44.マミー参上!

「もぅ……無事に終わった頃かなぁ?」

葉桜がそよそよと昼下がりの風にそよいでいた。

校舎内の中庭で、ぽっつり……窓際にて頬杖をついている栗毛の少年が一人……。

その背後に、テキストを小脇に抱えた同じ栗毛の少年が走って側に来た。

「真一? 大丈夫かよ?」

「ああ──エリック……うん、へいきー……」

気の抜けたような声と、疲れた目元で真一が振り向いたので

エリックは、思わず隣に走って窓際で並んだ。

「なぁ……そんなに心配なら……フランク少佐に聞きに行ったら?

フランク少佐に聞き難いなら……第一中隊の本部にいる俺のパパに探り入れるよ?」

「あーうん……いいんだ。大人しく待つって事にしているんだ今度は……」

さらに、とぼけたような眼で青空を見上げる真一に、親友のエリックはため息。

「でもさ……お前、当事者っていうか、前線参加者が皆、家族同然だろ?

心配して……子供として本部に聞きに行っても差し支えないと思うけど?」

「いいの──山中のお兄ちゃんの奥さんだって、心配していてもそんな事してないとおもうし」

「でも──真一は『子供』……!」

エリックはそこで『は!』として口を塞いだ。

確かに真一は『子供の立場』では、あるのだが……やっと気が付いた。

そう……他の家族と同じようにいざというときまでは……大人しく耐える事にしたのだと……。

(でも──俺達……16歳だぜ? まだ!)

エリックは心で、そんな成長を遂げようとしている真一に驚く。

(せめて……真一に『マミー』がいれば……)

エリックは真一と同じような栗毛をそよ風の中揺らして、同じ栗毛の親友を哀しく見下ろした。

エリックも父親が任務に行くことは時々あったが……

エリックが不安で心配しても、その時はママが『大丈夫よ。きっと……』と

優しい笑顔で安心の言葉を与えてくれる。ママ自身も心配しているとは思うが……

真一にはそれがない。

例え……父親代わりのロイとその妻・美穂が付いていてもだ。

と……そんな風にしてエリックもため息をついていると……

「真一」

柔らかい女性の声が、廊下の角から……

『え!?』

真一もエリックと同じ事を考えていたのだろうか??

求めているような優しい女性の声がしたので、二人一緒に振り向いたのだ。

「ば……ば……」

真一は、かなり驚いた顔で、その女性を指さした。

エリックも初対面ではないので息を止める。

女性の横には、金髪の少佐……『フランク少佐』が、なんだか苦笑いをして付き添っている。

「お祖母ちゃん!?」

そう──そこには黒髪で品の良いスーツ姿の初老の女性がいたのだ!

『御園登貴子博士』

葉月の母親で、真一の祖母で……中将の妻で……

フロリダ本部科学研究科の博士がいたのだ!

黒髪を綺麗にひっつめて後ろでまとめて……グラスコードを付けた眼鏡がトレードマーク。

小柄だがほっそりしていて……

グレーのスーツと白いリボンタイのブラウス。

どこかの学校の賢い女校長の様な落ち着いた品の良い女性。

「ど、ど、どうしたの!? いつ来たの???」

真一も前触れもなくやってきた『祖母』にかなり驚いているし……

エリックも父親に恥をかかせないように『礼儀正しく』しようと

いつもの緊張感が身体を張り巡ったのだ。

でも──

「まぁ……真一も大きくなったみたいね?

でも……エリックも暫く見ない内にうちの子より男らしくなって……」

『ほほ……』と、柔らかな手つきで口元に手を添える気品……。

エリックは思わず頬が火照って……

「博士……こんにちは。お久しぶりです」

丁寧にお辞儀をする。

「あら……エリックたら。相変わらず出来た日本語。

礼儀正しくて……マッキンレイ少佐の教育が行き届いているのね?

日本的にも素晴らしいお父様だわ……でも、そんなにかしこまらなくて良いのよ?

『ババ様』としてきただけなんだから」

『クスクス』と優しく笑うお祖母ちゃん……。

エリックは、真一のそんな優しい祖母が大好きでもあるし……

そして……自分のアメリカにいる祖母も好きだが、時々羨ましくなるくらい……

彼女は優しくて賢くて……絵に描いたようなお祖母様なのだ。

「ばあちゃん? どうしたの? あ! まさか!!」

真一はなにか通ずるところがあるのか、一歩後ずさって……

それどころかその場から逃げようと背を向けたではないか??

「なんだよ? 真一!」

エリックが逃げようとする真一の紺詰め襟を掴むと……

「俺は行かないぞ! ここで大人しく待っているんだから!!」

「は? 何言っているんだよ??」

ジタバタする真一を、背が高いエリックが悠々と捕まえていると……

「真一……観念しなよ……」

疲れた声でジョイが、どうしようもない顔をしているのだ。

「さすが、エリック……有り難う」

真一を捕まえたエリックに登貴子はいつもの満面スマイル。

真一はまだ……ジタバタしていた。

「真一……今からロイの所に行くのよ。あなたも来なさい」

「いかない! 俺は葉月ちゃんはちゃんと使命を終えてキチンと戻って来るって信じてる!」

真一はまだ、エリックに襟首捕まえられたまま逃げようとしていた。

すると……

今までやんわりと微笑んでいた登貴子博士が眼鏡の奥から『キラリ』と黒い瞳を輝かせた。

エリックはその眼差しを見て『ひんやり』……『ゴクリ』と喉を鳴らせた。

それこそ──フロリダの科学科を取り仕切っている『女博士』

彼女は聞き分けない『孫』に、冷たい声で一言。

「あら? 真一怖いの? 今……葉月がどうなっているのか?」

「!!」

祖母の威厳ある声に、さすがの真一も『ピタリ』と抵抗をやめた。

どうやら……『図星』らしい……。

エリックは『そうか……そうとも考えられたか』と納得して親友の襟首から手を離す。

「べ・べ……別に怖くなんかないよ!」

強がっているようだが、どうやら痛いところを祖母に突かれたようなのだ。

「今からロイに聞きに行く所よ?」

「ロイおじちゃんの邪魔になるだろ? そんなの『私情』だよ!」

真一が生意気に叫ぶと……

登貴子はまた手を口元にそえて……

「まぁ……いつからそんな大人びた事言うようになったのかしら?」

などと……余裕一杯に『ほほ……』とまた笑い出した。

エリックも今回の真一は元気のない顔はいつものことだが

『駄々こねない』のを不思議に思っていた。

なんだか、真一はここ最近今まで見せた事ないような『男らしさ、落ち着き』を見せ始めていたのだ。

「真一? 一緒にフランスに行きましょう?

どうせ葉月は『怪我』の一つでもして帰ってくるわ。『絶対に』ね?

その時、他の男達に看病なんて任せられないわ」

「なんだよ! 葉月ちゃんは今回は『指揮側』で怪我するようなことなんてないよ!

それに亮介お祖父ちゃんもいるし……細川のおじちゃんだって側にいるんだから!」

「──とかいって……なんでそんなにムキになっているの?

本当は真一も『僕の叔母は絶対なにかやらかす』って思っているからじゃないの?

聞き分けよく大人しく待っていたのは『大人らしくなった』とお祖母ちゃんも誉めてあげるわ?

でも……真一……お祖母ちゃんも『母親』よ。『母親の勘』ってものがあるのよ」

登貴子はやんわりと孫に声をかけながらも……最後にはまた『キラリ』と瞳を輝かせたのだ。

真一がそれで……急に大人しくなりうなだれた。

『ある意味……葉月さんってお母さん似なんじゃないの??』

エリックはふと……久振りにあった親友の祖母を見てそう思った。

いつも遠目でしか見たことがない……話したこともない親友の『若叔母』

基地では一番の有名人で……父がその噂を聞いてきては食事中話題にしていた。

真一からも良く聞かされている女性の事。

でも……

『いいか? エリック……真一君は『普通』に付き合いたいと思っているんだから……

例え、真一君が叔母さんと会って欲しいと言っても……

御園中佐本人からお誘いがあるまでは断りなさい』

父にそう言い含められていた。

本当は会ってみたいのだが……基地でも軍でも一番の『令嬢』

しかも父よりも階級が上の『エリート若中佐で中隊長』

父の負担になりたくなかったから……。

そんな女性の母親とは『お祖母ちゃん』として何度か逢ってはいるが

こんなに『威厳』を放っているのは初めて見た気がしたのだ。

それが……

『御園の母』

今、肌で痛感した気になった。

「真一……。俺もおばさんにやられたところだよ。降参してこっちにおいで」

フランク少佐が、苦笑いのまま真一を手招きしていた。

「エリック……ゴメンナサイね……

真一は春休みの旅行として連れ出した事にしておいてほしいの……

学校の先生にも先ほど、そう言っておいたから……

エリックにはいつも迷惑かけているから、真一にフランスのお土産でも持たせるわ。

お父様にもお話ししても構わないけど、任務隊が帰還するまでは内密にしてね……

ああ……マッキンレイ少佐なら私が言わずとも、

心得て下さっていることはいつも信頼していると、お伝え下さる?」

「ああ……はい。解りました……お祖母さん……

お土産は構いませんから……父にもよく言っておきますし……

それより……皆さんが無事であるといいですね?」

エリックの凛々しい返事に……『まぁ……』と登貴子は感心のため息。

「真一も見習いなさい? あなたはとっても素晴らしい親友とお付き合いしているのよ?」

真一が『ムス……』と、エリックの横でむくれたのだが……

「ゴメンな。エリック……課外授業しばらく放棄しちゃうけど……

お祖母ちゃんには、適わないよ……先生達にテキトーに誤魔化しておいて。

土産かってくるからさ……帰ったらキャンプの自宅に遊びに行くよ」

お祖母ちゃんにやりこめられた『小さな孫』ではあるが……

真一は心に覚悟を決めたのか……最近見せ始めた『男らしい瞳』を急に輝かせた。

エリックもそれを確かめて『にっこり』

「ママはワインが好きだから、妹は甘い物が大好きだ」

「ああ、いいよ♪ エリザベスママにはワインでエミーには美味い菓子かってくるさ。

あいかわらず……ママと妹思いだなぁ……羨ましいよ」

真一が明るい笑顔で『この!』とエリックの肩を拳で叩いた。

「そっちだって……『究極の叔母さん思い』じゃないか……意地張ってないで行って来いよ!」

エリックもお返しに真一の肩に拳を見舞っておく。

真一もやっと素直になったのか、昔から見慣れている『無邪気な笑顔』をやっとこぼして……

祖母とフランク少佐の元へと走っていった。

『その方が真一らしいよ』

エリックは御園とフランクの家族同士が去っていった後……

一人昼下がりの中庭で、桜が散ってしまった三月の葉桜を見渡した。

『とりあえず……お祖母さんが来てくれて、真一は意地張らなくてすんだみたい』

ホッとした瞬間だった。

真一にはいつまでも……無邪気でいて欲しかった。

(まいったよ〜……いきなり軍の便でこっちに来たらしくて……

葉月は今どうなっているとか……サワムラ少佐はどんな男かとかさ……散々突っ込まれて……

もう……本部のメンバーが動揺するからさ、仕方なく外に出てきたワケ)

登貴子の後ろをついていきながら……

ジョイがコソコソと真一に報告してくれた。

(さすが……お祖母ちゃん……。娘の事となると凄まじそう)

真一は……突然四中隊の本部に姿を現して

いつもの理詰めでジョイをまくし立てる祖母が目に浮かび苦笑い。

いつもは上品で落ち着いていて『大人しい祖母』なのだが……

一人娘の葉月のこととなり『母』となると険しい姿になるのは何度か目にしてきた。

そして、ジョイ如きでは歯が立たないのは当たり前。

ジョイも真一と同じく……

例え『隊長の母』であっても『博士』で『任務総監の妻』であっても、

『遂行中』の『仕事』については登貴子は『部外者』

ジョイは情報は『漏らさない』とその『常識』を守ろうとしたようだが……

「ジョイ! あなたは葉月がどうなっても……私が平気でいると思っているの!!!」

などと……本部員の前では決してそんな事は祖母はしないと思うが

葉月の『中佐室内』ぐらいで、そうジョイを畳み込んだのが目に浮かぶ。

その証拠に、ジョイは『ふぅ』とかいってかなり疲れているようだ。

(うー……。今度はロイおじちゃんが『やられる』ワケか)

そんな凄まじいお祖母ちゃんは……真一はあまり好きではなかった。

でも──昔から『一人娘の葉月』の事となるとお祖母ちゃんは『必死』だった。

それを……真一は『真実』を知ってしまったから……

今はその祖母の『凄まじい母性』を批判する気にはなれなかった。

(お祖母ちゃんだって……必死になって娘2人産んだんだモン……

でも、一人は死んじゃって……たった一人残った娘がいつも危険の中じゃ気が気じゃないよね?)

逞しく……自分とジョイの目の前を、ロイがいる連隊長室に突き進む祖母の背中。

真一は自分よりずっと背が小さくなったその小柄な祖母が大きく見える。

そして──

間もなくして『フランク連隊長室』の前に、とうとう辿り着いた。

『うー……どうしよう……ロイ兄も驚くぞ──』

ジョイが何故か真一の背中で、怯えているのだ。

『コンコン』

登貴子が躊躇うことなく、ロイの連隊長室の扉を叩いた。

『ハイ』

側近のリッキーの声がした。

そして……祖母の目が眼鏡の中から『キラリ』と光って……

真一とジョイは一緒に息を呑み緊張の一瞬……。

「どうぞ?……あ!」

あの落ち着いているリッキーですら……

登貴子の姿を確認して滅多に浮かべない驚き顔を刻んで硬直!

真一もジョイも苦笑い……。

「お久しぶり。リッキー……相変わらず凛々しいわね、あなたは。

ご両親のロバートとアリソンもお元気? いつも葉月のマンションを管理してくれて助かるわ」

登貴子はいつもの穏やかさでまず……『にっこり』挨拶。

でも……リッキーの引きつり笑い……。

こんな彼の顔を誰が見たことあるだろうか?──と、いうぐらい彼はうろたえていた。

『リッキー?』

ロイの訝しそうな声が奥からした途端……

登貴子が気強くリッキーをはね除けて入室!

真一とジョイも冷や汗を浮かべて顔を見合わせて……一緒に入室!

「ロイ! 今度こそ、私の質問にすべて答えてもらうわよ!!」

「うわ! 登貴子おばさん!? いつ来たんだよ!!」

大きな木造の立派な机に悠然と座っているロイの所へ登貴子がまっしぐら!

ロイもいつもの『氷の連隊長』たる威厳も何処へやら?

かなり驚いた顔で連隊長席を立ち上がって青い瞳を大きく見開いていた。

「ロイ! ジョイは素晴らしい職務人で問い詰めても

渋って私にはなにも教えてくれないから……

あなたの所へ来たのよ! 今、何がどうなっているか教えなさい!!」

登貴子が『バン!』と小柄な身体で身を乗り出して大きな机に手を突いた。

さすがのロイもおののいて一歩後ずさったようだが……

「…………リッキー、ドア締めてくれ」

「イエッサー」

額の美しい金髪をかき上げて、ロイは急に落ち着きを取り戻した。

「なんだよ。おばさん……そんなに気になるならフロリダの本部で問い合わせた方が

なんでもわかるだろ? わざわざ日本に来なくても……」

「フロリダの本部に母親面で問いただす方が『恥』よ

亮介さんに迷惑がかかるでしょ? それよりもね……私がロイに聞きたいのはね?」

そこで……何故か勢い盛んな登貴子が言葉を濁したのだ。

それを目にして……ロイも何かを感じ取ったのか……ため息をついたのだ。

「いいよ。おばさん……教えてやるさ……どうせ、日本まで出て来ちゃったんだ……

『葉月は今前線にいるよ』」

そのロイがあっさり教えてくれた一言に……

『ええ!?』

と……真一と登貴子は驚きの声を上げた。

ジョイとリッキーが一緒にため息をついた。どうやら二人も既に知っているようだった。

真一は『やっぱり〜……』と、半べそをかきそうなったが……

登貴子は勿論、おつむに血液が急上昇したようで……

「思っていたとおりと言いたいところだけど……

どう言うことなの!!! 亮介さんと良和さんが二人もいて

小娘一人にどういう事なのよ!!!!」

登貴子は気も狂わんばかりにロイの席に『バンバン』手をついて……

真一は『お祖母ちゃんやめて〜』と心で叫ぶだけ……側に近寄れる物ではなかった。

登貴子がグラスコードをキラリと日の光の中揺らして……

さらに……眼鏡の奥から黒い瞳でロイを射抜く。

でも──ロイは覚悟が決まったのか『しらっ……』とした目つきで

そんな迫力ある女博士を見下ろしただけだった。

「ロイ……まさか……父親である亮介さんが葉月の後押しを進んでしたとかいわないわよね?」

「…………」

ロイが表情を崩さずに……いつもの冷たい顔で登貴子を見つめているだけ。

(まさか……本当にお祖父ちゃんが!? 葉月ちゃんを外に出したの??)

祖父の亮介が勿論……娘のことを大切にしているのは真一は知ってはいるが……

こちら亮介は『母・登貴子』と違って『根っから軍人』で『男親』

葉月が軍人であるときは、めっぽう割り切った『男親』になることもあるのは知っている。

でも──

(お祖父ちゃんだって……葉月ちゃんがミャンマー遠征で傷ついたとき

あんなに泣いて怒って……すごく傷ついていたのに!?

だから……今回は『指揮』に置いたんじゃなかったの???)

真一は葉月が今回の任務に出かけるとき

『指揮側で外には出ないから大丈夫。お祖父ちゃんと細川のおじ様の監視付きなの』

──と、なんだか致し方ないように微笑んで教えてくれた事を思い出した。

(なのに? 葉月ちゃんを外に出したわけ??

もしかして……隼人兄ちゃんと達也兄ちゃんに何かあったの???)

そんな不安が横切って……頭は大混乱!茫然と立ちつくしていると……

「真一」

ロイがいつもの優しい『父親代わり』の笑顔を満面に浮かべて話しかけてきた。

「なに?」

「実は俺も今からリッキーを従えてフランスに行く所なんだ。

特別輸送機を手配したから……おばさんと一緒にフランスに行くか?」

「え!? ロイ? どうゆう事なの??」

登貴子はロイを今からそうさせようと説き伏せに来たのだろう……。

それが力んで説得する前にロイからあっさり……そんな提案をしたのだから。

真一も益々『混乱!』

「いや……いろいろあってね……

ああ……そうそう日本時間の昼前、向こうで言うと夜中に空軍が大接戦をしてね。

犯人は、対岸国機も撃ち落とすわ……フランス機も撃ち落とすわで

かなり派手でクレイジーで……手を焼いたようだな。

藤波チームとコリンズチームが頑張ったのだが……残念なことに……

占領されている岬基地の犯人に『藤波』が狙われて撃ち落とされた

いや──幸い、脱出が早くて海上で発見されたが……息はあっても意識が戻らないらしくて」

「ええ!! 康夫君が!?」

「うそーー!! 康夫兄ちゃんが!!」

登貴子と真一はかなりショックを受けて二人揃ってさらに『茫然』

「犯人を取り押さえた後の対岸国との『交渉調整』があるだろうし……

任務隊を出した連隊長としてここでのうのうとしている訳にないはいかなくなったんでね」

「…………」

登貴子が何故か勢いを止めて……顔を真っ青にしていた。

額に汗を浮かべて……うつむいていたのだ。

そして……

「ロイ……康夫君のご両親にはお知らせしたの?」

「ああ……昼前にこちらに知らせがあって……

勿論……嫁さんからも家族には連絡行っていると思うが……

日本人隊員だからこちらからも総務科に

家族がすぐに向かえるよう手配させたが民間機での移動で

フランスのシャルル・ド・ゴール空港に軍の迎えが来るようにしてもらった。

暫く時間はかかるだろうね」

「亮介さんから聞いたのよ……『あの子』の奥様……『雪江ちゃん』が身重だって」

登貴子がまるで母親のように瞳を緩ませて……すがるようにロイを見上げた。

登貴子は息子がいないせいか……

葉月の昔ながらの親友……康夫と達也には本当に母親のように世話をしていた。

「すぐに行きましょう! きっと雪江ちゃんも心細くして……

お腹の子供になにかあったらいけないわ!

葉月の事もあるし……達也君も心配だし……それに……」

登貴子がそこでまた言葉を濁して……

真一を始めとするそこにいる青年達は『?』と首を傾げた。

「葉月を前線に駆り出した『原因』は……側近の『少佐』でしょうね?

一発、言い含めておかないとね!」

『うわぁ……!』

真一ばかりでなく……ロイとリッキーそしてジョイも、苦い表情を刻んだのは言うまでもない。

(隼人兄ちゃんはいい男なのに! あ〜あ! ばあちゃんにかかるととんでもないことになる!)

真一は『ぞわわ……』と、背筋を震え上がらせた。

「真一……とにかく……寮に行って軽い支度をしてこい。

足りない物は向こうでおじさんが買ってあげるから」

ロイがそう言うので……真一は『わかった!』と張り切って返事を……。

(大変だ! 康夫兄ちゃんが大怪我して! 葉月ちゃんは前線に!

隼人兄ちゃんにはお祖母ちゃんの『鬼の手』が────!!!)

真一はほとんどパニック状態でロイの中将室を出ていく。

扉を閉めると……

『おばさん……サワムラ少佐のことは何処まで知っているんだよ?』

そんなロイの声が聞こえてきて……

真一は気になることだったので立ち止まり……行儀悪いが扉に耳をあてて盗み聞き。

『誰も教えてくれないから……『サワムラ大尉』って事を頼りに調べたわよ。

フランスにも同じ科学者仲間がいるし……

亮介さん達がどんなに男の威厳で隠し通したって私だってコネクトはあるのよ!』

(さすが、お祖母ちゃん! お祖父ちゃんに負けていない!)

真一は逞しいお祖母ちゃんにまた苦笑い。

『──わかっているわ……葉月が選んだ男性だもの……

悪い男性じゃないって事くらい……だた、母親の私の目で直に確かめたいだけ。

それに……調べて驚いたわ……

その『澤村隼人』って男の子が……あの『澤村精機の長男』だったって事

彼のお父様にはおなじ『理数系人間』として何度か逢っているし……

鎌倉の京介さんの紹介でね?

そのご縁でその『隼人君』がミシェールのおじ様の家に下宿していたって初めて知ったわ……。

御園とは近からず遠からずご縁のあるご子息らしいけど……

やっぱり……この目で実物を確かめないと娘の『恋人』としてはまだ認められない……

あの子はすぐに男性とは怖じ気づいて自分から離れていってしまうから……』

登貴子の静かな声を聞きながら……真一は驚き!

(隼人兄ちゃんて……あの!澤村精機の息子だったのーーーーー!?)

そんな事……葉月は一言も言わないし……

隼人だってそんな『御曹司面』……匂わせもしなければ、ちらつかせたこともない!

真一は学校内の情報教室にあるパソコンが『澤村精機』のものであるのはしっているし……

真一もいちおうは『科学畑の医者の卵』

OS機材には男らしくそれなりに精通しているからその会社の名前は良く知っていた。

『ひゃー』と驚いて……

さて……お祖母ちゃんも一応隼人のことは理解していると急ごう!と離れようとすると……

『おばさん──隼人を責めても無駄だよ。葉月をそそのかしたのは……』

(ん? そそのかしたのは??)

真一はまた、『ピタリ』と足が止まった。

『純一なんだから……』

真一はロイの口から出た『父親』の名前を耳にして硬直……足が動かなくなる!

『純ちゃんが!?……やっぱりね、葉月一人で飛び出せるわけないもの……

そこをロイに聞きたかったのよ……右京に電話したら妙に口ごもるしね?

絶対に幼なじみの二人が『妹』をフォローするために準備していると思ったのよ』

(オヤジが……葉月ちゃんを?)

祖母が父の名を親しく呼んだことにも驚いたし……

右京と父親が葉月が出動する前からそんな下準備をしていたのにも驚いた!

『なんだよ……おばさんたら……純一には怒らないのかよ……

相変わらず、甘いんだから!』

ロイは父親の純一とは『元・恋敵』

余り良く思っていないのを真一は知っていたから、彼が拗ねるのも頷けたが……

祖母が勢い良くロイやリッキーやジョイを突き飛ばしても

何故か? 『純ちゃん』には寛容な様子も真一には意外だった。

『だって……純ちゃんはやる事派手だけれども……

葉月の事になると本当に今まで良くしてくれて全力を尽くしてくれるもの……

葉月がミャンマー遠征の時、一人で勝手に動いた事……かなり痛手だったのでしょう?

今回は純ちゃんが側に付いているなら……葉月は大丈夫かも?』

あれだけ取り乱していた祖母が『純ちゃん』一つで急に落ち着いたのだ。

『だから……亮介さんも彼に任せるしかなくなったのね?』

その上……『純ちゃん』の名が出た途端にすべてが水に流されるように夫にも寛容に……

『失礼な! 俺だって、葉月のためにいつも全力尽くしているのに!!』

あのロイが子供のように拗ねる声に……真一は笑いたくなったが堪えた。

『勿論──ロイにだっていつも感謝しているわよ』

とは……言っても先ほどのロイへの喰い付き方、純一の名が出た途端の祖母の落ち着き。

ロイには納得がいかないのは当然の所、登貴子のその言葉は今は説得力なかった。

(そうか……オヤジ……今、フランスにいるんだな!)

真一は先月会ったばかりだが……俄然、フランスへ行くことに気が固まってきた。

『純一のやることは勝手すぎるよ! 葉月をそそのかしておいて……

葉月が飛び出したのは俺と亮介おじさんが示し合わせた『秘密任務』にしたてろって……

先ほど、細川のおじさんから厳密連絡が届いた所なんだよ!

まったく──その為にフランスに行くハメになったんだから!

葉月のためだから仕方なく動くしかないじゃなか? あの黒猫め!!』

(怒ってる、怒ってる〜)

真一はそのお怒りもごもっとも……と、顔を引きつらせながらも……

『オヤジ、やるジャン』とあのロイを取り乱させる事に急に笑えてきた。

ところが……

『もう一つやっかいな事……細川のおじさんから聞いたよ』

『まだなにかあるの?』

真一もさらに……耳を澄ませた。

『おばさんも……亮介おじさんも……そうだ、右京も去年の秋ごろ心配していただろう?

おそらく葉月も感じていたと思うけど……

純一からの、それとないいつもの連絡がないって……』

『ええ……亮介さんも心配していたわ? 捜す手だてがないからと苛立っていて

もしかして『死んだのではないか』と……純ちゃんに限ってそんな事はないとは思うけど……』

『俺も心配していたよ? だって純兄はいつも秋には鎌倉に来ていたはずだもの』

ジョイまで……そう言いだした。

(やっぱり──昔なじみの皆はオヤジのこと知っているんだ!)

一番年下のジョイまでが親しい様子に真一は額に汗を滲ませた……。

『支配下の部員に裏切られて殺されかけたらしくて……』

『ええ!!』

登貴子とジョイが一緒に声を上げる。

真一も『うそ!』ともう少しで声を出しそうになった!

『回復したのは今年の年明けらしい……それで……』

(それで……オヤジは去年の秋……俺と母さんの所に来ることが出来なかったんだ!!)

真一はそれなのに……『息子放棄も平気な冷たいオヤジ!』と、荒れ狂っていたのだ。

『それで……岬の主犯格が、その……裏切った元・部下だって事らしくて

それで……闇の男としては自分たちの手で始末したいらしいから……

葉月の事抜きでもアイツらは今回の件には首を突っ込むつもりだったらしいよ。

葉月や他の隊員達がその男を追いつめる前に純一は自分の手で……

軍の力で追いつめたと見せかけるために今、葉月と一緒に岬に潜り込んでいるだろうさ……』

『──!!』

誰もがそこで言葉を失ったようだ……。

そして──真一も……

(オヤジを殺そうとした男が……今回の主犯格??

そんな男とオヤジ今から対決するの!? 怪我はもう大丈夫なのかよ!??)

真一は一瞬……頭が真っ白になったのだが……

『くそ! いてもたってもいられなくなったじゃないか!! 絶対にフランスに行く!!』

急に瞳を光らせて拳を握る!

それに──

『オヤジにまた逢えるかも!』

そんな期待……そして……無事でいて欲しい気持ち。

初めて父親の危険な仕事内容を聞いてしまった危機感……。

真一は息を潜めて、さっとロイの連隊長室を離れて、寮へとすっ飛んで帰った!