-- 緋花の家 -- 
 
* ミツバチは花が好き *

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5-5 猫かぶり

 

 予定通り、次にやってきた週末に、美紅が東京へと発っていく。
 幸樹もちゃっかり、市内の空港へと拓真と一緒に見送りに来てしまった。

「気を付けて帰るんだぞ。下宿先に着いたら、必ず連絡をすること!」
「わかっているよ、お父さんたら」
「まったく。次から来る時は凛々子だけじゃなく父さんにもちゃんと連絡すること!」

 突然やってきた娘を説教している拓真の姿は、やはりどこから見ても父親だった。
 だが美紅はとても不服そうな顔を改めようとはしないまま。

「そっちが勝手にママと別れておいて、どっちにも連絡しろってなんなのよ」
「いや、それはだな。親同士の問題……」
「問題なんてないじゃない。どうせパパだってママのこと好きなんでしょ。だったら早くママを安心させて東京に返してよ」
「うーん、うーん。それはだから、大人の」
「私だってもう大人だよっ。馬鹿にしないでよっ」

 見ていると収まりそうにない。

「美紅、夏休みに来るのを待っているからな。お前の生まれ故郷なんだから、いつだってこっちに来ればいいじゃないか」

 父娘の間にすっと落ち着いた青年の声がしたせいか、父娘が言い合いを止めた。

「そうだね、幸樹。私、また来る! 自転車の約束、楽しみにしているから」
「ああ。俺も待っているからな」

 搭乗の案内アナウンスが流れ始め、美紅が慌ててゲートへと向かっていく。
 父親と知り合ったばかりの近所の青年へと振り返り、美紅が手を振った。
 なんだろう。美紅が手を振った時、どうしてか周りの人々が驚いた顔やら不思議そうな顔で振り向いたような……?

「美紅って目立つんですかねー。美紅と歩いていると、振り返る人が多くありません? 華やかなのは認めるけど」

 手を振ってゲートの奥へと娘が消えていったのを確認した拓真が、幸樹の隣でクスリと笑っていた。

「へえ。幸樹君は若いのに、最後まで気が付かなかったのか」

 今日もラフなシャツとデニム姿の拓真と並び、幸樹は空港ターミナルの外へと共に向かう。
 すると途中の売店で拓真が立ち止まった。彼がおもむろに手に取ったのは女性ファッション雑誌。
 そこにイマドキの若いモデルが流行最先端の格好で表紙を飾っていた。

「これ、美紅の本職……になりそうなんだよな。学業優先が親父が出した条件」

 え!

 最初はなんのことかよくわからなかったが、モデルがくっきりこってりと施しているアイメイクの瞳を見て、やっと幸樹にもピンと来たものが!

「マジ!? 美紅がミミ……」
「今回はかなり地味なメイクで頑張っていたみたいだな」

 幸樹も同じ雑誌を手にとって『ミミ』を眺めた――。確かに彼女は他のモデルより、いつも正体がわからないような濃いメイクをしていると思っていたが。そういうこと!?

「おかしいだろ。この俺と緋美子の娘が、華やかな世界で華やかに活躍するだなんて」

 小さな溜め息をつき、拓真が雑誌を戻した。

 『そうかな』と幸樹は笑って返したが、胸の中にはすぐに違和感が生まれていた。

「まあ、女は化粧で変わるっていうしな……」

 一瞬、彼の顔がとても哀しそうに見えてしまった幸樹。娘が華やかなモデルになってしまったことに憂う父親……というところなのだろうか。
 だが拓真はすぐに、いつも見せている年齢を感じさせない少年ぽい笑みを幸樹に見せていた。

「ああ、でも。美紅と幸樹君が仲良くなってくれて、おじさん嬉しかったな。まるで姉弟みたいで美紅も楽しそうだった」
「そうなんですよね。俺も不思議なかんじで。美紅に女を感じないって言うか。彼女、あの通りさっぱりはっきりしているから気負いしなくて良いっていうか」

 本当に拓真は嬉しそうに笑っていた。

「前世は姉弟だったかもしれないよ」

 冗談で言うが、逆に幸樹は妙にドッキリしたのだ。

「……なんか、うちの母ぽくありません? 美紅って」

 『変なことを感じているなあ』と一人密かに思っていたことだったから黙っていたが、他人の、しかも彼女の父親である拓真からの思わぬ発言だから幸樹もふいにそう聞いてしまっていた。  なのに。拓真の表情が一変、強ばったのを幸樹は見た。しかし、それは一瞬で。

「まさか。俯いた顔なんか、緋美子によく似てきたよ。美紅は間違いなく緋美子の娘だ」
「え、そりゃそうでしょ」

 笑顔に戻った拓真だったが、変に力んだ言い方が妙だった。

「帰ろう。凛々子が待っている」

 彼がそそくさと駐車場に向かう。なにかを振り払って急いでいるように見えてしまった。
 ささやかな違和感がまた広がっていく――。

 駐車場に戻り、拓真がレンタルした車に乗る。

「凛々子さん、大丈夫かな」

 倒れた次の日、彼女が無邪気に『拓真おじさん、縁側で素麺食べよう』と笑っていたあの夕方から、彼女がまた寝込んでしまったのだ。
 美紅が心配そうにしていたが、凛々子が寝込むのは良くあることのようで『またすぐに元気になるから、美紅は帰りなさい』と宥め、帰り支度をさせていた。

「この前、幸樹君に怒られたばかりで悪いんだけど、凛々子を一人にしておくのがちょっと心配でね。俺はまた今日は署で泊まりだから、夕方まででも良いから様子を見ておいてくれるかな」
「それは、構いませんけど」

 心肺停止になったり、寝込んでいる彼女をここ数日見ていたので、それは幸樹も心配していた。
 盛り塩に行っても、彼女は二階の寝室に篭もったまま。寝室の出窓にも盛り塩を置くことになっているので、その時はパジャマ姿のまま『有り難う』と一言くれるが、すぐに毛布にくるまってしまう。そんな毎日だった。
 拓真に『妻は身体が弱くて学校に行けなかったから友人がいない。同世代だから仲良くしてやってくれ』だなんて言われて。夫のくせに、まるで父親みたいな口をきいたから、一人の男として彼女に恋をしている幸樹はぶち切れたばかり――。
 でも、今はそんなこと言ってられない。

「あの、なにかあった時のために、拓真さんにすぐ連絡できるようにしておきたいんですけど」
「そうだね。そうしておこう。えっと、俺の携帯電話……。ええっと俺の番号、なんだったかな。」

 シャツの胸ポケットから携帯電話を取り出し、彼があれこれ操作していたが。

「赤外線で」
「赤外線? あー、俺、わかんないや。メールもあんまり使いこなしていないし。電話だけなんだよなー」

 やっぱ、おじさんだ。
 彼の携帯電話を手にとって、幸樹が赤外線操作をした。

「うちの母にも言っておいた方が」
「いや、余計な心配をかけたくないから、心肺停止したことは黙っていてくれ。俺から様子を見て話すから」

 大人の顔で彼が言ったから。そこはまだ子供の幸樹は『親同士の話』と聞き分けた。

 

・・・◇・◇・◇・・・

 

 坂の下で消防署に戻る拓真と別れた。
 美紅を見送って帰ると、もう昼前。見送りにも行けなかった凛々子を案じ、幸樹は真っ先に薔薇の家へと向かう。

 そして庭に辿り着いて驚いた。

「お帰りなさい。美紅はちゃんと帰った?」

 一週間、ずっと寝込んでいた凛々子がにこやかに薔薇庭で水まきをしているではないか。

「なにしているんだよ。もう大丈夫なのかよ」

 こっちの心臓が止まりそうな思いだった。あの時、この俺だってどれだけ手が震えていたか、あんたわかっているのかよ――そう食ってかかりたくなるほど、彼女の顔色は良く、とても輝く笑顔。
 急いで庭に入ると、ホースを持っている彼女が可笑しそうに笑いだした。

「大丈夫。だって、あれ仮病だもの」

 あっけらかんと言い放った凛々子の、その悪気がない顔。
 幸樹の脳裏に『またリリちゃんが心停止したらどうしよう』と密かに泣いていた美紅が浮かんで、しっかり者で落ち着いている凛々子らしからぬ思いやりのなさに頭の血が上った。

「美紅がどれだけ泣いて心配していたか知っているのかよ! あいつ、本当にアンタのこと母親だと思って子供みたいに不安そうに怯えていたんだぞ!」

 だが、そんな幸樹を見て、凛々子の表情がスッと冷たく凍った。

「だからじゃない。あの子に私が『ママ』だっていつまでも信じさせておかなくちゃいけないのよ」
「今だってママだろ。従姉でも『母親代わり』をしてきたんだろ」
「違うわよ。私は紛れもない従姉で、美紅の面倒などみたことない」

 その時、幸樹と凛々子の間に、少しばかり強い風が通っていった。
 薔薇と芝の香りに包まれ、丘の風の音。その時、幸樹はハッとしたのだ。

「あんた、誰だ。凛々子さんじゃない」

 だが、彼女は凍った顔のまま言った。

「そうね。貴方が最初に見た『凛々子さん』とは違うと思う。心停止すると私、豹変してしまうの。もう何度もね」

 また。笑みも見せない無情な冷たい顔をする凛々子。
 俺が惚れた、あの柔らかい彼女はどこに行ってしまったんだ? 幸樹は困惑した。彼女が言うように、心停止して人が変わったようだ。

「がっかりだ。そんな本性を隠し持っていただなんて。おしとやかな仮面をつけるのが、随分と慣れているんだな。もしかしてそれって前妻だった叔母さん、緋美子さんの真似かよ。惚れてしまった叔父さんの妻でいたくて、演じているわけか」

 そうとでも思わなければ、この二面性に納得できない。
 それが本当だったのか。無表情だった凛々子がやっと、頬を引きつらせ幸樹を睨んでいた。

「そう見えるなら、そうなんでしょ。こんな私が嫌なら帰って」

 心配してきたのに。仮病だとか、二重人格だとか目の当たりにさせられ、幸樹だって堪ったもんじゃない。

「心配して損した。ああ、そんな根性なら盛り塩だっていらないだろ。じゃあな!」

 幸樹から背を向け、庭を出て行こうとした。

『そうよ。私は死んでいるんだから』

 去ろうとする背に、そんな声が聞こえた気がして幸樹は思わず立ち止まってしまった。振り返り、彼女の顔を見て幸樹は驚いた。
 いつか見た、夕暮れの。孤独の影を漂わせ、幸樹の胸を騒がせたあの寂しそうな顔をしていたからだ。

「凛々……」

 呼ぼうとしたら、今度は彼女から背を向け、家の中へと去ってしまった。

 庭に風、薔薇木立が揺れる午後――。残された庭から、幸樹は彼女の寝室を見上げる。
 幼い頃から知っている赤い蔓薔薇が、二階の窓辺の下まで伸びて揺れている。彼女の気配はなかった。

 

・・・◇・◇・◇・・・

 

 拓真に『一人で心配』と言われ、様子を見るように頼まれていたのに。
 だけれど、彼女にあんなに冷たく意地悪く物を言われるのが腹立たしかったり、あの柔らかさが嘘だったというのが悔しかったり。幸樹は心配半分、憎らしさ半分で、結局夕方まで薔薇の家に行くことが出来なかった。

 自宅の二階の部屋で一人。ベッドに寝転がって悶々としていた。
 その間、何度も想像したのが、乱れて倒れていた凛々子の心停止していた姿だった。

(絶対に、男に襲われたんだ。男の霊?)

 彼女の『霊がいる』という言葉を信じるなら、辻褄が合う。
 だったら、今頃。もしかして。彼女以外いないあの薔薇の家で、彼女は霊に押し倒されて、また好きなようにされて……?
 頬を染め、惚けた顔で薄目を開け、力無く開いていた唇の、あの艶っぽい顔を何度も、何度も。そのうちにたった一人で喘ぎ苦しむ彼女が、また心停止しているところまで想像していた。

 そんなこと、あるもんか!

 霊にレイプされるだなんて、あるもんか――。そう言い聞かせた。
 だが幸樹の目がだんだんとカラカラに乾燥でもしているのかという程に血走って、その妄想の呪縛から逃れられなくなっていた。
 その裏でどんどん膨らんでいく罪悪感と不安。

 ついに幸樹は起きあがり、部屋を飛び出していた。

 辺りは初夏の夕闇――。茜と薄青い空が混じっている夕の空の下を走り、幸樹は薔薇の家を目指す。
 強い風が薔薇を揺らしている庭を見ると、だいぶ肌寒くなっているというのに、まだリビングの窓が開け放たれているのを見た。
 幸樹の胸が急く。やはり家の中で、誰もいない家の中で、また倒れている!?

「凛々子……っ、凛々子さん!」

 縁側で靴を放り、幸樹はリビングに駆け込んだ。灯りがついていないリビングとキッチン。凛々子の気配がない。青ざめ、幸樹は二階へと階段を駆け上がる。

「凛々子!」

 寝室のドアを後先考えずに開ける。

 だが、そこは夕暮れの茜が柔らかに滲み、窓辺から去っていこうとする静けさのまま。白いベッドに凛々子が横になって眠っていた。
 一目で、穏やかに眠っていると判ったのだが。それでも幸樹はまさかを拭えず、そっと彼女に近づいて側で様子を確かめる。

 あの時のような様子はない。綺麗な幸せそうな顔で眠っている。胸をなで下ろし、幸樹はベッドの側に跪いて息切れる呼吸を整えた。

「なんで、俺が、こんなに、」

 気を揉まなくちゃいけないんだよ? こんな意地悪い口をきく根性悪な女の……。
 眠っている彼女の顔は、幸樹がこの前まで焦がれていた優しくしとやかな凛々子と変わらなかった。

「幸樹、さん?」

 息切らす幸樹の気配に気が付いたのか、凛々子の目が開いた。彼女はすぐに驚いて、起きあがった。

「どうしたの」
「お前、不用心にもほどがあるだろっ。女一人なんだぞ。昼寝するならするで、庭に出る窓もちゃんと戸締まりしろよ! 美紅も帰って、今日から一人なんだぞ」

 あの彼女に戻っているのだろうか。いや、戻っていないだろうな。『あの意地悪そうな顔をするのが、凛々子の本性だ』と、幸樹の感がそう言っている。

「あ、うっかりしていたわ。本当、やだ、怖いっ」

 その通りだったようで。あの大人っぽくてしっとりしとやかな彼女ではなかった。一度本性を見せた幸樹には、もうあの凛々子は演じなくてもいいと?
 そう判ってしまった幸樹は『あの舞妓さんのようだった凛々子さんは幻だったんだ』と愕然とする……。

「すっげー猫かぶり……」
「え、なんか言った?」
「言ってねーよ! お前、今夜は拓真さんが留守なんだから、ちゃんとしろよ!! 俺、安心して家に帰れないじゃないか!」

 だが『本性凛々子』は、きょとんとしていた。

「なに怒っているの。拓真さんがいない夜は初めてじゃないわよ。東京でも、私、ちゃんと留守番していたもの」

 どこが! 窓開けっ放しで夕方まで無邪気に昼寝しやがって! そう言い返したかったが。そんな時だけ、凛々子がしっかり者の年上女性の顔になったのだ。
 言い返せなくなった幸樹は、やっと安心をして脱力……。心を落ち着けた。

「昼寝の間、変なの来なかったよな?」
「あ、うん。来なかったわよ」
「……俺、盛り塩、するな」
「有り難う。あ、それから。昼間は心配して来てくれたのに、ごめんね」

 素直に謝る雰囲気は、幸樹が最初に知っていた『凛々子さん』と重なるしおらしさ。こいつ、たいした役者だよ……と思った。
 この魔性の二面性で、あのおじさんを虜にしちゃったとか?

 でも。幸樹も感じていた。この彼女から出てくる匂いが妙に気になる。彼女はその匂いで幸樹を惹き付けている。そう出会った時から、この匂いだけは変わっていない。同じ女の匂い。

 その夜、幸樹は出来る限り遅くまでこの薔薇の家にいた。
 凛々子が作ってくれた夕飯を一緒に食べた。でもその後も、そんなに親しく言葉を交わすことなく、幸樹はリビングでただテレビを見流し凛々子は家事をしていた。

 でも、時々合う視線。言葉がないのに、絡まる視線が互いを意識していることを物語っていた。

 

・・・◇・◇・◇・・・

 

 おかしいな俺。昨夜からあの意地悪い目の凛々子ばかり思い出していて。

 彼女はやっぱり魔性の猫かぶり姉貴なのか。いつの間にか男の気持ちを掻き乱す女が魔性なのか。
 遅くに帰宅しても母は何も言わなかった。それどころか『凛々子さん、大丈夫だった』と心配そうで『ちゃんと念を込めて盛り塩をしなさい!』なんて檄を飛ばしたり。
 翌日、日曜も幸樹は昼前に鳴海家へと向かう。初夏の鮮やかな陽射しに、今日も薔薇が咲き誇る庭。

 いつも通りにリビングの窓が開け放たれていて、そこを覗くと先週同様にラフな格好をして新聞を読んでいる拓真がいた。二十四時間勤務を終え、非番で帰ってきたようだった。

「拓真さん。お帰りなさい」
「幸樹君、いらっしゃい」

 心停止が心配なのか。この家を避けていると美紅から聞かされていたのに、拓真はちゃんとこの家に帰宅していた。
 それはそれで、幸樹の目が届かない時に歴とした主人が凛々子を守ってくれているという安心はあるのだが。やはり、このまま……夫妻仲のよりはもどってしまうんだろうなと言う絶望感も。

「昨夜は有り難う。遅くまで凛々子の相手をしてくれたみたいで」
「相手なんてしていませんよ。なにも起こらないか側にいただけで、彼女は家事ばかりしてたし」
「え、そうなんだ。そんな、気を遣わなくても……」

 とまで言った拓真だったが、またハッとした顔で幸樹の顔色を窺っていた。
 たぶん、また『歳が近いんだから仲良く話したって良いのに』と言いたかったのだろう。

「盛り塩しますね」
「うん、毎日悪いね」
「いいですよ。よくわからないけど、凛々子さん的に効き目があるとかいわれちゃったらするしかないでしょう」

 頼まれて仕方なくやっているんだとばかりに、幸樹は面倒くさがるようにリビングへと上がった。
 しかしキッチンへ行くと心が彼女を探している……。

「あ、幸樹さん。いらっしゃい」

 元気な声が聞こえ、幸樹は振り返った。
 するとそこには、今までの凛々子らしからぬ『イマドキ』のワンピースを着た彼女がいた。

「美紅が私に着て欲しいって置いていったの。どう」

 まさに……。幸樹が今まで願っていた『ちょっぴり年上の綺麗なお姉さん、でも同世代』の彼女がいた。

 に、似合うじゃん。やってくれたよ、美紅。さっすがモデル!

 頭の中が喜びで大騒ぎしているんだから、そのまま素直に『いいじゃん』と言えばいいのに。なのに、こんな時こそ『気取った長谷川君』になって、クールに格好付けようとして。
 そのうちに、幸樹じゃない、もう一人の男が麗しく見違えた凛々子へと駆けよっていった。

「いいじゃないか、凛々子。すごく似合うな。さすが、美紅。リリに似合うのを見つけてくれたんだな」
「ほんと? おかしくない、叔父さん」
「ぜんぜんっ。いいよ、すごくいい!」

 若い同世代の幸樹が褒める前に、四十のおじさんが若い女の子を大絶賛。先を越されてしまった。
 だがその顔が本当に嬉しそうなのは夫だから? 妻が年相応に若々しく輝いて嬉しくなったのか? それとも本当に叔父さんとして?
 でも見ている限り――

「ねえ、叔父さん。私、でかけたい」
「おお、いいなそれ。この家に閉じこもってばかりいたら勿体ない」

 『やった』と拓真の腕に抱きついた凛々子――。だが、幸樹にはつい最近あてられた『夫妻の熱愛』を感じない。どう見ても叔父さんに甘える姪っ子?
 眉をひそめ黙ってみていたら、そんな凛々子が急に幸樹へと言った。

「幸樹さん。連れて行って」

 はあ? 俺!? こう言う時は旦那とでかけるんじゃないのか?
 だがそれを聞いた夫であるはずの拓真の顔も輝いた。

「いいじゃないか。叔父さんより若い凛々子なら幸樹君と行った方が楽しめるだろ。二人で行っておいで」

 え、なんで。俺? 
 そっちは夫妻でしょ。内縁でも別居中でも夫妻でしょ。
 なんで若妻は夫の目の前で同世代の男と出かけたがって、そして年の差夫は妻が若い男を誘ったのを喜んでいるんだよ?

 まったく、わからない!

 

 それでも、彼女を自転車の後ろに乗せて幸樹は出かけていた。
 先週と同じ。血が繋がっている近所の従姉妹。先週は妹の方、今週はお姉さんを乗せて……。なのに、その感触は明らかに美紅とは異なっていた。

「私、初めて。男の子がこいでくれる自転車の後ろに乗ったの。ずっと寝てばかりいたから、やってみたかったんだ」

 そんな声が丘の風に混じって聞こえてきた。

「ありがとう、幸樹さん……私と、」

 強い風が二人の自転車に吹いてきて、彼女の声がかき消されそう。
 だが幸樹にははっきり聞こえた。

 ありがとう。私と本気で話してくれて――。

 

 

 

 

Update/2010.5.27
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