× ワイルドで行こう【ファミリア;シリーズ】 ×

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 3.ルーツ軽トラ 

 

 雨、ママがいない雨の日。でもパパがいる。
「おい、喧嘩するなよ!」
 龍星轟定休日、だけれど平日なのでママは出勤日。なのに、本日は保育園が代休で。
 雨で外に出られないため、元気有り余っている長女と長男がミニカーの奪い合い中。どちらも金切り声で引きもしないやかましさに、英児は溜め息をこぼすばかり。
 その騒がしさのせいなのか、またはその時間がやってきたのか。英児の背中で眠っていた次男、末っ子の玲児が泣き始めてしまう。
「わかった、わかった。お前もミルクの時間かー」
 おんぶひもをといて、リビングにあるベビーベッドに寝かして、キッチンで準備したミルクを飲ませる。
 だが、末っ子の玲児が泣いた途端。お姉ちゃんの小鳥と兄貴になった聖児が静かになる。
「パパ、れいちゃん、泣きやんだ?」
「ああ、ミルク飲んでいるよ」
 小鳥がどこか嬉しそうに二人目の弟の顔をのぞき込む。
「小鳥の時も、パパ、こうしてくれたの」
「もちろん。だっこして小鳥にもおなじようにミルクを飲ませたこと、何度もあるぞ」
「ママがお仕事の時に?」
「いいや。小鳥の時はママはお仕事を休んで傍にいたな。毎日、毎日、ママと小鳥ふたりがここでパパのお仕事が終わるのを待っていてくれたんだぞ」
「ママとふたりで? ママと小鳥だけで」
「うん。その時はママと小鳥だけだったぞ」
 そうなんだ。と、ぱっと笑顔になる小鳥。
 聖児はお姉ちゃんの興味が弟に切り替わったので、いまがチャンスとばかりにミニカーを独り占め。
「はあ。そろそろ昼飯か」
 ママが用意してくれた昼飯を食べたら、午後は雨だけれどどこかドライブに行くか――。いつの間にか、子守留守番が板に付いてしまったパパに。
 静かになった子供達。聖児は相変わらず車遊びに夢中で、小鳥は雨の窓辺でちょっとおしゃまな頬杖スタイルでジッと外を見ている。ああ、こんな時。娘がとっても可愛い女の子に見えるんだけどなあ……とか思ってしまうパパ。
 そんな娘が何かを見つけた猫みたいに、ぴんと背筋を伸ばして窓ガラスに貼り付いた。
「あ、じいちゃんだ」
 じいちゃん? 英児は首をかしげる。定休日で店は閉めているが、矢野じいがなにか忘れてやってきたのだろうか……と。
「小鳥、マジェスタか」
 娘が首を振る。
「軽トラ!」
 軽トラだとー!? 英児は小鳥の報告に驚き、まだミルクをこくこく飲んでいる玲児を抱いたまま窓を覗いた。
 雨の龍星轟店先に、確かに古びた軽トラが一台。きゅっと停車。そしてそこから『よっこらしょ』とばかりに老人が降りる姿が。
「滝田の祖父ちゃんだ!」
 小鳥が玄関にすっとんでいく。すると、弟の聖児までお姉ちゃんに遅れまいと追いかけていってしまう。
「こら、まて」
 末っ子に哺乳瓶をくわえさせたまま、英児も玄関へ急ぐ。というのも、小鳥が十回に三回ぐらいの確率で鍵を開けて飛び出していってしまうことが何度もあったからだった。
 やはり玄関からガチャガチャと小鳥が鍵を開けようとする音が忙しく響いている。
『小鳥か』
 外からそんな祖父ちゃんの声。
「祖父ちゃん、いま、小鳥が開けるね」
『こら、小鳥!』
 まだ玄関ドアも開けていないのに、そんな怒鳴り声が響いたので、流石の小鳥もびくっとしてドアノブから手を離した。
『小鳥。誰が来ても、まだ小鳥が開けたらダメだ。お父ちゃんかお母ちゃんに開けてもらうこと。祖父ちゃんが来ても、父ちゃん母ちゃんがいなかったら開けたらダメだ』
 そんな言い聞かせに、小鳥が大人しくなる。
『祖父ちゃんだって嘘つく悪い怖い大人だったら嫌だろう』
「うん、いや。うち赤ちゃんいるから」
『お父ちゃん、そこにいるか』
「うん、いるよ」
 そうして小鳥がやっと英児に振り返る。
「パパ、開けてあげて」
「わかった」
 ホッとして、英児は息子を抱いたまま玄関を開ける。
 そこには口をへの字に曲げている白髪もそこそこにしかなくなってしまった父親がいた。雨に少し濡れた黒いウィンドブレーカーに、綿のズボン。昔から変わらぬスタイルの。
「どうしたんだよ、親父」
「まあ、そこを通ったんで寄ってみたんじゃが」
 相変わらずのぶすっとした顔。だがその片手には何かを持っている。
「うちで採れた野菜やけん。また琴子さんに渡してーや」
 近くを通っただけのはずなのに、わざわざ摘み取ってきただろう野菜を持っているなんておかしいじゃないかと言い返したいが。
「ありがとう。琴子、親父が作った野菜、いつも喜んでいるよ」
 それだけで英児の父は笑顔になるから困ったもの。
 そして英児も――。困ったな、である。  困るのは、今日は『琴子がいない』からである。いまだって、この偏屈親父と末っ子悪ガキの英児が向き合うと激しい言い合いになることもある。そんな時、間にやんわり入ってくれるのが琴子。英児は勿論、父も琴子が間にはいると、大人げないことは双方反省して抑えられるようになる。
 それが今日……。こんな琴子がいない、やんちゃな姉弟を英児ひとりで面倒を見ている時に……。
 だが。小さな孫が次々と生まれてから、年老いている父親がこうして時々訪ねてくるようになった。
 最初の頃は、義姉の慌てた連絡が携帯電話にあった。『お義父さんが出かけたきり全然帰ってこないのよ、畑に行くって言っていたのに遅いの。もしかして、そっちに行っていない?』と。そんな時はだいたい、もう英児の自宅に父親がいたりする。
 それを繰り返しているうちに義姉も『うちの子達も大きくなって、もう祖父ちゃんとはずっと同居家族だから空気みたいでしょ。会話も減ったしね。祖父ちゃんも小さくなった畑とハウス栽培をこぢんまりしているだけで』。
 その昔、英児の実家は兼業農家だった。しかしそれも父の代でお終い。兄達はしっかり大学へ行き、サラリーマンになり、やがて父親が歳を取り身体がいうことをきかなくなってきたのを機に、管理しきれない畑の土地を売ったり、駐車場やアパートに建て替え不動産として運用するようになってしまった。
 いまは、父親が『これだけは』と残した畑で季節には麦を作り、ハウス栽培で家庭菜園みたいな季節の野菜を世話しているだけという。
『でもね。英ちゃんの家にまだ小さい子がいるでしょ。たまに出かけて、我が家とは違う環境の家庭を眺めて、孫を見て、英ちゃんの顔を見て、琴子さんに大事にしてもらって。そうしてちょっとした団欒に触れて、散歩気分で出かけるようになってから……』
 その後、長兄嫁の義姉ちゃんが思わぬ事を言った。
『素直なのよ。なんていうか、怒りんぼで偏屈じゃなくなってきたというか。勿論、いまだってそうだけど。前ほどじゃないよー』
 あの親父が、俺の家に来て素直になっている? まさか――と英児は笑い飛ばしたのだが。
 それでも義姉はさらに言う。
『だからお願い。英ちゃん。お義父さんと喧嘩してもいいからさ、遊びに行った時はいらっしゃいって迎えてあげて』
 なんて、ことになっているこの頃。
 そして今日も――。
 『じいちゃん、いらっしゃい』と嬉しそうにまとわりついてくる孫を見て、目尻を下げて嬉しそうな顔。
 それを見てしまうと、英児は楽しそうな子供達のためにも、そして……まだ軽トラを運転して外の空気を吸う気力を養っている父親のためにも『まあ、これでもいいか』と迎え入れる。
 
 散らかっているリビングにはいった父親がキッチンを見る。
「琴子さん、仕事か」
「ああ、平日だからな」
「それで子供達は保育園は休みなんだな」
「運動会の代休」
 その運動会。この祖父ちゃんも、ちゃんと応援に来てくれた。活発な小鳥の活躍に興奮して。まだ心許ない聖児の頑張りに人一倍の声援を送ってくれたりして。しかも『わしもビデオ撮影する』とか言いだして、やったこともないのにやってみたり。
 琴子が作った弁当を孫達に囲まれて食べている父親を見ていたら、そりゃ。英児だって。以上に、琴子が嬉しそうなのだから、これまた困ったもの。
 私、お父さんがいないからね。やっぱりお祖父ちゃんがあんなに頑張ってくれる姿を見られるのは、お義父さんでもとっても嬉しい。
 そう言われてしまったら、親父と喧嘩なんて出来るはずもない。
「玲児は大丈夫か」
「いま、ミルク飲んでいたんだよ」
「うんうん。だいぶ、大きくなってしっかりしてきたな」
 息子が抱いている孫をみて、また嬉しそうな顔。っていうか、その『だいぶ大きくなった』は運動会があった一昨日も言っていたじゃねーかよ、とか突っ込みたくなるが。そこもいまは『うっかり言わないよう』我慢。
 そんな時、ダイニングテーブルに置いていた携帯電話が鳴る。
 ああ、義姉ちゃんかな。そう思った。
『英ちゃん、お義父さん……』
「来てるよ」
 やっぱりと思いつつ、返答すると義姉のホッとした声。
『今日、保育園。代休なんだって?』
「ああ、うん」
『琴子さん、仕事なんでしょ。この前、運動会の応援から帰ってきたお義父さんが、英児ひとりで大丈夫かなーって心配していたんだけどね。英ちゃんも、三人目ですっかり慣れているから大丈夫よーって私が言ったら、急に怒りだしてねえ』
 義姉の話に、英児は『父親の真意』にすぐに気がついてしまい、ギョッとして孫とフローリングで戯れている父親を見た。
『なんだかんだ言って。英ちゃんが、まだ乳児の玲児ちゃんを含めて三人も面倒を見るのを心配しているのよ。わざと野菜を摘んでいく準備していたから、黙って送り出しちゃったんだけどね……』
「そうだったんだ……」
『たぶん。琴子さんが帰ってくるまで居座ると思うから。もう帰ってもいい――とか、そういうこと言うと、また訳もなく怒り出すから気をつけてねー』
 義姉はそれで既に失敗したと、怒りんぼの義父の荒っぽい機嫌の上下に辟易している様子。
「うん、わかった。ありがとな、義姉ちゃん」
『じゃあ、よろしくね』
 頷いて、英児は電話を切る。
 なんだよ。俺を心配してきてくれたのかよ。俺だってもう三児の父だよ。小鳥も聖児もおんなじように面倒を見てきたよ。琴子同様に、三人目になったら、けっこう慣れているよ。
 でも、そう言えば義姉が喰らったような訳の分からない雷がぶっとんでくるんだなと、英児も思う。
 小鳥と聖児の相手をしている父が急に言う。
「英児。なにか用事があるなら、買い物とか行ってもいいぞ。ちょっとの間ならワシが小鳥と聖児なら面倒見ているから」
 だがそこで、英児はまた義姉の言葉を思い出す。『任せてといわれても、気をつけてね。なんだかんだ言っても、もう足腰弱っているお祖父ちゃんなんだから。子供達と祖父ちゃんだけにするとか気をつけてよ』と。
 だけれどそこで『親父と子供だけだと危ないから』とか言えるはずもない。要は『俺はまだまだ現役、判断もしっかり出来るし、まだまだ動ける』と思っているのだ。
 だけれど、そこは英児も『義姉ちゃんからの教え』に従う。
「あのさ。どちらにせよ、元気有り余っている子供達を雨でもドライブに連れて行こうと思っていたんだよ。それならさ、一緒に行って、俺が買い物をしている間に、親父が小鳥と聖児の面倒を一緒に見てくれよ」
「わかった。それじゃあなあ、いまから出かけて、外で昼飯食べないか。祖父ちゃんのご馳走だ」
 すると子供達がキラッと目を輝かせすぐさま反応した。
「じいちゃん、レストランつれていってくれるの!」
「そうや、小鳥。一緒にいくぞ」
「やったーやったー」
 聖児も万歳をして大喜び。
 ああもう、こうなったら仕方がないなあ……と、英児も苦笑い。
 すぐに皆で出かける支度をして、小雨の龍星轟を白いランドクルーザーで飛び出した。じいちゃんの軽トラックはガレージでお留守番。

 

 ―◆・◆・◆・◆・◆―

 

 まだやまぬ雨の中、子供達と年老いた父親を乗せて走る。
 ひとまず、レストランで食事をしてドラッグストアで買い物をして……。英児が玲児をだっこバンドでおぶっていろいろと選んでいるその間、落ち着きない小鳥と聖児は父親が面倒を見てくれている。
「助かるよ。親父」
 それは本心。もう、とにかく小鳥がすばしっこいったら。目を離したら、迷子になったりすることもたまに。
「よーし。最後はじいちゃんが、なにか買ってあげるぞ」
 いつになく気前が良いのは気のせい? 祖父さんだからとて、英児の偏屈な父親は孫に底なしに甘いわけでもない。もしかして……やっぱり『役に立つ』ってもんが嬉しいのかとか思ってしまう息子。
「悪いな。親父」
「いいんだ、いいんだ。ほらバイパスにでっかいおもちゃ屋があっただろ」
 張り切りついでに、そこまで行こうと言いだした。あんまりにも機嫌が良いので、逆にちょっと触れば爆発する予感。英児もそのまま従ってしまう。
 
 雨が小降りになった午後。すこしだけ雲間から青空。それだけで小鳥が上機嫌に歌いだす。それをまた祖父ちゃんも楽しそうに相手したりして。
 聖児と玲児は眠ってしまった。小鳥が歌っていても、三人のうち二人が眠っていると静かに感じた。娘の歌を聴きながら運転する英児は……。
 
 夏の星空。轍(わだち)がある古い畦道。でこぼこで、青草が茂っていて、蛙の声。干上がった水溜まり跡のへこみ。
『とうちゃん、もっともっと』
『うっせいな。静かにしとけや。英児、荷台からおちるんじゃねーぞ』
 
 急激に蘇った思い出に、英児ははっとする。
「そういえばよう。俺って、親父の軽トラに良く乗せてもらっていたよな」
「ああ。お前、落ち着きない悪ガキじゃけんど、軽トラの荷台に乗せて走ると嬉しそうに大人しくなるけえ、よく乗せて走ったわな」
 荷台に寝転がって青空を見たり、運転席と背中合わせに座って、バックで走っているような感覚で荷台から過ぎ去る畑を眺めたりするのが好きだったような。
『英児、水溜まりの穴があるからよ。気をつけろよ』
『とうちゃん、もっとスピードだしてくれよ!』
『よっしゃー』
 
 夏の干上がった水溜まり跡。そこがちょっとした穴になって、父の軽トラが激しくバウンドする場所。それがまた楽しみで――。
 そんな思い出に、親父が言う。
「……お前、もしかすっと、あんときから車が好きやったんかもしれんなあ」
 え。それって、なに? 英児の脳裏、夜中に制限速度無しの畑道で疾走する軽トラが、水溜まり跡でバウンッと跳ねてすごく舞い上がるあの感触。なんだか急に蘇ってくる。
 それが、峠道を疾走していた頃と何故か重なる。
「まさか、」
 驚愕する英児に気がついたのか、フロントミラーに映っている父を目が合う。だがその父の顔も。『まさか』という顔!
「ワシのせいじゃないぞ! お前が峠をバカみたいに走り回ったのは、ワシのせいじゃないぞ!」
 英児と同じ事を親父も感じ取っていた。
「あったりめえだろ。親父のおかげのもんか!」
 『親父のせい』じゃなくて、『親父のおかげ』になってしまっているし!
「俺はテレビで車のレースを見て魅せられたんだよ。親父がへなちょこに運転する軽トラなんかで、車屋になったんじゃねーよ」
 はあ、しまった! いつもの悪い口が発動してしまい英児は内心焦ってしまう。当然、父親も。
「なんじゃと。夜中にお前がちっとも眠らなくて、皆が寝ているのをいいことにひとりで悪戯ばっかりしよって、畑の朝は早いのに、軽トラ出して走らせて眠らせてやったんやぞ!」
 うう、そうだそうだ。俺がいま、それを小鳥とか聖児とか玲児にしているよ。初めて父親が何故、軽トラを疾走させてくれていたか痛いほど解ってしまう英児。
 
『父ちゃん、はえー!』
『だろ。父ちゃんも、誰もいない畑道ぶっとばすの好きじゃけん!』
 母ちゃんに内緒な。
 
 そんな会話まで思い出してしまい、今度は泣きそうになる。
 俺、完全に親父譲りだったのかと――。
「パパと祖父ちゃん、また喧嘩? ママがいたら『はい、オチャにしましょう』ていうよ」
 ふっと間に入ってきた小鳥の言葉で、英児と父は揃ってはっと我に返る。そして素直じゃないから互いに目線が合わないようにして黙り込む。
 でも、英児の唇の端。なんだかふっと和らいであがってしまっていた。
 あれ、確かに楽しかったな。口悪いばかりで腹立つばかりの親父と、唯一笑いあえた触れあいだった気がする。
 それに小鳥。琴子がいなくても、ちゃんと仲裁してくれる女がここにもいたじゃねえか――と。
 
 バイパス沿いにある大型おもちゃ店につくと、もう小鳥と聖児は『うわーい』とすっとんでいってしまう。
「こらー、まて」
 パパは末っ子の玲児をだっこバンドでだっこ。追いかけられない。だがそこで父が余裕の一言。
「広い店やけど、どこかにはいるはずじゃろ。小鳥もそんな馬鹿じゃないけん。外には出ていかんわ」
 だから落ち着けということらしい。
 そんな父親が、ふっと背丈が伸びた息子を見上げる。
「お前がいちばん子だくさんになったなあ。しかもなあ、悪ガキだったお前が……」
 もう一度息子を眺め、そこで父が『ぷ』と吹き出しそうになった顔をそらした。
「なんだよ」
 もう言いたいこと分かっている……。
 茶髪だの、赤い髪だの、金髪だの。剃り込み入れて、髪を鶏冠にして粋がっていたくせに……。いまは、カミさんが留守の間は完全子守パパ。赤ん坊をだっこして子供に振り回されている。
 そう言いたいのだろう?
「まあでもこれで、天国の母ちゃんも安心ってわけだな」
 母親にも偏屈だった父親がそんな言葉。
 もうだめだ、泣きそうだった。もしかして親父がこまめに様子を見に来てくれるようになったのは、母親の代わりなのだろうか? なんて思ってしまって。
「じいちゃーん、これ!」
「ぼくもこれ!!」
 さっそく、子供達が欲しいものを手に祖父ちゃんのところへまっしぐら。
「どれどれ」
 だけれど、そこで英児と父親は子供達が持ってきたものを見て互いに顔を見合わせてしまう。
 二人の手には、やっぱり車。長男の聖児はそれらしいが、小鳥は……。
「なあ、小鳥。この前、人形のドレスを探すってママと相談していただろ。あれじゃなくていいのか?」
 つい女の子らしく――と口を挟んでしまうのだが。
「ああ、ええんじゃよ。ええよ、ええよ。小鳥、それ格好いいなあ。なんて車なんじゃ」
「フェラーリ」
「おー、いつか乗れたらいいなあ」
「ううん。小鳥、ハチロクに乗るんだ。でもハチロクはどこにも売っていないんだよ。おもちゃのお店にもない車なんだよ」
 パパのガレージだけ! そういって飛び跳ねる娘。
   そこでやっと父親が英児に向かって溜め息。
「はあ。お前も覚悟しておけや。小鳥も聖児も、お前みたいにいつかぶっ飛ばすわ」
 それだけいうと、子供達の手を取って笑顔になる父親。
「さすが、車屋の子じゃねえ。よし、祖父ちゃんがこう(買う)たげるけんな」
 そうして三人でレジに向かっていく。
 英児も溜め息。うん、きっと俺も親父みたいに、いつの間にか子供達に影響を与えて『なにしよるんじゃー』とハラハラする父親人生が待っているんですね……と。

 

 ―◆・◆・◆・◆・◆―

 

 それから数日後。龍星轟営業中、カミさんの琴子も出勤、子供達も保育園へ。いつもどおりの平日。

 英児もいつもどおり、ガレージで顧客の車を整備していると、なんだかぶるぶると弱いエンジン音が入り口で聞こえて止まった。
 作業の手を止めて入り口を見ると、そこには薄汚れた軽トラが。
「親父」
「おう。ちょっとそこを通ったんだわ」
 またかよ。と、英児は癖でつい顔をしかめるのだが。しかし。
「この前はありがとうな。一日、助かったわ」
 琴子も後で、義父も子守を手伝ってくれた知って、とても驚き――。というか『丸一日。英児さん、お義父さんと喧嘩別れもしないで一緒にいられたのね』ということに非常に驚いていた。そして義父にはすぐに感謝の礼を述べ、あの後は親父の野菜を使った琴子の手料理で一家で夕食を共にした。
 そんな一日の後だからこそ。
「今日は子供達いないんだけど、どうしたんだよ」
 すると父がちょっと照れくさそうに、降りた軽トラを触る。
「なんか、いろいろ前と違う気がするんだわ。ちょっと見てくれんかのう」
 それは車屋になって初めてのことだった。
「わかった。見るから、店で待っているか。それとも、二階で待っているか」
「うん。二階で待ってるわ」
 そして英児は父親に自宅の鍵を渡し、笑顔でいう。
 任せてくれ、親父。軽トラ、もっと走るようみておくよ。
 あの時の軽トラではないけれど。でも英児の心を走らせるようにした車だから。

 

 

 

 

Berry's Cafe先行掲載/2012.1.17
Site・Update/2012.2.17
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