30.暗闇の潜入

23時が来ようとしていた。

葉月は亮介と別れて再び管制室で落ち着いたところ。

アルマン大佐も一休みしてすっきりしたのか

管制員と供にレーダー監視にキビキビと動き始める。

『ふぅ』

葉月の横で山中がため息をついた。

「大丈夫? 付き添いばかりで疲れたのじゃない?」

葉月が気遣って声をかけても、いつもと変わらぬ笑顔をこぼしてくれる。

「疲れたというか……なんだか俺が緊張している」

山中がやるせなさそうにそっと微笑む。

隼人や達也の心配をしているのが葉月にも解った。

もう……潜ったのかどうかは……。

亮介が今いる『作戦室』でしか解らない。

葉月はここで『空』の事に集中するしかなかった。

その状態が……24時まで続いた……。

静かすぎた。

今までのパターンでいくと、もう21時頃には

対岸国側から、お探りの『侵入飛行』があるはずなのに……。

「大佐……もしかして……日中、夕方……

ニース上空から対岸側に侵入したことで、何か向こうが企んでいるのでしょうか??」

葉月は席を立って黒髪の大佐にふと……尋ねてみた。

「どうだろう?? 警戒したか……もしくは、その対策で

今度は大きく出てくるか……次のスクランブルが来ないと解らないね」

「なんだか……イヤな予感がします……」

葉月がうつむくと、大佐は『考えすぎさ』と微笑んで

葉月の肩を叩いてくれたのだが……。

葉月は漆黒の闇となった管制室の空をそっと見つめた。

その頃……

「そろそろいこうか?」

ウィリアム大佐の号令が出た。

漁船船内には、海に潜るための水中スーツにアクアラング……。

そして各装備を背負った十数名の男達が立ち上がった。

フォスターが部下と一緒に水中スクーターを甲板に運び出す。

それに掴まって、水中を岬基地の崖下まで進んで行くのだ。

「いこうか。少佐」

隼人の横で、達也がフードを頭に被り、水中眼鏡を

凛々しく目元にかける……。

そして潔くスーツのジッパーを首元まで閉めた。

「ラジャー……中佐」

隼人も同じく……達也に遅れまいと潜水の身支度を整える。

甲板に出ると、岬基地は近くはないのだが視界にハッキリ見えていた。

その側に何気なく近づくために『民間漁船』に装ったのだから……。

民間人と見せかけた隊員達が、そっと……甲板後部から潜水する隊員達を

囲むように隠し、周りに群がった。

「お気をつけて」

毛糸の帽子を被り、蛍光色のジャンパーを着た男達が口々にそう囁いた。

まず、フォスターが部下と一緒にスクーターを海中に落とした。

「いって参ります」

船のヘリに腰をかけてフォスターはウィリアムに敬礼をする。

「無事帰還……祈る」

ウィリアムも船員と同じ民間人のようなジャンパーを羽織って

隊長に敬礼を送った。

フォスターがアクアラングを背負って部下と一緒に次々と

海面の飛沫をあげて暗い海に飛び込んだ。

「行って来ます。大佐……」

小池とクロフフォードも躊躇うことなく……背中に装備を背負って海に入った。

次々と男達が海中に姿を消した。

最後に……達也と隼人。

「行って来ます。大佐」

他の皆と同じように隼人も達也も見送りのウィリアムに敬礼をしたのだが……

ウィリアムが躊躇っていた。

「澤村君……お願いだから絶対に帰還してくれ」

彼のその神妙な顔に隼人は潜る態勢を止めた。

「大佐……大丈夫ですよ」

「いや……その……」

躊躇っているウィリアムに横で一緒に船の手すりに腰をかけていた

達也がため息をついた。

「大佐……御園のことですか」

達也の突っ込みにウィリアムがうつむいた。

「二度と……彼女が取り乱さないようにですか?

遠野大佐の時のように……」

達也のさらなる突っ込みに、ウィリアムが驚いた顔をした。

隼人も……話には聞いていたので『どきり』とした。

彼はやはり……葉月の元・側近……同期生……。

何でも知っているようでウィリアムも驚いたのだろう……。

「そうさせないためにも……俺、今回出てきたのですよ。

少佐を必ず……連れて帰りますから」

達也はそう言うと、それ以上の事は言い合いたくないとばかりに

隼人を置いて背を海面に向けて水中に飛び込んでしまった。

「大佐……俺も、彼女のことは……

フランスで出逢った時から知っていますから……。

どんな想いでフランスに来たかも知っているし……

それで……小笠原に来たのです……。

だから……ここでは終わりませんよ」

「澤村君……」

「では……」

隼人が区切りをつけて敬礼をするとやっと、ウィリアムも敬礼を……

『栄光を祈る』とばかりに笑顔で返してくれた。

隼人は重いアクアラングをおもりにするようにして……

船の手すりから、海中に背を倒した……。

大きな飛沫の音が鼓膜を揺さぶると隼人の目の前は

小さな水泡がたくさん舞っているところだった。

『いってくるよ……葉月』

そっと目をつむって身体が重い水中に引きずり込まれて行くのに身を任せる。

そう……心で呟いていると何かに身体を引っ張られた……。

細身の男……顔は解らないが達也だとすぐに解った。

『こっちだぜ』

彼の手が隼人を煽る。

その方向に顔を向けると、皆がほのかな灯りをともしている

水中スクーターに掴まっているところだった。

フォスターの手合い図で皆が頷きあって……西、岬基地へと向かい始める。

緩やかな潮の流れに男達が進み始めた。

スーツのせいか……隼人は水の冷たさを感じることはなかった。

だが……水圧で耳鳴りがしそうになる……。

そんな海水に潰されそうで……その不快感を感じながら

達也とスクーターに掴まり……せっかくの潜水なのに

海中の景色は一切見えず……。

スクーターがともしている灯りがほんの僅か、アクアマリン色の水を

映し出すだけ……。

その映し出される美しい海の色だけを楽しむことしかできない。

何分経ったか? 何十分経ったか??

(いつ……つくのだろう??)

いつまで経っても漆黒の海中の中。

言葉を交わすこともなく水泡の音だけが、隼人の耳に送り込まれてくる。

昔、楽しんだ『スキューバーダイビング』とは全く異なる感触。

闇一色の海の中。

押さえ込む恐怖感……。 水圧の不快感……。

スクーターに連れられているので、そう時間はかからないはずなのに……。

暫くすると、前を進んでいた小池班の先輩が止まって、隼人達にも合図を送った。

『スクーターのエンジンを落とせ』の合図だった。

(着いたんだ!)

隼人と達也は頷きあって、一緒にスクーターのエンジンを落とすと……。

ほのかに水の色が明るくなっていた……。

『浅瀬』に着いたのだ。

スクーターを乗り捨てて、皆と一緒に岸辺に向かった。

少しずつ水の色が明るくなってきた。

『少佐……こっち』

達也が隼人の手を掴んで……

前の組が乗り捨てたスクーターを一機、二機、三機……またいで連れていってくれる。

浅瀬に着くと、先頭のフォスターが警戒態勢なのか……

海底砂に身体を刷り込むようにうつぶせて前に進み始めていた。

皆がその姿勢に従う。

全員の頭上はもう、透き通った海面が夜灯りの中漂っている……。

フォスターの『待て』の合図で、皆が息を潜めるように動きを海底に止めた。

フォスターが一人……そっと海岸の岩肌に近づき……。

まるで、獣のようにそっと……そっと……岩肌に貼り付いて這い上がろうとしていた。

何故か……隼人の心臓の音も大きく高鳴っていた……。

フォスターの頭が海面から出た……。

彼が息を潜めて右、左、上……。

丹念に気配を感じ取っているのが隼人の目に映る。

『OK……いこう!』

フォスターが再び海中に座り込んで後方のメンバーに合図を送った。

『ザバァ!!』

やっと全員が海中から頭を出すことが……。

見上げるとその上は草を所々生やしている岸辺で基地の金網はずっと上にあった。

丁度良く、二人ずつ上がれる岩場だった。

「スーツをここで脱ぎ捨てて……機材を背負うんだ。

この先にある崖から侵入する。私と彼がロープを張りながら登るので

皆は慎重にゆっくりでいい……後を着いてきてくれ!」

そこで順番に上がって、スーツを脱ぎ、アクアラングは海中に沈めた。

フォスター達が先に行く。

クロフォードと小池も機材を防水シートをかぶせて背負い、

フォスター隊の後へと足場が危うい岩場を横進みで続く。

隼人の横にはいつも……達也。

「中佐……メンバーと一緒にいないとまずいのでは??」

いつも最後の隼人に達也は着いているのだ。

「いいんだよ。どうせよそから来た部外者メンバーだから。

それに隊長にも言われたから、復旧作業に入るまでは

少佐についておけって」

達也はそう言いながら、

狭い岩場で手際よくアクアラングを肩から降ろし海中に投げ捨てる。

水中眼鏡も岩場に捨てて……スーツも機敏に脱いだ。

「そんな心配ばかりしていないで……早くしないと置いてかれるぜ!」

素早い達也にせかされるように隼人も少しばかりもたつきながら

アクアラングを落としてスーツを脱ぐ。

隼人担当の機材を背に背負おうとしたのだが……

「まったく。細身なんだから、俺が背負う」

達也がそういって隼人の手元から重い機材を奪ってしまった。

「ちょっと待って下さいよ! 俺、そこまで面倒見てもらう筋合いないですからね!」

隊長のお墨付きで、『面倒見屋』が付いていて……

隼人が内勤専属の男と見て達也がそこまで手を焼く。

それも……葉月の『元・側近』で『元・恋人』

隼人にだって男としての『プライド』があるのだ。

「うるさいな。人それぞれ、出来る事、出来ない事あるんだ。

少佐が出来ること、俺には出来ないし。

勿論、これ背負って崖を上がれるかも知れないけど……

俺が背負った方がさらに安全……。

そうゆう、ギブ・アンド・テイクでやっていかないと

ここでは変な意地は『命取り』だぜ」

達也が無表情にそういって、サッと隼人に構わず重たい通信用機材を背負い込む。

『ああ……もう……』

彼が強くそう言うと何故か逆らえない自分がそこにいた。

隼人はため息をついて歩き始めた達也の後を続く……。

足場が細い岩肌を横に進む。

達也は隼人の機材を背に……肩にはライフルと小型小銃を下げていた。

二人の足元に波の飛沫が迫る。

「下は見ないで……横だけ見るんだ」

「わかってますよ!」

達也のいちいちのアドバイスに隼人はうるささを感じつつも……

『全くその通り』なので言う事を聞きながら細い岩肌を進む。

やっと前の組に追いつくと……彼等の目の前には二本のロープが垂れ下がっている。

「さっすが、先輩……手際良い前進だな」

達也がニンマリ……空を見上げたので隼人も見上げると……。

そこにはフォスターと彼の部下、栗毛の若い男が

ロッククライミングの如く、ロープを張りながら既に高い崖を前進中だった。

その勇ましい姿はやはり最高の海兵員……。

隼人は口をあんぐりと開けて『すげぇ……格好いい』とその様を眺めた。

「よし。後ろでサポートするから……通信班が先に……」

フォスターの部下、黒人の体格良い男がそう囁いた。

フォスターが数本に分けて、崖に打ち込んだロープにクロフォードと小池が

まず手に持って……いよいよ岩肌に足をかけた。

その跡を、小池の後輩が二人……続き……

「少佐と俺は一緒にいくよ」

やっぱり……達也が隼人と一緒に岩肌の前に立った。

「ウンノ、責任重大だなぁ」

黒人の男と金髪の男が隼人を見つめてなんだか『ニヤニヤ』

『お嬢さんの側近のおもり』

それが『責任重大』といっているのが隼人にも解った。

(くそーー。。俺だって!!)

隼人は、解ってはいたがそのように『ひ弱な男の初任務』と取られていることに

徐々に憤りを感じ、闘志を燃やしながら……

逞しく進む先輩と同僚を見上げてロープを手に取り……岩肌に足をかけた。

「いっておきますが……甲板でのミサイル装着に機材運びも力仕事ですからね」

隼人は足をかけて一歩登ったところで隣のロープを掴んで

軽々横に並んだ達也に囁いた。

「だろうね。そうじゃなきゃ、おぶって連れていくところだよ」

(うーー! この口達者!)

言い返してもちっとも『お返し』にならない達也に隼人は益々闘争心を燃やしてしまった。

『意地でもこの崖登りきってやる! 彼の手添え無しで!!』

隼人が意地になって進むスピードに合わせる達也は

悠々軽々……軽い身のこなしで崖を登る。

前に進む通信班先輩が落とす小石が時々顔に当たるが……

隼人はフォスターの姿を目印に目標に……

そして小池が足をかけるところを頭に残して力強く上を目指した。

暫くすると……基地の建物が視界に入っていた。

「静かだな……中には何人いるのか……」

達也が横で腰の命綱のロープを張り替えながら囁いた。

「早く復旧しないと……中佐の指揮に負担がかかる」

隼人も腰のロープを張り替えながら返事を……

「そう考えていたんだ……」

達也がそっと横で囁いた……。

「空の緊張が高まるって事は、彼女や藤波にも危険が降りかかるって事だ」

「そうだな……それもそうだ……やっぱそこの所は

俺と違って……『空の男』なんだ……少佐は……

そうして奴らと繋がっているってちょっと羨ましいな……。

俺、葉月や康夫みたいに数字とか機械とか操縦とか……

空に必要な『頭脳』ってなかったから……」

彼がそこはちょっとしんなりと呟いたので隼人は彼を少しだけ見つめたのだが……

「でも、それだけ逞しければ……お嬢さんが持っていない力で守っていたのでしょう?」

「まぁね。長続きしなかったけどね」

達也はぶっきらぼうに呟いて、サッと隼人より一歩上へと行ってしまった。

(あれ……余計な事……いっちゃったかな……)

過去の事、気にしていないと思って気にせず隼人は口にしたのだが……

それなりに『気にしている』のだと、この時初めて感じた気がした。

「少佐……もう少しだ! 頑張れ!!」

「くそ!!」

手には黒い革手袋をはめていたが、隼人の腕はもう限界に来ていた。

小池とクロフォードが崖を登りきったのが見えた。

目の前の先輩達も、『キツイ』と言いながら登りきろうとしている。

「澤村君……頑張れ!」

心配だったのか小池が崖の上から顔を覗かせて声を投げてくれる。

潮風は穏やかだったが冷たく隼人の頬を切り裂く。

顔は既に砂埃にまみれていた。

手が震えていた……力の限界がそこに来ているようだった。

登り始めて何十分は経っていただろう……。

「もう少しだ!」

クロフォードが隼人に向かって手を伸ばしてくれる。

『誰の手添えも要らない!!』

隼人は心でそう叫んで……

あとロープを一握り!! あと、もう一踏ん張り!!

やっと!! 崖の頂点に足をかけることが!!

「やった!!」

クロフォードの手も借りずに身体は崖の上に投げ出すように隼人は転がり込んだ。

「やるじゃん……見直したぜ♪ 澤村君!」

小池が輝く笑顔で迎えてくれて、今度は差し出された手を隼人もニッコリ握りしめた。

「そりゃね……一応、戦闘機メンテナンサーだから……」

「でも、息切れているぜ??」

軽々……崖を登りきった達也がやや冷めた目つきで隼人を見下ろしていた。

彼は一つも呼吸を乱していない……。

「さすがだなぁ……ウンノ……久々の現場復帰にしては息乱れていなし」

「当然でしょ?」

黒人のメンバーが感心しつつ……達也は余裕の『にやり』

二人で妙に気が合うのか、手と手を鳴らし合っていた。

(ああ……俺、まだまだかも)

こんな勇ましい男が、葉月を抱きしめていた姿を隼人は

初めて想像したのだ……。

『違う男の子供……身ごもったから……達也は許せなかったのよ』

葉月が……去年の秋、優雅な朝を迎えたあの日の事を隼人は思い出す。

(そうだろうけど……どうして? 彼女を今も愛しているみたいだし……

三年もの間……取り返すことだって出来ただろうに……)

勿論……彼が妻と別れられなかった事も隼人には解るが……

なんだか……葉月にまたお似合いの男が現れたようで

腑に落ちない気持ちが息を整えながら湧き起こった。

『勿体ない』

そう思ったが……

(ロベルトと一緒だ……終わった事は終わった事)

そう割り切ることにした。

「さぁ……いよいよだな……」

達也が機材を肩から降ろした。

「俺は今からは戦闘態勢……コレは返すよ」

「有り難うございました……確かにコレ背負っていたら転落していたかも」

隼人は素直に自分の力のなさを認めて御礼を述べた。

「……葉月の指揮に負担がかかる。だから……早く復旧する

それは……俺には出来ない仕事だから……頼んだぜ」

ライフルを包んでいたカバーを達也が勇ましく剥いで崖から落とした。

カバーは潮風に運ばれて崖の下に小さく吸い込まれて……

『ガチャ!』

彼の手の中で黒光りが月明かりの中、輝いた。

お互いに持っている力を出し合う……。

隼人はそれを達也に教わったような気がして

徐々に表情が勇ましくなる彼にこっくり頷いて機材を背負い直す。

「サム! 調べてくれ!」

フォスターが黒人の彼を呼んだ。

黒人の『サム』はフォスターに呼ばれて金網の向こうアスファルトを眺めたり……

金網の上を赤外線スコープをつけて眺めたりした。

「やはり……隊長が睨んだ通り……

崖側と見て、トラップは無いようだけど……金網は越えられないな。

赤外線が軽く張り巡らせてある……人が通れない程度に」

「そうか……じゃぁ……網を切るとするか。ジェイ……やってくれ」

「ラジャー隊長」

フォスターと一緒に一番手に崖を上がった栗毛の彼。

緑色の瞳をした若い『ジェイ』が金網を電気カッターを取り出して……

地面側を人が通れる程度に切り始めた。

暫くして、小さな穴が開いた。

「いくぞ……! スターライトスコープを忘れるな!」

「ラジャー!!」

フォスター隊の全員が胸から『スコープ』を取り出して額にかけた。

フォスターが最初に金網の穴をくぐって……

クロフォードが呼ばれてくぐる。

装備を再び背中からはずして基地敷地内に小さな穴を通して運び込み

通信班が先に穴をくぐる。

装備を背に背負い直している間にフォスター隊のメンバーが敷地内に入る。

通信班を囲むようにして、フォスター隊の皆が銃を構えて配置に付いた。

「いくぞ! 目指すのは3階にある経理室だ!」

「ラジャー!!」

そこが総管制室から一番遠く……OA機材が揃っている。

この崖側からも近いところ……。

皆は一斉に建物の影に向かって静かに走り出した。

シン……としていて人影は警備が薄いのか見あたらない……。

外よりも中の方が人が多いことが隼人には伺えた。

建物の入り口……。

そこは『車庫』 ジープなどが停められている。

そこにも人影がない……。

「トラップがあるかも知れない……」

あまりにも静かなので達也がそう呟くと……

サムが率先して前に出る。

車庫の入り口、ドアを開けると……そこはいよいよ基地内になる!!

サムが丹念にドアを調べ始めた……。

隼人はまた、胸のポケットを握りしめた……。

『おふくろ……誰にもなにも無いように……!!』

なんだかんだ言って……やはり母がいるように隼人は願ってしまったのだ。

「ミゾノ中将……彼等が無事に敷地内に侵入したようです」

「どれ!?」

ここは『突入隊作戦室』

葉月がいる管制室とはそうは離れていないところに設置された。

部屋の中には、フォスター隊を把握する通信機器が取り付けられて

亮介がフロリダから連れてきた数人の通信科隊員が管理していた。

ブラウン少将の管理の元、彼にそう告げられて

亮介はマイクと供に通信機器に近寄る。

『海中を移動中』

『崖を進行中』

その報告を先ほどから聞いてはホッとその度に胸をなで下ろしていた。

そして……

『敷地内潜入成功』

亮介は通信員がパソコンを使って基地見取り図を分かり易く出してくれて

そこに全員に取り付けた発信機が反応しているのを確認。

「頑張れよ〜……そこから一気に三階に行ってくれ!」

亮介はそう呟いた……。

そこへ……

「亮介……」

作戦室に細川が入ってきた。

「ああ……良和。そっちはどうだ?? スクランブルが夕方から無いようだが」

悪友が空の見張りに来てくれたお陰で亮介も突入隊に集中が出来るという物。

いつになく、親友にニッコリ微笑んだが

相手は相も変わらず静かな物腰……表情もともさない。

「静かすぎると、小娘が逆に落ち着いていないようだな……

ああゆう、『勘』はお前に似ている」

「ああ……そうなの」

誉められたのかそうでないのか良く解らなくて亮介は

そこは反応しづらくて戸惑い笑い……。

「そっちはどうだ?? 小娘が落ち着かないのは突入隊の具合も気になるのだろう……」

「ああ。うん……大丈夫。今、敷地内に潜入成功だよ」

「……お前、相変わらず危機感ない顔しているな」

悪友の突っ込みに亮介は顔をしかめた。

「失礼な……それなりに緊張しているさ。

潜入なんてお手の物の隊員を揃えたんだ。

ここまで出来て当たり前だ! 問題は作業に入ってからだよ!!」

亮介がプリプリすねても、細川はシラっと無表情……。

いつもの調子のお二人にマイクがコソッと笑いをこぼしていた。

「どれ?」

細川もフロリダの通信員の背中を覗き込む……。

『緊張感がない』とぼやく親友に亮介はお返しの如く、備えの説明を始める。

「彼等が、復旧作業にこぎ着けて、システム破壊、停止の報告を届けてくれたら

なにも、岬基地のシステムを乗っ取っている犯人の対空ミサイルを恐れることはなくなる

上手くいけば……あと……一時間もしないうちに空は安全になるだろう……

後は犯人に囲まれている彼等がどう退却するかだ……。

その為にシステムが復旧したら次の段階……

フロリダの第二陣を投入して、人質解放の作戦に移る。

もう、次のフロリダ突入隊を漁船に待機させたよ。

人質と第一陣の彼等の為にいざというときの救急隊も甲板に待機させた……

あと……もう少しだ……葉月の空の仕事ももうすぐ終わりだ……」

亮介の手際よい準備に細川はため息をついたが……

「そうなると良いのだがね……勝負の一時間の始まりか……」

細川が眺めている通信機器……

隊長二人に取り付けられた点が少しずつ前に進み始めていた……。

空は日付を越えても……静かだった。

「しかし……昨夜からあんなに頻繁にあったスクランブルが

こう……ピタリと止むなんてね? あちらさんも飛びつかれたのかなぁ」

呑気な口調で亮介がぼやいたが……

細川も逆に「静かすぎる」と頭によぎった。

亮介と細川は……甲板に救急隊員が輸送機に乗り込んでいる姿を眺めたのだ。