5.天敵

 

「ふぅ……二人にはやられるわね」

マリアは階段を降りながら……ちょっと羨ましくて口をとがらせた。

(でも……葉月、本当に綺麗だった)

自分が思い描いていた美しさとは違ったけど、マリアは満足だった。

これで今夜……沢山の男性が葉月を『大佐嬢』でなく

『女性』として紳士になってくれるに違いない。

そうして『紳士』に触れて……男性は優しいのだと心で解って欲しかったのだ。

荒療治かもしれないが……マリアは賭けたのだ。

 

そして……ドレスで一緒にパーティーに出る。

これもやっと叶ったと思った。

 

マリアが階段を降りると……リビングが騒々しかった。

「よっしゃ、マイク。これでいいよな?」

「うん、ご苦労様──。これで少しは広くなったな」

元夫と……そして……マリアの『天敵』、今夜の『標的?』がそこにいた。

 

「お! マリア!」

達也がまばゆいばかりの元妻を見つけて笑顔で手を振ってきた。

そして……マリアの天敵が振り向く。

「!」

マリアはちょっと息を呑んだ。

今夜の『天敵』は、見たことがないほどとてもセクシーな男だったのだ。

真っ白な礼服に、そして……麗しい艶があるセットされた黒髪。

横にいる達也がちょっと霞んだような気がする?

近頃感じていたあの『男性の色気』という物を嗅ぎ取ってしまったのだ。

 

マリアと視線があって……マイクが腕組み素っ気ない表情を見せた。

「ちょっとキッチンに……いるよ」

マイクはマリアから視線を逸らすように、スッと歩き出す。

しかも……キッチンの前にある階段にいるマリアの前を通り過ぎるときも……

チラリともみず……挨拶もせずにツンとした感じでキッチンに入っていったのだ。

 

「ちょーっと、マリア“さん”?」

目の前に来た達也が眉をひそめている。

「なに」

マイクをひと目で驚かそうと思ったのに、あの素っ気なさ。

その勢いでマリアは達也をきつく見つめた。

「お前、とても綺麗だ♪ でもな……」

「なによ? 達也に言われても、もうときめきもないわよ」

身も蓋もないマリアの言い回しに達也は途方に暮れたようだが……

「いやー。黒いドレスを着るって言っていたじゃないか?

それはーちょっと葉月より目立つんじゃないか?」

全身金色、きらびやかなアクセサリー。

「あら? 葉月は素敵、私らしいと絶賛してくれたわよ?

それに葉月を見た? すごく可愛くなっていて……

今、サワムラ中佐がうっとりとお言葉をかけている最中よ」

「あっそ」

達也が面白くなさそうに眉間にシワを寄せた。

だが──。

「お前はそこにいるだけで……結構、存在感があるから……仕方がないか」

ゴージャスなムードを放つ元妻の事は、お見通しの達也は

ため息はついたがそれで納得したようだった。

 

今夜のマリアは達也に誉められようが、隼人に誉められようが……

誰に誉められようが……

絶対に! あの男に……『さすがだね』と言わせたいのだ!

 

その男が『初戦』でマリアを無視。

『もー! 見えないの!? 私が!』

マリアはツンとして階段を降りた。

 

 

×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×

 

「パパ?」

葉月は隼人と部屋を出て、両親の寝室のドアを叩いた。

「パパ、お客様がいらしゃったみたいよ? ママはまだ帰ってこないの?」

葉月はドアを再び叩く。

「はいはい……」

亮介がカッターシャツと白いスラックス姿でドアを開けた。

「パパ……あのね」

目の前に現れた娘に……亮介は目をこすっている。

「いやー……これはこれは……」

「……」

葉月もちょっと気恥ずかしく、頬を染めて俯いてしまった。

「お父さん……」

娘の隣には、男らしく身なりを整えた落ちついた男性。

「隼人君──。いやー急にセクシーになったねー♪」

亮介は隼人を見るとすぐに葉月に視線を移してしまったのだ。

「そんなに私、変?……パパ」

「いやいや!」

父娘がいつまで経っても、照れ合っているので隼人は苦笑い。

「お父さん……彼女のエスコートは……やっぱりお父さんが」

隼人がスッと葉月を亮介に押した。

「とんでもないなー! 葉月をここまで綺麗にさせたのは……」

「お父さん? 僕はお父さんにそうして欲しいのですよ。最初からそのつもりでした。

今夜は、職場の方がたくさん来ますから……なるべく『側近』という形で

さりげなく側にいたいのですけど……。彼女とも昨夜、そう打ち合わせてあります」

隼人の凛々しい顔つきに、心に決めた固さを亮介は感じ取る。

「パパ……。私も……そうした方が良いと思って……。

別に……お付き合いしている事をお披露目する会ではないもの。

来る方達の一部は、私と彼の事は……仕事場でしか知らない人もいるし……

さりげなくしておきたいの……」

「葉月はそうじゃないだろう?」

隼人がツンと葉月の腕をつついた。

「……お父さん、葉月はお父さんにエスコートして欲しいのですよ」

隼人がニッコリ微笑んだ。

「ええっと……」

亮介は戸惑って……栗毛をかきながら娘を見下ろした。

「一番立派な正装姿の男性にエスコートされる。それが女性の名誉でしょう?

それは中将であるお父様の方が、僕より勝っていますよ」

「……」

葉月は俯き、亮介は照れていた。

「では……僕は下にいる中佐達と同じように側近職をさせていただきますね」

隼人はその場に照れ合う父娘をほったらかしてそっと階段へ向かった。

 

「……本当に何処までも控えめな青年だな」

「いいの。彼にはドレスを選んでもらった時に……とても嬉しかったから」

「そうだなー。それに後で独占も出来るわけだ」

亮介が顎をさすりながらニヤリと葉月を見下ろした。

「パパ!」

むくれた娘に亮介は笑い出しそうになったが……。

「待っていておくれ。今……上着を羽織ってくるよ」

葉月の頬に亮介がそっと手を添えた。

その父親の眼差し。

とても優美で……暖かさを携えて……

「パパ……私が生まれてから一番最初にカッコイイと思ったのは……パパなのよ」

「おや。嬉しいね……私はお前が生まれたときから『可愛い』と思っているよ」

「パパ……」

娘の眼差しがゆるやかに緩んで、麗しく潤んだ。

「嬉しいよ……葉月。とても綺麗だ……」

葉月の頬に軽いキスをする。

「しかしその背中、ちょっと気になるなー」

亮介は娘の肩越しから背中を見下ろし眉をひそめる。

「そうなの……私も。

でも……隼人さんと達也がすごく気に入ってくれたみたいだったから……」

「なんだか皆の前に出すのが惜しくなったぞ? 隠してしまおうかなー!」

葉月が可笑しかったのかクスクスと笑いだした。

別に成人してからでも葉月はドレスを着てくれる機会は

父親である亮介は何度か目にしているが……。

今日の娘は『顔つき』が全然違った。

それが亮介にとって一番の『嬉しい』である。

「お前が軍正装をしたら……それもまた私の自慢だけどね」

「パパ……有り難う」

どちらの娘も『自慢』と言われて、娘もことさら嬉しいようで笑顔をこぼしていた。

亮介はドアを開けたまま、スッと部屋に入って

立派な将軍肩章が付いている上着を取りに戻る。

「パパ……ママは?」

葉月がなんだか不安そうに尋ねた。

「……ああ、イザベルがドレスを取りに行くとかで一緒に彼女の自宅までいくから

少し遅くなるって連絡があったよ」

亮介は上着を羽織り、鏡の前でサッとブラシで栗毛を整えた。

「パパ? 今日はどうしてイザベルが来るの?」

娘がドアに寄りかかって、なにやら探っているよう。

(まさか……知っているのかなー?)

亮介はふと……ある事を頭に過ぎらせたが……

「……彼女が来たらいけないのかい?」

娘の関心をさり気なく逸らせようとした。

「そうじゃないけど……嬉しいわよ? 久し振りだし」

「だったらいいじゃないか?」

「パパは知っていると思うんだけど」

娘のちょっとした『探り』。

亮介はそれで解った。

ため息をつきながら、上着を着終えて、白い手袋をはめながら

亮介は入り口に向かう。

「なにが言いたいんだい? 『リトル・レイ』

大人の事……は、解らなくていいんだよ」

そっと娘の肩を抱いてドアを閉めた。

「さぁ……今日はお前が祝福される日だよ? 誰が来てくれても……『感謝』を忘れずに」

白い手袋をした手で……娘の手を取って亮介は口づけの真似をした。

「そうね……」

葉月はそれ以上は何も追求はせず、ニコリと微笑んで

亮介の腕にしっとりと腕を通してきた。

 

二人は一緒に微笑み合いながら、階段へと向かう。

 

だけど……亮介は『知っていた』

何故……出たがらずで仕事一本のイザベルが今日、参加することになったかを。

 

×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×

 

「いやー! レイ! 久し振り!」

「まぁ……レイ! ステキじゃないの! 嬉しいわー!」

「ジョージおじ様! オリビアおば様!」

 

玄関に父娘が揃って並ぶ中、最初のお客様は

ジョイの両親『フランク准将夫妻』だった。

「おば様……いつもジョイをお借りしてごめんなさい。

とても頑張っていて、ジョイがいないと私……ダメなのよ」

葉月とオリビアが抱き合っている姿が玄関で見えた。

「いいのよ? レイが頑張っているからジョイも頑張っているわけだし

あなたの元で立派な将校になって逞しくなってきて嬉しいわ」

「私が向こうに帰ったら……ジョイに休暇をあげる予定だから待っていてね」

「まぁ……有り難う!」

金髪でふくよかな体系、でも品良くほんわりとしたマダムが

葉月を力一杯抱きしめてキスをしていた。

 

「あれがジョイのおふくろさんとオヤジさん」

達也はベッキーが仕上げた料理を一緒に並べていた隼人に

こそっと耳打ちの紹介。

「挨拶した方がいいな」

「ああ、ここは任せろよ」

達也に見送られて……隼人は襟首を正し気合いを入れて玄関に向かった。

 

『まぁー! あなたがサワムラ中佐?』

オリビアの驚く声。

『やぁ……うちの息子がお世話になって……。

ジョイはいつもあなたのことを頼りにしているとすっかり信頼していますよ』

その夫人の隣には、同じ金髪で青眼の麗しい男性が立っていた。

こちらも勿論正装、肩には准将の肩章。

そうジョイの父親、ジョージ=フランクだった。

『いえ、彼のきめ細かいシステムの知識……僕もとても参考にしています。

事務作業も大変的確で……営業も素晴らしく……』

凛々しい隼人が、ジョージと握手をしながら立派に挨拶をしているのを見て

達也はホッと胸をなで下ろした。

シャンパングラスを運んできたマイクは

そんな達也の『兄思い?』な様子を笑いながらキッチンへと向かった。

 

「遅くなってー!」

その時……登貴子がスーツ姿のまま勝手口から帰ってきたのだ。

そして……

「ハロー? お邪魔いたします」

登貴子の後ろで控えめに微笑んで現れた女性──。

そう、マイクが昨夜……今朝まで貪るように愛し合った女性、イザベルだった。

彼女は昨夜のように、髪をといて腰までおろしていた。

眼鏡も外し……そして、首の後ろで前身頃を止める袖無しの

シックなブラウンの膝丈ドレスを着込んでいたのだ。

 

「……」

その控えめでもとても彼女らしいシックでセクシーな姿を見たマイクは

それだけで……言葉を失った。

 

「あら、マイク……。ご苦労様」

登貴子がなんだかぎこちなく微笑む。

そこに元恋人同士が最初から鉢合ったので、戸惑いつつも落ちつきつつも……という

複雑な笑顔であるのがマイクには解る。

 

「お久しぶりですわね? ジャッジ中佐……。ご機嫌いかが?」

無言でたたずむマイクの呆け、イザベルの方からなんなく『久し振り』のご挨拶。

「……ああ。あまり美しいので驚いて……。

今夜はテイラー博士もご参加ですか?」

マイクはやっと以前通りの『ただの顔見知り』芝居をすることが出来て、

にっこりと微笑んだ。

「ええ……大佐嬢がドレスを着ると博士に教えていただきまして……。

それが観たくて来てしまいましたのよ?」

「イザベル……私も着替えたいの。お部屋まで付き合ってね?」

登貴子が強ばった表情で……何故かマイクとイザベルを引き離すように

キッチンを急いで駆け抜けて出ていき……二階へと上がってしまったのだ。

 

(なんだろう? ドクター=ママも様子が変だ)

マイクはちょっと腑に落ちなくて……嫌な予感が増した。

 

「……」

マイクは暫く、キッチンの入り口でドアに寄りかかり──

腕を組みながら色々と考えたのだが?

 

『いらっしゃいませ。まぁ……リリィ! いらっしゃい!』

『お姉ちゃん、綺麗! 違う人みたい!』

『リリィもね♪』

『リリィー! 今日は立派なレディだな! 可愛いよ』

『ハヤトもパパみたい。かっこいい!』

玄関には続々と招待客が訪問してきている。

フォスター隊長が妻と子供を連れて来ている所だった。

そこを、亮介と葉月と隼人が3人で並んで、出迎えていた。

『お嬢さん、ご招待有り難う』

『まぁ……大佐。素敵だわ……制服以上ね』

『将軍、お世話になります』

『フォスター夫人……ようこそ。いつもご主人には私も助けられておりまして……』

亮介がレディーファーストで、金髪に黒いシンプルなワンピースを着ている夫人……

マーガレットの手を取って、そっと手の甲にキスの真似をした。

『私まで、ご招待くださいまして……有り難うございます』

将軍でも亮介の恭しい出迎えに、マーガレット夫人はそっと頬を染めていた。

マイクはパパ将軍のそんな『キザっぽさ』は嫌いではなく尊敬はしているのだが

『気取っているなー』と一人で笑いを噛みしめる。

 

『パパ将軍も素敵!』

『おや? リリィもとっても可愛いねー! いつものジーンズもおじさんは素敵だと思うけど

惚れ直しちゃったかなー』

『パパったら……』

 

(あの子がリリィか……なるほど?)

白いワンピースに、レースをあしらったカーディガンを着せられて

金髪の髪には赤いカチューシャ。

とても愛らしいブロンド少女。

 

玄関での微笑ましい光景を眺めて、マイクはそっと微笑んだ。

 

『申し訳ありません。そこつな隊員ばかりでご迷惑かけてはいけないかと思い……

本日は私の特攻隊から代表者で一名のみお供とさせていただきました』

フォスター一家の影から……黒人が一人。

真っ白な正装姿で花束を抱えているのがマイクの目に止まる。

 

『お、お嬢さん……これ。ハッピーバースディ……。メンバー一同からの贈り物なんだ』

そう……達也と親しいとかいうサムだった。

彼はとても緊張した様子で、麗しい淑女に変身した葉月に

そっと白い薔薇の花束を差し出していた。

『……有り難う、サム。あなたも立派な礼服、素敵よ』

葉月もとてもしとやかな眼差しで、感謝の微笑みを返している。

『真っ赤な薔薇はちょっと……あの時のお嬢さんを思いだしてしまうと皆で。

ごめんな? お嬢さんには白が良いって皆で決めたんだ』

『……そう。……そうね』

任務の時、血塗れになった葉月の事を思い出したと言う事だろうか?

『こら……サム。そういう事は』

フォスター隊長が、最初から血なまぐさい想い出を口走った部下を諫めている。

『あら? 隊長。 宜しいのよ。嬉しいわ……気遣っていただいて』

葉月はそれだけ笑うと……花束からそっと一本の薔薇を抜き取った。

『サム……。助けて下さった私からの勲章よ?

私達にとって白は最高の色でしょう?』

葉月は抜き取った薔薇を優雅な手つきで……サムの白礼服胸ポケットに

そっと差したのだ。

 

(へぇ……レイもやるね!)

そんな葉月のちょっとした思いつきに、そこにいた皆が……亮介も隼人も

驚いたのか固まっていた。

 

『あ、有り難う! とても嬉しいな! 皆に恨まれそうだ!』

緊張していたサムから笑顔がこぼれた。

彼は頬を高揚させて、とても嬉しそうで緊張は何処かに飛んだようだ。

『よかったね! サム! 格好良い♪』

サムの横で、金髪の女の子が飛び跳ねていた。

『さぁ! 今夜は私は将軍でなく、ただの父親なんだ。

気兼ねなく、楽しんでいってくれないと困るよ』

亮介の後押しで、フォスター一家と代表者のサムがリビングに入ってくる。

達也を見つけて一同はすぐさまそちらに向かっていった。

 

(ウンノ君だな……)

マイクは思った……。

マリアが人集めに躍起にはなっていたが、隊長に上手く理由を付けて

『男は控えめにして、代表者をたてよう』と提案したに違いない。

隊長としてもメンバーにしてもどっちにしても

将軍宅へ行くにはある程度の『緊張』と『礼儀正しさ』は不可欠となる。

代表者のサムの緊張をみても解ることだ。

そこで、隊長もメンバーがそそうをしないよう同意をし、

達也との『利害一致』にて『代表者を選ぶ』という方法を選択したのだと。

(ウンノ君も……考えるな)

マイクと同じ様な『不安』と『否定』は持っていると確信。

達也があのような考えなら……

(サワムラ君はもっと反対したはずだ)

マイクは腕を組んで、またため息をつく。

 

その皆を振り回した『張本人』はというと……

達也と並んで、フォスター一家と楽しそうに挨拶をしていた。

『綺麗だね。ブラウン嬢』

『マリアお姉ちゃん、綺麗ー』

『素敵だわ』

フォスター一家のマリアへの賛美。

『ウンノは絶対に勿体ないことをした!』

そしてサムのからかいの一言。

などという……一同の誉め言葉に、マリアはそっと恥ずかしげに笑っているのだ。

 

マイクはそれをみて、黒髪を指でかいた。

(解っていないなー)

その自分がしている恰好が、なんのつもりであるのか解っているのか?

と、マイクは苦虫を噛みつぶしたように渋い顔をする。

 

そんな事を観察しているうちに、次々とお客が到着する。

 

 

『お招き有り難う……。大佐嬢』

ランバート大佐が到着だ。

隼人が誘ったとか言う、メンテ本部の管理隊員が二人……大佐に付き添って来ていた。

『大佐嬢!……綺麗だねー! 驚いたよ!』

マイクと同世代ぐらいの金髪の男性。

それと栗毛の男性。

『隣の席ってだけで、誘ってくれて有り難う』

栗毛の男性は同僚のようだ。

葉月から『今回の出張で、隼人さんを大いに世話してくれている優しい人』と聞かされている。

(彼がドナルドか……)

彼はちょっと葉月を不思議そうに見つめて、微笑んでいた。

 

次の客は……

 

(来たな──!)

 

マイクはさっと背筋を伸ばして、達也に向かって歩き出す。

 

「ウンノ君」

「おう? マイク」

マリアを囲んでフォスター一行と、談話を楽しむ達也の肩を叩いた。

「フランク大将だ。出迎えるから……皆があまり緊張しないように

大将が遠慮しないように、フランク准将夫妻の所へエスコートしてくれ」

「……オーライ」

一番到着のジョイの両親は、すでに壁際に寄せたソファーで

夫妻揃って座り笑顔で会話をしている。

それを達也が引き締まった顔で確かめた。

「皆が揃うまで、君がいつもの雰囲気でお相手してくれると助かるな」

マイクの視線は玄関へと注意を払いながら、達也の肩を持って言葉は真剣だった。

達也の表情も、いつもの憎めない明るさから、さらに凛々しく眼差しは鋭くなってきた。

「解った。俺がお茶を用意する。

えっと? フランク一族はコーヒー、『ブルーマウンテン』で良かったよな?

この家なら、各種揃っているはずだ」

「正解──。頼んだよ」

マイクが肩を叩くと、達也からグッドサインが示された。

 

秘書官二人の手際よい気遣いに、フォスター達が無言になっていた。

「悪いな。隊長……」

「へぇ。ウンノの秘書官風姿は初めてかもなー?」

「タツヤ、素敵なところ見せてね!」

フォスター夫妻は、明るく笑って達也を手放したようだ。

マイクは肩越しにそれをチラリと確かめた時……マリアと視線があった。

彼女は急に始まった来訪者への接待具合に戸惑っているようで

マイクはおろか、彼女も同時に視線を逸らし合った。

(こんな事だろうと思った)

マイクはため息……。

パーティーの主催とは言っても、人集め、そして葉月へのドレスアップ。

もっというと自分のドレスアップで精一杯だった事は解っていた。

たとえ、個人宅のパーティーといえども、ここは『御園家』

家族内、若者だけ集まるならともかく……

『レイのドレスアップ』となれば、亮介が昔なじみの『レイのおじ様達』に

それをお披露目したくなることぐらい解るはずだ。

そうすれば、自然に『大物高官』が出そろうことぐらいも予想できる。

若い隊員から、大物高官。

亮介がたとえ『無礼講』と口にしても、そこには軍隊の縦関係が

どうしても出来てしまう。

そこをどう取り持つか……上手く雰囲気を盛り立てるか……

(そういう所、解っていないと言うんだよ)

別れた夫が幸運にも『元秘書官』

達也に頼めば、彼女が動かずとも自然とやってくれる。

マイクはもう一つため息を落として玄関に向かう。

達也がベッキーが奮闘しているキッチンへと姿を消した。

 

「レーイ! リョウが自慢するからノコノコ来てしまったよ!」

真っ白な正装姿、立派なバッジを何本もつけ、誰よりも豪華な肩章を付けた

『ジェームス=フランク』が輝く笑顔で葉月を抱きしめていた。

「せーんぱい? 誰も『自慢』なんてしちゃいないでしょ?」

亮介が頬を染めて、ふてくされていた。

「おじ様もとっても素敵よ、パパよりね! 来てくださって嬉しいわ」

照れて『自慢していない』という父親に、『パパより素敵』という娘の仕返し。

ジェームスが『相変わらずだね』と可笑しそうに笑い出す。

「あー、ロイに恨まれるだろうか? フロリダでレイがドレスを着たと言ったら

あいつ悔しがるだろうなぁ。それもちょっと嬉しいねー」

「うふ……兄様にはまたの機会にね」

「ああ……そうだ、先輩。かねてより対面を願っていた……」

亮介が葉月の隣、端にいる隼人をそっと手で紹介しようとしていた。

「初めまして、フランク大将。澤村隼人です」

隼人がスッと敬礼を凛々しく向けた。

「やぁ! ロイからもジョイからも……リョウからもそれはよく君のこと聞かされているよ。

ジェームス=フランクです。宜しく……」

ジェームスは敬礼をした隼人に対して、握手の手を差し出した。

「ご子息の連隊長、甥御様の中佐には、本当にいつも助けられて……」

「いいえ……」

ジェームスは隼人と握手をしながら、穏和に微笑んで……

そして……スッと隼人に向けて敬礼を急に向けたのだ。

「さきの岬基地任務……ご苦労。君の功績はとても大きかった」

大将自らの敬礼に……隼人がちょっと戸惑っている。

「いえ……そのそこの大佐嬢が……」

「おや? 忘れていたよ? ここにはじゃじゃ馬さんがいないかと思った」

ジェームスがニヤリと笑いながら、葉月に敬礼をした。

「あら? おじ様も随分ね」

葉月がプイッとそっぽを向く。

「アハハ、相変わらずで。ロイが面白がるはずだな」

「意地悪なのはおじ様も兄様もそっくり」

「アハハ!」

 

いつもの親類に近い付き合いの雰囲気で、その場で亮介とジェームスが高らかに笑った。

隼人もその様子を見て、気兼ねがなくなったのか自然な笑顔で緊張は解けたようだ。

 

「リョウ……ある程度、楽しんだら私は早めに帰るよ」

「そんな先輩。ジョージもオリビアも来ているし、後からリチャードも来るんですよ。

私達は、親同士で隅っこで談話でも楽しもうと決めているからね」

「そうよ、おじ様……」

やはり、ジェームスは若いレイの会と気遣って……

でも、ひと目……葉月の姿を見たくて来ただけと言った風で……。

雰囲気はこわさまいといった気遣いを持っていたことをマイクは確認した。

 

「いらっしゃいませ。フランク大将」

そこへマイクはすっと入った。

「やぁ……マイク」

「どうぞ、こちらへ……。奥で弟様とフランク夫人が揃っております。

あちら様も、お兄様をお待ちだと思いますので……どうぞ?」

白い手袋をはめたマイクの手案内。

「なんだ、マイク? ここに来てまでそんな気遣いは……」

「いいえ……慕っている御園嬢のパーティですし、これが私の自然な姿です」

さらに『どうぞ』と促すマイクに、ジェームスも降参したのか

すっとマイクの誘導でリビングに入っていった。

 

それをキッチンでコーヒーを入れていた達也が、素早く気が付いて外に出てくる。

『俺が行く』

マイクの肩を叩いて、達也がジェームスの後を追う。

『大将。いらっしゃいませ……ご機嫌いかがですか?』

急に優雅なムードを放ち始めた達也にホッとして、マイクはまた……

玄関を遠くから確認できる位置に退く。

 

次に来たのは……

『!』

 

「初めまして……お邪魔いたします」

金髪の女性だった。

小柄で、結構華奢。そしてショートカット。

『隼人さんが女性メンテナンサーの引き抜きに成功したのよ!

それも! マクガイヤー大佐のお嬢様! パーティーにも呼んだの♪』

葉月が言っていたことをまた思い出して、マイクは

彼女が『トリシア=マクガイヤー』だとすぐに解った。

マイクが驚いたのは……

 

「いらっしゃませ。トリシア……今夜は私の為に、有り難う。

それから……こちらのフライトチームの為に転属を決意してくれて……

大佐としても、お礼を申しあげるわ。これから、一緒に頑張りましょうね。宜しくね?」

「……」

トリシアはドレス姿の葉月を見て、ちょっと茫然としていた。

そう……彼女は男性同様、白い正装姿で来ていたのだ!

 

タイトスカートであったが、ピシッと決めていた。

「とても素敵ですね、大佐。……あの、私もドレスを着てこようか迷ったのですけど」

気後れしたトリシアが、ちょっと残念そうに葉月を見上げていたのだ。

「トリシア、とてもステキよ。凛々しくて──。

私もね? 本当は『着せられた』だけで、制服の方が気が楽なんだけど」

葉月もちょっと困ったようにトリシアの手を取って、彼女をいたわる言葉。

「そうだよ。トリシア……作業着の時とは違って今日はスカートで女性らしいね?」

隼人もすぐさまフォローにまわって、トリシアの姿を誉めていた。

「トリシア……。これから娘がお世話になるけれど、宜しくね」

亮介にも手を握られて、トリシアはかなり戸惑っていたようだ。

「トリシア? 俺と行こうか?」

「え! あの……」

一人きりで来たトリシアを気遣って隼人がエスコートをしようとしていたが

トリシアは戸惑って、葉月を見つめた。

「あちらにマリア先輩もいるわ。少しの間、休んでいてね」

ニッコリと微笑んだ葉月に気をよくしたのか、トリシアはホッとしたように

隼人の後を付いていった。

 

「中佐? 私、大佐も正装だと思って……」

「ああ……いつもはそうなんだけど。悪かったね……言っておけば良かったかな?」

「いいえ。マリア先輩が思いきりドレスアップしてこいって言ってくれたんですけど……。

やっぱり大佐は正装だと思い込んでいました。私──」

「今日は特別でね。でも、トリシアは立派な軍人だね。とても凛々しいよ」

 

マイクの目の前を……

そんな会話で隼人がトリシアの背を押しながら通り過ぎて行く。

 

(一族以外は、皆……違和感があるようだな)

その『現象』はこの後も続く。

 

「俺! 一番最後かな!? 慌てちゃったよー。いきなり正装で来いだもんなー!」

次に来たのは赤毛の青年。

「エディ! 来てくれたの!」

「……あれー? レイじゃないか? なーんでそんな恰好しているんだよ!?」

『AAプラスの彼も転属OKしてくれたの! 彼ってとぼけているけど面白いのよ♪』

マイクはまた葉月の報告を思い出して、赤毛の青年が『エディ=キャンベラ』だと解る。

確かに……ただ礼服を着てきたというだけで、髪は乱れたままの……。

整備一本で、その他には精神が行き届かないというのはマイクにも伝わって苦笑い。

でも……葉月が仲がよいクラスメートが来てくれたというような嬉しさいっぱいの顔。

「あら? ちょっとくらい『綺麗だね』って……素敵な紳士は言うモノなのよ!」

「あーそうなの。それは悪かったなー? 俺にはそういうのないんでね」

葉月がいつらしからぬ『女の子』になっているのでマイクはちょっと驚いた。

それに対して、その青年の場と雰囲気に左右されないナチュラルな態度。

「ええっと、キャンベラ君かな? いらっしゃい」

あの亮介がちょっと他にない雰囲気の青年に戸惑っていたぐらいだ。

「私のパパよ」

「あ!」

エディが急に髪を手ぐしで整えて、背筋を伸ばし敬礼。

「将軍。お招き有り難うございます。お邪魔いたします」

その時だけは、年相応の立派な青年にピシッとしたのだ。

(これは意外と……大物かもなー)と、マイクすら感心をした程。

「これから小笠原だってね? うちの娘を宜しくね?」

亮介もただのパパになっているから本当にマイクには不思議に見えてしまった。

「これ! プレゼントな!」

「まー? 気が利くじゃない?」

「でも、俺、センスないから。菓子店で一番高いチョコレート」

葉月がちょっとの間、茫然としていた為か……

亮介が『ぶふっ』と顔を背けて笑いを堪えている。

綺麗な淑女になりきった娘に、青年が『チョコレート』ときたのだから……。

「わぁ♪ 私、チョコレート大好きよ! サンキュー、エディ!

今日は、たくさんご馳走があるから楽しんでいってね♪

嫌がっていたから……来ないかと思っていたけど

『美味しいご馳走がいっぱい』は効果テキメンねー」

「そりゃー、なんの為に来たかって、それだな!

ふふん。酸っぱいライスボールはもうごめんだぜ?」

「今日は洋食だから安心してよー」

 

なんだか遠くからみていると『ジュニアスクール風』のペアに見えてしまって……

マイクもおもわず、笑い出したくなり口元が緩んでしまった。

(意外と……良いコンビかも?)と思えて苦笑いをこぼした。

 

そろそろ……リビングは賑わい、人も集まってきた。

部下の秘書官達はキッチンの勝手口から、さり気なく訪問したようで

ベッキーの手伝いに達也の接客の手伝い、持ち込んできたケーキのセッティング準備。

達也同様に、マイクに言われずとも、影にて気を利かせ動き回っていた。

それをキッチンの入り口壁際で……マイクが視線を光らせ、

そして……マイクは玄関に気を配って徐々に会場はパーティーらしい雰囲気に。

 

マリアはというと、隼人とトリシアと話している所で

トリシア嬢が軍礼装で来たことにちょっとした文句を言っている所だった。

 

(本当に、解っているのかなー?)

マイクはキッチンで忙しそうに動き回る後輩と達也を眺める。

ソファーの所では、フランク一家がフォスター一行を呼び止めて

そこはそこで交流を始めているところだった。

 

マイクは時計をみる。

(あいつら……遅いな)

そう……葉月の同期生『アンドリュー、ケビン、ダニエル』の3人が

──まだ姿を現していなかった。

 

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