11.仕返しU

「第四中隊 御園です。 失礼いたします。」

俺の目の端に、栗毛をやっぱりそんなに整えていない彼女が視界に入った。

葉月はいつも訓練の時は一つに束ねるかバレッタで結い上げて

訓練が終わると癖がついたままでもすぐに降ろしてしまう。

おろしても…くせがついても…それでも彼女からは『だらしなさ』を感じたことはなかった。

癖がついていても…何処かやっぱりその美しい栗毛から品格が漂っているのだと思う。

それにしても…『意外』と思ってしまった。

ここではフランスと違って彼女は大勢の部下にかしずかれている女中佐。

彼女が優雅なリッキーのようにこんな大基地では優雅な身なりでやってくるかと思えば…。

フランスにいた頃と変わらないじゃないかと…。

彼女が俺には目にもくれずにスッと素早く中将席にいったのが解る。

誰だって…どうでも良いという感じだった。

彼女が俺に断られてから、側近話にやや投げやりになっているのが伝わってきて

内心ヒヤリとしてしまった。

「お呼びでしょうか?中将」

フランスでは聞いたことない一軍人らしい固く立派な声に

俺はやっぱり彼女はこの基地で一人の中佐にまで登り詰めた人間なのだと痛感してしまった。

するとそんな固く礼儀正しい彼女にフランク中将がため息をこぼした。

「なんだ。新しい隊員と面談するのに。もう少しいつもの優雅な格好をしてこないか。

なんだ、その汗まみれの姿は…」と。

『やっぱりなぁ…。彼女らしいや…。意地になってワザと中佐令嬢と言っても

こうゆう乱れてがさつな女なのよって主張したくて…いつもの格好で来たんだ』

初めてであったときも…彼女は『御園中佐嬢』と見られたくなくて

素性を隠していたぐらいだ。『御令嬢』なんてイメージで来られちゃ困る…という

彼女の気持ちが俺にはありあり解って『相変わらずだなぁ』と呆れたため息が出てしまった。

「失礼だと思いますが、お急ぎとのことでしたから。」

彼女の色ない声に中将が再びため息…。

「これがいつもの…わたくしであります。」

彼女の固い意志の強い言葉が…やっぱりフランスで出逢ったときのまんまだと

そんなことでムキになっている葉月は『やっぱり彼女だ♪』と俺はつい…クスリと肩を揺らしてしまった。

それでなんだか…大基地の若中佐かもしれないが

よく知っている彼女でいてくれてホッとした。

「まったく。相変わらず気が強くて、融通が利かない。

急ぎというのは、キチンと身支度を整える時間も入れて

急げって事だと言うことぐらい解るだろう?」

中将が呆れて彼女の身だしなみによるささやかな抵抗をたしなめると…。

彼女から…小さなため息が聞こえてきた。

こんな風にささやかな抵抗をして…。まだ意地を張っている彼女。

自分から側近は誰でも良いと諦めたはずなのに

やっぱり何処かしら割り切れない彼女の俺に対する心残りのため息と解ると…

俺はズキリ…と胸が痛んだ。

もし…今ここに座っているのが俺でなかったら…

彼女の心残りは誰も救ってくれず…一人で傷ついていただろうと…

ここに来てやっと俺は彼女の痛みをひしひしと感じとったのだ。

俺が拳を握りしめてうつむくと中将が言った。

「この連隊長の私にまでこのような有様なんだが…。

こんなじゃじゃ馬だが、お願いできるかな?『大尉』」

俺は心を改めて…そして…真剣に応える。

 

「良く存じております。二ヶ月間一緒に研修しましたので、慣れております。」

言葉の内容はともかく、それが俺の二ヶ月間の答だった。

中将に食ってかかっても…自分の誇りや主張を捨てない彼女だから…。

じゃじゃ馬の彼女だから…こうして『中佐の元に来たんだ』と言いたかった。

ソファーから立ち上がってそっと振り向くと…

丁度振り向いた彼女とピッ…と目があった。

俺はやっと逢うことが出来た目の前にいる彼女の茶色い瞳を再び見ることが出来て

そっとニッコリ微笑んでしまった。

「お久しぶりです。中佐。その節は大変お世話になりました。

今度はこちらでお世話になろうと思いまして…中将の『お力添え』で

『側近』として付くことになりました。」

彼女は俺の声を聞くとやっと驚いた表情をともして…

中将と俺の顔を交互に見て…どうやらかなり動揺しているようだった。

中将の『してやったり♪』のほくそ笑み。

リッキーもニッコリ…嬉しそうに微笑み始めた。

彼女の動揺はまだ収まらないらしく、ジッと…無口に目をパッチリ開いて俺を見つめて…。

また…中将を見つめて…

『どうゆう事ですの??』と言う声が聞こえてきそうな顔で

俺はやっぱり俺が知っている…ちょっと抜けたお嬢さん…俺のいたずらににすぐ引っ掛かるお嬢さんだと、

再びニッコリ微笑みかけたが…彼女は呆然としたままだった。

それよりも…なんだか俺が俺じゃないというように上から下なんとも

じろじろと見るのだ。

そう…。俺は大規模な最新総合基地に行くと言うことで

制服も眼鏡も新調した上にテキトーにしていた髪でさえキチンと整えてきたのだ。

彼女が選んでくれた一隊員として恥をかかさないよう…。

今日はいつになく頭もセットして気合いを入れていたので

彼女が『そこにいるのはあの大尉??』と言う風にまるで他人として初めて逢うが如く

ジッと俺の全身を見つめていて…俺はやっぱりいつもの俺でよかったのかな?とちょっと後悔した。

しかしくじけずに続ける。

「フランスの…航空部隊から参りました…澤村隼人です。

また…宜しくお願いいたします。」

と、手を差し出しても唖然としたままの彼女で…やっと彼女がそれらしく俺の手を握り返してきた。

その感触…。忘れていない…。ちょっと冷たいヒンヤリとした白い手を…。

その様子を見て中将はクスクスと笑い続けて『俺の悪戯大成功♪』と満足したのか

「さて!!これで第四中隊もまた様子が変わるな!!期待しているからな!!」

などと…急に上官らしいお達しを言い渡たのだ。

『二人でカフェにでも行って来い!』

中将はそういってバッサリと切り上げて『後は二人で何とかしろ』とばかりに

無責任にヒョイと中将室から追い出したではないか??

『調子のいい中将だなぁ』と俺は急に彼女と二人きりにされて困惑した。

あてのない方に歩き出しても彼女はまだあっけにとられていて

トボトボと俺の後をついてくる始末…。

じれったくなった…。

「俺が先に歩いてどうするんだよ。ちゃんと案内してくれよ!」

つっけんどんに言うと…やっと彼女に表情が灯った。

しかも怒り顔だ…。思わず…『喜んでくれると思ったのに…』と怖じ気づいてしまった。

「どうゆう事なのよ!!説明して!!」

これが『再会?』あんまりだと俺もムッとした。

そして天の邪鬼な俺がスッと顔を出す。

「だいたい…あんな別れ方されてさ!少しくらいこっちも驚かそうと思ってね!!

中将には『中佐が知ると断るだろうから内密に』って頼んだんだよ!!」

俺がかなり声を立てて言い返すと彼女がスッと怯んだ。

彼女の瞳がその時哀しくも真剣に光ったのだ。

彼女が何を考えているかは解らないが…俺は『やってしまった…』と本心は

天の邪鬼な自分にガックリしていた。

俺のこと…忘れようと必死な最中にだったに違いない…。

そんな時に断った本人が目の前でまるでもてあそぶように

『アレ。嘘。からかってみたんだぁ』と言うように現れては怒って傷ついて当然って奴だ。

「ひどい!!最後まで心を動かさなかったくせに!!」

『その通りです…』と、俺も内心…『ごめんよ』と言っているのに…

「お嬢さんのことだ。意固地になって迷うと思ってね!」

などと、まだ素直になれなかったのだ。

しかしその一言が図星だったのか彼女がスッと黙り込んだ。

そんな彼女が彼女らしくて思わず微笑んでいた。

が…彼女は俺の前をスタスタと歩きだしてしまった。

中将の言葉通り…カフェテリアに行くのかと不安になった。

『御園の嬢ちゃんの側近だってさ!!』

フランス基地でもかなりの反響だった。

彼女の存在は…軍の中、世界各国そうゆう影響力を持っていると

俺は日本に来るまでにこの身で感じて戸惑うことがあった。

『それが…この大基地のカフェテリアで??』

まだ見ぬ…おそらくかなり大きいだろうカフェテリアでの人々の視線に俺はゾッとした。

「カフェなんて…めんどくさいなぁ。お嬢さんといると目立ちそうだモンな。他にない?」

俺は…『恐ろしい…不安だ』という弱さを見せられずに

つい…彼女のせいにして…彼女を楯にして…そんな口悪が出ていた。

『どうして俺はこうなんだ??』と心の中はもうぐちゃぐちゃだった。

当然、彼女もムッとしていて…エレベーターに乗るなり、乱暴にふてくされて

バチンッ!と叩いたボタンは『R』の屋上だった。

「屋上かぁ」

俺はホッとした。しかし彼女をかなり怒らせたらしい…。

「何か文句でも!?」

ものすごいつっけんどんに…憮然としていて…俺は「フランスに帰りたい…」などと

十五年前の少年の頃を思い出してひどく不安になった。

今…俺の一人の旅立ちの中で頼れる存在は彼女だけだから…。

その彼女にこんな風に突っぱねられては…受け入れてくれると信じてやってきたのだから。

やっぱり…俺は彼女の中では…もう『終わった男』なのだろうか?と思ってしまった。

エレベーターは四階から五階を抜けてすぐに屋上に着いた。

彼女がさっと降りた。

潮風に栗毛に髪がなびいて…後から降りた俺の頬をくすぐった。

だけど彼女は少しも振り向いてくれなかった。

エレベーターを降りても…そのまま前に進んで何処かに行ってしまいそうに俺は感じた。

だから…。『捕まえなきゃ』と思った。

捕まえて…あの香りがしたらもっと安心するから…とばかりに彼女の背中に抱きついていた。

迷わず…彼女の栗毛に頬を埋めていた。

俺がいきなり抱きついたので彼女はビクッとしたし…俺が抱き寄せる肩に力を込め…

俺が寄せる頬にもそっぽを向いて抵抗したので

俺の心は益々弱気に不安に煽られ、胸がズキリと痛んだ。

しかも…彼女の首筋からはあの香りはしなかった…。

『大人っぽい…背伸び』と思っていた以前の香りのままだった。

俺のことはもう…忘れた男。諦めた男。想い出にもしたくないからあの香りは使っていない。

そう言われているように思えてしまった。

「怒っているのかよ?急に気持ちを変えたこと…」

彼女の首筋に口づけても…彼女はまだ…無口に抵抗していた。

「つけていてくれてないんだ…。誰にもらったのをつけているんだよ」

この俺を…こんな風に情けなく追いつめても…葉月は黙ったままだった。

そして…ムクムクとあの人を傷つけようとする『天の邪鬼な俺』が心に現れる。

『解ったよ!俺のことなんかどうでもいいって言うんだな!!

あーあ。そうかい!そっちの望み通り今からすぐにフランスに帰ってやるさ!!』

そう言い出しそうになった。当然意地っ張りな彼女も

『あら・そう。判りましたわ。今すぐ中将にそう申し上げましょう!!』

と怒って…すぐさま俺をふりほどいてエレベーターに向かうのか目に浮かんで…

俺はハッとした。

また…人を傷つけるのか?と…。

彼女のあの真剣で…賭みたいに飛び込んできたあの西日の部屋でのあの純粋な気持ちを

与えてくれた肌の分かち合いを俺はもうすぐで汚すところだった。

彼女があのようにして俺に受け入れてもらえないのを判っていても

気持ちをぶつけてくれたように…俺も彼女に今から…

真剣勝負を、一世一代の気持ちで打たねば、送り出してくれたフランスの仲間の涙も…。

彼女のあの真剣な瞳も無駄にすることになる…。

彼女にとって『一等の想い出の男になりたい』なんておごっていた俺も

ここでマジで一等の男の証明をしなくてはならない。

そうして…

やっと、俺の天の邪鬼が消えていった。

『愛している』は、まだ自信がない。おこがましすぎる。

だけれども…そっと口を開く。

「とりあえず…仕事のつもりで来た」

そう言うと…急に彼女の肩の力が抜けて、力を込めていた俺の腕の中へとスッと倒れてきた。

俺はすかさず彼女の肩を抱きすくめていた。

その柔らかい身体が腕の中にやっと入ってきた、その温もり…。

木陰のウサギが戻ってきたと感激した。

もっと力を込めて抱きしめると…彼女の表情が急に愛らしい…困った女の子の顔になる。

先程まで、この大基地の『女・若中佐』だったのに…やっと俺が知っている愛らしい葉月になって

寄り一層、彼女の髪を撫でて耳元に口づけるともっと彼女が力を抜いて

俺の胸に身体を任せてくる。その瞬間…俺の感激は極みまで登りそうになったほどだ。

「プライベートは…『兄と妹』からどう?まだ…ピンとこないし」

素直になった俺でも…これが精一杯の『告白』だった。

『兄と妹』の向こうにはキチンと恋人前提が含まれている。

『ああ。もっと気の利いたセリフ…出てこないのか??俺は!!』

そんな自分にガックリしつつも彼女を胸から離そうとはしなかった。

すると…

俺の胸の中で背中を向けたままで…振り向いてもくれない彼女の肩が…『クスリ』と揺れた。

「兄と妹…?隼人さんたら…」

振り返った彼女がやっとフランスで見せてくれていた可愛らしい輝く笑顔を浮かべてくれた。

そして、俺の胸にやっと頬を埋めて嬉しそうにクスクスと笑うのだ。

『相変わらずね』と…。

未だに言葉が素直じゃない俺の事なんてとうにお見通しのようだった。

そして…俺は彼女の両肩を抱いてやっと一安心したのだ。

『やっと捕まえた。』と…。

「お昼ごはん食べた?」

彼女がまだ俺の胸元でクスクス笑いながら…とっても愛らしい笑顔を俺に向けてくれる。

「ううん。ぜんぜん…朝、ついてからも食べてないし。官舎で休んでた。」

「私も。さっき訓練が終わって、すぐに来たから」

「空とんでいたの見たよ」

「本当??実はね…。今カフェテリアに行くと訓練後で集まっている

小うるさい兄様達とはちあっちゃうのよね」

『それは…困る。心の準備できてない』と

俺は葉月を抱きしめて訴えてみると…。

「私もめんどくさいし…どう?」

「どう?って」

すると彼女は悪戯っぽく微笑んで俺の手をつかんで引っぱり出した。

「私がご馳走してあげる♪『サボタージュ』に行くに決まっているじゃない!!」

「え??またかよ!?」

「いいから。はやく♪その代わりここでは『アメリカ式』よ♪」

潮風に栗毛をなびかせる彼女が俺の手を強引にひっぱてゆく。

フランスで出逢ったときのままだった…。

『いいよ。ついて行くよ』

俺は葉月に手を引かれるまま…『サボタージュ』に出掛ける。

二人の空の上に戦闘機の編成隊が轟音を轟かせて青空を横切っていく。

栗毛のウサギがピョンピョンとはねる後を俺も微笑んでついていった。

 

彼女との新しい日々が始まったのだ。

 

『隼人回想編』 完