2.台風二号

 

 『は〜ぁ、ただいま……』

隼人が大佐室に戻ると……

 

(あれ?)

何故か大佐席に葉月がいなかった……。

(何処かに呼ばれたのかな?)

『トレーニング』は午前中と決まっているから……こんな昼下がりなら席にいるはずなのだが。

 

「ま。いいか……」

隼人は中佐席に戻って……ノートパソコンを開いた。

その途端に……また、頭がいたくなる思い。

 

そっと……今朝、見届けた『台風二号』のメールをもう一度目に通してみる。

 

『このやろう! 俺だ、俺!』

 

そのサブジェクト……最初は驚いたが……

見れば見るほど……

 

「達也らしいなぁ?」

と……思わず笑みがこぼれてしまう。

しかも──

「おかしいな? 俺がもらった達也のメアドとは違うけど?」

解任の一晩前に達也からもらったメールアドレスとは違うアカウントだった。

「仕事用だったのかな? これがプライベートかな?」

誰でも、そうであるだろうし、隼人も使い分けているからそこは深くは追求しないが……

「変なネーミング? 『ultra-tatuya』なんて……」

そこも妙に『自信家』に見える達也らしくて、これまた微笑んでしまったのだ。

 

そこで……隼人は『厄日』を呼び込んだような台風二号メールが舞い込んできた

朝方を思い返しながら……ノートパソコンの中に見える達也の言葉を見つめた。

 

 

『ultra-tatuya』の台風来襲を知った……今朝の事。

 

 

『ultra-tatuya』

(ウルトラ?……タツヤ?)

「達也!?」

隼人はビックリして暫く……硬直してしまった。

 

 

当然、その後は迷わず、開封──。

だが──

 

(待てっ! なんで? 俺のメアド知っているんだよ!?)

いや──その驚きもあるが……

(葉月にまだ……知らせていない!)

『約束した』……あの『離婚の事』

そんなありとあらゆる動揺が隼人の中、駆けめぐった。

 

勿論──頭の中で何度もかすめた。

『今言おうか、どうか?』と……。

だが、任務帰還後、葉月はだいぶ落ち着いていたが……達也の『ヤ』も言わない。

だから……余計に切り出しにくくなってしまい……。

 

『これなら……今、言わないままの方が良いのか?』とか……

『今度、達也の話題が出たら……』など……。

その『チャンス』は幾度となく狙っては……外している所……。

 

「隼人さん?」

テラスでパソコンに向かっている隼人の所に、化粧を済ませた葉月がやって来た。

「な、なに??」

隼人は思わず、自分の手を挟みそうな素早さでノートパソコンを閉じた。

勿論……笑顔を何とか浮かべて、彼女には悟られないように……。

 

「待たせてごめんね? 終わったわよ?」

「あ、そう……じゃ、行こうか?」

まだ、内容を確認していないが、そのノートパソコンを専用バッグにしまい込む。

 

「? 何かあったの?」

「なんにも?」

勘がよい彼女が訝しそうに首を傾げる。

隼人は平静を努めて、出かける準備を進めたのだ。

 

だが──

葉月の赤い車を運転している出勤の最中……。

 

『うわぁ……達也のヤツ……何を言ってきたのかな??』

 

そんな事で頭がいっぱい……。

 

『プップッ!』

「隼人さん?? 信号、青に変わったわよ!」

「え? あ、ああ……」

途中の信号で、後ろの車にクラクションを鳴らされたり……上の空。

 

「何? もう……本当に?」

らしくない隼人の様子に、葉月が呆れた顔。

任務から帰ってきて三ヶ月。

葉月の髪はだいぶ伸びて、ショートボブと言ったところ。

横髪はすっかり頬を覆う長さになって、もう少しすれば肩に付きそうだったが

後ろ髪はかなり短く切ってしまったので、まだ、うなじは見えたままだった。

それでも『おかっぱ頭』までに戻った彼女が

何故だか……つい最近、前髪を女学生のように真っ直ぐに切ってしまったので

隼人も面食らったところ──。

あのワンレングスのような大人っぽい長い髪の彼女の面影がまた遠のいた。

 

「お前さ……なに? その女学生みたいな前髪は。

有名な所らしい『青山の美容室』から招待状が来ていたじゃないか?」

 

 

葉月に妙な動揺を悟られないように……フッとそんな話題を振ってみる。

すると──葉月はスッと頬杖を付いて、助手席の窓際に視線を逸らしたのだ。

 

任務帰還後……葉月の元に、そんな封書が郵送されてきたのだ。

それも『期限無期限』の招待状。

『カリスマ美容師並みのスタッフ』がいるところだと……後になって知ったのだが

葉月はまるで見向きもしない。

その招待を受ける気も見せなかったが、その招待状をむげに捨てる様子も見せずに

大切にミコノス部屋のビューローデスクの引き出しに取って置いているのだ。

 

「別に? 私、青山の美容室って行ったことないし。

右京兄様の差し金なんじゃないの?」

そんな予約もいっぱいだろう所から、『無期限』の招待状が来るところは

流石お嬢様?

葉月が興味を示さないのであれば、お洒落な従兄が『手配した』に隼人は納得。

本当はそうでないことは……隼人は知る由もない。

「たまにはそう言うところ行ってみたら? 本島に日帰りで行く気があるなら俺も付き合うし」

「軍内の美容室で充分よ」

「……だろうね? そんなに真っ直ぐちょんぎって……」

「……それって『嫌』って事?」

葉月が頬杖のまま、運転席の隼人に頬を膨らませて振り向いた。

「いや?……おかしくはないけどね? 結構、前髪一つでイメージが変わったんで戸惑っているだけ」

「じゃぁ……そんなに『お小言』いう必要ないじゃない?」

途端に、『ツン』として毎度の如く未だに愛想が悪いときがあるのだ。

「可愛いけどね? いや、女学生みたいになったんでお兄さん、どうして良いか解らないだけ」

紺地の肩章、白い半袖の夏シャツ、ライトグレーのタイトスカート。

白くしっとりとした肌に、頬をくすぐる栗毛の『おかっぱ頭』

こんな女学生みたいな彼女が……最近は『変に愛らしい』のだ。

ふとすれば、艶めかしかった一定した長さのロングヘアだった彼女が

前髪真っ直ぐ、横髪前下がりの『おかっぱ』になったのだから……。

 

「……オチビも最近、お兄さんが変なので解らないときがあるけどね?」

葉月がこれまたシラっと見つめながらフロントを指さしたのだ。

 

今度は──警備口で『IDカードチェック』にて車が並んでいたところ。

『ピピ──!』

改札待ちをしていると、次の順番が来たのに隼人は動かないままになってしまっていた。

今度は警備員に『早く来い!』のホイッスルを吹かれてしまったのだ。

 

「どうしたの? 本当に? まぁ……最近、忙しいから隼人さんもそう言うことあるわよね?」

呆れられるどころか、おかっぱのお嬢ちゃんに慰められるような『微笑み』を頂いてしまったのだ。

 

 

 出勤後──。

本部室に入ると、『おはよう!』といつも元気に挨拶を一番にしてくれるジョイと先ず、目が合う。

だが? この日、ジョイは隼人の顔を見て何故だか『硬直』?

 

「おはよう、ジョイ」

葉月が声をかけると、こちらにはいつもの具合でジョイも笑顔で『おはよう』……。

葉月は山中の所に行ってしまい……

そこでいつもの『朝礼の打ち合わせ最終確認』を二人で始めるのだ。

 

そして……

ジョイは隼人を見つめるだけで、挨拶どころではない様子?

「お、おはよう?」

「お、おはよう……あのね? 隼人兄……」

「なに?」

いつもらしからぬ様子のジョイに、隼人は胸騒ぎを覚える。

 

「何か変わった事、なかった?」

ジョイの妙に探るような青い瞳の眼差し。

でも──隼人は『ドッキリ!』

(なに? 変わった事、あったぞ!?)

そこで……

「あ! まさか! ジョイが!?」

ジョイを指さして驚くと、ジョイが慌てて立ち上がって隼人の口を塞いだ!

「声、大きい!」

ジョイが後ろを振り返って……

隼人の声に反応した葉月と山中の視線を気にしたのだ。

勿論、お嬢さんと兄さんは打ち合わせ話を止めてしまって……訝しそうにジョイと隼人を見つめていた。

だけど、二人揃って苦笑いを浮かべて、『おはよう』を連発しあっていると……

葉月と山中は、首を傾げつつも朝の打ち合わせで向き合って視線を外してくれた。

 

「ちょっと、外……行こうか?」

隼人が少しばかり……眼差しに力を込めて親指を本部入り口外に向けると……

「えっと……怒らないでよ〜」

ジョイは、たじろぎながらも席を立った。

 

廊下に出て、葉月の姿が見えなくなると……

「ジョイ! まさか……俺のメアドを教えた犯人じゃないだろうな!?」

隼人はすぐさま、ジョイの肩を掴んで詰め寄る。

「わわ……ごめん! やっぱり……届いたんだ!」

これだけ話が通じれば、隼人も『納得』

ジョイは達也とは昔なじみの『元同僚』

隼人とは今は『現同僚』

ジョイから聞き出せば、達也が隼人のメールアドレスを入手するのは簡単なことだ。

だが──

「別にな? 達也なら構わないけど、達也が俺とコンタクトを取りたがっているなら

そう言ってくれれば、俺だってなんとかしたのに……どうして!?」

「そ、それが……俺も良く解らないんだけど……

『兄さんに、連絡取りたがっていることを知られると、動揺するに違いなくて

また……連絡くれなくなるから、俺から直接連絡したい』って訳解らないこと言うんだもんな。

俺だって、ここ数週間、『許可無しに教えられない』って何度も返事したよ?

そうしたら、達也兄……しつこいのなんの?

しかも……『葉月には内緒にして欲しい、兄さんと俺だけの話がある』とか言うクセに、

挙げ句の果てに……『登貴子博士を使ってでも、入手する』とか。

お嬢に内緒で、登貴子おばさんと隼人兄は通じる秘密の話なんて?

変な騒ぎになりそうで怖くなって……教えちゃったんだよ」

(相変わらず……強引?)

ジョイの申し訳なさそうな困り顔……、そして目に浮かぶ達也の『強引さ』

隼人は、思わず苦笑い。

だが──

ジョイにはなんのことか解らないようだが……

隼人には『達也の気遣い』というのが伝わった。

例えばだが……

『隼人兄? 良く解らないけど、達也兄が連絡取りたいからメアド教えてくれって言うんだけど』

と……ジョイがお伺いを立ててきたとしても

『え! ああ! 約束果たしていない!』

隼人は達也に『約束』を果たしていないことで、急に慌てていただろう。

『約束を果たしたい』から、返事をする前にまた、葉月の様子を伺って……

葉月に『約束した事情説明』を無茶にしたかもしれない。

『ええ!? 達也が離婚! いつ、どうして!!』

葉月の精神に波が立つ。

また小さな感情の波を平静に受け止めてしまうと、問題解決にならない。

その『波』を上手く受け止めさせるのに、また……隼人は一肌脱ぐ。

そんな事をしているうちに、また……達也への連絡が遅れる。

だから……

達也は『返事がすぐ欲しい』をいう事は、ジョイなど周りの人間から間接的に伝えられるよりかは

率直に『自分から伝えたい』から……

一人『隼人への連絡方法』の極秘入手をしていたのだと……。

 

「わかった……今回は、大目に見るよ。相手は達也だし。

俺もね……アイツに連絡しなくて悪かったと思っている部分があるから」

「……そう? ごめんね。今後、気を付けるから……」

ジョイは、隼人が落ち着いたのでホッとしたようでいつもの無邪気な笑顔に戻った。

「でも……なに? 達也兄が言いたい事って?」

ジョイも鋭い方なので、隼人は突っ込まれてドッキリ……。

でも……

「……離婚したって、葉月が知らないことについてね」

「──!! え? お嬢、まだ知らないの!?」

任務出動前……四中隊の男達が集まって話し合った通り……。

葉月から達也の話題が出ない限り……。

達也の『離婚』については触れないことに決めていたから……。

小池も山中も……『隼人や達也が何とかしているだろう』ぐらいに思っているようだったから……。

隼人と達也の間で交わしている『お嬢への処理』への『経過具合』を伝えたのは

ジョイが初めてである。

だから……ジョイも山中と小池と『どうなったんだろうね?』と言う話はしていたかもしれないが

ここで初めて『経過はあまりよろしくない』と解って驚いているのだ。

「ま、なんとかする」

隼人が疲れたため息をこぼすと……ジョイも『大変だね、相変わらず』と

労いの微笑みを浮かべてくれたが、苦笑いであったのだ。

 

いつもの朝礼が終わって、葉月と供に大佐室に入り『業務』に取りかかる。

隼人は、朝礼前に自分のデスクにノートパソコンをセットするのだが……

葉月がいるうちは、メールボックスを開くことが出来ない。

だけど……

『気になる〜。早く、内容を確認したい!』

達也が何を言ってきたのか?

 

『俺がフロリダに戻ってから……いや、兄さんと葉月が小笠原に帰って落ち着いてからでいい。

兄さんから葉月に上手く……言ってくれないかな?』

 

約束した時の達也の言葉を……隼人は何度も頭に浮かべた。

 

葉月が落ち着いてから……。

それにずっと甘えてきたかもしれない。

(というか──。俺の帰省でごちゃごちゃしていたからなぁ?)

葉月が……と言うより、隼人が落ち着いていなかった事になる。

(それにしても……三ヶ月も達也は待ちわびていたことになるな?)

その間……彼は、隼人から伝えられた葉月の様子をずっと気にしていたかもしれない。

何度も、何度も……彼に声を届けようとして、躊躇って……

送信しなかった事を隼人は初めて……後悔していた。

ほんの僅かなことでも、『伝えることが今は出来ない』という事でも

何でも良いから、達也が『極秘連絡』の手段を選ぶまでに伝えるべきだったのだ……。

葉月が大佐になったことは、勿論、知っているだろう。

だから……暫くは大佐業務が落ち着くまでの、様子見をしていてくれたことも隼人には解る。

なのに──昇進して二ヶ月経っても、隼人から連絡が来なければ……

達也もしびれを切らしたのだろうか??

 

『怒ってるかな〜』

隼人は気になって仕様がないのだが……。

 

「さて……そろそろ、トレーニング行ってこようかしら?」

業務開始から1時間、午前9時半頃、葉月が腕時計を見つめた。

「行ってらっしゃい。どう? 教官は厳しいか?」

などと……いつも以上の笑顔で葉月を送り出そうとした。

「……まぁ、ベテラン教官だけど、優しいわよ?」

「そうなんだ」

「腕に負担がかからないように、メニュー組んでくれるし……

身体動かすと、少しはストレス解消♪」

「無茶しないようにな」

「うん♪ 行ってきます♪」

葉月は、机の下から『お着替えバッグ』を取りだして、意気揚々と大佐室を出ていった。

 

(やっと……出ていったか……)

なんだか、彼女にコソコソして追いだしたようで後ろめたさが走ったが……。

隼人は、葉月が出ていって……戻ってこない気配を感じた頃。

 

そっと……メールボックスを立ち上げてみる。

 

『このやろう! 俺だ、俺!』

そのまだ、開封していないサブジェクトにドキドキしながら矢印のカーソルをあてる。

(うわー、怒っているだろうな?)

サブジェクトからして……達也の勢いが伺えて……隼人は『冷や汗』

クリックして……ついに『開封』

 

『ご無沙汰しております。その節は、大変お世話になりました』

(え?)

隼人はサブジェクトとは打って変わって……礼儀正しい始まりに眉をひそめた。

しかも……

『中佐への昇進、こちらフロリダでも伝え聞きました。おめでとうございます。

同じく、葉月嬢もついに大佐になったとお聞きして……

お互いに命を張った任務の成果と私も供に遠い空の下、喜んでおります』

「……イメージが合わない」

隼人は、『なんだコイツ?』と、本当にあの達也からのメールなのか頬をつねりたくなった程。

だけど……

『やっぱり、将軍付きの第一側近だけあるな〜』

と、感心……。

ま、向こうではこの様な礼儀正しい日本語は必要ないだろうが

日本で勤務してもおそらく天下一品の『礼儀』を心得ているだろうと。

しかしなのである。

『……お祝いなので、心を込めて、綴ったが……こっからは俺ね↓』

1行空けて、お祝いの文章の下にそんな文面。

隼人は思わず、肩が片方落ちそうになったほど。

『やっぱり達也だ!』と、苦笑い。

 

その後は彼らしい文面が勢い良く綴られていた。

 

『連絡が来ないところをみると、葉月には伝えていないとみたぞ!』

「うん……ごめん、その通り」

隼人は思わず、声に出してモニターに向かってうなだれた。

『でも、解るよ。葉月に対して何かを報告するタイミングってヤツ。

間違えると大変な事になったりするしさ〜。俺もそうだったもんな』

「あ、解ってくれるんだ。まさにその通り」

隼人は、やっぱり『元相棒』である達也であるからこそ……

隼人の『お嬢様おもりの苦労』を解ってくれると唸った。

『別に、兄さんが報告することに使命を負わせたつもりはないぜ?

ただ、兄さんが伝えるなら葉月が一番ショックが少なくて納得しやすいだろうと思ったし

兄さんが伝えにくい状況もあるだろうから……

そこで、気にして返事をくれないのであるのなら、俺も任せすぎたと反省している』

「いや……、任せてくれたのに……なんにも出来なくて……」

『すまない……』などと隼人はまた、モニターに頭を下げてみたり。

『だから、今日まで返事が来なくても、いずれ……どうとでも葉月が知るだろうと

俺は、かーるく考えているから、気に病まないように……。

そう思って、別に返事が来なくても状況って目に見えていたし』

「その、目に見えるってヤツがなんだか凄い」

やっぱり、『葉月の相棒は俺が一番!』と、思っている男だけあると……

隼人は妙な『劣等感』がまた生まれたのだが

達也という男は何故だか、嫌な思いは心に残さない。

そんな『憎めない男』なのである。

少なくとも隼人の中ではそうなのである。

『だけどなぁ〜』

達也の文面がそこで妙な話に変わってきたようで、

隼人は『んん??』とまた、モニターに顔を近づけた。

『だけどなぁ〜……のんびりしていられなくなって……』

「どう言うこと?」

さらに隼人は達也の言葉を追う。

『隼人兄が知らせなくても知らせても、いずれは葉月の耳に

近い内に入るような状況が訪れることを……ここで忠告しておくぜ』

「な、なに? それって!」

隼人はまた、胸騒ぎを覚えてさらに……急いで達也の文面を追う。

『ここだけの話、俺はフロリダという本部基地にいるから。

結構、小笠原関係の『業務内容』ってヤツも耳に入ったりするんだよな。

そんな業務がフロリダから近い内に来るかもしれないから……

その時にまた葉月が不安定になって扱いにくくなる前に

やっぱりなるべく早く俺のこと、言っておいた方が良いかもしれないと思って

急いで、知らせることにした。

それで、ジョイを使って勝手に連絡先のメアドを聞き出したんだけど

勝手なことをしたのは謝るし、ジョイも責めないでくれよな。

どうしても、兄さんからは連絡をくれないような状況のようだと判断した上で

勝手なことをした。許してくれよな』

 

「……!? なに? フロリダからこっちに来るだろう『業務』って!?」

隼人は達也からの『極秘情報』に思わずビックリ!

背筋が伸びてしまった。

(まさか?? 任務!?)

と、まで、思ってしまったのだが──。

『ああ、業務と言っても……たいしたことはないとは思うけど……

なんとなく……心配で……。

もし? その業務が耳に入って困ることあったら俺に遠慮せず連絡してくれても構わないぜ?

偉そうなこと出来る立場じゃないけど……今回は俺も一枚噛みそうだから』

「……なに? 達也も関わるって事?」

『その内に……解ると思うけど、そういうことで……』

「そういう事ってなに!?」

『じゃぁな♪ PS:今回のメアドはプライベート用だから送信はこっちに宜しく!』

 

「……おい!」

 

達也の『お知らせ』は、そこで終わっていた。

 

「つまり? 達也としては離婚の事は急いで知らせる事もないし?

俺の負担になるなら、別に知らせてくれなくても良い心構えだったけど?

業務的にそうも行かなくなるかもしれない、達也が絡んでいる事が近い内に来るって事??」

 

達也も『極秘』で教えてくれたことだから、おおっぴらには知らせられない内容らしい。

だから……曖昧にしか内容は教えてくれなかったが

『たいしたことではない』という文面を見ると『任務』ではないようで、ここはホッとした。

 

「なんだよ〜……怒っていないことは、ちょっと安心したけど。

妙な事ばかり教えてくれて余計に気がかりじゃないか!?」

だけど……

待っていればいずれは、判ることのようだからここで慌てても仕様がないような事であるらしい。

任務でなければ、たいしたこともないだろうが?

しかし……達也のプライベート状況によりバランスが崩れる仕事内容とは一体?

「忠告ね……早めに知らせた方が……葉月にとっては仕事がスムーズに行くって言いたいのか?」

『そう言うこと♪』

そんな達也の声が聞こえてくるようだった。

「ったく、知らせるだけ知らせて『じゃぁな』はないだろう??」

隼人は『理解、消化不良』になり思わずむくれていた。

だが──

『もし? その業務が耳に入って困ることあったら俺に遠慮せず連絡してくれても構わないぜ?』

その文面を見て、そっと微笑んでいた。

「サンキュー達也……。やっぱり葉月の元相棒。

心配で堪らないんだろうね……。

俺のことにもこんなに気遣ってくれて……」

 

だから……返事を書こうと思っているのだが……

やっぱり、何から知らせていいのか隼人は解らなくなるのだった。

 

『だけど、数日中には……返事書こう!』

そう思いながら……主がいない大佐室での業務を再開する。

 

「ただいま〜、隼人さん。少し早いけど、ジョイと一緒に先にランチに行ってもいい?

隼人さん、今日はお昼からロニーといつもの打ち合わせがあるんでしょ?

隼人さんがいなくなる前に、出かけたいんだけど」

二時間のトレーニングを済ませて葉月が大佐室に正午前に戻ってきた。

「ああ、いいよ。俺はランチに行ってそのままロベルトと合流する予定だから」

「じゃぁ、お先に」

汗をかいたのか、葉月はシャワーを浴びて帰ってきたようで

また……鮮烈なトワレのトップノートを振りまいて明るい笑顔でまた出かけていった。

 

葉月がランチを済ませてから、隼人は少しばかり業務を続けて

遅いランチに出かける。

訓練帰りのランチを取るロベルトとそのままカフェで打ち合わせをしたのだ。

 

そこでロイに仕事は手を出され……

朝から『妙な台風二号』のお知らせ……。

 

そうして『ついてないような胸騒ぎの一日』を思い返しながら……

帰ってみればいるはずの葉月が不在の中……。

やっと自分の席に落ち着いて夕方の業務を始めたのだが……。

 

 

「ただいま」

いつもいるはずの葉月がやっと帰ってきた。

「お帰り」

隼人も業務に集中し始めたところ……

いつもの如く余裕がないときは淡泊な返事で上官を迎える。

葉月も慣れているのか、淡泊な側近のお出迎えにはさして文句は言わずに

大きな革張りの椅子に腰をかけた。

 

「中佐?」

「はい?」

葉月が隼人を階級で呼ぶ時。

当然、仕事の事で話しかけるときなので、隼人も動かす手は止めて……

顔をモニターからあげてみる。

葉月がなにやら……困ったような? 戸惑っているような複雑な表情を刻んでいたのだ。

 

「……どうしたの?」

「……今ね……ウィリアム大佐に呼ばれて五中隊に行ってきたんだけど」

「……うん?」

(まさか──メンテチームの事、フランク中将が手を出したってもう知っちゃったとか!?)

隼人は『ヒヤリ』とした……。

「そこにね? ロイ兄様までいたりして……」

「う、うん……そ、それで??」

隼人は益々……胸の鼓動が早くなった。

『葉月には内緒にな』

ロイはつい先程、そう言っていたのに……?

もう、葉月に『メンテ結成早急』を言い渡したのだろうか?と、焦った。

「……何が目的か解らないんだけど……」

「うん」

「フロリダからお客様が来るから、エスコートするように言われたの。

エスコートというか……その、うちの基地見学と業務内容見学ってことでね?」

「……お客様?」

メンテのことではないと解って、ホッとしたのだが!

『達也が言っていた事!? 本当に来た??』

そう思って、また、胸がドキドキした。

「あのね……そのお客様なんだけど」

「……誰?」

「…………」

 

 

葉月の妙に、複雑そうな表情を見ていると……

どうも? 『困ったなぁ?』といった風である。

 

「ブラウン少将とね? フォスター中佐が来るんですって」

 

「え!」

 

これで隼人も『解った!』

達也の元義理父が来るのであれば、余計に避けられない話である!

 

それに……

「……なんで、フォスター中佐なのかしら? ブラウン少将が見学なら解るんだけど

彼は現場の隊長だし……将軍の『お付き』なんてしないと思うし……」

「……そ、それもそうだね??」

そう答えながらも……隼人の頭の中……。

 

『達也ー、そういう事かよ……』

 

葉月にいよいよ、知らせなくてはいけないと言う事を突きつけられたのだ。

 

色々と落ち着かない日々であるのはそう言うことであるのだが……

徐々に隼人は、さらなる台風に巻き込まれて行くのである。