8.カフェテリア

『大尉。飯食いに行こうぜ♪』

ジョイに指示されたとおり、隼人はまだデーターベースを使わない事務処理を

午前中一人でこなしていると、12時の昼休みのチャイムと供に

山中の兄さんが大佐室にお昼の誘いにやってきた。

(とうとう…まだ見ぬでっかそうなカフェテリアに行くのか…)

隼人はため息はついたが、山中が一緒と言うことで心穏やかにしながら

『ああ。』と、ニッコリ微笑んで席を立ち上がった。

大佐室を出ると目の前の席にいるジョイは黙々とノートパソコンを睨んで

まだ仕事をしていた。それでも山中は『行こう・行こう』とせかすので

隼人はジョイに一応…『お先に』と挨拶をする。

『いってらっしゃい』

パソコンを見つめたままやっぱり冷たい返事が返ってきたが、

シカトされるよりはましかと隼人は思って山中と供に本部を出た。

「気にするなよ。ジョイは俺と交代なんだ。お嬢は13時頃にならなきゃ帰ってこないし。

俺は午後から訓練。ここで、ジョイまでいなくなったら本部の見張り役が空っぽになるからさ」

山中がジョイを気にする隼人にニッコリ肩を叩いてなだめてくれたが。

「今まで3人で??大変だったんだな」

そのウチの一人が若い女性。もう一人はもっと若い青年。

それじゃぁ。山中も苦労していただろう…。葉月もフランスであれだけ思い詰めて

隼人に『来て欲しい』と切願するわけだ…と、隼人は今になって葉月のその時の気持ちが

ひしひしと伝わってきた。しかし。

「ウチで一番頑張り屋は、『ジョイ』だな。歳は下だけどしっかりしているぜ?

その分。ちょっと甘えたところはあるけどそこはお嬢が上手にフォローしてたたき上げるし。

俺なんか、とてもじゃないけど、あの年下の二人にはかなわないね。」

「そうなの!?」

サラッと年下の二人を認める山中の柔軟さに隼人は面食らってしまった。

しかも。葉月よりあのジョイが『頑張り屋』と言うのだ。

「そりゃ。そうだよ。お嬢もジョイも家柄もさることながら、あのフロリダ校をツーステップだぜ?

根っからの英才教育だからな。軍人一家だから鍛え方違うし。

いざとなるとものすごい大胆な判断や思い切りの良さは俺みたいな日本校出身の

一世隊員じゃ歯が立たないって所だよ。俺なんて上に頭は上がらないからさ。

五中隊の先輩にやられてもやり返してくれるのはお嬢とジョイの方だからな。」

『山中は葉月には頭が上がらない』

隼人はまたロイの言葉を思い出してこんなに堂々としている中佐でも

年下の葉月に『甘い』のはそうゆう事かと納得してしまった。

「その点。大尉はお嬢には辛口みたいだし。外国勤務を経験しているし。

今朝見たいに、若僧達はあんな事言っていたけど。年末に無事に少佐になったら

力は発揮できると思うぜ。俺は何処かお嬢には弱くてさ…。

お嬢は若いし女だし…ジョイと違って『不安定』なのが欠点だな。

中将が言うように大尉が『ムチ役兄貴』になってくれたら俺も助かるよ〜。

本部に俺とジョイ以外に本部の見張り役になってくれたらもっと助かるし。頑張ってくれよな」

「うう。期待は嬉しいけどさ。何となく…この島の雰囲気にまだ蹴落とされてばかりなんだよね…」

山中の期待にはすぐには応えられそうにないと隼人は気心も知れて

つい、本音を弱く吐きだしていた。

「すぐだよ。大丈夫さ♪」

「まずは…今日はカフェテリアが恐怖だね」

隼人がふぅ…と、しなだれると横で山中が大笑いするのだ。

「なんだ。俺なんかこの基地で何処が一番好きかって言ったら

迷わず『カフェテリア』だぜ??その内慣れるよ♪」

『そうかなぁ…』

山中はとにかく体型ががっしりしている。重量系って訳ではないが

どちらかというと『柔道・剣道』という武人タイプだから…。

とにかく食べる量が半端じゃなかった。

『大尉もなんとかいって!この人すっごく食べるのよ!!付いていけない!!』

朝から彼の妻がそうぼやいた。

朝から、どんぶり飯2杯は軽く行く山中に隼人はビックリ仰天していて

彼の妻がそうこぼすのも納得するところ…。

その彼が好きな場所が食が溢れている『カフェテリア』なのは当たり前で…。

『俺なんか…人目がいっぱいあるところは嫌いなんだけどな…』と

一人でひっそりため息をついた。

第四中隊の本部がある三階からそのまま連絡通路を通って隣り棟のエレベーターから

五階に上がると『カフェテリア』らしく…。

カフェテリアはこの基地の『中心』棟にあると言うこと…。その中心棟に『高官室』があり

勿論ロイの『連隊長室』が君臨している棟なのだ。

四中隊は運良く『近所』になるようだった。そのエレベーターを待っている間も…

「フロアの窓はでっかくてさ!まるで展望台!戦闘機の編成隊がいい眺めだぜ♪

あ。お嬢はもう、滑走路上がっている時間だと思うけどな…。飛んでいるのは見られないかもな。」

山中の兄さんはそんな風に本当に『俺達の基地!』とばかりに嬉しそうに説明してくれる。

隼人にしてみれば、葉月の『大佐室』の窓ですら『展望台』と思っているのに…。

この大基地の何千人と人が集まる『カフェテリア』ってどんな規模なのかと

変にドキドキしてくる…。

山中がそわそわ腕時計を見る。

「いま。昼飯時だからな。エレベーターはタイミング外すとなかなか乗れないし来ないんだよ…」

それだけ…人が乗るって事である…。隼人はフランスとは違う規模にまたため息…。

『めんどくさいなぁ…。毎日こんな事して過ごして行かなきゃいけないのかよ』と

ウンザリするほど。エレベーターが来ないのだ。

やっと3階のランプが灯って、扉が開くと…。

男も女も取り混ぜてこれまたいっぱい人が乗っているのだ…。

そこへ…ガッシリした山中が平気で突っ込んで乗り込んだので隼人は躊躇したが。

「大丈夫だよ。乗れるって!」

山中に腕を引っ張られて、すし詰めの如く人の中に押し込まれてしまった。

(俺。都会慣れしてないって感じだな…)

小笠原の基地の中だけは…本当に『都会』だった。

本当は…離れ小島の海の上なのに…。

隼人はこれだけで…またフランスを恋しく思ってしまった。

「おう!正史(まさし)じゃないか!」

エレベーターの端っこから、誰かが山中を呼んだ。

「お!長岡か!元気かよ♪」

どうやら知り合いがいたらしい…。

「まぁな。お前と違ってただの班室だからボチボチだ。嬢ちゃんの機嫌はどうだよ。」

『嬢ちゃん』の一言でエレベーターの中にいる全員の空気が『長岡』の言葉に止まったのが

隼人にも解り…その『嬢ちゃん』が『葉月』でやはりここでも彼女はかなりの存在なのだと痛感した。

しかし山中はあっさり…

「いつも通りさ。」と、おどけた笑顔で返した。

「いいよな。お前はぁ。嬢ちゃんのお目付でさ。」

「じゃじゃ馬の世話も結構大変だぜ?」

「だろうな。フランス研修でだいぶ『成果』あげたらしいじゃないか?

こっちの第一中隊でもその噂流れてきているぜ?『側近抜き』は失敗したなんて

嬢ちゃんらしくないってなぁ。いっそのこと正史がなれば良かったんだよ。もったいないなお前。

俺達同期の中で出世頭で中佐なのにな」

『おしゃべりな奴!』

隼人はムッとしながら、山中も隼人がフランスでそうであったように…

『嬢ちゃんのお陰で良い出世』という的にされているのだと益々彼の同期の言葉にムッとした。

エレベーターの中の空気が『嬢ちゃん』に興味津々と言った静かな空気に

隼人は嫌気がさしてしょうがなかった…。

オマケにその噂話が…自分を引き抜きに失敗した葉月の話で…。

まさかその当の本人がここにいるなんて隼人は身が縮こまる思い…。

『嬢ちゃんらしくない』という後ろ指を指されてでも葉月は隼人の思うとおりに

身を退いてくれたんだと…今になって本当に葉月の心遣いが身に沁みる…。

「見慣れないなぁ。」

おしゃべりな彼が山中の側にいる『隼人』に興味を向けたようで

さすがに隼人もドキリとした。

「ああ。俺のダチ」

「神奈川校のか?」

山中は葉月の叔父が校長を務める日本のエリート校神奈川校の出身なのだ。

「まぁね。カフェテリアを案内しようと思ってさ」

隼人は山中が『嬢ちゃんのニュー側近』とでも言おうものならどうしようかと思ったが…。

サラッと流してくれた『機転』に驚きつつもかなり感謝した。

その気遣いはやっぱりそこの『おしゃべり同期』とは違うと…

山中がそれなりに出世したのは当然という品格がそこに漂った。

やっと、エレベーターが五階について扉が開くと

若い女の子達が中佐である山中にはキチンと頭を下げてそそと降りて行くのだ。

『なるほどね。品格の差ってそうゆう事か』

隼人はそんな山中を見て同期生がサッと逃げるように降りていったので

『ザマーミロ』と心の中でベッ!と舌を出していた。

「たく。口の軽い奴。だから班室止まりの下っ端なんだよ。

エリート集団の第一中隊にいるのだけが救いだな」

山中が短い黒髪をカリカリッとかいてやっと悪態を付いた。

「助かったよ。『側近』って気分じゃないからさ…。まだ。」

隼人は山中の機転に感謝を向けて微笑んだ。

「後で澤村って男がどんなもんかって驚くぜ。そっちの方が楽しみ♪

それまで黙っておこうってそれだけさ…」

そんな彼の優しさに隼人はもう一度感謝の笑顔を浮かべながら…

彼と供に最後にエレベーターを降りた。

一瞬和んだ心がまた一転!!

隼人の目の前にワッと大人数が行き交う広いフロアが飛び込んだ。

『すげーーー!!』

隼人の心がそう叫んでいた。

ズラリと食事が並んだ端まで続くカウンター。と厨房とその中にいるコックの人数だけでも圧倒された。

広いフロアには白木の四人掛け丸テーブルから細長い8人掛けが出来る楕円テーブルが

幾つも並んで、男達も女達も日本人も外人も。老若男女、ザッと混ざって活気が溢れていた。

『人目があるところは…』と怖じ気づいていた隼人だが…。

『俺なんて誰も見ようとしない』と言うほどたくさんの人がいるのだ。

逆にこれだけいたら、気兼ねないという心境になるそんな規模だった。

「ふふふ。驚いただろ??これだけ人がいたら気にならないだろ?」

山中にサラッと心の内のみ抜かれて隼人は『なにを!』といつもの冷静顔に

慌てて戻したが、『そうだな』とすぐに彼の横で笑っていた。

いきなり向こうの大きな大きな窓から『ゴー』と言う轟音も聞こえてきたが

『防音ガラスさ』と山中がすぐに指さして教えてくれた。

だから…なんだか大画面の映像を見ているが如く大きな輸送機が

音も小さく雄大に大窓を横切って行くのを隼人は唖然と眺めていた。

輸送機が通り過ぎると大滑走路が海と供に素晴らしい景色で見えるのだ!

「見ろよ。窓際の席は満員だろ?やっぱり人気があるんだよな〜。滅多に座れないんだよ。」

窓際なんか座らなくたって…充分、滑走路を行き交う飛行機は眺められるし

海だって充分この壁際から眺められる大窓なのだ。

『ひゃ〜。本当にスッゴイ所きちまったなぁ……』

隼人の『衝撃』はすぐには収まらなかった。

フランスでそうしていたようにトレイを持って山中の後をついて行くだけ…。

あまりにも食事のレパートリーがありすぎて目が回りそうだった。

Be My Lightにあったようなダイナミックなアメリカ総菜もあれば

キチンと和食総菜もあるし…。

ちょっと洒落たカウンターには葉月のようにタイトスカートをはいた

若い女の子達が群がっていてそこはいわゆる『喫茶・軽食コーナー』と言うことらしい…。

遠くのはしには『雑貨店』まであって、何処かのホテルの土産屋のような彩りと品揃えが伺えた。

「お嬢もなんだかんだ言って、女らしくあそこのカウンター専門なんだ」

山中がニヤリと教えてくれる。隼人も解っていて『あっそ』と流しておいた。

「和食懐かしいだろ??」

山中が和食総菜コーナーに連れていってくれる。

「ウチの嫁さん。和食まだまだだからさ。昨夜はグラタンで悪かったなぁ」

「とんでもない…。どちらかというと洋食に慣れちゃっているから」

「あ。フランスキザっぽいな!」

「別にそうじゃないけどさぁ」

3回食事を供にすると山中とはもうすっかり同い年の会話が成立していた。

二人はそんな風に笑い合いながらも結局一緒に『肉じゃが』と『おひたし』『味噌汁』と手を出していた。

「明日からはそこの自販機でチケット買ってくれよ。今日は混んでいるから俺のおごり」

精算カウンターに行くと山中が胸ポケットからチケットを出してサッと隼人の分も払ってしまった。

(チケット制だったのか!?)

山中がそんなことを知らない隼人にワザと教えないで今日は最初からおごるつもりだったと

気が付いてまたまたその気遣いにビックリ…感動してしまった。

『気のいい男の仲間がドッと増えるぜ!』

康夫の言葉がまた…甦って…隼人は葉月の為だけでなく…

こんな男の期待にもキチンと応えて行かなくちゃと急に胸が熱くなったりした。

「メルシー。中佐…」

「やっぱ。フランスかぶれだな!」

「これが今までの俺って言う証明ですぐに出る言葉なんだよ!」

「やっぱ。発音キレイだなぁ…。俺は英語でも噛むからなぁ」

茶化してもキチンと受け止めてくれる山中とはすぐにこうして親近感が埋まっていくのを

隼人は一緒に過ごすほど感じて、やっとカフェテリアに来て楽しい気持ちが生まれたのだ。

そんな大食堂『カフェテリア』で今までのお互いの経歴を山中と交わしあって食事を進めていると…。

エレベーターから妙に賑やかな団体がザッと十人近く入ってきた。

先頭でリーダーシップを取っている短髪で金髪の男の声が大きいこと…。

『俺。あっちに行くからな!早く来いよ!!』

それもイントネーションばっちりの日本語だった。

彼がサッサッとトレイに食事を乗せて精算をすませて誰よりも先に

大きな8人掛けテーブルにふんぞり返るように座って後輩達を待ちながら煙草をくわえた。

そこだけ…オーラーがまとうように誰も近づかない。

しかし…何故か皆の視線はその団体に釘付け。

女の子達はなんだか。その金髪の男の若い後輩達に目が輝いているのだ。

日本人らしき東洋人が二人ほどいて後は栗毛に金髪の外人ばかり。

後輩達がどっしりと煙草を吸っている一番威厳がある先輩の所に

パラパラと集まってきたのだ。

「ん?今日は早いなぁ」

食事に夢中だった山中はやっとその団体の存在に気が付いたようで、ふと振り返った。

「どうゆう団体??なんだか目立つし…賑やかだね」

『うるさい』とは感じなかった。強いて言えば、煙草を吸っているリーダーが

時々上げる声が大きいだけだが良く後輩達を統率していた。

それにそんな威厳あるリーダーを元に皆楽しそうだった。

「アレが…コリンズ中佐だよ。ほら。お嬢の…空軍チームの一行だよ。

今日は早いな。訓練が早く終わったのかな??

とにかく…あの集団が一番賑やかでまとまっていて、注目されていてさ。

独身男が多いから女の子達が浮かれた目で見るし」

『え!?あの人が…あのコリンズ中佐!?』

康夫が目標にしている『パイロット』

葉月のキャプテン『兄様パイロット』

葉月が康夫と向こう見ずでした『危険な訓練』のアクロバットを

まとめ上げたあの…コリンズ中佐!?

隼人は再び…ものすごいものに出逢ったような気がして箸が止まって見入ってしまった。

しかし。その中に葉月がいなかった。