21.担当換え

昨夜のメモのやりとり…。朝になって葉月と顔を合わせても…。

隼人は『俺の服。これからのために預かって』が照れくさくて顔に出せないし…

葉月も『これからも来てくれるって事ね?』という期待が照れくさくて言い出せないのか…。

「おはよう。中佐。昨夜はご馳走様…。」

「うん。いいの…。」

それだけの会話ですんでしまった。

お互い言わなくても通じ合っているだろう…。そんな雰囲気が漂ったので

隼人も葉月も朝礼が終わってからもいつものペースで一日の始まりを迎えた。

葉月が毎度の如く…『大佐。失礼します』と頭を下げて皮椅子に座る。

隼人は気にはなっていたが…今度は見慣れてきて気にはなるが前ほどこだわらなくなっていた。

始業後…10分が経った頃…。内線がなった。

ここでは、側近がまず内線を取る…。と言うことになっている。

まぁ…。何処でも部下がすることだった。

しかし。隼人が受話器を取ろうとすると葉月に手で制されたので隼人も手を引っ込めた。

「おはようございます。第四中大佐室。御園です。」

いつものしっかりした落ち着いて低くて甘い声。

その声はさすがに『島のお嬢様中佐』と隼人もうっとりするぐらいだ。

葉月は手元のボールペンをまたメモにグルグルと回し始めて

嫌に冷たい落ち着き払った顔で始終無言に相手の言葉を聞き入っていた。

(もしかして…山本少佐?)隼人の脳裏にそう走った。

「少佐。昨日、お返事を返せなかったのはお詫びいたしますわ。」

『やっぱり!』と隼人も耳が立ってしまった。

オマケに葉月は大胆にも『返事の内線』を入れなかったらしい。

「わたくしも。忙しいモノですから…。」

(そうだ。そう言ってやれ!)と隼人は胸で葉月を推していた。

「私の方も…。こんな事が何回も続くようではさすがに疲れますわ。

山本少佐にこれ以上ご迷惑掛けるのもなんですから…。」

そこまで言って葉月は平静な顔をしていたのに急にニヤリと微笑んだのだ。

隼人は…初めて…そんな恋人に『ゾッ!』としたような気がした。

26歳の女の子かも知れない…。でも今の瞳を輝かせた笑顔は『中佐』だった。

そう…何かを企む少年のような瞳だったのだ。

そのうえ…。

「木田を担当から外します。今後はフランクか側近の澤村に行かせます。よろしいですか?」

隼人を出向かわせるにビックリ仰天した。

「何か不都合でも?木田では少佐のお相手にかないませんでしょう?

第二中隊の空軍管理官の元で新人の勉強になればと

胸を貸していただいてるつもりだった私が甘い考えでした。

業務はシビアですから先輩方を困らせるぐらいなら…。

空軍管理のすべてを仕切っているフランク少佐か…。

フランスで藤波中隊の補佐をしていた澤村なら間違いはないでしょう…。

これで、また不手際があれば私が責任をとりますわ。」

葉月の作戦はもっともではある。

新人の部下をよこしていることに山本は不満を持っている。

まぁ、葉月をおびき出す建前ではあるが…。

木田君が担当から外されると、困るのは彼の方だ。

その代わりがチョイと先輩に変えるどころか…

四中隊の空軍管理を取り仕切っているジョイと側近の隼人では山本もビックリと言うところだ。

ジョイは連隊長の従弟。准将の息子。オマケに同じ少佐でエリート。口も達者だ。

これが相手では、山本少佐もそうそう…大きな事は言えないだろう。

隼人にしても然り…。

隼人も空軍管理は航空第一線のフランス基地で磨いてきたつもりだ。

階級は今は大尉でも。葉月の側近。

つつくなら、隼人の方が山本にとってつつきやすいが隼人も

葉月の側近として負けるつもりはなかった。

「それとも?このまま木田で行きますか?」

相手の山本も葉月の急な担当換えに渋っているようだった。

『ザマーミロ!』隼人は胸の中でベッと舌を出していた。

「ご承知いただいて…有り難うございます。

フランクと澤村と検討して本日中にも担当換えの結果をお伝えいたしますわ。では。」

どうやら…山本はそれで…納得せざる得ない状況に追い込まれて承知したようだった。

葉月は内線を切るといつもの平静顔に戻っていた。

「ごめんなさい。大尉。本当なら大尉やジョイの様なトップが足を運ぶ仕事じゃないのに…。

相談もしないままこんな事言いだして…」

葉月は木田君の勉強になればと耐えていたようだがそれも勉強にならない状況になったと

隼人に言い分けて急にガックリ栗毛の中うつむいた。

「しかたないよ…。相手が…」

『葉月目的だから…煮ても焼いても食えやしないよ』と言いたいところを…

女身で頑張っている葉月のプライドを傷つけるような気がして隼人はそこで口ごもる。

しかし…

「私が…。隊長の私が女だから…木田君の成長のチャンスをつぶしたのよ。」

栗毛の中うつむいて顔は見えないが…泣いているような…力無い声で葉月が呟く。

隼人も…そこまで解っている葉月の口惜しさが何とも言えずに一緒にうつむいてしまった。

「ジョイと木田君。呼んでくれる?」

葉月がそう言うので…隼人は内線で二人を呼び寄せた。

「なに?お嬢?」 ジョイはいつもの如くさり気なく入ってきたが…

若い木田君は「失礼します」と恐る恐る入ってきた。

葉月が大佐席に二人を従えた。

「木田君?ごめんなさいね。今日から二中隊には行かなくて良いわ…。」

葉月がそう言うと黒髪の若い彼はなんだか驚いたように引いて…そしてうつむいた。

「なんでだよ!!彼頑張っているよ!担当を外すって事!?」

葉月のいきなりの「担当換え」にジョイが木田君をかばって食いついた。

「ジョイ。澤村大尉と交代でこれから山本少佐に当たって。」

そのやり方にジョイもビックリ急に声を引っ込めた。しかし…

「やだな。お嬢〜。なんで俺や大尉みたいな『仕切る側』の隊員がそんな事まで?

よその中隊にお運びしなくちゃいけないんだよ。」

するとジョイの傲慢な口に葉月がガッと席を立ち上がった。

「フランク少佐!言葉を改めなさい!!」

隼人もそんな威厳を放つ葉月を久々に見てビックリ背中を反ってしまった。

しかし…立派なお叱りでもある。

さすがのジョイも『言い過ぎました』と渋々言葉を引っ込めた。

「木田君?」

「ハイ…」

うつむいている彼に葉月がそっと微笑んだ。

「あなたは何も悪くないのよ。今まで良く耐えてきたわ。それも経験…。

解っているのでしょ?山本少佐の『本当の目的』」

葉月がニヤリと微笑んだので隼人はまたゾッとした。

彼女が男のそんなよこしまな心を少しも畏れていないからだ。

勿論木田君はビックリしたように葉月に顔を上げた。

葉月も今までは『業務』と思って山本少佐の目的は何か解っていながらも

いよいよになるまで木田君との間では『目的』についてはお互い触れなかったようだった。

木田君も言いたいところを新人如き…冷たい令嬢中佐は取り入ってくれないと思っていたのだろう。

「その事については、おぞましくて私は聞く気はないわ。

今日から担当になる男二人に報告して頂戴。

フランク少佐と澤村大尉はこれからどうあの少佐に当たるか二人で検討して。

木田君は暫くは二人のアシストにつきなさい。良いわね。」

暫く葉月のお達しに男三人はシン…とあっけにとられていたが…。

「解りました。」

木田君がまず返事をしたので。隼人とジョイも一緒に「承知しました。中佐」と答えていた。

「中佐。私の不行き届きでご迷惑を掛けました。申し訳ありません。」

木田君が今にも泣きそうな声で頭を下げた。しかし…

「木田君は。何も悪くないのよ。悪いのは…私が『女』の隊長だからよ。」

葉月が平静顔で言い放つと木田君はまたビックリ顔を上げて葉月を見つめた。

女中佐が自分の痛い所を自らさらしたからだ。

「中佐に…二中隊はメンテナンスチームが借りやすい所で…優秀な隊員がたくさんいるから

勉強のつもりで…胸を借りたつもりで頑張りなさいと…春に担当にしてくれたときは本当に嬉しかったです。

もちろん。二中隊のメンテナンスチームは本当にこちらのために良く動いてくれる部署です。

五中隊のコリンズ中佐も二中隊と約束を取り付けると『木田のお陰だ』とねぎらってくれたので

僕は…それを励みに頑張ってきました。でも…中佐が女性と言うことだけでバカにされてはいけないと

中佐に迷惑がかからにように注意してきたつもりでした…。

中佐に何も落ち度はありません…。僕はそう思っています…。」

それを聞いて…隼人は葉月の空軍チームにはまだメンテナンスチームがついていないことで

どれだけ肩身の狭い思いをしているかがやっと解ったのだ。

ジョイも悔しそうにうつむいていた。

隼人も…二中隊が若手で優秀な空軍チームが揃っていて

快くメンテナンスチームを四・五中隊空軍チームに貸してくれることは心得ていて

『お得意さま』とまで思っていた。

でもそれは…空軍管理官の先輩のいびりを受けつつもそうして頑張ってきた、

この新人隊員のお陰でもあったのだ。

すると…湿っぽくなった男達を見据えて葉月がまた…冷たくも微笑んだ。

「二中隊は本当に素晴らしい空軍チームを持っている私達の最高の先輩よ。」

その冷たい微笑みに男三人はゴクリと見入っていると急に葉月が瞳を光らせた。

「ジョイ。『向こうの少佐を外す』わよ」

その一言に…ジョイはパッと笑顔をこぼして顔をあげたが…。

葉月の本当の目的を知って、隼人と木田君はビックリ仰天した。

「お嬢!そうこなくっちゃ!!」

「この話は…ここの四人だけにしておいて。

木田君はジョイの言うことをよく聞いて。

絶対に二中隊の担当に戻してあげる。」

葉月の確固たる確信ある声に…

「ちょっと待った!中佐!」

隼人は先走りする葉月がものすごい勢いですごいことをしそうな気がして

いてもたってもいられなくなったのだ。

「澤村大尉。では。このまま小娘中隊だからと黙っていろと?遠野大佐が泣くわよ。」

「しかし。気持ちだけでそんな先走っても!!」

「気持ちだけ?充分今まで耐えてきたわよ。」

「しかし…。」

「大尉が来たから…踏み切ったの。」

隼人に向けた瞳が急に女の子に戻った気が一瞬した。

今までは…彼女と若い少佐のジョイで耐えてきたのだろう…。

今度は違う。隼人は無名とは言え…葉月に見込まれてやって来た。

隼人自身が自分を大したことない大尉と思っていても

見込んだ葉月は隼人の力をそれなりに頼っている…何かを上手くやってくれると睨んでいるのだ。

空軍管理の男が二人…揃えば女の葉月がしゃしゃり出なくてすむのだ。

葉月は隊長として最後の切り札。

まずは男二人で様子見。と言うことらしい。

「解りました。私如きの新人側近で何処まで出来るか解りませんが…」

隼人も山本は気に入らないのでそれはそれでぶつかってみようと気持ちになった。

「ジョイ。いつもの生意気いっぱいで思う存分やって。

大尉もね。いつもの意地悪お兄さんで充分いけるわよ」

「意地悪兄さんって…なんだよ。それ!」

隼人が思わずムキになると…ジョイと木田君がクスリと笑ったのだ。

「要は引っかき回してくれたらいいの。

相手が女の私でなく隊長の私を出せ!とでも言えばこっちのモンよ。」

葉月がまたまた・大きな台風に見えて隼人はもう。呆れてなんにも言い返せなかった。

「ふぅん。お嬢何か考えてるわけ?自分の『登場』を」

ジョイが青い目を悪戯いっぱい輝かせたが。

「さぁね。私訓練に行って来る。後はお二人のお手並み拝見。じゃぁね♪」

葉月はそれだけ言うとさっさと机を片づけてお着替えバックを肩に出掛けてしまった。

「ちぇ!お嬢の『さぁね』ほど。怖いことないからな!」

ジョイは呆れたため息をこぼしたがなんだかワクワクしているようだった。

葉月が出掛けて隼人はなんだか額に汗をかいていた。

葉月がじゃじゃ馬とは知っていたがこんなに大胆とは思わなかった。

あんなに男に警戒心を見せるお嬢さんが…よこしまな男となるとまるで

『とっちめてやる!』とばかりに輝く。

オマケに…今気が付いたが…。

『男二人のお手並み拝見』とかいって…。

ジョイの悪戯心を煽って…隼人と組ませて…。

初日から見えない壁が出来てしまった隼人とジョイのチームワークを作って

なんとか上手く仲を取り持とうとしている手口に気が付いたのだ。

『なんて。お嬢さんだ』 久しぶりにそう思った。

これが彼女の中佐たる本当の力かと思うと…気が抜けなくなった。

その証拠に…。

「早速。やろうか?大尉。木田君。包み隠さず話を聞こうか?」

ジョイも急に輝きだして応接ソファーに隼人と木田君を手招きするのだ。

「あの…。本当に…そんな仕事とは関係ない話ですよ?」

木田君も葉月の大胆さに畏れおののいているようだった。

「細かいこと言わないの。いままでの愚痴聞いてやるよ♪」

ジョイの無邪気な笑顔に木田君はチョットだけ安心したのか

大佐室の応接ソファーに恐る恐る座り込んだ。

「大尉も。早く♪今日どっちが少佐に書類持っていくか決めようぜ♪」

ジョイのワクワクにも隼人は不安がよぎった。

額の汗を拭って…。

「ちょっと…。トイレに行って来ます。」と外の空気を吸うことにした。

大佐室を出ると…。

出掛けたはずの葉月が山中中佐の席でなにやら話し込んでいた。

四人だけとは言っていたが…。

やはり。補佐である山中には報告しているらしかった。

しかし、渋い顔で聞き入っている山中だが葉月の意見に反論している様子もなかった。

隼人がトイレに入った頃…。

葉月が本部を出て訓練に出掛ける姿を隼人は横目に掠めた。

『まったく。じゃじゃ馬め!俺はまだ来て一ヶ月も経っていないぞ!

早速ハラハラさせるな!ばっかやろう!!』

昨夜の安らかな一時も…週末の甘やかな一時もすべてぶっ飛ぶほどの思いだった。

隼人は鏡の前で自分の顔を見て…

『くそ!』 顔を冷たい水で洗って気合いを入れ直した。

『有り難う…かばってくれて…』

勤務中にそっと口づけてくれた葉月を思いだして隼人は唇をさすった。

『みてろよ!じゃじゃ馬の出番がないくらいに、やりのけてやるからな!!』

山本のよこしまな心がすぐに萎えるよう…隼人は祈った。