18.紅い服

 

 では? 隼人の従兄弟となる親戚は和之側だけになるのだな!?と

葉月は一瞬、頭に浮かべる。

(技術一筋だったのかしら?)

ここで深く考えるべき事では無いかもしれないが……つい、そう思ったところで……

「いい人はそれなりに、その時々、いるんでしょ? 伯父さん??」

和人がニンマリ、血の繋がりがない伯父の肩を叩く物だから

葉月は益々、ビックリ仰天。

(ええ? 遊び慣れているようには見えないけど!?)

葉月は思わず、眉をひそめる。

「おい、和人。その辺にしておけよ?」

隼人はやっぱり、しかめ面でたしなめるお兄ちゃん。

お兄ちゃんには弱いらしくて和人はそこで言う事は聞いても、ケロッとして舌を出すだけ。

「別に伯父さんは、遊び人じゃないよ? 不器用なだけなんだよ」

隼人が懸命に伯父のイメージをフォローしようと葉月に突っかかってきたのだが……。

「兄ちゃん、余計フォローになっていないよ」

和人が尤もな茶々を入れてきて、隼人もハッと我に返る始末。

 

「ふふ……!」

生意気な弟にやられる隼人。

なんとも、生意気な和人の切り返しの早さに……葉月は思わず笑い出しそうになった。

「あはは! そんな事、どうでも良いじゃないか?

葉月さん! うちの甥がお世話になっていると聞いて駆けつけたと言うより

貴女を一目見たくてかな?」

昭雄が朗らかに笑うところも、和之と違って常に柔らかという感じ。

「伯父さん、その調子で彼女捕まえればいいのに……。

葉月さん、兄ちゃんも独身だけど、伯父さんも独身だから気を付けた方が良いよ?

あ、葉月さんじゃなくて、兄ちゃんに言うべきかも? おまけに、俺も独身だったりして!」

「和人!」

隼人がまたムキになったので……葉月は驚くと供に……

「あはは!」

大声で笑い出してしまったのだ。

「やぁ、面目ない甥っ子達で。はは!」

昭雄が明るく笑い返すので葉月も止めることなく笑ってしまった。

 

「やほ! 兄ちゃんが料理している! 俺も腹減った!」

「なんだよ? お前、彼女とデートじゃなかったのか?」

「え? まぁねぇ」

和人が料理しているお兄ちゃんの手元を覗き込んで、また、とぼけた顔。

今度は慣れたようにダイニングの椅子に腰をかけた昭雄伯父がクスクス笑いだした。

「あのアイス店でうろうろしている時は、一人だったかな? 和人」

「ふん!」

和人は何か照れくさいのか、急にふてくされてキッチンを出ていこうとしたのだが……

「ね、ね! 伯父さん! 新しいノートパソコンの中身、触りたいんだよね!

俺の部屋に来て教えてよ!!」

座っている伯父さんの首に後ろから捕まって、ぐったり寄りかかって猫のように甘え始めた。

そんな義理甥っ子に、昭雄伯父はすっかり表情を崩してにこにこ顔。

「また新しいものを入手したのか?」

「親父のお古だよ! ちゃんと澤村精機品だぜ? お手の物でしょ?」

「わかった、わかった。カズは勉強熱心だな」

「やった!」

話がまとまると、昭雄が嬉しそうに席を立って

あんなに騒々しく登場した二人はあっさり、キッチンを出ていってしまったのだ。

そして、静かになったと思ったら……

 

「お姉さん! アイスは夕食後だからね! 食べちゃダメだよ!!」

 

ヒョイと顔を出して、ダダッと走り去っていった。

葉月はただ……唖然とするだけ。

末っ子のペースというのはやっぱり『台風?』と……

葉月は自分と重なってやや渋い顔。

その横で隼人が深いため息をついた。

 

「なんだ、あれは?? まったく、いつもの事だけど」

隼人は呆れたため息をついて、また、まな板に向かった。

 

「和人君……伯父様が好きなのね」

 

なんだかすごく安心できる場面を見たような気がしたのだ。

 

「ああ……伯父さん、子供がいないし……。

俺は途中で家を出たからね……和人にはめっぽう甘いみたいで。

和人も伯父さんの事は本当の伯父だと思っているからね」

「そう──」

 

「ママが言ったとおり……優しそうな伯父様」

「そうだね……うん。俺も弱いね」

 

『騒がしい対面でゴメンな』

隼人が申し訳なさそうに、呟いたが

『でも、伯父さんの事だから気に入ってくれると思った』と……

独り言のようにも呟いた。

 

 (本当、初対面なのに違和感が全然なかったわ?)

そう、やはり隼人と血の繋がった男性だと葉月は感覚で感じたのだろう。

そう華やかな雰囲気ではなくても、側にお近づきになれた女性は……

きっと……葉月が隼人に惹かれたような奥深い何かを悟るのだろう?

でも……独身でいる……と言うことがなんだか納得できなくて。

葉月は思わず、隼人の横顔を見つめてしまった。

(押しが弱いのかしら??)

いや? 隼人も本気なればかなりの大胆さがあることは葉月も解っているのだが……

(人がよいとか?)

いつも人より一歩後ろに下がってしまうとか……??

それはなんだか隼人にも見え隠れしているような『勘』はある。

だけど……また、ここで勘ぐっても無駄なだけ。

(伯父様は伯父様だし……)

『ま、いいか……』と、葉月は考えるのをやめた。

 

 だけど……

 

 和人の生意気さ加減も見ていて楽しいし……

いい人ばかりじゃないか……と、葉月は思ったのだが……

心の端で『じゃじゃ馬の勘』はまだ、『OKサイン』のランプが点灯していない。

 

「あら? 今、騒々しかったけど?」

今度はキッチンの入り口に洗濯籠を抱えた美沙が現れた。

 

途端に、隼人の手元は止まって表情が強ばる。

 

美沙も……隼人と葉月がキッチンに並んでいるのを見て、表情が固まった。

 

「お台所……借りております。申し訳ありません」

葉月はとりあえず、女主の許可無しで入っていることを詫びたのだが

「構わないのよ? でも、お夕食大丈夫?」

あの屈託のない笑顔で、微笑み返してくれる。

だが──

「昭雄伯父が和人を連れて来たぜ。二人で二階に上がった」

隼人が冷淡に、まな板に視線を向けたまま告げると美沙がかなり驚いた顔をした。

「え! 昭雄さんがいらしていたの!? もう……和人は一言も言わないで!!

また、我が儘言っているんじゃないかしら??」

「邪魔しない方が良いと思うけど?」

隼人は美沙を見ずにひたすら、まな板でベーコンを刻むだけ。

葉月もヒンヤリ……。ただ、見守るだけ……。

「……解ったわ! 私、お夕食のお遣いがあるから出かけるとお父さんに言っておいて!」

「解った」

 

そこで美沙が去っていったが……

 

『怒らせてどうするのよ??』

 

和人と昭雄は隔たりなく血の繋がりがなくとも『親戚』

だけど──美沙はそうではないようだった……。

 

葉月は、また、無表情で包丁を握る隼人をジッと見つめていると

 

「鍋、大丈夫なのか? アルデンテ、忘れるなよ」

真顔で隼人に言われて……『解っているわよ! 細かいわね!!』と心でふてくされて

慌てて、茹でているパスタ麺に集中力を戻したのだ。

 

ランプはやっぱりまだ、黄色信号……。赤信号?

 

 

  「美味しい〜♪」

やっと二人揃って、出来上がったパスタを食しているところ。

「本当なら、チーズも入れたかったけどね。その代わり卵と生クリームたっぷりで」

「いいの♪ いつもちゃんとしたのは隼人さんが食べさせてくれているし♪」

葉月がニコニコと食しているのを隼人も満足そうに眺めながらフォークを動かしていた。

ハーフのパスタはアッという間になくなった。

「あー。なんか食べたりないような?」

葉月がハンカチで口元を拭くと……

「お前、ほんっと腹減っていたんだな? アッという間じゃないか?」

隼人はまだ、3口分ぐらい残っている所。

葉月は思わず頬を染めて……

「だって……美味しかったんだもの」

「物足りないかも知れないけど、我慢しろよ。夕食はたぶん……『中華』だ」

「中華!? 美沙さんが作られるの??」

隼人が確信たっぷり言い切ったので葉月は驚いた。

「いや。違うよ……今、買い物に出ていっただろ?

いつもの中華店に前もって注文しておいたコース料理を取りに行ったんだよ。

うちはお客が来ると、そういう『もてなし』なわけ。親父の知り合いみたいだしね」

「流石! 横浜♪ 中華街から?」

「じゃないかな? 俺のお薦めは、前から言っている『中華まん』かな?」

「わぁ……楽しみ!」

「ほんと……お前ときたら……」

隼人は葉月の食い気に呆れながらも、楽しそうに微笑んで残りのパスタを平らげていた。

 

 「片づけなくちゃ」

葉月が颯爽と皿を手にして立ち上がると……

「いいよ。俺が片づけるから……いい加減着替えろよ」

「でも──」

「お客だろ? 肩、痛めるぞ。それに……帰ってきたら、またね……何て顔するか」

『帰ってきたら……』という言葉に……葉月はズキリ……と胸に痛みが走った。

先程の、美沙の表情が止まった時の事を思い出したのだ。

『初めて我が家に来て……私の義理息子とまるで夫妻の如く人の台所で馴れ馴れしく……』

そう……そんな事は顔には出さなかったが、そう思われても仕方がないのだろう?

隼人も葉月の立場を考えて、さり気なく……そう言ってくれているのが解る。

でも、ここで美沙が帰ってきて

『隼人ちゃん、一人に片づけをさせているなんて』

とも……思われ兼ねない。

「気にするなよ」

考え込んでいる葉月に隼人がそっと一言。

驚いて正面に座っている彼を見下ろす。

「俺が良いって言っているんだから、何も言わせないよ」

「う……うん……」

「それより、俺はお前が着替える気があるのか、ないのか気が気じゃないわけ。

せっかくお兄さんが服を用意してくれたのに着せなかったじゃ、俺が何言われる事やら?

とにかく! 着替えて部屋で待っていろ。俺が戻るまで部屋を出るな!」

「な……なによ……」

最近、妙に命令的な彼におののくことがある。

益々……『兄様的』になってきて、言われることもごもっともな事ばかり。

でも……葉月もそこは素直に聞いておく。

確かに、右京の洋服を着ないと、隼人も面目がないだろうし。

旅行の支度をする際に、既に『観念』している事だから……。

 

大人しくキッチンを出て……洗い物を始める隼人の背中を振り返りながら……

葉月は今度こそ、着替えようと階段を上がった。

 

 

 隼人がそこまで気遣って片づけをしてくれているのだから

ここで素直になって着替えるのは当然……と、ばかりに葉月は

先程、手を離してしまったブティックバッグに手を伸ばした。

 

 「どんなお洋服かしら?」

紙バッグの口を止めている銀色のテープを剥がして

中に入っている物をベッドの上に出してみる。

白い薄紙で綺麗につつまれている包みを一つ開けてみる。

 

『さすが……お兄ちゃま!』

あまりよそ行き着を着ない葉月でも一目で『着ても良い!』と思えるワンピースが出てきた。

葉月も……もう、二十代後半。

短い丈の物は避けるようになっていたが、それを解っているかのように……

膝下丈のワンピース。

それと一緒に、春物の薄い化繊素材で短めの黒いカーディガン。

ワンピースは、柔らかい透けるような素材だったが、ちゃんと下地が施してある。

白地に、黒の小さい大きいペイズリー柄が描かれているシックな生地。

地味でシックな生地の代わりにデザインは甘い物。

上品に裾には波打つメロウ加工の裾。

袖はフレンチ袖。袖の端も波打つメロウだった。

胸の下には黒いレースのリボンが縫いつけてあってそれがアクセントになっている。

 

「うん。これなら……私も着たい」

早速、白いカッターシャツの上に宛ててみる。

だけど……まだまだ……。

包みが3つもある。

「買い過ぎなんじゃないの……?」

ここまで買わなくてもいいのに……と、葉月は思うのだが

従兄はいつだって……余計に買ってくれる。

母と同じなのだ。

もう一つの紙包み……うっすらと黒っぽい色が透けて見えたので

それを開けてみると、黒ではなくて『紺』

それにも唸った。

葉月が『紺』を好むこともよくご存じだし。

実は……葉月が好むのも……右京がいつもそう言うからだった。

『お前は紺だな。青系が似合うな』

その影響だと思っている。

実際、母の服もそうだが、右京が選ぶ服に間違いはない。

選んでもらっても、選ばなくても……。

母が送ってくる変に可愛らしすぎる服が混じっているような『狂い』は従兄には絶対ない。

紺色以外に選んでくれる服も、クールでもスウィートでも

青系やさっぱりした色目の物が多かった。

葉月も絶対に気に入る。

今開けた紺色の服はツーピースだったらしく、開けた包みはブラウス、

もう一つの包みにはお揃いのロングスカートが入っていた。

ブラウスは流行のヨーロッパ中世を思わせる、

袖と裾が広がっているアンティーク風のサラッとした素材のシックなブラウス。

ブラウスだけならジーンズにも合いそうな一枚だったが……

でも……どこかやっぱり女性らしさのラインを忘れないところが右京らしい。

「うーん。でも、最初のワンピースかな?」

軽やかに着るならワンピースだろうと、葉月は胸に宛てたまま離さなかった。

にっこり……微笑みながら最後の包みも、もう、素直に期待一杯で開けてみる。

 

『!!』

 

その包みを開けて……葉月はすぐさま『サイズ』の表示タグを確認した!

 

そこへ……

 

「着替えたか?」

 

隼人が……カッターシャツの捲った袖を元に戻しながら部屋に入ってきた。

 

「!!」

葉月は隼人の入室にも驚いて……ベッドに広げていた服をかき集め……袋にしまおうとした。

 

「?……どうした?」

「…………」

葉月の表情が固まっているのを隼人はすぐに察して……

彼も表情を固めた。

 

「……な、なんでも……ない」

「……そうか?……」

解っていながら、流そうとするところはいつもの気配りだが……。

腑に落ちない様子で隼人はベッド脇の床に座り込む葉月を見下ろしていた。

そして……袋には仕舞うことが出来なかった葉月が胸に握っているワンピースに視線が止まった。

そして──隼人は早速、ニコリと微笑む。

「やっぱり。お兄さんは似合う色目解っているな」

「う……うん。これ……着ようと思って」

葉月の動揺はまだ収まらなかったが……

ぎこちない笑顔で、隼人の足元、絨毯の上にそっと広げてみた。

「なるほど。女性を見る目はどうやら適わないみたいだなぁ……」

シックな生地なのに女性らしい甘いデザインが入っている服に

隼人は感心のため息をついてベッドに座り込んだ。

そして……

「他にもあっただろ?」

右京と別れた駅前で、紙包みの中をチラリと見た隼人は、包みが一つでないことを知っていた。

葉月が言わないところは無理には突っ込まなかったが……

それを強行突破するように、葉月の目の前から紙バッグを取り去ってしまった!

「あ! えっと──!!」

慌てて止めようとしたが……止められなかった。

心の何処かで、自分自身では隠したいが、悟って欲しい気持ちが葉月にはあったのかも知れない。

 

「あれ……?」

葉月が驚いた3つ目の包みから出てきた服を……

隼人も何か感じるのか訝しそうに手に取ったのだ。

思うところは一緒らしい……。

「……ええっと。俺のイメージ違いかな?」

「…………」

「俺……お兄さんはお前にこんな服は選ばないと思ったけど……」

 

隼人が紙袋から引っぱり出した『問題の服』

 

そう──深紅でセピア色の大きな花柄が描かれているワンピース。

こちらは葉月が気に入ったモノトーンのワンピースと違って

デザインのカットはかなり大胆で……大人っぽい物だった。

袖はノースリーブで葉月の肩の傷は隠れるが、胸元はVゾーンで

胸の形がクッキリ出るようなギャザー縫いが谷間に施されている物。

 

「……お前、たまにはこういう物着るの?」

隼人も一目見て……『俺の彼女に似合わない』と思ったのだろう?

 

「サイズ……見たけど……私のサイズだったわ」

「は? そりゃ……そうだろ? 右京さんはお前に買ってくれたんだから」

「……その色は……私の色じゃないのに、私のサイズ」

「…………」

 

絨毯の上に……気に入ったワンピースを広げて撫でている葉月を隼人は一時見つめて……

「……なに? 何か気に入らなかったのか?」

やっぱり……何かを察してくれたのかベッドから腰を上げて……

葉月が座り込む絨毯の上へと彼も座り直す。

 

「お兄ちゃまは……」

「……お兄ちゃまは?」

言いたくないことを……上手に自然に引き出そうと隼人がそっと同じように繰り返す。

 

「……姉様が亡くなっても……今も、お洋服買って、取って置いてる」

「──!!」

隼人がそっと驚いた息づかい……。

だけど……

「ああ。紅いって……お姉さんのイメージなんだ。

うん……そうかもね? いつだったか真一にお母さんの写真って見せてもらったけど……

そんな感じかな? 葉月は葉っぱで緑って感じだけど……

お姉さんは、なんだか強そうな輝きってあって……華やかと言うか?

おっと! 葉月が地味って言うんじゃないんだぞ??

葉月は……しっとりというか……静かというか……爽やかというか。

お姉さんとどう違うか? と言う点でだぞ?

葉月が月なら、お姉さんは太陽って感じかなぁ?」

 

彼が『比べているわけじゃないけど!』と、あたふたと取り繕っているのを

葉月はマジマジを見つめて……

「そう……感じるの?」

「え? ん……まぁ。気に障った?」

葉月はそっと首を振った。

「私のイメージをそう言ってくれて嬉しい」

「そぉ? 感じたままだけど?

だから……紅い服……俺も驚いたけどね? お兄さん、どういうつもりかな?

お前に服買って……お姉さんの分も買ったは良いけど、サイズを間違えたとか?」

葉月はまた首を振る。

「なに? お前は違うと……ワザと似合わない服を兄さんが買ったと確信しているのか?」

──『うん』── と、首を縦に振りたいが、認めたくなかった。

 

「右京兄様は……細かいから、そういう間違いは絶対にしないし……」

「……じゃ。何かお前が考えて答えを見つけろって事なのかな?」

隼人がそう言って……葉月は急に『はっ!』とした……。

その瞬間を隼人は見逃さないところは流石?

「お? 見えてきたのか? 何かが? 不可思議なら、お兄さんに直接聞いてみても良いかもね?」

「うん──」

 

「で? どれを着るつもりなんだよ?」

「これ!」

葉月は……右京の『思惑』はともかく置いておくことにして……

元気良く隼人に気に入ったワンピースを突き出した。

「うん。流石、右京さん……お前が自慢するだけあって『美意識』は……

俺……勝てそうにないね……」

「でも……隼人さんが『もし』何か選んでくれたら、着るわよ?」

「本当かよ? クローゼットの肥やしにされそうだけどなぁ」

隼人がしらけた眼差しを向けてくる。

「本当よ!」

「そぉ? だったら、今度、試しに選んでみようかな? 俺のセンスは宛にしない方が良いと思うけど」

「楽しみにしているけど♪」

葉月がクスクスと笑うと、隼人もやっと笑顔をこぼしてくれた。

「ま。お兄さんに勝っては申し訳ないからね。程々で選ぶよ」

「まぁ……まるで全力で選んだら、勝てるみたいな余裕! お兄ちゃまに言っちゃうから!」

「わ! それは勘弁しろよ!?」

隼人に短くなった栗毛を両手でクシャクシャにされた。

「何するのよーー!」

「ふん。早く着替えて、蘇りな!」

「もう!!」

 

葉月がふてくされながら、着替えるのを隼人はベッドに腰をかけて

ただジッと眺めていた……。

いつも見せている姿だが……なんだか気恥ずかしい感じがする。

葉月がワンピースを足から通している間……。

隼人は、ベッドに広げた紅い服を眺め始めていた。

 

「お前が着ても……『らしくない』って、お兄さんは解っている様な気がするな」

 

葉月は、ワンピースの袖を通し終わって……

背中のジッパーを閉めないまま、動きを止めた。

(……隼人さんも解っているの?)

 

『着たって……らしくない紅い服』

 

それをワザと入れてくれた右京の『思惑』が見えてくる。

 

『それを着てロイの前に立って見ろ? ロイは似合わないって言うはずだから……。

お前は皐月の代わりじゃない。みんな、解っているよ』

 

そんな従兄の声がそっと聞こえてくるようだった。

ロイを試すつもりはないけど……

ロイはそう言ってくれると思うけど……。

 

「俺も……お前の兄様達に負けないようなセンス磨かないといけないね」

 

隼人が紅い服から視線を外してそっと……葉月の所にやってくる。

「まだ……届かないだろ?」

左肩が痛いから……背中に手が回りにくい……。

それを解ってそっと背中のジッパーを閉めてくれた。

 

「上出来……。やっぱりウサギさんがお洒落をすると、俺……嬉しいよ」

 

隼人が白いカッターシャツの中にそっと葉月を取り込んだ。

シゲシゲと見下ろされて……やっぱりまた気恥ずかしいが……

 

彼が嬉しそうに抱きしめてくれるから……

 

なにも言えなくなって……そのまま西日が入る部屋の中……

そっと、白いシャツの腕に葉月はもたれかかってみる……。

 

紅い服。青い服。

皐月は華のお嬢様。

葉月は葉っぱのお嬢様。

特に黒猫の義理兄はそう言ってくれる事を頭にかすめた……。