49.うさぎ略奪

 林に抱きかかえられたまま……葉月は機会を狙っていた……。

でも──

(どうしよう……もう、階段に来てしまったわ……窓辺がダメなら外に出して……)

──宿舎の前にこの男達を差し向けないと!──

葉月の額に焦りの汗が滲み始めていた。

色々と考え込んでいる葉月が大人しいので……林は抱きかかえたまま得意気そうだ。

「この世の贅沢をお前にさせてあげるからな。お前の父親より金を出してやる。

ブランドは何が好みだ? ディオールか? シャネルか?

こんな女がやってもどうしようもない仕事なんかやめちまえ。 綺麗に暮らすようにさせてやる」

(なんだ……この男も、あの眼鏡の金髪と同じ事言うのね?)

葉月は朝方、対決をした眼鏡の男とそっくりの事を再びいわれて

なんだか急に拍子抜けした。

だが──

そう思うとふと同じように『簡単』に見えてきたような気がした。

「ベルサーチ」

「ベルサーチ?」

「──のスーツが似合う男が好き」

「……ははぁ……お前の父親はベルサーチを着るのか?」

「私の最高の男がいつもベルサーチ」

そう言うと……急に彼の顔が強ばったので葉月は首を傾げた。

ちょっとからかうつもりだったのだが……

「それから──彼は私にダイヤが三連も縁を飾る真っ赤な『モナコの華』の時計もくれたわ」

「……モナコの華!?」

側にいた『貴金属専門』らしい孫がまた声を上げた!

「カルティエにブルガリなんて当たり前……それ、してくれるの?」

林の顔がまた引きつった……。

「そんな男と付き合っているのに何故? こんな前線に進んで出てくる?」

その疑問も当然だろうが……

「最高の『仕事人』だから──仕事も私の扱いも超一流

私が最高の仕事をすると彼はすごく私を誉めてくれるから……」

 

『くす……』

その様子を眺めていた通気口の黒猫ファミリー……。

栗毛のエドが純一の横で少しばかり笑いをこぼした。

『あれ……ボスのことですよ?』

『だまれ──』

何故か純一が珍しく照れくさそうにエドに釘を刺したので……

エドも笑いたいところだが……その笑みを何とか噛み殺す……。

 

「やれやれ……林、お前が気に入ったその嬢ちゃん、金では釣れそうにないな」

ゲイリーが呆れたため息をついた。

「兄貴──いつでもルビーと交換するよ〜♪」

「…………」

葉月が純一のことを例えて話した途端に……林の表情が硬くなった。

(あら〜? 意外と簡単に傷ついたみたい)

思わず微笑みが浮かびそうになったが堪えた。

(おにいちゃま程の男がそういるわけないものね〜♪)

そう思った途端に……

彼がその腕から葉月を床に降ろした……。

そして──すぐさま、側にある壁に身体を押さえつけられる!

「なによ! 私の最高の男に適わないと怒ったわけ!? 意外と甲斐性ないのね!!」

「金はある! 俺はベルサーチ好きの男は嫌いだ!

特に日本人! なにが良くてベルサーチを好むんだ!!

特に黒いスーツを好む男も好きじゃない! それだけは覚えておけ!!」

(え? まるでお兄ちゃまのこと言っているみたい??)

と、葉月が驚いた隙に……

『ンンン──!!』

背の高い林に肩を壁に押さえつけられて無理矢理、唇をふさがれた!

彼の舌が強引に葉月の唇を割って入ってくる──。

『ン……!!』

頭を振って抵抗したが、林の手で頭が固定される。

その息苦しさに葉月は窒息しそうになる──。

『──!! いや!!』

やっと彼の唇が離れて、葉月は顔を背けた。

「金でなびかないなら……身体でなびかす」

「ちっとも──感じないわよ!」

「じゃぁ……そうなるようにしても良いぞ? それは自信がある」

「バカ! そうゆう事口で言う男が一番下手に決まっているのよ!!」

「なんだと!?」

気強い葉月の言い返し。 何をしても怯みやしない葉月に

林は妙にムキになりはじめていた。

それを一番冷静に見抜いたのは栗毛のゲイリー。

「林。その辺にしておけよ? そんな小娘の手に乗っている場合か?

揉み合うなら事が済んでから、時間をかけてやった方が楽しいだろ?」

「まったく──そうだよ兄貴……兄貴らしくないったら……」

孫も呆れたようにため息をこぼして『やれやれ』といった感じ──。

「ふん──……」

林も我に返ったのか、輝く黒髪を額でかき上げてやっと葉月から離れた。

「ゲイリーの言う事ももっとも──絶対に飼い慣らす」

そう葉月を睨み付けてまた抱きかかえられる……。

(ああ──しまった! 今降ろされた隙に窓辺に逃げていれば──)

その隙を与えてくれないところは、さすがプロとでも言うべきか……

林の手は絶対に葉月の身体を一時も離そうとしなかった。

そうして──階段に差し掛かったとき……。

 

『大人しく投降しろ!』

 

階段の踊り場から下にかけて……海兵員達が銃編成を組んで待ちかまえていた。

「ほら──兄貴。お嬢ちゃんに構い過ぎだ」

孫は呆れて銃を肩越しに構えた。

「まぁ──解っていたことだ。だろ? 林?」

ゲイリーも疲れたようなおどけた顔を海兵員に向けて銃を構える……。

林は無反応で……葉月に煽られた自尊心の揺らぎももう収まった様子。

この男達のその余裕──。

葉月は──『まったく追いつめられたとも、思っていないのね?』──と、嫌な気持ちになってくる。

すると林が急に葉月を腕から降ろして……

黒いコートの裾をなびかせて、事もあろうか堂々と階段踊り場に向けて姿を露わにした!

勿論! 自分の身体の前に戦闘服を切り裂かれた肌も露わな裸足の葉月を差し出した!

 

「総監将軍殿の娘だ……撃つなら撃ってみろ!!」

 

海兵員達は葉月の哀れな姿を目にしてかなり衝撃を走らせたようだった……。

「何しているのよ! 私に当たっても構わない! 撃ちなさい!!」

葉月がそう気強く叫んでも……

やはり『人質』しかも『女』──もっというと『将軍の娘』

皆が銃を構えはしても、撃とうともしない……。

「ははは! お前の言うとおり利用価値の効果は絶大だな!

本当に将軍の娘なのだなぁ──!!」

海兵員の怖じけようは予想済みとばかりに林の勝ち誇った堂々たる姿──。

葉月としては……情けないばかり……。

「将軍の娘だから、犯人の手に自ら落ちたのよ!

撃たない臆病者は海兵員失格! 任務放棄! 父に報告をする!!」

葉月の生意気な『将軍娘口調』に、少しばかり海兵員達は押されたのか……

一部が銃を構えた……。

だが……構えただけで引き金は引こうともしない……。

葉月は苦虫を噛みつぶすような気持ちでもう一声!

「私は父の命を受けて、ここに潜入したのよ!

父は私がこうなる事も覚悟の上! 私は娘じゃない! 父の部下だ!」

その叫びにでまた数人──銃を構えた。

(この! まだ、躊躇うつもり!?)

「なによ! 隊長は何処の誰!? 前に出てきなさい!!

部署と名前を! 父に言い付けてやる!!」

「ほう──本当にお前は気が強いのだなぁ! あはは──!!」

葉月一人の叫びに誰も反応しないのを見て、

林が可笑しそうに葉月の背中にまとわりついた。

 

「いい加減にしろ──そんな生意気小娘の命令が通用すると思っているのか!?」

 

『!!』

銃を構える海兵員の列から、一人の男が飛び出してきた!

(は……隼人さん!!)

「中佐如きが、父親をカサにして命令か!?」

(なんですって──!?)

何故だか、そんな『攻撃命令』を止めた側近に葉月は瞬間沸騰! 頭に血が上った!

だが──

葉月の背にまとわりついていた林の方が、今までと違う反応をする。

「……知っているのか? あの男?」

葉月の耳元でそっと囁いた。

(側近と言えば……この男、絶対に隼人さんをもてあそぶに決まっているわ)

葉月はそこで首を振った。

「だが、ここの誰よりも──中佐の命令は、『側近』の俺が一番最初に実行する!」

なのに──隼人はまったく葉月の意志を無視した言葉を発したのだ。

「側近?」

いぶかしむ林に向けて隼人が列の先頭で怯むことなく林に銃を構えた!

「!?」

林の動きも急に戦闘に入ったのか、彼は葉月の耳元で銃を構えたのだ。

(やめて! 隼人さん一人じゃどうにもならないわよ!!)

葉月の慌てようも関係なく──

「その俺の上官を返してもらおうか?」

眼鏡の奥から放たれる鋭い視線が葉月を通り越して林に静かに送られる。

「上官だと? この小娘が?? あははは──!!!」

「笑いたければ笑え。 そこにいる上官のことを俺は『女』と思っちゃいないが

軍人として側近になった以上は彼女の補佐を全うする使命がある」

(……女と思っていない……ね)

葉月はいつもは大人しく天の邪鬼でもある隼人の逞しい言葉に何故かうつむいて微笑んでいた。

そう──

葉月は今は軍人として動いている。

こうして危険を冒して敵の手に捕まるように、仕掛けたのも自分。

自分に構わずに銃を撃つように煽ったのも自分。

隼人は今……葉月の『相棒』として葉月の気持ちに一番共鳴してくれているのが伝わったのだ。

『女じゃない俺の相棒』と……。

彼に初めて同等の軍人として扱われたと痛感、再認識した瞬間だった。

「少佐! 射撃命令!!」

葉月が叫ぶと……躊躇うことなく隼人が銃を林に向けて発砲した!

「ズガン! ズガン!!」

林が瞬時に──葉月の身体を屈するように折り曲げて頭を下げる!

(こいつが……私を殺さない……利用価値があるだけ殺さないと解っていたのね!?)

隼人の読みは当たりだったらしい。

勿論、隼人は『威嚇』するだけの方向にしか発砲しなかったが

林の行動は隼人の『読み』を裏付けて、葉月を盾にしても葉月が死に至ることはまだしようとしない。

それと同時に──

『威嚇程度に撃て』

そんな海兵隊員の囁きが葉月の耳をかすめた。

『撃て!!』

側近が上官の危険を省みずに発砲したことで『弾み』がやっとついたのか……。

林が葉月を真っ向から盾にしなかった事を悟ったのか……。

海兵員達が林と葉月の身体の横スレスレに飛ぶ射撃を開始した!

『ドキュン! ドキュン!!』

『ズキュン──!!』

何丁もの銃の射撃音! 葉月の耳に高速音が何度もかすっていく!

『くそ!』

身動きがとれないのか、林が初めて焦りを滲ませた一言を漏らした。

「兄貴!?」 「林!」

階段に降りる手前の曲がり角壁影に隠れていた林の仲間2人が叫んだ。

「来るな! 大丈夫だ!!」

そして林は銃弾の雨の中、葉月を抱きすくめながら耳元で囁いた。

「あれがお前の男か!? そう金を持っているようには見えないがな?」

林が銃撃の中、『ガチャ!』と黒い銃を葉月の耳元で構える!

(隼人さん──!!)

この男なら、一度狙えば外さない! 絶対に隼人は撃たれる!

葉月はそう直感して……

『当たらないで!!』

林が銃の引き金を葉月の耳元で引いた音と同時に──

銃弾の雨の中、林の腕を逸らすように身体いっぱいに林の腕を肩で跳ね上げた!

「ズキュン──!!!」

林が隼人に向けて撃った弾丸は天井の蛍光灯に当たって階段の中央辺りで

ガラスの破片が飛び散った!

「この!? 何をする!!」

林の腕を逸らした葉月は、林の胸元から少しばかり身体がはみだした……。

そして──!!

『アゥ──!!』

葉月の身体は銃弾の雨に弾かれて……林の胸元に押し返される!!

『!!? 葉月──!?』

「発砲、中止!!!」

威嚇狙撃が『ピタ!』と止んでまた、階段付近は静かになる……。

 

隼人がその姿を確認したときは……彼女の紺色の袖が真っ赤に染まり始めたところ!

そう、腕に弾がかすったようだった!

さすがの葉月もその痛みのせいか少しばかり立つ力を失う。

そのよろめいた葉月を林が背中から抱き起こす。

「……しょうもないお転婆娘だ……益々気に入ったなぁ……」

「…………」

痛みに堪えている葉月の頬に林がまた冷たい頬を寄せてくる。

その余裕で得意気そうな微笑み……。

「ははは! 強気なお前がこれで少しは大人しくなるな!」

「うう!!」

林は葉月の負傷した腕を大きな手で力一杯、握りつぶす。

葉月も力が入らなくなって、彼の腕の中しなだれた。

 

「オイ──側近」

林が隼人を階段の上から見下ろして声をかける。

「!?」

葉月はしなだれた身体を拘束された腕を引っ張られて反射的に背を逸らして起こされる。

そして……

「たしかこのお前の上官は……『女じゃない』と言ったよな?」

林は葉月の身体を思うがままに逸らさせたまま、腰からナイフを取りだした。

「だったら──平気だよな?」

そのナイフが葉月の黒いスポーツブラのアンダーサインを這い始める。

(葉月──!)

その黒い男が何をするのか解って隼人の身体は自然と前に出たのだが!

「やめろ! サワムラ少佐!」

幾人かの隊員に肩を掴まれて前進を止められる!

「こいつが女かどうか試してみようじゃないか?」

林が葉月の細い首にナイフをあてて……

「あ……!」

葉月が一声小さく漏らした……

林の大きな手が葉月の谷間に潜ったのだ!

(このやろう──!!!)

今度は隼人の頭に血が上る!だが──海兵員に押さえ込まれる!

「ほーらな……俺が羨ましいか? 大きくはないがいい手触りだ……」

「……」

その男の手が……隼人の大事なウサギをもてあそんでいる……。

だが──隼人がもっと怒りを燃やしたのは葉月が苦しそうに顔を歪めていることだ!

葉月が一番やって欲しくない事をあの男は葉月に強制している!

(葉月──!)

隼人の頭に中に──

あの……『山本少佐事件』が蘇る!

葉月は男に襲われて……その後、何か壊れたように意識を無くしたあの時のことを!

(壊すな! 葉月が壊れるだろ!?)

自分の恋人が他の男に目の前でいいように触られている光景も、悔しいが──

それを上回って、隼人は葉月の表情の変化を一番に恐れた!!

(くそ──!!)

「ははは──悔しそうな顔しているぜ? 側近。

偉そうな事言ってやっぱり……お前にとっては惜しい女のようだな?」

林の勝ち誇った微笑み──。

「さて──この嬢ちゃんが俺に反応していれば立派な女と言う事だ」

林の手がやっと葉月の胸元から引いていく……。

だが──彼が次ぎに狙うのは……言葉通り……葉月のショーツに向かって行く!

『この外道!』

『なんとかやめさせろ!』

『将軍が……哀しむぞ!?』

見かねた海兵員達のそんな囁く声!

葉月が──隼人のウサギが男にもてあそばれていると同時に

仲間の目の前で辱められて行く!

(おちつけ! ここでムキになったら……あの男の思うつぼだ!)

隼人は頭を振って何とか冷静を勤めようとした。

『は……はやとさ……ん』

林の手がショーツに潜り込もうとしている時……

葉月のそんな小さな声が聞こえて隼人は階段を見上げた……。

葉月が……じっと潤んだ瞳で隼人を見下ろして見つめている……

『葉月──……』

その瞳……隼人が一番良く知っている……あの瞳だった。

いつも隼人を悩ませている美しくて透き通っていて……そして氷のような瞳。

溶けてくれない、切なそうで、哀しそうで……それでいて潤んでいる瞳。

シーツの上で戯れる時──隼人を悩ませているあの困らせる瞳だった……。

 

いつもは焦れったいぐらい焦らされて隼人の胸を焦がしてきたその瞳は……

急に隼人に安心感を与えた。

その瞳に困るのが自分の時は大変に悩まされるのだが……

他の男に触られてその瞳をされると大いに笑えるから……おかしなものだと……

 

そして……隼人は、自分の恋人が……

他の男に吟味されて行くのを見届けてしまった……。

だが……そこで隼人はおもわず『ニヤリ』と微笑んでしまった……。

そう──案の定……林の表情が腑に落ちない顔を刻んだのだ。

葉月がそう簡単に『反応しない事』

瞳も『氷』なら、身体も『氷』なのだ!

 

「あはは──! おい、黒男。 もっと見せつけてくれよ!」

隼人が笑うと……林の手先が止まり諦めたのかやっと葉月の下着から手が退いた。

「……」

「その女が悶えるところを一度見てみたかったからさ!」

「──なんだと?」

「おい。どうしたんだよ? その女反応していたか??

俺ならその女、すぐに反応させられるぞ? そうだよな? 『葉月』」

隼人が『ニヤリ』と葉月に微笑みを投げかけると……

葉月は額に汗を浮かべながら力無く頷き、そっと微笑み返してきた。

海兵員達が背後で隼人の大胆な発言に『唖然』としていたが、お構いなし。

「女の触り方──知らないんだな。 こりゃ、お笑いだ。

なるほど? だから『金稼ぎ』しかなくてこんな犯行に及んだのか?」

今度は隼人が勝ち誇った微笑みを林に向けると……

初めて彼が屈辱の表情を露わにした!

『今からが本当の危機だ!』

葉月があれ以上辱められるのは『くい止めた』

その次は──

「いいだろう──『遊び』はここまでだ。本題はここからだ」

(来た!)

隼人は再び銃を構える!

その証拠に林は葉月の身体をもてあそぶのを瞬時にやめて……

葉月を真っ直ぐに隼人に差し向けて……葉月のこめかみに銃をあてた!

「戦闘用ヘリを一機用意しろ」

「…………用意すれば、そのお嬢さんを返してくれるのか?」

「どうだかな? もう一つ、条件がある。この娘の『父親』を呼べ。通信交信でも構わない」

(身代金強請か!?)

隼人は思った以上の話に展開して一瞬戸惑った!

「この2つの条件の実行が確認できたら、この嬢ちゃんを帰すかどうか考える」

「それでは、交換条件が成り立たない。飲み込めない」

隼人の『キッパリ』した断りに、林がさらに葉月のこめかみに銃をあてて、

挙げ句、葉月の片胸をまた鷲掴みにした。

それが隼人には一番堪える……。

すると──

「お願い──少佐……この男の言うとおりにして……

先ずは……ヘリを……この棟と『宿舎』の間の『広場』に手配して……」

葉月が力無く囁いた。

「ほぅ? どうした? 俺が怖くなったのか? 協力してくれるとは……

いいぞ? そんなに怖がらなくても……俺が優しい男だと知っているだろ?」

林が満足そうに葉月の頬に唇をあてた……。

(この棟と……『宿舎』の間の広場?)

隼人はその構図を頭に描いて……

(あ──!)

『御園中佐は絶対に窓辺に誘い出すよ!』

隼人はフォスターの言葉を思い出し──

宿舎屋上に今『射撃隊』が編成されている事を思い出した!

そう──葉月が大人しくその『条件』を飲み込もうとしたのも……

先ずは窓際だろうが何だろうが……犯人を『宿舎前』に引きずり出すこと!

「解った……すぐに手配する」

「それで……そこの二階の『部屋』から下に降りてヘリに私が誘導するから……

それまでは、この男達と一緒にいる……。手を出さないで」

林は少しばかり驚いて葉月の顔を覗き込んだ。

だが──葉月のその言葉に隼人はもっと頷いた。

『一緒にいる』はかなり心配だったが犯人を油断させるためだと解ったから……

二階から『下に降りる』事になるかどうかは解らないが

その『行動経路』なら……『窓際』に近づく、通過するは確実だ。

窓際が失敗しても下に降りれば外に誘い出したことになる……。

これは葉月が狙った『チャンス!』

それなら隼人も『補佐』しなくてはならない!

 

隼人は即座に葉月と林に返事を返す。

「この階段から上には行かないようにする。ただし──

そのお嬢さんを隙を縫って連れて行かれると困るので『包囲網』は解除しない」

隼人の『確約提案』

「いいだろう──だが、父親との交信は?」

「ヘリを手配したら……私から父に連絡を取るから……それで良いでしょう?『ボス』」

葉月が急に弱々しく、次々と犯人側の要求を飲み込むよう促すので

林は益々満足なのか?

「よーし……いい子だ……。お前のその部下への指示受け入れよう?

おい、側近──上官命令だ、至急手配しろ……

早いほうがいいぞ? 俺はこいつとそこの部屋でヘリがくるまで……」

林が隼人を挑発するように『ニヤリ』と笑いかけてきた。

「このお嬢ちゃんをもう一度『吟味』だ──」

『このやろう! 振り出しに戻ったか!』

だが──この男を『標的』にするには一歩前に進んだ。

「すぐ、手配にかかる……!」

隼人は林を睨み付けて、すぐに包囲隊の群から離れようと背を向けた。

「おい。側近……日本人のくせに似合わない『ベルサーチ』はやめておけ」

林がバカにしたような声で隼人の背に、そう……投げかけてきた。

「ベルサーチ? 何のことだ??」

隼人が不可解そうに振り向くと、林も訝しそうに首を傾げて葉月を見下ろしていた。

「早く……行ってちょうだい! 少佐!!」

「…………」

葉月の指先から、血液がポタリ……と床に落ちたのを見て、隼人もすぐに走り出す……!

『この将軍の娘の命令だ……お前達……階段を上がってくるなよ!』

一階に降りた時──そんな奴の声が隼人の耳に届いた……。

『中佐!』

『御園中佐!!』

包囲隊の彼等が……葉月が犯人の黒い男に……

言葉通り、二階の部屋に連れ込まれたのだと隼人には解った。

『くそ──! 触られるのは仕方ないとしても……!』

ヘリを準備するまでに、葉月がなんとかやり過ごして、抵抗して、身体が言う事を聞かないことを

隼人は願いながら、全速力で廊下を走り抜ける!

『もし──いいようにされても……』

その後──自分が葉月に対してどう思うかなんて、今は解らない……。

でも──

『帰ったら──あんな男に触られたことなんて……

俺が数倍にして……絶対にまた男は怖いなんて思わせないようにしてやるから!!』

そんな事しか……今の隼人には思いつかない……。

向かう先は『発電所』

滑走路に着陸した『救援隊ヘリ』を誘導して……

そしてその次ぎに向かうは『宿舎屋上』

達也に葉月と犯人がいる位置を教えなくてはならない!

(ところで……なんで『ベルサーチはやめろ』と言われたのだろう??)

そんな疑問も含めながら──とにかく隼人は走り抜けて……

また、マルセイユの青空に飛び出す!!