42.父母失格

『……』

葉月は、一段落落ち着いて……息絶えた金髪の男の横をかすめて入り口に向かう。

金髪の男の頭から……少し離れたところに『鉄格子』

自分が飛び降りてきた『通気口』を見上げる。

(もう……いないわよね……)

そりゃ、そうだろう……と、ため息をついた。

 

『エド! 早く!!』

『──あと……少し、準備は宜しいですか?』

『いつでも、OKよ!』

エドの手元に『最後のネジ』が静かに引き寄せられた……。

『足で私が蹴り落とします……大きな音が響きますから驚くでしょう……

機を逃さず……敵を狙って下さいよ!』

『オーライ!』

エドの手元に最後のネジが握りしめられた……。

『グッラック!』

エドが『ニッコリ』……グッドサインを葉月に向けて、アーマーブーツの足で

思いっきり……鉄格子を下にめがけて蹴り落とした!

葉月も躊躇わずに飛び降りた!!

 

……彼とは、それっきり……

御礼も述べてはいたが……『手を出さずに去った』事に葉月は急に寂しさを覚えたのだ。

 

葉月がそうして……鉄格子を、切なく見つめていると……

「葉月」

聞き慣れた声がしたので、葉月は『隼人』と解って振り向いた。

ところが……なんと──

隼人はいつにない険しい顔つきで……葉月を見下ろしているではないか?

「なに?」

叱られる事は解って飛び出してきた。

だけれども……散々『鬼』になった後……。

敵の男には『魔女』とまで言われた……。

こんな『戦闘態勢』の自分は隼人は初めて見たはずだ……。

『嫌われるかも知れない……でも、これも本当の自分だから』

隼人が『受け入れる、受け入れない』

そんな揺れる気持ちの為に葉月はせっかく、『再会できた恋人』に素直になれず……

以前そうだったように『無表情』に返事をしたのだ……。

その途端!

『パシン──!!』

その甲高い音に……戒めを解き合っている海兵員達が驚いて動きを止める……。

隼人の手の甲が空に向けられて……葉月は頬を張らして打たれたまま横にうつむいていたのだ。

「な……何しているんだよ!?」

フォスターと一緒に、仲間の戒めのテープを切るのを手伝っていた達也が

隼人の『平手打ち』に驚いて……

隼人と葉月が向き合っている所に走ってきた。

しかし……達也が辿り着く前に……

「この! じゃじゃ馬!! こっちに来い!!」

「何するのよ! 離してよ!!」

隼人が葉月の首根っこ……襟をひっつかまえて……

『ガシャン!!』

側にあった痛んだデスクの上に葉月を押し倒したのだ!

勿論──

急に男らしく葉月を従い始めた『兄貴側近』を初めて目にして、達也は『硬直』──! 

見つめることしかできなかったし……

戒めを解き合っていた先輩達も『唖然』としたのだ。

「誰か! 水持ってきてくれないか!?」

控えめで謙虚な『少佐』が、先輩達に構わず強気で叫んだ。

ただ……日本語なのでほとんどの者は『キョトン』としていたのだが……

「あ……俺が」

何故か? 先輩である小池がやっと戒めが解けたというのに

慌てるようにして機材を運んできたバッグに駆け寄ったのだ。

「何するのよ! 何のつもりなのよ!!」

「『何のつもり』だと!? それは、俺のセリフだ!!

この──じゃじゃ馬!! 大人しくしろ!!」

隼人は葉月を机の上に寝かせたまま……強引に葉月の肩を上から押さえつけていた。

それは……まるで、『襲っている』とも見えて……

葉月はそんな男の強引な『力づく』を特に嫌っているから、

かなり派手に『ジタバタ』暴れ出したのだ!

「な……そんなに怒らなくてもいいじゃないか!?

じゃじゃ馬がやりそうなことじゃないか??」

達也が見かねて、隼人の背後に近づくと……

「うるさい!! 邪魔しないでくれ!!」

いつも大人しく落ち着いている隼人に険しく怒鳴られて、さすがの達也もサッと後ずさってしまった。

「この──お転婆! あれだけ俺が大人しくしていろと言ったのに!」

隼人は、ジタバタと反抗する葉月の腕を何度も机に押さえつけようとして

葉月は葉月で、足をジタバタさせながら隼人の肩を何度も押しのけようとしていた。

「うるさいわね! 私が来なかったらどうなっていたと思うのよ!!」

「だからって! お前が危ない目にあってどうするんだ!! 腹はどうして大丈夫なんだ!」

それは……達也を始めとして、皆が驚き知りたいところ……

隼人と葉月が取っ組み合っているところに、皆が徐々に集まり始める。

「特殊な防弾チョッキを着てきたのよ!」

そう言われれば……そうなのだろうが? 今度は、どうやって誰の命令できたかだった。

皆がそう……頭にかすめると隼人が計ったように葉月に尋ねる。

「そんな特殊な装備を誰に用意してもらった!?」

「──!!」

隼人の突っ込みに……葉月がやっと、抵抗する力を緩めて……隼人から視線を逸らした。

「誰の命令できた!? いくら何でもお前一人では来られないだろう!?

通気口から出てきたみたいだが? 一人でここを探し当てたのか??」

「……」

葉月の顔色を見て、隼人は悟った。

「オヤジさんに内緒で来たのか? 誰に手助けしてもらった??」

葉月の額に汗が滲み出そうになったのだが……

そっと、葉月が消え入りそうな声で呟いた。

「父様……の命令よ」

「本当だろうな!? 娘を易々前線に出すなんて信じられないけどな!?」

隼人が葉月の首を掴みあげる。

「……本当よ! 『単独行動』が一番敵の裏をかきやすいだろうって!

嘘だと思うなら……壊れていない交信機で

父様に自分たちが無事だった事、作戦は続行することを報告してみなさいよ!

それで解るはずよ!? もう……二陣はこの敷地内に潜入して……

人質解放のために総管制室に向かっている頃よ!

自分たちの手で管制システムを復旧したいなら

五中隊通信隊が行動しない内に知らせないとあなた達の努力が無になるわよ!!」

葉月のその叫びは『最も』なところなので……

それを耳にしたフォスターが顔色を変えてサッと敵に奪われた交信機が

山積みとされている場所へと走っていく。

だが──隼人はまだ追求を止めなかった。

さらに……葉月の襟元を掴んで机に押しつけた。

「それから──俺が何故こんなに怒っているか……解るか!?」

「!?」

葉月はまだ……険しい顔つきの恋人に少しばかり……息を止めた。

「俺が漁船に乗る前、なんて言ったか覚えているか??」

「!!」

そう……隼人が憎々しそうに見下ろしたのは……

紺の戦闘服に穴があいている葉月の『腹部』

「……」

そこに『子供』がもしいたら……どうするつもりだったのか?と──

彼が言っているのがやっと葉月にも解ったのだが……

「例え……俺が危ない目にあっていても……

それを守ってくれるのが……『母親』じゃないのか!?」

そこは──隼人は日本語で叫んだのだが……

小池と達也が息を止めたのが隼人の耳に伝わったが、お構いなしだった。

隼人の背後に集まっていたアメリカ人達は、ただ……

『じゃじゃ馬中佐嬢』と『兄貴側近』の言い合いとしかとっていなく

ただ……オロオロしているだけだった。

それでも、場に構わない『取っ組み合い』は続く。

「なによ!! そんなの男の勝手じゃないの!

私は『欲しい』なんて一言も言っていないわよ!!」

そうして隼人を男として『拒否』したので、隼人の頭に血が上ったようだ!

「この! なんだと!? じゃじゃ馬!!」

隼人が再び、葉月を締め上げようとしたので、小池が驚いて隼人の背後に回ったのだが……

「うるさい! 私が『母親失格』なら……そっちだって『父親失格』よ!

『私達』を簡単に置いていこうとしたわね!!

私は、父親のいない子は産まない!!!」

上から押さえつける隼人に向かって、葉月は……なんと──!

行儀悪に、隼人のミゾオチをアーマーブーツの足で思いっきり蹴りを入れたのだ!

『げふ……』

葉月のいきなりの攻撃に……隼人は後ろによろめいて葉月の襟元から手を離す。

前屈みによろめいたところを、背後にいた小池が受け止めてくれたのだが……

「この──!! じゃじゃ馬!」

隼人が本気で怒って、再び葉月に挑んでいったので、

小池が『こら!』と、驚いて隼人の背中を押さえつけた。

「は……離して下さいよ!! こいつを甘やかすと

周りがとんでもなく驚かされて、散々な目に合うんだから!!

今回は上手く行ったから良い物を! これが何度も成功すると思うなよ!!」

『あわわ──』と、ばかりに小池は隼人を押さえつける。

所が、今度は葉月が起きあがって隼人の襟首を掴もうとする!

その時……達也は『母親、父親』がどうのこうのという言い合いに

頭が『真っ白』になっていたのだ……。

それも──男を……いや、達也すら受け入れてもらうのがやっとだった『元恋人』が

なんと……今の恋人とは『子供が出来る仲』と知って愕然としていたのだ。

葉月は……『ピル』を止めなかったし……妊娠には人一倍恐怖心を持っていたのを知っていたから。

だが……だんだんと腹が立ってきて……

「いい加減にしろ! 今それどころじゃないだろ!

個人的な『痴話喧嘩』は後にしろよな!!」

そういって、隼人に向かっていこうとした葉月の背中を今度は達也が押さえつけた。

「はなしてよ! この人はだいたいにして私に対して、いっつも偉すぎるのよ!」

そうは思っていないが……先ほど、通気口で知った事を考えると

葉月も、腹の虫が治まらない。

「なんだと! お前が『やりすぎる』から俺がいつも苦労するんじゃないか!!」

言われた事ない事を言われては……隼人だって男として腹が立つ!

小池の腕に押さえ込まれた隼人と……達也に押さえ込まれた葉月。

上官に向かう側近と年上の側近に刃向かうじゃじゃ馬嬢。

その光景を皆が『唖然』として口を開けていた。

大人しい隼人が『じゃじゃ馬旋風』にて、アッという間に敵を手込めにした程の『女中佐』を

こうしてなりふりかまわず叱りつけている風景は他の男達には考えられない光景なのだ。

それを目にしては……『やっぱり、じゃじゃ馬の側近』と納得せざる得ない『光景』だった。

小池がさらに力を込めて、隼人を背中から押さえ込みながら……

「まったく! 海野の言うとおりだ!

基地でも……お前達二人は静かで落ち着いていて……息が合っているのに!

どうして……こんな喧嘩を今ここでムキになってやるんだよ! 帰ってからにしろ!!」

『落ち着いているパートナー同士、息が合っている』という……

日常、葉月と隼人の様子を良く知る小池がそう叫ぶと……

達也の胸に、再び……『ちくり……』とした痛みが走る……。

だが、そんな『傷心』もお構いなしに腕の中の葉月が再び、隼人に向かって飛び出そうとする。

すると、隼人もムキになって小池の腕から飛び出そうとするので……

二人の男は、また慌ててムキになっている二人を必死で押さえつけた。

「もう! お前達はいつもこんな喧嘩をしているのか!?」

小池が呆れて叫ぶと……

「こんなに腹が立ったのは初めてだ!」

「私だって! 初めてよ!!」

二人が揃ってそう叫ぶ……。

小池はため息をついて……隼人からやっと腕を放す。

「ああ……もう……。何でこんな時にこんな猛烈な喧嘩をするのだよ。勝手にしろ!」

そういって、手に持っていた水筒を隼人に差し出した。

それを目にして隼人がやっと……息を弾ませながら、スッと勢いを止める。

小池から水筒を手にすると……達也に押さえられている葉月をまた一睨み。

その視線に、葉月がいつもの少年のような輝く視線を向けてきた。

それをみて……隼人もやっと呆れたため息をこぼしてうつむく。

「海野中佐。そいつが暴れないよう押さえていてくれよ」

「なにするんだよ?」

隼人が水筒の蓋を開ける。

「はなしてよ! なによ! 男同士で! 達也もこの人の味方なワケ!?」

そうして達也の腕の中でまたジタバタもがく葉月をみおろして……

達也もため息……どうやら子供のように駄々をこねているのは葉月の方だと思えてきたのだ。

だから……隼人に言われるまま達也は細身の葉月をまだ背中から押さえ込む。

「まったく──誰がお前にこんな事、願っていたと思うんだよ??」

隼人が葉月に一歩近づくと……

「ン……プハッ!!」

水筒の水をありったけ、葉月の顔にぶっかけてきたのだ!

葉月は突然の事で目をつぶって……息を吐きながら首を振って飛沫を散らす。

「何するのよ!!!」

まだ、頭に血が上っている葉月に対して、隼人はもう……いつもの落ち着きを取り戻している。

達也も……隼人が何をするのかやっと解って……

反抗的な葉月をしっかりと押さえつけて……眺めるだけ……。

「もう……お前、本当にオヤジさんに言われてきたのか??

信じられないな?? あんなにお前のこと大切にしている感じだったのに?」

隼人が紺のズボンのポケットから何かを探っていた。

「うるさい! 私が『親不孝』とでも言うワケ!? そっちだって横浜に帰らなかったじゃない!!」

「あー……はいはい。その通りですよ。お嬢さん──」

隼人が、すました顔でそう返事をしてきた。

『実家に帰らない息子』

その姿を葉月に見られてしまった事を……今度はすんなり『人のことは言えない』と認めたのだ。

いつもの余裕な『兄様』な隼人をみて……急に葉月の方も……

戦闘から『興奮』していた『熱』がサッと退いて……

小笠原でいつも向き合っていた『彼』とやっと再会した気になったのだ。

葉月も息を切らしながら……大人しくなると……

隼人がポケットから出したのは……『白いハンカチ』

「ほら──目をつむっていろよ? 本当に……俺達のために……もう……本当に……!」

隼人は、今度は黒い瞳を哀しそうに揺らして……

葉月の顔を白いハンカチで『ごしごし』拭き始めたのだ。

「ンン──!!」

大きな手で力強く乱暴に拭かれて……葉月は頬が痛くて逃げたくなったが……

隼人が手を離したので、そっと目を開けると……

彼の白いハンカチは、所々『紅く』染まっていたのだ。

(血を拭いてくれたの?)

葉月はやっと……隼人に触れた気がして『茫然』と、息を止めてしまった。

さらに──隼人に同じく水筒の水をかけられる。

同じように息を止めて……痛いほど頬をこする隼人に今度は従うだけ……。

彼のハンカチから……自分の家の洗濯洗剤の香りが漂って……

葉月は……何とも言えない気持ちが溢れ出そうになってきた。

もう少しで……後少しで……『本当に失うかと思った……必死だった……』

そう急に自分がやった事に対しても『緊迫感』が緩んできたのだ。

「隼人さん……私」

「もう、いいよ……髪を切ってまで……来てくれたんだから……ゴメンな。心配かけて」

(血塗れの私でも……いいの?)

そう言いたかったが……怖くて言えない自分がいた。

でも──そんな自分の血塗れになった顔を隼人は清めるように拭いてくれているのだ。

葉月が潤んだ瞳で隼人を見上げると……彼はもういつもの笑顔をこぼしていた。

なにも言わなくても……隼人はもう許してくれたようなそんな感じだった。

「──ったく。バカらしい!!」

「いたい!」

急に甘い雰囲気を醸し出した『恋人同士』を目にした達也が腹が立ったのか?

葉月の背中を一蹴りして、隼人の方に突き飛ばしたのだ。

『おっと……』

前につんのめった葉月を隼人がその胸で受け止めると……

『ったく──ちくしょう!』

達也はそうブツブツ呟いて……

通信機の壊れ具合をチェックしているフォスター達の側に去っていったのだ。

「……」

葉月は……隼人の胸に包まれながら達也の背中を見つめた。

「彼……本当にお前の事、心配して……俺のことも一番に守ろうとしてくれて……」

隼人が初めて……短くなった栗毛を大きな手で撫でてくれた。

『約束……守ろうとしてくれたのね?』

「康夫がやられたって? 俺達も夜中に見たんだ……撃ち落とされたところ……」

隼人が不安そうに葉月を見下ろした。

葉月の瞳からやっと涙が一筋こぼれた。

「康夫が……康夫はね??」

口早に……隼人に堰を切ったように……

堪えきれなかった哀しみを葉月は『報告』していた。

康夫が撃ち落とされたときの話しを……

ここの管制長『ブリュエ中佐』が敵の命令で仕方なく康夫を撃ち落としたこと……。

その話を日本語で告げていると……

『なんだと!? ゲス野郎! ゆるせねぇーな!!』

と──達也が再びフォスターの側からそう呟いて拳を床に打ち付けたのだ。

日本語が解らない先輩達にも、達也は通訳をして説明していた……。

勿論──フォスター隊もクロフォード隊も再び怒りに燃えたのだ。

隼人はいつもの落ち着いた顔で『ウン・ウン』と頷きながら……

「そうか……生きているなら大丈夫……だな? きっとね……」

そう言いながら……葉月の頭を撫でていた大きな手を頭から離した。

男達が散らばって、体勢を立て直そうとしながら……

自分たちを助けてくれた『女中佐』が、しおらしく側近に甘えてる姿は、見て見ぬ振り……。

そっとしてくれているのが、隼人と葉月にも解ったのだ。

しかし──隼人が葉月を胸から離して……瞳を朝日の中輝かせた。

「飛び出してきたなら……覚悟はあるって事か。

『中佐』──こうなったら、緊張は解かずに一緒に突っ走るぞ!

それからだ……『喧嘩』の続きは……」

逞しく葉月にそう告げる隼人──

そんな彼を見て葉月はまた……涙が浮かびそうになったが堪える。

葉月もそっと……うつむいて瞳を閉じて……

「当然じゃない……来た意味がない!」

再び、側近の胸から離れて瞳を輝かせる。

隼人が『ニヤリ』と微笑んだ。

そう──やっぱり、彼は……葉月の事は『ただの女じゃない』と解ってくれている。

一緒に走ってくれる『相棒』なのだ……。

葉月は、その感触を久振りに噛みしめて……窓から差し込む太陽の光を

少年のような瞳で見上げた。

でも──一人で潜入してきた事──

きっと、隼人はまだ腑に落ちなくて疑っているに違いなかった……。

葉月の心の中で、一つ心の変化が宿り始めていた。

──『近い内に……純兄様のこと話さなくてはならないかも』──

と……そっと心を揺らし始めていたのだ。

男達の『再起』が始まろうとしていた……。

「ミゾノ中佐──! お父様と繋がりましたよ!」

交信機の破損が激しかったようだが、トッドと小池が巧みに修理して

何台かは使えるようになったらしく……

フォスターが報告がてら、空母艦司令室にやっと繋げたらしい。

「……」

(怒られるかなぁ〜……ちゃんとコートのポケット見てくれたかしら〜)

葉月は通信機を差し出すフォスターの手を見つめて躊躇ってしまった。

先ほどの『父様の命令』はその場しのぎの『はったり』でしかない……。

勿論──葉月の言葉が本当かどうか……父親と言葉を交わす娘を皆待ちかまえているようだった。

隼人までもが……それを『ジッ……』と、確認しようと険しく見つめている。

葉月はフォスターの手から通信機を受け取って……

耳にイヤホンを差し込み、小さなストローのようなマイクを口元に引き寄せた。

『葉月か!?』

父の切迫した声に……葉月はすぐに返事が出来なかった。

『無事ならいいんだ!』

「え?」

『この件については、後ほどたっぷり……』

(うーー。お説教ってワケね……)

だが……父がそれでもすぐには怒り出さないと言うことは……

それなりに『単独潜入』した事は『もう知っている』と葉月には判断できた。

葉月は周りの男達の視線を気にしながら……深呼吸。

『もう、一芝居』うたねばならぬ所だ。

「総監の指示通り……次の作戦に移ります」

父がそう言われてどう反応するか待った。

葉月の耳に──父のため息が聞こえた。そう……呆れたため息だった。

『いいだろう……一陣が生き残っていたならすぐにかかってくれ』

父が合わせてくれたので……『銀書簡』を見つけたと葉月はホッとした……。

それでも……父は義理兄が授けてくれた『作戦』を知っているか? 知らないのか?

そこは葉月には解りかねた。

もし……知らないなら……『作戦』については、告げておかなくてはならない……。

「総監──もう一度確認しますが……次の作戦を」

『そうだな。言って見ろ?』

上手く合わせてくれる父に……葉月はやはり『親子』の繋がりを感じてしまったのだ。

「二手に分かれます。一方で敵の目に付くように派手に起動を行い……

本起動の目くらましに……敵がダミーの起動に気が付いて外に出てきたところ、

ダミーの起動場所に近づいた所で……爆破します。

ダミーでない通信復旧は先ほどの

フォスター隊の予定通り……外の『発電所』で……それで間違いありませんね?」

その作戦に亮介が息を止めたのが解ったが……

『その通りだ……成功を祈る。こちらからも一報しておこう……

先ほど二陣が総管制室の前に到着した。

敵にはまだ気づかれていないと思う……。

お前の目くらましの『起動』が目について……敵が外に飛び出す……。

では──それを合図に突入してもらう。

そこで二陣が敵を討ち取れば『すべてが完了』

敵を逃がすかも知れないが……二陣には『人質第一』にしてもらっているから……』

「では──? 敵が二陣の包囲網を突破して……

私達のシステム目がけてきたときは……爆破します。それで──宜しいかしら?」

『いいだろう──二陣にその指示を出す。

それから……二陣の隊長と連絡を取り合ってくれ……チャンネルは……』

葉月は二陣の通信周波数を父から教えられて記憶する。

「了解しました。こちらも今から作業にかかります……」

それで……父とは『すんなり』話がまとまったので葉月は『唖然』としたくなったが……

『葉月──よく頑張った……礼を言う』

父がいつにない声でそう言った。 御礼を言われる所か……叱られるはずなのに……。

葉月は申し訳なくなってきてうつむいてしまったのだ。

「ゴメンね……『パパ』」

葉月がそう呟くと……父の息づかいが止まったのが解った……。

『早く帰ってきなさい……キャンディーをあげるよ』

父の微笑んだ声に、涙がにじみ出そうになった……が……

(ああ!! 純兄様の船で脱いだ飛行服に忘れてきた!!)

葉月はせっかく……父が久振りにくれた『大切な物』を思い出したのだ!!

そうして、驚いている隙に……

『では──フォスター君にもそう伝えてくれ。通信終了!』

『プツ!』と父との交信が切れてしまったのだ。

葉月はガックリ……うなだれながら……フォスターに通信機を返した。

フォスターに『二陣の隊長』と交信を取り合うように頼んでみると……

「向こうの隊長も、了解だそうだ……

では──総監の指示と言う事で……ミゾノ中佐が言い付けられた作戦の続行だ!」

「ラジャー!」

「二手に分かれるチーム割りをしよう」

男達がセットされていた通信機の周り……朝日が射し込み始めたデスクに集まる。