8.悪酔いお嬢

 

 さて……隼人が席に戻って、フォスターと積もる話などをしていると

葉月が、化粧室から帰ってきた。

 

「おー。やっとその気になったか」

ロイの上機嫌な声が聞こえてきて、隼人はそっと視線を移すと……

なんと! 葉月が、お猪口を持ってグイグイと冷酒を煽っているではないか!?

(あのバカ! さっき『セーブしている』って言ったクセに!)

かといって……連隊長と将軍の間で、

まるでホステスのようにお相手をしている女大佐を、

側近としていつもの兄様のように止めに行くことも出来ずにハラハラ……。

フォスターと色々と話して『情報集め』なんて気分ではなくなってくる。

リッキーも葉月の側で苦笑いをこぼしていたのだが……。

『いけいけ』と、ロイが次から次へと葉月の手元に酒をつぐのだ。

「いや〜、私はもう結構。レイとロイには適わないと解ったよ」

元々、冷酒は呑み慣れていないのだろう?

アメリカ人のブラウン少将は、呑むことはサッと、辞退したようだった。

そこで、ロイが葉月を肴におちょくるが如く、俺の相手をしろとばかりに

自分の杯に手酌で酒をつぎ、そして葉月の手元に酒をつぎ……。

しばし。その繰り返し──。

 

「結構、匂いがきついな……日本人でないと解らない味なのかな?」

フォスターが最初の一杯だけでとどめている、硝子のお猪口を手にとって眺め……

それを次から次へと煽っている連隊長と女大佐の呑み合いを眉をひそめていた。

 

そうするうちに葉月がすっく……と、立ち上がった。

ロイもそこは訝しそうに立ち上がった葉月を見上げたのだ。

隼人はもう……ハラハラドキドキ。

 

「暑い!」

葉月がそう言って、『冷房がきいているだろうから着て行く』と言って

夏服の上に羽織ってきた、立派な大佐の肩章が付いた長袖の上着を脱ぎ始めたのだ。

(わわ! 何やってんだよ!)

隼人が堪らず立ち上がろうとすると……

「こら! お前、何やってるんだ!」

そこはロイが急に酔いが醒めたかのように葉月の腕を引っ張って座らそうとしたので

隼人も驚いて、一端、腰を座布団の上に落ち着かせた。

(なんだよ──。ロイ中将も酔っている割には、そこはしっかりしているじゃないか?)

隼人は馬鹿らしくなって、思わず、手元にあるお猪口を自分も煽って一口飲み干す。

「なんだか、お嬢さんは相変わらずだね……。品があるかと思ったらやんちゃというか」

『お転婆以上だ』と、フォスターがおかしそうに笑い始めたのだ。

「ウンノに似ているかもな」

フォスターも透明なガラスの器に波打つ冷酒を眺めながらそっと微笑んだ。

「ああ、私もそう感じていたんですよね。二人は幼なじみ同期という感じですね。

彼女にとっても、一緒にいた頃は……良い影響を与えてくれた存在なんだと思っていますけど」

隼人もそっとため息をつきながらこぼすと、何故か? 彼は驚いた顔を隼人に向けたのだ。

「そう……思っているのかい? 本当に?」

フォスターが改まって、隼人に尋ねるので……隼人は首を傾げながらも

『はい』と頷いていた。

「そうか……」

フォスターは何故か嬉しそうに、苦手そうな冷酒をグイッとひと呑み。

「少量で結構、来るね。この酒は……お嬢さんが暑がるはずだ」

フォスターはフッと何かが吹っ切れたような微笑みを、お猪口を見つめながら呟いたのだ。

「なにか?」

「いや? 別に……」

彼は、初めて……隼人が知っているあの『特攻隊長』である余裕の微笑みをこぼしたのだ。

(なんだよ? 俺の一言で何か確信したような……感じだな?)

 

『もぅ。。だめ、兄様』

『おいおい……困ったな? からかいすぎたか……リッキー、デザートを早めに頼めるか?』

ロイが慌てたように葉月の肩を撫でたりして……

リッキーまで、サッと動いて静かにふすまの向こうに消えていった。

葉月が、ぐったり俯いてなんだか品格ある女大佐から、

ロイに甘える妹の姿になっていて、隼人も呆れ顔。

(まったく、帰ったら一言言ってやらないといけないな!)

先程、トイレに行くときは『考えてみる』と、あれほど隼人を安心させるような

しっかりした上官の顔だったのに……と、隼人は益々むくれたのだ。

「ハハ。やっぱり君は彼女が大事なんだね」

フォスターがすっかり余裕の大人顔で隼人に一言。

「……別に? 大佐としてみっともないと思っているだけですよ」

いつもの天の邪鬼で、シラっと言い返してしまったのだが……

内心は結構、見抜かれていて動揺していたり……。

「ウンノから聞いたよ。一緒に住んでいるらしいじゃないか?」

『!!』

そんなプライベートな話をフォスターが始めて隼人はどっきり!

「え、ええ……まぁ……」

「道理でね?」

「は?」

「いや……ウンノがね……そんな感じだったから」

「あの……彼がどうって?」

フォスターはまた……底に残った冷酒を弄ぶようにお猪口をクルクルと回して

ジッと静かに微笑んでいるだけ。

「マリア=ブラウンとの事……元に戻れないのか……と、勧めてみたんだ。

向こうのお嬢さんは、まだその気は充分残っていることは周りから見ても明確だったんで……」

「え!?」

急に話が妙なところに飛んだので隼人は背中がスッと伸びるほど硬直した。

その上……そっとその女性の父親であるブラウン少将を横目で確かめたのだが……

『レイ……大丈夫かい?』

ブラウンは頬を染めている葉月が、ぐったりしているのを

まるで父親のように心配する事で夢中なようだった。

「……やっぱり、ダメなようなんだよな? そして……元気がない」

「!?」

(あの達也が?)

隼人はビックリはしたが……なんだかすぐに納得した。

葉月とその新しい相棒・隼人との連携した仲を彼は見届けてフロリダに帰った。

そして……側近も退き、華々しいフロリダでのポジションを捨てた。

そして……妻とも別れたばかり。

フォスターが身元を引き取ってくれた形になってはいるが

やっぱり居場所的には満足していないのだろう?

「近頃は……サムと一緒に夜遊びに盛んのようだな」

そこはフォスターが苦そうに、顔をしかめた。

隊長として、部下の管理に少しばかり手を焼いているかのように……。

「訓練は立派にこなしているから、咎める事も出来ないが……。

立派と言ってもアイツの実力は上手く発揮していないと俺は踏んでいるのだが……」

「そ、そうでしたか……あの、それぐらいでおやめになっては……」

フォスターも話したくて仕方がなかったのだろうが……

ブラウンの存在が隼人はどうにも気になって仕様がない。

フォスターもそこでハッとしたのか急に黙り込んだ。

デザートはくず餅……。

女将が慌てたようにして、運んできたのだ。

「まぁ……連隊長ね? 女の子をこんなにして。

アメリカの男性は紳士だとお聞きしていますが?

もう、日本の男性のように女性に無理強いのお酒は宜しくありませんわよ?」

女将は葉月に酔い醒ましの烏龍茶をサッと先に出してくれたのだ。

そして『レディファースト』とばかりに葉月からデザートを差し出した。

「いやぁ……女将に叱られると堪えるな?

彼女はこれぐらいでは……酔わないはずなんだが??」

「何を言っているの? 怪我をして暫く不自由をしていた身なんですから

程々にお兄様が大事にしてやらないといけないではありませんか?」

女将のお説教に、ロイは母親に叱られるが如く……

金髪をかいて気まずそうに誤魔化し笑い。

「い、いただきま〜す」

既にろれつが回らない様子の葉月が、ホロホロとしたように銀スプーンを手にして

子供のようにくず餅をつつき始めた。

「さぁ、ところてんも一緒にどうぞ?」

女将が小さな硝子器に、いつもより小盛りのところてんもおまけに持ってきて

隼人に微笑んだのだ。

「うわー。俺の大好物♪」

隼人も葉月の様子など、そっちのけになって大好物に飛びついた。

「なんだろ? これは……」

フォスターがモチはもう解ったとばかりに、今度は透明な麺を不思議そうに覗いた。

「紫陽花の和菓子で使っていた『寒天』と同じ海草で出来ているんですよ。

『テングサ』という海草なんですけどね」

「あー。似ている!」

「でしょ? 元は一緒なんですよ。

寒天は、テングサを煮た汁を凍らした物をまた煮戻して使うのですが

ところてんは同じ海草を煮てさらした物から作っているんですよ」

「同じ海草から作っているのに、カンテンとトコロテンは違うのかい?」

フォスターは何でそんな同じ物に見えるのに違うことをして『違う物体』だというのか?

……と、ばかりに隼人の説明に納得いかなそうだった。

「はぁ……微妙に違うんですよね? 私も調理過程という点でしか違いが説明できないのですが」

するとフォスターがため息をついた。

「米だって、焚くだけじゃなくて、モチになったり……

なんだって? このクズモチ?は今度は米じゃないって? モチにも色々あるのかい?」

「はい……色々ありますよ。微妙に……違うんですよ」

「その微妙が……良く解らないな? 日本は不思議だ?」

フォスターはくず餅をほおばりながら、なんだかしかめ面……。

でも……

「チーズとヨーグルトと同じじゃないでしょうかね? ハムとベーコンやソーセージみたいに……。

そんな感覚と同じだと私は思いますよ」

するとフォスターは驚いたように隼人を見つめた。

「なるほどね……」

急に笑顔になって、くず餅を綺麗に平らげたのだ。

「君は偉いね……母国と、経験してきた国を上手く受け入れて調和させている。

持っている世界が俺とは広さが違いそうだ……。

フランク連隊長も、そして大佐嬢も……うちのブラウン将軍もそれなりに……

見習わないといけないのかな?」

急に神妙そうに俯いたので……隼人は『余計な事言った?』と不安になったり……。

「ですけど……少なくとも私も彼女も母国の日本に帰ってきました。

やはり……母国は自分の根本だと思いますし。

母国で一直線に貫き通すことだって、自分が最後に納得できる生き方ではないのですか?」

妙に『国際的』に敏感になっているようなので、隼人はそう言ってみた。

するとフォスターは隼人に感心の微笑みを向けたのだ。

「やっぱり君は……ただ者じゃないね。少なくとも俺をこんなに納得させてくれるなんて……。

流石……あのじゃじゃ馬大佐嬢の側近に選ばれただけあるよ。

……君だったら……安心だな」

(安心って???)

本当にこの先輩が何を思って話しているのかが隼人には、さっぱり解らない。

 

「まったく……この辺にしておくか……大丈夫か? お前?」

隼人とフォスターは離れた端の席に陣取って向かい合っていたのだが

反対側で葉月を中心に集まっている将軍一行の席から、ロイのそんな声が……。

「ロイ、もう充分楽しんだよ。この辺で終わりにしないか?」

ブラウンも葉月を心配そうに眺めて、一言。

「すみません。リチャードおじさん……。もっとゆっくり出来たらよかったのですが」

「……私は一人で帰れます……あの〜男性同士でごゆっくりされては……?」

葉月が頬を染めつつも、急にしっかりした口調でロイとブラウンにそう勧める。

「いや……充分だよ。レイ。」

「そうですね……おじさんも、旅疲れがあるでしょうしここでお開きに致しましょうか?

あ……宜しかったら如何です? 我が家にいらっしゃいませんか?」

葉月の早酔いで、早々に小料理屋での宴が切り上がってしまおうとしているのを

ロイは気にしたのか? 元々もその気だったのか?

ブラウンにそうして自宅へと誘おうとしていた。

「…………」

暫し、リチャード=ブラウンは笑顔のまま迷っていたようだが……。

「そうだね。コーヒーでもそろそろ飲みたい気分になってきたかな?

ロイの奥さんに可愛いお嬢ちゃんにも久しく会っていないから顔を見せておこうかな?」

その気になったようだった。

「あの……側近としてお供を致したいと思いますが……私はご一緒でも宜しいのでしょうか?」

トンプソン中佐は、上官より階級が上のロイ……

しかも大将の息子であるロイの自宅へ行くことに躊躇した様子。

「ああ、構わないよ。中佐……それにそんなにかしこまらなくても。

歳も俺と変わらないようだし……君は結婚は?」

「あ、はい……しております」

「子供は?」

「息子と娘が一人ずつですが……」

「じゃあ、俺とも話が合うね。同世代の子持ち男だ」

ロイの砕けた微笑みに、やっとジョン=トンプソンもそれらしい笑顔を浮かべて固さが取れたようだった。

「では、お車をご用意しておきます」

葉月はそこはスッとしっかり立ち上がったのだ。

 

(もしかして??)

隼人はスッとした背筋で外に出ていこうとする葉月に違和感を持った。

「大佐……側近の私がいたしますから!」

なんでも一人でやろうとする葉月に、隼人は慌てて立ち上がる。

「そう? では、側近にお任せ〜」

葉月が頬を染めながらまた、ちゃらけたように微笑み返してくる。

『大丈夫かよ? お前……』

ふすまの前ですれ違うとき、隼人は一言声をかけると

「中佐……あっちを引き離したから、こっちにフォスター中佐を引き寄せちゃいましょうよ?

早くタクシーを二台呼んで……。フォスター中佐は私が引き寄せてるから!」

葉月がそこは頬を染めながらも、あの企みたっぷりの瞳を真剣に輝かせたのだ。

(やっぱり! あれだけ人をヤキモキさせて……『ワザ』とだったのかよ〜)

ロイを困らせて、早々に切り上げるために『ワザ』と『早酒』をしたのだ!……と、

『また、やられた!』と、思わず手を頬に打った。

隼人はやっと解ってなんだか脱力。

なんという事をするウサギなのだと……。

妙なところで『女』を武器に使ったなと『絶句』

しかし……

葉月が実は、ロイオヤジ(?)のからかい性分を、逆手を取っていたことに驚いた。

だから……手洗いから帰った途端に『セーブ解禁』をしたのだと……納得……。

 

隼人がふすまを閉めると……

『兄様〜……フォスター中佐まで兄様のご自慢話に付き合わすなんて言わないわよね〜』

酔った口調で、また生意気にロイに絡んでいるので隼人は苦笑い。

『なんだ、お前はまったく! 無理強いはしないぞ? 俺は!』

『中佐〜。ちゃーんとうちのサワムラがお送りしますからね♪』

葉月のまたまた酔った調子の良い声。

『あ……そうですね。少し、疲れました。申し訳ありませんが……』

『いいよ、クリスもジョンも……今からはロイにはプライベートでついて行くつもりだから』

穏和なリチャードの部下を気遣う声。

『いいえ! 私は側近としてお供いたします!』

新人側近のためか、トンプソン中佐は妙に意気込んだ声で言い切っていたようだ。

 

「よっしゃ。葉月のヤツ……上手くやったな」

 

これでフォスターの送り役とされた隼人は……

葉月と3人で行動が出来ると確信した。

サッと階段を降りて、女将に頼んでタクシーを二台呼んでもらう。

 

 

「それでは……みっともないお姿をお見せしてしまって……。

おじ様……父には内緒にして置いてくださいね?」

『玄海』の店先にやってきたタクシーに、先ず先に葉月は

ロイのアメリカ人一行を乗せて見送ろうとしていた。

「アハハ……勿論だよ。リョウ先輩に様子を見てきてくれって何度も言われたけど。

それだけ元気だったらレイも元通りだね。それだけ伝えるようにするよ」

「……父が……そんな事を?」

「……レイ? いや、ハヅキ……。

父親ってね……顔には出さないけど……

いつだって男一人、娘のことで右往左往心配している物なんだよ」

リチャードの神妙な微笑みに……葉月の笑顔が一瞬固まったように

後ろに控えていた隼人には見えた。

リチャードが娘のマリアのことも同じように思っていることを葉月は頭にかすめたのだろう?

それは隼人も一緒で……その娘の別れた夫と今は供に仕事をしているフォスターも

同じように感じたのか表情が硬かった。

「では、クリス……宿舎にはジョンと戻るから気にせずゆっくり休みなさい」

「イエッサー。将軍、お先に失礼いたします」

フォスターはそこはしっかりした軍人らしく敬礼をした。

「じゃ……隼人。そこの酔っぱらい頼んだゾ」

ロイがふてくされながら隼人にきつく一言。

葉月はロイに一睨みされても、酔った調子で知らん顔。

隼人も苦笑いで『勿論です』と、ロイに答えておく。

 

『お疲れ様でした!』

葉月と隼人……そしてフォスターは一緒に敬礼をして将軍一行を見送った。

 

そんなアメリカ人が固まって乗ったタクシーの中。

 

後部座席に乗り込んだロイは腕を組んで一つため息。

真ん中にリチャードが座ったのだが……

「なんだい、ロイ……不機嫌そうだね?」

「……あいつがワザと酔ったと今、気が付きましてね……」

「はは……積もる話でも早くしたかったのだろうね?」

リチャードがそっと笑うと、ロイは驚いておじ様を見下ろした。

「ロイだって……本当は、あの3人を向き合わせて、どう答えを出すか待ちかまえているのだろう?」

「……さぁ? なんのことでしょうか?」

ロイは急に特上の笑顔をこぼしてみたのだが。

「いいじゃない? ロイ。こっちだって……そのつもりでリチャードおじさんを自宅に誘ったんだろ?」

運転手の横助手席に座っているリッキーがニヤリと振り返った。

「なんだ、リッキー? もう、仕事は終わりか?」

「夜遅くまで、側近顔もなかなか疲れるんでね?」

急に『同級生』に戻ったリッキーにロイは途端にふてくされる。

先程まで優雅だったリッキーが急に砕けたので、ジョンはビックリしたようだった。

 

だが……そんな中、徐々に空気は『内輪話』がしやすいようになったようだ……。

リチャードも急にため息をつきつつも、笑顔は絶やさない……。

そして──

 

「……ロイ、あの3人が出した答えをそのまま受け入れてくれていいよ。

クリスは上に従順な優秀な隊員だから断らないとは思うけれど……。

たぶん、かなり迷っていて、出来れば家族とアメリカに残りたいと思っているだろうね?」

「……どう答えを出すかなんて……

『転属』が決定した場合は、絶対に従ってもらうつもりですが?」

ロイはそこは、連隊長らしく冷たく言い切った。

「……達也のことは娘のこと抜きで大切な部下だと思っているが……。

達也のために行き過ぎた『過保護な道』は作る気は私はないよ」

「…………さぁ? ウンノの事など私は何も考えていません。

ミゾノの本部のためのことしか……ね」

「そ。ロイがそういうなら、そうなんだろうね?」

リチャードは……冷めた口調で淡々と答えるロイにも、穏やかな笑顔は崩さなかった。

 

そこで……タクシーの中にちょっとした沈黙が流れたのだが……。

 

「リッキーも本当に立派な側近だね……お父さんは元気かい?」

リチャードが場が和むように、馴染みやすい話を始めたのだ。

「はい、ミゾノのマンションの管理が今は生き甲斐ですからね。

レイの世話よりも同世代の住人の世話が楽しいらしくて、張り切っていますよ」

「そう、お母さんのアリソンも相変わらず綺麗だろうね?」

「さぁ? 近頃はマンション管理の事務にパソコンを使い始めたとかで

こちらは相変わらず数字に凝ってますが」

リッキーはリチャードにニコリと答える。

「アリソンは秘書室でも一番素敵で知的な女性だったからね?

私より先輩だったけど、本当に今でもあの素敵な年上の女性は皆の憧れだったよ」

リチャードが懐かしそうに目を細めて微笑む。

「それは昔の……事ですが……。

両親は今、この小笠原でのんびりした島暮らしが気に入っているようです」

「色々あったからね……」

リチャードもそこは……御園のことを心得ているのか、哀しそうに笑顔を消した。

 

「おじさん……お嬢さんの事は気にせずに仕事をしてるとは俺だって解っていますよ」

 

リッキーとの会話でせっかく和んだタクシー内のプライベートな空気を

ロイがさっと濁すようにまた冷たく切り込んできた。

ロイは道路際に続く夜海の風景が流れる窓をジッと眺めてリチャードから顔を逸らしていた。

 

「俺は……葉月と澤村、フォスターの3人が

さて……? どう動いて、どう決めて、自分達で進むか……

出した答えがどう出ようとも……遠慮はしませんよ」

ロイは変わらず、リチャードから顔を背けて淡々告げると……

リチャードも優しいおじ様顔から、急に険しい顔つきに。

「言っておくが……達也のことは諦めている。

以前に……達也のこと。クリスの今の隊長の座を乗っ取るようだと怒り出すかもしれないな」

「その先のことは、俺は考えていません。フォスター中佐はもらいますよ」

ロイは今度は青い瞳を輝かせて、真っ直ぐにフロントの前を見据えた。

「予感は……あるようだね」

リチャードがなにやら解りきったようにそっと尋ねたが……

「さぁね?」

ロイは今度は微笑みは浮かべず……氷の連隊長の名が如く、真顔で答えただけだった……。

 

 

「ったーく! お前は何だよ!? 驚かせるなっていうんだよ!」

こちらは若幹部組で乗り込んだタクシー内。

フォスターが助手席で、後部座席に葉月と隼人が乗り込んだのだが……。

隼人がさっそく葉月の『悪のり酒』にお小言中だった。

「うるさいわね? 何とか出来ないかって言い出したのは隼人さんじゃないの?」

葉月はいつもの如く、面倒くさそうにそっぽを向けて交わそうとしているところ。

「ちょっと、日本語で喧嘩されても、俺も止めようがないから、その辺にしないか?」

フォスターが苦笑いで、助手席から振り返った。

しかしフォスターが英語で仲裁に入った事より

何故か年輩のタクシーの運転手が笑いを堪えているようで

葉月と隼人はそれに気が付いて、サッとお互いに言葉を濁して俯いたのだ。

「どうやら……お嬢さん。またやってくれた様だね。

ワザと酔った振りしていた? 俺を連れ出すために……。

そういう、ちょっとした人の騙し方はあの任務の時と一緒だ」

フォスターには英語で『言い合い』のいきさつを説明する前に見抜かれていたようで

葉月と隼人は、そっと視線を合わせて大人の先輩の余裕に揃ってはにかんでみたり……。

だが──

「たぶん……今頃、兄様は気が付いているわ」

葉月も……急に真顔になって窓辺に頬杖、ため息をついた。

「……大丈夫かな?」

隼人も……今からの『秘密談合』をロイに見抜かれていると思うと、

その後の職場での今回の件についてのロイの出方に不安になってきたのだが……

「ううん? 実はロイ兄様……私達がこうなることを解っていた気がする」

葉月が遠い視線で、走るタクシーの中で流れてる夜海の水平線を目で追っている。

「どうして……そう言えるんだよ?」

隼人は、ロイにそこまで自分達の行動が読まれているとしたら『恐ろしい』と思って

否定したくなったのだが……

「解る……兄様は……本当に駄目だとか、して欲しくないことには

力ずくで止めようとしたり、よそを向くように注意を逸らしたり……なにかしらで阻止する人だから」

「じゃぁ……フランク中将は……俺達を泳がしてくれたって事が言いたいのかい?」

葉月の連隊長に対する『親しき勘』に、フォスターも驚いたようだったが……。

「たぶんね……一体、最終的には何が狙いなのかしらね?」

葉月がそうこぼすと……フォスターが少し、躊躇ったように俯いた。

「俺の考えが……見抜かれていて、それを君達に相談しに来たと言う事……。

それが解っている方が、俺としてはやりやすいけどね」

 

『ええ?』

葉月と隼人は、また先輩が何を抱えているのかと……そこはまだ解らない。

 

『兄様が見抜いていたら、やりやすいってなに!?』

 

ロイに見抜かれつつ……それなら助かるというフォスターが持ち込んできた話。

 

「とりあえず〜私、アイスクリームが食べたい!Be My Lightに早くつかないかな〜」

仕事話で、空気が沈んだので、葉月はそっとはしゃいでみたり。

「あっきれた。本当は酔っていなかったクセに。酔いさましのアイスなんて必要ないじゃないか?」

また……隼人のお小言が逆戻り。

「ああ、でも──そんなアメリカ人向けのお店があるっていいね。俺も楽しみ。

和食もうまかったけど、物足りなかったな」

「わ。隊長って……大食漢なんですね! この小娘も何故か?大食漢。

流石、フロリダ仕込みは違いますね〜」

隼人が葉月に嫌みな視線を流しつつ、ニヤリと微笑むと……

葉月は毎度の如く『失礼ね!』とムキになって怒り始めた。

 

そんな小娘大佐と側近のやり取りを、フォスターはおかしそうに笑うだけ。

 

若幹部組のタクシーは賑やかなオールディズの音楽が響く

渚のテラスレストランに到着した。