××× ワイルドで行こう ×××

TOP BACK NEXT

 9.お前の匂い、覚えたから。 

 

 遠くから光の道を描いて二人の姿を時々露わにしてしまう灯台。波の音、鮮烈な潮の香。漁村の道筋にある古いモーテル。
 この部屋に来て、英児が窓を開けてその後すぐ。なんの前置きもなく言葉もなく、互いに待ちきれなかったかのように唇を求め合い重ねた。
 
 シャワー浴びたいだろ。
 いらない。
 どうして。俺はいいけど。俺の身体は汗かいてる。平気なのか。
 それでいいの、それで。
 俺もだ。このままの琴子を抱きたい。
 私も、このままの貴方を……。
  
 琴子はきつく目をつむり、口をつぐむ。
 ――私も、このまま貴方を『貪りたい』。と言いそうになって、自分で驚いたから。
 まだほんの少し理性が残っていた。恥じる自分がいた。
 でも私、おかしい――と、琴子は英児と腕を絡め合い唇を奪い合いながら困惑している。男の人を『貪りたい』なんてこんなに思ったことなんてない。どちらかというと『優しく抱かれたい』じゃなかったの? なのにはしたなくも『貪りたい』って。
 だけれど。喉の奥がからからに渇いている気がした。なにかを飲み干したい、吸って『むしゃぶりつきたい』とか。やっぱりおかしい。
「どうした、琴子」
 キスに夢中になっていた英児の唇が離れる。
「……なんでもない」
 力無く呟くと、また琴子を胸の中に硬く抱きしめてくれる。
 ふと琴子も彼の目を探して見つめる。彼の瞳の中にまだ不安そうな色合いを見てしまう。なんでもきっぱり決められる人なのに。どうして。琴子にこんなに触れてくれるのに、こんな時だけ迷いを見せるの。
 だから琴子からスカートのホックを外して床に落とした。落ちたスカートの輪の中から歩み出て、英児にぴったりと抱きつく。
 彼の深い吐息が琴子の耳に落ちてくる。ホッとしたような、そして感激したような吐息だと思いたい。でもそれは信じても良いようで、彼がきつく琴子の頭を肩先に抱き寄せ頬ずりをしてくれた。
 灯台の光が二人を映したり消したり……。そんな暗がりの狭い部屋で互いの肌を探る。
 英児は琴子のブラウスのボタンを外し、琴子は彼のティシャツをめくり上げて熱い肌を露わにし、男の胸先に大胆なキスをしていた。
 ――あの夕立を思い出している。雨に透けた彼の肌。そして今日も汗と体臭と、メンズトワレの残り香。そして今日は、体温。彼の温度を『唇』という名の『触覚』が、新たに彼のモノとして琴子の五感に記憶する。
 記憶したいから、優しいキスなんかじゃない。それこそ、もう琴子は思い通りに欲するままに吸っていたんだと思う。匂いだけじゃイヤ。体温を知っても物足りない。貴方をもっと知りたい。貴方の肌の味だって――。それでも初めてだから、まだ恥じらいが残っていて微かに舌先で味わっただけ。
 彼の『嘘だろ』という小さなうめき。琴子がこんなことするはずない……と思ったのか。『こんなこと、したらいけなかった』なんて尋ねようとは思わなかった。その代わり、向こうを本気にさせてしまったみたいで、彼にブラウスを荒っぽく左右に開かれてしまう。レエスのランジェリーが露わにされた姿で窓横の壁に押さえつけられる。
 壁に長く逞しい腕をついて、暗がりの中、半裸の女を荒々しく囲う男。はだけたブラウスを羽織っているだけの、下着姿。下半身はショーツだけになって、素足丸出し。そんな逃げ場をなくした琴子を責めるように下から睨む男。そう『ガン飛ばす』っていうあの目。この種の男が本気で燃えた時に見せるものなのかと、琴子の胸の鼓動が早くなる。怖くなんかない。そうじゃない。その男の熱い本気がぶつかってくるかと思うと、もう胸が張り裂けそうだった。
「いいとこのお嬢さんがそんなことしたらいけないだろ」
「いいとこのお嬢さんなんかじゃないから」
 口答えをしたら、またそれが意外だったのか。あの怒り顔になる英児。でも……そんな顔、もう平気。
 そんな英児が「それなら構わないな」と言いながら、片手は壁について琴子を逃がさないよう威嚇したまま、もう片手でデニムパンツのボタンを外した。ジッパーも降ろすと、ちらりと黒い下着が見えた。女を睨んだままの男が、いきなり琴子の手を取る。そして――。今度は琴子が驚かされる。英児は琴子の細い手首を強引に引っ張り、開けたジッパーの中へと引き込んでしまったのだ。
 流石に琴子も『あっ』となる。彼のデニム、開けたジッパー、そこから覗いている男っぽい下着のそのもっと向こうに琴子の手を連れて行かれたのだから……。
「ぞくっとする」
 琴子の手を自分の一番燃えているところに連れ去った男が、勝ち誇った顔で壁に押しつけている女の耳に囁いた。
 でも、あんなに燃えさかった目をしていたのに。急に『ごめん』なんて呟いて、優しいキスをした英児。琴子の手を捕まえたまま、急に泣きそうな顔になって琴子の耳元に囁く。
「琴子の柔らかくてか細い手、細い指。これが俺の触っているのかと思うと、俺、これだけでイッてしまいそうだ」
 本当にそうなのか。琴子が思わず指を微かに動かしただけなのに、彼が狂おしそうに震える息を吐いた。
「俺にとっては。琴子は良いとこのお嬢さんで『高嶺の花』なんだよ。わかんないだろな」
「わからないわよ。普通に育ってきた……」
「その普通ってやつが俺には『いいとこのお嬢さん』なんだよ。こんなこと、男にやらされたことないだろ」
 ないわけじゃないけど。でもこんなあからさまに『触れ』と強要されたのは初めて――。
 でも琴子は答えず、そのままそっと優しく指先で包み込んだ。愛おしく思いながら、ただ柔らかに包み込んだだけ。
 彼の眉間が歪む。狂おしそうな吐息。
「琴子、お前……」
 『んっ』。また荒っぽく唇を奪われ……。
「んっあ……っ」
 小さなショーツの奥が激しく蠢く。襲われるような荒っぽい英児の手先、つい声を張り上げてしまった。
 彼の硬くなっているところに『彼から』無理矢理に手を入れさせたくせに。俺のを触った仕返しとばかりに彼の手も琴子の白いショーツの中にあっという間に潜り込んでいた。しかも……乳房をするりと丸出しにされ、英児の唇がそこに集中する。今度は琴子の紅い胸先に甘い痺れが募る。その上、琴子の股をさぐる彼の指も素早い。指先であっという間にこじ開けられる感覚。キスと一緒。あっという間に唇をこじ開けられるようなあの感覚で、琴子の黒い茂みの奥をかき分けられ『探り当てられていた』。
 そこで彼の指がつるつると上手く滑った感覚も――。これは英児のせいじゃない。琴子が既に熱くなって零していたから。それを知られてしまう。
「……え、英・・」
 息が引いて声がかすれた。彼の名さえ呟けない。
 向かい合う二人の手と手が交差し、互いの熱い秘密を探り合っている。
「やっぱダメだろ……。琴子……こんなに……。いや、やっぱ嬉しいわ、俺」
 濡れる英児の指先が何度も行ったり来たり。熱く湿っているのがわかる。
「ずっと辛かったみたいだから。いきなりは……酷かと、思って……」
 彼の息も、琴子の愛撫で乱れている。
「これなら。おもいっきりやってもいいだろ」
 な、琴子。
 掠れた彼の声、琴子はかすみそうな眼差しをなんとか彼に向ける。
 『いいわよ』って返事が出来ない。だって……琴子はもう、喘いでいたから。
 琴子の手先はただ彼の熱いところに触れているだけで精一杯になってしまう。なんにも返せない。なのに、彼の指先は容赦なく琴子の奥深くへと貫いた。
 『ああん』。堪らずに突き上げた声が、静かな部屋に響いた。
 ああ、車と一緒。この人はすごく速く琴子を連れ去る。その身体で指先で、瞬く間に――。
 
 
 すっかり裸になると、白いシーツのベッドへ連れて行かれる。
 横にされたと思ったら、熱い彼の身体に上から包み込まれてしまう。
 壁に逃げないように琴子を囲って捕まえた悪ガキみたいに、琴子を逃がさないとばかりにドンと乗っかってきたりして。優しいのか意地悪なのか判らなくなる。覆い被さって熱い皮膚をぴったりと琴子にくっつけて、……ううん『お前とくっつくんだ』とこすりつけているみたいに。でも琴子を包み込む腕と、黒髪を撫でてくれる手はとても優しかった。
 先ほど、ショーツの中を淫らに翻弄させた彼の荒っぽい手、だから多少強引にされると構えていたのに。今度の英児は、意外と優しく乳房を柔らかに包み込む。
「琴子と一緒だ。柔らかい」
 そっと乳房を寄せる英児。柔らかく寄せられた白い乳房の紅い胸先が、つんと咲いた感覚。英児の乱れた息がふりかかっているのがわかる。そんな彼の唇に『愛して』とばかりに、つんと誘っている。琴子がなにも言わなくても、琴子の身体は彼を誘ってしまう。
 誘われて何もしないで通り過ぎるわけもなく。男の口先がそこを優しく含んだ。
『あっ』
 意地悪な愛し方。ゆっくりじっくり優しく……。一気に強く含むのは痛いだけだと、女の身体をよく知っている口先だと思った。
 そのくせ、少し強い甘噛みも忘れない。甘い痛みは、女を知り尽くした男じゃないと与えられない。
 何人も愛せば上手いという訳じゃないと思う。たった一人でも、女の身体にとことん尽くしたことがある男だけが得る愛し方。果敢に、女の泣き所に挑んできた男の……。
 大人だもの。私よりずっと大人の。全然ない訳じゃない。でも……これって、すごく手慣れている。
 乳房の愛し方、しつこいくらいの優しい愛撫。すぐに女の身体を貫かず、乳房の脇も、腕の裏も、身体を返して口づけをつなげてくれる背中への愛撫も彼は忘れない。キスをされたことがない場所までくまなく愛される。皮膚が薄くて感じてしまいそうな柔らかいところを彼はよく知っている。とても気持が良いので、琴子はいちいち震え熱い息を零しては泣きそうになる。
 英児の愛撫は女をそれだけで褒めている。ちゃんと肌を皮膚の柔らかみを『俺もお前の綺麗な優しい肌を楽しんでいる』と、その唇と舌先と指先で『褒めてくれる』。言葉もなしに、愛撫で彼は琴子の肌に伝えてくる。
 ――誰かを一生懸命に愛していたのね。
 尽くしてくれる愛し方によがりながらも、琴子はかすかにそう思った。
 でもそんなの当たり前で。そして今はこの人のなにもかもは『琴子のもの』。琴子が愛されて当然の。
 そう思うと、琴子も彼が愛おしい。
「英児……」
 見えないところで琴子を愛している彼を、手を伸ばして探した。
「なに。琴子」
 寝そべってただのばしただけの手、その先に彼が戻ってくる。琴子の手を取って、琴子の顔を見下ろしてくれる。
 されるまま横になっていた琴子は、そっと起きあがる。それを見て、彼も手を引っ張ってくれた。
 そして起きあがった琴子は彼の胸へと抱きついた。
「琴子……?」
「なにがあっても、私、きっと貴方が好き。好きよ」
 過去になにがあっても。誰を愛していても。そんなの今更――。
 でも今度は私を愛して。
 それが言えないなんて。
 でもそれが聞こえたかのように、彼が琴子の顔を柔らかに包み込み、優しくキスをしてくれる。
「来いよ」
 キスは優しいのに、リードは強引。裸の腰を抱き寄せられる。ぴたりと合わさる肌と肌、その間に……彼の、熱く硬くなった塊。
 彼の息が荒くなる。琴子の背中を撫で、黒髪を狂おしそうに混ぜて、耳元に口づけを繰り返す。それを感じている琴子も彼の背中に抱きついた。
 互いの皮膚と皮膚の間に、むっとした熱気がこもるのが判る。その中に、琴子が放つ甘酸っぱい匂いと、そして英児の野性的な男の匂いが立ち上って混ざり合う。
「あ、英児の匂い……」
 彼の肩先に琴子は吸い付いた。願っていた通りに彼に貪りつく――。
「俺、お前の匂い――覚えたから」
 耳の裏を嗅いでいる英児が、そう囁いた瞬間だった。
「あっぅん」
 ……ぐんと、強く貫かれる。
 でも。そこで彼が止まってしまう。
 そっと目を開けて、抱きついている英児を見上げた。
 だけど……彼が何故止まっているかわかる気がした。琴子も、じんわりと感じている。きっと彼もそれを堪能しているところ。
「溶けていくみたい」
「琴子も、そう思うんだ」
「思う……」
 感覚が同じで、ちょっと二人で驚いて。息が乱れているのに、そっと微笑み合う。
 ひとつになったそこが、本当に熱く溶けあって、一枚の皮膚になってしまうような――。男の熱さは感じても、異物感のような違和感なんてひとつもない。
 不思議だった。こんな溶けあうセックス、記憶にない。
「俺さ……」
 ゆっくり、彼が動く。琴子もそのまま彼に任せた。
「堪え性ないんで、こいつがイイと思ったら……その、突っ走ってしまうんだ……」
 わかっている。ゆっくり愛されながら、琴子は彼の胸に頬を寄せ、密かに笑っていた。
 後先考えない初めてのキスだって、肩先に紅い痕を残したのだって……。ブラウスのボタンを開けたのも。本当に彼の勝手だった。
「でもさ。それって。もう惚れてんの」
 彼の腰の動きが大きくなってくる。
「わ、わからなかった……」
 じゃあ。あの時、もう……彼は……私を……? 紫陽花の側のキス。あの時、彼ももう私を想ってくれていたの?
「琴……っ子……を、いつ勝手に俺ん中で、脱がしたと、思う」
 彼も徐々に息があがっている。その問いに琴子は突かれながらそっと『わからない』と首を振った。
「言いたくないな……」
 言い出しておいて、聞いておいて。なにそれ。
 でももう琴子は言い返せない。彼の肩先で、ゆるく首を振って喘ぐことしかもう出来ない。でもそんな英児に愛されてなにも出来なくなった琴子の様子に満足したのか、彼が琴子の黒髪を狂おしい手つきで頭を撫でながら言った。
「桜の夜。お前の匂いを初めて嗅いだ後、すぐ――。俺……車に乗ってすぐ、お前を脱がしていたよ」
 思わぬ彼の言葉に、琴子はしがみついている彼の肩先で目を見開いた。
 『うそ』――。声にならない。
「馬鹿だよな。だからさ……ぼんやりしていて、泥を跳ねたんだよ……。頭真っ白だよ。イケルと思った女に泥かぶせるなんて。どんだけ俺、焦ったか知らないだろ。しかも逃げられてさ……。眠れなかったんだぜ……」
「うそ、ひとめ……なんてありえな……い」
 あの自販機で互いを見た時にだなんて信じられない。自分はそんな一目惚れされる女じゃないとわかっている。
 だけど、彼に激しく揺さぶられ愛されながら、琴子は絶対に揺るがない一言を聞かされる。
「一目惚れなんてもんじゃねーよ。匂いに決まってんだろっ」
 ――英児の腰が強く突き上げる。琴子の胸が一瞬で燃えた。
 高く突き抜けていく痺れみたいなもの。イクとかイカナイとかそんな身体的なことではなくて、突かれている性器から心臓から脳までバシッと走り抜ける『感情の閃光』みたいなもの。
 琴子にはよくわかる。今まで一度も良いと思ったことがない男の体臭をあんなに『イイ』と急に感じるだなんて――。彼の野生を琴子の本能が欲しているとしか思えない。英児も同じ。琴子の雌の匂いを嗅ぎ取ってここにいると言われたら――。琴子はそれを信じてしまう。
 
 英児が懸命に囁く――。
 
 あるんだよ。その女の匂いってやつが。お前の優しくて柔らかくて、清々しくって。必死で一生懸命で、健気。じゃないとあの匂い出せないからな。見なくてもお前の姿がどんなか、どんな可愛い女かすぐにわかったよ。
 そんな匂いの女はすぐに脱がしたくなるんだよ。だってそうだろ。素肌にしないと身体から出てくる匂い嗅げないだろ。
 だから。お前には悪いけど。もう会う度に、夜、お前を勝手に脱がして裸にして、愛しまくっていたよ。
 
「だから俺、今、すっげー興奮している。琴子の匂い、今日の匂いは特にすごい」
「わ、わかる……」
 
 熱くかすむ目をなんとか開けて、琴子も英児を見つめて言う。
 
 わかる。私も貴方の匂いにすごく惹かれる。その匂いを嗅ぐと、まるで……動物みたいな気分になるの。
 私、男の人の身体の匂い。こんなに好きになったことない。初めてなの、初めて……。
 
 俺達、もしかして。
 
 ――牡と雌、それで引き寄せられたもの同士? 匂いを嗅ぎあい分け合って、そして混ぜ合わしている今。匂いを認めた同志。
 
 きっと、そうよ。貴方じゃないともう駄目ね。
 俺もな。もう俺の匂いだからな。これ。
 
 いつしか男だけではなく、抱きついているだけの女も男を中に吸い込みながら激しく動いて愛している。
 抱き合って、唇を貪って、でも肌と肌を離さない。くっつけて押しつけ合って愛し合う。
 窓から潮騒。空には昇りきって小さくなった満月。潮が満ちる入り江。人が作った光の道しるべに見つからない限りは、暗がりでどこまでも愛し合う。
 ムードなんてない、それだけの為にあつらえられた古い部屋で。
 生き物って海から来たのよね。
 満月の夜、動物的に欲しくなるってホントみたい。
 なんて原始的なんだろう。
 本来の姿で愛し合うって。なんて熱いんだろう。
 この匂いの男しかいないって……。
 二度とないと思う。
 
 そんな男の匂いに至福を感じて、惚れ込む。
 楚々とした女の品だって捨て去って、愛し合う。ううん、男を貪って愛す。この匂いの彼だけを必死に愛す。
 『女になる』て。そういうことなのではないだろうか。
 琴子はそう思った。今夜、私は初めて『女』になれたんだと――。

 

 

 

 

Update/2011.5.18

TOP BACK NEXT
Copyright (c) 2011 marie morii All rights reserved.