54.Dear

 

 『空の私』 『甲板の俺』

 そこには男も女もなく、一隊員も大佐もない。

 紛れもなく自分だけが持つ力のみが動く世界。

 

葉月がそれで『対等に一緒にやろう』とエディに投げかけ

二人のピン……と張りつめた眼差しは暫く何かをお互いに確かめ合うように

緊迫して見つめ合っていた。

 

暫くして……。

 

「キャプテン──」

エディはその眼差しのまま……葉月の視線を離さず見据えて呟いた。

「なんだ、エディ?」

 

「すいません。俺、日本に行きます」

エディはそれだけ言うと、サッと席を立ち上がった。

 

「!!」

隼人とキャプテンが驚き、立ち上がったエディを見上げる。

 

「じゃぁ……急いでいるので」

エディは急にピンとした隊員になり、葉月と隼人に向かってそれぞれに敬礼をする。

 

「待って! エディ……」

「なんだよ」

葉月は立ち去るエディを席から立ち上がって呼び止める。

 

「この中佐の整備と考え方は……あなたにそっくりよ。本当よ──」

「ふーん」

エディがジッと隼人を見つめた。

隼人も真剣に見つめ返す。

「宜しくね……エディ。有り難う──」

すると『甲板の男の顔』をしていた彼の表情が

急にあの少年のように崩れた。

「ハハ……。『奇跡』はとっくに起きていたんだ。俺の負け」

「エディ……これから『仲間』ね!」

「……うん、レイ。噂の腕前……楽しみにしているよ」

エディはとたんにあのとぼけた顔で微笑んで、ミーティング室を出ていった。

 

葉月は隼人に向けてグッドサインを出した。

「まったく……ああいう一筋縄に行かない『変わり者』は

お前の『勘的攻撃』が一番だってよーく解ったよ」

自分では落とせなかった所を、葉月が一発で落としたので

隼人は少しばかり悔しそうだった。

「ふふ……。そんな風に鍛えてくれたのは実はずれている側近のお陰だったりして」

「なんだって?」

腕を組んでいる隼人から一睨み飛んできたが、葉月はクスリと笑いをこぼす。

 

「ええっと……いったい??」

ウィグバード中佐の何が起きたか解らない茫然とした顔が二人に向けられた。

葉月と隼人は苦笑いをして……今後のエディの本格的転属に向けての話を始める。

 

「仲間か──いいね、そういう感覚での新しいチームか」

最後に隼人はとても満足そうだった。

 

 

「ええ!? エディ=キャンベラがOKしたのですか!?」

昼休みに帰ってきてみると、隼人がいないので

マリアは相当落ち込んで待っていた様子だった。

ところがそれが葉月と供に面談に行っていた事に安堵した物の、

葉月が持ち込んできたちょっとした『偶然』で

上手くまとまってしまった事をマリアは隼人の報告で、驚いている所だった。

 

「なんていうのかな? 葉月はああいう人の捉え方は天下一品だな」

『変わり者はお前の勘的攻撃が一番』なんて隼人はからかったが

本当のところは変わり者であろうがプライドの高い人間であろうが……

ああやってスッと動かす事が出来る『見えない力』を葉月は持っていると

改めて噛みしめていたのだ。

「葉月らしいですねわ」

マリアも『上司とブルース』をやりこめた葉月を思い出したのか

妙に納得したようで微笑んでいた。

「さて……クーパーの次だったな」

隼人はランチでのいさかいがまだ抜けきっていなくて

マリアの目をまだ真っ直ぐに見ることが出来ない。

「……」

マリアも同じ様でスッと背を向けて自分の席にあるパソコンに向き合ってしまった。

隼人も気まずい気持ちで、葉月が言っていた『ファーマー隊員』のファイルを取り出す。

(結局──葉月の状況に合わせた人を見る先見力がまだ上か)

隼人は認めていながらも、葉月の『勘』を頼っている自分を

どこか情けなく思いつつ、だが……それを信じているから逆らえず。

葉月が次にと言い放った隊員のファイルを覗いた。

新婚だった。

葉月が言いたいのは『今なら動かせる』なのだろうか?

見学したときの採点表を再確認する。

隼人から見た目での採点だったが、隼人とはタイプが違うが悪くもない。

うんと上でもないが隼人より下でもない。

そういう所で『一緒に頑張ったら?』と葉月が言っているのだろう……。

 

こうしてファイルを見ていても、いつものような『没頭感』が得られなかった。

 

「マリア……」

隼人はそっと彼女の方を向いて呟いた。

「──!? はい?」

「これからそう呼ぶ」

将軍のお嬢さん故、『Miss』をつけて『マリア嬢』と呼んでいたのだが。

その隼人がいきなり『マリア』と呼んだので彼女は驚いたらしい。

 

「君に任せるよ」

「え? な、何をですか?」

「葉月のこと」

「──!!」

マリアが自分の席で固まった。

「ただし、俺は俺の考えも譲らないよ。だけど、君がそういうならやってみたらいい。

俺は後ろから見てフォローするから……」

「中佐──!」

「葉月にパーティを了解させる事。買い物に誘う事。

これは君が葉月と一対一で決めてくれ。

俺は達也と一緒。あいつがOKを言ったら、買い物でも御園家への了解も

それから協力するから──」

「……有り難うございます……。ご迷惑はかけませんから……」

マリアがしおらしく俯く。

「でも、中佐が仰ることも正しいと思います。

葉月は頭の良い子だから、理論では充分解っていると……。

何が正しいか正解も知っているけど……人によって正解に向かうスピードだって違うし

それに……動けないことだってありますものね」

「……うん、まぁ。解ってくれたらいいんだ」

隼人はこうなってみて、あんなに年下の女の子に

感情的にムキになった自分を恥ずかしく感じてきた。

ちょっと照れて黒髪をかく。

「でも、嬉しいですわ。冷静な中佐でもあんなに怒るなんて。人間味があって──。

本当に葉月を愛しているんですね」

「……いや、その」

珍しく隼人がはにかんでいるので、マリアがニコリと優しく微笑んでいる。

「それに──。一緒に一生懸命になれる仲間がいるって……初めて思いました」

「うん、それは俺もね」

「見ててください! 絶対に、喜んでもらえる形で実現しますから!」

いつもの彼女に輝き出す。

なんだかマリアからは『可能性』を感じるから不思議だと隼人は思った。

「……葉月と君を信じる事にしたんだ」

「……でも、葉月に対して無茶はしませんから、安心して下さい」

「うん。期待しているよ」

マリアは輝く笑顔をこぼして、業務の姿勢に戻った。

「ところで? 葉月は?」

マリアがふと尋ねてくる。

先程まで、エディと面談していたはずなのにここにはいなかった。

「ああ、あの後すぐに達也の所に行くって……」

「転属の事ですか?」

「うん、隊長と交えて先を進めるってさ」

「そうですか」

マリアはホッとしたように微笑んでいた。

彼女は強い。

側にいて欲しかっただろう夫の為に、サッと身を退いて

自分は新しい夢を見つけて、すぐに前進が出来る。

隼人はそんなマリアが少し羨ましくなった──。

 

 

「ハロー」

 

そこにおかっぱ頭の栗毛の女性が手を振って気楽な挨拶。

 

「うっわ! やっと来たな!!」

大佐の上着を羽織った栗毛の女性をみつけて、

一番に飛び上がったのは黒人の『サム』

「皆さん、ご機嫌いかが? その節は色々と有り難う」

『お嬢さん!』

マルセイユ岬基地の任務で供に闘った彼等一同が、葉月の出現にワッと湧いた。

「怪我はもういいのかよ!」

大きな黒人のサムが太い腕で、ガバッと葉月に抱きついてきて

「ひゃっ!」と葉月は身をすくめた。

だが、サムはまるで大切な小さな人形をやっと見つけたかのように

感極まって抱きついただけ。

それでも葉月がちょっと狼狽えていると……

「こら、何しているんだ? いい加減にしろ。彼女は『今は』れっきとした女性だぞ」

フォスター隊長が、じろりと睨みながらサムの襟首を持ち上げた。

「よ、よろしいのよ。隊長……」

葉月は頬を引きつらせつつ……サムの行為をニコリと受け取ろうとした。

「サムには一番、心配かけてしまったし。達也に聞いたわ?

献血をいっぱい、一番にしてくれたって……有り難う」

サムが照れて短い黒髪をかいている。

 

「よかったー。髪も伸びているねー。あの時の大佐とは別人だ」

「もう、怪我は宜しいのですか?」

クリフにテリー、ジェイと言ったメンバー達が次々と葉月を取り囲んだ。

皆にその節のお礼を一言ずつ伝えながら、葉月は小さな班室を見渡す。

いた!

なんだか一人、しらけたように腕を組んでいる黒髪の男。

「達也」

まだ訓練着のままでいる達也と目が合う。

皆に囲まれている葉月に達也はフンとそっぽを向けた。

 

「なーんだ、同期生に会いに来たって訳か……」

サムが『やっぱりね』とむくれた。

「隊長──。海野を少しお借りしても宜しい?」

「あ、ああ……。どうぞ?」

「達也……」

葉月がもう一度声をかけると、気だるそうに達也が席を立った。

 

「なんだよ」

「ちょっと、話があるの──」

「……」

二人はそっと班室を出た。

 

体育館まで続く、陸部棟の芝道へと達也と葉月は歩き出す。

 

「有り難うね……。決心をしてくれて──」

「ああ……うん……」

昼下がりのそよ風が、前をあるく葉月のうなじの毛を揺らしていた。

「……その……」

葉月がなにか言いたそうで、でも……言葉にならない様子。

「あのさ──。細かい事なんてどうでもいいじゃないか。

俺がそういうの嫌いだって知っているくせに……。

兄さんから色々と聞いたんだろう? 俺とマリアの事」

「うん……」

「なにか不都合でも?」

「ないけど──」

 

それでも葉月なりに達也とマリアを引き離す結果になった事を

達也が気にしないように何か言いたいのだと達也には解っていた。

 

「かえって……お前に礼を言いたいね」

達也は芝生の上にスッと無造作に座り込んだ。

「……お礼? また、いつもの台風が来たって言うかと思ったのに」

その達也の横に葉月も自然に座り込んだ。

「そりゃさ。いつも通りの台風だったけど……なんていうのかなぁ?」

「なぁに?」

頬を栗毛がくすぐっていた。

葉月の笑顔はいつになく穏やかで、達也は思わず見とれ……

そしてそんな彼女と目があったのでサッと逸らした。

「マ、マリアが言っていた。葉月が来なかったら……最悪の形で終わっていたってさ」

「……」

ちょっと照れくさそうにどもった達也の言葉を

葉月はいつもの涼しげな眼差しのまま、黙って聞いているだけ。

「お前が来なかったら……俺達もすれ違ったまま別れていただろうし……。

それに! マリアも新しい世界に出逢えなかったって……。

それから……昔の葉月に対する不信だって……」

「……そうね。いつまでも引っ込んでいたら、自分が怖いからと引っ込んでいたら……

『私が行って、触れたら、ああしたら──』……。

大好きな達也とも昔から尊敬していたマリアさんとも

色々良いことがあるのじゃないかと思ったの。私さえ……勇気を出せばね」

葉月が青空を仰いで見上げる。

本当に女学生のように短くなってしまった栗毛。

あの頃のような色香が少しなくなってしまったように思えたけど

あの頃のように何を考えているのか見当が付かない……ミステリアスな眼差しではなかった。

どこかピュアで、そしてクリアで……。

そして葉月は清々しい微笑を滲ませていた。

 

「怖かっただろう? お前の事だもんな──」

達也が膝を抱えてハッキリ言うと、葉月が『クス……』とこぼした。

「いつものお前なら周りなんて関係なく素っ気ない……そう言いたいのでしょう」

「わかっているじゃんかよー」

葉月がまた笑った。

「うん……怖かったわよ。そして……今までの自分がとても嫌だった」

「誰だって、そういう所あるもんだぜ?」

「私程じゃないでしょう?」

「周りから見て小さく見える事も重大に見えることも……。

本人にとっちゃ大事なんだよ……俺もあるしな」

「そうなんだ。安心しちゃった……」

「そういう所。お前、昔からバカだったもんな」

そう……仕事や将校としての立場となると葉月は誰にも負けないほど鋭く賢い。

だからそれを私生活でも……?と思うと大間違いなのだ。

『ええ!?』と思うような、まるで小中学生が悩むような事で

葉月はいったりきたり……。

しかも一人きりで──。誰にも漏らさない。

恋人で側近で、口喧嘩ばっかりの相棒・達也にさえも──。

『もしかして?』と、恐る恐る確かめると……本当にそうだったりする。

そうなるとどうしても『兄貴』にならざる得ない所も多々あった。

変な保護感を持たざる得ないのだ。

マリアが言う『溺愛』

これは女から言われないと、のめり込んでしまった男には確かに解らないかもしれない。

(やっぱ。マリアはすごい事──兄さんに突きつけたのかもな)

達也はそう思ってため息をついた。

そして『あれ?』と思った。

「俺、今……お前に向かって『バカ』って言ったんだぜ?」

すぐにムキになって言い返してくるはずのじゃじゃ馬が……

達也と同じように膝を抱えて俯いていた。

「おおーい。じゃじゃ馬さんー?」

達也は指でツンと葉月のつむじをつついてみる。

 

「……何年ぶり?」

「え?」

葉月の声が……膝に埋めた顔から……くぐもって聞こえる。

「こんな風に喧嘩になりそうに言葉を交わせたの……何年ぶり?」

「──!!」

葉月が泣いていると解って、達也は硬直した!

「えっと……ええっと……任務の空母艦以来」

「あんなの……私達構えて話していたもの。

その後、HCUでだって……あの時の話になったし……達也、黙って帰ろうとしていたし」

『確かに……』と、達也も思い出してため息をついた。

「……そんな泣くなよ! バカじゃないか!」

達也までもらい泣きしてはみっともない事になりそうで

いつもの口悪で叫んで……しかも、葉月の頭をひとはたきしていた、無意識に──!

葉月も勿論……グラリとよろめいた。

「ああ、もう! 言っておくけどなぁーっ、これから毎日、あんな風に戻るんだぞ!」

昔の仕事場風景を思い出す。

ジョイに山中に……小池が『ああ、うるさい! 二人ともいい加減にしろ!』と

毎日、何回、叫んでいた事か──。

ああいう毎日がまた来るんだと……葉月が泣いている。

達也もそう思うとまぶたが熱くなってきた。

 

「もう一度──やり直そう?」

顔を上げた葉月はあの凛々しくも涼しげな眼差しを達也にスッと向けてきた。

まつげに滴はまとっていたが、涙は出していなく……

葉月も込み上げる物を必死に堪えていた事が、今……解った──。

「……」

達也まで……声にならなくなる。

 

「ううん……やり直すって言うと、まるで失敗したみたいだから……」

葉月が独り言のように、一人で頭を振っている。

暫く、葉月は言葉を探していた。

「もう一度、同じスタートラインに立とう? 隼人さんもそう言っていた。

3人で、同じラインに立つんだって──」

「スタート……ライン」

達也はそっと呟く──。

そして葉月が見上げていた青空を見上げた。

葉月も横で一緒に見上げていた。

二人一緒に、同じ様な恰好、膝を抱えた姿で。

 

「空には境界線ってないんだよなー」

「良くそう言うわよね……。確かに? コックピットにいてもそう思うわ。

縦も横も上も下も……良く捉えていないと景色がないところでは間違えそうになるし。

空は『立体的』で三次元な空間だって感じるもの──」

久し振りに、パイロットらしい葉月の言葉が聞けて、達也は微笑んでいた。

「きっと……今までもこれからも……そんなカンジなんじゃなぁいかなぁ?

縦も横も上も下も……解らないんだ。それで、何か計器にして頼っても良く解らない──。

自分を信じて飛ぶしかないってかな〜」

「あら……? 達也にしてはちょっとデリケートな表現ね?」

上等の文字を書く達也は、右京に『芸術的』と誉められても

『どこが?』と、そんな感覚がまったくないので葉月は笑ったのだが──。

「何か言ったか? おい、このじゃじゃ馬? 俺は今、スッゲー、ナイスな事言ったと

格好良く締めくくりたかったのに!」

達也に後ろから詰め襟をガシッと掴みあげられた。

葉月は『うぇっ』と小さく呻く。

「何するのよ! 苦しいじゃないの!」

やっと怒り出した葉月に、達也はんべっと舌をちょろりと出して何喰わぬ顔。

「ま、よろしくな! 台風大佐殿」

達也にペッと襟首を払い落とされ、葉月は首を押さえて息を切らした。

「なにが台風よ! 達也なんか無鉄砲のくせに!

これからは、かばいきれない事は絶対にしないでよね!」

「いつ俺がお前にかばってもらったんだよ? お前をかばうために買った喧嘩なら覚えているが?」

「いつだれが喧嘩までして、かばってくれって言ったのよ!」

『なんだと? このクレイジーポニー』

『なによ! この無駄吠え犬!』

昔、言い合った言葉がそっくり一緒に出てきて、二人は額を付き合わせた。

のだが──

「無駄吠え犬……って! 久し振りに聞いたぜっ!」

達也が葉月を指さして豪快に笑い出した。

「……アハ……フフ……!」

葉月も……あの時がやっと手に戻ってきた様で微笑みが浮かんでくる。

すると──

達也の長い腕が、ガシッと葉月の肩を抱いてきた。

「……!」

達也の顔がすぐそこに……彼が頬でもつけてきそうなくらい顔まで寄せてきて

葉月はドッキリ……身を固めた。

 

「愛しているって──まだ、言えるんだ」

葉月はその達也の潤んだ声に、さらに身体が硬直した。

「でもさ……そうだな。英語で今までがLOVEだったら……

今は……『Dear』って所かな?」

達也が耳元で囁く──。

でも……それにときめきは湧かなかったし……達也の方もそんな感じではない事が伝わってきた。

「俺の敬愛する同期生……だもんな。俺の精神の半分だって……思い出させてくれよ?」

達也の長い腕に抱き寄せられて、葉月はこっくりと頷いた。

「それからさ……。俺の事は男としては気にしなくていいから」

「……」

「俺もマリアと一緒で、他にやりたいことがあるし……」

すると達也がニコリと微笑んで、握った拳をポンと葉月の頬に軽く打ち込んできた。

「兄さんを手放すなよ? 今度こそ──自分の手で掴むんだぜ?」

「達也……」

達也はフッと微笑んで俯いた。

葉月のピュアに輝き始めた瞳も……クリアに透き通る眼差しも。

全部──きっと隼人が葉月の手元に引き寄せた物なのだと。

今、目の前にいる葉月は……達也と痛々しいまでの恋の日々を重ねてきた女ではなかった。

それは……達也が知らない別の女。

だけど──同期生。

同期生が変化して俺を迎えに来て……そして、俺ともう一度始めたいと来てくれた。

それで……今は充分だと思うことが出来そうだった。

 

「ま。ちょっぴし火傷的なLOVEも可能性あり?

兄さんと葉月の間に隙が出来たら、割り込んじゃうかも〜」

達也が抱いている肩がちょっと固くなって警戒し始めた。

達也はなにやら硬直した表情の葉月を覗き込んでニヤニヤと笑う。

隼人が言った通り? なんだか昔に比べると随分幼稚な顔をする……

分かり易い女になっているような気がしてきた。

「だからさ……。その隙つくらないように二人で頑張れよって言っているの。

ある意味、俺って危険なスパイスになったりして〜」

「バッカじゃないの!」

葉月を抱いている片手を、ギュッとつまみ上げられ払いのけられた。

達也は顔をしかめて手を撫でる。

 

「もう! 行くわよ! 隊長の所に──!」

葉月がいつもの生意気娘に戻って、ウエストに手を添えて立ち上がる。

「……ハイハイ、大佐殿。俺、どこまでも背後霊のようについてゆくよ〜。

もう、離れないわよ〜。御祓いなんて無効果よ〜。私って執念深いのーー」

達也も立ち上がって、葉月の背中に額をこすりつけた。

「もう……やめてよ。その言葉遣い!」

葉月が両肩を回して、達也を鬱陶しそうに払いのける。

そういうパターンは昔のままで、達也はニンマリ笑いながら

先を歩き始めた葉月にちょっかいを出しながら後を付いて行く──。

 

空は青。

 

達也は空を見上げる──。

 

「ありがとな──。俺のフロリダ」

空に向けてそっと小さく敬礼をしてみた。

葉月は気付かずに先を歩いている──。

彼女の背中に、達也が飛べる青空が見えた気がして、追いかけた──。

 

 

「え!?……今、何て言った?」

葉月と達也は早速……フォスター隊長を廊下に呼び出して報告をする。

「ですので……海野が小笠原に行きたいと決めましたので」

「隊長! ほんっと悪い! 俺……あんなに隊長に勧めていたのに……。

今更……『断って、逆に俺に転属を勧めてくれ』って言い出して!」

フォスターの本当の気持ちを知らない達也は……

引き取ってもらった事もあって、気が引けたのか

葉月の横で頭まで下げて、一生懸命、隊長に謝っていた。

 

「アーハハハ!」

クリスが豪快に笑い出す。

葉月も横でクスリとこぼしただけ──。

「なに?」

達也は顔をしかめつつ、頭を上げた。

 

「そのつもりで小笠原に行って……二人を揺さぶったのは実は俺だったんだな」

「!!」

隊長の言葉で、達也は驚いて葉月を見下ろした。

『まぁ、そういう事』と葉月が肩をすくめて、おどけたのだ。

「ええ!?」

「私は迷ったんだけど、隼人さんが即決断しちゃったの。

私より……彼の方が達也と仕事をしたかったみたい」

「──!!」

『迎えに行くから』

『迎えに来たんだ』

隼人のクールで……そして煌めく眼差しが達也の中で蘇った。

(そんなに──)

「しかし……お嬢さんの休暇中、サワムラ君の出張中に決めてくれるかハラハラしたけど」

五日ほどバタバタしたが、早々に達也を動かした葉月を

フォスターは改めて尊敬した眼差しで見つめてくる。

「いいえ、隊長──。海野を動かしたのは、奥様だったマリア嬢と澤村です。

私は……何もしていないんです。今──改めて気持ちを確かめただけで……」

「そうかな? その二人を自然と動かす中心に

お嬢さんの『お騒がせ』が絡んでいる気が……俺はするけどね」

「言えているな……。アシスタントの話を聞いたときはびっくりしたもんなぁ」

「お嬢さんは、本当に実現させるから怖いんだよなー」

「うん」

変に感心する二人を葉月は一緒に睨み付けておく。

すると二人が苦笑いで繕って言葉を止めてくれた。

 

「わかったよ」

クリス=フォスターが穏やかに微笑んだ。

「キッパリと断って、そしてお前を推薦する」

「私もこっちで海野を推すわ」

隊長と大佐嬢が同じ考えを固めた──。

達也もウンと頷いて、表情を引き締めた。

 

「とりあえず、その前にマリアの実家……ブラウン家にマリアと一緒に挨拶に行く予定なんだ」

「そうか……彼女とだいぶ解り合えたみたいで、なによりもそれが良かったかもな」

隊長は嬉しそうに達也を労うよう肩を叩いた。

「隊長がさらに断りやすいように、まずブラウンのオヤジさんに

俺達の今決めた気持ちをマリアと伝えるつもりです」

「もし、転属許可がでたら……寂しくなるな。リリィにまた泣かれそうだ」

クリスはフッと瞳を陰らせつつも、致し方なさそうに微笑み俯いた。

「……しまった、それは考えてなかったな……」

達也も急に思い出し……一緒に寂しそうに俯く。

ここ数ヶ月、あの可愛い『妹』とこの兄貴的隊長、そしてその奥さんが

達也を暖かく包んでくれていたから……。

 

「あ、そうだわ? 隊長──」

葉月が何か思い出したようにフォスターを見上げた。

「なんだい?」

「明日……リリィを誘いたいと思っていたんです。

一緒にビーチで遊びたいなと思っていたので……。

父と母も小さい子が来ると賑やかになるからと楽しみにしていますから

宜しかったら……ピクニック気分で奥様とご一緒にうちへ来ませんか?」

「そうかい? リリィが喜ぶよ」

達也も『おっ、いいね……明日は皆で集まって海水浴♪』と

一緒にはしゃごうとして……。

『皆が集まる』にちょっと何かが引っかかった。

 

──『明日、ドレスを見立てに買い物に行きたいんです』──

マリアが言い出した事をハッと思い出したのだ。

 

「明日の午後、如何ですか?」

「うん、いいね」

「達也もマリアさんと一緒に……」

「わーわー! 待った!!!」

葉月が『どう?』と聞こうとした途端に達也が大声で遮ったので

葉月は隊長と一緒にのけ反った。

 

「ちょい! 葉月、一緒に来い!」

「え? ええ??」

達也は葉月の腕をグッと引っぱり出す。

 

「隊長! 今の話、保留な! ちょっと出かけてくるっ!」

「こらっ! ウンノ、勤務中だぞ!」

「それどころじゃないんだよ! これ以上の騒ぎはごめんだしっ!」

達也は葉月の腕をグイグイと引っ張って班室を遠ざかろうとした。

葉月も訳が解らないまま引きずられ遠ざかっていく。

 

 

「なんだ? まったく──」

業務もほったらかし。

隊長の言う事もそうは気にしない。

そんな相変わらずの生意気で勝手な後輩が、やんちゃ嬢を引きずっていくのを

クリスは呆れて見送った。

 

『でも、本当に寂しくなるな』

 

クリスはそっと眼差しを伏せて微笑んでいた。

 

 

「な、なんなのよ! 達也!」

 

達也は訓練着姿のまま、葉月をランバートメンテ本部まで引っ張り連れてきた。

その間、葉月は達也の手を振りほどこうと抵抗し、

せっかくの隊長とその娘・リリィと『ビーチに出る誘い』の談話を中断されて怒りまくっていた。

だが、達也は力ずくで引っ張りやっと辿り着く。

 

「離してよっ!」

空部隊の本部までやって来たので葉月も諦めたように、でも達也の手を振りほどいた。

達也がメンテ本部を覗くと、隼人とマリアは忙しそうに何処かに出かけようとしていた。

「おい、ちょっとマリアと兄さんを呼んできてくれよ」

「……なんなのよ、もうっ」

葉月はそれでもプリプリ怒りながら、慣れたように本部室に入り

二人がいる臨時席へと呼びに行ってくれた。

 

「あ。葉月……どうだった? 俺達、今から母艦へ見学で……」

上着を羽織ろうとしていた隼人は葉月が来るなり

不機嫌そうな顔で現れたので首を傾げる。

葉月が無言で本部の入り口を指さした。

「……達也じゃないか?」

隼人が呟くと、バインダーを忙しそうにとりまとめているマリアも振り返った。

「なんか呼んでこいって言われたの」

葉月の不機嫌さに隼人は眉をひそめ……マリアと顔を見合わせた。

 

(まさか……達也がパーティーの事を?)

(もうっ! 私がやるって言ったのに!)

隼人とマリアはそうだろうと思って無言で頷き合う。

 

「ええと? 葉月、達也から何か聞いたのかな?」

「聞いたって? 転属の事で隊長とも了解済みになったからホッとして……。

明日……リリィと一緒にビーチに出ないかって誘っていたら

無理矢理ここに連れてこられたの!」

 

「え!?」

隼人は驚き……思わずマリアの方を見る。

「ええ!? 葉月? それ、隊長と約束してしまったの!?」

マリアの叫び声に、今度は葉月が眉をひそめた。

 

「どうして? してはいけないの? 約束をしようとしていたら

達也に止められて『保留にしてくれ』なんて隊長に勝手に言うのよ!?

私は達也とマリアさんも誘って、明日はビーチでのんびり交流しようと思っていたのに」

 

葉月が挙動不審な隼人をジッとみて……そして、マリアの顔色をうかがう。

隼人とマリアは、そっと揃って葉月から視線を逸らしたのだが。

 

「なにか……あるの?」

マリアだけならともかく……隼人まで様子がおかしいようなので

葉月がやっと不安そうに二人を覗き込んできた。

 

しばらく──隼人がマリアを心配そうに見下ろし……

マリアは、迷ったように口ごもって……言葉を躊躇っている。

「どうかしたの? 何かあったの?」

すると、マリアが意を決したように、拳を握って葉月を見据えてきた。

 

「あのね? 葉月のバースデーパーティをしようって話していたの」

「え!? 私──?」

葉月が驚く。

マリアは葉月が拒否しないうちにサッと言葉を続ける。

「明日は日曜だし──。ダメなら平日でも……! 葉月が帰るまでに……。

でもね! 明日、一緒にマイアミに買い物に行きたいの……。

サワムラ中佐から、あなたがパーティで着るドレスをプレゼントしてもらって

皆で買い物に行こうかと計画していたんだけど──」

葉月が固まったままマリアを見つめていた。

隼人も固唾を呑んで、葉月の反応を伺う。

葉月はフッと……入り口でこちらを覗いている達也にも振り返っていた。

なんだか珍しく『動揺』でもしたかのように……葉月は今度は隼人を見上げる。

 

「葉月──。お前が良ければ……」

ランチではあんな事をマリアと言い合ったが、隼人は葉月の判断に任せる。

でも──葉月が『嫌だ』といいだしたら?

隼人は自分がどうやってこの場をとりまとめるかは……

今は思いつかないし予想も出来なかった。

 

「あの……」

葉月が顔色を無くしたように、俯いた。

なんだか迷っているように──。

 

マリアも緊張したように拳を握って、辛抱強く葉月の反応を待っていた。