―◆・◆ 裸婦 ◆・◆―

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タエコと雪子 2

 

 こちらは藤岡氏の一人娘、『藤岡玲美』ちゃん。
 スケッチの日、謙はやってきた多恵子に、一人の若い娘を紹介した。

「藤岡玲美です。謙おじさんに頼まれてここにいます!」
 軽快な挨拶に、いつも通りにアトリエにやってきた多恵子は少しばかり戸惑っていた。
 いつもこのアトリエでは謙と多恵子の二人きり。そこに多恵子が知らない女の子を謙自ら連れてきたのだから。

 だが多恵子も、そこは謙を信用してくれているのだろう。
「初めまして。モデルをさせて頂いている佐藤多恵子です」
 いつもの落ち着きときちんとした雰囲気を忘れずに、若い玲美にも多恵子は綺麗にお辞儀をしてくれた。
「いつもうちの父と謙おじさんから、素敵なモデルさんだって聞いています!」
 玲美は藤岡の娘らしく快活で、札幌の女性らしくバイタリティに溢れている元気な女の子だった。今風に髪を茶色に染め、短いボトムで、こんなに寒い北国でも足を丸出しにして颯爽としている。そんな彼女は、今は人文学部で『学芸員』になる勉強をしている。ただ学芸員の就職となるとかなり困難。しかしそんな専攻で学んだ美術の知識を活かし、やがては数代続く画廊店を女だてらに継ぎたいのだと言っている。父親の藤岡氏も女の子一人しか子が望めなかったせいか、すっかりその気になっている。
 それとは他に、父親の藤岡氏が自慢そうに娘のことを話す中には、北海道の開拓精神からくる北海道の男女平等性。開拓時代から男も女も関係なく土地を開く為に働いてきたという精神があるらしい。男だけじゃなく女もばんばん働けばいいという風潮があり、それで女性のバイタリティ溢れる姿を良く目にすることが出来るのだそうだ。
 玲美はまったくその開拓精神説を謙に思わせる娘。東京からやってくる息子の拓海と顔を合わせては、男顔負けの負けん気でバンバンとものを言い放つので、線は細く見える美大生でも、やや頑固な芯と理屈を持っている流石の息子もたじろいでいるぐらい。まあ、拓海が札幌に遊びに来た時には、年も近いせいもあって玲美は良い遊び相手になってくれているようだ。この前も、拓海と一緒にでかけようとすると玲美も必ずくっついてきて、謙は散々若い二人に振り回され、ご馳走させられ、二人のどちらも退かない気の強い言い合いの間に入っては鎮めて――まあ、なんとも賑やかな二日間を過ごしたのだった。
 そんな玲美を、この日、アトリエに呼んだのにはわけがあり。そして訝しそうなままの多恵子に『まあ。そこに座って』と、今日は裸になる前にそこに促した。

 いつものように謙と多恵子が向かい合って座る中、玲美が謙の隣に親しげに座る。
 それにも多恵子は少し、戸惑っていた。なんだか自分の娘のような気分になっている謙を不思議に思ったのかもしれない。実際に、謙は玲美を特に可愛がっているところはある。
「先日、用意すると言っていたアクセサリーなんだ」
 おもむろに、正面にいる多恵子に謙はビロードのケースに収められているそれを差し出した。
「これを、私に」
「うん。地味に見えるだろうけれど、本物と言うことでね」
 だが多恵子はそのアクセサリーを目にして、怖じ気づいた顔をした。
 ノート大のビロードケースに収められているアクセサリーは、大振りの飾り櫛。ベースは明るい色合いの本鼈甲(べっこう)で、銀杏の葉のような形。花模様の透かし彫りが施され、外縁には本物のダイヤモンドがちりばめられている。ぱっと見は地味で、これこそアンティークのように見えるが、今の多恵子の品を損なわずに、程良くさりげないムードを与えてくれるだろうという謙のインスピレーションで選んだものだった。
 そしてやはり多恵子は、その沢山のダイヤを見て驚いているようだった。
「私、こんな立派なもの。つけたことがありませんし……」
「大丈夫。まあ、そこは裸になった多恵子さんに付けて見ないと、わからないけれどね。それでレミちゃんには、多恵子さんの髪結いを頼むことにしたんだ。彼女、お洒落で、いつも色々な髪型をしているから手慣れていると思ってね。僕のイメージで、アレンジしてもらうおうと頼んで来てもらったんだよ」
 それで……という顔で、多恵子がやっと玲美に微笑みかける。そしてなにもかも分かってここにいる玲美も多恵子ににんまりと微笑み返していた。
 だがここでまだ。謙は玲美のことで言わねばならないことがある。それを多恵子に告げようと思ったら、隣の玲美が元気よく多恵子に喋ってしまった。
「髪結いのお手伝いのご褒美に、今日は裸婦スケッチの見学をさせてもらうことになっているんです。私も描きます! 多恵子さん、よろしく!」
 一瞬、面食らった顔をした多恵子が、何かを求めるように謙を見た。どうしてそのようなことになっているのかと言う説明を求める顔であるのが分かった。
「いや。レミちゃんもやはり画廊屋でずっと沢山の絵を見てきたから、高校でも描いていたし、大学の専攻過程でも描くことはしているんだ。前々から裸婦制作現場を見せろとせがまれていて……。同性だからいいかなと。どうかな多恵子さん」
 まずは多恵子の気持ちを確かめてから――と、謙も強調してみた。だがそこは溌剌としている玲美が黙っていない。
「お願い、多恵子さん! 一度で良いから謙おじさんが裸婦モデルを前に描いているところを見てみたかったの。おじさん、ちっとも許してくれなくて。でも髪結いのお手伝いを引き受けることと、モデルの多恵子さんが許してくれたらって条件で見学させてもらえることになって」
 お願い、お願い! と、玲美はいつもの元気の良さを前面に出して多恵子に拝み倒した。その物怖じしない迫力に、いつも大人しい多恵子もちょっと圧され気味。こうなるだろうと思ってた謙だが、ちょっと苦笑いが浮かんでしまう。それほどに、玲美はいつだってなんでも積極的なのだ。
 だが、最後に多恵子が微笑んだ。
「私、自分で綺麗に髪を結うことが出来ませんから、よろしくお願いしますね。藤岡さんのお嬢さんですもの。先生が良ければ、私は構いません」
 謙はほっとし、レミは『ありがとう、多恵子さん!』と大はしゃぎ。いつも静かなアトリエが賑やかになってしまいどうかと謙は思ったが、多恵子は楽しそうに笑っている。――まあ、たまにはいいかなと、謙も頬を緩めた。

 しかし、多恵子が服を脱ぎ始めると思いの外、玲美が固くなっているのに謙は気が付いた。
 多恵子は先日同様に、ソファーで堂々と服を脱いでいる。謙も見慣れているので、多恵子の脱衣もまるで空気のようにして、そこにいる。
 なのに玲美はそんな大人の二人を見て、いつもの快活さもどこへやら。あんなに賑やかな子なのに黙り込んでしまったのだ。
「あれ。レミちゃん、裸婦スケッチは初めてじゃなかったよね」
 確か、大学の講義で経験済みだったはずだと、謙は玲美と語ってきた話の記憶をたぐった。
「うん。初めてじゃないよ。自分が描くことに関してはね。でも謙おじさんのような本職の画家が裸婦モデルを前にして描くのを見るのは初めて」
「おじさんが描くんだから、別にそんな緊張しなくても」
 と、謙はいつも可愛がっている彼女となんら変わらない気持ちで笑い飛ばした。すると目の前で全裸になった多恵子も笑っている。
「そうよ、レミさん。私は本格的なモデルではないのよ。先生に声をかけてもらって初めてやらせていただいているのだから、まだまだ素人で」
 しかし玲美は、そんな大人達の言葉には惑わされないといわんばかりの顔つきになっている。
「謙おじさん。髪を結う前に、今までの多恵子さんの絵を見てきてもいい」
「ああ、いいよ」
 なにか意を決したような顔つきで、玲美はアトリエ部屋に行ってしまう。そして謙が今まで描いた多恵子の絵を、カンバスを何度も何度も眺めている。
 そんな玲美を見て、今度は多恵子が緊張してしまったようだ。
「流石、藤岡さんのお嬢様というか。お父様と同じ顔で絵を見ていますね」
「あ、ああ。そうだね」
 多恵子は多恵子で、若いながらも玲美のその眼を畏れているようだった。
 確かにと、謙も思う。藤岡氏らしい自信に溢れる中での娘自慢も『親馬鹿』も手伝って度が過ぎることもあるにはあるのだが。しかし謙も一人の画家として、その若い娘の眼に期待を持っていることがある。玲美も藤岡氏の若い頃にそっくりだった。幼い頃から絵に親しみ、絵画を良く知っている。父親と違うのは、父親の迷い道を踏まえ、札幌に腰を据え進学し『描く世界』には踏み入らなかったことだ。彼女も描くことは好きだが、描く才能はないと始めから踏ん切りを付けていた。そして確かに、謙と共に絵画鑑賞に行くと思わぬ審美眼を見せることもあった。
 そんな彼女だからこそ、多恵子の髪結いを頼んでみた。玲美のそのセンスを試してみたい気持ちが画家としてもあり、そして、玲美なら今風の中にも、多恵子を引き立てる絵画的なセンスも見せてくるだろうと思ったからだ。
 そんな玲美が、アトリエ部屋から出てきた。彼女は笑っていなかった。
「うん。だいたいイメージできたよ。後はおじさんの言うとおりのイメージで結ってみるね」
 始めるよ――と、玲美は多恵子の側に寄る。
 とりあえずガウンを羽織りソファーに座っている多恵子の後ろに立ち、玲美は櫛を片手に、その口にはヘアピンを銜えていた。
「おじさんもこっちにきて、ちゃんと見てちょうだいよ」
「うん、そうだね」
 玲美に促され、謙も多恵子の背に回る。
 素肌にガウンを羽織り座っている多恵子の顔が、玲美が置いた鏡に写っている。そんな多恵子の視線と謙の目が合った。彼女の顔はもう、モデルの顔になっている。そして玲美の手際よい髪結いが始まる。
 玲美の手が、多恵子の黒髪をひとつに束ねねじり上げる。
「夜会巻きみたいにきっちりしていない方がイイね」
 玲美はもう、謙の思うところを掴んでくれていた。それはまた、多恵子と息があった時のような心地よさを感じるほどに。そしてそれは彼女の父親である藤岡氏と通じる時と同じようなものでもあった。玲美は多恵子の絵を見て、多恵子という女が今からどうなるか既に予感してくれたのだろう。そして謙も頷き、玲美に応える。
「若々しさはいらない。多恵子さんの年齢を存分に感じさせる……」
 と謙が途中まで言うと、多恵子の髪束を持っている玲美の手がモデルのうなじまで降りてきた。
「大人っぽい、ややルーズに、でも色っぽく。そして、ここに視点がいく……だね」
 そうして玲美が結ってくれたスタイルと狙いに、謙も満足だった。やはりこの子も感性があるんだなと、自分の姪っ子同然でもある玲美の手際その出来栄えに鼻が高くなる思いだった。
 最後に、玲美が恭しい手つきで、謙が選んだ本鼈甲の髪飾りをそっと多恵子の黒髪に施した。途端に、多恵子から匂い高く立ち上り、謙の鼻先まで掠めていったような錯覚が起こる。
 その飾り櫛で正解だったと、謙も一人ひっそりほくそ笑む。さらに、玲美の手によってまた雰囲気が変わった多恵子にも謙は胸を震わせる。
 その顔で、雰囲気で、そして僕が選んだ髪飾りを付けて――この前の後ろ姿を描く。それだけで指先がうずうずした。
 ――早く描きたい。あの後ろ姿の多恵子を、そして今日、ここに現れたタエコを描きたい。
 その瞬間を待っていた。この前からずっと。

 

 ―◆・◆・◆・◆・◆―

 

 やがて、その瞬間はやってくる。

 絵描きとモデルがアトリエに入る。
 先日のように、謙が位置するイーゼルの目の前には、後ろ姿の多恵子。そして今日、謙の隣には椅子に座りスケッチブックを広げている玲美。
「さあ、始めようか」
 鉛筆を手にした謙の一声に、アトリエの空気が一気に引き締まる。モデルである多恵子の身体の線から、独特の匂いが放たれる。そして彼女の表情がいっそう女らしく一変する。謙が持つ鉛筆の先が紙に触れると、なにかが弾け出すようにアトリエの空気がざあっとなにかを取り囲むように回り始める。
 その空気は紛れもなく『謙とタエコだけのもの』だった。
 暫くクロッキーでトレーニング程度の日々を過ごそうと思ったが、タエコがそうさせてくれない。この日、謙はタエコが与えてくれたインスピレーションに従うがままに、その後ろ姿を早描きをせずに、丁寧にスケッチする。
 後ろ姿のワンポーズ。その時間はとても長かったと思う。
 ふと気が付くと、隣に座っていた玲美が居なくなっている。我に返った謙が振り返ると、玲美は謙の背後、壁際に椅子を寄せており、そこでひっそり息を潜めるようにスケッチをしていたようだ。いつのまに――?
「レミちゃん、どうしたんだ。そんな後ろで」
 だが玲美は、多恵子が脱衣を始め素肌を晒した時のように神妙な顔を保っていた。
「いいの。ここから眺めているのが面白いから。おじさんと多恵子さんはいつもどおりにやって。楽しく描いているから心配しないで」
 だが玲美の表情は『楽しい』ではなかった。どちらかというと『真剣』というのか。
 それが何を意味するのか分からないが、謙は玲美のそんな感性には何かがあると分かっているので、真相は今は判らずとも彼女の好きにさせることにした。

 それよりも。玲美が言うように、『こちら』のことだ。
 多恵子の後ろ姿を描いているうちに、謙の中でもあれこれと試したいことが湧き上がってくる。
「多恵子さん、今度はソファーに寝てみようか」
「はい」
 多恵子から提示してきた柔らかな後ろ姿。それをそのままソファーに持ってきて、寝かせてみることにする。
 多恵子が新しいソファーに横になる。
「背中を向けて。立っていたポーズをそのまま寝かせたような気持ちで。表情はそのまま。そう……」
 今度は寝そべる多恵子の傍で、逐一指示をする。多恵子もそこは従ってくれた。イーゼルに戻り、その立ち位置からも細々と指示を出す。――もっと足をそっと曲げて。いや反対だ。腕をもっと柔らかに腰に沿わせて。そう。そして肩越しに僕を見る。……違う。そんな顔じゃない。違う。その目でもない――謙のしつこいほどの指示に、多少、多恵子が戸惑った顔をした。これほどに執拗に指示を出したことはない。だが、謙が思うもの、多恵子とシンクロするものが届かない。これも謙の中で初めてだった。多恵子とあれほど通じているはずなのに。いや、謙も分かっていた。――さらなるものを、タエコに求め始めているのだと。
 ついに謙は呆れた顔、そして厳しい声で、鉛筆をイーゼルのボードに投げ出した。
「タエコ。僕だ。僕はここに居るんだ。わかるだろう!」
 謙は胸を叩いて、後ろ姿で寝そべっている多恵子に叱責にも似た声を荒げていた。当然、多恵子の驚いた顔……。そしてさらに戸惑う顔。暫く、多恵子は困惑した様子で俯いてさえいた。
 だが謙は彼女を信じて黙ってみている……。
 やがて顔を上げた彼女と目が合う。その目を見て、謙はやっと鉛筆を手にする。

 その時、謙の背後で床に鉛筆とスケッチブックが落ちる音がした。
 玲美が落としたのだろう。だが、構わずに謙は新たなるスケッチを始める。

 ソファーには、優美な桃尻の曲線と、なだらかな背中の線を横たえている裸婦『タエコ』。
 しっとりとしたうなじには、ふんわりとした後れ毛。そして彼女の黒髪をほんのりと華やかにみせる飾り櫛。
 そして肩越しにちらりと謙に送られてくるタエコの眼差し。――まっすぐに、謙を見つめている。熱っぽく……。

 鉛筆を手に後ろ寝姿のスケッチを始める謙の目線がタエコの全身を、裸体のラインをなぞる。
 時折、タエコの目を忘れずに確かめる。
「タエコ、こっちだ」
「はい、先生」
 自分がタエコのどこを見つめてスケッチをしていても、タエコが謙の目から視線を離すことは許さなかった。
「こっちだ。だめだろう。どこを見ている。僕はここだ」
「はい」
 常にタエコと目が合うようにさせた。
 その目が徐々に謙の求めているものを担うものに変化し、やがてそれが本物のようにタエコのものになっていく。
 そう、彼女の黒髪に添えた本鼈甲のように、ダイヤのように。本物にしていく。「タエコ」はそんなモデルであり、謙は彼女にそれを求め始めていた。

 その日のスケッチが終わり、アトリエを出た多恵子はいつもの普段着を身につけ帰る支度を整える。
「お疲れ様でした。それではまた次のスケッチの日に」
 玲美が居た為、その日の多恵子は一杯のお茶も飲まずに、すっと帰ってしまった。どこか疲れた顔をしていた。
 いや、それは謙も同じかもしれない。いつもなら穏やかに多恵子とお茶を挟んで語らうひとときを楽しむところだろうが、ぐったりとソファーに座り込んだ。
「おじさん、コーヒーをいれようね。私も飲んで良い?」
 ああ、いいよ。と、謙はそれとなく応えるだけ。
 賑やかな玲美も今日は静かだった。
 彼女がコンロにコーヒーポットのケトルを火にかける。湯が沸くまで、玲美はまたアトリエへと行ってしまう。
 謙もやっと立ち上がり、玲美が眺めている本日の寝姿のスケッチを一緒に見つめた。
 黙って見つめている玲美の目は、どこか泣きそうな顔をしていた。やがて彼女が窓辺に立つ。そして父親の画廊と向かいのカフェが見えるだろう通りを見つめていた。
「男と女だったね」
 窓辺に映った若い娘の顔が、とても切なそうに見えた。
「おじさんが描こうとしているの、男と女だと思った」
 そんな玲美の言葉に、謙は答はせず、またイーゼルの椅子に座って鉛筆を手にした。
 タエコのまつげを、そっと鉛筆の先で撫でる。
「おじさん。多恵子さんが好きなんだね。多恵子さんも――」
 さらに謙は応えるはずもなく。
「そうでなければ、三浦謙とタエコの裸婦画は、ああはならないよ。お父さんが言っていたとおりだと思った」
 そして玲美は臆することなく言ってくれる。『今回のおじさんは、完全に男だ』と。
 やっと謙は応える。
「ああ、好きだよ。タエコが好きだ」
 だが最後に決して忘れてはいけないものがある。鉛筆でタエコの乳房をなぞり返しながら、謙は若い娘に告げる。
「アトリエの中だけのことだ。それぐらいのこと、画廊屋の娘なら分かるだろう」
 窓辺で、少し納得ができないとばかりに不満げな表情を浮かべている子がいる。
「そんなものなの。うちのお父さんも、同じことを言っていた。なのに、あんなに激しいの。この狭い空間で――」
 それが『裸婦画を描くことだ』。
 謙はきっぱりと言い放っていた。胸に熱いものがあっても、それはきっと。 

 

 

 

Update/2009.3.27
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