* 彼女の世界 *

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【WEB拍手 御礼SSシリーズ】
 
彼女の世界[1]

 人もまばらになっていく、夕暮れの図書室。

 一人の訓練生が、そこで静かに読書をしていた。
 栗毛の……。肩まで髪を伸ばしている、おかっぱ頭の。そして訓練生の白いシャツに紺色の肩章。グレーのスラックス。
 独り、その文庫本を広げ、ぴしっとした姿勢で『彼女』はその読書を、かれこれ三時間も続けている。

 その間、彼女の『クラスメイト』が数人、声をかけていった。

 一番最初に来たのは、彼女がいつも一緒にいる『パイロット同期生』のアンドリューという金髪の少年。

「レイ、いないと思ったらここにいたのかよ。何を読んでいるんだよ」

 彼女の隣、椅子ではなくて机に腰をかけた彼は、彼女が静かに読んでいた文庫本をさっと取って眺めた。
 彼女は読書の邪魔をされても、集中して読んでいた本を取り上げられても、彼に文句を言うこともなく抗議もせず、取られたら取られたまま淡々と同期生の顔を冷たい眼差しで見つめているだけだった。
 それに気が付いた彼も、彼女に構いたかった気持ちと、構って反応して欲しかった要望を、全て拒否されたかのような、がっかりした顔になっている。

「日本語じゃないか、読めねーよ。なんの本?」
「内緒。邪魔しないで。今日中に読みたいのだから」

 これまた冷めた声で、彼の手から文庫本を取り返す彼女。
 取り返すその動作さえ、静かで淡々としていた。
 アンドリューは、自分が放った弾が不発で終わったかのように不甲斐ない顔になり『じゃあ、また明日な』と去っていく。

 その後も数人、彼女に声をかける訓練生に、教官達。
 だが、彼女『葉月』は笑顔を見せることなく、訓練生にはアンドリューを同じように淡々とした受け答え、教官には礼儀正しい受け答えをしても、やはり冷めたまま。笑顔など浮かべもしなかった。
 そして誰もがちゃんと葉月のことを良く知っている。『彼女が笑わないのは今に始まったことじゃない』、『彼女が無愛想なのは、普通』なのだと、とりたてて不快感を露わにして憤る者も、もうこのフロリダ特別訓練校にはいないよう。そして皆は最後に言う──『彼女が喋ってくれただけでも、機嫌が良い方』なのだと。

 そしてそれを本棚の影に身を潜め、時にはあちこちの本棚を移動して本を探す振りをしながら見つめていた『この男』も、ついに彼女の側に寄った。

「なにを読んでいるのだ」

 読書中の彼女に声をかけた者達は、すれ違いざまの挨拶程度の心持ちだったようだが、この男は違った。
 彼女の横にある椅子にどっしりと腰をかけ、ここに来たのが当たり前の顔をしてみせた。
 隣に来た男を見た彼女の驚いた顔。

「お、お兄ちゃま!?」 

 

 

 

Update/2007.12.10
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