10.フェア

 

 紺色の夜のとばりに、包まれたアクアマリンの小笠原の海。

ガードレールが続く海岸沿いの道をタクシーが走る。

 

 フォスター中佐を基地の入り口まで送り、隼人は葉月と二人で丘のマンションに戻る。

そのタクシーの中……。

葉月は、また後部座席の窓辺で頬杖……。

膝にピンク色のウサギの人形を置いて、ジッと外を眺めて黙っているだけ。

 

(また……何を考えている事やら?)

 

隼人もそっと窓側に映る夜の雑木林を眺めた。

確かに──。

葉月の気持ちも考えずに、即刻……

『達也の引き抜き、俺に任せて下さい』と……

いうような気持ちを口にしたのは、まずかったかもしれないが……。

 

(でも……他の新しい男が来るよりかは……)

『絶対、達也の方がプラスになる』

隼人はそう確信している。

 

『恋』、『愛』、『別れ』、『想い出』、『後悔』……

様々な思いが、隼人以上に葉月の中で交差しているのが……それだけが解る。

 

だから……隼人は葉月をそっとしておく……。

今は──。

 

「結構、疲れたわね……」

マンションに戻り、玄関でショートブーツを脱ぎながら葉月が呟いた。

「そうだな……。気遣う事って言うのは、そういうものだな」

隼人も、葉月の後に革靴を脱いで、段差がない玄関からカーペットの上に上がった。

リビングにはいると、葉月は灯りもつけずにダイニングテーブルの前で上着を脱ぎ始めた。

テーブルにはちょこん……と、フォスター中佐の娘からもらったウサギを置いて……。

疲れた様子の葉月を眺めながら、隼人は灯りのスイッチを入れた。

「先にシャワー浴びても良い?」

葉月が表情を灯さずに、隼人に尋ねる。

「どうぞ……。俺も着替えて一息、訓練データーを閲覧したいから」

「そ……」

葉月は淡泊に答えて、サッと夏制服姿のまま、シャワールームに入ってしまった。

その後、隼人も林側の自室に入って葉月が贈ってくれたシルクのパジャマに着替える。

いつも通りに、ノートパソコンをセットしようと小脇に抱えて、テラスに向かおうとした。

大きなダイニングのテーブルに、ちょこんと座っているピンク色のウサギに目がいく。

その目の前に、隼人はやって来て暫く……眺めていた。

そして、首から下げているサクランボ柄のカードをそっとめくってみる。

 

『タツヤも待っているよ♪』

 

隼人は、愛らしい筆記体のピンクの文字に思わず……微笑んでいた。

「達也がね? 10歳の女の子と示し合わせて……ぬいぐるみを買いに行くなんて……」

 

『この仔馬がいいって!』

『どうして〜? 絶対このラビットの方が可愛いモン!』

 

そんな会話が聞こえてきそうで、隼人はダイニングチェアに座り込んで

そのウサギの人形を撫でてみた。

「葉月の事……そうしていつも考えているんだろうな?」

ライバルのはずなのに……隼人は自分のことのように笑っていた。

なんだか、その人形が妙に健気に見えてきて……ずっとそうして触っていると……。

 

「お先に……」

葉月がバスローブ姿で、シャワールームから出てきた。

「……? なにしているの? そんな所で?」

ノートパソコンをそっちのけでダイニングテーブルでぼんやりしている隼人に

葉月は首を傾げている。

「ああ……この人形、可愛いな……って」

「なぁに? からかっているの??」

『ウサギ』といつも言われる葉月が、またからかわられる?と予感したのか

むくれた顔のまま、キッチンに向かおうとしていた。

 

「ウサギさん? ウサギさんは何を考えているのかな?

悔しいことがあったら、言ってごらん? 気に入らないことがあるなら言ってごらん?」

隼人は、ピンクのウサギの手を持ってそっと囁いてみた。

そんな変な事を始めた隼人の声に葉月は驚いたように振り返ったのだが……

「何しているの? バカみたい」

人形を相手に話しているお兄さんに、呆れたようにして相手にしようとしなかった。

「そうだったね? ウサギさんは、そうは簡単に喋れないんだよね?

ウサギさんが、言葉を喋れたらお兄さん……嬉しいのになぁ?」

隼人はそれでもピンクのウサギを見つめて、片手をピョコピョコと動かしてみたり……。

「……」

葉月がやっと……隼人がしていることをジッと見つめていた。

「そうか? ウサギさんは、今夜も喋れないんだ……仕方ないね? おやすみ……」

隼人は、ウサギの額にそっと口づけをしてダイニングチェアから立ち上がる。

ノートパソコンを手にして、いつも通りテラスに向かった。

リビングからテラステーブルまで引かれているケーブル線を

いつも通りにパソコンに繋げていると……

 

「……行きたいんでしょ? フロリダ」

葉月が納得していない表情で……テラスのガラス戸にそっと背中をもたれて

隼人がセッティングする様子を眺めていた。

「……メンテ候補員の見定めにね」

「そのついでに何するつもり?」

「達也の様子を確かめたいだけ」

「本当にフォスター中佐と入れ替えられると思っているの?」

「やってみなくちゃ解らない」

「平気なの? 私との前の関係の事……」

そこで隼人は、配線コードを繋ぎ終えてジッと葉月に向かい合った。

「忘れているんだな」

「何を?」

「俺が……フランス基地の滑走路で達也と別れた時に言った事」

「──!!」

そう……葉月はやっと思い出してくれたようだった。

 

──『……小笠原で葉月と待っている。絶対、戻って来いよ』──

 

そう……隼人はあの時、急にそう言いだした。

そして──

 

──『遠慮はいらない。葉月が欲しいなら奪いに来いよ。

  俺は決めた。葉月には達也が必要だ……そっちにその気がないなら迎えに行く』──

 

とも、言っていたし、最後には……

 

──『フェアに行こうじゃないか? 葉月の前で『決着』つけようじゃないか?』──

 

「本気なの?」

「冗談であんな事言う男と、お前は暮らしているのか?」

隼人の輝く黒い瞳が真剣に……葉月のガラス玉の瞳を見据えた。

その眼差しに弱いウサギは……フッと顔を逸らして俯いた。

 

「……私もそうだけど、達也だって『決着』なんて言われても困るわよ。

今……私が好きで暮らして付き合って……一緒に仕事したいと思って

選んだのは隼人さんなんだから……」

葉月が、テラスのガラス戸に背をもたれたまま……

拗ねた子供のように俯き呟いた。

隼人は、そんな幼い顔で自分を選んだと、恥ずかしそうに呟く彼女に、そっと微笑んだ。

「そりゃね。自信があるから言えた事でもあるけどね?」

「それだったら……達也が可哀想じゃない?

『兄さんには適わないって解っているから、小笠原には行かないよ』って言いそうだわ?」

「俺がこれから望んでいることは、そういう『次元』の話じゃないの」

隼人が『物わかり悪いお嬢さん』とばかりに、呆れたため息をついて……

テラスチェアを引いて腰をかけると……

葉月がまたそっと頭を上げ……隼人の様子をジッと伺っていた。

「お前らしくないな……ショウがないか?」

隼人は、少しばかり納得いかなそうにため息をつきながら……

ノートパソコンの扉を開いて、電源を入れる。

「私らしくないって?」

「お前さ……中隊のためになるなら、なんだってするだろ?」

「どういうこと?」

「なんだって……っては、言い方悪いか……。

『これならプラスになる』と思ったら、何でも上手く事を運ぶ……って

俺はそうお前の事、思っていたけどね?

自分のことになると、怖じ気づくってのは『フェア』じゃないと思うぞ?」

「どう言うこと??」

バスローブ姿の葉月が、やっとテラスのガラス戸から背を離して

隼人の目の前に、向かい合った。

だが、隼人は眼鏡をかけて、パソコンディズプレイを眺めるだけ。

葉月の顔は見なかった。

「……俺とロベルトを向かい合わせた時、お前、何を考えていた?」

「それは……」

いつもの操作で、隼人は画面を開きながら……

隼人の問いに何かを悟って、葉月はやや狼狽えた様子を、そっと側で感じ取った。

そう──。

『どうしてだ!? 今の恋人の俺と元恋人のロベルトをワザと引き合わせた!?』

隼人はあの時、そう感じてかなり狼狽えた。

まだ島に来たばかり、葉月と向き合い始めたばかり……。

彼女がいったい何を考えているのか解らなかった。

あの時は──。

でも……今は違う。

そう……葉月があの時感じていた事、したかった事。

それと『まったく同じ気持ち』が、今の隼人の中でうずいているから……。

 

「俺と達也が向き合うのは何故? 躊躇う?」

マウスをいじっていた手を止め……隼人は、自分の側にたたずみ

濡れた髪をしっとりと頬にそわせて小さな女の子のように首を傾げている

葉月の顔を、やっと見上げた。

「……」

葉月は、どう答えて良いのか解らないようだった。

そう……『ウサギさんは、言葉に乏しい』

生意気なクセに、肝心な時に自分が表現出来ない女の子なのだ。

「……ロベルトは平気だったって事は……葉月の中でだいぶ心の整理が出来ていたんだろうね?

でも……達也は違うわけだ? 俺は……その方が少し『ショック』かな?」

「ショック……?」

「そう……躊躇っているって事は……」

そこで隼人が葉月から顔を逸らして……

また、薄明かりのテラスでぼんやり浮かび上がるデスクトップ画面に向き合った。

「……なに?」

葉月が問い返すと、隼人が一つため息。

暫く……そのままディスプレイ画面を見つめていたが、何の操作もしようとしない。

「躊躇っているのは……」

隼人が一時間を置いて、すっと……側に立っている葉月を見上げた。

その瞳が……少し切なそうに揺れているように葉月には見えた……。

その瞳を隼人は眼鏡の奥で……そっと伏せて俯いた。

「……お前は、もう一度達也と向き合うことが怖いんだ。

日常という時間の中で……毎日、側で……達也に見つめられることが怖いから

それなら……別れた形のまま、今のようにもう目の届かない所にいた方が、気が楽って事なんだろうね?」

「──違う! 私は……っ!」

葉月は……隼人が座っているテラスチェアの背に手を付いて、

隼人の顔を覗き込もうとした!

それと同時に……また、隼人が眼鏡の奥で黒い漆黒の瞳を熱く潤ませたように

その眼差しで葉月を強く見つめ返したのだ。

「……解っている。俺といる事を大事にしてくれていること。

でも……俺は『真実』を知りたい、見たいんだ!」

「──!!」

普段は、とても落ち着いていて控えめで……

奥底にある気持ちは、そうは激しく彼は表現しない。

穏やかで、そっと静かに、そして……緩やかにしなやかに……彼は表現して

それでも、その静かな情熱の数々は小さな波の波紋として

すこしずつ、葉月の心を振動させてきた。

その彼が……こんなに激しく言い切って、強く望んだ事があっただろうか?

『葉月が……俺と達也、どちらを真実として選ぶか』

そう言っているようにしか聞こえないのだが?

葉月の答えは決まっている。

終わった事、振り返るつもりもないし、今までも、今現在だって……

こうして前を一緒に向いて行こうと……一緒に並んでいるのは目の前の男以外いないというのに!

葉月は……一時、茫然としていたのだが……。

「……それを確かめるために? 達也を引っぱり出すの?

私の中で……達也の事が完全に消えているか確かめるために?」

何故だろう? そう……自分はこんな時にもいつも何処かで『平静、冷静』なのだ。

ここで感情的に『あなたが真実で、一番なのに!』と、叫んで抱きつくべきかもしれないが?

だけど、そんな彼女でも目の前の彼は不服なんて事はない。

あの輝くような黒い瞳は、まだ……『真偽』について尽きる事ない志を秘めている。

 

「俺のエゴといいたいのか?」

「……そうじゃないけど?」

「俺は……達也も同じ事を考えていると感じているからね」

「……同じ土俵に引っぱり出すって事?」

「そう……お前もね」

「私も??」

 

「俺と達也、葉月と達也、俺と葉月……同じスタートラインで始めたいんだ」

「……?? なに、言っているの??」

葉月が、『さっぱり解らない?』とばかりに眉をひそめていると

やっぱり、隼人はもどかしそうに顔をしかめたのだ。

「だから……俺とロベルトが今、信頼しあって仕事していること。

そっくりお前と達也に照らし合わせて考えて見ろよ?」

「……私は、ロベルトの仕事姿勢を信じていたし……

隼人さんと組むには適任と思っただけで……

プライベートの感情については……大人の男性二人だから、きっと上手くやってくれると思って」

「その言い分も、お前のエゴだったという事にならないか?

俺もロベルトもあの時、かなり……衝撃的に向き合わされたぞ?」

「だから……その後、謝ったじゃない……」

随分昔の事をほじくりかえされて、葉月は面倒くさそうにピンク色の唇を尖らせて……

濡れている栗毛をフッと片手でかき上げたのだ。

「じゃぁ……俺も。お前が俺とロベルトを『信じてプラスに変えた』事……

そっくり、『葉月と達也』に向けたいね」

「……!!」

面倒くさそうに髪をかき上げていた葉月の動きが止まった。

 

「同じ土俵で『フェア』に……同じスタートを切る。

俺は……葉月と達也の『同期生』とかいう息のあった信頼関係を任務で見せつけられた。

達也は……俺と葉月の間に出来ている新しい関係を見届けてサッと引いてフロリダに帰った。

葉月は……そう、これから見届けてもらう。

俺と達也が、どんな信頼関係を築きあげるかを。

これは『男と男』の真剣対面だ……。

俺は任務中に、これほど一人の人間を見つめて前へ行くことで

同じ気持ち、志を持った男がいるって知ってもの凄い衝撃だっし……

そして『同志』を見つけた気分だった。

正直、ジョイや山中の兄さんとは違って──

『御園葉月』という女性の部分を含めた『人間』と

一緒に前へ行く、そして、その背を押す、支える。

そういう意味合いでの『シンクロ』を感じたんだ。

葉月が俺と達也、どちらを選ぶとかそういう事じゃない。

俺は誰よりも御園葉月の『相棒』であるという自信を持っているし。

達也もそうだ……小笠原に来たいと願っている以上、アイツの心底は

『葉月は俺が守る、俺が一番その思いは強い』ってそう思っているんだ。

そういう男と一緒に、俺は……一緒に仕事して前に向かって

それでいて、やっぱり一番でいたいんだよ。

その為に『フェア』な環境が欲しい。だから……『小笠原に帰ってこい』って言ったんだから」

その時……隼人の眼差しは葉月には向けられなかった。

そう──ずっと向こう。

テラス窓の向こう……広い夜空に真っ直ぐに黒く輝く眼差しが、何かを捕らえようとしていた。

 

そんな『男の眼差し』

葉月は……こんなに男らしい魅力的な隼人を見たことあっただろうか?

と、首を傾げてしまうくらい……。

今までもあったのだろうが……そう感じてしまうぐらいに素敵に見えてしまったのだ。

 

「解ったわ……いつもは私が我が儘言って聞いてもらっているもの……。

我慢強い、側近さんがそんなに強く望んでいることは止められない……」

 

葉月は、バスローブのポケットに手を突っ込んで、そっと隼人に背を向けた。

 

「ごめん……葉月……本当はお前の気持ちだって……」

隼人がそっと後ろで立ち上がったのが解った。

そうしてすぐに……葉月の気持ち優先で優しくなる彼。

「……私は今、幸せだから……。

達也がそれを目の前で目にしながらの毎日を過ごすなんて……

それを承知で来てくれるなんて……考えられなかっただけ」

「解っているよ……俺の気持ちだって独りよがりだって。達也には迷惑かもしれないって」

隼人が背を向けている葉月の肩にそっと両手を置いてくれる。

「……でも、本当は達也ほど、私の考えていることシンクロしてくれる相手っていなかったから。

ごめんね? それは隼人さんとは違う感覚なの。

私達……時々双子じゃないかって思うくらい似ているの。

それは……解っているの。もう一度、戻れるなら最高の同僚だって……。

隼人さんは……それを『プラスにもう一度戻したい』って本気で言っているの?」

俯く葉月の背を……うなじを隼人はじっと見下ろした。

その『達也に対する葉月の絶対的信頼』の言葉。

やっと彼女の口から出てきた事で……少しばかり男として『相棒』として胸にちくりと刺さった。

でも──隼人は深呼吸。

葉月の両肩に置いている手に力を込めた。

「そう……もう一度、お前と達也に元に戻って欲しいって気持ちはある。

少し……怖いけど……。

それを取り戻して……御園葉月はまたさらに……達也も輝けると直感したんだ。

そして……俺も、葉月と達也の力を借りて……輝けるかもって……。

男女関係のしがらみよりも……仕事は元より『一緒に走る戦友』として。

それが俺が言っている『次元』って事になるかな?」

「怖いの?」

「賭け……かも」

「賭け……ね」

「プラスに変える力が……御園葉月にはある。

それを信じて……俺は賭けているから」

「そんな……力ないわよ」

 

「あるよ……何度も見てきた。たった一年で」

隼人はうなじを見せたまま俯いている、葉月の横髪をそっと指に通して撫でてみた。

「……」

葉月が……やっと振り向いてくれた。

「隼人さんって、本当にずれているんだから……バカ」

「バカで結構」

どうして……? そんなライバルのような男を引っぱり出すのかなんて……

そっとしておけば、二人で充分やっていけたと葉月は言いたそうだった。

それでも──隼人は動きたいのだ。

それが……絶対に『プラスになる』と……もう、心は強く動いてしまったのだ。

いや……ずっと前から、達也と別れたときから助走はしていたかもしれない。

 

「葉月……ごめんな」

「いいのよ……隼人さんだって男だもの。

動きたいときに……私だって思いっきり動かしてあげたいもの」

葉月の瞳がそっと澄んで、輝いた。

その瞳は優美に煌めく……隼人を信じてくれている『女性の瞳』だったので驚いた。

 

「葉月──愛しているよ」

隼人は、葉月の背中からそっと両腕で抱きすくめた。

「なに? 急に?」

そんな言葉は滅多に口にしない彼が、神妙に呟いたせいか……

葉月は、すこし驚きながら……でも、おどけて誤魔化そうと照れ笑いをしただけ……。

だけど……隼人は真剣だった。

抱きすくめたまま、濡れた横髪が沿う葉月の頬に、そっと自分の頬をうずめた。

「偉そうな『次元』について……語ったけど、『女』として譲る気はこれっぽっちもない」

「解っているわよ?」

葉月は、首に巻き付く隼人の腕をそっと柔らかく撫でながらも

いつもの平淡な表口調でで『当たり前』と平然とした顔で、隼人の耳元で呟いただけ。

そんな彼女の首筋に頬を埋めていた隼人はそっと顔を上げて……

葉月の濡れた横髪を指でのけて……唇を近づけた。

「……ん……」

いつもより強く吸い付いたせいか? 葉月がそんな声を漏らした。

「んん……」

首は隼人の逞しい腕でがっちり固められているから……

葉月はすこし振り向いた無理な姿勢で顔を上げさせられて、

それでも……隼人がずっと唇を離さないから、そんな息苦しそうな声をそっと洩らし続ける。

 

本当は……隼人だって『不安』なのだ。

でも……自信もある。

その『自信』

今ここで表現しているだけ。

男としての自己顕示欲。

隼人の手はそのまま葉月の肩からそっと……ウエストで結んでいるバスローブのヒモに行く。

そのまま、緩く絡まっていたタオル地のヒモを解くと……

ハラリと、バスローブが葉月の胸から足へとかけて左右に開いた。

 

「イヤ……こんな所で……灯りついているのに」

背中から抱きすくめられたまま、葉月がそっと身体をよじった。

前はすっかり白くてしっとりとした肌が露わになっているからだ。

かろうじて……ダークブラウン色のショーツは身につけていたようだが……。

テラスの窓には背を向けている形で隼人がすっかり葉月の身体を隠してはいるのだが……。

「灯りを消せばいい」

隼人はそっと開いたバスローブを両手で閉じて……

そのまま葉月の背を押すようにしてリビングに連れ戻した。

ダイニングテーブルにあるリモコンを手にして、リビングの灯りを消せば

テラスには電灯はないから、急に辺りが暗くなる。

「でも──」

「これでいいだろう?」

隼人は、強引に葉月の身体を抱き上げて、ダイニングテーブルの上に座らせた。

「……ど、どうしたの?」

「別に?」

座らせるなり、一度閉じたバスローブを葉月の肩から、そっと滑らせて降ろした。

「……」

葉月がジッと同じ目線にいる隼人を見つめていた。

青い夜灯りの中……白い彫刻のような裸婦がそこに優美に座っているような光景。

「綺麗だね……夜灯りの中の葉月は」

そっと白い乳房に触れても、葉月は灯りを消すと、妙に従順だった。

何も言わないし、何も抵抗もしない。

そのまま……隼人の手が赴く行く先を眺めているだけだった。

隼人自身も、そっと息が熱く上がってきているのが解る。

彼女の茶色い瞳は、夜灯りの中でも本当にガラス玉のように輝いて

ジッと隼人を見つめて離さないのだ。

「……何を考えているの?」

そんな言葉が、疑うことを知らない子供のように隼人に尋ねる。

「何も考えなくてもいいんじゃないの?」

隼人は真顔で呟いた。

さっと眼鏡を取り払ってテーブルに置くと、葉月がそっと瞳を閉じた。

濡れた髪が、少しずついつもの艶を戻し始めて乾き始めている。

その頬に沿う短い髪を、隼人は両手で包んでそっと葉月と額を合わせて見つめ合う。

「訓練データー……落とさなくていいの?」

「そんな事より……こっちが大事」

そのまま、そっと首を傾げてお互いに唇を合わせた。

 

テラステーブルのノートパソコンのディスプレイだけがぼんやりと光っているだけ。

その向こうの暗闇の中。

テーブルに置いた等身大の栗毛で白い肌のウサギを

隼人は、いつも以上に、しゃにむに求めてしまったようだった──。

 

 

そして、彼女の身体に刻印を──。

自分が決めてしまった事だけど……何を決めても

誰にも譲れないから……それを伝えたくて……。