよ」
「親元を離れる高校生だって、日本にはたくさんいるよ。全てではない」
 そういって、御園大佐が眼鏡の奥の眼差しを、それでも切なそうに細めた。親離れ子離れの年齢になっているようだった。
「園田だって沼津の親元を離れて、強豪校に入学するため寮生活になった頃だろう」
「そうですね。ですけれど、小学生の頃から兄達を見て自分もそうなるものだと心の準備はできていました」
「子供がそう望むなら、親も心の準備整えないとな。はあ、それでも、葉月はぜんぜん子離れしそうにないな。娘が音楽のために五歳で家を出て行ったから、息子まで手放すのは辛いんだきっと。さっきもベッドルームで『夫婦喧嘩』になってしまったよ。どうして妻が就いている任務にやすやすと参加するような指令を受けてしまったのか、息子を一人置いてきたのか……ってね。そろそろ海人が島を出るか出ないか、或いは、軍の訓練校に入るか入らないかを見定めて行かなくてはならないのだけれど、葉月は海人が家を出て行くことなんて、これっぽっちも想像していない」
 そういうプライベートの言い合いを、クルーに見られないよう、ご夫妻はベッドルームでやりあっていたらしい。
 でも。心優は思うところがある。
「葉月さんは……、航海任務が多かったのですよね。留守が多かった分、まだまだ一緒にいたいのではないでしょうか。ましてやお嬢様とは早い内に子離れしているわけですから、せめて海人君だけとはなるべく長くいたいのではないでしょうか。あるいは……軍人になることは望まれていないのかもしれません」
「うん……。それも、わかっているつもりだよ。だから、訓練校に入るというなら、ハイスクールを卒業してからだと決めている。本当は未成年から入校できる予備訓練校に入校させる方が、出世が早いんだけれどな。葉月も、海野も、俺も、そのコースでここまで来たから。でも、海野家もうちも、その点では、まだ子供は島から出したくないんだ。そこは父親の気持ちも一緒」
「そうですか。お子様達、どんどん大きくなっていかれるんですね。あと、二、三年ですね」
 『そうなんだよ〜』と頷きながら、御園大佐は心優と話していても、書類作成をさらさらと進めている。
「澤村大佐」
 彼を旧姓で呼ぶ女性がそこに現れた。栗毛の奥様も濡れ髪のまま。しかも今夜はほっぺたが紅い。ゆったりとしたバスタイムを堪能できたのだろう。
「きちんと身体を温めましたか? 御園艦長」
 奥さんをゆっくり入浴させるために、夫も一緒に入ったというのに。そんなことはなかったかのように御園大佐は、爽やかな眼鏡の笑顔を見せる。最近は、その爽やかもむちゃくちゃ怪しい笑顔に見えてしまう。
「そこは私のデスクです。どいてくださる?」
 意地を張っているのか、いつものミセス准将の冷めた眼差しを夫に向けている。それでもやっぱり旦那さんは、優しくにっこりなんともない顔でデスクを立った。
「私のデスクがないようですので、艦長のベッドルームにて作業させて頂きますね」
「やめて。澤村のデスクは指令室に置くわ。明日からそっちに行って」
「困りましたね。指令室の大佐達が、これ以上はデスクは入れられない、艦長とご一緒でいかがでしょう――と言ってくれたんですけれどね」
 『そ、そうなの』と、ミセス准将が驚き固まった。旦那様の素早い根回しと先手に、言い返さないご様子。心優も見て見ぬふりで、自分のデスクでなにかやろうとパソコンのモニターに顔を隠して、存在を消そうとする。
 それにしても、旦那様が優勢か。どうあっても御園艦長と密着した航海をしようと、ご自身の居場所を整えることからさっさと始めている。末恐ろしい方だと心優は唸る。
 この方なら、確かに艦長に据え置きたい人材。彼にないのは『パイロットであったという経歴』だけ。パイロットとして空は飛んでいないけれど、空軍を熟知している人であるのは確か。
 そこで心優は心の中で、思わぬことに気が付いてしまい、自分で驚きながらも密かに抑える。
 ―― もしかして、海東司令。奥様が後継にと望まれている旦那さんを、空母に乗せて『艦長の素質を試している?』『それとも、艦長的な経験をさせて、担ぎ上げる準備?』
 だとしたら。それを望んでいる御園准将にとっては、願ってもいない旦那さんの経歴になるのではないか?
 でもミセス准将は、いまはクルー達に自分たちの立場に一線を引くことに必死になっている。とにかく、妻でも夫でもない姿勢を示そうとしていた。
「私の入浴中に無断で入ることは、貴方でも今後は許しませんからね」
 ――無断で、無理矢理、入浴中の奥様のところに強引に行っちゃったんだ?
 パソコンのモニターに顔を隠しながら、心優は『それは奥様でも怒る、困る』と御園大佐の大胆さに、ある意味感心の溜め息が出てしまう。
「どうして。妻と夫なんだからいいじゃないか」
「ここは空母で、私は艦長で、」
「そう、俺は艦長代理。すでに仕事でも夫妻みたいなものじゃないか」
「そうじゃないでしょ!!!」
 あのミセス艦長が、夫妻と上官部下という関係をごちゃませにしてしまう夫に混乱させられ、真っ赤になって怒っている。
 心優がいることも忘れて、あのミセス准将が奥さんの顔で感情を露わにしている。やっぱり御園大佐は凄い。奥さんをよく知っている旦那様だった。
「あ、おまえさ。食事がまだだろ。園田とシドがずうっと待っていたみたいだぞ」
 やっとミセス准将がハッとした顔になる。
「ご、ごめんなさい。この人のせいで長風呂になっちゃったわね。入浴する前にあなた達だけでも食事に行くように言えば良かった」
 心優もそろっとパソコンモニターから顔を出して微笑む。
「わたしは大丈夫です。ですがフランク中尉は我慢できなかったようで……その……」
 シドが勝手に出て行ったことを言いづらくなってしまう。あのトラ猫王子め、勝手に行動するなんて以ての外! と、思ったが、御園大佐がシドをかばった。
「シドのことだから、また警備がてらうろうろしているんだろ。事務所で大人しくしているより、そっちの方が気になる性分だし、そうして欲しいから、そこは園田もうまく放ってあげて。帰ってきたらすぐに食事に行かせよう、って、もう勝手に食事をしているような気もするけどな。艦長はいつも通り、側近の園田とお食事をどうぞ。自分は空母のカフェテリアが久しぶりなので外でいただきます。今後も食事はいままで通りで、自分は外で構いませんからね」
「御園大佐。わたしがこれからは外で構いません。艦長代理なのですから、艦長とご一緒にされたほうがよろしいのではないでしょうか」
 心優から遠慮してみた。それでなくとも分相応ではない食事をいただいてきたのだから。
「いいよ。そこまで夫妻一緒にされると息が詰まる。食事は自分の好きにさせてもらう」
「あら、澤村大佐。それなら寝室も別の方が息抜きができるでしょう?」
 あれが良くて、これは駄目なのはおかしいと奥様がそこを突いてきた。でも、やっぱり眼鏡の旦那様はにっこり爽やかな(怪しい)微笑み。
「どうして。一緒に眠りたいから、寝室は一緒。これは決まりな」
 は、なんで!? と、ミセス准将が女の子のような顔になって面食らっている。ダメだ……、もう笑いたくなってきた心優だったが、必死で堪えていた。
「ブリーフィングは艦長就寝前までに提出します。まずは自分も食事に行って参ります。それでは失礼致します」
 奥さんがすっかり素の顔で旦那さんにやられた隙をついて、御園大佐はやっぱり怪しいにっこり顔で艦長室を出て行ってしまった。
 それを奥さんも見送ってしまう。
「ああんっ、もうっっ!!!!」
 ミセス艦長殿が、濡れた栗毛をくしゃくしゃっとかきむしって叫んだので、心優は目を丸くする。
「だから、だから、どうしてあの人なのかって。やめて欲しいって司令に言いたかったのに!!」
 うっそー。あの御園准将が、ほんっとにお兄さんにやりこめられたお嬢様の顔になって、素に崩れてしまっている。
 でも、心優もこちらのご夫妻に慣れてきたせいか、ちょっと質が悪い対応ができるようになってしまう。なにも見ていなかったふりで、にっこりとした笑みを整えてみせる。
「よろしいではありませんか。この艦長室は、今夜からは小笠原のご自宅と一緒だと思われても。もちろん、責務ある事務所でもありますが、そこは長年ご夫妻で海軍に貢献されてきたのですから、帰るまでにはきっとクルー達からご夫妻だからこそ頼れるお二人としてみていただけますよ」
 もちろん、心優も側近としてその確信があるから言っている。
 すると、御園准将が困ったように呟く。
「私、あの人と艦で航海をするのは初めてなのよね」
「そ、そうなのですか?」
「あの人、私と出会った時はもう艦を降りて教官をしていたもの。教官として学生の航海研修で一緒に乗り込むことはあったみたいだけれど、任務と業務で航海に出るのは、隼人さんにとっては二十年ぶりなんじゃないかしら……」
 だから、夫妻で一緒に艦は経験がないから戸惑っていると言いたいらしい。
「わたしは御園大佐も来てくださって、ますます頼もしく感じておりますよ。ハワード大尉も帰還されてしまったし、まだ昨日の現場から出航はしておりませんし、情勢も不安定です。一人でも多く幹部がいることで、クルーも安心できると思います。特に、女性クルーは不審者が侵入したことに怯えていると先ほど聴きました」
「そうだったの……。そう……、そうだったわね……。いけない。彼のことを気にしている場合ではなかったわね」
 徐々に、いつものアイスドールの顔に戻っていく。ミセス艦長に戻った彼女が心優を見た。
「ありがとう、園田少尉。すこし、落ち着いたわ」
「お食事にいたしますか。シェフも準備してお待ちです」
 そうね。やっと心を落ち着けてくれたよう。心優もそのまま内線電話をとり、シェフに遅い夕食の準備を頼んだ。
 丸窓には、宵の月。一昨夜の雨、そして昨夜は空を見る間もないほど艦内が不審者潜入で揺れた。今夜は、星空と月を見上げながらゆったりと食事を取れる。
 最後は、優しい花の香りがするノンカフェインティーと、ローズゼリーが出てきた。
 女ふたり、優雅な香りの食後を堪能する。薄着でそこにいるミセスから、官能的な香りが漂ってくる。
 お気に入りの入浴剤の香りかな? 柑橘と花の香りが入り交じって、芳醇な甘さが漂っている。そんな御園艦長の胸元には、今日はオーキッド色の石。ペンダントをしていた。
「艦長、それはパワーストーンですよね」
「え? ああ……、うん、そうね。息子が選んでくれたの」
「海人君が? 素敵な石ですね。クンツァイトでしょうか。若草色が混じっている希少なもののようですね」
 言い当てた心優に、ミセス准将が驚く。
「ええ、そうよ。海人がこれがいいと選んでくれて、隼人さんが息子に言われたものを探してくれたの。心優、石に詳しいの?」
 心優もそっと胸ポケットから、母手作りの小さな巾着を取り出す。そこから丸い黒灰色の石を出して、手のひらに乗せた。
「わたしは母に持たされています。シャーマナイトという石です。決勝戦などのここ一番という時に、いつも母が握らせてくれました。今回も初めての航海に持って行きなさいと沼津から送ってくれました」
「まあ、貴女も」
 御園准将が『お揃いみたい』と嬉しそうにして、心優の石を眺めている。
「貴女の石は、さすが、メダルを目指していただけあって強いメンタルが宿っていそうね。シャーマンという意味ね。貴女の守護みたいで神秘的だわ」
「艦長の石は、美しくてミステリアスですね。海人君がそんなお母様を石にして表したようです」
 息子からのお守りだと言われるだけで、ミセス准将が幸せそうなママの顔になった。あまり見たことがないお顔だったので、心優は密かに目を見張る。
 それが一番の『特効薬』なんだと思えた。
「航海に行く時はいつもこれを首にかけていくの。ドッグタグと一緒にね」
 息子が側にいると思えば、なんでもできる。きっとそんな気持ちも密かに携えて、このお方はあの騒ぎも乗り越えられたのだろう。
 今夜はきっと、大丈夫。なにも起きない。夫もいる、夫が茶化しながら頑なな妻の懐に入ろうと必死になってくれている。そして、息子のお守り。
 きっと、大丈夫――。

 

 ―◆・◆・◆・◆・◆―

 

 トラ猫王子、やっぱり勝手に食事をしてふらっと艦長室に帰ってきた。
 なのに夜が更けると、シドの眼差しが鋭くなっていき、彼も腰にロッドを装備する姿――。
「俺、夜中のシフトが性に合っているから、三時か四時までは大丈夫。それまでおまえが先に休んでろ。怪我もしているんだから眠っておけよ」
 艦長室の業務も今夜は終了。御園艦長がベッドルームに入った後、シドと相談したとおりのシフト夜勤を実施する。シドの配慮に甘え、心優もひとまずベッドルームに入った。
 シドもふらっとして戻ってきたけれど、御園大佐も食事に行くとふらっと出て行ってそれっきり……。あの人も、ふらっとしている。
 でも心優もわかっているつもり。そうしてあの旦那様は、既にあちこち渡り歩いて情報を収集しているのだろう?
 シドに艦長室を任せ、心優は艦長室奥にある小部屋ベッドルームに入った。
 それでも午後まで休ませてもらったので、目が冴えている。でも、ベッドに横になると丸窓の夜空が見えて、気持ちが落ち着く。
 かすかにさざ波の音。あの朝からずっとここに停泊したままの空母。帰還する予定日を数日越えるだろうという話を聞いている。
 ひとり静かに横たわっていると、いままで気にならなかった腕の痛みを感じやすくなってズキズキしている。
「痛み止め……」
 ベッドサイドにあるテーブルに手を伸ばして気が付いた。処方された薬がなくなっていた。
「いけない。ドクターに夜までに取りに行くよう言われていたのに……」
 薬なども限りがあるので、少しずつしか処方できないと言われているのを思いだした。
 でも。あそこまで歩いていくの、もう疲れたな……とも思っている。明日の朝まで、我慢できるかな、できないかな、どうしよう……。思いあぐねていると、珍しく、心優のこのベッドルームのドアからノックの音。
「はい」
 誰? まさかシド? それならばドアを開けるのは慎重に開けないと? いや、でもシドは護衛となったらかなり真面目で真剣に取り組んでいるはず。この隙に襲われることはないだろうと思いたい。
「城戸です」
 え、まさかの臣さん!? 大佐殿がわざわざプライベートルームに訪ねてきてくれて、心優は困惑する。それでも、雅臣ならとドアまで向かい開けた。
 紺の訓練服を着た雅臣がそこに立っていた。
「食事の帰りにドクターに呼び止められたんだ。園田が薬を取りに来ないけれど、忙しいのか、大丈夫なのかと言っていたから、俺がもらってきた」
 雅臣の手には、処方された薬の袋。
「そうなんです。いま思い出して、すっかり忘れていたと困っていたところです。有り難うございます」
「具合、どうだ。朝はしんどそうだったからさ……」
 途端に、臣さんの口調になった。それで心優もつい気を緩めてしまう。
「うん、大丈夫だよ。午前中休ませてもらったから、いますぐに寝つけなくて困っていたところ」
「そうなんだ」
 心優は艦長デスクの事務所へと向かう通路へと視線を向ける。
「フランク中尉がよくここまで通してくれましたね」
 艦長室を出入りする人間はいまはシドが見張ってくれている。たとえ、幹部の男性でも女性達がいるプライベートルームへは通してくれないはずだった。
「そう思っていたんだ。心優に薬が届けばいいから、フランク中尉に手渡してもらおうと頼んだら、自分はここから動きたくないから、大佐が自分で渡せばいいでしょう――なんて、つっけんどんに言うくせに、通してくれたんだよ」
「そうなんだ……」
 意外だった。あんなに雅臣に敵対心の眼差しをぎらつかせていたシドがあっさりと雅臣を心優のところへと行かせてくれていた。それとも『冷めた』と言っていたから、どうでもよくなったのかもしれない?
「あの、あのさ……」
 薬はもう心優の手にある。なのに雅臣はそこに立ったまま戻ろうとしない。
「なに、臣さん」
「は、はいって、いいか?」
 え? 大佐殿、なんて言ったの? 心優は聞き間違いかと、返事ができなかった。
 でも、雅臣はとっても気恥ずかしそうにして、口元をもごもごさせている。
「あのさ、その、話したいことがたくさんあるんだ。帰るまでは、もう、お互いの職務に専念すると約束はしているけれど。こんなことになって、心優も心配だし……、それに」
 それに? 心優は首を傾げる。
「その、心優に、きちんと言っておこうと思って……」
 なにを? 心優はさらに雅臣の眼差しを覗き込むようにして見上げる。
 なんだか今の臣さん。大佐殿の顔じゃない。少年のような可愛い顔をして頬が紅い。
 なのに、彼がそこで心優の顔を見て、ふっといつもの大人の男の微笑みに戻った。
「ほら、そういう。なにもわからないという心優の顔。ほんとうに俺は好きだ」
「臣さん?」
 横須賀で憧れていた中佐殿の顔、室長の顔、そして頼もしい大佐殿の顔。心優にとっては大人の男性……。その彼があの愛嬌ある微笑みで心優を見つめていたかと思うと、彼から一歩を踏みだし心優の小部屋に入ってきてしまった。
「え、あの、」
 戸惑っている間に雅臣はドアを閉めてしまう。彼を見上げて困っているうちに、真っ正面からぎゅっと抱きしめられた。
 腕に少しだけ痛みが走ったが、心優はちょっとだけ顔をしかめ我慢する。痛みで火照っていたことよりも、いまは胸がきゅっと熱くなってしまった。
 痛いことなど隠して、心優も雅臣に抱きついた。
「臣さん」
 雅臣も心優の黒髪の頭を胸にきつく抱き込んでくれる。
「本当に無事でよかった。俺より強いってわかっている。それでも……。銃を向けられた瞬間、ほんとに俺から心優がいなくなるって思うと……」
 久しぶりの雅臣の匂いに包まれ、心優もうっとりそのまま彼の腕にもたれてしまう。
「臣さん、臣さん」
 本当は怖かった。こうして早く抱きしめて欲しかった。ここまで抑えて堪えていたものが溢れてしまう。それが心優の目に小さく粒になって浮かんだ。
 涙を一粒だけ浮かべているその瞳に気がついてくれ、雅臣はそこにキスをしてくれる。
「ごめんな。フランク中尉と心優が小笠原で親しかっただろうことは直ぐにわかったし、なんだかいい雰囲気だったから焦って言ってしまった。本当は陸に帰ってからと思っていたけれど、俺も待てない。いま言っておく」
 うん。
 心優も小さく頷く。
 彼が言ってくれようとしているものはなにか、気がついている。
 そっと瞳を開けると、真上にはシャーマナイトの眼差し。ミセス准将が『守護みたい』と言ってくれたように、いまこの眼差しが心優の支え。
「心優、帰ったら俺と一緒になってくれ。妻に、なってくれるな」
 今度こそ、心優だけの、心優へのプロポーズだった。また心優の目に涙が浮かぶ。
「はい。城戸大佐」
「大佐って……」
 雅臣が笑った。もう心優は俺の部下じゃないよ――と。
 それでも心優の気持ちは雅臣の妻であって、大佐殿の妻でもあるという気持ちだった。
「臣さん。ほんとうにわたしでいいの? 臣さんなら、もっと仕事ができる、もっと要領のいい、綺麗な女性とチャンスいっぱいあったんでしょう」
 まだまだ未熟なボサ子でいいの? どんなにぶきっちょなお猿さんだったとしても、雅臣は秘書官でもエリートだったし、パイロットでもエースだった。そして今は艦長候補の大佐殿。立派な女性が相応しいかもしれない。
「大丈夫。俺は可愛い女の子とは上手くいかなかったから」
 ん? 可愛い女の子というレベル高い女性には敵わなかったけれど? 心優のようなボサ子ならすんなりいったとも聞こえる?
「あの、ボサ子の方が容易いって聞こえたんだけど……」
 雅臣がハッとした顔になる。
「ち、違う!! ほら、なんつーのかな。こう、上手く女性を扱える男ではないし、俺はそんな男になろうとも思っていないけど、心優なら俺をありのまま受け入れてくれて、楽しい日々を過ごせたと言いたくて――」
「……ほんとは、可愛い女の子と付き合いたかったんですよね? そういう女性は臣さんがなにもしなくても、寄ってきてくれたんだもんね? でも、付き合ったら、彼女達が望む『扱い上手な男性』には成れなくて挫折したんだよね?」
「違うだろっ。心優だって充分可愛く見えていたよ。ほら、だから、俺が言っている、わたしなにもわかりませんって可愛い顔!」
「扱いやすかったんですよね? 男慣れしていないから……」
「そこがまた可愛いところだったんじゃないか。俺ばっかり見てくれる心優の目に、俺は、俺は、その……」
「別にいいですよ。ほんとうに、臣さんと出会った時はボサ子だったんだもの。そのボサ子のなにが可愛いって、男慣れしていないぐらいしかないですもんね」
 だから、そういうことではないって――! と、雅臣が困り果てている。
「その、あの、今夜はワインで乾杯とかさ、彼女に何が似合うかなってプレゼントを考えるとか、彼女が可愛いランジェリーをつけてきたのに、それも良く眺めずにすぐに脱がすとか……そういうこと気が利かない『猿』って。心優だってわかるだろ? 俺って実はそういうこと苦手な、気が付かないムードのない男だって。ホルモン焼き行こうって言っちゃう男だって……」
 言っていることわかるし、最後の心優とは気が合うという点を添えてくれたのは嬉しいけれど、その前の、付き合っていた彼女のこと上手くいかなかった点を挙げているにしても、お付き合いしていた姿が透けて見えちゃっていて、臣さん不合格。
 だから、心優も仕返しをしてみる。
「塚田さんの奥様に言われたんですか?」
「はあ? なんで知っているんだよ!!!」
 ついに雅臣が顔を真っ赤にして額を抱えながら、ふらふらと後ろのドアへと後ずさった。
 塚田中佐の奥さんは、雅臣の元カノでもあって、心優はもう知っている。そのカノジョと付き合っていた時のことを仄めかしたのではと突きつけると、雅臣が目眩を起こしたようにふらついた。
「いや、その彼女のことを話したんじゃなくて……、いままでの女の子の総合まとめ……じゃなくて、あ、ごめん、今の彼女に話すことじゃなかった……んだ?」
「塚田中佐の方が、女性への気遣い上手だものね」
「それ、言うな〜。彼女に愛想つかされたのは納得済みだけれど、塚田と結婚するて聞いた時はそれなりにショックだったんだ。部下に女を獲られた室長って暫く噂になったし……。塚田も気にしていたし……」
 そんなことがあったんだと、心優はちょっと驚く。
 雅臣はいじけるようにドアへと背を向けてしまい、ドアに額をつけて唸っている。なんだか拗ねているその姿まで、お猿に見えてきてしまった。
「……まさか、心優に知られていただなんて。ど、どうして」
「塚田さんから聞いたのではなくて、井上少佐が意地悪で教えてくれたんです」
 雅臣がぐりっと振り返った。
「また、アイツか!! アイツ、塚田と彼女が付き合う前に、俺と別れたばかりの彼女をそそのかして遊んで捨てた男なんだぞ」
「それも、知っています。そっちの方は塚田中佐が妻を独身時代に弄んだとお怒りでしたから」
「そう。アイツは俺と塚田にとっては敵。しかも心優にまで手を出そうとしていた!!!」
「でも、臣さん。わたしのこと、引き留めてくれなかったですね〜」
「だから、それは、……ほんっとに俺、自信なかったんだってば。だってさ、俺って女の子のこといなると、ほんっとちぐはぐなことばっかりやらかすから……。御園に引き抜かれたなら、もう心優は前に行くだけ。御園の側にいるだけで、いい男に囲まれるに決まっている。ぜったいにこれから出会う男の方が、俺より二枚目に決まっているって、怖じ気づいたんだよ!」
 それは当たっているかも? 今も心優の目の前で、いっちゃいけないことをうっかり言ってしまうぶきっちょな大佐殿は、三枚目のお猿さんにしかみえない。
 三枚目のお猿さんを、エリートの素敵な大人の男性だと心優だって決めつけていた間違いはある。
 でも、いまは……。
 心優は目の前で、額を抱えて三枚目の顔をしている彼に、ぎゅっと自分から抱きついた。
 強く、腕いっぱいに彼の大きな身体を抱きしめる。
「心優……?」
「でも。わたしはそんなお猿さんだから、あなたが好き」
 わたしのお猿さん。わたしだけが愛せるお猿さん。
「好きよ、お猿さん。愛している。わたし、あなたの奥さんになって、あなたの家庭も護っていくから」
 彼が動かなくなる。心優に抱かれたまま、抱き返すこともできずに、ただ心優を驚いた目でじっと見下ろしている。
「臣さん?」
 まだ心優を黙って見下ろしている。なにか幻をみているかのように。
「最初に言葉を交わした時から、ここにいる」
 雅臣がまた拳をどんと自分に胸にあてた。
「心優の今の目、初めて俺のことを話してくれた時と、同じ目」
 雅臣が優しく微笑みながら、心優の頬を撫でる。
「猫っぽいこの目、心優、俺の目のことをシャーマナイトみたいだといつか言っていたな。俺も今は同じように思っている、心優の目もシャーマナイトだ」
 え、わたしの目も。シャーマナイト? 心優は初めて自分の瞳を石に喩えられて、目を見開く。
「初めて会った時から、心優は俺をこの目でじっと見てくれていた。俺と同じ、大事にしてきたことを急に失うことになって、意にそぐわない場所にいるしかない。そんな子が俺のところに来た。俺はコックピット、心優は道場。でも、戻ることはもうない場所。この子は俺の気持ちを見透かしている、わかってくれている、いつか本心で話してみたい。でも、俺は室長だからそんな姿みせられない。そう、揺れていた。拙くても、秘書室の一員になろうと頑張っている心優を見て、この子は歩こうとしているんだと思った。この子が歩き始めたら、俺も歩けるだろうか……そう思っていた」
 だから。心優が少尉までステップアップできるようにと、雅臣は考えていてくれたんだと気がついた。
「いろいろあったけれど、やっぱり俺は心優に連れられるようにして、心優を追いかけて、ついに俺は空に戻れた」
 雅臣が心優の瞳にキスをする。
「心優は、俺も護ってくれていた」
「臣さん――」
「俺……、男としては三枚目だ。それでも、これだけは言える。心優と一緒にいたい。誰にも渡したくない。俺のところに来て欲しい」
 臣さん……。また心優の目に涙が浮かぶ。
「もう、返事は言ったよ」
 お猿さん、愛しているって。
「帰ったら、親父さんと沼津のお母さんに会いに行く。挨拶に行くよ。許してもらえたら、すぐに入籍したい」
 雅臣が再び、心優をその広い胸に抱きしめてくれる。
「うん……」
 嘘、ボサ子だったわたしが、結婚――? 急にふわふわ甘い気持ちに包まれて、心優はずっと雅臣に胸に抱きついたまま。
 ――ドン、ドン。
 ドアを激しく叩く音がして、ふたりはさっと離れた。シドが聞いていた?
『奥様、奥様――。しっかり!』
 違った。心優の小部屋のドアを叩かれている訳ではなかった。でもドアの向こうからシドの慌てた声が聞こえる。
 雅臣と顔を見合わせ、ふたり一緒にドアの外に出てみる。
 御園艦長のベッドルームの扉が開いている。
「ミユ! ミユ、聞こえるか!! こっちに来てくれ!」
 ベッドルームの中からシドの叫び声が聞こえてきた。
 心優と雅臣は慌てて駆けつける。
 艦長のベッドルーム。ベッドの下。そこにあの日のような御園艦長がいた。身体をがくがくと震わせ、目を大きく見開き、息苦しそうにしている。
「ちょっと心配で様子伺いにドアをノックしたらまったく返事がないから、もしかしてと思って蹴破ったら……」
 すごい強引な判断だったが、それでもシドの勘が当たっていた。
 ものすごく真っ青な顔をしている。いまにも引きつったまま呼吸困難を起こしてそのまま果てるかのような異様な表情をしている。
 床には薬が散らばっていた。どれも手にできず、そのまま倒れてしまったのか。
「フランク中尉、俺は御園大佐を捜してくる」
「頼みます、城戸大佐」
 雅臣が駆けだし、艦長室を出て行く。こんな時は、大佐殿と真面目な中尉として落ち着いている。
「奥様、奥様!」
 あのシドまで顔色を変えて焦っている姿。
 御園准将があの時のように失神した。
 心優とシドは驚いて顔を見合わせる、青ざめる――。

 

 

 

 

Update/2015.8.25
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