その人が『シド』の、現在のお父様。
彼と同じく綺麗な金髪に、青い目。でもこちらの目は生粋のサファイアみたいな青……。そこは違う。
でも並んだらきっと父子に見えてしまうだろう。
それ以上に、その人がそこにいるだけでなんだか光がキラキラして見える存在感に心優は茫然とするだけ。
「兄様、どうなさったの」
ミセス准将がやっとソファーから立ち上がった。
スーツ姿でも麗しいその男性がにんまりと、ミセスを見下ろす。
「どうなさったの? ここに葉月と高須賀君が会しているだけでも『大変なこと』と言えるだろう?」
アメリカンらしいオーバーなリアクション、両手を広げて、『ああ、なんてことが起きているんだ』とまるで劇団員風に哀しそうなする金髪の大将殿。今度の心優は唖然とする。すっごいクールな方だと思っていたけれど、違うみたい?
グレースーツの金髪大将にも、わざわざ護衛でついてきたらしい黒いスーツのアメリカ人男性が二名付き添っていて、こちらは無言のまま……。ドアの前でじっと控えている。それでもすごい威圧感。心優の背にはひやりとしたものを感じる。これが本物の護衛秘書官? 大将を常に護るために付き添っているに違いない。
「フランク大将、お久しぶりでございます。フロリダに異動されて以降でございますね」
高須賀准将もどこか畏れた様子で、恐る恐る挨拶。
「先日は大変だったな。だが、的確な対応に撤退、見事だった。ご苦労様」
そこは軍人らしい凛々しさで、フランク大将が高須賀准将を労った。
「こちらが現場で大陸国の飛行隊に対応した、空海飛行隊長の日向です」
高須賀准将の紹介に、日向中佐はもう緊張で硬直してフランク大将に敬礼をするだけ。
「日向中佐、口惜しかっただろうが、際どい攻撃にもよく耐えてくれた。最前線での防衛、感謝する」
「有り難うございます! フランク大将!」
軍人らしいビシッとした敬礼に張り上げる声。そこに、大将直々に労えてもらえた誇りが窺えた。
なのに、フランク大将はまたすぐに、にんまりとしたお兄さんの顔に。
「はい! ここで、お嬢ちゃんに質問。どうしてお兄さんがわざわざ私服で来ちゃったのでしょう!」
ビシッと指さされた御園准将が『はあ?』と面倒くさそうなお嬢ちゃんの顔に崩れた。
「兄様が動くとろくなことがありません」
返答にならないけれど、はっきりと言い返した御園准将に、大将殿に畏れている高須賀准将と日向中佐が『そんな言い返しするのか』とぎょっとしていた。
「ろくなことがないって。おまえが動く方がよっぽどろくなことがない。これまでお兄ちゃまがどれだけ骨折ってサポートしてきたことか」
やれやれという動きまでわざとらしいうえに、御園准将が『なんですって』と頬を赤くしたのでこれまたびっくり。またもやお嬢ちゃまにしちゃう、しかも激しく強敵なお兄様が来ちゃったということらしい。
「どれ、どれ。どうせ、高須賀君のところの空海を借りて雷神の対戦相手として出航までに訓練をしたいが、どうしてもそれがままならない――なんてところだろう。このクソ時間がない時に、また上層部でもめてる暇あるなら俺がやる」
え、そのためだけに来てくれたの? 心優はさらに唖然とした。正式に動くのが難しいならプライベートのふりして移動しちゃおうと思って来たってこと?? こんな将軍様初めて見た――という驚きだった。
「葉月。テッドを呼んでこい。そこの大隊本部からは、クリストファーと木田だな。いまのスクランブル待機のローテーションがわかるものを持ってこい」
グレーのスーツ姿の金髪男性。それまできらきらのハンサムな微笑みを見せていたが、急に険しい表情になる。
ざっとジャケットを脱ぐと、岩国の准将と御園准将を左右に見渡せる単体のソファーにどっかりと座った。
大将殿の突然の到着にまだ戸惑っている高須賀准将に日向中佐、そして御園准将までもが茫然としている状態。
「どうした、葉月。西方の攻撃を受けた飛行隊に対応してもらわなければ意味がないと思っているのなら、すぐに動け」
「は、はい……。フランク大将」
あのミセス准将が目線一つで慌てて動き出すほど。
「心優、テッドを呼んできて、そして福留さんにもコーヒーを淹れてもらって。大将はブラックで結構よ。光太、大隊本部に行ってダグラス中佐と木田少佐を。いま大将が望まれたとおりのものを準備して来るように伝えて、至急よ」
「イエス、マム!」
心優と光太もすぐに動き出す。
「あの、兄様。細川のお兄様のところには行かれなかったのですか」
「うん。あそこにいくと挨拶が長引きそうで面倒だからすぐに来た」
「あいかわらず、唐突ですこと」
だがフランク大将はそこで呑気そうな妹分を睨んだ。
「俺がこの基地から長年護ってきた日本の領海と領空。それが荒らされて黙っていると思ったのか。フロリダでどれだけ煮えくりかえっていたか」
青い目からの冷たい視線。怒りで震えている唇を見て、だからこの人が若くしてこの基地を司っていたことも、いまフロリダで大将殿であることもわかる威厳を放ち始めた。
でも御園准将は見慣れているのか、もう落ち着いている。
「艦長を務めるわたくしの力至らず、申し訳ありません」
ミセス准将がそう頭を下げると、高須賀准将も『自分も同じです』と頭を下げる。
「いや。強引なお国柄に対抗するため、保守的な先輩方からのプレッシャーを押しのけて、葉月も高須賀君もここ数年よくやってくれているとフロリダで安心していた。だが、もうそれも限界かもな」
『痛み入ります』と准将二人が揃って頭を下げる。
「だからとて、大将の兄様がこんな軽く動かれては、後々問題になるのではないですか」
「は? 俺はお墓参りに来たんだよ。なんのことだよ」
『はい?』と、御園准将と高須賀准将が一緒に面食らった。もうそれだけでもあり得ない光景で、心優も目を瞠るばかり。
「妻の美穂は、旧姓は『細川』。正義の父親である元中将の細川良和おじさんの親戚で、おじさんの紹介で見合いして結婚したんだからさ。細川とは親戚。だからおなじ敷地内におじさんの家、俺の家と暮らしてきたんだから。フロリダに行ってからは日本もご無沙汰。その妻のご先祖様に『日本が護られますように』とお参りしておかなくちゃと思ってきたんだからさー」
そうだった。フランク家と細川家はそう言う意味で親類だった。だからシドは正義さんのところに預けられたのも道理。だから『久しぶりのお墓参りにプライベートで来たんだから、仕事は関係ないよ』といいのける大将だが、それはもちろん『建前』だと心優にもわかる。
「そのついでにさあ、妻の従弟である正義に会いに来るのぐらい、親戚として当たり前だろう〜。先輩としてちょとアドバイスだよ、アドバイス。で、正義がいろいろ『アドバイス通りに』動いちゃっても、俺、仕事できていないから知らないしー」
「もう……、兄様らしくて……」
なんだか頭が痛くなってきたと、あのミセス准将が額を押さえてうなだれる始末。
「美穂もあとでおまえに会いたいと言っていた」
「え! 姉様もいらしているの!?」
「おう、一緒に日本に行こうと言ったらよろこんでなー。いま細川のおじさんのところに顔を見せに行っているから、あとで来るだろう」
「ほんとうに『お墓参りで帰省』の形にしてきたのね!」
お姉様に会えるとわかった途端、御園准将が明るい笑顔になる。そんなミセスの笑顔、ほとんど見られないだろうから心優もびっくり。そのお姉様のこと大好きなんだなと心優にもわかったし、もう高須賀准将に至っては『ご兄妹の中に入れません』とにっこり笑ってそこにいるだけ……。
そこでラングラー中佐が秘書室から慌てて准将室に入ってきた。
「フランク大将、お久しぶりでございます」
「おう、テッド! 久しぶりだな。葉月の面倒を見てくれて有り難うな」
「いえ、そんな……、恐れ入ります。こちらこそ、いつも本部からのサポート有り難うございます」
そして、准将室のドアからノックの音。心優が開けると、ダグラス中佐と木田少佐が光太にタブレットやら資料をいっぱい持たせてやってきた。
「フランク大将、いらっしゃいませ。うわ……、驚きました。相変わらず、大胆ですね〜。懐かしいです!」
いつもあっけらかんとしている明るさのクリストファー=ダグラス中佐も茶色の目を丸くして、ミセス准将の中隊時代から一緒にやってきた末っ子と言われている木田少佐もびっくりした顔で『フランク大将、お久しぶりです』とご挨拶。
「もう挨拶はいいから。すぐに始めよう。そこの……、かわいい男の子から用件は聞いただろ」
初めて会う光太のことを『かわいい男の子』と言ったが、初めて大将殿に目を留めてもらい光太はびっくりして顔を赤くしてる。照れとかではなくて興奮しているのだと心優にはわかる。
「テッド、始めてくれ」
「イエッサー。クリス、明日から一週間の日本国内のスクランブル待機の飛行隊スケジュールを見せてくれ。木田、日本地図と航路図を」
御園准将室の応接テーブルに、それらがざっと補佐の男達の手で整えられていく。大将殿を主軸にした『作戦会議本部』さながら……。
「心優、いますぐ連隊長室に連絡をして。ロイ兄様がすぐに来ると思っているでしょうに、こちらに来てしまって待っているに違いないわ」
「かしこまりました」
心優もすぐに動き、デスクの内線受話器を手にする。
連絡をすると、その電話口に出てくれたのは『シド』だった。
「お疲れ様です。あの……」
躊躇った。養父が来たことでシドがどんな反応をするのかと。
『なんだよ、どうしたんだよ』
相手が自分より格下の秘書官で、気心知れた心優だったせいか、シドはいつもの口調だった。
「フロリダ本部のフランク大将がこちらに訪ねてきております。細川連隊長がお待ちだったと思うので、ご足労ですがこちらに来て頂きたいとの御園准将からの伝言です」
『ひっ』。
え? いまのシドの声?
「あの、フランク大尉? いかがされましたか」
ガシャリと電話が置かれた音がした。うっそ! これ仕事だよ! 仕事の大事な伝言を、連隊長に伝えたいために秘書室の秘書官に伝えているんだよ!? 切るなんてありえる!? 春日部嬢には仕事の筋を通そうとしていたシドだったのに?
でも心優は眉をひそめたまま、妙な胸騒ぎがざわざわしてやまなくなる。あのシドが『ひっ』なんて、見えないけれど彼の青ざめた顔が思い浮かんでしまったほど。まさか、まかさ、お父様に会いたくないとか? ほんとうは上手くいっていないとか?
「どうしたの心優」
「……フランク大尉が出てくださったのですが、その、切られてしまって」
「あら、まあ」
御園准将は驚かず、なにもかもわかっている顔で呆れた溜め息。そのまま補佐の男達と『いまはここがこう、ここが抜けたらこうなる。だったらこうしよう』と話し合っている兄様を見た。
「兄様、ご子息が驚かれてしまったようよ。もっと『わかりやすく』してあげたらいいのに、予測不可能すぎるのでしょう、あの子には。可哀想に」
可哀想とか、どういう意味!? シドが養子としてどう大将と接しているか彼のいまの家族との関係が見えなかっただけに心優は不安になってくる。
「美穂が来ているから大丈夫だろ。なんだよ、『パパ』が会いに来てやったというのに、相変わらずつれないな」
「もっと上手に甘やかせてあげたらいいのに。兄様がそうしてバカみたいに『パパ気取り』ばっかりするからいけないのよ」
それまで大将と作戦会議だ――と、真剣な顔を揃えていた男達がぴたりと動きを止め、兄分と妹分のプライベートの会話に呆気にとられている。
「どうしてだよー。俺な、息子が欲しかったから、成人目の前だったとはいえ、息子が出来て心底、嬉しかったんだぞ!」
「だからって。大きくなったシドに、ラジコンカーのクリスマスプレゼントなんて信じられないっ」
あのシドに、クリスマスプレゼントにラジコンカー!? 高須賀准将を始め、そこにいる中佐も少佐も目を丸くしているが、心優も唖然とする。
「はあ? シドが欲しいと言ったんだぞ」
「なにいっているのよ。ラジコンカーなんて年頃の十歳ごろに実母から買ってもらっていたに決まっているでしょう。兄様がやりたいことに合わせて『ワザと子供っぽいものを欲しいと言ってあげて、小さな息子から始めた方がいいのかな』と気遣ってくれているのよ。あの子、そういうところがあるの!」
あ……、葉月さんわかってる……。心優はそう思った。シドはそんなところがある。自分の気持ちを押し込めて、強引にぶつかってくるのは彼が不器用だからだと心優も思っている。そういう優しさが、かえって父子をぎくしゃくさせているのだろうか?
「そうかな。ほんとうに、かわいい顔で喜んでいたけれどな……」
そこは不思議と父親らしい眼差し、愛おしいからこそ心配そうな顔を大将が見せた。ふざけるための顔ではなかったので、逆に心優はロイお父様の方がほんとうのシドを知っているような気にもなってくる。
「確かに気遣いの子だよ。俺と美穂と愛理のバースデープレゼントはかかさず、帰省したらまめに日本のお土産、美穂の家事を手伝ったり、買い物のために車の運転をしてくれたり、ほんとうに『いい子』だ。だから、俺の方からふざけてふっかけてみるんだが、笑わないの、硬いの、苦手なのか逃げちゃうの。パパから初めてのクリスマスプレゼントをさせてくれと聞いたら『ラジコンカー』だってさ……。俺だって『時計とか、靴とかスーツとか』と聞いたら『ラジコンカーで遊んで欲しい』だぞ」
「そうなの……?」
気遣いでやっていると思っていたミセス准将も、パパさんから語られたことにシドの気持ちを思い改めたようだった。それは心優も同じ……。大人の男に必要なものをお父さんがプレゼントしたいと提案してくれた上で、『ラジコンカーで遊んで欲しい』と願ったシドのその気持ち……。ほんとうは、ちょっと甘えるのが苦手なだけで、ほんとうのパパみたいに接してくるロイ大将に戸惑っているだけで、『ほんとうのパパとしたいこと』がそれで、それが言えたと言うことは、やっぱりフランク大将のことはどこかで頼ってもいいと思っているのではないかと……。
シド……、帰るところがないようなことを言っていたけれど。あるじゃない……。心優はそう感じた。でもまだそこに委ねられないのかもしれない?
「あれほどの気遣いができるとなると、けっこう厳しく育てられていたと思うな……。そこのあたりは俺も深くは聞かないようにしている」
そこで高須賀准将が困ったように間に入ってきた。
「なかなか聞けないお話で興味はありますが、ご子息とのお話はそのぐらいにされたほうが……」
信頼できる部下達だからこそ、フランク大将が話してくれたのはわかっているが、それでも大将殿とご子息の大事なご家族だけお話では……と、高須賀准将に諭され、そこでやっとロイお父様と葉月さんがはっと我に返った顔に。
「気遣い有り難う。高須賀君はいつも優しいな」
「いいえ。どうぞシド君とゆっくりお話をされてください」
ほんとうに高須賀准将は僧侶のような微笑みをすると心優は思っている。
そのうちに、またドアからノックの音。今度は光太がドアを開けると、もの凄い形相になっている眼鏡の連隊長が入ってきた。
「兄さん! なにもかも突然すぎます! 今朝になって小笠原に行くとの連絡だったり、待っていれば俺のところではなくて葉月のところだなんて、どういうことですか!」
あのアイスマシンと言われる連隊長が、額に汗を滲ませて黒髪をかき上げる姿――。
「すぐにこうしたかったんだよ。それでなくても、空海が攻撃されたと知ったその時にすっ飛んできたかったのに、なかなかすぐに動けない立場になったと嘆いていたところだ。おまえのところにいくと、あれこれ気遣われたり、大袈裟にもてなされたり、それから……」
そこで堂々としていた大将が口ごもった。
そして連隊長も察したようにして、少し俯き加減に告げる。
「お従兄さんが来ると知ると、シドが驚いて落ち着かなくなると思ったので黙っていたのに……。いまの内線でうっかり知られてしまい、『大将がいらっしゃった』とだけ伝言すると目を離した隙にどこかに行ってしまいましたよ」
「ま、そのうち会えるだろう」
「そうでしょうけれど……」
「そんなことより、正義。もう始めている、おまえも一緒に考えてくれ」
銀縁の眼鏡を眉間ですっとあげ直した連隊長も、ミセス准将の隣に座った。
その連隊長が、目の前にいる高須賀准将をまず見つめる。
「高須賀君、ここで大将がうまく調節をしてくれたのなら、ほんとうに小笠原に空海ごと来てくれるのだね」
「もちろんです。許可さえあれば、わたくしも指揮で参ります。日向もこれ以上、本国の飛行隊が苦心するのは見ていられないという気持ちでいてくれています」
「こちらに任せて頂けるのなら、この目で見たそのままそっくり演じるつもりです。アグレッサーをさせてください」
日向中佐の気持ちも、次に国境へ行く仲間のパイロットを守りたいとその気持ちがとても熱くなっているのが伝わってくる。
またフランク大将のサファイアの目が深く澄んで、鋭く航海図を見据える。
「任せろ。そのとおりに手配しよう。それがいちばんの対策で、訓練で、得策だと私も思う」
大将が直々に手配に動いてくれた。それだけでもう……、海の男達は嬉しそうで『イエッサー!』と威勢の良い声が響いた。
フランク大将を中心に、日本の空を護る基地に所属する飛行隊のアラート待機スケジュール、それを調整する電話連絡が細川連隊長自ら行われる。或いはラングラー中佐からの連絡、そして、心優や光太よりずっと後ろに控えていた黒いスーツ姿の護衛二人も、大将の指示で電話を手に取り始める。
彼等の通話を聞いていると、『ご本人に変わります』と直にフランク大将がいることを告げ、フランク大将も電話で通話を始める。だが、こちらは基地の現場の関係者ではないようだった。フロリダ本部なのか英語で話しているし、その後には横須賀の司令部にも連絡を取っているようだった。
電話を切ると、フランク大将もふっとひと息ついて、ネクタイを緩める。航海図を見つめながら、ふと彼が呟いた。
「葉月、天丼が食いたいな」
唐突なそのお願い……。どこかで同じようなこと見たようなと思った心優だったが、思い出す。ミセス准将が雅臣と相談中に『ドーナツ食べたい』と唐突に言いだしたあの時とそっくりだった。
「かしこまりました。兄様がお気に入りの、小笠原カフェテリアでのメニュー。お漬物付き、おみおつけの定食でしたわね」
「そうそう、あれあれ」
心優もだんだんわかってきた。この大将殿は、軍人としてのミセス准将の師匠なんだと。このやり手のお兄様を見て、ミセス准将が育ってきたに違いないと思った。
ラングラー中佐が『私がカフェに行ってきます』と申し出たのに、大将殿からそれを止めた。
「だめだめ。こういうスケジュール的な調整や交渉は、テッドやクリストファーのほうが手際がいい。この嬢ちゃんは役に立たないよ。そのついでに、葉月……。シドを探してきてくれ」
「……かしこまりました。お兄様」
ミセス准将も、やっぱり息子が心配そうな父親の顔を見てしまったとばかりに、そこは神妙だった。
そんなミセス准将のお遣いに、心優と光太はお供するため、一緒に准将室を出た。
―◆・◆・◆・◆・◆―
なのに、ミセス准将はすぐにカフェテリには行かなかった。
「シドが隠れそうなところとなると……、どこかしらね」
まず大将殿のご子息さがしをするようだった。
シドと親しくしている心優も思いめぐらせるが、基地内での彼の行動は訓練以外はよく知らなかった。
「隼人さんのことは『御園のご主人』と呼ぶぐらいだから頼りそうもないし、仕事中は仲の良い英太のところもないわね……。英太もいま空母訓練から帰ってきたところでしょうし……、やっぱり外の自宅マンションにいるフランスのおじ様のところ? ううん、あの子、責任感強いからないわね。そこまでして兄様と不仲ってわけでもなさそうだから、そこまで逃げるだなんて考えたくないわ」
そんな時、心優のプライベート用のスマートフォンが鳴った。
「申し訳ありません」
こんな勤務中に鳴ることはほとんどないのに。でも家族に緊急でなにかあったかもしれないからと、取り出してみると、表示が『雅臣』だった。
「はい、心優です」
『おつかれさん。いま空母の訓練から帰ってきたところなんだけれど……』
「はい。本日もお疲れ様です」
連絡船で帰ってきて、ロッカールームで汗を流したり、訓練着から制服に着替えている時間帯。雅臣もパイロット達と戻ってきたばかりのようだった。でもそんな時に連絡なんて入籍する日以外は来たことがない。
『えーっと、あのな。シドがロッカールームの前で俺を待っていたんだよな。なんか、俺の雷神室にしばらく居させてくれなんていうんだけれど……、どうしたんだろうと思って……。いまこっそりあいつに見えないように心優に連絡したところなんだけれど。なにか、そっちであったのか?』
うわー、シドったら! まさかの臣さん頼み!? 前から少しずつ感じていたけれど、もしかしてシドって臣さんのことほんとに『兄貴』だと思っちゃっている? 心優は仰天する。
「お願いです、そのまま預かってくださいますか。城戸大佐。彼の希望通りにして、なにも知らない顔で、雷神室に連れて行ってあげてください。橘大佐にはこちらから連絡します」
『え、え? なにが起きているんだよ。ていうか、なんで俺との電話で城戸大佐なんて仰々しいんだよ?』
「知らない方が……、臣さんの場合はいいと思う……」
お猿さん、顔に出ちゃうから……。シドのお父様が突然やってきたなんて知ったら、『大将が来ていて、息子として逃げているシドをかくまうことになった!』と焦るに違いない。飛行隊指揮官としてはすんごいやり手なんだけれど……、こういうプライベートの架け橋には三枚目なところがあるからと心優は用心してみた。
Update/2016.12.20