52.誰もいない

 御園亮介は途端に唇を噛みしめて……なんと! 今度こそ細川に喰らい付いてきた!!

「葉月の父親はこの私だ!!」

元・パイロットでもある純日本人で細身の細川の襟元は、

体格の良い西洋よりの海兵員、御園亮介に顔が歪むぐらい掴みあげられたのだ!

でも、細川も『悪友』などに怯まない。

すぐに襟元を掴まれている悪友の腕を力任せに振りほどこうとしたのだが……

「いくら昔なじみのお前でも! それは『出過ぎ』って奴じゃないのか??」

やはり、武芸達者の『御園亮介』

細身の細川は、側にあった作戦デスクの上にいとも簡単に組み伏せられた!

「このバカタレ! お前がいつもそうして葉月に遠慮しているから

俺や登貴子さんが毎回苦労するのじゃないか??」

いい大人のしかも……『将軍二人』が、まるで血気盛んな若者のような取っ組み合い!

「しょ……将軍! やめて下さい!!」

アルマン大佐が驚いて、駆け寄る……。

管制員と山中とデイブは、デスクで展開される様に『唖然』としている。

「いいのですよ。やらせてあげて下さい」

アルマンが飛び込もうとしたところ、マイクが落ち着き払って片腕で

アルマンの勢いをを止めてしまった。

「この! いつもすました顔して良い格好ばかり!

だから、葉月は昔からそうしてお前に『尊敬』と『憧れ』を抱いて

『パイロット』になってしまったではないか! 私は音楽家にさせたかったんだ!!

そればかりか『登貴子』までお前のことにいつまでも肩をもつ!

私の良いところ、すべてお前がかっさらって行くのだな!!」

「この! クソオヤジ! まだわからんのか!?

お前がそうして遠くにいるから、葉月が不憫で側にいるだけだ!」

「お前、昔、『娘が欲しい』といつも言っていたな! それで葉月に気をかけるのだな!?

私だって『息子』が欲しかったぞ! お前の息子は二人とも立派な軍人!

どれだけ羨ましかったか解るか? この!!」

「お前こそなんだ! そんなに娘が可愛いのなら

娘のことを『息子』と例える前に……」

亮介の『押さえ技』に組み伏せられてばかりの細川が……

顔を真っ赤にして亮介の腕を……力一杯除けようともがく。

その男の本気の力が徐々に『巧み技』の持ち主の力を押し返し始めた!

「娘を……他のものに例える前に……

ある力、『力一杯』止めるのも父親の力じゃないのか??

娘が『中佐』だと? 『中隊長』だと? 娘以外に何が邪魔なんだ!

そんな事だから……『17年前』……お前は『後悔』したのじゃないなのか??

また! それを繰り返す馬鹿な『同期生』を持った覚えはない!!!」

──『17年前の父親の後悔』──

亮介にとってもタブーである事を細川が真っ向から突きつけてきた。

そこで……案の定……!

亮介が痛いところをつつかれてしまって……手元の力が緩んだ。

今度は『形勢逆転』──細川が亮介の襟首を掴みあげた!

「良いのですか?? ジャッジ中佐……いくら誰も解らない日本語でも……

彼女の『過去』は将軍の『過去』だし……いくら細川中将でも言い過ぎでは??」

葉月の事情を良く知っている山中が、うろたえながらマイクに止めるように促したが……

『首突っ込むな……山中』

そこはマイクと同世代でもあるデイブは良く解ってか後輩をさげさせた。

「…………」

マイクは作戦デスクで繰り広げられている『男同期生』の本音のぶつかり合いを

冷静に見届けようとジッと微動だにせずに立ちつくして眺めている。

形勢逆転──亮介の襟首を掴みあげた細川が

いつもは見せない熱の入った表情を宿して拳を握っていた……!

『ガツン──!』

もろに亮介の頬に細川の拳が命中。

『ガシャン──……』

亮介は、後ろによろめいて、管制員が座る椅子の背もたれにぶつかった。

そこにいるマイク以外の……

アルマン大佐も管制員も山中もデイブも……皆、一瞬息を止めたそんな沈黙が……。

「ったく! 昔から手間のかかる男だなぁ。恵まれているくせに変に気が弱くてなぁ

そんな、お前の面倒を見るために登貴子さんは嫁に行ったような物だな!」

拳がしびれたのか? 細川は手のひらを振りながら亮介を一瞥した。

「なんだと! 俺がお前から登貴子を奪ったことへの腹いせか!?」

そこで、亮介が頬を拳で押さえながら、また……細川に向かっていこうとする!

「中将? 今はそれどころじゃないでしょう?」

細川と亮介の間に……コートの裾をなびかせてマイクが『スッ』と静かに割って入ってきた。

そこで亮介を静かに見据える青い瞳に……亮介も動きが止まった。

「その後の言い合いは、後にされたらどうですか? これ以上は『威厳』に関わりますよ?

中将だってもう……ご自分のお気持ちに気づいたでしょう?

私は、そんな『冷徹』な上官に仕えている気はありませんよ??」

いつも側にいる側近の涼やかな落ち着いた青い瞳に……

亮介の熱も冷まされたのか……?

「…………良和、空は頼んだ」

着ているコートの襟を正して……亮介が一息つくと……

「お安いご用……総監」

すこし納得いかなそうな細川も襟元を正して、そう静かにいつもの無表情に。

亮介は、戸惑って注目している管制員がいる室内を見渡した。

そして──

「行くぞ! マイク!!」

亮介が紺色のロングコートを脱ぎ捨てた!

「イエッサー!!」

マイクもコートを脱ぎ捨てる!

そして──

「アルマン大佐、治療用のヘリと救急隊員を数名、至急手配だ」

細川からも、手配の指示が出される。

「中将! 私も!!」

山中もコートを脱いで追いかけようとしたのだが……その肩を細川に止められた。

「山中……お前の側近代理はもう解任だ。嬢の側には澤村がいることだしな」

「……」

「小笠原に帰ったら、散々嬢を叱ってやれ」

「……はい……」

山中が残念そうに引き下がって、すぐに細川はヘッドホンを再度頭に付ける。

「澤村……」

『中将? なにやら騒々しかったようですが??』

「オヤジが飛び出していった──それまで嬢を頼んだぞ

大型治療用ヘリと救援隊も手配した、総監は先にヘリで到着するだろう……」

『──!! 本当ですか!? あ……有り難うございます!』

隼人の安心した歓喜の声。

だが──まだ、危機は脱していない。

『まったく──また、アイツのせいで恥をかいた』

襟首を再び直して、黒い口ひげをふてくされてつまむ……。

細川は、管制室の窓から……

甲板にマイクを従えてヘリに乗り込む迷彩服の栗毛の男を見送った。

 『ふぅ……はぁはぁ……』

その頃、葉月は本能と理性の葛藤に挟まれて自分自身の戦いの最中だった。

身体中から汗が滲み出てきて、どうにも身体が火照ってきてどうしようもないが

葉月が本来、植え付けている固い意志が、僅かに抵抗を続けていた。

「兄貴──そろそろ良いんじゃないの? ほら、彼女だいぶ朦朧としているみたいだし」

そんな声が葉月の側で聞こえた。

だが……もう、その男がどんな顔をして自分を見下ろしているかも解らないほど……

『孫──試しに触って見ろ』

そんな声が微かに聞こえたのだ。

(もう──誰が何しても……解らないかも……)

葉月は心の底で、意識のないうちに、好きなように従えられる恐怖心が溢れていた。

「いいのかよ!? それは儲かり♪」

視界の端から……男の手が自分に向かってくるのが解った。

その手の行く先は、何処に行くかなど今の葉月にはもう予想が付けられない。

とにかく──自分が意識を無くさないことだけに精一杯だった。

だけれども……

「あっ……!」

なにをされたか解らないけど……妙に胸が焼けるような切ない感触が身体に走った!

「どう!? 俺の薬♪ 効果テキメンだろ? ちょっと触っただけなのに!」

「…………」

だが、葉月が恐れている男は……すぐに側に来ようとしなかったようだ。

『可愛い声だったよ? 兄貴そろそろどう?』

葉月一人の戦いはまだ続いている──。

 

 だが──その光景を見守っている男が一人いた……。

『葉月──しばらくの辛抱だ……よし、いいぞ……そのまま引きつけておけ!』

遠方スコープに黒い瞳をひっつけて……

精神統一、黒く大きなライフルを、うつ伏せで構えた達也は……

葉月が触られる場面を冷静に見守っていた。

(強気なお前が……どうしてそんなに大人しいのか?

まぁ──いいか、好都合だ……そのまま引きつけておけよ〜!)

そんな疑念を抱きながらも……葉月は今は丁度良い引きつけターゲット。

「ほら──兄貴! この子もだいぶ参っているみたいだよ♪」

「はぁ……はぁ……」

葉月の白い胸にまた……その男の手が伸びかけた……。

そして──

「葉月を触った代償は……きっちり受け取ってもらおうか!?」

達也の瞳に映るのは……窓辺側で寝そべっている葉月の側から離れない小柄な男。

風向き、距離感……そして最後に、標的が起こす動向予想への確かなる確信。

それが今、達也の感覚にすべてが揃った感触が身体中に走った!

『カチ──!』

達也の手元、指先が引き金を引いた!

「隊長──今、撃った! 一人に命中すれば狙撃をしていることがばれるはずだ。

俺が窓辺の狙撃をしくじった場合、その後、ヘリへ移動する際の……援護、頼んだぜ!」

達也はそう叫びながら……黒い銃口から飛び出していたはずの弾丸の行方を見届ける!

『うるさい! 俺が隊長だ。命令するな!

だが、お前の集中力の邪魔はしない。──了解!』

フォスター達もライフルを構えて精神統一、神経を研ぎ澄ませ始めた。

達也は行く末を遠方スコープからジッと見守る……。

 

「兄貴──ホ……ラ……」

『ドスッ!』

葉月の耳に、鈍い音が届いた──。

うつろな瞳で、今何が起きたか確認をしようと必死に瞳を開けると──!

(──!?)

孫の額の中央から……葉月の顔に身体に赤い飛沫が飛び散っているところ!

『孫──!』

『──!!』

──ドサ……──

自分の側でまた何か物音がする……。

でも、解った!! 側にいた小柄な男が倒れたのだと……。

『達也! ついにやってくれたわね!!』

妙な薬は飲まされたが、これでこの男達が自分を弄ぶ余裕はなくなったのだ。

ただ──今度は……

「この! こっちへ来い!!」

「──!」

黒い男が姿勢を低くして……

最高の『人質・葉月』をデスクから、無理矢理、床に引きずり降ろして手元に引き寄せる。

今度こそ……人質として『命』を盾にされる番だ!

林が葉月の細い首に長い腕を巻き付けて、胸から離すまいとキツク押し込める。

「へ……ヘリが来てたでしょ……早く乗らないと……父を呼ぶことが出来ない」

(窓際──窓際に引き寄せるのよ……)

葉月は、林の気が自分の身体から逸れた物の……

まだ、身体に起きた無性に焼ける感覚に息も絶え絶えだった。

ふと、その男の顔を見上げると……

そう──『兄貴・兄貴』と呼んでいた弟分の……無惨な遺体を悔しそうに見つめていた。

(そんな哀しい顔するなら……何故? こんな危険な事したのよ!!)

そう……思った。

彼の切れ長の瞳から……涙こそ見られはしなかったが……

「くそ──! アイツとは兄弟同然でずっと一緒だったのに!!」

(だったら──何故? こんな事をしたのよ──!!)

妙にその男の哀しい声に葉月は涙が浮かびそうになった。

やっぱり、殺し合いは『悲劇』しかもたらさない……。

「林──気持ちは解るが……ほら……」

栗毛の男が匍匐前進で……いつもの落ち着きで『ボス』の側へ寄ってきた。

悔しそうに顔を歪めている林にゲイリーが差し出した物……。

孫が手から握ってばかりいた、ピジョンブラッドの『鮮血の花』だった。

やっぱりその指輪は『血を好む』と葉月は一瞬頭に過ぎった。

『浅ましい人間が手にすると、不幸を招くのよ』

祖母の声が耳の奥にこだました……。

(おばあちゃま……本当だったみたい)

しかし、その弟分の血で塗られた指輪を林は、何事もなく手にして……

「……孫の形見だな」

(形見って……アンタにも同じ不幸が降りかかるから!!)

結局、自分の物にしてしまったその男がルビーを恍惚と眺める瞳に

葉月は先程の僅かな同情も吹き飛んでしまった。

 

 『ボス──なんとか助かりましたね……』

通気口で、ギリギリの所まで堪えて見守っていた黒猫ファミリー……。

それでも汗すらもかいていない『ボス』をエドはそっと見て汗を拭った。

『射撃小僧──腕を上げたな? 一発……流石だ

だが──これで窓際へ寄せる事には林が警戒を強くしたぞ?』

『確かに──お嬢様の危機を省みなければ……もう少し待つべきでしたね』

だが──誰だってあそこで葉月を犠牲には出来なかっただろう……。

エドはそう思った──。

現に、ボスの純一も……本気顔で銃を構えたほどだったから……

仕方のないタイミングではあったのだ。

それでも……やっぱり純一もそこでホッと静かに安堵のため息をこぼしたようだ。

 

 「スナイパーを持ち込んでいたか……

おい! 先程の生意気な日本人海兵員を逃がしたのはこのためだったのか!?」

『う──!!』

林が力一杯葉月の首を回している腕で締め上げてくる。

葉月も顔が歪む……首から上に息を吐くことが出来なくなる!

「林、よせ! その嬢ちゃんがいなくては、ヘリにも乗れないぞ!

見たところ、狙撃に恰好な位置はここからだと、向かいの屋上だ。

あの距離から、一発で仕留める腕だぞ? 人質の盾無しでは外に出られない!」

冷静なのはやっぱりこの男なのか?

林が気持ち任せに、葉月を締め上げていた腕をやっと我に返ったように緩めた。

『ゴホ……ゴホ!!』

身体は気だるく熱い……あの薬の作用で負傷した腕の痛みはほとんど感じないが……

出血のせいか、頭が『クラリ……』とする。

その上……殺される勢いで男に締め上げられて葉月は林の膝元でグッタリうなだれるだけ。

「来い!」

それでも──前を引き裂かれた戦闘服の襟元を力一杯……

何か荷物でも持つかのように乱暴に引き上げられて

葉月も逆らえずに、相手の思うとおりに立ち上がらされる。

「しっかり、立て!!」

「う……うるさい……アンタが……私をこんなにしておいて……」

そんな気丈な言葉だけはまだ残っていたが……

足元が本当に酒にでも酔ったようにふらつくばかり──。

それでも、林にまるで『物』のように乱暴に掴まれて、彼は窓際に行こうとする。

「ゲイリーは下がっていろ」

「オーライ……『ボス』」

今度こそ……彼の顔が迫真に迫っているのを葉月は確信した。

その証拠に、彼は銃を手にして……初めて葉月のこめかみに食い込むように押しつける。

「さぁ──とにかく、ヘリをお前の権力で引き寄せろ」

林が葉月を捕らえたときに耳から外した交信機を胸から取りだした。

(窓辺──……窓辺がすぐそこに──)

どんな状態でもいい。

どんな悪状況でもいい。

とにかく、窓辺にこの男を差し出さなくてはならない!

『後は……達也がどうにでもしてくれる!!』

葉月は息を切らしながら……よろめきながら……林に乱暴に掴まれながら……

おぼろげに見えて近づいてくる窓辺に林と向かった。

『達也なら……私ごと撃つことだって躊躇わない。

達也なら……上手く私を撃ち抜いてくれる……!!』

それが解っているから信じているから『怖くなんかない』

『レイ──! もうすこしよ! その男を日の光の中差し出すのよ!』

(お姉ちゃま──……解ってる!)

『ほら──純兄が何処かで見ているはずよ!』

(来てくれるのかな?)

『絶対、大丈夫!!』

(でも──本当は誰も来ないんだよね? ね? お姉ちゃま……)

また──姉の声が聞こえなくなった……。

葉月は林に掴まれながら……何故かフッと僅かに微笑んでしまった……。

しょうもない事を考えてしまった……そう、思ったのだ。

 

 「──!! 隊長! 葉月が……窓辺にあの男と見えた!」

達也は遠方スコープからすべての人物が消えてしまった後……

ジッと観察を続けて、やっとそれらしき人影を再度確認、叫んだ。

「よーし……正念場だ……」

フォスター達の呼吸が急に揃ったように静かになる。

達也もスコープの中に映し出される光景に緊張を漂わせた……。

 

『パイロットは……退去せよ……』

 

「──!!」

フォスターが耳に付けている交信機にそんな葉月の弱々しい声。

「海野──お嬢さんがパイロットの退去を交信機から……」

フォスターは何故か達也に報告……

達也はスコープを覗いたまま……

「アイツの言うとおりにしてやって下さい」

「わ……解った……そう、管制に伝える」

フォスターが交信機から聞こえた葉月の声を管制室に……

管制室のブリュエから……ヘリのパイロットに通じたのか……。

「海野、奥にいて見えないかもしれないが……ヘリのパイロットが退去したぞ」

「そうですか……おそらく、犯人は葉月に操縦させるつもりだ。

そうでなくても──自分で操縦するぐらいの腕はありそうだし。

要は葉月さえいれば……空を人質盾に自由に横切れるって寸法か……

絶対に──ヘリに乗せない! 窓辺で仕留める!!」

達也が、また引き金に指をかけて、スコープを覗いたその時──

 

「海野中佐──!!」

隼人が、薄暗い宿舎の入り口に姿を現した。

「──」

だが、達也は精神統一中、隼人の再到着に反応はしなかった。

隼人もそこは理解して、黙って再び匍匐前進……コンクリートの地面を這って

達也がスナイパーを構えている側に寄って行く。

「葉月に触った男……一人、仕留めたぜ。ボスじゃないけどな」

「──!! 本当かよ!? さすが!」

隼人は自分がいない間に、少しでも事が展開していて驚いた。

「オヤジさんは?」

達也からそう質問するので、そこは集中力の妨げにはならないだろうと

隼人も、その問いに答える。

「なんとか──来てくれるって! それから……葉月が負傷するかもしれないから

もっと、設備が揃っている治療ヘリを、細川中将が手配してくれた」

隼人は達也と並んで、腹這いになりながらそう報告。

スコープを真顔で覗き込んでいた、達也がその時ばかりは『にっこり』微笑んだのだ。

「さすが、『兄さん』──人を動かす何か……力があるって思ったんだ」

(え!?)

「兄さんはさ……『俺は葉月に動かされている』って思っているかもしれないけど……

俺はそうじゃないと思うぜ? きっと……葉月が動かされているんだ」

「な、な……なんだよ? それ??」

「そう思っただけさ……」

(俺も動かされた……)

達也はそこだけは、まだ口では言えず……心で呟いた。

隼人は……思っても見ないことを言われて戸惑ったようだが……

「来た! 葉月が……窓辺に突きつけられてる!」

「──!!」

しかし……隼人は達也を同じ位置……屋上の奥位置にいるので

窓辺の上辺しか見ることが出来ない。

「俺のライフルのバッグに……『双眼鏡』があるから……見てみろよ」

達也にそう言われて……隼人は慌てて黒いバッグから双眼鏡を取り出す。

「──!!」

葉月が、あの黒い男に従えられて窓辺に突き出されているのを確認!

「海野中佐──どうするんだよ?」

本当に葉月ごと……撃ち取るなら今の『標的』の位置は最高。

今すぐにだって……狙撃できる!

「いや……先に西洋人の傭兵を始末したいな。 ボスは後だ……

とりあえず、葉月は狙撃を避ける『盾』だろう……どうやってヘリに乗り込むか様子見だ」

(なるほど──)

確かに──先にボスを葉月と一緒に仕留めたとしても……

まだ、姿が確認できない『西洋人傭兵』が何をするか解らない……。

隼人は……達也の『予想計画』に、妙に納得した。

(葉月──)

隼人は、いつも元気で生意気で強気な葉月が、妙にグッタリしているのが気にかかる……。

あられもない姿の恋人が無惨に男に従えられて人質でいる姿に隼人は胸が詰まってくる……。

「どうして……俺は……ここにしかいられないんだろう……」

ふと……自然に出てしまった、一言。

「悪いな……俺さえ、もう少ししっかりしていれば……

俺はどうやら『葉月に動かされる』側みたいだから……アイツのする事に従ってしまった。

『兄さん』なら……どう、あの時止めたのかな?」

「……」

スコープを覗く達也がやるせなさそうに微笑んだ。

「……仕方ない事さ。 たぶん……葉月がそうしなければ誰かがどうにかなっていたかもしれないし

俺が止める? 俺なんかが兄貴面で叱っても、言う事聞かないお嬢さんだろ?

そんなの、俺だって、何回も振り回されているっていうの!!」

なんだか、こんな事態に自分自身から飛び込んだ葉月に……

隼人もだんだん腹が立ってきて、思わずそんな風に吐き捨てていた。

達也が横でクスクスと笑いだした。

「あはは──! でもさ? 『いっつも偉そう』って葉月がムキになって怒っていただろ?

結構、見物だったぜ? アイツがあんな感情表現、露わにするなんてね。面白かった!」

「え〜? いつもあんなだぜ? じゃじゃ馬慣らしは辛いってね」

「言えている……」

と、クスクスと笑っていた達也の表情が急に硬くなった。

「ボスの後ろに……西洋人が現れたぜ? 奴を先に下に降ろすのか……」

隼人も再び、双眼鏡を眼鏡のレンズに押しつけた。

 

 

 「ゲイリー……先に下に降りて、ヘリをすぐに飛び立てるようにしておけ」

「オーライ」

林がそう言うと……後ろに控えていたゲイリーが窓辺に寄ってきた。

(なに? 飛行技術は彼が持っているって事??)

葉月は、この栗毛の西洋人がヘリに乗り込み……エンジンをかけ、

そして、離陸準備を整えられてしまったら……

黒い男と供に下に降ろされて……一番恐れている事態、

『空逃亡』に付き合わされてしまう! と……焦りが生じた。

「ほら──お前の姿が見えているはずだ。『私を撃たないで』と命乞いしろ!」

林に交信機のマイクを唇に押しつけられた。

『嫌!』

なんだか、もう──声を出す気力もなかった。

「どうした? 先程までの元気はどうした!?

ほら! うちのパイロットがヘリに乗る間に『射撃』などをしたら……」

林がそういって、葉月のこめかみに銃口を押しつける。

「『私の頭がすっ飛ぶから、撃たないでくれ』と言え!!」

林に今度は短くなった栗毛を掴みあげられた。

先程まで葉月を『女』と、構っていた男の影はもう何処にもない。

「……一人……外に出るから……」

かすれた声で英語にて葉月は言うとおりに仲間の交信機に通信をする。

「一人──ヘリに向かうから……」

(チャンスがあれば狙撃して!!)

そう言いたいが……この男に何をされるかもう解らなくなって言葉が出なくなった。

 

「ウンノ! また……お嬢さんが何か指示を出させられているようだぜ?

どうしたんだろう? だいぶ、声が弱っている……」

フォスターが交信機から流れてくる声を、達也と隼人に報告してくれた。

「隊長──! その交信機……澤村少佐に……くれないか?」

「……? 構わないが?」

達也が何を思いついたのか? そう頼むと……

葉月との意志疎通は『現側近&元側近』の方が上手くいくと判断してか

フォスターは耳から交信機を外して……後ろの列隊にいるサムに渡して……

サムが達也にその交信機を回してきた。

そして──達也の手から……隼人に渡された。

「側にいられなくても……『声』で守ってみてはどうかな?

ほら……兄さん頭良さそうだから……ボスとの駆け引きも出来るんじゃないの?

狙撃は俺に、お任せだ。 駆け引きが無理でも……葉月を励ましてやれよ

なんだか……アイツ急に弱っているし、何かさせられたのかも……

それに……意地っ張りだからさ……本当は……

『怖くて』……『泣きたくて』……『寂しい』くせに強がるから……声だけでも側に……」

「…………」

達也がそういって葉月のために……隼人にその『役』をさせようとする。

「……解った!」

隼人も納得した。

そう──きっと……あのロッカールームでの『事件』の時のように……

強く事を成しても……葉月は自分を傷つけて終わらそうとするから……

(よーし! 黒ボス……葉月は返してもらうぞ!)

隼人は、深呼吸──交信機を耳に、ストローのようなマイクを口元に寄せて

地面に腹這い……双眼鏡を眼鏡に押しつける。

ライフルを構える達也と二人……離れた位置からの『葉月救出』に全身全霊、精神を傾けた!