◇・◇ お許しください、大佐殿 ◇・◇

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 EX2. ドーリーちゃん、よろしくね(1)

 

 空母ブリッジ管制室。今日もここで白熱のエースコンバット戦が繰り広げられている。
 ブリッジの窓の向こう、かなりの低空。空母の少し上空。そこを二機の白い戦闘機が絡み合うようにして、平行に過ぎっていく。
 あれだけ接近して追いついてもスプリンター機はエース機をロックオンができず。敵方のエース機も振りきって逃げることもできず、またエースバレットも空母を目の前にして、空母撃破のロックオンができず。いま二機が目の前を通り過ぎたところ。
 追いかけられているエース機が空母にやってきて空母ロックオンをすれば、1対9コンバットはエース機の勝利。9機のパイロット達はそれを阻むのが指名。五回エース機を撃墜し、空母への前進を阻んだパイロットには、ジャックナイフという新しい称号が与えられる。
 だから、毎日ものすごい白熱している。
「スプリンター、いいわよ。バレットの空母ロックオンだけは阻止できた。そのまま我慢しなさい。ここが我慢のしどころよ。バレットが上昇しないよう、そのまま平行低空のまま押さえつけておきなさい!」
『イエス、マム。わかってい……ます』
 スプリンター機を操縦しているフレディ=クライトン少佐の息苦しそうな通信が、心優も借りているヘッドセットに聞こえてくる。
 ふと心優は……。離れた指揮台にいるもうひとりの指揮官へと目線を向ける。
 彼も口元を忙しく動かし、エース機バレットに指示をだしている。
 その彼は、もうすぐ心優の夫になる大佐殿。たった一人でエース機と共に、9機のパイロットの指揮をするミセス准将に真っ向勝負中。
 こんなときなんだけれど……と、心優はとくとくしちゃう心音を感じるときめきにうっとりしているところ。
 黒い前髪の隙間から見えるきらっとしてるシャーマナイトの目。まっすぐに海と空を見据えていて、その遠い空に眼差しを馳せる彼は、いま空を飛んでいる。
 そんな大佐殿の姿に、いま毎日ときめいちゃっている。やっぱり素敵、大佐殿。わたし、いまあの人と毎日一緒。夜も抱き合って眠っているの。
「スプリンター、負けたらダメよ。上昇させると負けるわよ」
 ミセスのアドバイスだったが、低空エリアになんとか留めようとエース機の動きを邪魔していたスプリンター機の目の前で、エースバレット機が機首をあげてしまう。
 おおっ! 管制からも、窓が開いている向こう甲板からも。男達の感嘆のどよめきが聞こえてきた。心優も『うわあ……』と口を開けて空へと目線をさらわれていく。
 鈴木少佐のバレット機がとんでもない鋭角で海上低空からぎゅうんと上昇していってしまった。まるで矢の如く! ハイレートクライムというもの。以前は、雅臣がその名手だったと言われている技。
 すごい。いまの見たか。あれができるようになったかバレットは。
 やっぱりエースだな。しかもテクニックに磨きがかかってきている
 官制員達の密やかな会話が漏れ聞こえてきた。スプリンター機も遅れて急上昇をしていったが、もうバレット機は雲間に消えてしまい目視ができない。
「くっ……、またやられた」
 目の前で、ミセス准将が拳を握り、カウンターを軽く『ゴン』と叩いた。そうして、近頃はお馴染みになった『お相手のご様子確認』。准将がそっと離れた位置にいる部下を見る。
 だがあちらの背の高い大佐殿は、ミセスの視線など気にもとめずなんのその。口笛でも吹いていそうなご機嫌な横顔で、こちらを見もしないし、空を見据えて微笑んでいるだけ。
「うー、最近。生意気、生意気ったら、生意気っっ」
 あのミセス准将が、いままで自分を脅かすこともなかった雅臣を見て、その口惜しさを小声で漏らす。
「准将。お水をどうぞ」
 陸から持ってきたマグボトルを心優は差し出す。
「ありがとう、心優」
 気持ちを切り替えたいのか、准将も差し出されたまま受け取ってくれる。彼女が冷たい水をひとくち。
「はあ。仕切直しだわ」
 彼女がまた雅臣をちらっとみて、指揮をしているモニターへと集中する。
「悔しい。本物のエース同士なんだもの」
 アイスドールと言われるミセス准将をここまで感情的にさせてしまう大佐殿はやっぱりすごいと、ミセス准将に申し訳ないながらも、心優は密かに惚れ惚れしている毎日。
 その彼が、家に帰るとにっこりお猿の愛嬌ある笑顔で、ぎゅって抱きしめてくれて、とろけるキスで『お疲れ様』と迎えてくれる。それを思い出すと、ついにっこりしてしまいたくなる。でも我慢我慢。アイスドールの側にいる女性護衛官もクールにしておきたいと思う。
 いまはミセス准将のお供だから、彼を見つめてばかりいられない。心優はいま誰よりも見つめていなくてはいけないのは、栗毛の女王様。彼女の表情をみて、汲み取って、護衛をしなくてはならないから。

 

 ―◆・◆・◆・◆・◆―

 

 エースコンバットが終わり、雷神チームはこれから演習メニューをひとつこなしてから陸に帰るという。
「心優、帰りましょう」
 エースコンバットのみ参加している御園准将と心優は、彼等より一足先に陸へと帰ることになる。
 ミセス准将と一緒に、今日も珊瑚礁の海を渡る連絡船に乗って基地へ帰る。
「准将。ほんとうに最近、悔しそうですね」
「そうね。英太と雅臣が組むと、こんなに最強だなんて思わなかった。でも、いいのよ、あれで。ただ、スプリンターのフレディの力にはなりたいわね……。私ではダメなのかしら。橘さんやミラー大佐にも9機監督をお願いして、彼等がいちばんしっくりする監督を選んでもらおうと思っているの」
「そんな……。城戸大佐は最後まで御園准将と勝負したいと思っているはずです」
 だけれど、彼女はさっぱりした様子で、あははと声を立てて笑った。
「勝負って。もう勝負ついているじゃない。ほんっとにもう勝てないもの。エースがエースを飛ばしているんだもの」
 はあ、ほんと敵わないと――といいながらも晴れ晴れとした様子で、マグボトルに入れてきた水を飲み干している。
 彼女の中ではもう勝負はついてる。ただ、後はパイロット達の力になりたいだけ。雷神をリードしていく仕事はもう自分でなくてもよくなった。それがミセス准将が出した答。
 だから雅臣もそれに応えようと、大先輩である御園准将に遠慮しなくなった。とても良い関係が出来上がったようで、心優も安心。心優もガラスの向こうに見える青空を見上げ、晴れ晴れとした気分。

 

 陸に戻り、准将と着替えた後は、ランチまで少し時間があるので准将室で事務作業。御園准将のアシストをする。
「今日はなにを食べようかしら〜」
 ランチが近くなると、御園准将も今日の食べたいものが気になるよう。
「心優は今日はなににするの」
「外に出て汗をかいたので、今日はさっぱり冷やし中華ですね」
「いいわね。私もそれにしよう」
 女同士、ランチ前になるとそんな相談も最近では恒例。それを見たラングラー中佐が『俺にはあんなこと尋ねもしなかった。やっぱり女同士なんだなあ』と感心していた。
 お姉さんと妹、或いは母と娘。そんな関係だと周囲の人々はいう。だからミセス准将は、園田中尉には気を許している。今頃になって女性護衛官の起用も大事だったと囁かれている。
 心優もミセス准将も食べることが大好き。食べる量は若干心優の方が多いが、ミセス准将も元気よく食べるほう。心優も遠慮しないで食べられるので、食生活はとても気が合う。
 さて。今日は冷やし中華。唐揚げもつけちゃおうかな――なんて、時計を気にした頃。准将席の隣にある心優専用デスクの内線が鳴った。
「お疲れ様です。空部大隊長准将室、園田です」
『お疲れ様です。雷神室の松田です』
 雅臣がいる雷神室の事務官からだった。
『あの、園田中尉にお伺いしてどうかと思ったのですが、いま、城戸大佐が留守なので代わりにお伝えしたいことがありまして』
 ん? 心優は首を傾げる。業務上、雅臣と繋がるとしたら、まず自分と雅臣の間には、御園准将や橘大佐があって接触ができるはず。それをいきなり、雅臣の部下である彼が園田中尉に聞きたいとは何事だろうか――と。
「どうかされましたか」
『あの〜、それがですねえ……』
 とても困惑した様子の声色で、心優は眉をひそめる。なんだか嫌な予感。
『いま、正面ゲートの警備室から連絡がありまして――』
「正面ゲートの、警備室から……ですか? なんでしょう……」
 電話口で『警備室から連絡』と聞きかじった御園准将も『何事か』とこちらに目線を向けた。
 松田大尉が心優にあることを知らせる。
「え!? あの、警備がそう知らせてくださったんですか?」
『そうなんです。でも、いま、城戸大佐はまだ空母から帰っておらずこちらでは留守なものですから、それならば、奥様になられる園田さんにお知らせした方がよろしいかと思いまして――』
「お知らせ、有り難うございます。承知いたしました、わたしから確認に行って参ります。城戸大佐が帰ってこられたら、すぐに今のことをお伝えして、わたしが出向いたことをお知らせください」
『了解です。それではお願いいたします』
 心優は受話器を置く。心優が慌てた様子を見ていた御園准将も訝しそうにしている。
「なにかあったの、心優」
 実は……。そう伝えると、御園准将もびっくりして席を立ち上がる。
「いいわ。私がいた方が話がまとまるでしょう。一緒に行きましょう」
「有り難うございます、准将」
 ミセス准将から颯爽と准将室を出て行く。心優もその後をついていくが、二人とも足早だった。

 

 ―◆・◆・◆・◆・◆―

 

 知らされた通りに、基地に入る時に通る正面ゲートに到着する。
 海沿いの道にこの基地のいちばん大きな入り口。そこには警備室があり、隊員が二十四時間常駐し、厳しく出入りをチェックする。ゲートの左右に立っている隊員は実弾を込めた銃を持っている緊張感漂う場所だった。
 その警備室にたどり着くと、ゲートの前でその銃を持った隊員数名が、外から訪れた者を差し止めているところだった。
 警備室に詰めている隊員が心優が到着したことに気がついた。というより、ミセス准将が一緒に来てしまって驚いたと言ったところか。
「御園准将、お疲れ様です!」
 警備室にいる隊員全員がギョッとして、誰もが立ち上がってミセスに敬礼をする。
「あれがそうなの」
 准将が尋ねると、警備室にいるいちばん上官であろう中年男性が『さようでございます』と頷いた。
 ライフル銃を肩にかけている警備隊員に囲まれている訪問者を見た准将が、心優の背を押す。
「ほら、いってらっしゃい。まずは貴女でしょう」
「は、はい」
 心優は入場を阻止されている『ふたり』のところへと向かう。
 銃携帯の隊員へと声をかける。
「お疲れ様です。空部大隊の園田です」
 警備隊員の彼等が振り返る。
「お疲れ様です。園田中尉!」
 彼等が敬礼をしてくれたので、心優も敬礼をする。
 そして、差し止められている彼等を見て、心優はギョッとする。初めて会うのに、とんでもなく既視感!
「あの、雅臣さんの……?」
 若い彼等が心優を見ている。
「はい。雅臣叔父の甥です」
「お姉さんが、叔父と結婚する方ですか」
 同じ声、同じ顔、同じ背丈。雅臣のようにとても背丈がある『男の子が二人』! 『双子』!?
「そうです。初めまして、園田心優です。ええっと、あの、真知子お義姉様のところの……息子さん?」
「はい。自分が『雅幸』で、」
「自分が『雅直』です」
 二人も揃って『初めまして、ミユさん』とお辞儀をしてくれた。
 マサユキ君にマサナオ君? 似た名前に同じ顔で心優は混乱。
 しかも雅臣に甥っ子がいることは知らされていたが『やんちゃなのが二人いる。でもまだ子供だから』と聞いているだけで、『こんな大きな子で、双子で、臣さんにそっくり』だなんて聞いていない!!!! 心優はちょっとしたパニックに陥る!
 それでも。心優をじいっと見つめるその目は、心優がよく知っているシャーマナイトの目。ほんと、臣さんが十代の時ってこんなだったのかなと思いたくなる姿。
「どうやって小笠原まで来たの? お母様にはどのように伝えて来たの?」
 実家の話をろくにしてくれない雅臣からは『甥情報』など、やんちゃな子供が二人いるのみでそれ以上は皆無。だが『その子供がどうして今目の前にいるのか』が問題。なのに彼等が悪びれる様子もなく、心優に告げる。
「黙って出てきたんです」
「母がぜんぜん許してくれないから」
 もう失神しそうだった。つまり『浜松から小笠原まで、(がたいはいいけど)未成年の双子が家出』をしてきたということ。
「叔父はどうしているんですか。雷神の指揮をしている城戸の甥ですと言っても、会わせてくれなくて」
 それで警備で揉めていたということらしい。
「ここは基地だから、たとえ家族でも隊員本人との入場か、または家族証がないと『関係申告』だけでは入場できない決まりなの。叔父さんはいま海上にある空母で訓練中だけど、あと少ししたら基地に帰ってくるから」
「それまで入れてもらえないんですか」
「すぐに会えると思ったのに」
 臣さん並の背丈に、臣さんを少年にしたような初々しい顔。でも、なんだか妙に迫力ある体格。それでも、考えていること子供なんだな――と心優はちょっとだけかわいいと思ってしまった。
「まあ、雅臣が新入隊員だったころにそっくり。しかも甥っ子さん、双子だったのねえ!」
 後ろに控えて様子を窺っていた御園准将がやっと近づいてきた。
「後ろで聞いていたけれど。あなた達、浜松のお母様に黙って家出してきたってことなの?」
 母親世代だろう大人の登場に、彼等が口ごもってしまう。
「お母様にすぐに連絡すること。それを約束してくれたら、いますぐ『おばさん』が基地には入れるように手続きしてあげるわよ」
 子供に対する柔らかい態度で接してくれたせいか、彼等がきらっとした眼差しを揃えた。
「ミユさんの上司の方ですか」
「わ、バカ。ナオみろよ。肩章に碇の刺繍……」
「うわ、将軍……様!? 叔父さんの上司さん」
 それなりに海軍のことを知っているようで、御園准将の肩章を確認した彼等が青ざめた。
「そうよー、雅臣叔父さんの上司です。こちらのお姉さんは私を護衛してくれる秘書官をしているのよ。もうすぐあなた達の叔母様になるでしょう」
「すげえ! 聞いたとおり、叔父ちゃんのお嫁さん、マジで将軍の護衛官!」
「え、え、ってことは。上司さんは……、その、元パイロットってことですよね?」
 そうよ――と御園准将が笑うと、また彼等が驚いて後ずさった。いちいち驚いて大袈裟なので、だんだんと心優も笑いたくなってきた。
「ってことは!! もしかして、もしかして、」
「雷神の隊長さん!?」
「そ、そうだけれど――」
 後ずさっていた彼等が揃って『うわあ、マジか!!!』と今度は前のめりになって、御園准将に詰め寄ってきた。逆に准将が唖然として後ずさる始末。
「隊長さん、お願いします。俺達、叔父さんみたいなパイロットになりたいんです」
「ずうっと小笠原の基地に来てみたかったんです。叔父さんが働くところとか戦闘機とか雷神のパイロットとか見てみたかったんです!」
 そこでようやっと、心優も御園准将も飲み込めた。准将がちょっと怒った顔で彼等を冷たく見上げる。
「なるほど。で、家出してきたってわけなの。そうよねえ、夏休みだものねえ……。でもお母様にダメだと言われたのね」
「母は雅臣叔父さんがもうすぐ帰省するから、その時に話を聞けばいいだろうとばかりで」
「そうじゃなくて。俺達は、現場を見たかったんです。叔父さん、ちっとも連絡くれないし、帰ってこないし、一体いつになったら小笠原に行くチャンスがあるのかと思って」
 俺達、来年は高校卒業。だから進路を決めておきたい。パイロットになるために!
 彼等が口を揃えてそう言った。その焦りと母親の反対と、実家とは疎遠になっていた叔父になんとしても会いたくて『家出した』ということらしい。
「わかったわ。来てしまったんだからしかたがないわね。それにしても……浜松から子供だけで小笠原まで……よく来たわね。横須賀基地からの飛行機だと身分証明がいるから、フェリーで来たわね。いいわ、私が許可するからいらっしゃい」
「有り難うございます、准将さん!!」
「有り難うございます、叔父さんのお嫁さん!!」
 二人が元気の良い声を張り上げ、ずいぶんと勢いの良いお辞儀をしてくれる。
 なんだかもう、すでに憎めなくて、心優はミセス准将と顔を見合わせて微笑んでしまっていた。
 准将が一緒に来てくれてやっぱり良かった――と心優は胸を撫で下ろしホッとする。これでなんとかこの子達を雅臣にすぐに会わせることができそうだった。
 御園准将が警備室の責任者へと伝える。
「私の一存ということにしてくださる。必要なものはすぐに園田に揃えさせます」
「かしこまりました。ですが、准将、例外ですよ。たとえ准将でも本来なら許可できないことです」
「わかっているわ。でも、見てよ。どう見ても城戸大佐の親戚でしょう」
 警備室の少佐も双子をみて、ふっと笑い出してしまう。
「おっしゃるとおりですね。城戸の甥ですと言われて、私自身も『似ている』と思ってしまいましたから。ですから雷神室にまず連絡を入れました。ご本人が訓練中で不在とのことで、園田中尉と御園准将が来てくださって助かりました」
「ご苦労様です。後のことは私に任せてくださいませ」
 お願いいたします――警備室の隊員達もどこか微笑ましそうにして、准将に敬礼を揃えてくれた。
「心優、准将室まで彼等を連れていきましょう。雷神も陸に戻る連絡船に乗った頃よ。もうすぐ戻ってくるわ」
「はい、准将。えっと、マサユキ君、マサナオ君、いらっしゃい」
 『はい、お姉さん!』と双子がキラキラとした笑顔になって心優の後をついてくる。
 うわ、基地だよ。基地に入っちゃったよ――と、ものすごいはしゃぎよう。
 彼等がついてくる中、御園准将が心優の隣に並んで、そっと耳元に囁いてくる。
「ほんとう、雅臣にそっくりじゃない。あの体格では、新幹線に乗っていてもフェリーに乗っていても未成年に見えなかったと思うわ」
 確かに――と、心優は笑顔はまだ子供っぽい双子へと振り返る。
 なんとまあ。お猿の甥っ子もまたお猿だと心優も目を瞠るばかり。
「なるほどねえ。パイロットになりたいか……、エースの甥っ子ねえ」
 ミセス准将が急ににっこりと楽しそうに微笑んだ。その笑顔も心優には妙な胸騒ぎだった。

 

 ―◆・◆・◆・◆・◆―

 

 准将室にて冷たい飲み物を出してお猿の双子を休ませる。
 イマドキの高校生らしく、タブレットを持参。それでなんでも調べて来たとのこと。
 航行時間は25時間のフェリー乗船中も、そのタブレットやスマートフォンで暇を潰してきたとか……。
 ひとまず落ち着いた双子をみて、准将が電話の子機をソファーでくつろいでいる彼等の目の前に差し出した。
「約束よ。いますぐお母様に連絡しなさい」
 碇の刺繍の肩章をもつ将軍様との約束を守らねば、この基地から追い出される。この准将室に来るまで、警備隊員から通路ですれ違った隊員の誰もが彼女にへりくだった挨拶をしていたのを目の当たりにしていた双子は畏る眼差しを揃えている。
 でも、その受話器をなかなか手に取らない。
「あなた達が不明になって、警察も動員して大騒ぎになっていたらどうするの」
「一応、メールで『東京に遊びに行くから心配しないで欲しい』と知らせてあります」
「でも、行き先は明確にしなさい。たとえ東京に行っていたのだとしても、どこで寝泊まりしたのか無事にいるのか心配しているに決まっている。それができないなら、准将の私の権限で、横須賀基地に強制送還。お母様に迎えに来てもらうわよ」
 御園准将が部下達に険しく物言いをする時の低い声を響かせた。その威厳が彼等にも伝わったのか、兄の雅幸が受話器を手に取った。
 さあ、浜松のお母さんに連絡――。
 双子が顔をつきあわせ、いやいやダイヤルプッシュ中、『雷神室の城戸です!!!』ともの凄く慌てた大きな声と忙しいノックが聞こえてきた。
 心優がいつものようにドアを開けると、大きな身体の大佐殿があっという間に踏み込んできた。
「ユキ、ナオ!!」
 夏の白シャツ制服に着替えた雅臣がソファーにいる双子を見て、とてつもなく仰天した様子で立ち止まってしまう。言葉も失っている様子だった。
 そうして、ソファーでくつろぐ久しぶりの甥っ子達を見て、指さし震えている。
「ほ、ほんとうに、ユキとナオ……なのか?」
 双子がそろって頷いた。
「というか、おまえ達……、この前会った時って、こんなちんまい子供だったじゃないか」
 雅臣が手のひらを、自分の胸元辺りですかすか振っている。
 心優と御園准将も顔を見合わせる。つまり……。思いついたことを、双子が答えてくれる。
「叔父ちゃんと会わない内に、俺達、けっこう伸びたんだ」
「高校に入ってから特に。俺達が高校生になってからも、一度も会っていないもんな、叔父ちゃん」
 数年会わない間に、成長期の双子はすっかり子供らしさをなくし、叔父さんと対等の体格になってしまったということらしい。
 だから雅臣は変わりすぎた甥っ子にすぐにはピンと来なかったらしい。
 だがそれを認識した雅臣がやっと双子へと駆け寄っていく。
「そうだ! おまえ達、姉ちゃんに内緒で子供だけで来たって本当か! なにやってんだ、このヤロウ!!!」
 二人の前で拳を振りかざしたので、心優はびっくりして飛び上がりる。
「やめて、臣さん!」
 でも、雅臣の拳は心優が駆けつける前に、きちんと双子の真上で留まっていた。それでもその拳を降ろしたそうにして震えている。
「ううーー、くそ。これは、姉ちゃんにやってもらうべきだな……」
 双子も目をつむっていた。がたいはいいけれど、同じ体格の叔父さんの気迫には敵わないようで、二人で抱き合って戦慄いている。
「臣さん。いまからお姉様に連絡するところなの。一緒に連絡してあげて。二人とも、東京に遊びに行くから心配しないでというメールだけ送ってはいるらしいの」
「はあ、もう。おまえ達……、昔っから、こういうやんちゃばかりしやがって」
 小さな頃からお騒がせの双子ということらしく、心優はちょっと冷や汗。これからこの子達が親戚になるのかと……。
「横須賀基地に招待した時も、スワローアクロバット機のコックピットに勝手に隠れていて、いなくなったとスワロー部隊総出で大騒ぎになったこともあるんだ。橘大佐は覚えていると思う」
 なんですって――と、今度は御園准将が呆気にとられて、雅臣のそばへとやっと近づいていく。
「そんなにやんちゃなの」
「ええ、そうなんです……」
「うーん、小笠原まできちゃうくらいだから、そうかもね」
「准将、ご迷惑をかけました。えっと、その心優も……悪かったな」
「いいえ。家出とはいえ、何事もなく小笠原に到着しただけでも良かったと思っていたところです」
 勤務中なのに、中尉ではなく心優と呼ばれ戸惑う。でも、心優も先ほど咄嗟に『臣さん』と叫んでしまった。御園准将の前で、素の心優になってしまいちょっと恥ずかしい。
 改めて、雅臣が双子を見下ろした。怒った顔で。そして双子が持っている受話器を取り上げてしまう。
「叔父ちゃんが浜松に連絡する。ただし、祖母ちゃんの方な」
 双子が『ええ!?』とおののいた。
「叔父ちゃん、なんで祖母ちゃんのほうなんだよ」
「叔父ちゃん。本当に悪かったよ。だから、祖母ちゃんには――」
「だめだ。ここは祖母ちゃんにガツンとやってもらう」
 それだけはやめてくれーーーと、双子が叔父さんに飛びついてきた。
 心優は眉をひそめる。『お母さんより、お祖母ちゃんが怖いの』と。その怖いとかいうお祖母ちゃんは、これから私のお姑さんになる方だよね……と奇妙な気分に。
 そんなでっかい子猿に抱きつかれてもびくともしないオジサンお猿が、構わずにダイヤルプッシュをしてしまう。双子が『あ〜』と気が抜けた声を揃えて、ソファーへとへたりこんだ。
「母さん、雅臣だけれど」
 雅臣が目の前で、お母さんと会話している姿を初めて心優は見る。だからドキドキしてきた。どんなお母様なの?
「ユキとナオ、いなくなったんだろ。ここにいるよ」
『なんだって!!! あの小僧共、東京に行くと言って海を越えていたっていうのかい!』
 雅臣が耳にあてている受話器から、ものすごい豪快な声が響いてきた。心優は青ざめる。
「まあ、こっちも東京っちゃ、東京だけどさ。姉ちゃんにメールだけしているって聞いているんだけど」
『真知子が東京都心まですっとんでいっちまっただろ!』
「うわあ……。姉ちゃんらしいな。都心のどこかわからずにすっ飛んでいったのかよ。まずは捜索するための手段とか見当つけるとか、そこからだろ」
 さすが大佐殿。びっくりすることが起きても、まずはそれをどうするか作戦を立ててから行動するべき――と言いたいらしい。だが、また怒鳴り声が響く。
『んなことできるか。母親の気持ちを考えてみればわかるだろ!』
「わかった、わかった。俺もいま、空母の訓練から帰ってきたら、双子がノーアポイントで基地に入ろうとして警備隊を困らせていたみたいで。心優と葉月さんが出向いてくれて特別に基地に入れてもらえてさ。陸に帰ってきたら、双子を准将室で預かってもらっていると聞いて、もう……仰天していたところだよ」
『なにぃ!? 葉月さんに迷惑かけたってことになるのかい!』
 心優がイメージしていたお母様とまったく異なる。なんとも威勢の良いお母様!? もう心臓がばくばくしているし、やや小刻みに頭を振って否定したくもなってきた。
「は? なにいいだすんだよ。母さんまで! ちょ、待ってくれよ。おい、おい!!」
 そこであの豪快な女性の声が聞こえなくなった。
「はあ? 切られた! くっそ、もういい加減にしろよ」
 雅臣が再度、受話器のボタンをプッシュする。耳に当てて、母親が出るのを待つ。
 だがずっと呼び出し音のまま……。
「嘘だろ。母ちゃんに火がついた」
 雅臣が目を覆って、ふらっとよろめいた。
「叔父ちゃん、どうしたんだよ」
「祖母ちゃんに火がついたって、なに」
 双子もお祖母ちゃんの様子はとても気になるよう。だが叔父さんがさらに困り果てる様子にもびくつている。
「はあ、もう。おまえたちやってくれたな。叔父ちゃんも知らないからな」
「え、え。どうなっちゃったの」
「どうなったの、叔父さん」
 雅臣もがっくり肩を落として、双子に告げた。
「祖母ちゃんが、小笠原まで迎えに来るってよ。おまえ達、覚悟しておけよ」
 叔父さんが伝えたことに、あの双子が真っ青になって震え上がったではないか。
「母ちゃんじゃなくて、祖母ちゃんが」
「嘘だろ。叔父さん、祖母ちゃんを止めてくれよ」
「できるか。おまえ達も知っているだろ。祖母ちゃんに火がつくとどうなるか! その火をおまえ達つけちゃったんだからな」
 そして双子が揃って騒いだ。
「ってことは、祖母ちゃん。アレに乗ってくるのか」
 アレって何? 心優はもうあたふたと城戸家の会話を追うことしかできない。
「ヤバイ、あのでっかいバイクで。アレに乗ったら祖母ちゃんすげえパワーモードの……」
『ゴリライダーがやってきちゃうよ』!?
 双子が言い放ったことに、心優は首を振りたくなる。

でっかいバイクでやってくる『ゴリライダー』と呼ばれる怖いお祖母ちゃんってなんなのよ!??

「はあ、あのお母様を怒らせちゃったんだ」
 准将は知っているふうで、雅臣と甥っ子双子の騒がしさにただ呆れているだけ。
「准将、ほんとうにお騒がせ致しまして申し訳ありません」
「いいんじゃない。この際、お母様に貴方の働く姿を見せたらいいじゃない。私もお母様にお会いしたかったから」
 御園准将はあっさり落ち着いているけれど、心優の心は大騒ぎ。
 えー、浜松で楚々としたご挨拶をして、いいお嫁さんの準備をしていたのに。いきなり明日にはお母様と初対面? しかも『怖いゴリライダーのお姑さん』!?
「まさか、お母様。あの大きなバイクでくるわけ?」
「たぶん。どこかに行くなら、あのバイクですからね」
「でも、雅臣。それでいいの? お母様、長距離だと疲れたりしない?」
「ですが、頭に血が上ったら手がつけられない性分ですので。もう、飛び出しているかも……」
「まあ、どうしましょう。横須賀基地の飛行機を手配しようと思っているけれど、バイクは乗せられないし……、まさかフェリーで来るつもりかしら。二日に一便よ。今日ここに着いたフェリーが明日折り返し東京に帰ってからの、翌日小笠原行き出航乗船でしょう。明後日乗ったら到着はさらに翌日よ」
 一人の母親を既に知ってる者同士、雅臣と御園准将が当たり前のように『お祖母ちゃんライダー』の話をしている。
「あの、雅臣さんのお母様って……。バイクが趣味なの?」
 もう婚約者の心優としてしか話せなくなってしまった。そこで雅臣がちょっと困ったようにして首を傾げ、黒髪をかいて躊躇っている。
「うん、まあ。独身の頃から手放さない人だったみたいだな。俺が小学生の時も、ハーレーダビッドソンに乗って学校行事に来ていたくらいで」
 えー! 臣さんが生まれる前からのライダー歴!? それはそんじょそこらのバイク好きではなさそうと心優は驚きを隠せない。
「それならそうと教えてくれたらいいのに……。どうしてそんな」
 隠していたのよ、そんな恥ずかしそうにするの。驚きはしたけれど、ちょっとイメージとは違うけれど、そうと聞けば心優だってその心構えを整えておけるのに。双子にしても、ライダーママにしても、どうして隠す必要があったの……。そんな心優の不満が膨れてくる。
「雅臣。あなた、心優に話してあげなかったの?」
「いや、ほら……。准将もご存じでしょう。俺の母親のこと。准将だって初めてうちの母を見た時、仰天していたでしょう」
「……それは、ほら、ねえ」
 会ったことがある准将まで、言葉を濁すほど。
 もうそれだけで心優は顔面蒼白な気分。そんな豪快なお姑さんとうまくやっていける? 自信がなくなる。楽しみだった彼の実家訪問が恐ろしくなる。
「ちょっと、雅臣。心優を不安がらせたらだめじゃないの」
「いや、その……。まあ、『変わった母』なので言いにくかったのは確かですが、准将だってわかってくれますよね? 母の性格。見た目はあんなですが、こだわらない性格だから会えばなんとかなると……思っていたんです」
「わかるけど、でも前もっての情報は、お嫁さんになる心優には心構えってものがあるんだから必要じゃない」
 女心わからないの? と准将に言われてしまい、ついに雅臣がお猿の顔で真っ赤になった。
「うー、わかりました。おい、ユキ、ナオ。おまえ達、最近の祖母ちゃんの写真とか画像持っていないか」
「あるよ」
「タブレットに」
 二人が持って来たタブレットから、お祖母ちゃんの画像を探し当てる。それを叔父さんの大佐に差し出した。
 受け取った雅臣が、それを心優に見せた。
「これが俺の母親。変わってるだろ」
 今度は心優がタブレットを受け取り、それを眺める。もうそれだけで、心優は驚き息を止め、目を見開きっぱなしになる。
 そこには、大きなハーレーダビッドソンのバイクにまたがる、黒い革ジャンというハードなファッションの初老女性。心優がとにかく驚いたのは、髪が白金に染められていることと、なんといっても『がたいがいい』!
 心優も思った。さすが、この立派な体格のエースパイロットを産んだ女性だけある。柔道でどっしりがっしり型の女子並、それでそのハードなスタイルに白金髪! 
「この方が、臣さんの、お母様?」
「うん。シンディ=ローパーの大ファンで、好むファッションもそんなかんじ。黒ずくめのレザーファッションばっかりなんで、俺の同級生とかも、双子の友人とかも『ゴリ母ちゃん』と呼ぶほどで、だから双子が『ゴリライダー』て呼んでいる」
 もう心優は言葉を失う。浜松のゴリラ的なライダーお母さん! がっしり体格を見て、心優は雅臣と双子君達を見てしまう。
 この、この遺伝子が、この猿っ子達に引き継がれている!? 言われてみれば、この迫力に妙に大らかそうな雰囲気、ゴリラに似ているかも??
「お母様、相変わらずね。ハーレーを大事に乗っていらっしゃるのね」
「死んだら棺桶にいれてくれという程なんですよ」
 雅臣が口元を曲げて笑う。そして双子達も。
「バイクと一緒に焼いたら、」
「火葬場が爆発するって祖父ちゃんがいつもいうよな」
 双子がアハハと大笑い。
「おまえ達のせいだからな! 祖母ちゃんにぶん殴られる覚悟しておけよ」
 祖母ちゃんが、あのでっかい双子をぶん殴る!? 双子も震え上がっていたが、心優も思わず震えてしまう。
「だから、雅臣。お母様に早く連絡つけて、ハーレーでフェリーに乗ると、到着が三日後の正午になってしまうから、時間短縮で今日中に横須賀基地に来るように伝えなさいよ」
「無理ですよ。あの人が横須賀基地にハーレーを放って飛行機に乗るわけないじゃないですか」
「ああ、もう……」
 准将まで頭を抱えて、大きな溜め息。
 というか。お姑さんがこの島に来ちゃう。あの官舎に来るってこと? いやー、なんの準備もできないじゃない!!
 もう心優は言葉を発することもできず、とにかくパニック。
「ひさびさにガツンとした母さん来た〜」
 雅臣もゲンナリしていた。
 お猿ファミリー、まさかの小笠原に集合。しかもボスは『ゴリ母ちゃん』?

 

 

 

 

Update/2016.6.13
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