―◆・◆ 裸婦 ◆・◆―

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偶然という名の婦人 5

 

 また地上にあがる為に、夫と共にエスカレーターに乗った。
 地上に出ると、真っ暗な夜空から冷たい風が降りてきて、二人に吹き付ける。夫妻揃ってコートの襟を立てた。
 こちらの郊外も雪が舞っている。しかもアトリエを出た時より、白く隙間なく降り始めていた。小雪でも真っ白に密集して舞い降りてくる空を見上げ、充がため息をつく。
「あー、今年もまた雪の冬か」
 彼も道産子。雪など慣れているが、この時期は曇った空であることが多く暗く閉ざされがちになり、白のような灰色のような斬りつける冷気の世界に包まれる。それが毎日。煌めく夏は短くあっという間に過ぎ、気がつけばまた氷点下の日々。やはりため息が出てしまうものなのだ。それは多恵子も同じ。
 ただ時には真っ白に染まった世界に心が洗われることもあるが、道産子にとってはやがて白い世界もただの日常になってしまうのだ。
「今夜は少しだけ積もるかもな」
「そうね」
 自宅マンションへの道を、二人は当たり前のように並び当たり前のように歩いていた。
 地下鉄駅がある人通りの多い舗道から、住宅地へ続く静かな道へ入る。そこに入るまでも、二人は当たり前のように並んで歩くだけで会話はなかった。でも、充から話しかけてくる。
「お前の仕事って、こんな遅い時間帯もあるの」
 思わずドキリとしてしまった多恵子。
「えっと、急なお手伝いが入ったのよ」
 別に後ろめたいことなどないはずなのに。ついどもってしまう。口が言い訳を探しているようだった。――いや、やはり夫に内緒で裸になる仕事をしていることは間違いなく後ろめたかった。だが、多恵子はまだ言いだしにくいだけで、彼に胸を張って打ち明けたいと思っている。今やっている仕事に誇りは持っている。しかし、それは自分の独りよがりであるだけで……。
「画廊の仕事で良かったな。お前、絵が好きだから」
 充には新しく見つけた仕事は『画廊店の手伝いだ』と言ってある。間違いないと言えば間違いないかもしれない? それにこの同世代の夫は、昔からの妻の趣味と未練を知っているので、その時は喜んでくれたのだ。そこがまた心苦しいことではあったけれど、今まで転々とやってきた長続きしないパート仕事よりも、遙かに収入が良いことで、充も即OKをしてくれたのだ。
 それもそのはず。なにせ、裸になる仕事。パートとは報酬が違う。それだけじゃない。三浦画伯は『多恵子は専属だから』と、事務所への紹介料世話料などのリベートも含め、かなりの高額を多恵子への報酬として支払ってくれていた。それは初めての給与明細を見て驚いたぐらい。画伯との最初の話し合いで『これぐらいが絵画モデルの一般的相場で――』と提示してくれた額を遙かに上回っていた。
 夫はそれにも驚き『画廊屋てすごいんだな』と呆気にとられていたのだ。と、言っても……夫の給与よりかは劣っている。
 一度だけ三浦画伯に『こんな私に払いすぎではありませんか』と言ってみたことがある。だけど、絵を描く時のあの怖い顔で『僕が決めた相場だから、黙って受け取って欲しい』と突き返された。それにモデル事務所の女社長も『それだけの高額モデルを専属で雇っているという画家のプライドもあるでしょうから、黙って受け取っておきなさい』と言った。まあ、それだけ彼女の懐にもリベートが転がり込んでくるからだろう。他のモデルたちが事務所にいることもある。そんな彼女達の視線が時々痛く感じる。彼女達の目が『どうしてあんな女が裸婦画家の専属に。しかもずぶの素人』と言いたげだと、いつどこの職場でも必ず出会う視線に多恵子はため息をついた程。それでも気楽なのは、事務所通いではなく、直にアトリエ通いであること。女社長も『お願いよ。画伯の機嫌を損ねないでね』と月に一度しかこない多恵子に言う。なんでも三浦画伯は女性の好みがうるさく、さらに手厳しくて有名なんだとか。創作や絵画モデルの心構えに至らないモデルはすぐに突き返してくると、女社長は戦々恐々としていた。多恵子は穏やかな先生を知っているから、三浦画伯が怖いと言われる方が意外で。でも……画家としての職人的魂はその通りの男性だと多恵子もそこは同感ではある。
 画伯から突然に名刺を握らされた後、多恵子自身で図書館に出向いてみたりインターネットで検索したりして、『三浦謙』について調べてみた。多恵子より少しだけ世代が上の男性故に既に中堅とされており、それでも裸婦画家として第一線にいるしっかりとした地位と評価をもらっている画家だと知って驚かされた。
 そんな先生との仕事だから、あの報酬かと納得させられる。実際に、その収入は多恵子の家庭の家計を助けてくれていた。だから充も今はなにも言わない。
 でもこの人は画廊屋の手伝いだけで、あれだけの報酬をもらえると本気で思っているのだろうかと、多恵子は思う。隣を呑気に歩いている夫の信じ切っている顔を見て、『この人はたぶん、本当にそう思っているのだろうな』とも妻として確信してしまうのだ。
 それに妻がこんなにお洒落をしているのに、やっぱりなにも言わない。なにも『今日のお前、綺麗だね』なんて歯が浮くセリフを待っているわけでもない。せめて、今日はそんな格好をしてどうしたのだ。とか、格好の割には化粧が地味だなとか。『普段とは違う』ということ気がつかないのだろうか。どちらにしても、彼はそんなことすら絶対に言わない。というより、やっぱり流されている。あってないようなもの。
 いつもの日常に帰ってきて、多恵子はため息をつきそうになったが気を取り直し、今度は自分から夫に微笑みかける。
「ごめんね。今日は出来合の夕ご飯になっちゃった」
 デパ地下で買ったお弁当を多恵子は掲げ、おどけてみる。
「いいよ。たまには。それに大輔は時にはそんな出来あいものの方が喜びそうだな」
「貴方にはお弁当の他にサラダと焼き鳥を買ってきたのよ。ビールがいい? それとも熱い焼酎?」
 充が笑いながら『焼酎かな』と言った。
 そんな慣れた会話で自宅についた。

「あれ。父さんも母さんも一緒だったの」
「うん。改札で母さんを見つけたから、一緒に帰ってきた」
 暗くなっても帰宅しない母親が帰ってきたのを見て、息子の大輔はほっとした顔をしてくれた。だが両親揃っての帰宅に、不安そうな顔に変わる息子。
 夫の充が寝室へ着替える為に姿を消すと、キッチンにて買い物袋を置いた多恵子に大輔がすかさず話しかけてくる。
「今日はモデル、休みだったんだろ。なのに先生の所に行ってきたの」
「うん。急にモデルを頼まれて――」
「昨日の、ガウンの? 俺と先生が一緒に描き始めた……」
 まだ昨日の興奮も醒めやらぬ様子の息子。だが少し心配そうな顔。息子がアトリエについてきたのは、自分の好奇心と興味が第一だっただろうが、母親が裸になる仕事をちゃんとしたアトリエでちゃんとした画家と付き合っているのかどうか心配で覗きに来たという、有り難い子供心も含まれていたことを多恵子も分かっていた。
「うん、そうよ。先生の筆がのってきたみたいだから。テンションがあがっているうちにと」
「そうなんだ」
 そして大輔がちらと両親の寝室へと目を向ける。まだなにも知らない父親に聞かれていまいかハラハラしているようだった。そんなモデル仕事帰りの母親が帰宅の道で父親と出くわしたことにもハラハラしているようだった。
「ごめんね、大輔。本当にお父さんには近いうちにきちんとお話しするから」
 あなたはなにも心配しなくて良いのよ。多恵子は息子に言い聞かせた。大輔もとりあえず頷いてくれる。
「あのさ……。先生、次はいつ、俺が行ってもいいか。なにか聞いてくれた?」
 息子はそこも気になっているようだった。多恵子もそこは今日、改めて画伯に問い合わせてみようと思っていたのに、思わぬ流れになったので聞けずじまいで帰ってきてしまった。とりあえず――。
「先生は創作が第一だから、もう少し待っていてくれるかしら。邪魔をするのが一番ダメよ。ビーナス像の約束をしてくれたから忘れるだなんてことは、あの先生は絶対にないわ。それに先生も言っていたわよ。先ずは今やるべき勉強をした上での美術レッスンでなければ反対だって。きちんと大輔がやるべきことをやっていれば、先生もそのうちに。そうね、期末試験が終わって冬休みになれば先生も考えてくれるわよ」
「えー。まだ先じゃん!」
 またすぐに画伯に会いたかったようだ。でも、それぐらいの予定を言っておかねば、今の三浦画伯の様子ではとてもではないが大輔のレッスンどころではない。
 ――しかも『暫くモデルに来なくていい』と言い渡されていたから。

 なんとか納得した大輔がダイニングの椅子に座る頃、普段着に着替え終わった夫の充も食卓にやってきた。
 とりあえずの夕食になってしまったが、男二人はああじゃないこうじゃないと同じ内容の弁当なのに取り合うようにして食べる支度をしている。
 夫と息子との三人家族。暖かい照明の中の食卓。
「いただきます」
 三人揃って弁当備え付けの箸を割る音も、揃っていた。
「ずるいな、父さんだけ。俺も焼き鳥食べたかったよ」
「分かったよ。一本だけやるから、一本だけだぞ」
「ケチ、ケチ。母さん、ちゃんと俺にも平等に買ってくれよ」
「はいはい。今度からそうするわ。本当に大輔もよく食べるようになったわね」
 男同士でいつもやりあっている。多恵子はいつもそっとそれを笑ってみていることが多い。

 こうしていると、あのアトリエで裸になってあり得ない表現をしている自分が嘘のように思えてくる。
 だけれど、確かに多恵子の中に眠っていたもの、寝かせていたもの、くすぶっていたもの、待ちかまえていたもの、ばかりなのだ。
 日常と隣接し繋がっていながらも、決して外には出てこないもの。非現実的なアトリエで多恵子は解放する。そして画伯はそれを『よし』と見定め、己の全てを左右する真剣勝負の創作へと取り込んでくれる。だから嘘ではないはずなのだ。
 ――なのに、ここでは。
 それでも目の前には、絶対に失いたくないものがある。
 これをなくして多恵子は生きていけない。これで幸せなのに。自分の中で根付く欲たるものに対し、時折哀しくなったり切なくなったり虚しくなったり、そんな感情に襲われてしまうのは何故なのだろう。
 まだ、多恵子は分からない。でも少なくとも今は、それらを表に出せる場所がある。
 夫と息子が大口で食べる姿を、多恵子はただひたすら微笑みながら見守っていた。

 

 ―◆・◆・◆・◆・◆―

 

 食事が終わると男二人はあっという間に各々の時間を過ごす為に、各部屋に散っていく。
 息子の大輔は勉強部屋に。実際、なにをしているかは不明。夫の充もパソコンが備えている部屋に籠もる。おそらく仕事に関わることか、インターネット。近頃はパソコンでテレビ番組も見ているようだ。
 そうすると、多恵子はリビングに一人取り残される。今日はまだ、出来合ものを買ったので片づけも簡単だが、食べるだけ食べてそのままにしていった男たちの後かたづけを、いつも一人で黙々としている。
 ――もう、お風呂に入って寝るわ。
 一人になるとどっと疲れが襲ってきた。一日を振り返るのも、今日は気力を使いそうだ。それもそうだろう。多恵子にとってあんなに緊張感あるシーンが、前回はいつあったというのだろうか。いや、あった。三浦画伯の目の前で、一糸まとわぬ全裸になった時だ。そう、よくよく振り返ると、この仕事に出会ってからそんなことの連続。だが今日はその最高潮だった気もする。それだけの気力を払ったものをもう一度振り返るだなんて……。疲れてしまう。
 多恵子はぐったりと肩を落としたまま、さっと風呂に入った。それでも、風呂上がりにはお気に入りのボディクリームを塗り込む。この香りが気に入って、デパートの一階にあるブランド化粧品ショップで買ったのだ。
 しっとりと水分と熱でほぐれた肌に、さらっと溶け込むクリームを塗り込むと、ふんわりと緑の香りが立ちこめる。
『今日の貴女は緑、』
 急に先生の声が聞こえた。香りに包まれ、全身にクリームを塗り込んでいた多恵子の手が止まる。そして洗面所の鏡に映る自分に気がつく。風呂上がりの濡れている姿だが、アトリエと同じ全裸。今日、先生の前でずっと香っていたこの匂い。指が長い大きな手。あの男性の手が、多恵子の乳房をそっと優しく包み込んだのを思い出した。
 それを思い出すように多恵子は自分の手で乳房を包んでみる。どんなふうに感じてくれたのだろう。あの手で知った感触を、あの先生は男としても画家としてもどのように感じて、あのカンバスに描き写してくれるのだろう。
 緑の匂いが広がるバスルームで、多恵子は一人静かに思いに耽る。
 あの先生に欲情したわけでもないし、平坦な日々を抜け出す為の火遊びのような一時的の恋を望んでいるわけじゃない。この乳房がただの身体の部位として取り残されているような、そんな寂しさを思う。なのにこんなふうにクリームを塗って、手入れをしている。息子を育てた乳。若い時夫が夢中になってくれた乳房。今は身体の単なる部位。多恵子一人が可愛がっているだけの。
 どんなにカンバスに描かれても、それもきっとカンバスに乗り移るだけで、また多恵子には日常が戻ってくることだろう。
 ほら、鏡を見ると、風呂場から立ちこめてきた湯気で裸の多恵子もぼやけて映っているだけ。こんなふうに、ぼんやりと流されていく日々がまたやってくることだろう。
 ――『たった一人で怖がらないで、思うままご主人にぶつかってごらん』
 なにかを見通した年長者の顔で言ってくれた先生のあの言葉。
 急に思い出し、多恵子は湯気で曇った鏡の湿気を手で拭いた。自分の顔がしっかり見えるように――。
「分かっているわ、先生」
 でも、と、多恵子はまた溜め息を落とす。
 それがいつの間にか簡単に出来なくなってしまったのだと。
 頭で分かっているのに、なかなか出来ない。

 そんな時、多恵子はあの白いワンピースをいつも懐かしんでしまうのだ。
 いつもあそこに帰ってしまう自分がいた。だから、十五年も取っておいた。そしてあの日、多恵子は身にまとって札幌の街中へと出かけていた。

 あの時の自分の、ちょっと狂気じみた突飛もない行動を思い出し、多恵子は肩を落としパジャマに着替え寝室に向かった。
 もうなにも考えずに寝よう。そう今日はもうなにも考えないよう、早く寝てしまおう。
 寝室の夫妻のベッドにはいると、思った通り、すぐに眠気が来たようで、それ以降の多恵子はあれこれと考えることもなく眠れたようだった。

 夜の雪も降る音はないけれど、なんとなく愛らしい気配を感じさせてくれる。
 あまりの柔らかさと静けさに眠気を誘ってくれる。しんとした中、少しずつ降り積もり、真っ白に染めてくれる。優しく、優しく……。

 

 ―◆・◆・◆・◆・◆―

 

 うんと唸りながら寝返りを打った。すうっと目が覚める。
 多恵子が寝そべっている横が、すこし騒がしい。何事かと目を開けると、充が丁度、寝床に入ってきたところだった。
「あ、多恵。起こしちゃったか」
「うん……。いま、何時」
「一時かな」
 何時に寝たか思い返した多恵子は、結構な時間寝入っていたことを知る。
「大輔は」
「ああ、一時間ぐらい前に冷蔵庫を探って夜食していたかな。もう部屋の電気は消えていた」
 夜更かし組の男たち。どうやら揃って今宵の遊びに満足して落ち着いたようで、多恵子も『そう』とまた目をつむる。夫に向けていた身体を、また寝返りを打って背を向ける。いつもの体勢だった。
 隣でごそごそと毛布と布団の中に潜り込み、寝る体勢を整えている夫の気配。多恵子もまたまどろむのだが。
「多恵」
 いつの間にか耳元にそんな近い声。
「多恵」
 いつもの声が少しだけ湿り気を帯びていた。そこで多恵子も再び目を開ける。
 背を向けて横になっている妻に、夫は既に覆い被さっていた。
「な、なに。ミチ、どうしたの」
 真夜中の、突然の求愛。充の手が多恵子のパジャマの下へと潜り込んできていた。寝る時はランジェリーをつけない多恵子の乳房は、すぐに夫の手に捕らえられる。彼の両手がぎゅっと多恵子の乳房を下から持ち上げ膨らませ、指先がその柔らかさを楽しみ始めていた。そして指先はさらに多恵子の乳房の先に……。
「ミチ――」
 ふいに多恵子も切なげに夫の名を呟いてしまう。
 そして充も。彼の『はあ』という湿った熱い吐息が、多恵子の耳元首元をくすぐり濡らす。そのまま充の唇は、妻の柔らかい首筋に甘噛みを繰り返し滑り落ちていく。多恵子の口から熱くしっとりと吐かれる息。そんな妻の吐息がこぼれ落ちるのを受け止めるかのよう、充はすかさず唇を塞ぎ優しく吸ってくれた。
 ――どうしたの?
 声になるはずもなく……。平日にこんなふうになることは近頃はなくなった。それにいつだったのか、夫と夜の睦み合いを交わしたのは。覚えているけど、しっかりとした時期は忘れた。秋口だったか、夏の終わりだったか。そんな感触。それでも彼の身体も気持ちも余裕がある週末だった気がするのに。
「なんかさ。帰りに会ったお前をみていたらさ……」
 そんな囁きが耳に届き、思わぬ充の言葉に多恵子は驚いていた。
 いつもより彼の手が荒っぽく感じるのは気のせいなのか。なんだか気忙しいような手。そして多恵子も、充のことを『今夜は変よ』だなんて言えなかった。
 アトリエで、あんなに女として表面化した夜に、こんなふうに今度こそ男に抱かれようとしている。そう自分が望んだままに――。
 肌をまさぐる充の手。急く指先に、熱烈な唇。多恵子の奥の奥に忍ばせている女の芯が、熱く大きく膨れあがっていくのをじわじわと感じている。
「ミチ」
 向かってくる夫に、多恵子も彼の胸の下から強く抱きつく。充の背中がいつもより逞しく感じ、余計に強くしがみいてしまった。そして噛みつくようなキスをしたのは、妻の自分から。それでも充も驚かずに唇を開いてくれる。

 雪が無音に降りしきる夜。
 多恵子の白い肌が、青い夜灯りに浮かび上がるのを見たのは、目の前の夫だけ。互いの身体と身体を重ね合わせ、隙間なく夫妻はきつく腕と足を絡め合い抱きしめ合う。
 どうして急に、こんな熱烈な夜を迎えているのか。こんな夫はいつ以来か。そして燃えてしまった自分も、こんな女になれたのはいつ以来だったか。多恵子はひっそりと振り返るのだが、かあっと襲ってくる熱が思考を鈍らせていく。

 思った。女の勘と良く聞くけれど、絶対に『男の勘』もあると――。

 

 

 

 

Update/2009.2.3
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