47.お嬢狙い

葉月はどうしてか身体が動かなくなった!

その男が……想像以上に『美しい男』だったからだ。

確かに……背格好は『義理兄・純一』にそっくりだった!

長身で小さな頭で均等が取れたスラリとした細長い男。

無骨な義理兄と違うのは、繊細そうな彫刻のように整った男の顔。

身の軽さに、見据える静かな瞳……。

どこかが義理兄と重なったからだ!

 

葉月が驚いて硬直している間に……

窓辺からワイヤーを伝ってもう一人……

黒髪の小柄な男が身軽に窓枠を飛び越えて廊下に舞い降りてきた。

「もう一人捕まえた♪」

コウモリのように葉月達の前を遮った背の高い男の後ろを陣取って……

負傷している小池ではなく……小池を今度はかばおうとした富永の襟首を掴みあげて

何故か葉月に向かって『ニヤリ』と微笑みかけてきた。

女性である葉月と似た背格好の小柄な男だが……

その小柄でも『林』と似ている細身の黒髪男と視線が合うなり

葉月は何故か『ゾ!』と背筋に寒気が走ったのだ。

「はぁ──とんだ目に合うところだった」

今度は小池に気を取られて身体を向けていた反対。

そう──背後の窓枠からもう一人の男の声!

葉月の背後を守っていたサムが反射的にその男に銃を向ける。

今度の男は黒い格好の東洋人2人とは違って、大柄で迷彩服を着た栗毛の男。

サムが銃を構えても悠々と余裕顔で微笑みながら、窓枠を越えて廊下に……

銃を構えてもサムが攻撃が出来ないのは、既に小池と富永が『盾』に捕らわれたからだ。

 

『どうやら……廊下を走って炎に巻かれるより、思い切って窓外に飛び降りたようだな』

達也が葉月にそっと囁く。

そうして彼等は一階に降りると第二陣がうろついているから降りられずに

爆風に煽られるままいったん外窓へ飛び出して

ワイヤーにて3階へと上って2階に降りてきたという事らしい……。

(それにしたって……あの爆風に良く耐えられたわね!??)

見たところ、登場した彼等3人にはなんらダメージには至っていない様子……。

葉月は『追いつめた』と、安堵したところなのに、

こんな余裕な男3人に囲まれた動揺は隠せない……。

そして、それ以上の危機感が葉月を襲っていた。

そう、富永をひっつかまえている小柄な男も……

太股を弾丸で貫かれてうずくまっている小池を従えている『林』も……

そして、サムが威嚇している栗毛の西洋男も……。

3人揃って見据えて微笑みかけている視線の先は──

『葉月』だったからだ!

その危機感は達也とサムにも同じように襲ったようで……

達也とサムはお互いの背中に葉月を挟むように葉月を隠そうとした。

その『行為』が、より一層……葉月が『かよわい女性』だと言うことを

敵に印象づけることになったようで、敵の3人は揃ってまた微笑みをさらに浮かべたのだ。

 

「女か──何故? ここにいる」

 

初めて黒髪の林に葉月は言葉をかけられたのだが……

そっと顔を背けて、『拒絶』した。

これは心の底から湧いた『拒絶』

この冷たい黒い瞳の男が葉月に対して『何を考えているか』

それがヒシヒシと伝わってきたからだ。

彼の視線がそれが『男』でなくても

彼がありありと、葉月に対して『興味を持った』と伝わってくるのだ。

達也もそれを悟ったのか、さらに葉月を背中に隠そうとする。

 

「騎士の護衛付でお転婆ごっこに来たのか? 物好きなお嬢様かな?」

今度はサムの正面にいる栗毛の男が笑い声を立てながら一歩サムに近づいてくる。

 

「兄貴、交換と行こうぜ?」

富永の襟首を小柄な黒髪の男が思いっきり後ろに引っ張り上げた!

『うう──!!』

襟が首の付け根に食い込んで、富永の顔が息苦しそうに歪む。

「お嬢……気にするな……」

戦闘の訓練などしていない通信隊員の富永が息苦しい声でそう呟いたのが聞こえた。

「お……嬢……逃げるんだ……ミャンマーの二の舞は沢山だ……」

小池も床にうずくまってはいるが、葉月を諭すように鋭い眼差しを送ってくる!

小池は葉月が入隊してきたときから山中と供に一緒についてきてくれた先輩だ。

葉月の身の回りで起きたことは、隼人より良く知っている。

だから──

『山中のお兄さん』

『小池のお兄さん』

ジョイと2人でそう呼んで、頼って信頼して力になってくれた大切な先輩だ。

特に小池は山中より歳が上で、色々と気遣って相談に乗ってくれて

触って欲しくないところはさらりとかわしてくれて……

冗談で笑わせてくれるのも、哀しくてそっとして置いてくれるのも

良く心得ていて……だから……

葉月は彼に『通信科』という大きな部署を任せてきたし、

個人的にも好感を抱いている数少ない男の一人なのだ。

だけれども──

だからこそ、その『小池のお兄さん』が、良く知っている『ミャンマー事件』を

再発させたくないという『諭しの眼差し』は葉月にも良く伝わる。

「海野……お前なら良く解るだろ? 早く……俺達は良いから……」

小池の詰まるような声に達也も戸惑っている。

だが──そこは、男同士。

達也が一番……『ミャンマーの件』に関しては一番敏感な人間と言ってもおかしくないから……

達也は頷いてしまったのだ!

『嫌! お兄さんには……ちいちゃな子供と奥さんがいるのに……! 嫌! 置いていけない!』

女の自分を第一に連れて、この頑強でシビアそうで機敏そうな3人の男の囲いを

突破しようと決した達也の背で、葉月は首を振った!

 

「俺は日本語は嫌いだ。故に日本人も好きじゃない」

小池の達也と葉月への忠告がブツブツと聞こえるのが『林』のしゃくに障ったようで

彼は小池を睨み見下ろして彼の太股の傷口を足で踏みつけたのだ!

『ぐぅぅぅ!!』

小池が床で転がりたくても押さえつけられてさらに痛みに悶える。

 

「やめて!」

葉月が思い余って達也の背から飛び出そうとしたが、サムに肩を掴まれて

達也には背中で押し返された!

「ははぁ……正義感はあるようだな?」

林が、何故か優しそうに『ニコリ』と葉月に微笑んだ。

だが──その裏のありそうな笑顔に葉月は逆に『ぞっ!』として大人しく動くのを止める。

すると……彼が銃を胸元から出した……。

そして……その銃口を足で踏みつけている小池の頭へと向けて降ろす。

 

「!!」

葉月の顔色が変わったのを楽しむようにして林とその相棒の黒髪の男が

揃ってさらに微笑みを浮かべたのだ!

「俺は日本人は嫌いなんでね。殺すことに痛みもないのは解るだろ?

そういえば……昨夜、撃ち落としたフランスのパイロットも日本人だったようだなぁ」

『こいつが……管制長に命令したのね!?』

葉月の頭に昨夜の怒りが再発!

その上、その『親友の敵』はすぐに目の前!!

だけれども、また達也に押さえ込まれた!

「行かせてよ! 達也だって悔しくないの!? アイツが康夫をやったのよ!!

もうすぐパパになる康夫を……!!!」

「わかってる! 俺だって悔しいけど……我慢しろ!」

いつもは葉月より向こう見ずで……

こんな事には一緒に怒りを燃やして突っ込んでくれた元・パートナーの達也が……

葉月より落ち着いているので驚いた!

そう──彼は彼なりに『大人』になっていたのだ……。

もう、若さだけで2人で突っ込んでいた勢いだけじゃなくなったのだ……!

葉月はそんな達也の『差し止め』にいつもの『じゃじゃ馬爆走』が急に冷めたような気になった。

だが……

男達の狙いは『女の葉月』

ここで達也達と逃げたら……小池達の命を犠牲にする可能性がある!

小池達の葉月への気遣いは……男としてもっともで……

葉月にも有り難く伝わった……。

でも!!

『逃げてどうするのよ! 小池中佐も、富永も……私の中隊の部下よ!

私は中隊長なのよ! 女だって事で守られて逃げてきたら……

それこそ『親の七光りで隊長になった』と言われて当然なのよ!

私は……そんな守られるためにここに来たんじゃない!!!』

──やっぱり、達也の差し止めには従えない!!──

葉月の心がそう叫び始めた。

『どうする!? どうすればいい??』

葉月は額に汗を浮かべて林と視線を合わせたまま……懸命に考える!

 

「兄貴──1人、殺せば……お嬢さんも素直にこっちに来るんじゃないの?」

「──かもなぁ」

林が小池に向けている銃の引き金に指をかける!

小池が覚悟を決めたのか、瞳を固く閉じる!!

 

「達也……『スナイパー』は持ってこなかったの?」

葉月はそっと達也の背中に囁いた……。

達也が何に驚いたのかは解らないはそんな顔で肩越しに振り返る。

「!? お前……何思いついたんだよ?」

元・パートナーの感覚か? 達也は葉月の『いつもの思いつき』を悟ったようだった。

「持ってきているのね……それなら……」

葉月は、息だけの声で達也の背中に囁いた。

その『提案』に達也は元より……葉月の背中を守るサムまで息を止めたのだ!

 

葉月は、海兵員の2人が『よし、了解』と頷くわけがない事を最初から解って言いだしたのだ。

だから……2人の男が『そんな事、出来るか!!』と引き留められる前に……

達也が戸惑っている隙を見て……

達也の背中から、スッと……林の前に立ちはだかった。

 

『葉月!』

当然、達也に腕を掴まれて後ろに下げられそうになったが……

葉月は気強く彼が掴んだ大きな手を肩を回して振りほどく。

達也はまだ……躊躇っているようで、今は葉月がするまま無理に止めようとしない。

と……言う事は……だった。

(ほら……それなら『勝算』があると達也も思っているのでしょ?

躊躇ってるのは……私が……)

葉月は肩越しからそう語るように達也に視線を送る。

いつもの『アイコンタクト』

達也にも通じているようだが……達也は非常に緊迫感を漂わせてまだ戸惑っていた。

葉月は、一時うつむいてため息を……

そして……『覚悟』を決めた!!

林に向けて瞳を真っ直ぐに向けると、黒髪の彼が……また『ニコリ』と微笑みかけてくる。

 

「こっちに来れば、この男2人をそこの海兵員に返してやろう? お嬢さん」

「いいわ……その代わり、2人一緒にこっちによこして」

「お前が先に来い」

「アンタみたいな男の言う事なんて信用できない」

葉月は平淡な顔で、怯えることなく言い切ると……

その言葉の強さが気に入ったのか林が『あはは!』と高笑いをする。

「確かになぁ……信用ならないだろうさ?

だが──そういう嬢ちゃんはどうなんだ?

俺達を爆破にて『謀ろうとした張本人』じゃないのか?

俺は……そう睨んでいるのだが?

そんな謀をする『女』も信用ならないなぁ……」

『駆け引き』を始めて見たが……葉月のいつもの達者な口でも

義理兄ほどの『年齢』にも見えるこの男には揺らぐ事もないようで余裕しゃくしゃくだった。

そこで……葉月は……

「そこの隊員2人分の『利用価値』が私にはある」

その葉月のさらに言い切った『自信』を見て……林の余裕ある表情が急に真顔になった。

「なんだ?」

「……私は……この任務を仕切っている『総監将軍の娘』だから」

『お嬢!』

『葉月!』

思ってもいない葉月の『告げ』に達也も小池も声を上げた!

それは……相手にとっては『恰好な新たなる人質』で

葉月にとっては……いや……もっと言うと『総監』である父親の『亮介』にも

不利になる『告白』だったからだ!

「あはははは!!」

林が可笑しそうに高らかに笑い声を上げた。

「そうか! そう言うワケか!!」

林の大笑い……。

その笑いに、彼の背にいる小柄な男も……サムの前にいる栗毛の西洋人は……

その笑いが何を意味するのか訝しそうに『ボス』を見つめたのだ。

だが──

ひと笑い済ますと……林はさらに冷たい表情に戻って葉月を睨み付けた!

その瞳に──葉月は初めて『怖い!』と身体が後ずさりしそうになるほどおののいた!

獣に威嚇された『獲物』になった気分だったのだ。

「お前か!? 俺達の『システム担当』をやったのは!?

お前はいつここにこの男達と合流した!?

捕らえた海兵員が、戒めを解いて傭兵3人に『反撃』をしたのを不思議に思っていた!

『父親』の差し金か? 随分鍛えられているな? お嬢さん……!

あれだけの『気配取り』をする娘の父親が『将軍』なら頷ける!

ただ……娘に『単独潜入』をさせるとは……大胆な父親だな!!

女一人、潜入するなど流石に俺も予想しなかったぞ!!」

(なんで!? そこまで読めるの? 普通なら……女が一人で潜入なんて思いつかないはず!?)

葉月は『父の差し金』は『不正解』だが

ほぼ『ピタリ』と今までの『行動』を言い当てられて益々おののいた!

そう──

普通なら『女が単独潜入』など、『男は信じない』はずだった。それが通常だ。

なのに……この男は……!!

『やっぱり……そういう事も『筋書きの一つ』と認めて『あり得る』と思える者が……』

──『プロ』なんだ!!──

と……葉月は初めてこの男が……

『お前が正面切っても適わない男だ』

義理兄の『忠告』通りの人間なんだと痛感した気がしたのだ……。

(それにしても……コートと言い身なりが、お兄ちゃまと似ている?

やっぱり──お兄ちゃまはこの男を知っているの?)

そんな疑念が湧くほど……『林』の匂いは『純一』に似ているではないか??

 

「よし──いいだろう……『孫』、その日本人を返してやれ」

「オーライ」

『孫』は、『いじめるオモチャ』を渋々手放すように……

でも、『ボス』の言い付け通りに潔く富永の襟首から手を離した。

だが……何故か富永が葉月の元に帰ってこようとしない!

葉月と『交換』……そしてまだ先輩の小池が敵に捕らわれているから

自分一人『助かった』とは思いたくないようだった。

葉月はそんな『部下』……いや『同僚』の心構えに涙が浮かびそうになった……。

自分の配下の男達は……こんなに『素晴らしいのだ』と……そう思ったのだ。

「隊長命令よ。帰ってきなさい」

葉月は日本語で強く富永に向けて言い放った。

「…………」

葉月の『隊長』たる姿。それは『御園中佐が本気』の時だ。

じゃじゃ馬が『本気』を出すと男達が逆らえない『力』を備えていることは

この彼女と同世代で部隊を歩んできた富永はもう良く知っていたから……

それに『葉月の本気』は、先程の『魔女のような戦闘』を目の当たりにしていたから余計にだった。

彼はうなだれるようにして一歩……そしてもう一歩……と、

小池を置いていくことが気残りのようにして、おぼつかない足取りで葉月の所に戻ってきた。

葉月はすぐに富永をサムの横に行くように促す。

次は……『小池のお兄さん』だ。

葉月の『決心』を見て……林に撃ち抜かれた足を押さえられている小池がもがき始める。

「おい! その『小娘のはったり』に乗るなんてたいしたことない男だな!

その『小娘』は気が強いだけ、お転婆なだけだ!

可愛い娘をこんな前線に出す父親が何処にいるんだ!?

将軍ならなおさらだ! 娘を使うよりも、より屈強な海兵員を何人でも動かせる地位だぞ!?

そんな『はったり』を信じるのかよ??」

小池が力を振り絞って『林』にむけて言い放った!

林が英語で喚く小池を睨み降ろしながら銃を構えたのだ!

(余計なことを!!)

葉月のせっかく仕掛けた『駆け引き』

それは小池を助けるための『駆け引き』

なのに──! 富永同様、小池は後輩以上に『お嬢の犠牲で助けられても嬉しくない!』

と、ばかりに『駆け引き』をぶち壊そうとしたのだ!

だが……彼は小池に向けて引き金は引かなかった。

小池の『必死な姿』が『女を助けるため』とも取れたのだろう……。

林が葉月を確認するようにジッと……見つめ直した。

小池が言う事も『一理ある』と警戒を始めた目つきだと葉月は悟る……。

『……嬉しいけど……お兄さんの気遣いは嬉しいけど……!』

葉月は……そう唇を噛みしめて……

林が葉月に『興味を無くす前に』……と

黒いハイネックのアンダーシャツの襟下へと手を突っ込んだ。

『!?』

葉月が襟下に突っ込んだ手が……彼女の胸元でうごめいたから

そこにいる男全員が……葉月の奇妙な行動に動きを止めて固唾を飲む。

そして葉月が胸元から取りだした物が……

シャラリ……と彼女の白い手、朝日の中輝きだした。

紅い輝き……蒼い輝き……。

そして金色の輝き……。

『!!』

それを確認した男達全員が動きを止めて息を呑んだ。

その静寂の中、葉月が『指輪』を通している鎖を首から外す。

そこから彼女は『海の氷月』と呼ばれるサファイアの指輪を鎖から外し……

指につまんで……背後にいる栗毛の男に肩越しにそれを見せつける。

「そこの傭兵さん? これ、あげるから私の仲間に手を出さずにこっちに来て」

「葉月! 何言い出すんだ! その指輪はお前のだろ!?

航空ショーのメンバーに選ばれたときに……お祝いに博士からもらった物じゃないか!!」

達也はその指輪をもらった『小笠原基地式典』の時、フロリダからブラウン少将と供に

『来賓』として訪ねてきていた。

だから……この指輪をもらった葉月の事を別れた後だったとはいえ、一緒に喜んでくれた。

そんな『思い出』が急に葉月にも蘇ったが……

「うるさいわね。これは私の物なのだからどうしようと勝手でしょ!」

「……」

平淡な表情で言い返してきた葉月に達也は、また……

葉月の『思いつき』に何かあると解ってかそれ以上は止めようとはしなかった。

「俺をどうするつもりだ」

「これが本物かどうか……ボスの所まで持っていくのよ」

葉月は振り向かないで肩越しにその指輪を見せたまま……

今度は、『ピジョンブラッド』のルビーを、林に向けて差し出した。

「本物だろうな?」

林が疑わしそうに呟く。

「お目が高い闇男さんなら……『ピジョンブラッド』といえば……解るかしら?」

『ピジョンブラッド!?』

林よりも彼の後ろにいる『孫』が驚きの声を漏らした。

「ゲイリー……そのサファイアもってこい」

「オーライ……」

そう……葉月は達也に言い付けた『作戦』を実行するために

先ずは背後にいるあの西洋男を林の所に戻そうと……移動させるために計ったのだ。

その西洋男の『ゲイリー』が歩き出すと……サムが銃を構えたのだが……

「サム、手を出さないで。今は交渉中よ」

サムが悔しそうに舌打ちをしたのだが……大人しく言うことを聞いてくれた。

自分の背後に大きな男が静かに近づいてくる……。

「……もらうぞ」

「どうぞ? ボスに見せて上げて」

葉月の指から……サファイアがつままれて……

ゲイリーが横を通りすがって林の元に戻っていく。

(これで背後が空いた。いつでも行ける)

葉月はそう思って達也に視線を送った。

ここまで葉月が一人で『駆け引き』を詰めてきたのだ。

達也も『もう、止められない……やるしかない』と心を決してくれたのか……

そっと頷いてくれたので、葉月も益々『覚悟』が固まって行く……!

ゲイリーの手から林に『海の氷月』が手渡された。

林は小池に銃を向けたまま、その指輪を一通り眺めて……

「はったりだった場合は……この男を殺す」

葉月を人睨みして……そっと孫に渡した。

すると小柄な東洋人の孫はすぐさま……胸元から銀色の『ルーペ』を取りだしたではないか?

(彼は……鑑定の腕も持っているわけ?)

闇の男は……ジュールもエドもそうだったが……

『戦闘』以外の『能力』も持っているのだと葉月は妙な感心が生じたのだが

(好都合だわ……)

孫は朝日に指輪を照らしながらルーペで慎重にサファイアを眺めて……

『兄貴……!』

林の耳元へ……ヒソヒソと何か耳打ちを始める。

林も孫からの報告を受けるなり……一瞬驚いたような表情を浮かべて……

「……お前、何者だ?」

今度は葉月を疑わしそうに下から上と眺めるのだ。

どうやらそのサファイアが、市場ではあまり出回っていない『希少物』だと解ったようだ。

「あら? お目が確かの様で安心したわ? 偽物と騒がれたらどうしようかと……」

葉月が『ニヤリ』と微笑み返すと……彼から今までの余裕の笑顔が消える。

「そのルビーも本物だろうな?」

「そのサファイアの所有権は私にあるから簡単にあげたけど……

このルビーはそれ以上のレアもので『家』のものだから簡単にはあげられない。

これも欲しいなら、私の身体ごと……そこの私の仲間と交換よ」

「……いいだろう!」

やっと納得したのか林は踏みつけている小池の襟首を片手で掴んで彼を立ち上がらせる。

『くそ! お嬢……』

結局……葉月が『犠牲』になる。

小池は悔しそうに顔を歪めた。

「お前が先に一歩前に出ろ」

林はまだ警戒して、小池を差し出そうとはしてくれない。

『達也……頼んだわよ。絶対に……助けに来て!』

小声で肩越しに囁くと……達也から確固たる意志を固めた輝く瞳の視線が返される。

『お前こそ……ヤケ起こさずに堪えろよ!』

葉月も頷く……。

そして──

葉月も相手の警戒心を解くために言われた通りに……一歩前へ出る。

それを見て林が『ニヤリ』とまた余裕いっぱい微笑んだ。

「早く、返して」

「もう一歩前だ」

葉月も頬を引きつらせたが……言われた通りにもう一歩近づいた。

「こいつを押し出す。それと同時に俺の所に来い」

(なんで、こいつばかり命令するのよ!)

葉月はだんだん腹立たしくなってきて……

手に握っているルビーを風が入ってくる窓辺に腕を伸ばして近づけた。

「何のつもりだ」

「その隊員を殺したり、約束を守ってくれなかったら投げて捨てる」

葉月が真顔で呟くと……

「ははは! いい度胸してんなぁ。いいだろう? 孫、ゲイリー手を出すな」

『オーライ』

林の背後にいる2人の男が銃を降ろしたので……葉月はホッとする。

「よし……お前こそ、約束は守れよ? お前が言い出したのだから……」

林が持ち上げている小池をさらに立たせようと襟首を掴みあげて……

「来い!」

葉月の横めがけて……小池を力一杯、林が通路に押し出した!

『お嬢!』

小池は足を負傷していたから……よろめきながら葉月の横を通りすがりながら……倒れそうになる。

葉月は……

その切なそうな小池の声を耳にかすめて……

大きく一歩前に踏み出して……

「よーし! 上等だ!!」

林の勝ち誇ったような笑顔に上機嫌な声。

黒い長い腕がすぐさま葉月に向かって伸びてきて、葉月の腕を鷲掴みにする!

「く!!」

適わぬ力で林の胸元に引き寄せられて、すぐに長い腕で

葉月の細い首が固められた!

小池が床に跪いたのと同時に……

葉月のこめかみに林がすぐさま銃口をひっつけてくる!

「達也! 早く!!」

林の胸に押さえ込まれてすぐに葉月は叫んだ!

「覚えていろよ! お前をすぐに『仕留めてやる』!!」

達也は日本語で林にそう叫ぶと、ゲイリーが先ほどまで構えていた背後へと走り出す!

葉月のその声を合図に、サムが小池に駆け寄って彼を越しあげる!

『兄貴! 奴らが逃げるぞ!』

林の後ろで孫とゲイリーが銃を構えたのが葉月の耳に伝わった!

「手を出すな! 出したら捨てる!!」

まだ自由が利く腕を振り上げて葉月は拳を窓辺に向けた!

葉月の拳からはみだしているプラチナの鎖が朝日にキラリと空中で光の弧を描く……。

「あ! 捨てるなよ!! それも見せろ!」

興味があるのか孫が驚いて銃の構えを解いた!

「おい……約束だろ! そんな事をするな!!」

林にその腕を掴まれて、その行為は止められる。

「孫、ゲイリー……海兵員達はどうでも良い! 追いかけるな!

この嬢ちゃんがいればどうにでもなる!」

そこでこの男達と揉み合っているうちに、大男のサムが小池を担ぎ上げて

富永が銃を構えて達也の後を追って走り出した!

「後で絶対に!!」

サムが一言そういって達也を追いかける!

達也はすでに階段がある彼方に姿を小さくして走り去っていた……。

『達也──』

その姿が早々に……葉月の視界から消えた……。

「なんだ。お前を捨てて逃げたか……それとも? 何かまだあるのかな?」

サムの姿も遠くに遠のいていった。

犯人の手の中に葉月は一人……残されて……。

「孫──嬢ちゃんのブーツを脱がせろ。ゲイリーはアーマーパンツだ!」

そう言いながら林も片腕で葉月を押さえ込んだまま、腰からナイフを取りだした!

『オーライ!』

3人の男が葉月の身体に群がる!

『パパ! 隼人さん!! 達也──』

葉月は瞳を固くつぶった……。