=マルセイユの休暇=

1.いつも嵐

 「なんだって!? 任務隊は既に撤退して本基地に戻っている最中だと?」

そんな狼狽えている金髪の男性が……

滑走路警備隊が駐在している『入国監査』の窓口で叫んでいた。

「それで!? どのようにして完了したの? 任務の結果は??」

紺のロングコートを着ている麗しい金髪男性の背後から……

今度は、黒髪の女性が警備隊員に詰め寄った。

「いえ……私も……今から任務隊が輸送機にて

岬基地から徐々に撤退するため、滑走路の警備隊として耳に入れただけですし……

あ! そう言えば……先程……治療用ヘリが着陸してだいぶ慌ただしかった様です。

確か……総監であるフロリダの将軍自ら乗り込んでいて……

そうそう! 運ばれてきた負傷者というのが……」

「ミゾノハヅキ!?」

今度は黒髪の女性の背中から……栗毛の少年が警備員に食いついた!

『フロリダの将軍』ときて……ピンと来る『負傷者』

警備員は……それぞれに詰め寄られて……引きつり笑い……

しかし──

「──らしいですね? 遠目でしたが……

我が航空部隊に所属していた『サワムラ』が見えましたから……

ストレッチャーに乗せられていた負傷者は……私も去年お見かけした『彼女』だと思います

『噂』も流れていました……朝から……」

「噂──!?」

フランス語が解るのは金髪の男性と黒髪の女性だけ。

二人一緒にまた、警備員に食らいついた。

「…………シフトを終えた『コリンズフライトチーム』が朝方輸送機で帰還したのですが……

その中には……この基地でも有名な『女性パイロット』の姿がなかった物ですから……

『前線に飛び出した』と……コリンズチームが落ち着きなく……キャプテン無しで宿舎にいるとか?」

「…………」

入国監査の窓口で……フランス語がわかる大人二人は『絶句』

(やっぱり──葉月は負傷したのだ!!)──と……。

『ねぇ! 何て言っているの?? ばあちゃん!』

栗毛の少年がむっすり……黒髪の女性の袖を引っ張っていた。

 そして──

「入国監査だ。早くしてくれ」

金髪の男性が警備員にパスポートと書類を出した。

警備員はそれを見ても動揺せず。

と──いうのは、滑走路に到着した小さな輸送機……

それの『搭乗主』が『小笠原総合基地・連隊』の『ロイ=フランク連隊長』だとは心得ていたからだ。

そこで、窓口に颯爽とやってきた若将軍に詰め寄られて……今に至る。

だが──

側に側近以外に付き添っている……なんだか民間人のような婦人と少年の方に『警戒』

(フランク中将の……お連れ様だ。間違いはないだろう……)

そう思って……妙に落ち着きない黒髪の婦人が差し出したパスポートと書類を拝見……。

『!!』

「俺のも見てね?」

日本語らしき言葉で、ニッコリ微笑んだ少年もパスポートをしっかり警備員に差し出す。

『…………』

それも恐る恐る……開いてみると……その少年の『正体』にも驚き!

警備員は特に黒髪の女性に向かってピシッ!と敬礼をする──。

「──失礼いたしました……『ドクターミゾノ』 そして『ムッシュ=ミゾノ』」

そう──ついにロイとリッキーと供に

『御園登貴子』と『真一』が……マルセイユに『上陸』したのだ!

 

 「登貴子おばさん……俺とリッキーで連隊長に確認を取ってくるから

暫く──待合室で待っていてくれるかい?」

ロイはそう言って栗毛のリッキーを従えて警備口を通り抜ける。

「君──私が戻るまで……女史を頼んだよ?」

ロイは警備口の隊員に一言添えると……

「ハッ! 将軍!」

彼はキリッ!と敬礼にて……ロイを見送った。

そして──

「ドクター? どうぞ? 中でお休み下さい? お孫様ですか?」

警備員がニッコリ……登貴子をエスコートしようとすると

登貴子も眼鏡のコードをキラリと朝日に照らして『にっこり』

その黒髪の女性の優雅な微笑みに……

肌が白いフランス人の彼は頬を染め、やや照れた様に固まった。

「ムッシュ? 医療センターはどちら?」

登貴子のこの上なく優雅な『にっこり』に取り憑かれたのか?

「──……突き当たりの廊下を左に真っ直ぐ行くと……外に出ます。

その向にある建物が……医療センターですが? 中将を待たれないので?」

サラッと警備員が答えると……

「真一……行くわよ!」

「え? え?? ロイおじさんはどうするの??」

栗毛の孫の手を半ば、強引に引っ張って登貴子は、一直線に警備口を後にしてしまった!

「ド・ドクター!? あの! フランク中将には……」

警備員が驚いて、ゲートを飛び出してきたのだが……

「大丈夫よ! 叱られたら私がロイを代わりに叱ってあげるから!

そんな事になったらいつでも医療センターで治療中の娘の所に来なさい!」

「…………」

登貴子はそれだけ叫んで……去っていってしまった……。

(仕方ないか? そりゃ──ママンとしては心配だろうな……)

警備員はふと……黒髪の博士の優雅な微笑みを思い返して……諦めてしまったのだ。

 「ばあちゃん! 勝手にうろうろして良いの??」

孫の手を引っ張って、警備員に教えられた通りの道筋を突き進む祖母に

真一は怖じ気づきながら叫んだ。

「いいのよ! ロイったら……私を部外者扱いみたいにして

自分だけフランス連隊長室に行ってしまったのだから──

そんなの待っている間に、葉月に何かあったらどうするのよ??」

「うーん、うーん……」

祖母の、その母心はもっともなので、真一は逆らえずに祖母に連れられるまま……

登貴子と『異国基地で単独行動』にドキドキ……。

周りは小笠原でも慣れているはずなのに……おっきな金髪や栗毛の外人がいっぱい!

小柄な黒髪の婦人と栗毛の少年を物珍しそうに通りすがりに振り返る。

小笠原は日本国内だから、小柄な日本人はそう珍しく見られたりはしない。

その上──ここは真一の『かじり英会話』だってあまり通じないかも?フランス語の囁きばかり。

(隼人兄ちゃんて……こんな所に15年もいたの!? ホント、ただモンじゃない!)

そんな緊張感に包まれながら……

恐れ無しといった祖母と本基地の棟舎から……緑の樹木が沢山並んでいる中庭に出た。

その清々しい……ヨーロッパの風景……

やっと──『初めてのフランスに来たんだ♪』と真一の心もすこし……和んできた。

中庭を出るとジープが行き交う基地内、道路にでて……そこも──

祖母はお構いなしに『横断』

とにかく真一は『痛いよ』と、言いたいくらいに手首を祖母に掴まれて……

肩にはちょっとした荷物を詰め込んだ『フィラ』のスポーツバッグ……

だけど──お祖母ちゃんは、もっと大きな旅行鞄を肩に提げているのに……

小柄なお祖母ちゃんは、十代の真一よりパワフルに突き進んでいた。

そして──医療センターにたどり着いた!

祖母が大きなガラスの引き戸を開けると……何処の国も一緒?

真一の鼻に病院独特の消毒の匂いが入り込んでくる。

(葉月ちゃん……どんな怪我しちゃったんだろう??)

お祖母ちゃんが、勝手な行動をしたとて……

やっぱり真一自身も気がはやる……。

こんな時──いつも思う……。

『俺が今──医者だったら……一番に治してやれるのに!』

真一が憧れて止まない、白いシャツに軍医のモスグリーンのネクタイ……

その上に白衣を羽織っている医師達がうろうろとしているのを羨望の眼差しで眺める。

「受付は何処かしら?」

小笠原の医療センターもかなり国際的だが……

ここは外国。フロアーの大きさがやっぱり半端じゃない。

「あそこじゃないの?」

真一は奥に見える人が結構集まっているカウンターを指さした。

カウンターの前には、待合いの患者に隊員達が何列も並んでいるソファーでくつろいでいる。

その向こうに『喫煙室』 そこで紙コップの飲み物を自販機から出してくつろいでいる人もいる。

黒髪の婦人と栗毛の少年はそのカウンターに向かってみる。

『エクスキュゼ モア?』《失礼ですが……》

祖母がフランス語で、カウンターにいる男性事務員に話しかける。

『ケス ク ヴ ヴレ?』《何かご用ですか?》

フランス語が一向に解らない真一は、ただフランスのおじさんの顔を見て感じるだけ。

事務員のおじさんは……にこやかにお祖母ちゃんの質問に耳を傾けていたが……

なんだか……徐々にお祖母ちゃんの顔が険しくなる。

(うう〜……やっぱりロイおじさんがいないと、すぐには案内してくれないんだよ?)

真一は、大人達のやり取りをそう感じた。

その通り……

『私は、その御園中佐の母親よ?』

『……ですが……私の一存ではすぐにはお通しできません』

『それなら──あなたが解るところまで教えてちょうだい!

朝方……治療用ヘリで運ばれてきたというのは『うちの娘』?』

『──他の職員から……まぁ……そう言うことは耳にはしました。

……が、救急のことは、救急でお聞きになられた方が……』

『──だったら! その救急に確認は取って下さらないの?』

『取ることは出来ますが……その後のご案内は然るべき身分証明と……』

『解ったわ! 確認だけして下さる? 後は私が何とかします!』

困り果てる男性事務員と……鼻息荒いお祖母ちゃん……。

真一はヒヤヒヤ……。

『少しお時間頂けますか?』

『ええ──ごめんなさい……興奮してしまって……』

『いえいえ……』

そこはやっぱり……御園のお祖母ちゃん。最後に素敵な笑顔は忘れない。

だから……事務員のおじさんも、最後には胸に納めてくれたようで真一もその様子に一安心……。

「真一? 疲れたでしょう? そこに座っていなさい?」

「うん──あ、喉乾いたなぁ〜」

お祖母ちゃんには、甘えることに抵抗はなくて、真一は指加えて自販機を見つめた。

「そうね。お祖母ちゃんも、ちょっと疲れたわ。何か飲みましょう!」

やっと……お祖母ちゃんがいつもの優しい笑顔をこぼしてくれて真一も嬉しくなってくる。

お祖母ちゃんと一緒に外人がいっぱい集まっている自販機に向かう。

「俺──紅茶」

「ハイハイ♪」

お祖母ちゃんがいつもの手際で、お財布から外国の硬貨を取りだして

もたつくことなく、真一のお目当てを買って……紙のコップを優しい手つきで真一に差し出す。

そして──お祖母ちゃんは、ホットコーヒーを買ったのだ。

その時……

お祖母ちゃんがそっと振り向いたとき──

「あ!」

「──っつ!」

小柄なお祖母ちゃんが見えなかったのか?

グレーの詰め襟制服を着ている大きな金髪の男の人とぶつかってしまった!

お祖母ちゃんが持っている紙コップから……当然黒い液体がこぼれて

お祖母ちゃんの綺麗な春色ジャケットと……勿論、外人隊員の制服……

こちらは大きいから腹の辺りにコーヒーが飛び散ってしまった!

「おい! 気を付けてくれよ! やっと診察が終わって今から業務なのに!

朝からこんな恰好じゃ示しがつかない!」

金髪の大きな男がフランス語で喚いた。

真一は、怖くて思わず……後ずさってしまった。

そして──金髪の男はお祖母ちゃんを見下ろして……一瞥の眼差し!

「なんで。ここに日本人がいるんだよ!? 観光ならここじゃないぜ!?」

真一にはその男が何を喋っているかは解らないが……

お祖母ちゃんがムッとした表情をしたのが解ったので

『バカにされたんだ』とすぐに解った。

「あら? フランスの隊員はとてもお上品とお聞きしていたけど?」

お祖母ちゃんが強きに言い返しているのも解って、真一は再度『ヒヤヒヤ』

「なんだと!?」

小柄なお祖母ちゃんの頭に……その金髪の男の顔が引っ付きそうになるほど降りてきた!

真一はただ……『オロオロ』

すると──

「フランスの格を落とすなよ? 日本に変に伝わるぜ?

外国の男は『紳士』で『レディーファースト』と言われているんだから、その辺にしておけよ?」

金髪の男の背中から……そんな声……。

真一はその男を見て……ちょっと、いや……! かなり驚いたけど……

『こんな事ってある!? 俺……まだ心の準備できていないし……どうしたらいいの〜!?』

今度は──違う意味で後ずさって……ついには自販機の陰に隠れてしまった。

「──!! 帰ってきたのかよ??」

金髪の男はそういって、助けに入った男性を見てかなり驚いた様子。

その男──

黒髪で……半袖の白いティシャツを着て下は紺の戦闘パンツ、足はアーマーブーツで……

そう──眼鏡をかけている『日本人』

隼人だった!!

『そだ! 隼人兄ちゃんだって解らなければ……丁度良いかも!!』

真一はそう思って……無傷で帰還した様子の隼人に飛びつきたいところ……

グッと堪えて、祖母の反応を試してみる!

思った通り……

「…………まぁ! あなた、岬基地に出動していた隊員の方?」

任務スタイルの隼人にもう……興味津々……しかも、日本語で話しかけた!

それに『娘の恋人』とまだ知らないから……助けてもらった事もあって『笑顔・笑顔』

「……え。ええ……まぁ……そうです」

隼人はなんだか……照れながら黒髪をかいている。

「おい〜! なんだかすごい噂になっていたぞ? なんで、『ハヤト』が前線に駆り出されたのかって!」

金髪の男も……コーヒーが腹を襲った事など忘れたかのように詰め寄った。

「まぁ──色々あるんじゃないの? 命令に従っただけさ」

いつもの平静顔で流暢な隼人のフランス語に真一は感心!

全然──沢山のフランス人の中で見劣りしない!

だけれども──フランス語もお手の物のお祖母ちゃんは……

金髪の男が発した……黒髪の男の『名前』をヒヤリングできたようで……

「ハヤト!?」

お祖母ちゃんは……ものすごく驚いた声を上げて……

グラスコードがついている眼鏡をグイッと目元にあげてシゲシゲと……

背の高い隼人の顔を覗き込んだのだ!

(うわーうわー……)

真一はどうなるのかと……手に汗握る。

「──? はい? そうですけど?」

さらに──その時──!

側にあるトイレから背の高い男が出てきて……

「兄さん! 兄さん! 康夫が何処にいるか解ったのかよ!?」

隼人と同じ様に白いティシャツに紺のパンツを穿いている黒髪の男がもう一人登場!

(た……た……)

真一はもう──目が回りそうなくらい……。

揃うはずもない、良く知った大人達が本当に目の前で遭遇していてクラクラしてくる。

「達也君じゃないの!?」

こちらは同じフロリダで、親しい間柄……。

「あ! おふくろさん!?」

達也が日本語で叫ぶと……今度は隼人が……

「おふくろさん!?」

眼鏡をグッと目元に押しつけて……小柄なお祖母ちゃんをシゲシゲと眺めて……

顔色を変えた!!

(わーわー……!なんで、隼人兄ちゃんと達也兄ちゃんが一緒で、なんか仲良いの???)

真一としては信じられない光景!

そこで……達也を挟んで……

黒髪の婦人と……黒髪の眼鏡の男性が妙な空気を挟んで静かに静止。

お互いを眼鏡で見つめ合っていた……。

だけど、隼人は顔色は変えつつも……まだ、確信していないようで?

側に来た達也にそっと耳打ち。

『おふくろさんって? 誰の? 海野中佐の?』

そう聞いているのだろうか? 真一は固唾を呑む。

そして達也もお返事の耳打ち。

『何言っているんだよ! じゃじゃ馬のママだよ!』

当然──達也はそう答えたのだろうか?

今度こそ……隼人の顔色がさらに変わった!

「み……御園博士でしたか……」

隼人の引きつり笑いを、達也がなんだか面白そうに眺めているじゃないか??

でも、隼人の動揺は『そこまで』

「隊長の御園中佐にはいつもご迷惑お掛けしております。

側近の……澤村隼人です。ご挨拶遅れまして……宜しくお願いいたします」

隼人は『敬礼』じゃなく……深々と登貴子の目線に下がるぐらい

この上ない礼儀正しさでお辞儀をしたのだ。

今度は……登貴子がどんな反応をするか……!?

真一はこんどこそ『ドキドキ!』

だって──お祖母ちゃんは日本を出る前……

──「葉月を前線に駆り出した『原因』は……側近の『少佐』でしょうね?

   一発、言い含めておかないとね!」──

そう、怒っていたのだから!

お祖母ちゃんが、どんな怖い『あのゴットマザー』になるのか真一は怖くてならない。

でも──

「まぁ……」

お祖母ちゃんは、隼人を見上げて急に頬を染めてニッコリ……

あの『素敵な笑顔』をこぼしたじゃないか??

真一はビックリ!? 茶色の瞳を見開いて、自販機からちょっと身を乗り出した。

「お父様に良く似ていらっしゃるわ。物腰もそっくりね?

あら──いけないわ……ご挨拶、わたくしの方が遅れてしまうなんて……

葉月の母、『御園登貴子』です……ご迷惑はきっとうちの『じゃじゃ馬』がかけているのだわ?」

春色のピンクのジャケットが汚れてしまっても……

そんな祖母の優雅な物腰はやっぱり天下一品?

そんな優雅な黒髪の女性の優雅な『ご挨拶』に……

隼人が滅多に顔を紅くしないのに……紅くして黒髪をかいて照れているのだ。

(あんな──兄ちゃん、初めて見た! 葉月ちゃんに教えてあげたいよ〜!)

いつも──『ウサギ』、『小ウサギ』──と、

余裕で丘のマンションに居座っている隼人からは想像が出来ない!

「あの──父を存じていらっしゃるのですか?」

隼人の照れながらの質問に……

「勿論よ。同じ『理数系人間』であれば、あなたのお父様に一度は会って見たいと思う物よ?」

「──そうですか。いえ……あんな父に上手なお世辞でも有り難うございます。

父も喜ぶかと思います」

「あら? ご謙遜なところまで、お父様にそっくり♪」

そういって『ホホホ……』と祖母が上品に微笑むとまた……隼人が照れた!

(な・なんなの? どうゆう反応なわけ???)

真一は初めて見る隼人の反応にとうとう眉をひそめてしまった。

「……」

「……」

そんな黒髪の婦人と黒髪の青年の挨拶に言葉も挟めない男が二人。

それにすぐさま割って入ったのは達也──。

「おふくろさん! どうして来たの!? まさか……『予感』していた?」

こっちは相も変わらず、親しいを通り越した馴れ馴れしさ。

でも──そこが達也の良いところでもあるし……

祖母はそんな達也を可愛がっているのを真一は小学生の頃から知っている。

「そうよ!」

祖母が急に顔色を変える!

でも──そこで忘れていたことに取りかかる前に!

お祖母ちゃんは、グッと金髪の男性に振り返った!

金髪の男性は……隼人から『御園博士=御園の母』と聞かされた後なのか……

今度は先程の勢いもなく、非常に怯えた表情を刻んで狼狽えている。

「ジュ スイ デゾレ?」《ごめんなさいね?》

ポケットから白いレースのハンカチを出してその隊員の制服に付いた染みを拭き始めた。

「私もちょっとイライラしていたの……本当にごめんなさいね?

クリーニング代、お出ししますからね? そうよね? 

こんな所にちっちゃい日本ババ様がうろうろしていたら解らないわよね?」

小柄な黒髪の女性が、優しくお腹を拭き始めたので今度は金髪の男性が顔を真っ赤にした!

「け……結構です! 女史の素敵なジャケットも汚れてしまって! 私の不注意で……」

「お互い、汚れてしまったと言う事で……『おあいこ』にしておいたら?」

隼人がそんな二人の間に……今度はいつもの落ち着きでフランス語で割って入った。

「そうね……ふふ♪ 『おあいこ』ね……フフ……」

祖母がレースのハンカチを口元に寄せて微笑むと……

妙にその場が和んでしまって……皆が微笑み合ってしまったのだ。

これがどんなに頭が良くて強いお祖母ちゃんでも『素敵に収めるお祖母ちゃん』の力なのだ。

「なぁ! なぁ! 俺、フランス語、あまり解らないんだよね!」

少しも中に入れないことに、ふてくされたのか?

達也がプリプリ間にまた割って入ってきた。

その達也の声で隼人と登貴子が揃って『ハッ!』と我に返る!

「お……お……お母さん」

(なに? 変な隼人兄ちゃん?)

なんでそんなに言葉がどもるの??と真一はまた眉をひそめる。

「彼女……訳あって、左肩を『銃』で負傷しまして……

それで、先程『処置手術』が終わった所なんですよ!

勿論──命に別状はありません……そこは、安心して下さいね?

今、移された病室……えっと今日の所は『HCU』、重傷者病棟に……

お父さん……いえ、御園中将自ら付き添っているところで……」

隼人がそう説明すると……登貴子が青ざめた。

そして──次は達也。

「おふくろさん! ゴメン!! 訳あって俺が……『スナイパー』で撃ってしまって!

犯人と葉月が一緒だったから仕方なく……」

達也が手を合掌させてそう登貴子に拝み倒すと

『こら! ここで今言うな!』

隼人が顔をしかめて達也の背中を叩いた。

『いいじゃん! 日本語なんだから!』

と……達也と隼人がやり合っても……

──既に遅し!!

「葉月をライフルで撃った!? しかも、スナイパー??

犯人と『一緒』だった? 今、HCUにいる!???」

登貴子はそれだけ日本語で叫ぶと……

フッと目を閉じてしまった。そして──

──バタン!!──

「おふくろさん!?」

「お母さん!?」

(うわ! 嘘っしょ!?)

真一もこれにはビックリ!!

お祖母ちゃん……あれだけ、強気でフランスまで来たのに……

そんな報告一つで倒れてしまったのだ!

「お祖母ちゃん!!」

真一は自販機の影から飛び出して、一目散!

倒れたお祖母ちゃんの元に跪いた。

突然現れた栗毛の少年を見て、当然、隼人と達也は二重にビックリ!

「真一!」

二人揃って真一の名を叫んだ!

「お前も来ちゃったの!?」

隼人もすぐに真一と登貴子の側に跪き……

「わ……わ……どうするんだよ!?」

達也もすぐに座り込んで、登貴子の様子を覗き込んで狼狽えていた。

(もう〜……せっかく初めてフランスに来たのに〜!!)

真一は半べそ……。

お祖母ちゃんは最初からこんなだし……

大好きな若叔母はどうやら『重傷』

それに──それに──

『オヤジはどうなったの? どうすれば解るの??』

これがフランスに来た本当の『目的』なのに!

『どうして──いつも? こんななの!!』

嵐・嵐で始まった真一の『初・フランス旅行』はこうして始まったのである……。