× ワイルドで行こう【ファミリア;シリーズ】 ×

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 5.リトルバード・アクセス《12》 

 

 恥ずかしさと驚きで何も言えずに固まっている間も、彼はあの涼やかな眼差しを小鳥に真っ直ぐに向けて、再度呟く。
「小鳥の誕生日まで、あと何日」
 彼の目が、いつもと違うことにも気がついた。思い詰めたような、そんな怖い目。
「あ、あと五日」
 なんとか答えると、彼が小鳥から目線を外し、ハンドルを握りながら『はあ』と大きなため息をついた。
「お、お兄ちゃん。起きていたの。だっていつも……」
 揺すっても起きないこともあったし、声をかけても起きてくれないこともあった。それだけすっと寝込む人だと思っていたのに。
「俺、寝付きもいいけど。目覚めもいい方。ちょっとのことで目が覚める。特に自宅ではない場所での眠りは割と浅い」
 えっ。 小鳥は目を見開き、今までのことを思い返し……、愕然とする。
「い、いままでも……じゃあ……」
 『だったとして、何故?』と自分で疑問を投げかけ、でも小鳥はすぐに彼が隠し持っていた答が浮かんでしまう。だがそれは、彼にとっては『決して気がついて欲しくないこと。暴かれたくないこと』なのではないかと思うと言えなかったし、小鳥自身もにわかには信じがたい。
 彼はもう、目も合わせてくれない。灯台だけを見つめている。そんな翔兄が、作業服のポケットから財布を取り出した。そこから何かを取り出すと、小鳥がいる助手席へと真っ直ぐに手を伸ばし、差し出している。
「これ。小鳥に」
「な、なに。それ」
 彼の大きな手からぶら下がっているもの。キーホルダーについている鍵。見たことがない鍵。貝細工で出来ている綺麗な『カモメ』のキーホルダーにつけられている。それを小鳥は首を傾げながら受け取った。
「俺の部屋の鍵」
「……え、お、お兄ちゃん。それって」
 翔が住んでいるマンションの鍵と判り、小鳥は驚く。
 つまり『合い鍵』! 『俺の部屋に、いつ来てもいい』という、彼からの『気持ち』。そしてその気持ちがどういうものであるのか判ってしまっても、小鳥はまだ信じられない!
「来週。小鳥がハタチになったら渡すつもりで、こうして準備して持っていたわけだけどな。キーホルダーもこれだと思うものを見つけるのに、けっこう時間かかった」
 『小鳥』でも『エンゼル』でもなくて『カモメ』。それが彼が選んでくれた『ハタチの小鳥』ということ? しかもこれをハタチになったら渡すんだと、ずっとずっと考えて準備してくれていただなんて。小鳥の胸から何かが溢れていく。
「う、嘘。だって……私、お兄ちゃんから見たら、子供、でしょ……」
 涙が滲んでいた。小さな女の子だった自分はまだランドセルを背負っていたし、彼はもう社会人で、背が高いお兄さんとしてもうそこにいた。
 十歳も先を行くお兄さん。どんなに急いでも追いつかない。いつまでも上司の娘さんとして気遣われているだけで……。
「子供って。だからって、いつまでも子供じゃないだろ。確かにランドセルを背負って『ただいま』と龍星轟に帰ってくる小鳥は子供だったし、中学、高校の制服姿の小鳥も子供だった。でもいま、俺の隣にいるのは確かにあの女の子なんだけど……」
 ハンドルを握ったまま灯台だけを見ていた彼が、やっと助手席にいる小鳥を静かに見た。カモメの鍵を握りしめて、涙をこぼしている小鳥をじっと暗闇の中、見つめてくれている。
「あのやんちゃな女の子でもあって、もう、そうではない。極端に言えば、あのやんちゃ娘とは別人……。『小鳥という彼女』にいつのまにか出会っていたんだな。と、思えるようになったのは……まあ、最近なんだけどな」
「女? 私が?」
 子供だと思われていた自分が、いつのまにか、望んでいたそのままに、愛する彼から『女性』として見てもらえていた? 小鳥にとっても『いつのまに?』だった。
「逆に。小鳥は俺のことを、『お兄ちゃん』としか思えていないんじゃないか」
「お兄ちゃんだけど……、」
 男の人としてずっとずっと素敵って思っていたわよ! そう叫びたかったけれど、それも恥ずかしくて言えなかった。
「男として受け入れられるのか? 男って、小鳥が思っている『カッコイイ素敵な男』ってことか」
 大人の彼がなにもかも見透かしたように、言えないことを投げかけてきた。小鳥は小さく頷く。
 なのに。運転席からまた溜め息が聞こえてきた。何故? アナタのこと、男として素敵だと思って、ずっとずっとアナタを見つめてドキドキしてきたのに。嬉しく思ってくれないの? そう思いたくなるぐらい、翔の表情は硬く、不機嫌にさえ見えた。
 すると、ため息ばかりついて何かを長く躊躇っていた翔兄が、運転席から急に小鳥がいる助手席まで迫ってきた。彼の大きな身体が突然、シートに身を沈めている小鳥に覆い被さる。
「お、お兄ちゃん?」
「いつまでも、お兄ちゃんじゃない」
 そういって、恐ろしいほど真剣な眼差しで見下ろしている彼の手が、小鳥の頬に触れた。
「小鳥。男……、怖くないのか」
 もう胸がドキドキ、大きく脈を打っていた。そして小鳥の指先は震えている。怖い? 怖いんじゃない。初めて男の人に触れられて、とても緊張している。
「男って。お前が思っている以上に、乱暴だったりするんだ。わかっているのか。それとも、もう……?」
「ら、乱暴って? お兄ちゃんはそうしたいの? 手荒くしたいってことなの? 優しくできないってことなの? でも、そういうものなんでしょ。男の人が望むままに女の人に触るって……」
 真面目に返すと、翔兄が目の前でちょっと面食らった顔をした。
 そして、すぐにくすっと小さく笑い出してしまう。
「なに、なにかおかしかった?」
「あ、いや。うん……、そのよくわかった」
「よくわかった?」
 思い詰めていた眼差しが、よく知っている落ち着いている優しい目に緩んだ。そして彼もほっとひと息つけたかのように笑っている。
「……馬鹿だな、俺。だよな。小鳥が、男のこと知っている訳がないよな。だってお前は、どこまでも純粋でまっすぐな親父さんにそっくり。自分の思い通りにならないからと、他に寄り道なんて遠回りなんてしているはずなんか……」
「え、何が言いたいの?」
 きょとんとしている小鳥の頬を、彼が優しく両手で包み込み、じっと小鳥の目をみつめてくれる。
「お前の、その、まっすぐなところ。何年もブレずにまっすぐなところ。俺……怖かった。俺なんかに幻想を抱いているだけだって。本当の俺を知ったら幻滅するに違いないって。俺の何を知っている? 年が離れている小鳥から見れば、なんでも出来るように見えているだけで、実際はそんなんじゃない」
「知ってるよ。二年前、この岬で落ち込む翔兄を見て、もっと好きになった。真面目で、どんなことにも真剣で、実直。だからカーブのように上手く曲がれなくて、直進しちゃって壁にぶつかっちゃう。頭良く要領よく余裕でこなしているわけじゃない。だから、お兄ちゃんも完璧じゃないんだって知ることが出来た。がっかりなんてしなかった。私、あの時も翔兄を抱きしめたかった」
 やっと素直に口に出来た時、小鳥ももう、彼の目を真っ直ぐに見つめ返していた。
「あの時、初めて思った。どんな時も、翔兄のそばにいたい。隣にいたい。アナタが痛いと思ったこと、一緒に痛いと思いたい。アナタが泣きたい時、一緒に泣きたいって。それほど、好き。ずっとずっと好き。前よりもっと好き。今も好き、翔兄が好き。大好き」
 溢れる想いを、そのまま口にした。
 彼の顔がちょっと困っているように見えた。呆れているようにも見える。やっぱり、こんなストレートはだめ? 重すぎる? 
 だけど次には彼が嬉しそうに微笑んでくれた。にっこりと、あの八重歯の笑みを見せてくれる。
「小鳥。ありがとう」
 小鳥の頬に触れている手の指先が唇に触れた。その指が軽く小鳥の顎を、彼の方へと誘っている。それが何を求められているのかわかって……、ついに小鳥は自ら目を閉じて答える。
 まつげを震わせながら待っていると、唇に温かく柔らかい感触がすぐに落ちてきた。優しく重ねてくれるだけの、そして、それは小鳥にとっては初めての口づけ。
 涙が出てしまった。あまりにも感極まって……。
 それだけで翔兄の唇は離れた。涙を流している小鳥を見て、やっぱり少し狼狽えている。
「大丈夫か。厭だったか」
 そんなことない。ただ、待ちすぎて、感触よりも気持ちが大騒ぎしているだけ。だから涙がでちゃっているだけ。でも言葉にもならない。
 初めてのキスだなんて。言わなくてもきっと翔兄も察してくれている。だから、触れるだけの優しいキスでやめてくれたのだと。そして初めてのキスが望むものだったかどうか気にしてくれている。
 今度は自分から彼に応えるため、小鳥から翔の首に抱きついた。
「こ、小鳥……」
「好き、お兄ちゃん、大好き」
 その唇を彼に押しつけた。やっぱり彼の困惑した戸惑う身体の堅さ。ずっと前から変わらない。小鳥のことを、どうしてもすぐにはその腕に受け入れてくれないという堅さが……。
 お兄ちゃんこそ、私が女になってぶつかったら困っているじゃない? お兄ちゃんの方が困っているじゃない? 私のことは、やっぱり『子供の頃から知っている子』? それとも――。そう心で呟きながら、小鳥は翔の唇に何度もキスを繰り返す。
 だけどその度に、彼に抱き寄せられていることに気がついた。身体が堅いのは変わらないけど、彼の長い腕の中、深く強く抱き寄せられている。頬を何度も撫でられて、いつの間にか、小鳥の熱烈なキスと同じように彼もあちこちにキスを返してくれている。
 小鳥、小鳥……。掠れた声で何度も呼ぶ翔の息が熱い。それが小鳥の頬に鼻先に、首元に、耳元になんども落ちてくる。
 小鳥も、翔の背にしがみつくように強く抱きついていた。止まないキスは、やがて彼の誘いで絡まるキスに変わっていく。小鳥の柔らかい唇を優しくこじあけた彼の舌先が、ゆっくりなめらかに奥深くまで侵入し愛撫する。
 初めてなのに、こんな濃密なキスになるなんて……。
 でも小鳥もわかっていた。もう子供じゃない。大人のキスがどんなものか知っている。彼が躊躇わずに思うままに愛してくれることに、また涙が滲んだ。
「翔にい……」
 私の息も溶けてきている。小鳥は自分でもそう思った。身体も熱くなっている。息が……恥ずかしいほど乱れている。こんなに熱く愛されることが、こんなに甘やかに灼けついてとろけるようだなんて……。
 ――あと五日だったのに。
 再び、そんな彼の微かな囁きを耳にしたけれど、小鳥はもう彼の背に抱きついたままうっとりしていることしかできない。このままずっとずっと彼の唇に愛されていたい。女の感触があっという間に身体の奥で息吹くのがわかるほど……。
 でもその直ぐ後、小鳥はビクッと身体を強ばらせた。あちこちにキスを落として愛してくれていた翔の大きな手が、いつのまにか、小鳥の肌を探り当てていたから。
 あちこちにキスをされてすっかり恍惚と溶けている小鳥の隙をついて、彼の手はもう小鳥が着ているネルシャツもキャミソールも腰からたくし上げている。
 柔らかい小鳥の肌に、熱い男の手。
「お、お兄ちゃん……?」
 あと五日だったのに。諦めたようなその呟きの意味は何であるのか、小鳥も気がついた。
 え、いま。ここで? このまま、任せてもいい? 流されちゃってもいい? でも、初めて。初めてって言えばいい? ううん。お兄ちゃんは気がついているはず?
「あと五日なんだけどな、」
 そう言いながら、小鳥を腕の中に固く抱き寄せたまま、翔の手が下腹から乳房の側まで上ってくる。それだけで、ぞくっと彼の腕の中で震えてしまった。
 乳房の下まで辿り着いた翔の指先が躊躇うことなく、乳房を包んでいたランジェリーの下へと潜り込んでいく。キャミソールの下で、その指が静かに小鳥の乳房をランジェリーカップから丸出しにしてしまう。その乳房も彼が迷わずに優しく包むと、小鳥はついに小さな吐息を漏らしてしまった。
「しょ、翔兄……」
「これが男、本当に大丈夫なのか」
 優しく包んでくれていた熱い手が、そこできゅっと小鳥の乳房を柔らかに掴んだ。
「へ、平気……。だって、翔兄、だもん」
「こんなもんじゃない」
 『初体験』である小鳥が本当に平気なのか、彼はさらに小鳥の肌に試そうとする。乳房を優しく包んでいた指先が、今度は意地悪をするように小鳥の胸の先をつまんだ。その途端、身体中に走る切ない痺れ――。
 キスより灼ける感覚に、小鳥はもう身体中から力が抜けて落ちてしまいそうに感じて、彼の背にしがみついた。
「もっと酷いコトもする」
 と、彼が息だけの声で囁いた。今度の翔は小鳥の様子もお構いなく、大胆にシャツもキャミソールもまくりあげ、ついに片乳房を夜明かりの中に晒してしまう。
 翔がそこで手を止め、小鳥を見つめている。小鳥も……白い乳房を露わにされたまま、ただ彼を見つめ返した。二人の顔に、灯台の光が時々あたる。翔は乳房ではなく小鳥の目をじっと見ていて、そして小鳥も、肌を荒らそうとする男の手よりも、彼の目を見つめた。
「ひ、酷いコトって。これが酷いこと……なの?」
 もちろん、恥ずかしい。どんなふうに思われているのか、とっても怖い。それに彼の顔つきが、もう優しくない。黒目がいつも以上に煌めいて、眼の力も強くて。男の顔ってそういう顔なの?
 たしかに見たことがない彼の顔だと思った。でも厭じゃない。
 落ち着いている小鳥を確かめた翔が、意を決したようにして、その唇を小鳥の乳房に落とした。
「あっ」
 胸元にうずまる男の黒い頭。それが静かにうごめいている。
 乳房の柔らかいまるみに、熱い感触。肌にキスをしてくれている。
「……大学生になって。小鳥が男と出かけるようになって。今度こそ、今度こそ。俺のことは忘れるかもしれないと思っていた」
「そ、そんなこと、一度も……なかったよ……」
 そう応えた直ぐ後、小鳥は『あっ』という声を突き上げてしまう。ゆっくりと吸われる音が、『ちゅ』と小さく響く。
 つんと尖ってしまった紅い胸先、そこを吸っては熱い舌を絡めてくる。
「……あ、ん・・翔にぃ……翔……」
 彼の手から、大きめの乳房がこぼれ落ちるように強く握られていた。そこから淫らに突き出た紅い胸先を彼が何度も何度も吸っている。
 これが……、男の人に愛されるって……こと。これが……好きな人に愛される感覚……!
 ああ、やっぱりこの人は経験ある大人。慣れた指先と唇、女を愛すことをよく知っている。それがいま、小鳥の肌に身体に刻まれていく――。
「や、だ。しょうにい……もう、私、このまま……、……に、なっちゃうっ」
「じゃあ、俺でいいんだな。俺はもう……」
 そこで言葉を切った彼の激しい口先に、小鳥は崩れていく。堪らずに彼を自分の胸の中にぎゅっと抱きしめてしまう。
「いいよ。お兄ちゃんがいい。お兄ちゃんじゃなきゃ、いや。ずっとずっとそう思ってきたんだもん……っ」
 そう叫んだあと、乳房の柔らかい端を彼が強く吸った。今度は『痛い』と顔をしかめるほど。
 そこで彼の唇が離れた。朦朧とする小鳥がそっと胸元を見下ろすと、乳房の端に赤い痣が出来ている。
「もしかしてこれって……。こんなになっちゃうの」
 それが自分に初めてつけられたキスマークだと知る。彼がそれを見つめて微笑んでいる。
「これ予約、な」
「予約?」
「ああ。五日後の予約……。ほんとは俺も自信なんてなくて……」
 嵐のような肌への愛撫をした人が、もういつものお兄ちゃんの顔で、小鳥の乳房を優しくシャツの奥へと隠してくれる。
「自信がないって……?」
 彼もうっすらと汗ばんでいて、すこし湿った黒髪をかき上げながら、そのまま運転席へと退いていく。
「小鳥は、仲間がいっぱいいるだろ。ハタチの誕生日会だってみんながしてくれるんだろ。そういう、同世代の気が合う男に……今度こそ、お前をかすめ取られていくかもなあって。思っていたんだよ」
「なに言っているの。お兄ちゃんだって知っているじゃん。どんな男子が寄ってきたって、私が拒否してきたこと」
「そう。大学生になった途端、小鳥に近づいていくる男が続々――。これはちょっと三十になる兄ちゃんには脅威だったな」
「えー? だってお兄ちゃんの方がずっとずっとカッコイイのに」
「……小鳥も。いい女になったからな」
 え、そうみえるの? 思っていなかったことまで告げられ、小鳥は目を見張った。でも運転席では、照れくさそうに悶えハンドルを握りしめてばかりいる彼の姿が。
「急に女らしくなって。それになんだよ。そんな……いい身体になりやがって。だからこの前から言っているだろ。自覚してくれって。いつまでも『私は女らしくないから』と思いこんで、女らしい格好をしていく時も無防備に出かけていって。その無防備さに、男が吸い寄せられているって気がつけよっ」
 小鳥は唖然とした。あのお兄ちゃんが、駄々をこねるみたいに文句を言っている。すごく困った顔で。こんなお兄ちゃんも初めて?
「そんなに、無防備かな。だってほんとに私、女らしくなくって」
「ったく。これだもんな。親父さんがハラハラしている気持ち、俺すげえわかるんだよな。安心しろ。ちゃんと色香もあるから。オカミさん並の『いいとこのお嬢さんの匂い』しているから。しかも……予想はしていたけど……」
 そこで彼が何かを小さく呟いた。聞こえなくて小鳥は聞き返したが、聞こえない。再度、聞き返してやっと聞こえたのが。『お前の胸、思った以上にデカイ』だった。
「だからっ。ハタチになったら、すぐに捕まえないと、いつ他の男に捕まえられるかわからないと……思っていたんだよっ」
 そんな、拗ねたようなお兄ちゃんの横顔も初めて……。小鳥はついに笑って、運転席にいる彼に抱きついていた。
「嬉しい。お兄ちゃんに、予約されちゃった」
「……ほんとはハタチまで、絶対に手を出さないと決めていたのに。ちくしょう」
「別にいいじゃん……。だって。私、友達の中でも、遅いんだよ」
 お兄ちゃんだけと思って大事に取っておいたのに。だから今度は小鳥が小さく呟く。
「いまからだって。全然、構わないんだけど」
 今すぐ。お兄ちゃんと一緒になってもいい。もう身体は熱く燃えてしまっている。このままどんなに痛くても貫かれてしまっていいと……。
「だめだ。今夜はだめ」
 そこはきちんとしている彼らしく、厳しい顔つきに。そのまま抱きついている小鳥を助手席へと押しのけた。
 そしてそこで彼が、どれだけの決意を持っているかを初めて口にした。
「小鳥のことは今すぐ欲しい。でも……。ハタチまでは、親父さんへの義理を通させてくれ」
 その言葉に、今夜、彼に愛されているとわかった感動以上に、胸を貫かれた。
 彼は、翔は、小鳥のことだけではない、小鳥の家族のこともちゃんと考えてくれている。小鳥の周りにある『大事』は、俺にとっても『大事』。それをちゃんと大切にしてくれていた……。
 上司への義理。上司が大事にしている娘、お嬢さんだから、ハタチまでは絶対に手を出さない。手を出さないと決めていたから、気持ちも表に出せなかった。その間、徐々に大人になりつつある小鳥が同世代の男に捕まえられないか、ハラハラしていた。それが彼の二年だったんだと、小鳥はやっと知る。
 だから中途半端な男の気持ちしか見せられなくても、常に『今夜、一緒に走ろう』と出来る限り手元に引き寄せ、でも留め金が外れないよう『父親の部下、俺はお兄ちゃんでなくてはならない』という、望まない気持ちとのバランスを保っていた。
 だけど、今夜。ついに彼も……。そして小鳥も……。
「じゃあ、ハタチになったら……愛してくれるの」
 ハンドルを握ったまま、灯台の光を見据えた彼がそっと微笑む。
「待っていたのは俺だって。まだわかっていないな。小鳥は」
 その鍵を持って、俺のところにおいで。いつでも待っている。
 八重歯がのぞく、あの笑顔。小鳥もそっと微笑む。ずっとずっと恋してきたこの笑顔、遠い触れられないと思っていたこの人が、今夜から小鳥の手に確かな感触。
 小鳥はもう一度、翔に抱きついて、自分からキスをした。
 そして初めて。小鳥が抱きついて初めて、彼の腕が小鳥の身体を吸い込むように、優しい力で受け止めてくれている。彼の身体の力も抜けて、柔らかに崩れてくれる。
 「親父さんにそっくり。思ったままにストレートでロケットのようにぶつかってくる。そんな可愛い小鳥にこれからガンガン愛してもらえるかと思うと……」
 彼の嬉しそうな声に、小鳥も返す。
 
 真面目で落ち着き払っているアナタが困るぐらいに、これからは私がたくさん愛してあげる。
 
 誰よりも。いままでの誰よりも、私がいっぱい愛してあげる!

 

 ―◆・◆・◆・◆・◆―

 

 まただ。また、ガレージに『エンゼル』がいないっ。
 もう呆れてしまい、小鳥は父親に抗議もせずに、そのまま事務所へ向かう。
「武ちゃん……。今夜もお母さんのゼット、借りていくね」
 事務所でひとり仕事をしていた武智専務に、『父ちゃんと言い合うのも馬鹿馬鹿しい』とこぼしながら、社長専用キーラックに向かっていた。
「あれさあ。実はちょっとした親父の意地悪かもしれないね」
 眼鏡の専務も溜め息をこぼしていた。
「意地悪? なんのこと」
 聞き返すと、武ちゃんがどこかに出かけようとしている小鳥をじいっと、眼鏡の顔でみつめる。
「聞いていいかな。その指輪、どうしたの」
 聞かれて、小鳥はハッとする。……というか、指につけている以上隠しようもない。だけど、家の者にはあからさまには『まだ』告げられない。
「べ、別に。バイト代から買ったんだよ」
 嘘だった。小鳥自身、自ら買ったアクセサリーはシンプルなピアスぐらいしかない。
 そして武ちゃんも『へえ』と意味深な微笑みを見せる。
「じゃあ。おじさんから言っちゃおうかな」
 やばい。このおじさんの観察力には、誰も敵わないことを小鳥は良くわかっている。
「翔の首にも、似たよーな指輪がちょっと前からぶら下がっているんだよねえ……」
 あーん。やっぱり武ちゃんの目は誤魔化せなかった! 小鳥はついに降参する。
「ハタチのお祝いに。お兄ちゃんから……」
「お祝いに? ふうん、指輪だけじゃなく、お祝いに女にもなっちゃったってわけ。ついに」
「お、お父さんも、じゃあ、知っているってコト?」
 そこまで見抜かれたので、小鳥は英児父も気がついているのかと焦った。
 『意地悪』の意味を、小鳥もやっと知る。エンゼルに乗って夜な夜などこかに出かけては、帰りが遅い。イコール、『男と一緒』。しかも『俺の部下、かもしれない』。そう思って、小鳥が出かけにくくなるよう、車を出せないようにしているってこと?
 だが、武ちゃんが首を振る。
「いやいや。相手が翔だとは……はっきりとは確信していないみたいだね。でも小鳥が『誰かに夢中で、指輪をしている』ことは気がついている。翔だと疑っているけど、タキさんは翔が指輪を身につけていることも気がついていないし、そこは翔の方が上手だね。部下としての顔をきっちり守っているから、親父さんも信頼している部下だけに、余計な詮索をして厭な親父になりたくないと……そんなところ?」
「少しずつ自然に知ってもらえればいいよね……って、彼と……」
 別に英児父を騙しているつもりはない。だけど、まだつきあい始めたばかりなのに『今日から二人でつきあいます』なんていちいち報告するのも変――。ということで、いつのまにか気がつくような自然な形でいいのではということにしていた。
 そして、そこは武智専務の方が笑って受け入れてくれる。
「うん。おじさんも、それでいいと思っている。まあ、でも。龍星轟の空気が変なことにならないよう、ちょっとそこの事実は押さえておきたかったんだよね。わかった。親父さんのことは心配しなくていいよ。おじさんが、父ちゃんと翔のことは見ておくから」
「あ、ありがとう。おじちゃん。お願いします」
 きちんと頭を下げて御礼をいうと、そんな馴染みのおじさんが、感慨深げに眼鏡の顔で小鳥を見つめている。
「……長かったな、小鳥」
 誰もが知っていただろう小鳥の長い初恋。それが叶った。それをそっと祝福してくれている。
「うん」
 照れくさくてそれ以上は何も言えず、小鳥はさっとフェアレディZのキーを握った。
「アルバイト、行ってきます」
「いってらっしゃい」
 眼鏡のおじさんに笑顔で見送ってもらい、母の車のキーを片手に事務所を出た時だった。
 小鳥が出てくるのを待っていたかのように、青いMR2がさっと滑り込んできた。キッと停車したその運転席には、英児父。
 父親がふてくされた顔で、運転席から降りてきた。
「車、整えておいた」
「あ、ありがとう」
「バイトだよな」
「そうだよ」
 本当にバイトへ行く。のだが、英児父がじいっと小鳥を見ている。小鳥の目の奥から何かを探っている。
 バイトの後、どこに行くつもりだ。そんな問いかけが聞こえてしまう。
 本当は夕方から夜閉店までのバイトが終わったら、翔兄の部屋に寄るつもり……だった。
 それを今は悟られないように平静を保ち、小鳥はどうしてか急に手入れをしてくれたMR2に乗り込んだ。
 シートベルトをしながらウィンドウを開け、まだそこにいる父に告げる。
「行ってきます」
「……小鳥」
 今度は父が呼び止める。『なに』と見上げるとまだロックをしていない運転席のドアを英児父がざっと開けてしまう。
 やっぱり言わずにいられないことがあるのかと、小鳥は硬直した。しかも英児父、開いたドアのそこで、アスファルトに膝をついて、下からグッと小鳥にガンを飛ばしている。
 ヤンキー座りじゃないけど、それっぽい。しかもその睨み方。いつものように、英児父が真っ正面から本気でぶつかってくる時の眼だった。
「おい。父ちゃんの目を見てみろ」
 下から睨まれている鬼の眼を、小鳥はきちんと見つめ返した。
「お前、正々堂々と生きているって言えるか」
 遠回しな言い方だけれど、何を問われているのか、小鳥にもすぐに通じた。
 容易い方へ流れて、心にもない男を選んだりしていないか。
 男とうつつを抜かして、仕事も勉学も無責任に放り投げていないか。
 やるべきこと、嘘偽りない道を歩んでいるのか。
 英児父が問う『正々堂々』とは、そんなことなのだろう。
 その問いの返事は決まっている。そして、ここは小鳥も絶対に怯まない。下から睨み倒す元ヤン親父のガンを受けながら、小鳥も静かに父の目を見た。
「後ろめたいコトなんてひとつもしていないよ。胸を張って父ちゃんに言えることしかしていないよ」
 赤裸々に報告できないことだけど。そこはもう大人の女のデリケートなことだから、いまはそっとしておいて。言葉に出来なくても、小鳥は目で伝えた。
 すると、英児父がヤンキー座りぽいその姿のまま、ふっとひと息。だけどまたグッと小鳥を下から睨んできた。
「男に言っておけ。娘の男だって認める時は、娘が幸せだって『親父の俺が』確信した時だってな」
「と、父ちゃん」
「お前が幸せだって言っても、まだ認めねえ。確かに娘は幸せだ。俺がそう思えた時がその時だ」
 英児父らしくて。小鳥は泣きそうになった。
「……わかった。私が認めた男の人が……現れたら……、その時、その人にそう言っておくね」
 いまその人がいるとは、小鳥はまだ白状しなかった。
 でもそれが翔であることは。おそらく、こんな会話をしているけれど、もう父も判っているのだろう。
「行ってこい。お前がどこまでも走れるようにしておいたからよ」
 先日、整備したばかりのMR2を今日もまた整備していたのは何故なのか。小鳥も察した。それも父の儀式なのだろう。
 これから自分一人で飛んでいく我が子。そんな子離れをするための言い聞かせをしながら、どこも悪くない娘の愛車を手入れしてくれていのだろう……。
 小鳥は再度、運転席のドアを閉め、ハンドルを握る。
「お父さん、行ってきます」
「おう。きばって行ってこいや」
 バイトも、恋も、そして小鳥のこれからのなにもかも。父はここから小鳥を飛ばしてくれる。
 MR2のアクセルを踏み込み、エンジンを高らかに響かせると、父も満足そうに見送ってくれる。
 
 俺の小鳥。
 どこまでも飛んでいけるエンゼルにしておいたからよ。
 もうどこでも飛んでいきな。
 
 そんな父の声が聞こえたような気がした。
 小鳥は強く頷き、サイドブレーキを下げる。
 ぎゅっと鳴るタイヤ、踏み込むアクセル。この龍星轟から飛んでいく。
 
 龍星轟の皆が言う。
 
 うちの青いエンゼルは、可愛い翼の天使だと思ったら大間違い。
 ソニックブームをまとって音速ですっ飛んでいくから気をつけろ。
 
 もう、小さな鳥じゃない。

 

 ■ リトルバード・アクセス 完 ■ 

ファミリア編はこれにて完結。娘の恋までお付き合いくださり、有り難うございました♪ 茉莉恵


 

  
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Update/2012.9.18
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