◇・◇ お許しください、大佐殿 ◇・◇

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 EX2. ドーリーちゃん、よろしくね(3)

 

「お母様、いらっしゃいませ」
 心優から笑顔で近づく。そうして、雅臣の隣に並んだ。
「心優さん、ですか」
「はい。初めまして、園田心優です。本日は遠いところ、こちらまで来てくださって有り難うございます」
 綺麗にお辞儀をした。だが、ゴリ母さんはなにも言わない。頭を下げている内に、溜め息が聞こえてきて心優はドキリとした。
「とんでもない。双子が急に訪ねてきて、ご迷惑をおかけしました。そして、雅臣が世話になっております」
 優しい声のご挨拶。がたいはいいけど、丁寧に頭を下げてくれ、心優の方が恐縮してしまう。
 そこで、二人一緒に頭を上げて、ゴリ母さんも心優もびっくりしてしまう。
 目線が同じ高さだったのだ。心優とほぼ同じ身長――。
「うわあ、私とおなじぐらいの子なんて、ひさしぶりだね」
「お、恐れ入ります……」
 目の前でにっこり微笑んだゴリ母さんは、雅臣のお猿笑顔にそっくりだった。
 太めの眉にきらっとした大きな目。お母さんもシャーマナイトの瞳。臣さんによく似ているという感動!
「あ、お母様。荷物、お持ち致します。御園が待っておりますから、ご案内させて頂きます」
 心優は荷物をとろうとしたのだが、サッと手を引かれてしまった。また心優はドッキリとする。しかもちょっと怖い顔になっているから、ゾクッとした。
「雅臣。あんたの方が元秘書官で先輩なんだろう。心優さんが先に気遣うってどういうことなんだよ。おまえが持ちな」
 ちょっとドスが効いた声は、電話で怒鳴り散らしていたゴリ母さんの声だった。そして雅臣がゲンナリした顔になっている。
「はいはい、そうでした。気が利かない息子でした」
「まったく。どうしてお嫁さんが気遣うようなことばっかりさせて、男って呑気だねえ。許さないよ」
 また雅臣がはいはいといいながら、ようやっと母親の荷物を手に取った。
 さすがのエースソニックも、母親には敵わない。そんなシーンを目撃してしまった滑走路警備隊の隊員がちょっと笑っているのを心優は見てしまう。
 雅臣もバツが悪そうだった。
「急な旅になったはずなのに。そんな格好、よく準備できたな」
 雅臣が母親のきちんとした服装を見て溜め息ばかりこぼしている。
「これぐらい持ってるよ」
「嘘だろ……。そんな服を持っていた記憶がない。俺達の卒業式だって白シャツに黒パンツだけって感じだっただろ」
「う、うるさいな。持っていただろ、ずうっと前から」
 雅臣が黙ってしまう。ゴリ母さんもなんだかうろたえたような返答だった。
 以前から、こんなふうにきちんとした格好をする母親だったんだと言いたそうだった。
 そんな母親に気がついたのか、雅臣が言ってしまう。
「心優には、母さんがハーレーダビッドソンにまたがっている姿を見せたよ。双子が画像を持っていたから」
「え!?」
 お母さんがびっくりして飛び上がり、恥ずかしそうにして親子の後ろへと控えていた心優へと振り返った。
 またゴリ母さんと目があって、心優は微笑む。
「びっくりしました。お母様がバイク一筋だとお聞きして。今日もハーレーに乗ってこられるお母様を見たかったです」
「いや、そ、そうか。そうなんだ……。ばれちゃっていたんだ。というか、髪も心優さんが来る頃には黒くする予定だったんだけれどさ」
 心優だけじゃない。本当にゴリ母さんも『普通のいいお母さん』の心構えの準備をしてくれていた。もしかすると心優はライダーママだと知らないまま、黒髪のシックな落ち着いたお母さんに会うだけで安心して終わっていたかもしれない。
「ハーレーダビッドソン、今度、見せてくださいね」
 いつものお母さんを見てみたい。そんなつもりの一言だった。でも、ゴリ母さんはちょっと困ったように微笑み返しただけだで、その躊躇いが心優には気になる。
 雅臣もそんな母親を見て、どこか哀しそうな顔をしている。『嫌な思い出』が蘇ったのだろうか。そこまで気遣う母親を見ていられないようだった。
 だが突然。シックで落ち着いているゴリ母さんが、この部屋から基地内の廊下へ出るドアを見て『みつけたぞ!』と大声を張り上げた。
「あんなところでコソコソしやがって!」
 どうしたのかと心優と雅臣はそちらを見ると、ドアの外に双子がいる。こっちをちらちらを覗いては隠れたりしていた。
 心優と雅臣は揃って驚き顔を見合わせた。何故なら『ゴリ母さんと双子の対面は、仲裁ができる御園准将の目の前で』というこちら側の計画だったからだ。
 なのに双子ちゃん達、どうして、葉月さんと一緒のはずなのに、こっちにきちゃったの!?
「准将室で待っていろと言ったのに!」
 双子を見つけた雅臣が慌てている。と思った途端だった。
「こんの、小僧ども、こっちに来い!!!」
 ゴリ母さんが、なりふりかまわずに滑走路入場チェック室の出口へとすっ飛んでいった。
「ま、まずい。母さん火がついた! 止めないと……」
 雅臣も母親を追いかけていく、心優はただあたふたとして、どうしていいかわからず雅臣が落としていったゴリ母さんの荷物を拾い上げるだけ。
 ドアをバンと大きな手で開けて豪快に出て行ったゴリ母さんが『待ちやがれーーー!!』と叫び、『うわー、ごめんなさい』と騒がしく逃げる双子を追いかける。『こらー』『うぎゃー』という声が徐々に遠ざかっていく。
 雅臣も『待て、勝手に基地の中を走り回るな』と追いかけていってしまった。
 心優はただ呆然と立ちつくすだけ……。
 背中からは警備隊の若い隊員達がくすくすと笑う声。
「園田中尉。いまのが昼から噂になっている城戸大佐の双子の甥っ子さんなんですか」
 興味津々の彼等から話しかけてくる。
「はい。そうなんです……」
 心優も苦笑い。心優は既に方々で質問攻めにあっていた。『城戸大佐にそっくりな双子の甥っ子さんが訪ねてきたって本当ですか』とか『そんなにそっくり?』とかいろいろ。すでに『噂』になっていた。
「最終便も終わったので、そろそろこのゲートと待合室を閉めます。よろしいですか」
 横須賀基地からの訪問者受け入れはいまの便で最後。訪問者用のこの部屋は施錠され、滑走路警備室に隊員が詰めるだけになる。
 だから心優も「はい。ご苦労様です。それでは、失礼致します」――と、最後の一人として出て行こうとしたのだが。
「うわーー、祖母ちゃん。ごめん!!」
「そんなに怒るなよ!!」
 双子がこの部屋に逆戻りで飛び込んできた。しかも大きな身体の男の子が二人、猛スピードで脇目もふらず、ただただお祖母ちゃんに捕まりたくないがために、心優の目の前もすっ飛んで通り過ぎる。
 そこで心優はハッとする!
「だめ! そっちに行ったら……だめ!!」
 手を伸ばして叫んだが、既に業務終了にて気を抜いていた警備隊員の目の前も通り過ぎる。
「うわ! ま、待ちなさい!!」
「だめだ、止まりなさい。そこから外に出てはいけない!!」
 先ほどくすりと微笑ましそうに見送ってくれていた警備隊の青年二人をふりきって、双子がドアを開けて滑走路へ!!
 心優はびっくりを通り越して、『嘘でしょ!』と愕然とする。警備隊員を押しのけて、一般人が勝手に出てはならない『エリア』へと飛び出して行ってしまった! これは重大なる『規則違反』!!
 滑走路に侵入者あり! チェックゲート待合室と隣接している滑走路警備室からそんな警報の声。銃を携帯した隊員が外に飛び出していく。
 えーー、どうしよう! だからこんなことにならないように、准将が見ていてくれたんじゃないの!? いや、それどころじゃない。あの子達を呼び戻さないと!!
「心優! ユキとナオは!」
 雅臣も息も絶え絶えこのチェック室に戻ってきた。
「どうしよう臣さん。あの子達、滑走路に飛び出して行っちゃったの。いま警備隊が滑走路へ追いかけていったところ!」
「はあ!? なんだって!!」
 雅臣が気絶しそうにしてふらつき、青ざめた顔になる。
「雅臣。あそこから出て行ってしまったらどうなるんだい」
 追いかけていたゴリ母さんも青ざめている。
「警備隊がいるところは、警備隊が絶対なんだよ。そこを振りきっただけでも……」
 この基地の出入り禁止になる。雅臣がそう言おうとして言葉を濁した。家族が出入り禁止になってしまったら、隊員としてこれほど不名誉なことはない。
「わかった。母さんが責任を取る。雅臣、そこにいな」
「やめてくれ! 母さんもそこから一歩でも出たら、出入り禁止だ!」
 やっと雅臣がその一言を告げた。
「出入り禁止? つまり双子はこの基地では許されない存在になるのかい」
「そ、そう……だよ」
「あの子達、おまえのようなパイロット志望なんだろ!」
 いまので隊員としての入隊が認められなくなるかもしれない。そうなると双子の夢がここで壊れることになる。
 だがその前に、心優はもっと気になることが。
「臣さん、それより。横須賀基地の定期便が着陸した後は、本日最後の輸送機が岩国基地から来るでしょう。もうすぐ着陸時間だったでしょ」
「そ、そうだ。滑走路に障害があると……。今度は、管制と輸送機隊に迷惑が……」
 俺が行く! 雅臣が警備隊がいない状態で飛び出そうとする。だが心優はそれも止めた。たとえ大佐でも警備隊の許可なしに出入りをしては、処分は免れない。
「止めるな、心優! これ以上、基地の各部署に迷惑はかけられない。俺の責任だ。それよりも、双子が輸送機の着陸に巻き込まれたら……」
「なんだって!」
 それを聞いたゴリ母さんが、今度は真っ先に飛び出そうとする。
「待ってください!!」
 大きな身体で走り出したゴリ母さんの前に、心優は立ちふさがる。ラグビーでどんと体当たりをされたようにして、心優はその大きなお母さんの身体をがっしりと受け止めていた。
「心優さん、いかせてくれ!」
「だめです。母親が出入り禁止になる雅臣さんの気持ちも考えてください。ここでは大佐です。しかもこれから空母で大事な役職で任務に出るんです!」
 処分になったら、そこで雅臣さんの指揮官としての道がふさがれます!
 そう叫んだ心優の言葉で、やっとお母さんが前に行く力を緩めてくれた。
「わたしが行きます」
 心優はそう言いきって、お母さんを雅臣の方へと押しのけた。
「やめろ、心優! おまえだって准将に迷惑がかかるんだぞ!」
「いいの。わたしは。でも臣さんは雷神に必要だし、准将にも必要な部下なの。わたしよりも!」
 自分よりも、雅臣が処分される方が空部隊には大損失。その覚悟で心優はチェックゲートのドアを開けようとする。
「待ちなさい、心優! そこから一歩も外に出ては駄目よ!」
 その声に。心優が踏みだそうとした一歩が止まる。
 振り返ると、待合室出口のドアを開けた御園准将が立っていた。
 彼女も息を切らして、ラングラー中佐と一緒だった。
「私が行くわ。私の責任だから」
 双子をこんな状態にしたのは、目を離した自分だと言いたそうだった。
「テッド。副連隊長に連絡して。いますぐに! まだいるはずだから」
「イエス、マム」
 ラングラー中佐が隣接している警備室へと入っていく。ガラス扉の向こう、警備事務デスクの内線電話を手に取っていた。
「雅臣も心配しないでいいわよ。私がちょっと目を離したのがいけなかったの」
「准将、申し訳ありません!!」
 雅臣が深々と頭を下げる。そしてゴリ母さんも。
「ほんとうにほんとうに申し訳ありません。私が双子をみつけていきなり追いかけたのがいけなかったのです。御園准将、どうぞ、どうぞ、息子だけは――」
 久しぶりの対面を楽しみにして待っていたのに。そんな御園准将も哀しそうな顔で、ゴリ母さんの下げた頭だけを見下ろしている。
「いいえ。こうなるだろうと思っていたから、双子ちゃんはお迎えにはいかないようにさせたのに。ほんとうに、預かると言いだした私の不手際です。そこでお待ちください。何があっても、絶対にゲートから外にはでないでくださいね」
 准将にここまで言われたら、もう何も言えないだろう。雅臣もゴリ母さんも頷いた。
 ただ、御園准将は心優にだけ言った。
「園田。私の護衛としてついてきなさい」
「はい。准将!」
 ミセス准将の威厳で響く声。颯爽とゲートを開けた彼女の後をついていく。
 だが双子はすでに、警備のお兄さんおじさん達に確保され、こちらに連れられてくるところ。
 彼等もミセス准将に気がついた。
 警備隊の責任者だろう大尉が、そのままミセス准将の前にやってくる。
 さすがに彼等も厳しい面持ちだった。
「どういうことでしょうか。御園准将」
「わかっています。私の不手際です」
「形式どおり、上に報告致します。特例なしです。この子達、基地に入れる時も准将の一存で入場させたと報告を聞いておりますので」
「その通りです」
 准将はなにもいわなかった。
 双子はすでにしゅんとしている。うっかりというところなのだろうか。事の重大さにやっと気がついたようだった。
「あなたたち、『ファイターパイロット』になりたかったんじゃないの。いまのようなことをするとね、基地には適さない人間として家族であっても出入り禁止。これから入隊試験だって不適合として合格させてもらえなくなるのよ。それとも民間機のパイロットになるのならば、望みはあるでしょうけれど。叔父さんのようなエースパイロットになるのは無理ね」
 それを聞いただけで、双子達が青ざめた。しかも、図体がデカイのに、子供のようにメソメソ泣き始める。しかも二人揃って。
「し、知らなかったんです……」
「もう二度と勝手なことしません」
「どうして、私の目を盗んでここに来たの」
 双子はしばらく黙っていたが、凍った恐ろしい准将の眼差しに負けたのか素直に呟く。
「ゴリ祖母ちゃんと、お嫁さんの心優さんが初対面するから」
「祖母ちゃんもどんな顔をするか、見てみたかっただけなんです……」
 それもまた。子供らしい興味に発想。さすがの准将も呆れかえった顔で、大きな溜め息をついた。
「言ったわよね。ここの決まりを守らないと強制送還させるわよと。今回はそれを覚悟してもらうわよ」
 泣きながら、双子も覚悟を決めたようで、素直に頷いた。ここまでしたら、もう言うことを聞くということらしい。
 なんだか心優も涙ぐんでしまう。ここはほんとうに厳しくしなくてはいけないのに。双子がまだまだ小さな子供みたいで……。
 それは警備隊も同じなのか。ここは厳粛にせねばならないところだが、そこまで子供に泣かれると――というお兄さんやお父さんのような気持ちになっているようで。
 それを見て、心優は思った。この子達も臣さんとおなじ天性があるような気がする? 人の気持ちを一気にさらってしまう、おおらかなお猿さん天性というべきか?
「准将。中に入りましょう」
 警備隊大尉からそう笑顔で言ってくれた。
「ご迷惑、おかけしました。いま、副連隊長を呼んでおりますので、海野准将に判断して頂こうと思います」
 この基地のトップ2が来ると知り、警備隊の彼等も驚いた顔をした。

 

 ―◆・◆・◆・◆・◆―

 

 間もなくして、この基地の副連隊長『海野達也准将』が、側近の柏木中佐を伴って滑走路警備室に姿を現す。
 艶やかな黒髪のハンサムな細身の男性。それでも元フロリダ海兵隊で狙撃の名手。そして、ミセス准将の家族のような人であって、同期生で未だにライバルという人。
 滅多に会うことがないが、その凛々しくも艶っぽい眼差しの男性が、それでも険しい目つきでやってきた。
「なんの騒ぎだ」
 副連隊長の声に、そこで待機していた一同が立ち上がる。
 警備隊の大尉も、滑走路への進入を許してしまった青年隊員も。
 双子はまだメソメソしていた。ゴリ母さんはもう顔向けができないのかうつむいてばかり。
 まずは警備大尉が『お疲れ様です!』と敬礼をする。それに習って、部下の青年達も恐れおののいた様子で敬礼をした。
「こちらの少年二名が許可無くゲートの外に出てしまい、なおかつ、滑走路上を走行したため、警備にて確保致しました」
 海野准将がその双子をみおろす。
「へえ。今日、噂になっていた『ソニックの甥っ子』ってことか。確か、どこかの自分勝手なお嬢さんが、いつものように自分の言うことなら絶対に大丈夫と過信して、特別入場許可をしてしまったらしいじゃないか」
 そもそもライバル同士という同期生。顔をつきあわせれば、じゃじゃ馬ポニーとか無駄吠え犬と、年甲斐もなく言い合いをする准将同士のふたり。
 ただ、昔はミセスの部下だっただろう海野准将も、いまは若干上の立場の副連隊長。そこはミセス准将も正式となると頭が上がらない状態になってしまう。
「さようでございます。海野准将。わたくしが、勝手にいたしました」
「それで。御園准将は、この事態をどう受け止めるのか。説明して欲しい」
 いつもは負けたくないライバルなのに。そこはさすがに御園准将も口惜しそうにして。でも、逆らえるわけはないと口を開いた。
「強制送還が妥当だと……思っております」
 歯切れ悪い返答だったが、それでもミセス准将自身から言い放った一言に、警備隊の彼等がギョッとしていた。
 未成年のうっかりにも容赦なし。それは警備隊の彼等もわかっているのに、そうすべきなのに。でも未成年のうっかりだからミセスならなんとかしてくれると思っていたのだろう。
「そうだな。俺もそう思う。ミセス准将らしい決断で安心した。入場許可をしたミセスの責任も覚悟の上ということだな」
 最終決断の権限を握っている副連隊長の一言を聞かされた途端だった。
「申し訳ありません!」
 黒いスーツ姿のゴリ母さんが、海野准将の目の前で土下座の姿をみせた。
「本日、息子に招かれてやってきました。城戸アサ子と申します。城戸雅臣の母でございます」
 海野准将も戸惑ったまま、雅臣へと視線をむけてきた。雅臣も深く頭を下げるから、心優も一緒に頭を下げた。
「すべては、孫の素質をわかっていながら、到着するなり落ち着かずに追いかけてしまった私の責任なのです! 孫達は図体は大きいのですが、まだ子供です。子供がしたことだとご容赦願います。子供にそうさせた、保護者である私の責任です。葉月さん、いえ、御園准将にはなんの落ち度もないのです! このまま双子を本島に連れて帰ります。ご迷惑は二度とかけません。私自身が出入り禁止になっても構いません。ですから基地のどなたも悪くはないのでお願い致します!」
「お母様、わかりました。ですが審議は必要となります。そこは軍の判断になります」
 だがその母親の隣に、今度は雅臣が飛び込んでいく。雅臣も土下座をして、床に額をこすりつける。
「副連隊長! ほんとうに申し訳ありません。母も甥も基地になれておらず、また、自分も家族に説明不足でした。軍の判断は甘んじて受けます。ですが、御園准将への処分は筋違いです。これは私の家族のことです。家族である自分へ処分をお願いします!」
 それを見てしまったら、心優もおなじく。雅臣の隣へと土下座をして、一緒に頭を下げた。
「いや、ちょっと待て。城戸大佐の家族のことだが、双子の面倒を見ていたのは葉月だったと聞いているだから、責任は」
 家族揃っての土下座に、今度は海野准将の方が狼狽えている。いつもの凛々しい余裕ある男前の顔ではなくなっている。
「副連隊長さん、ごめんなさい。ほんとうに二度と二度と勝手な行動はしません!」
「俺達、強制送還になってもいいです。だから、御園隊長や雅臣叔父や心優さんに迷惑かからないようにしてください!」
 双子まで、お祖母ちゃんの隣に並んで土下座をして頭を下げる始末。
「そうだな。迷惑をかけたのをわかっているなら。だがここはおじさんの一存だけでは許されない事態だ。明日、連隊長に報告し、各部署責任者と話し合った上での結論となるから……」
 海野准将の声もやや迷いが出てきたように心優には思えた。
「私からもお願い致します」
 最後、御園准将が前に出た。ゴリ母さんの前に立ち、そこにあのミセス准将が絶対に頭を下げたくないだろう同期生の目の前、冷たい床に跪いた。
 後ろに控えている警備隊の誰もが『嘘だろ』と声を漏らしたほど。
 御園准将が、ライバルである海野准将の目の前で土下座をする。床に額をつけて――。決して、下の隊員には見られたくないだろうし、決してやりたくない姿だと心優も驚く。
「正当な処分を私が受けます。ですので、将来あるパイロット志望の少年がしたことはお許しください。お母様も小笠原基地には初めて来られました。私自身がお迎えをするべきでした。お母様はとにかく私に迷惑をかけたくない、これ以上息子である城戸大佐の負担にはなりたくない一心で、即日来てくださったんです。一般市民の方々です。厳しくされるべきは、基地を管理する側である准将のわたくしでございます」
 海野准将の革靴のつま先。そのすぐ前で御園准将が額をくっつけている。さすがに、海野准将も狼狽えていた。やめろ、おまえのそんな姿みたくねえ――とでも吼えそうな顔をしている。でも抑えている。
 そこへ警備隊の大尉も前に出てきた。
「副連隊長。ゲートから外に出したことは、私どもにも落ち度があります。本来なら絶対にあってはならないことを起こしてしまいました。若い彼等は最終便で業務が終わったという気の緩みもあったと思います」
 これでは、若い彼等が責められてしまう。一緒にそこにいた心優が今度は焦る。
「副連隊長。ゲートを守っていた警備隊員のおふたりは、最後の一人だったわたしの退室をきちんと促し、施錠をすることろでした。その一瞬の隙でした。彼等の警備に不備はありませんでした」
 心優がかばったせいか。今度は若い彼等まで――。
「いいえ、副連隊長。大尉が言うとおりに、施錠すれば業務が終わると気が抜けていたのです」
「警備隊として、ゲートを突破させてしまったのは、我々の不徳といたすところ!」
 海野副連隊長を目の前にして、そこにいる誰もが頭を下げるという状態になった。
 最後に、ラングラー中佐も。御園准将の側に跪いて、海野准将を見上げた。
「御園准将が双子から目を離すことになったのは私のせいでござます。御園准将に確認してほしいことがありましたが部外者に聞かれたくない内容だったため、隊長室続きの秘書室までお願いしました。ドア付近でほんの一言二言交わしただけ、准将がお部屋に戻った時にはもう……」

「あ〜〜 もうーー。わかった!!! 俺が何とかする!!」

 海野准将の声が響き渡る。そして誰もが笑顔で頭を上げた。
 だがゴリ母さんと御園准将だけは頭を床にひっつけたまま。
 そんな足下にいる栗毛の彼女へと、海野准将が指さす。
「ずるいぞ、葉月! おまえがそんなことするからだ!」
 威厳ある副連隊長の顔をしていたのに。心優も知っている『ライバルのワンコさん』の声になっている。
 しかも、心優はそっと床の目線から御園准将を見ると……。彼女が床に顔を伏せたままニヤッとほくそ笑んでいるのを見てしまう。
 うわー、さすが葉月さん! 同期生を手玉に取った瞬間を見てしまった気分だった。
「それでも連隊長には報告する。あとは俺と連隊長との間で判断させてもらう。それでいいな」
「ありがとうございます。海野副連隊長。感謝致します」
 神妙に土下座をするミセスを見て、海野准将が顔をしかめる。
「うえー、おまえにそんな言い方されたことないから、きもちワル! きもちワル! どうしていまここに兄さんがいないんだよ」
「夫はもう帰宅しております」
「こういう時にいないだなんて。そっか、だから俺に連絡してきたな。このクレイジーポニー!」
「恐れ入ります。副連隊長殿」
 どうあってもへりくだりっぱなしのライバルのそんな姿がたまらないのか『もう帰る』と言いだした。
「お母様、せっかく小笠原まで来られたのですから、ゆっくりしてください。お孫さんのこともお母様のことも、私がなんとかいたします」
 副連隊長自らの言葉に、やっとゴリ母さんも顔を上げた。
「ありがとうございます! 副連隊長様!」
「いえ。……自分もソニックのお母様にはお会いしたかったので。後日、御園を通して改めてご挨拶させてください」
 そういって海野准将は、最後にミセス准将をちらっと睨んでから警備室を出て行った。
 やっと御園准将が顔を上げる。
「はあ〜。なんとか審問調査沙汰にならないようね、ほっとした〜」
 あのミセス准将が気の抜けた顔。審問調査となると、各所の権限を持った責任者からさまざまな取り調べをされ、今回の不備の判断により処分処遇が決まることになる。
 それこそが経歴に傷を付けるというもの。御園准将はそれをさっと瞬時に、海野連隊長を利用してまで、『内輪沙汰』で収めようとしてくれたのだ。
 その素早さに気がついた心優は、ひさしぶりの神懸かりに絶句する。
 それは警備隊もおなじくだったようで、しばし呆然としていた。だが、警備隊大尉もほっとひと息。
「准将。お見事でございました。これで我々も正式な報告として上に上げずにすみます。そして若い彼等の不備も救って頂きました。お礼を申し上げます」
 まだ土下座スタイルで気の抜けた顔をしているミセスの側へと、大尉が跪き頭を下げた。それに合わせ、ゲートを突破させてしまった若い警備隊の彼等も上官の大尉の後ろで跪き、准将に頭を下げた。
「やめて。かえってお詫びをしたいぐらいよ。あなた達に負担をかけました。ですから、これぐらいさせてください」
 ミセス准将もそこでやっと立ち上がる。なのに、そこで警備大尉がくすっと笑いをこぼした。
「これぐらい……ですか? 『葉月さん』が『達也さん』に頭を下げるだなんて、前代未聞ではないですか。そこまでしてくださったお礼なのです」
「別に。海野も、私が心より頭を下げたなんて思っていないわよ。きもちワルって言っていたでしょう」
「その姿を私達に示してくださったお気持ち、忘れません。海野准将に預けました。本日はこのままお引き取りくださって大丈夫でございます。お疲れ様でした、准将」
「ありがとう。あなた達も、ご苦労様でした。今夜も寝ずの警備、お疲れ様です。お願い致します」
 准将と警備隊での話がまとまる。
 雅臣はもう何も言えない状態になっていた。顔向けができない。心優はちょっと心配になる。せっかく葉月さんに遠慮しない関係ができあがっていたのに。これではまた自分の家族が迷惑をかけたからと遠慮するようになってしまったら元も子もない。
 それでも、御園准将はもう笑顔で、後ろでまだ座り込んでいるゴリ母さんに向きあった。
「お母様。またお会いできて嬉しいです。ほんとうに会いたかったんです。いらっしゃいませ」
 床についたままのその手を、ミセス准将がそっと掴む。
「葉月さん、ほんとうにこんなことになってしまって――」
「お母様のDNAは素晴らしいのですよ。私、このまえこてんぱんにやられましたし……。将来性も抜群ですもの。そのためなら、なんだって」
 ゴリ母さんのDNAのおかげで、エースパイロットが誕生した。そのソニックがティンクと対決して対等になった。そして頼りがいある後継者になりつつある。その将来性……と聞こえる。
 でも心優はもう感じていた。『双子の将来性を守るために、土下座までしたんだ』と。
 ミセス准将はもう、双子の才能を気にしている。

 

 

 

 

Update/2016.6.19
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