43.現場復帰

男達がたむろしているざわめくロッカールーム。

『とりあえず。ここのロッカーを使うかい?名札はローマ字で自分で入れてくれよ。』

源にそういわれて隼人は初めてのロッカールームで着替えをはじめる。

(うーん。ためらう)

隼人は深紅の作業着に苦笑い…。

だが、手際よく着替える先輩達にせかされて…

ジャッ!…と、ジャケットのジッパーを開けて羽織った。

深紅のパンツ。そして…使いこなした久々の黒いグローブを後ろポケットに突っ込む。

メンテナンサーの七つ道具。ドライバーセットのポシェットを腰に巻き…

『OGASAWARA』の金文字とユーカリの葉の刺繍が施してある…紺のキャップをかぶった。

赤と紺のコントラスト。これが小笠原の作業着。隼人の新しい制服。

『レーサーみたいね。うちのメンテ服って』葉月がそういって笑ったことを思い出した。

『行くよ!澤村君!』

「はい!キャプテン!!」

二年ぶりの『現場訓練』…教官の頃の『実習指導』でなはいのだ。

今から一時間半ほどは、隼人は源のチームの一員になるのである。

隼人は源の背中を見失わないよう胸の鼓動を押さえてロッカーを飛び出す。

昼下がり…17時ジャストに終わる本日最後の訓練チームとして隼人は走り出した。

数日前のことだった。

「ハロー。ハヅキ。サワムラ大尉♪」

ロベルトが知らせもなしに葉月の隊長代理室にやって来たのだ。

先日。お互いに話し合ってせいか今までの堅さがなく

彼はすっかり…他の先輩のような親しい接し方になってきていた。

勿論葉月も…。

「あら?ロニー…どうしたの?」

すっかり笑顔で彼を迎え入れる。隼人も当然…。

「お疲れさま。何かあったのですか?」

わだかまりなく受け入れられるようになった。

「じつはさ。急で悪いけど。今から、空母艦で源チームが訓練なんだ。

源中佐が一度サワムラ大尉に見学させようって言い出して…。

僕がそのエスコート役に。どうかな?サワムラ大尉貸してくれる?」

葉月と隼人は一緒に顔を見合わせた。

「それは…いいけど…」

葉月がなにやらためらっていた。するとロベルトがヒゲを緩めてニッコリ…。

「これの事?ちゃんと僕が今朝手を回して置いたよ♪」

ロベルトがピラリと一枚の紙を葉月に突きつけた。『空母艦乗船許可書』だった。

「そう?じゃぁ…お言葉に甘えてみる?大尉。」

葉月も手際の良さに感心したのかすっかり安心した顔で隼人に伺う。

「いいのかよ?ここの仕事…」

「私がジョイとしておくから…せっかく源中佐がロニーと一緒に同業者同士…。

あなたの面倒、見る気になっているんですもの。私は…専門外だから助かるわ。」

葉月がニッコリ…勧めるので隼人も興味がないわけではないので

ロベルトのお言葉に甘えることにした。

ロベルトに連れられて隼人は久しぶりに大空と潮風の中に出る。

鉄の甲板…。

空母滑走路に出ると一斉に騒がしい声がゆきかいしていた。

カタパルト発進台…。

そこで紅い作業着を着込んでいる男達が右往左往走り回っている。

青い空の下…船の騒音。男達の声。潮の香りが隼人を取り囲む。

「丁度。発進するところだね。ほら…源中佐・あそこにいるよ?」

彼が指さした方向へ隼人は眼鏡をかけて目を凝らした。

『一号機。行くぞ!』

『キーン』とエンジンが高鳴ってゆく戦闘機の横で

サングラスをかけている源が後部にいるメンバーに大きく手を挙げて合図を送っていた。

『GO!』

源がカタパルトの横で腰をかがめてパイロットに合図を送ると

甲板の上で大きな戦闘機が平らな鉄板の上、

車輪を固定されてカタパルトで俊速で滑り出す。

『ゴー』と言う轟音を上げて晴れ渡った大空の中一機が飛び立った。

ここまでは隼人も経験済み。『懐かしい…なぁ』と眺めていた。

その後だった。

『次!行くぞ!!』

源の指示でメンバー達が牽引車で次の機体をカタパルト台に運搬。

無駄な動きなく素早くカタパルト台に固定。

管制との確認。

パイロットとの確認。

また源が腰をかがめる…。注意深そうに戦闘機の足元を眺めて…

『行くぞ!』とまた・後輩達に発進合図を送る。

源のグットサインがコックピットに送られてパイロットから敬礼とお返しのグットサイン。

また轟音をとどろかせて一機が飛び立っていゆく。

その繰り返しが10機ほど続いた。

『は・はやい!!』

隼人が今までみてきた中で一番のスピードを誇る手際よさだった。

「中佐のチームは時間に狂いがないんだ。僕も目標!」

いつも控えめで大人しい彼が、つぶらなグレーの瞳を輝かせ…

隼人の横で少年のように興奮している。

源のチームはすべての戦闘機を見送るとすぐに着艦受け入れ準備に動き出す。

隼人より小柄な源だがその統率力は一人一人のメンバーに行き渡り

迅速かつ、正確な動きに隼人は瞳を見開いて呆然と眺めていた。

「さすがだなぁ…。源キャプテン。僕の憧れ。」

少年のようなロベルトは『僕でも滅多に間近で見られないから』と

隼人よりもこの訓練見学を堪能しているのだ。

受け入れ準備が整うと…

なんと…フライトチームが帰ってくるまで甲板に並んでいる戦闘機の整備まではじめた。

(あそこまで!手を回しているのか!?)

決して動きは止まらない源チーム。

紺色キャップのつばから注がれる源の眼差しは

隼人が知っている『穏和なおじさま』ではなかった。

一人の厳しい男がそこにはいるのだった。

その後の着艦受け入れも見事なスピードだった。

ロベルトは横でため息…どころか…腕時計で一機にかかる時間を計る始末。

隼人は…源もロベルトも…『一流のキャプテン』と肌で感じて身が締まる思い。

(俺も…いつかは…)

葉月と一度すれ違ったにもかかわらず、そんな『向上心』を刺激されていた。

葉月だけでなく…この周りにいる男達に刺激され…

隼人はどんどん変わっていく自分を感じてゆく。

(俺…やっぱり…フランス出て良かったのかも…なぁ…)

妙に自分で納得していた。

「時間内に終了だね…。」

フライトチームのお迎えがおわり…また源達は整備に明け暮れる。

隼人もそっと時計を眺めた。

終了予定時間が余るという余裕のスピードだ。

「僕のチームは…まだまだだなぁ…。時々次の訓練チームに

甲板受け渡し遅れることもあるし…間に合っても冷や汗もののギリギリだから…。」

隼人はロベルトは『メンテ』に関しては自分と同じタイプと睨んでいる。

事細かそうな彼がそういうと隼人も自信がなくなってくる。

来年早々にメンテチームを結成しても

ロベルトのチームとは三年の差がある後輩チームになるのだから…。

彼が『まだまだ』といえば、隼人の方は『まだまだまだ…』になるのは確実だった。

隼人が深いため息をつくと…

ロベルトが潮風の中…ニッコリ微笑みながら隼人を見下ろしていた。

「きっと…サワムラ大尉とはライバルになるかもね♪」

「ええ!?まさか…全然…少佐の方が先輩じゃないっすか!」

隼人はビックリおののいた。

「そうかな?あのコリンズ中佐のサポートチームになるんだよ?

成長の仕方早いと思うな。すぐに追いつかれそうだな。」

「またまた。そちらのフライトチームだって素晴らしいと葉月から聞いていますよ?」

「そりゃね。でも…僕たちメンテキャプテン一同は

コリンズチームはちょっと別格でね。」

「別格??」

「血気の早さとスピード感はおそらく何処のフライトチームよりも一番だよ。

メンテサポートしているとわかるんだけど。こっちが引っ張られてゆく感じ…。

『若さ』とも言うかもね?迷いがないって言うのかな??

その内におじさんパイロット達を脅かすとみんな見ているんだ。

そのチームのサポートだよ?覚悟しておかないと…

細川中将の『監督』もすっごくきびしいし…サポートするたびに

逆にこっちが鍛えられて活気をもらっているんだよね…。

キャプテン一同口を揃えているのは…細川中将自ら指導しているのは

『次世代育成』の為だって…。サワムラ君は…そのポジションに選ばれたんだよ?

うかうかしていられないよ!」

「そ・そんなプレッシャーかけないでくださいよ…。」

隼人は力説する彼に苦笑いをこぼした。

「まぁ。僕も抜かれる気はないよ。葉月の前では格好良くいたいからね♪」

先日とはうって変わって狡猾な口調になってきたロベルトに隼人はグッと黙り込んだ。

おまけに『抜かれる気はない』に男として結構・闘争心を揺さぶられた。

「って…妻に言われただけ」

また・影の如く彼に元気を送る『妻』が出てきて隼人はまた苦笑い…。

「本当…すごい奥さんですねー…」

「見たら。『あれ?』ってくらい…普通の主婦だけどね。」

そういいながらもロベルトははにかみながら栗毛をかいた。

『妻がそういう』とは言うが…本当は彼の中でもそう感じていることは…隼人にはわかっていた。

彼は『エミリー夫人』と出逢って正解だったのだろう…

果たして…『葉月と隼人』は?どうなるのだろうか…??

そんな不安を抱えながらも隼人のこれからの意気込みは…徐々に固まる。

心の中で…

『みてろよ!なるほど♪コリンズチームのメンテといつか言わせてみせる!』

そっと…一人で言い切っている。

「さて。キャプテンには後で挨拶するとして…どう?余った時間カフェに行かない?」

妙に彼は隼人に人なつっこくなっていた。

すべてをさらしたこと…腹を割って話したことが一番のきっかけだったのだろう。

「しかし…」

「ハヅキのこと?大丈夫だよ。彼女細かいこと言わないから」

そんなところは、隼人より先にいた男…。

でも。隼人もこの興奮は…男同士で語りたいところだった。

それも同じ畑の…。気が合いそうなロベルトと一緒に…。

そんな隼人も同業者の同僚先輩が出来たことは何処かで喜んでいる。

(葉月のお陰かな…。こんな風に新しい出会いもあるって言うことは…)

また…二人は先日のようにメンテ論を話ながら

青空の下…基地へと笑いながら一緒に足を向けた。

 

それから…数日がたち…とうとう…隼人の現場復帰の日がやってきた。

『行ってらっしゃい♪がんばってね!』

『怪我するなよ〜』

午後業務中の葉月とジョイに輝く笑顔に見送られて隼人はロッカールームを飛び出し

また。潮の香りと海風が広がる、昼下がりの空母艦へと発進したのだ。

『燃料チェック開始!!』

源チームが甲板に整列。

隼人の紹介も手短にすまされて、源が号令を出す。

『ラジャー!!』

二十人程度のチーム員が一斉に、甲板に並んでいる戦闘機に走り出す。

『澤村君はこっち!俺についておいで!!』

『はい!』

隼人は源の背中を追いかけて『キャプテン機』につくことになった。

戦闘機の燃料タンクのチェック。

油圧のチェック。

コックピットに乗り込んでメーターのチェック。

隼人は源の声だけで動いてみるが、周りの先輩達の動きは機敏だった。

ロベルトと目で見ていたのとはまた違う早さを感じて

全く気が抜けない状態だった。

コックピットを何とか他の先輩達と同じよな時間で降りることが出来た。

『お見事!』

見守っていてくれた源が背中を叩いてそういってくれたが

『笑顔』は浮かべずにすぐに次の作業に引っ張ってゆかれた。

カタパルト台の整備チェックをしていると。

第一中隊の第一フライトチームが甲板に姿を現す。

皆・キリッとしたアメリカ人ばかりだった。

何処か洗練されたパイロット達の落ち着き、堂々としている身のこなし。

それをはた目に止めただけで隼人の緊張は益々高まった。

『フライトチームがミーティングを終えるぞ!発進台に一号機・準備!』

フライトチームキャプテン機がカタパルト台に取り付ける動きに入る。

発進メンバーと発進確認メンバー、等々…。

源の指示がなくとも皆・テキパキと持ち場に散らばってゆく。

「澤村君は俺と一緒に…カタパルトの横に行くよ!」

(えーー!?)

一番危険なポジションだが。一番名誉な場所でもあった。

源の合図と確認でカタパルトが動き、パイロットが空へ送り出されるのだ。

その横に来い!と今言われたのだ。

迷っている暇なんてなかった。言われるまま源の背を追いかけるだけ…。

「最後の合図は俺が出そう。管制との確認チェックは澤村君が。

OKが出たら僕に教えて、最後に僕が発進許可を出さないとコレはまずいからね!」

(あああ…)

管制との確認…コレも重要な役割だ。

判断しかねると大きな事故に繋がる。こんな事までいきなりやらされたのだ。

なんだか妙に『期待』されているような錯覚に陥ったが

パイロットは待ってくれない…。

カタパルトに取り付けられる戦闘機F−14に既に搭乗していたりするのだ。

隼人は源に渡された通信ヘッドホンを紺のキャップの上から取り付けた。

カタパルト台に戦闘機の車輪が固定された。

『こちらメンテ。管制室。離艦許可OK?』

隼人は久しぶりの『言葉』にちょっと…尻込み。英語だったがおそるおそるだった。

『Yes…。ただいま上空に障害なし。発進許可OK。』

『こちらメンテ。離艦許可OK。フライトOK?』

『こちらフライト101。OK!』

コックピットのパイロットからグッドサインが帰ってきた。

「キャプテン…OKです!」

「よし!行くぞ!!」

源が発進メンバーに手を挙げて合図を送る。

隼人は源と一緒にジェット気流を避けるためF−14の下に身をかがめる。

F−14が『キーン』とエンジン音を高めてゆきジェット気流が

隼人と源を取り囲む。

カタパルトから水蒸気もあがってくる。

噴射口から炎があがる…。

二人で注意深くF−14の足元をチェック。

『GO!』

源のグットサインが空母先端の海原へと押し出された。

パイロットからお返しのグッとサインと敬礼。

隼人も敬礼をして…

その瞬間。『ガタン!』と言う音と共にF−14は

F1マシンより速く甲板を滑り出してゆく。

隼人と源はその気流に飛ばされないよう甲板に身を伏せた。

『ゴー』という轟音が青空へ遠ざかってゆく…。

「復帰おめでとう♪なかなか…衰えていないようだね!元・教官!」

源がニッコリ…

かがんだまま、大空へ飛んだF−14を眺めている隼人に手をさしのべてきた。

「鳥肌…立っています…今…。」

「復帰には最高の場所だっただろう??」

「…はい。ありがとうございます…!」

隼人は源の手を構えることなく頼って立ち上がる。

源の指示がなくとも二号機がもうカタパルト台に装着されようとしていた。

『さて!次行こうか!確認!』

『はい!キャプテン!』

『管制室…』

隼人の『復帰第一日目』…。

『いつか俺が…葉月を空に送り出す…』

一機・一機…空に送り出す事に隼人の希望は自信へと変わってゆく。

昼下がりの空がもう夕暮れが水平線に現れ始める頃…。

隼人は汗びっしょりになっても源と一緒に甲板を思うとおりに走っていた…。

充実感…それは最後に笑顔に変わってゆく…。