2.Be My Light

「あそこ?」

「うん!」

隼人の目に飛び込んだのは、店の入り口とは反対側が砂浜になっていて

そこにオープンのテラスがせり出している白い店だった。

白壁に黒いペンキで『Be My Light』と斜めに太くペイントしてある。

「Be My Light?『光になりなさい』?ってこと??」

「そうよ。ここのマスターはね?ここの基地のアメリカ人のためにお店を開いたの。

フロリダまで修行に行った程よ。今じゃ基地ではナンバーワンのお店ね〜。」

『へぇ…』

隼人は葉月のガイドにいちいち反応しながら…葉月が店先に止めた車から降りた。

基地の滑走路とは違う…油臭さのないさわやかな潮の香りに包まれて

フランスで良く通った店を思い出した。

しかし…雰囲気はどう見たって『アメリカン』

懐かしさは何処にも感じなかった。

雑草が所々生えつつも、店の入り口は木製の階段になっていて

パンジーの鉢が並べてあった。

葉月が先に店の…白い木枠のガラスドアを開けた。

隼人が恐る恐る覗くと…『オールディーズ』が陽気に流れていた。

店内は葉月が言った通り、誰もいなかった。

そのせいか、床の上に何十席も並ぶ白い丸テーブル。

窓辺のボックス席…。とっても広く見えて圧倒された。

天井には大きなプロペラのような旋風羽が廻っていて…

その雄大さは『アメリカ?』と言う雰囲気。離島ではなかった。

「おや?葉月ちゃん。サボりかい?」

紙製のオレンジと白い縦ストライプの帽子をかぶって

オレンジ色のエプロンをした40代ぐらいの男性が

カウンターの大きなガラスケースの前にひょっこり姿を現した。

「おじ様ったら。失礼ね!お客様連れてきたのに!」

葉月を「ちゃん付け」で呼ぶのにビックリ。まぁ…日本語だからかもしれないが?

オマケにマスターのことを日本語で『おじ様』と呼ぶのにビックリ。

ミシェールのような『親しい家族付き合い』をしている人間に言うならともかく??

雪江以外に彼女を「ちゃん」で呼ぶ人間に隼人ははじめて出逢った。

随分と慣れている風で隼人は改めて『葉月のテリトリー』にやってきたのだと痛感した。

そんな驚きもつかの間…。マスターがジッと隼人を見つめていた。

「新しい彼氏?」

「もう!おじ様はどうしていっつもそう言うの!?」

今度は隼人と葉月の立場が逆転していた。

フランスでは隼人が連れて行く先々で『隼人の恋人か?』と言われていたのに…。

隼人はそんな、慣れないいきなりの『環境』にグルグルと振り回されている自分におののいた。

「フランスから…今日来てくれた…新しい隊員さん…。

その…遠野大佐の…後輩なの」

葉月が、遠野のことを言いにくそうにして紹介したのが隼人には判ったが…

「え!?遠野君の後輩!?本当に!?」

マスターはそう聞いた途端に、ガラスケースのカウンターから隼人の方に

真っ先に駆け寄ってきて、隼人もたじろいだ。

マスターは隼人には言葉をかけようとせずになんだか上から下…じろじろと見るのだ。

「えっと…。澤村です…。宜しくお願いします」

間を埋めるために…隼人は一人で頭を下げたりしていた。

「……。よく来たね♪こちらこそよろしく!!いやぁ。遠野君は単身赴任だったから

良くここに来ていたんだよ。亡くなったときは僕も辛かったね…。君も頑張ってね♪」

マスターは何処か今にも泣きそうな眼差しで隼人の肩を叩いてくれた。

『そうか…。先輩もここに通っていたのか…。』

隼人はふと。店内を見渡した。

そうして自分も…先輩の後を遅れ馳せながら…追ってきたんだと、実感が湧いてきた。

もう…その先輩は何処にもいるはずないのだが、祐介に『逢えた』気になった。

「大尉。みてみて♪」

葉月が嬉しそうに大きなガラスケースの前に立って隼人を手招きする。

葉月の無邪気な笑顔で隼人もやっと…グルグルしたショックから立ち直って側に寄ったが…。

またガラスケースを覗いて驚いた。

「アメリカ式総菜屋って所かな。ウチは。いっぱい食べてよ!澤村大尉!」

マスターが誇らしげに見せる大きなガラスケースには

端から端までダイナミックな総菜がズラリと並んでいた。

「私はね?いつもはね…このポークのお肉をレタスと一緒にパンに挟んでもらうの。

それからね?ポークビーンズと…そこのトマトマリネ。それからね?クラムチャウダーと…」

『そんなに食うのか?』と隼人は絶句した。

道理で…フランスでもよく食べるお嬢さんだと思ったはずだと唸った。

『アメリカ式』に育ったお嬢さんと初めて痛感した。

「はいはい。葉月ちゃんのメニューは言わずとも解っているよ。

持っていってやるから、早く特等席にお行き!」

「え?でも…大尉が…」

「『男同士』でゆっくり選ぶから、あっちに先にいって休んでなよ」

マスターはどうしたことか葉月をさっさと追い払おうとした。

葉月が心配そうに隼人を見上げるので…

隼人は、『選ぶことぐらい自分で出来るから』と葉月に気を遣わせないように

マスターと一緒に先に席を勧めると葉月は渋々とテラスに向かっていった。

葉月は店の中より外にある波打ち際が見えるテラスに出て

囲いの手すり木枠の角っこにある丸テーブルに一人腰をかけて

こっちを心配そうに伺っている。

「あそこが彼女の『特等席』なんですか??」

隼人がマスターに尋ねるとマスターもニッコリ。

「そうそう。あそこに座りたいが為に『閉店前』に来ることもあるよ。

勿論。外の席は人気があるけど、人それぞれ『特等席』は違うみたいだね」

「でも、気持ちよさそうですね。さすがにフランスではこんな店はなかったですよ。」

「有り難う♪さて…フランス帰りの大尉には何が良いかな?

いきなりこんなにダイナミックじゃ上品なフランスを知っている隊員はビックリするみたいだからね。

葉月ちゃんはあの通り、アメリカ育ちだし、パイロットだろう?よく食べるんだけど。

何も、来たばかりだからって『お嬢さん中佐』に合わせることないよ。

これなんかどうかな?サーモンのマリネ。それから、サンドイッチにするなら

チーズと海老のレモンドレッシング風味もあるし。スープは田舎風コンソメにするかい?」

「いいっすね♪お任せします。」

隼人はマスターが葉月から引き離した狙いが解ってホッとした。

確かに…あんなに嬉しそうな葉月のお薦めは今の隼人には蹴ることは出来そうになかった。

それに…沢山あって、どう選んだらいいのか解らない多種類の食品の中から

マスターが上手に選んでくれて隼人も急に食欲が出てきた。

「実はいま言ったメニューは、フランス基地から来た隊員に『人気』のメニューなんだ。

ここは結構ヨーロッパ系の隊員も来るからね。日本人も多いし。」

「慣れているんですね〜♪」

マスターの『接客上手』に隼人は思わず感心してしまった。

「だからね。一生懸命来てくれた奴らが…急にいなくなることがあるからね。

一生懸命、僕も食べさせてやるんだ。出来たら…『さようなら』は『転勤』だけにして欲しいな。」

マスターがため息をつきながら、ガラスケースの上に乗せたトレイに次々と

葉月が頼んだものを慣れた風に乗せていった。

隼人はマスターが『殉職』した隊員との別れ…。

つまり『遠野祐介』がその中に入っていることをいっているのが解って

ここでも祐介が皆にすかれていた事…そして、本当にいないんだと

マスターに同調して、またまた痛感してしまった。

「葉月ちゃんのことだけどね」

マスターがサンドを作りながらフッと陽気さを除けてため息をついた。

「暫くはこんなに食べやしなかったよ。今日だって…こんなに頼むのは久しぶりだよ」

「そうなんですか?僕を引き抜きにフランスに来たときはよく食べていましたけど??」

すると、マスターはまたフッとうつむいてため息をついた。

「そうかい?あんなにはしゃいでいる葉月ちゃんを見たのもビックリだけどね」

「え?そうなんですか?いつもあんな感じですけど?」

隼人もやや…本日の葉月は『ハイテンションかな?』とは思うが

調子の良さは相変わらずと思っていたが?

すると、マスターは急に『ニヤリ』と隼人に微笑んだ。

「じゃ。大尉がああゆう風に戻したって事だね♪お似合いだよ♪」

『は!ひっかけられた!!』

マスターの『しんみり』に同調して、『葉月はいつだって元気です。心配ありません』と返したつもりが…

向こうの思うつぼだったのだと隼人は気が付いて『かぁ!』と顔が火照るのがわかった。

「あれ?図星かな♪まぁ…なんて言うのかな?

僕は葉月ちゃんの『おじ様』って言葉に弱くてね…。

これから一緒に働くなら『ずっと』側にいてあげてよね。

そして君も…突然いなくならないようにね♪」

『はい!出来上がり♪』

マスターが二つのトレイを隼人に差し出す。

隼人には葉月の側にいたものは皆…ここからいなくなったと聞こえた。

彼女の元恋人の『海野中佐』も、そして遠野祐介も…。

この店に来ていたが…皆いなくなったと…。

だから…葉月が笑っているのは『久しぶり』なのだと…。

フッと…テラスに視線を送ると、トレイを手にした隼人を見て

葉月が手を振っていた。

『大尉!早く♪お腹ぺこぺこ!!』

「行っておいで♪『Be My Light』!」

マスターに肩を叩かれて隼人は『おっと…』と詰まりながら

潮風に誘われるように栗毛の彼女の元に行く。

『Be My Light…『光になれ』か…』

隼人は彼女のそんな『光』になれたらいい…と微笑んでテラスに向かった。

隼人のお気に入りの場所が早速一つ出来た瞬間だった。

静かな昼下がりの店内。青空の下…。少し強い秋の潮風。

荒い波の寄せる音…。強い波の音がテラスの二人を包んでいた。

「おいしい?」

自分のサンドをほおばる前に葉月は心配そうに隼人の最初の一口を伺う。

「……。うん♪うまいよ!海老がプチプチしてあっさりしている。

なんだろう??ソースの味が違うぞ??」

隼人の趣味は『料理』だから…ついサンドイッチのパンを開いて覗いてしまった。

「でしょう♪おじ様のソースはみんなオリジナルなの!

私はマヨネーズとオーロラソースが大好き♪あ。後、タルタルソースもね♪」

聞いてるだけで隼人は『よだれ』がこぼれそうだった。

そう思うほど…マスターのオススメメニューは美味だったのだ。

『基地でナンバーワンのお店のはずだな』と、納得をしていた。

「でも。その海老のサンドも美味しそうね〜。今度頼んでみようかなぁ」

葉月はかなりボリュームのある『肉系サンド』を手にしながらも

隼人の『あっさり魚介系サンド』まで羨ましそうに見ているので、隼人はまた笑ってしまった。

「じゃぁ…。半分あげる。そっちも美味そうだな!交換しよう!」

「え?いいの??」

「側近として『上司』の『お気に入り』はチェックしておかないとな」

それは本心だが…半分『天の邪鬼』。『交換』なんて…まるですっかり『恋人同士』の様だったから。

しかし、数十分前に『再会』を果たしたばかり…本当なら『初対面』のはずの二人が

こうして場所を変えて向き合っても…『フランス』で過ごしていた雰囲気が壊れていないことが

隼人には嬉しかっただけ…。

葉月がすぐさま『仕事』に隼人を縛り付けようとしなかったのも嬉しかった。

これだけでどれだけ…フランスからやっと出てきた不安や緊張から救われた事やら…。

天の邪鬼のつもりだったのに…葉月は『側近として…』と言う隼人の言葉に

かなり感動したのか、元気良く動かしていた手を止めて…

隼人を麗しくジッと見つめ始めたのだ。

勿論隼人も…ドキリとして、口に運んでいた手をトレイの上に落としてしまった。

「本当に…目の前にいるのね…。もう二度と…逢わないと思ってたから」

「だろうね…。あんな風においてかれるとは思わなかったよ。俺も」

「その…ごめんなさい」

「いいよ。メール読んでくれたんだろう?『解らないでもない』って…。

アレを送ったときは…まだ。こっちに行く決心はぜんぜんなかったから…あんな文章で…」

「そう…。」

葉月は、『いつ決心が付いたか?』とは隼人に聞こうとしなかった。

また、そのままサンドに手を伸ばしてやっと食し始めた。

そんなところも…『白紙』に戻したままの彼女だと隼人も聞かれないならいいか…と手元を動かす。

「はい。半分こ」

彼女のトレイに海老サンドを入れると、葉月もニッコリ、ポークサンドを隼人のトレイに入れてくれた。

「その…有り難う…。本当に来てくれて…。

でもね…。フランク中将も…五中のウィリアム大佐も『誰が来る』とは教えてくれなかったの。

『中隊変革構成』の内容は私も携わったから知っているんだけど…。隼人さんは聞いているの?」

やっと、仕事の話が出てきた。

隼人も、『黙っていた』事はここに来て心苦しくなってきたが…。

「ああ。向こうにいる間にウィリアム大佐からいろいろ…内容書類もらったから。

それから…。『ゴメン』また、俺の勝手でお嬢さんを振り回したみたいだね。

でも。あの別れ方はちょっとシャクに障ったからさ…。『仕返し』許してくれよな」

「ううん。いいの。私も『意地っ張り』だから」

葉月が栗毛をなびかせながら微笑んでくれて、隼人はやっと葉月に受け入れてもらえたとホッとした。

「ああ。そうそう。『扇子』康夫に頼まれてホテルのママンと親父さんに俺が渡したんだ。

二人とも。すっごく気に入ったみたいで喜んでいたよ♪」

「ほんとう?隼人さんが渡しに行ってくれたの!?」

「ああ。もう『家宝』にしそうな勢いだったね」

「家宝?そんなたいしたものじゃないのに…。鎌倉の叔父の家の近くにそんな工芸品工房があるから

真一と帰ったついでに買ってきただけよ」

『真一』と言う名が出て隼人はドキリ…とした。

「えっと。真一君は…今日は?」

葉月も隼人が来たばかりだというのに『甥っ子』の事を気にしているので首をかしげた。

「軍の隣にある『医学訓練校』に通っているわ。普段は寮生活だけど?

週末に関わらず平日も時々マンションに顔は見せに来るけど?」

「えっと…。康夫が気にしていた。その…康夫には報告しちゃったんだ。

その…お嬢さんが『告白』してくれたこと。そうしたら。康夫が何故急いで帰国したか教えてくれて」

隼人は…出来たら葉月の過去には触れたくなく歯切れ悪く報告する。

「ああ。そう。ウン」

葉月もやっぱり急に表情を曇らせた。

「あ…。いいんだ。言いたくないなら」

隼人は頭をかきながら、サンドイッチを頬張る。

「あ。大丈夫だったみたい。ちょっと、私の引き出しとかは探られていたみたいだけど。

康夫には…これ以上心配かけたくないから、報告しないなら『大丈夫だった』と解ってくれると思って」

「そう。良かったね」

「うん…」

急に空気が重くなって隼人は『しまった』と焦ってしまった。

「その内に紹介するわね。いい?隼人さんが気を遣うなら…様子を見て…」

「いや。早く紹介して」

「え?」

葉月にとって真一は『家族』だから、葉月は独身であって何処かそうでない感覚がある。

半分『母親』の心積もりがあるから、『男』にその子供を紹介することは

『連れ子を受け入れてもらえるかそうでないか?』の気構えがあるのだ。

だから、隼人と真一がお互いその気になってから…と思っていたのに。

隼人の方から『早く』と言うのに戸惑ってしまった。

「お嬢さんの大事な甥っ子だろ?俺も…『母無し』で育ったんでね。」

初めて隼人が『母がいない』と言ったのに葉月は益々戸惑った。

「その辺は…俺も力になれると思うよ。なんだか『他人』に思えないんだ。

出来たら早く仲良くなりたいんだけど」

そこには…フランスにこもっていた閉鎖的な隼人ではなく、

前向きに新しい関係を開拓しようとしている隼人がいて葉月は目を丸くしてしまった。

「なに?俺…出しゃばりすぎ?」

無表情な隼人が…照れ隠しにムッスリとしているのが葉月には解った。

「ううん。じゃぁ。その内ね。」

「うん。彼にもそう言っておいて『澤村っていう側近が付いた』って」

「???」

なんで自分の存在をそんなに真一に強調し様としているのか葉月には解らなかった。

葉月のそんな不可解そうな反応に隼人もハッとした。

『男と男の約束。真一君に逢うまでは内緒・内緒』

隼人はそう思ってシラッとすましていた。

「わかったわ。シンちゃんもきっと喜んでくれると思うわ」

「そう?」

葉月がとりあえずニッコリ受け入れてくれたので隼人もそれとなく微笑んでおいた。

この後。すっかりフランスでの二人に戻り、

隼人は康夫に頼まれた『研修生卒業』の写真を葉月に見せた。

勿論葉月も喜んで手にとって見てくれて、空母艦実習の報告などで

すっかり話が弾んでしまった。

そんな二人を見てマスターが『お・ま・け』といって『ティラミス』とお茶まで出してくれた。

『らっき〜♪』と頬張る葉月を見て

隼人はやっぱり彼女は彼女だな…と、島での初日もすっかりリラックスしてしまったのだ。