エピローグ

5.ただいま

一日中、隼人の言いつけを守って横になっていた葉月は

さすがに夕方の気配が部屋に漂うとジッとしていられずに起きあがる。

リビングに出て重たい頭を抱えながらやっと空腹感を覚えた。

(何かあったかしら…)

おもむろに夕暮れに包まれたリビングを横切って、キッチンに入ろうとしたときだった。

『ピーピー』

インターホンが鳴る。

『隼人さん♪』

朝、頼んだ物を買ってきてくれただろうと葉月は急に元気が湧いて

リビングの木枠ガラス扉に歩み寄った。

『ガチャン!』

玄関の鉄扉が閉まる音。

葉月はパジャマ姿で廊下の曲がり角を曲がって隼人の姿を確認しようとすると。

「あ!どいて!!葉月ちゃん!!」

積み立てた本を真一が両腕に抱え込んで運んでいるところに衝突しそうになって

葉月はビックリ身を翻して真一をよけた。

「………。なに!?それ!?」

「ふふふん♪」

昨夜の不機嫌もうって変わって、ご機嫌な真一がもったいぶったように

答えようともせずにリビングに入ってゆく。

葉月も何事かと、甥っ子を追いかけた。

しかし…。

真一はダイニングテーブルに『ドサ!』と本を置くと葉月の前を横切って

また元気良く『バタン!!』と玄関を出ていってしまった。

「???」

葉月は真一が何を始めたのかと、カーディガンを羽織り直して、玄関に向かう。

サンダルを履いて、ドアノブに手をかけると…。

「あ!葉月ちゃんグッドタイミング♪」

オートロックの扉を葉月が丁度良く開けてくれたと

真一はまた両手にいっぱい物を抱え込んでまたリビングに向かってゆく。

今度真一が手にしていたのは、ノートパソコンと、それに類する機材…。

葉月は、また真一を追いかける。

真一もまた。ダイニングに…本の山の横にパソコン機材をそっと置いている。

「いったいどうしたの?これは!?シンちゃんの物じゃないでしょ??誰かに借りたの??」

「俺のじゃないよ。でも借りていないよ♪」

意味深なニヤリ笑いで生意気そうに真一が葉月を見上げる。

「………」

葉月が戸惑っていると…。

『ガチャン!』

また玄関の扉が閉まる音がした。

(隼人さん??)

「隼人兄ちゃんと晩ご飯の買い物してきたんだ。」

真一がやっと、何をしてきたか報告はしてくれたが葉月には、買い物には見えない。

この荷物の出現はいったい何なのか??と戸惑っていると…。

「あ。起きていたんだ。気分はどう?」

リビングの扉を制服姿の隼人がにっこり…入ってくる。

その姿に葉月はもっと驚いた。

「………!なに?それ…。何のつもり??」

葉月は隼人の手元にある荷物を指さして問いつめた。

隼人は扉の側で照れくさそうに黒髪をかく。

「何って…スーツケース…。」

「スーツケースって…!」

「………。俺の服。必要品。ありったけ詰め込んできたんだけど??」

隼人はそう言うと、リビングの床に大きなスーツケースをゴロゴロと引きずり

書斎部屋に向かおうとしていた。

「あ。真一。まだ車に買い物した物残っているから…持ってきてくれるか?」

「うん!いいよ!!」

(真一って??)

また自分がいないうちに、男同士で何をやり始めたのかと…。

妙に親密度が高くなっている恋人と甥っ子に葉月はあっけにとられるばかり…。

真一は隼人から車のキーを受け取るとまた元気良く外に出ていった。

夕暮れのリビングを急に静寂が包み込む。

隼人はスーツケースを引きずりながらも、林側の書斎部屋・入り口で立ち止まる。

そしてそっと…後ろで戸惑う葉月に振り返った。

「オーナーさん。この部屋使って良いかな?引っ越したいんだけど。

この部屋が気に入ったんだ。好きに使っていい??」

夕暮れに染まる隼人の笑顔に葉月は、表情を止めてしまった。

(…ここで暮らすって事!?)

今朝から葉月の愛車に乗ってゆくとか…今までとは違う隼人の変貌が

葉月にはすぐに飲み込めなかった。

「なに?俺と暮らすのは…イヤ?一応…追い出されても帰る官舎はあるけどな。」

さらにハッキリした言葉が投げかけられて葉月はもっと固まった。

「……どうしたの急に??」

葉月がキョトンと茶色の瞳を夕暮れの中大きく開ける。

「急にって…事もないだろ?ただ…」

「ただ??」

やはり照れくさそうな隼人が言いにくそうにうつむいた。

「プライベートも…最高の側近になりたいなと…。」

隼人がボソッと…呟いたが静かなリビングでは葉月にはハッキリ鮮明に耳に届いた。

そして…

「おかえり…隼人さん。」

にっこり微笑むと、隼人がやっと顔を上げて同じように微笑む。

「ただいま…。葉月」

隼人の目の前に、茶色の瞳をガラス玉のように輝かす笑顔で迎えてくれるウサギが一匹。

暫く二人はそうして夕暮れに染まるお互いの瞳を見つめ合っていた。

「葉月ちゃん!たこ焼き食べる?隼人兄ちゃんが買ってくれた!」

また両手いっぱい荷物を抱え込んだ真一が元気良く

恋人同志の静寂を破って戻ってきた。

それでも…葉月と隼人は顔を見合わせてにっこり微笑みあう。

「ちょっとだけ。丁度おなか空いたところ。」

「よかった!風邪治りそうだね♪」

『小ウサギも一匹。』

増えたな…と、隼人は栗毛の姉弟のようなウサギ二匹がじゃれる姿を眺める。

隼人の小脇に『写真立て』。それをそっと…ウサギ二匹に悟られないように取り出す。

埃をかぶった写真立てには、白いワンピースを着た黒髪の女性。

『ゴメンな。おふくろ。これからは…飾るから。』

閉じこめた青少年の15年前。抜け出したくなかったフランスでの15年。

葉月と真一をリビングに置いて、隼人はそっと書斎の机の上に『亡くなった母』の写真を飾る。

ウサギ二匹に囲まれて…やっと…動き出す。

隼人が本当は待ち望んでいた流れがここで始まる…。

そして…ほんの少しだけ日々が流れる…。

春のような気候の一月半ば…。

第四中隊の本部は相変わらず、青年達が右往左往…動き回って業務を行う。

「澤村少佐!!コレお願いします!」

隼人が隊長室から一歩、外に出るとすぐにこの呼び声に捕まる。

「あーはいはい。机の上に置といて!」

「少佐!第一中隊が明日の陸運滑走路訓練譲ってくれないかって…」

「譲れないと言っておいてくれよ!こっちは何回も譲っているんだから明日はダメ!」

「でも…」

「あー!!わかった!俺から言っておくから!」

『スミマセン…宜しくお願いします!』

コピー一枚取りに出ただけで余計な仕事が被さってくる有様…。

年が明けて隼人は、無事少佐に昇進した。

そして…

「ただいまぁー。」

栗毛をなびかせて訓練後の葉月が帰還…隊長室に入ろうとする後を

隼人は『きたなぁ〜!』と思いながら追いかけて一緒に入室する。

「葉月!」

「なに??」

帰ってくるなり、兄様側近に呼び捨てにされて葉月は振り返る。

「お前いい加減にしろよ!こんな文章じゃ五中隊の管理課に笑われるじゃないか!」

隼人は葉月の机に書類を投げつけた。

「なによ。偉そうに…。」

葉月は隊長席でプイッと隼人にそっぽを向ける。

「なんだって!?それがこの『中佐室』の長がすることか!?」

「解ったわよ。書き直します…。」

葉月は渋々、皮椅子に腰をかけて隼人の言うことを聞く。

『まったく…私より偉そうなんだから…』

小さなつぶやきが隼人の耳にも届く。

「なにかいったか?」

「別に?」

隼人はすっかり…葉月のムチ役兄にも昇格していた。

「まったく…。正式隊長に任命されたんだからしっかりしろよ!」

「はいはい…。お兄様には適いません…。」

口うるさい側近のお小言に耳をふさぎながらも

26歳の女の子がたどたどしく、ビジネス文章に向かうのを隼人はそっと眺める。

「出来たら…採点してくれる?」

葉月が真顔で尋ねる。

「いいよ。隊長のためになるなら何でもするさ。」

「うん♪頼りにしている♪」

「調子がいいな本当に…。」

新しく『中佐室』と呼ばれるようになった部屋でふたり…。

いつもの調子の言い合いも程々…。葉月と隼人はお互いに笑いあう。

『来月には桜咲くかも知れないわよ?』

『へぇ。早いな小笠原は…何年ぶりの桜かな?』

 

『小笠原総合基地編 エピローグ 完』


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