46.二世隊員

 

 「おはようございます。中佐」

マリアは元気いっぱいで、ランバートメンテ本部に入った。

「……おはよう?」

昨日できたばかりの席に着くと、隼人が不思議そうな視線で

マリアを見下ろしたのだ。

「……何か?」

マリアがニッコリ微笑みかけると……

「……いや? 今日は髪を下ろしているね?」

「え? ああ、はい。時々ですがまとめない日もありますわよ?」

「そう。いつもと雰囲気が違うね? 長い髪の女性は魅力的でいい」

「……」

隼人の優しい笑顔にマリアは変に頬を染めてしまった。

こういう所が、隼人は『優雅』だとマリアは思うのだ。

女性に対して厳しい面もあるが、ソフトな時はとことんソフトなのだ。

こうして日々のさり気ない変化を見過ごす事なく掴んで、

そして……女性の心をくすぐるような感じをこの前から感じている。

達也は情熱的な男だけど……この兄様はとても穏やかでゆったりしている。

なにか包まれるように。

「ええと……あの昨夜はご迷惑おかけしました」

マリアが一言詫びると、今度は急に隼人はニヤリと笑うのだ。

「あの後……『上手く行った』?」

マリアはまた頬を染める。

達也との仲直りの熱い口づけをこの中佐にもみられてしまった事を思い出し……

その後に、何があったと言う事もマリアの雰囲気で見抜かれているようだった。

「……関係ないではありませんか?」

こう言うところは年上の敵わない兄様といった感じで

『意地悪』だとマリアは思う。

すると、隼人は今度はまたニコリと優しい笑顔をみせるのだ。

「いや……なんだか髪だけじゃなくて、そんな女性の色香を感じたから」

「……」

やっぱり達也より『大人だな』と、マリアはちょっとだけボゥとなりかける。

だけど、それを確信したかのようなサワムラ中佐の笑顔はすぐに消えてしまった。

ノートパソコンを開いて、溜息なんかついている。

「──?」

眼鏡をかけた横顔が、少しだけ寂しそうな顔に見えなくもない?

「あの……ハヅキは……?」

彼女と何かあったのだろうか? と思ってつい聞いてみてしまった。

「ああ。またフォスター隊長にしごかれたみたいで、

俺が出かけるときはまた一寝入りしていたみたいだよ。

昼までには出て来るんじゃないかな? 優雅なもんだ」

呆れたように呟いて、キーボードを軽やかな手つきでパチパチと打ち始めた。

すると……

「……フフ、後で驚かないように」

急に何か勝ち誇ったように隼人が笑った。

「なんですの? それは……」

「……君は大佐を動かした一番の原因かもしれないね?」

「……また、謎解きですか?」

「謎解き?」

「いえ、こちらの事です」

マリアはなんでも上手の隼人に敵わないのがちょっと悔しくてツンとそっぽを向いた。

「そういう所、ちょっと似ているな。お嬢的性質なのかな?」

「……」

隼人が頬杖をして、マリアに眼鏡の穏やかな笑顔を向けてくる。

誰に似ているかって──?

それが葉月の事だと解っていて、サラッと聞こえない振りをしてみた。

マリアを目の前に誉めてくれても、彼の目の前はどうやら葉月一色。

それも目に入れても痛くもないってくらいの溺愛振りといった感じで

このところ、マリアは隼人の小さな仕草や表情から感じ取れる様になっていた。

この『溺愛』が、達也の情熱とは違うし、今の達也以上に熱烈のようだ。

こんな穏やかで静かな落ち着きある彼が、内に秘めている熱愛。

マリアは自分が愛されているワケでもないのに

なんだかそんな男性の愛が見えそうで見えないから

変に覗いてみたいという好奇心でドキドキした感触を感じていた。

別に隼人を好きになった訳でなく……

達也の『フェロモン』はみるからにバッと外に滲み出ているが

隼人の『フェロモン』はそよそよと内からゆっくり滲み出ていて

女性をふんわり撫でるかのよう……。

(対照的っていうのかしら?)

一度、それに気が付いたら女性の方が中毒になるんじゃないかと……。

年頃の女として、そういう男性にちょっと興味が湧いたのだ。

 

 

「サワムラ君……お客さん」

「サンキュー」

ドナルドの隣席の先輩が、隼人に声をかけてきた。

マリアも気になって、席を離れた隼人を目で追うと……

入り口には……『フォスター隊長』

 

(達也……早速、相談したのかしら?)

そんな直感が走った──。

 

「隊長、今朝もご苦労様でした」

「ああ、今朝もリリィがお世話になって……」

隊長が葉月とフェニックス通りの将軍宅へランニングで戻ってくると

また、亮介に登貴子が待ちかまえていたようにリリィを招き入れたのだ。

そこでジュースやらお菓子を持たせてまた送り出した。

これはどうやら暫く続きそうで、リリィもすっかり葉月の両親になついてしまっていた。

「でも将軍とドクターはすごく楽しみになったみたいでしたよ?

葉月がランニングから戻ってくる間も、今日は何をあげようかって

二人でそわそわ……。まるで孫でもやってくるかのように──!」

隼人はその時の亮介と登貴子の落ち着きなさを思い出して思わず笑ってしまった。

だが……目の前の隊長は妙な表情を刻んでいた。

「隊長? どうかしましたか?」

「なぁ……サワムラ君。ウンノと何か話し合ったのか?」

「え? いいえ? 実は彼女がアシスタントになるならないでバタバタしていたので

達也に声をかける間がなくて……いえ、落ちついたので今日からでも」

すると、クリスは怪訝そうに眉をひそめた。

「……だったら、何があったんだろうな?」

「はい?」

「あいつ……今朝、いきなり……『もし、俺が転属したいと言ったら、隊長はどうする?』

なんて……聞いてきたんだぜ?」

「──!!」

隼人は驚いて、思わず自分の席側にいるマリアに振り返る。

彼女もこちらの様子が気になるのか、そっと伺っているようで

隼人と視線が合った。

合ったが……、マリアから視線をフッと外された。

 

(どう言うことだよ!?)

 

隼人はてっきり……昨夜、ウンノ夫妻は仲直りをして、

今まで通り、二人でつつがなく暮らしていく事になるだろうと思っていただけに。

いや──マリアが引き留めなかった事の方が驚きだ。

しかも、マリアと話し合った途端に、達也の心が動き始めただなんて!?

 

(彼女……まさか……)

 

達也に小笠原に行くように勧めたのだろうか──?

だとしたら……

『たいしたモンだ!』と、隼人は絶句する。

 

「それから、サワムラ君? ウンノは『もし? 隊長が断ったら自分が立候補しても

上は聞き入れてくれるか?』なんて……そこまで言うんだ?」

「本当ですか……!?」

隼人はそれ以上は、なんとも言えなくなった。

マリアは送り出すつもりなのか?

ついてくるつもりなのか? 仕事はどうする?

……等々が、サッと頭を過ぎってどれとも判断が付きかねたのである。

それは隊長も一緒で、それで彼も困惑して隼人の元に来たのだろう……。

確かに、達也の引き抜きと隊長の転属との入れ替えは望んでいたことだ。

こういっては何だが、その時はマリアと達也はスッパリ離婚後……と、

隼人もクリス=フォスターも、そういう念頭で決めていたのだ。

今となっては……。

隼人はもう一度、自分の席へと振り返った。

マリアは、ノートパソコンを開いて朝の準備をしているだけで、こちらはもう気にしていないようだ。

彼女のしなやかな長い髪が煌めいている後ろ姿だけ。

 

「解りました。いえ……思うところはあるのですが、暫く時間を頂けませんか?

いくつか確かめたいことがあるので……」

隼人も当惑したまま、フォスター隊長にこういう風にしか今は返事が出来なかった。

隊長は『わかったよ。俺も様子見とする』と言って、去っていった。

 

隼人は戸惑いながら……でも、マリアに『動揺』を悟られないよう席に戻った。

 

「どうかされましたか? そろそろ空母艦搭乗の連絡船が出ますけど?」

マリアはただニッコリ、隼人に微笑みかけるだけ。

その微笑みには、曇った所など一つもない……。

朝日にキラキラと輝くいつも以上の彼女の姿だった。

 

「ああ、そうだな……」

隼人は戸惑いの笑みで支度を始めた。

 

 

 「澤村です。キャプテン、宜しくお願いいたします」

 空母艦へと、マリアと一緒に搭乗。

訓練前とあり、既に甲板にはメンテナンスチームが

戦闘機発進前の準備へと慌ただしく集合をしているところだった。

隼人は、キャプテンを見つけて見学をさせてもらう挨拶をする。

 

「こちらこそ……。宜しく、サワムラ中佐……。

いや──しかし、うちのチームを見学するなんて、なんだか緊張するね」

キャプテンはそう言って、甲板で各戦闘機を取り囲むチームメイトに振り返る。

そして……ちょっと言いにくそうに隼人に尋ねてきた。

「……『引き抜き』にこられているとの話も聞きますが……」

キャプテンがそう聞くと言う事は、やはりフロリダメンテ一帯で

『気になる話題』になっているという事を隼人は感じた。

「いえ……『とりあえず』見学という所です」

「あちこちのチームを見学されているようですね?」

キャプテンは、隼人の曖昧な受け答えにも引かなかった。

「……訓練後、お話させていただけますか?」

「そうですか……」

見定めた隊員への『打診』にはキャプテンとの対話は必要だった。

隼人がにこやかに、ただそう言うとキャプテンも『訓練後に解る』と思ったらしく

やっと甲板へと走っていった。

 

「ふぅ──」

隼人が一息つくと、横に控えていたマリアも一緒にため息をついていた。

「中佐? そろそろ、隊員自身に打診をしませんと……

各キャプテンから、話が漏れていきそうな所ですね?」

まるで葉月にそう言われているようで、隼人はちょっとおののいたりして。

「そ、そうだね……。俺もあと一週間ばかりしかいられないし」

「あ! お目当ての『彼女』が出てきましたわよ!」

 

マリアが甲板に集合するメンテ員達を見て、指さした。

「あの金髪の女の子? かな??」

ショートカットでキャップをかぶっているので、外見は女性に見えにくかった。

だが、体つきが周りの男性より華奢で、そして……小柄だったから『女性』と解っただけ。

「そう、トリシア=マクガイヤー」

マリアがニヤリと微笑んだ。

隼人はマリアが挙げた候補員を見学するために、

新たに作ったチェック表のバインダーを広げる。

 

「なんだか良く解らないけど……大佐嬢が、『よく見ておいて欲しい』なんて言っていたな?」

隼人は、なんの為にそんな事を言いだしたか良く解らないから

溜息混じりにチェック表に訓練日と訓練開始時の時間を書き込んで記録を取っていると……

「まぁ……。ハヅキらしいわね? ハヅキは気が付いているようね?

それで? ハヅキはそれ以上は中佐には何も教えなかったのですか?」

マリアが感心したように、微笑んだのだ。

「え? どういう事? なんだか気になるみたいで『後輩か?』と聞いたら

『まぁね』と……いつものはぐらかすような変な反応で……」

すると……マリアは解っているかのようにクスクス笑いだしたのだ。

「さすが、ハヅキね? 『私達』の事、良く解っているみたい」

「……なに? いったい??」

隼人が首を傾げても、マリアはまだ楽しそうに笑っているだけ。

「中佐? とにかくトリシアをよくご覧になってあげて下さい」

「……」

女同士で通じているならと、隼人も二人の魂胆を黙って受け入れなくてはいけないようだった。

「まったく……俺もしょうもない男みたいだな」

女二人に手込めにされ、動かされているようで思わず日本語で隼人がぼやくと……

「なにか、おっしゃいましたか?」

マリアが隼人の雰囲気を感じ取って、変に怖い目で隼人のぼやきに突っ込んできた。

「いえ? 別に──」

なんとも手強いアシスタントだなんて、言いそうになって……

ただ、苦笑いで隼人はかわしておいた。

 

訓練が始まった!

 

フライトチームのパイロット達が次々と戦闘機へと乗り込む。

カタパルトへの機体備え付けの為にメンテ員達が動き出す。

 

さて? 問題の『トリシア』は?

 

隼人は小さな身体の女の子を目印に目で追う。

 

「うん……小さな身体で一生懸命動いている」

大きな先輩達に踏みつぶされないように、俊敏に動いている彼女が

とても好感的だった。

勿論、男先輩達に比べると動きは遅いほうだ。

訓練中だとそれがかえって、浮き彫りになるほど遅く見える。

 

「そうですか? こうして見ていますと……トリッシュは、遅く動いているように見えますわ」

自分で推薦したマリアから、そんな思わぬ『批判』が

硬い表情から出たので、隼人は驚いてマリアに振り返った。

「それは当然だろ? 男と比べるなんて最初から間違っている」

隼人が怒ったようにマリアに言い返すと、途端にマリアはニッコリ。

「良かったわ。中佐がちゃんとそういう所で女性を捉えていて下さっていて……」

「……なんだよ? 俺を試したな!?」

女性はハンディがあって当たり前。

それを隼人がちゃんと解っているか試したのだと解って隼人は驚いた。

『手強いアシスタントだ』

また言いそうになって、隼人は堪えた。

だが……

(葉月が側にいたら、同じ事を言われたかもしれないなぁ?)

そんな気にさえなってきた。

さて──

いよいよ、戦闘機が離艦する。

「彼女……まだまだだけど……」

隼人はチェック表に『トリシア』の評価を書き込む。

隼人のチェック表をマリアが覗き込む。

「あら──女性として見ていながらも、手厳しいですわね? 中佐ったら」

「……彼女、まだ入隊して二年ぐらいかな? まだ、これからだね」

「そうですわね? 昨年までは、慣れなくて泣くことも沢山あったみたいですわ」

「親しいんだ」

「ええ、まぁ……講義で出逢いまして」

マリアが答える。

隼人は、それでも『これから』という事に興味が湧いた。

もし? になるが……隼人の元に引き抜けば、隼人が女性メンテナンサーを育てる事になる。

隼人は、チェック表にA〜Eの評価を書き綴る。

Aはない。 ほとんどCDEの評価だ。

「男性に、虐められた事も?」

「チーム内では、かえって女性と言う事で大切にされているみたいですわ。

外の同業者からのからかいは……それはサワムラ中佐もご想像がつきませんか?

私以上に、上官であるミゾノ大佐が一番……そういう経験はされていると思いますが……

ごく一般的な『女性の苦悩』は、私達女性隊員にはあたりまえの事です」

マリアがツンと言い放った。

そこは『男性敵視』をしているのも女性隊員達の『共通点』のようで

葉月と同じ様な感覚らしい。

「手強いアシスタントだな」

隼人は今度は可笑しくて笑っていた。

「あら? それで……中佐はまだお気づきにならないのですか?」

「なにが?」

「彼女がチーム内で大切に『育成』されているには、まだ訳がもう一つありますのよ?」

「……なに?」

隼人は眉をひそめて、マリアを見下ろした。

じれったくてイライラしてくる。

「実は……私。中佐に『トリシア自身』をきちんと見ていただきたくて……

『プロフィール』から、『ある事』を一つだけ削除させていただきました」

マリアが勝ち誇ったように、隼人に笑いかけてきた。

「な、なんだよ? それ!?」

マリアがフフ……と、またもや楽しそうに笑いを堪えている。

「ハヅキは気が付いていたのは、さすがです……」

「だから──!?」

「中佐がご存じの……『マクガイヤーさん』はいらっしゃいますか?」

「え──!?」

隼人はそういわれて……知っている『マクガイヤー』をサッと考えた。

一番に浮かぶ『マクガイヤー』がいる!!

「彼女……『娘』なんです」

「ええ!?」

隼人は驚いて、もう一度甲板で一生懸命駆け回る小さな女の子に目線を向ける!!

「あの子が!? 俺が知っている『マクガイヤー』って……

小笠原第二中隊の中隊長の『大佐』だけど……な!?」

「小笠原第二中隊、中隊長のマクガイヤー大佐のお嬢様ですのよ?

お父様は現役を退いて、今は空部を多く構成している小笠原第二中隊の隊長さん。

お父様は現役時は『パイロット』でしたが、お嬢様は『メンテナンス』の道を選んだ様ですわ?

尊敬している男性は……当然『パパ』。

小さな頃の夢は『パパの飛行機を飛ばすこと』──いかがですか?」

マリアがニッコリ笑顔で、プロフィールにない『小話』まで付け加えてくれる。

隼人は唖然として……甲板を必死に走っている男の子の様な彼女に釘付けになった。

そして……マリアは続ける。

「ハヅキは、マクガイヤー大佐のお嬢様と気が付いていながら、ワザと言わなかったと思います。

きっと、トリシア自身をありのまま中佐に見届けて欲しかったんだと思いますわ?

そこで、『二世隊員だ』という『目くらまし無し』に……。

それは三世隊員である彼女も、二世隊員である私もトリッシュも同じですから……」

『葉月と通じている』

それが解ったためか、マリアは嬉しそうに穏やかに微笑んでいた。

「……」

隼人は暫く、華奢な身体で動き回るトリシアを見つめる。

 

『トリッシュ! そっちじゃない! あっちを手伝ってくれ!!』

『ラ、ラジャー! キャプテン』

まだ、もたついているが彼女は一生懸命だ。

 

「俺と同じ夢に、『A』とつけたいところだね」

隼人は小さく微笑みながら、彼女の採点表の余白に『A』と記してみる。

「同じ夢?ですか──?」

マリアが不思議そうに首を傾げた。

「俺も、俺の手で飛ばしたいパイロットがいるから……メンテチームを作ることにした」

「……ハヅキですか?」

マリアには、解ってしまったようだが……隼人はそこは何も言わずにひっそり微笑んでおいただけ。

「残念ながら、トリッシュの夢はお父様の現役引退と小笠原転属で叶わなくなりましたけど……」

マリアはフッと残念そうにため息をついた。

「プロフィールで大佐のお嬢様である事を隠していたのも……

トリシアが小笠原に……お父様の近くで働きたいという気持ちを中佐に悟られると

『小笠原転属にはもってこい』と安直に考えて欲しくなかったからです。

そして『二世隊員』という肩書きに対しても同様です」

「なるほど……。そこ、厳しいな」

『公平な観察』をする為にワザとプロフィールを削除したマリアの考慮に、隼人は本気で感心。

そして……葉月も同じように思って、敢えて多くは隼人に情報を言い渡さなかった事も。

『女性』、『二世隊員』

その肩書きでなく、女性の身で自身だけで『頑張っている』

それを『見て欲しい』という女性達の願いが隼人にヒシヒシと伝わってきた。

 

「それで? ブラウン大尉? 俺に推薦した理由は?」

隼人はバインダーに意味もなく、コメント欄に線を引いて紛らわしながら問いかける。

「……勿論、女性がいるフライトチーム、そのサポートをするメンテチームのキャプテンが

その女性パイロットの補佐官だという事です。

中佐なら……女性を上手にお育てになるかと思って……」

「買いかぶりだな」

「ご謙遜を……。楽しみにしておりますわよ」

マリアは隼人が『引き抜きをする』と確信しているかのように、自信満々に微笑んでくる。

「トリッシュも小笠原に転属となれば、動きやすい条件は整っています。

それにお父様にも活躍する場を見ていただけますし……」

「俺を試すのか?」

「ふふ……どうでしょうか?

それに中佐のこと……『大佐のお嬢様』ときて、大切にしすぎることはなさそうですしね?」

「言ってくれるなぁ? 俺、そんなに厳しいかよ?」

「上手に厳しいと言っているのです」

マリアの毅然とした声と笑顔。

「本当に手強いアシスタントだ」

「お褒めの言葉と受け取っておきますわ」

「君をアシスタントにして、正解だったな」

隼人の言葉に、マリアは輝く笑顔をこぼした。

隼人は思った。

こういう女性が小笠原の本部で葉月の元でアシスタントをしてくれたら……。

もう少しで、そう言いそうになったが……

だが、それはマリアが思うところの『望む形』ではないような気がした。

 

彼女は昨夜……どのような決心を付けたのだろう?

 

隼人は、まだ聞けずにいた。

そして、マリアも打ち明けてくれる気配はありそうにない……。

 

 

 その日は、隼人はマリアを伴って、3つの訓練見学をはしごした。

陸に帰ってきたのは、昼もだいぶ過ぎて午後のティータイムの時間が近かった。

「さて……遅くなったけどランチでもしようか?」

「そうですね……私、ぺこぺこです」

マリアは慣れない空母艦の搭乗に少し疲れたようだが……

根気強く、推薦した隊員の特長を隼人に説明をして、頑張ってくれていた。

「デザート付きで、俺のおごり。どう? 元気出る?」

廊下を歩く隼人がそういうと、マリアが驚いたよう……。

「本当ですか? 嬉しい!」

なんなく受けて喜んでくれると、隼人も嬉しい。

「私、中佐のそういう所、素敵だと思いますわ」

「おやおや? 女性は甘い物には目がないと思っているだけさ?

それに、そういう基準で男を選ぶと『失敗』するよ」

「まぁ……知った風に……。そういう所、意地悪ですわね」

マリアが恨めしそうに隼人に目を細めてむくれたのだ。

隼人も可笑しくて笑い出す。

「いや……それは冗談で……。思わぬ収穫があったお礼さ」

「……」

マリアが頬を染めて、隼人を見上げる。

「お役に立てたのなら……私がかけた『迷惑』も半減されますから、お礼だなんて……」

「いや、本当に良かったよ」

(特に……トリシア=マクガイヤー……)

隼人は半分、心に決めていた。

『彼女を引き抜きたい』と……。

(俺もこの子に煽られたな)

隼人はフッと息を付いた。

『中佐なら……女性を上手にお育てになるかと思って……』

そこに変に興味と意欲が湧いたのだ。

隼人の上官は女性。

しかも年下の若い女性。

そういう隼人だからこそ……『サワムラのチームだからこう出来る』

その一つとしても良い気持ちになりかけていたのだ。

そして──女性パイロットがいるフライトチームのメンテにも女性がいる。

それも当たり前のチームでありたいと目標が出来た気になった。

 

二人は、いつもの大きなカフェで訓練見学後の評価を語りながら食事を終えた。

 

メンテ本部に戻ると……葉月が隼人の席に座ってなにやらのんびりしていた。

 

「お。朝寝坊さんがやっと来ていたか」

「あら? お帰りなさい。結構、時間かかったのね」

「大佐、お疲れ様です」

「大尉もご苦労様。如何でしたか?」

昨夜のことなど、お互いに匂わせない女性二人の挨拶を隼人は眺めていた。

「はい……少し疲れましたけど、お天気も良くて……。

目の前で、戦闘機離艦が眺められるのは最高でしたわ」

「そう」

葉月が席を立った。

「中佐。悪いけど、勝手に小笠原から来ているメールに返事を出して置いたわ」

「そうですか。助かります」

マリアも小笠原の二人を眺めながら、アシスタント席に座った。

明日のスケジュール調整をしようと思う。

「大佐、意地悪いな。トリシア=マクガイヤーが二中隊隊長のお嬢さんだって気が付いていたな?」

隼人が早速、葉月に情報無提供に関してぼやいていた。

「やっぱり……。マクガイヤー大佐が、いつだったかお嬢様がメンテ員になったと

仰っていたから……。ここで出逢えるとは思っていなかったわ?」

葉月はいつもの如く、シラっとしていた。

マリアには日本語で話している二人の会話の内容は解らないが……

『トリシア』と『マクガイヤー』という単語を拾えたので、その話だとは解った。

隼人は溜息をつきつつも……。

「俺が育てたいと言ったら……どうする?」

「……」

隼人の率直な伺いに、葉月は暫く黙っていたが……。

「中佐が作るチームよ? ご自由に……」

葉月はただ笑っただけで多くは言わない。

「本当に本気で引き抜くぞ」

「面白そうね? ロニーはなんて言うかしら?」

「そうか……ロベルトの中隊長の娘って事になるのか」

「そうじゃなくて……ロニーは気が付いていたかもしれないけど……?

敢えて、女性は省いた気がするの。同世代のハイレベルであなたのチームをサポートしたいのよ」

「……それは男だけの考えで」

「私は賛成よ。だけどね? 協力してくれているロニーにも一言言っておいた方がいいわ。

このチームにはロニーの『力』も入っているんだから」

「そうか……解った。メールで新たに加えた候補員を知らせて

俺の意向も告げておく」

隼人は少しだけ不満そうにして席に座った。

「ロニーなら……解ってくれるわ。でも、知らせずに引き抜くのは……」

「解ったよ」

そこも『元恋人同士』の疎通があるようで、隼人はちょっと不満げになっただけ。

だけど……ロベルトなら解ってくれるという事も隼人には確信できた。

心が競っていた。

新たな風が隼人の中に渦巻いていた。

 

早く……新しい仲間達と甲板を走りたい……。

 

「マリアさん……有り難う。とても良い隊員を中佐に推薦してくれたみたいで。

あなたの意向は私も良く解るわ?」

葉月は席でノートパソコンを眺めていたマリアに話しかけていた。

隼人もちょっと気になって目線を移す。

「いいえ? 大佐も、トリシアの事、ワザと中佐には『大佐のお嬢様』と言いませんでしたわね?」

「え? ……まぁ……」

葉月の考慮をマリアが見抜いていて、葉月は驚いたようだった。

「大佐は三世ですが、同じ二世隊員、そして女性としての考えが一緒で嬉しかったわ」

マリアのニッコリとした笑顔に、葉月が何故か頬を染めて恥ずかしそうに俯いてしまったのだ。

お姉さん的女性には弱い葉月の一面を見てしまって、隼人は可笑しくて笑いを堪える。

「あの……大佐って呼ぶのはやめてくれる?」

葉月が頬を染めたまま、ポツリと呟いた。

「え?」

マリアもちょっと面食らって椅子の上から葉月を見上げる。

「必要外は……葉月で結構よ。レイでもいいわ」

葉月はそう言うと、恥ずかしかったのかササッと隼人の側に戻ってきた。

「へぇ……良いじゃないか?」

隼人はそう言えた葉月にニコリと微笑んだ。

マリアは驚きのあまり、面食らったまま固まってはいたが……。

「あのね? ハヅキって漢字でどう書くのかしら? 教えて?」

マリアが優しく葉月に微笑みかける。

「えっと……」

葉月も隼人の手元にあるメモ用紙とペンをぎこちなく探し出す。

「これどうぞ?」

隼人がサッと差し出すと、葉月がそこに自分の名前を書き記す。

「漢字的な意味合いは、『リーフムーン』だけど……

日本語での意味は『八月』って意味なの……八月生れなの」

葉月は、はにかみながら美しい髪を煌めかせている大人の女性にサッとメモを差し出した。

「そうなの! 日本にも月名があるのね? じゃぁ……もうすぐバースディじゃない?」

「姉様は……五月生れだから『皐月』って言うの」

「そうなの? お揃いだったのね?」

「そう、お揃いだったの」

葉月が嬉しそうに微笑んでいた。

姉の話をして、こんな笑顔をみせる葉月も珍しく……

隼人はちょっと驚いて女性同士の交流に目を見張っていた。

女性同士じゃないとダメな部分もあるだろうと隼人は覚悟はしていたが

どうやら……マリアはそういう所を葉月から上手く引き出してくれそうだ。

横浜の実家にいる継母……美沙に対しても葉月はそういう兆しをみせていた。

そして……ロイの妻『美穂』にも……。

だが、この二人の日本女性は葉月からするとやや歳が上過ぎる。

それに対してマリアは葉月と一つ違い。

良い感覚を生みそうで、隼人はなんだか心が軽やかになる。

マリアがメモをみて、暫く黙っていた。

 

「でも、私はやっぱり『葉月』と呼ぶわ? あなたの本当の名前だもの」

「有り難う……」

そこに穏和で……しとやかな女性同士の空気が放たれていた。

隼人流に言うと『百合の園』と言いたくなる。

 

「ハァーイ? そこのレディ達!」

ドナルドがティータイムから帰ってきて、葉月とマリアを見て

変にはしゃいで割って入ってきた。

「今日のドニー兄さんのおやつはこちら! お好みはどっち!?」

ドナルドが手元に広げたのは、アヒルの形をしたクッキーとクマの形をしたクッキーだった。

「……」

二人の女性は戸惑ったように顔を見合わせた。

「葉月から選んだら?」

「え? いいのかしら?」

「じゃないと、私がベアを取っちゃうから」

「えー……。じゃぁ……私はベア!」

葉月がクマのクッキーを指さす。

「ふふ……では、私はドナルドお兄様からドナルド・ダックを頂くわ」

マリアが残ったアヒルのクッキーをそうして持ち上げた。

それを見ていた隼人は、『やっぱり、マリア嬢がお姉さんだな』と苦笑い。

「頂きます!」

「いいねー。女の子がいるって、嬉しい、嬉しい」

二人の女の子に喜ばれてドナルドも得意気そうだった。

マリアと葉月が並んでクッキーをかじっている光景もなんだか微笑ましい。

そこに『妹』が二人いるようで、隼人もなんだか可笑しくなって見守っていた。

 

「いいわね、葉月は……。皆が良いお兄様、先輩になってくれるみたいで」

マリアがポツリと呟く。

「そう? ドニーはたまたまだけど、中佐なんて意地悪よ?」

葉月はクマのクッキーをかじりながら眉間に皺を寄せた。

「なんだって?」

隼人がパソコンを打ちながら言い返してくる。

マリアも笑っていたが……

「きっとあなたがそうさせてしまうのね? 私なんて……工学科では……」

マリアは昨夜のことを思い出し、上司とのいさかいに溜息をついたようだ。

すると……葉月がクマのクッキーをくわえたまま『ニヤリ』と笑ったのを隼人は見逃さない。

「ふふ……マリアさん、これからじゃない? 工学科に帰ったら楽しいことが待っているかも?」

「なぁに? それ??」

マリアは怪訝そうにして、葉月の妙な微笑みに首を傾げていた。

 

マリアもそれなりに台風だったが……

隼人からすると葉月の台風はさらに『強烈』だ。

そのもっとも強い台風に流石のマリアも巻き込まれて行く様を思い浮かべて苦笑いを浮かべる。

 

マリアはまだ知らない……。

上司と先輩がとっくに葉月の大型台風に巻き込まれていることを……。