《ワイルドで行こう;オールアップ》

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 2.明日、行こう。 

 

 夫妻の夕食時間はいつも遅め。勤めている琴子が帰ってきてから、そして、夫が経営する『龍星轟』が閉店してからになる。
 それでも、ふたりで向き合ってゆったりと食事をする。彼がなんでも美味しい美味しいと綺麗に平らげてくれるから、琴子も嬉しくなる。
「先に風呂にはいるな」
「はい、お願いします」
 『お願いします』と送り出すのは、夫の英児が入浴の準備を整えてくれるから。いつの間にか、お風呂のお仕事は旦那さん担当になっていた。
 独身生活が長かったことと、常に自営宅で留守をしているのは彼であること、また共働きであることもきちんと気遣ってくれ、手が空いていれば出来ることはなんでもしてくれる。
「俺の汚れた作業着、自分で洗うから、お前はやらなくていいからな」
 それも結婚する前から自分で毎日やってきたことだからやらなくていい――ということになっていた。
 一生懸命働いて汚しに汚した作業着を甲斐甲斐しく洗って綺麗にしてあげたいという『女心』が最初はあった。そう思って同居してすぐに、彼の作業着を洗濯してとても驚いた。洗濯機の中で渦巻く水が真っ黒に! もちろん、他の洗濯物とは別にして洗ったが、その黒さが毎日かと思うと、流石に琴子は青ざめた。
 『とても汚れるのね、驚いちゃった』と言っただけなのに。それが女性にとってどう案じるものか直ぐに彼は気がついてくれ、『速攻、即決の男』である英児らしく、琴子になにも言わずに最新型のドラム洗濯機を買ってきてしまった。それにも琴子が唖然としていると、『独身の時から俺が使ってきた洗濯機は、これからは作業着専用な』と二台使えるようにしてくれた。
 しかも。洗濯機を分けてくれたなら、ついでだから二台一緒に回すと琴子が言っても、『今まで通り、作業着は自分で洗う』と英児が言い切り、その通りに、毎日自分で洗って自分で干している。
 そういうところ、本当に良くしてくれる。琴子もとても過ごしやすく、もうずっと長く住んでいるような気になるほど龍星轟宅に馴染んできていた。

「あ、石鹸。なくなりそうだった」
 リビングを出て行ったばかりの英児を追うようにバスルームへ向かうと、丁度、彼が衣服を脱ぎ始めたところ。
「英児さん。もう石鹸がなくなりそうだったから出すわね」
「おう。悪いな」
 バス小物をまとめているバスケットから、英児が好んでいる石鹸をひとつ手にして彼に差し出した。
「おっしゃ、行ってくるわ」
 琴子の目の前で、豪快に服を脱ぎ散らかして堂々と素っ裸になる英児。隠すところも隠そうとしない思い切りの良さがもう……。本当に男らしいというか、悪ガキというか。琴子の手から石鹸を取ると、男っぽい裸体でバスルームに消えていった。
 彼が去った後も、嵐が去ったよう。子供みたいに脱ぎ捨てた服や下着が散らばっている。それを琴子は、笑いを堪えて拾い集める。
「もう英児さんったら。子供みたい」
 琴子の父はこういう豪快さはない穏やかな男性だっただけに。女性寄りの家庭だったので、男らしく豪快な振る舞いを目にすることがほとんどなかった。
 それがこの夫と結婚したら、毎日がこんなかんじ。何事も軽快に笑い飛ばし、何事も素早く決断し、何事も豪快で思い切りがよい。それが風呂にはいるという日々の些細な行いにまでよく表れている。
 そんな彼が脱ぎ散らかした服を拾う時、琴子は『本当に、悪ガキ兄貴の奥さんになったのね』と実感したりする。
 汗の匂いがこれでもかというくらい染みこんだティシャツに、泥と油で汚れた紺色の作業ズボン。嫌ではない、英児の生きている匂い。それまで敬遠していた異性の匂いだったはずなのに、ある日突然、なにかに捕まったように嗅ぎ取り離れられなくなった男の匂い、彼の匂いだからこそ愛せる匂い。慈しむような思いで、仕事着専用の洗濯機に放り込む。ここまでしたならスイッチを入れて回すぐらい……。洗濯をするセットをしてスイッチを入れると、ゴウンゴウンと洗濯機が動き始める。
 その時、急に。バスルームの扉が開いて、これまた恥じらいもなく素っ裸の英児が濡れた姿を見せたので、琴子はびっくり固まった。
「おい、こらっ。それ、俺がやるって言っただろ」
「す、スイッチ、入れただけだよ。拾ったついで」
 どんなに何度もその男の裸体と抱き合ったことがあると言っても、煌々と灯りが照らすそこで男のなにもかもがあからさまに見えると琴子も直視なんてできない。目のやり場に困ってしまう。だけど彼はけろっとした顔で言う。
「そっか。うん、ありがとうな」
 素っ裸で、あのにぱっとした笑顔。だけど直ぐにしかめ面に変わる。
「でもな。お前、なんでもやろうとするからよ。俺がやることは俺がやるときちっとしておこうと思って」
「そ、そう。私もありがとう。じゃあ、干すのはお願いしますね」
「当然だろ。俺、毎日ずっとやってきたから気にすんなよ。ほんとに油断するとお前、頑張りすぎるから心配なんだよ」
「頑張っていません。今日だって……ここのところ、ちゃんとお料理していないって反省していたぐらいなのに」
「充分だよ。お前の飯、簡単でも手が込んでいてもちゃんと美味いから気にすんな」
 それだけいうと、彼の方からばたりと扉を閉めて姿を消してしまう。
 さっと出てきて、さっと話をして、さっと去っていく。疾風のごとく、いちいち戸惑って迷っている琴子の割り切れないところをすぱすぱ切って、その風のまま一緒に次の場所に連れて行ってくれる感覚。いまはこれを『彼はロケット』と呼んでいる。
 彼にとってはひとつひとつ、今まで通り自然にやっていることなのだろうけれど、琴子はそんな夫の豪快さに触れると……。まだ頬が熱くなる。『私にはなかった世界』だと思うと、ちょっと興奮していることがまだある。

 

 ―◆・◆・◆・◆・◆―

 

 琴子もシャワーで疲れを流し、眠る準備。一日の全てが終わり、彼とくつろぐベッドルームへ。
 部屋にはいると、開いている窓から小雨が見えた。
 初夏になったせいか、英児はもう下着一枚、ほとんど素肌でタオルケットにくるまり、今夜は車の雑誌片手にもう眠っていた。
 琴子も隣に入るとすうすうと安らかな寝息が聞こえて、そっと微笑む。
 さらさらと優しい雨の音。彼の耳元にそっと触れ、琴子はそこに『おやすみ、お疲れ様』と小さなキスを落とした。
 キャミソールにショートパンツ姿の琴子もタオルケットを引き寄せ、夫の隣でひと息、眠りにつく。横になった途端だった。
「やっと来た」
 丸出しの肩に熱い人肌。驚くと、もう英児が覆い被さっていた。
「起きていたの」
「してくれただろ、いま」
 そのお返しとばかりに、英児の熱い唇が琴子の耳に触れる。
「琴子、お前も……お疲れ」
 小さなキスと囁きをしっかり気付かれていて、琴子はちょっと恥ずかしくなる。
「起こしちゃって……」
 ごめんね。そう言おうとした唇を、英児はゆっくりでも強くふさいでしまう。
 こじ開ける舌先も、強いのに、ゆっくり。急いでいない。
 でも。彼がキスをしたら、もう琴子が着ているものをめくっていて、柔らかい乳房を探す手は相変わらず素早い。
 彼と舌先で愛しあう時にはもう、英児の熱い手が琴子の乳房を掴んでいる。優しく揉んでいる。その手はいつも『探して、確かめている』と感じさせ、男特有の欲求を込めただけの手ではないことを、琴子はもうよく知っていた。
 だけれど。なによりも先に、女の肌を、熱を、柔らかさを、匂いを、その手を触覚のようにして探して求めてくれるこの英児の手が琴子は好きだった。
 最初は、なんて悪ガキと思っていたのに。こんなに『私を探して、見つけて、捕まえてくれる』と思うと、その手に柔らかな乳房が捕まった時、琴子はもうなにもかも彼に捧げたくなってしまう。
 それでも、英児の手は『渇望』を滾らせていたような荒っぽさはやわらいでいた。探すのは素早いが、捕まえたら……いま交わしている口づけと一緒。熱くゆっくり慌てずに、ひとつひとつを確かめるよう感じ合うよう丁寧に。
 琴子も静かに上から被さってくる夫の大きな身体を迎え入れるよう、背に手を回して抱きしめる。
 そうすると『お前がひっついてきたから、挨拶はもう終わり!』とばかりに、英児の手が琴子が身につけているものを手早く剥いでしまう。上のキャミソールも、下のショーツも。その素早さも変わらず……いや、素早いというか、ここはちょっと手荒かも? 琴子が『あん、そんな格好させないで』と恥じらったその時にはもう、キャミソールもショーツも宙に舞うと言ってもいいくらいにベッドの外に放り投げられている。
「……あっ、もう」
 丸出しになった乳房に思う存分吸い付いていくる。大きな口で貪るように吸われていたかと思うと、熱い舌先でゆっくり舐めあげ、時にはちょっと強い甘噛みまでして。英児はそうして琴子の胸に夢中になる。
 その時、彼の匂いが立ち上る。彼の愛撫で悶え肌を熱くしてしまったのは琴子だけじゃない。女の肌を愛している彼も、男の肌を熱くしてあの匂いを放ち始めている。
 女の琴子とは全く異なる、男の匂い。石鹸の香りの向こうから強く迫ってくる男だけが持っているあの匂い。それが琴子の鼻先を何度もかすめていく。
 熱い舌先に激しく愛撫されるだけでは得られないなんともいえない高揚感へ誘う、その匂いが琴子をとろけさせていく、夫の匂い。他の男がこれと同じ匂いを持っていることを知っている。でも他の男じゃダメ、この人の、この匂いなの。けっして『いい香り』ではない。石鹸で誤魔化しても妻の琴子だから嗅ぎわけてしまう、彼だけの肌の匂い。男の体臭。ほんとうはそれがいちばん、琴子を喘がせる。この匂いこそ、『裸の女』にさせてくれる。女の欲望を剥き出しにして、彼が噛みついてきたら牝の自分も噛みついて『もっともっと』とあからさまにねだる動物になれる。夫の匂いは、そんな唯一無二の匂い。
「琴子、もうこんなに」
 夫の長い指先が、躊躇なく濡れこぼしたそこに、するりと入っていく。
 もうこんなに……。よく言われる囁き。『まだ少ししかお前に触っていないのに。もうこんなに濡れている』。そういう囁き。
 琴子もわかっている。この人とつきあい始めた頃、ここまで敏感ではなかった。でもいまはもう……。彼に愛されすぎて、キスをされただけでスイッチが入ってしまうようになった。乳房を掴まれたらもう溢れている、下着を濡らしてしまう。そう自分でも分かる時がある。それほど彼に女の性を明かされてしまったから、もう隠しようもない。牝の本能のまま、感じたまま、彼が望むとおりにその印をこぼすだけ。だからもう、恥じらいはない。この人だから、感じるままにいくらでも濡れこぼしてもいいと思っている。
 琴子はそのまま、シーツの上で足を開いた。恥じらいをなくした妻が、そうして言葉なしに夫に求めているもの。
 こんな私じゃ、イヤ? そう眼差しで彼に問うていたのは、もうだいぶ前。それまでは夫の意志で開いてもらっていた。でも、いまは……だって……この人がそれを許してくれたから。女として恥ずかしがらなくていいんだと。『もっと俺を求めろよ』と言ってくれるから。
 そうすると、英児が琴子が開いた足の間で満足そうに微笑む。ゆっくりと入っていった彼の指先が、今度は奥でくんっと突き立てられ、琴子はそこでやっと……男に責められて泣く女になる。
「え、英児……」
 たっぷり濡れているから、彼の指先が琴子の中でどうにでも泳ぎまくる。そして、琴子がどんなふうにして欲しいかも、夫の英児は熟知していた。
 手加減をしてほしいところも、激しく攻めてほしいところも。それどころかいちばん欲しいところに当たりそうで当たらないようじらして、琴子に何かを言わせるかのように意地悪く弄ぶことも近ごろは……。
「あっ、あ、あんっ、エイジ、エイジ……」
 妻から開いた足だから、英児は遠慮無く割り開いてそこに居座っている。しかも片足を自分の男の肩に乗せて、さらに大きく開いて堂々と厳つい男の手先を忍ばせる。
 熱い息を弾ませる妻をシーツに寝かせたまま、妻の足を担いで女の足の間で居座っている男が勝ち誇った笑みで、見下ろしている。
 絶え間なく下から襲ってくる狂おしい波に、はあはあと悶えている琴子と目が合う。
 彼が最近それを好んでやることにも、琴子は気がついていた。もう涙が滲みそうな琴子の瞳をみつめている英児。そして彼の黒い眼が琴子の熱く火照った頬とか、喘いでいる鼻先とか、我慢できずに声を漏らしてしまう濡れたままの唇とか……。それを俺の指先がそうさせているのだと、確かめているのだってわかっていた。その視線は唇で止まらない。吐息でふるふるんと弾むまるい乳房も、感じすぎてつんと尖ったままの紅い胸先も、緩く波打つ白い下腹も――。もう濡れて煌めく黒毛も。そこに何度も沈めていく太くて長い、男の自分の指も。そこまで眺めて英児は……。
 英児の太い指が、まだ彼とひとつに繋がっていないのに、琴子を極みまで高めようとしている。中を侵す長い指だけじゃない、男の短く太い指先も琴子の茂みの奥に潜んでいる『イチゴ』を揉んでいた。
「イチゴ、今日もうまそうだな」
 あ、あんっ。灼けつくような甘い痛みが琴子の茂みの奥から駆け上がってくる。
「い、いちごって……、いわない……で」
 ツヤツヤ光る俺のイチゴ。結婚していつからか、彼が急にそう喩えるようになった。
 
 結婚して暫く……の頃。
 最初はどうしてかわからないけれど『イチゴ、イチゴ』と言っては口に含んで、本当にイチゴを味わうように熱く愛撫するようになった夫。そんな時、琴子もとてつもなくエロチックな気分にさせられ、そのまま流されていた。
 でもある日。妹同然の後輩、紗英が『結婚祝いに』と届けてくれた幸運を呼ぶワイルドベリーを、琴子が大事に大事に世話をしていくつも実がなるようになった頃。霧吹きの滴できらきら煌めいて甘い香りがする可愛い苺の実を、いまの幸せを噛みしめるように見つめていたら、その時、このおおらかな夫がこう言いだした。
『このイチゴってさ。琴子の匂いなんだよな』
 急に何を言い出したのかと、琴子はきょとんと首を傾げる。だけど夫の英児は、そんなワイルドベリーを愛おしそうに見つめている。
『甘いフルーツのイチゴって匂いじゃないんだよ。マジで名前の通り野生の匂い。つまり人間の身体とか皮膚に近いって言うのかな』
 これまた。野性的な感性を持っている夫らしいと、琴子もなんとなくわかるような気がして『そうなの。こんな可愛い匂いに似ていると言ってくれて嬉しい』と微笑んでみたら――。
『お前の身体中、どこもかしこもイチゴ』
 匂いがするの? と聞いてみたら、それもあるが……と英児はそこは重要じゃないとばかりに軽く流した。そして。滴に濡れる小さな実を大きな指で摘んで……。
『ツヤツヤ濡れて、琴子のイチゴみたいだろ。この匂い、甘い味、どんなに俺が吸ってもいつまでも旨くてさ。それでお前が可愛く泣いてくれるし』
 え。ちょっとまって。どこを思い浮かべてそれを言っているの? と、琴子は眉をひそめる。
『どこまでも濡れて俺に食べろ食べろって誘うだろ。どんなに吸い尽くしても、甘いのいっぱい出してくれるしさ……』
 この時、やっと琴子の頭に『なんのことか』到達した。それが判った時の、ガツンとした衝撃。
『ヤダ、英児さんったら。紗英ちゃんが幸せを願って、こんな可愛い苺をお祝いにくれたのにっ』
 そんな、そんな、女の身体のいちばん卑猥な、琴子の秘密をそんなふうに喩えるなんて!
 いままで琴子の傍に、こんなあからさまにエロチックな言葉をつかって喩える男性もいなかったので、ある意味ショック! この元ヤンのおおらかな夫が、ちょっとしたエッチトークを平気ですることはまあまああって最初はびっくりするけど、琴子もだいぶ慣れたと思っていた。
 まさか。こんな『可愛いと目で見て楽しむ』苺を見て、『女房のあそこと一緒』とか、そんな目で見ていたなんて!!
 こういうところ。女子校ぽく育ってきた琴子と、男臭く生きてきた英児の大きな差。
 最近、ベッドでキスをしても『イチゴ』、乳房を吸っても『イチゴ』、そしていまのような英児だけに許している小さな秘密の粒があるそこまで、『イチゴ』と変なことをいうようになったのは、このことだったのだと。
 まさかお祝いの幸せの、この可愛い苺をそんな卑猥な……厭らしい……、ある意味、思い入れあるベリーにも琴子にも、陵辱的な……。でも。
『だからさ。俺も嬉しかったよ。このイチゴは、俺にとっては琴子そのものだから。実がなればなるほど、俺の傍にいてくれる女房ってかんじで』
 そういって。小さな苺を指に乗せて、あの目尻にしわを寄せる純朴な眼差しと、穏やかな微笑みの横顔を見てしまったら……。琴子はそれだけで、自分も幸せな気分になってしまうから困ったもの。
 かと思ったら。
『くそ。イチゴを琴子だと思ったら、反応しやがった』
 と……。琴子の目の前で、デニムパンツが膨らんだ股間を平気で突き出されて。もうもう琴子は『エロ悪ガキ』と叫びたくなったほど。
 なのに、そのまま『たべさせろ』とか言いだして、強引に抱きかかえられてベッドルームに連れ去られ、本当にその通りに食べ尽くされるとか。彼は平気でする。
 だけど。それが、女としてこんなに愛し尽くされてどれだけ幸せか。琴子はもう抗うことが出来ない。
 イチゴ、イチゴって。夫でなければ平手打ちをしたくなるほどの恥ずかしい喩えも、ジャングルの中で険しく生き抜く野犬に嗅ぎつけられ気に入られ、がつがつと食べ尽くされる野苺のようなものなのだろうと、琴子ならそう思い浮かべる。そうすると、琴子も思う。やっぱりこの人って動物みたいな愛し方をする人なんだわと、受け入れてしまう。
 だけど、そんな琴子自身も。こんな何にも囚われずに真っ直ぐに生殖に勤しみ、選んだ牝を全力で貫く野性的な夫との秘め事は、本当に自分も野生の一部、牡と激しく交わることが牝の本能なのだと痛感する。
 
 そして今夜も――。
 
「もうたっぷり甘そうに濡れて」
 つるりと滑る太い親指の腹が溢れてきた甘い蜜を絡めて、意地悪く何度も転がす。そんな自分の指先を見ろしている夫が、いまにも頬張りそうな目つき。
 彼の喉仏がごくりと動いたのを琴子は見る。その時、琴子の背にじわりと汗が滲んだ。その先に間違いなく起こることを思い描いて、琴子はもう感じてしまっている。
 その予感通り。英児は、琴子の両足を掴んで大きく開いた。琴子が許して自ら開けたようなものではなく、本当に『夫の俺だからしてもいいよな』とばかりに好きなだけ大きく開かれ……。
「や……」
 茂みの奥が、ねっとり熱く湿っていく感触。それが何度も行き来すると琴子はもう……。その間に激しく侵入してきた男の黒髪をひっつかんで悶えた。
 それまでの愛撫なんて……。いまされていること、食べられていることは、指先で吟味されていた時とは比べものにならないほどの灼ける切なさが隅々までじんわりと広がっていく。いっぺんに肌が熱くなり、今日琴子が使った石鹸の匂いがぱあっとそこら中に立ちこめる。
 夫は無言のまま、容赦ない。それは夫が知っているから。これだけのこと、こうやれば、女房があっという間に……。身体中を開いて、花咲くからと。もう何度も彼はそうして、琴子の身体をイチゴを頬張ってきた。
 その通りに、夫の唾液なのか自分がこぼした蜜なのか。そこがくちゃくちゃと滴る頃、琴子はそっと背を反り、儚い声を熱くこぼして力尽きる。
「琴子……」
 今夜も妻は、俺の責めを最後まで受け入れてくれた。そんなふうに『ちょっとやりすぎたかな』なんて顔を、英児は時々見せる。申し訳なさそうに、こんな時になって『俺のこと、イヤになったか』なんて不安そうな眼差しで、琴子の湿った前髪をかき上げ顔を覗く。
 そんな夫の顔をみて、今度は琴子が女の素肌に彼を抱き寄せる。彼の首に抱きつくと、そのまま彼も覆い被さるように汗ばんだ肌を琴子の上に重ねてくれる。
「すごかった」
 力無く呟いて、琴子から英児にキスをする。そうしてやっと英児が笑ってくれる。大きな手でやっと頼もしい兄貴の顔つきで琴子の頬をつつんで、今度は彼から口づけてくれる。
 今度は貴方の番よ。琴子を熱くさせてくれたから、今度は貴方が……。いつもならそこで琴子から引き寄せたり、英児がその続きをせがむのだが。
「琴子。明日……」
 頬を包み込んだまま、英児が真顔で琴子を見つめている。
「明日、なに」
「明日。俺が送り迎えするな。明日の夜、俺とでかけよう」
 明日は金曜。週末の夜は、二人で夜中までドライブすることは良くあることだった。
「うん。いいわよ」
 そんな話。後からでも充分なのに。どうしていま? 琴子はふとそう思ったのだが。
「明後日。お前の誕生日だろ。初めてだから、美味いもんでも食いに行こう」
「え、うん。有り難う。楽しみ」
 あら。この自宅で彼と二人きり。手料理でゆっくり楽しむのかと思っていた。そうしたら、英児はそんなことを考えている琴子を見通すように、じいっと琴子の目をみつめたまま。
「お前のことだから。俺が好きな料理をいっぱい作ってとか、考えていただろ」
「えっ。えっと……うん、それでもいいかなって……私は」
 そうしたら、彼が呆れた顔。あの眉間にしわを寄せる怖い顔を見せた。
「ったくよう。そんなことだろうと思った。もうそんなことも出来ないくらい連れ回してやる」
 お前、なんでも頑張りすぎ。自分の誕生日まで、俺の好き料理を作ってやろうってなんなんだよ。そうぶつぶつ言う英児が、まだ熱いままの琴子の肌を逞しい腕に抱き上げ、まだ力が戻らない足を再び開かれる。
 抱き上げられた琴子は、目の前の、大きな黒目の夫と見つめ合う。彼の怒ったような眼差し。あの元ヤンのガンを飛ばすという眼。夜桜の出会った時も、初めて抱き合った入り江の夜も。彼がここいちばんという時に見せる、男の眼光に琴子は射ぬかれる。
 そんな時、琴子の胸がぎゅうっと熱くなる。ほら、あの頃みたいに。この人と愛し始めた時みたいに。あの鮮烈な想いが弾けとぶよう。
「それで。明日もくたくたになるまで、お前を抱く」
 そういって。ついに英児が力強く、琴子の奥深くまで貫いてしまう。
「……んっ く……ぅっ」
 いちばん、熱くとけてしまう瞬間。いつも。だけど、今夜の琴子は少し違う衝撃が身体中に走った。
「いって。琴子……、痛てえ、だろ」
 抱き上げて男の塊で熱く貫いた妻を、すぐにシーツの上に降ろし寝かせその上から力の限り愛してくれる夫。その夫の腕に、琴子は爪を立てていた。しかもぎりっといつも以上にひっかいていた。
 そして、熱く愛されながらも琴子はもうくたくたになっていた。だって。貫かれてすぐ……。今夜、二度目。嘘、こんなことってあるの? こんなに……感じちゃうなんて。
 英児さんのせい。イチゴ、イチゴってエッチなことをなすりつけて、それどころか、あのドキドキする怖い眼で私を強く見つめてくれるんだもん。
 なのに彼は、こんなにくたくたに果てている妻のことを知らないで、まだ懸命に強く愛し抜いている。
 私、あの怖かった眼。いまは大好き。貴方が真っ直ぐに狙いを定めた時の、なにかを逃すまいと言う真剣な眼だって知っているから。

 

 ―◆・◆・◆・◆・◆―

 

 バースデー前日、金曜日。翌朝。
 一週間最後の出勤の支度をする。今日は仕事帰りに彼が迎えに来てくれて、そのままおでかけだからと、琴子はちょっとお洒落をした支度を済ませる。
 今日は彼が事務所まで送ってくれ、仕事が終わったら迎えに来てくれる約束。そのまま彼の車で、ドライブ。一晩早いお誕生日ディナーかな? 琴子もつい嬉しくて頬を緩めてしまう朝。
「英児さん。そろそろ……」
『おう』
 洗面所から声が聞こえたのでのぞきに行くと、いつものティシャツにデニムパンツ姿の彼が歯を磨いて口をすすぎ終わったところ。
「支度できたか。じゃあ行くか」
 そんな夫に琴子は聞いてみる。
「私……。今夜もゼットがいいな」
 彼の運転で銀色の車で遠くに連れて行ってもらう。それが琴子のお気に入り。恋の始まりを思い出させてくれるから。
 だけど英児は『そうだな』と笑っただけ。いつもと様子が違うように感じたのだが。
 そんな英児が、半袖の下、逞しい二の腕を少ししかめ面で気にしている。
「どうかしたの」
「い、いや。なんでもねえよ」
 どこか隠すように彼が目線を反らしたので、琴子は気になって、強引にその腕を取ってそこを確かめた。
 でも。琴子は『あ』と気がついてしまう。
「こ、これ……。昨夜、私、そんなに?」
 猫にガリガリと引っかかれたような赤い傷がいくつも残っている。身に覚えがあり琴子は我に返る。
 だけど英児も照れくさそうにして、隠してしまう。
「いいんだよ。ただ……。こんなにされるほど、俺……乱暴だったのかと思って。お前、途中からぐったりして。いつもより無反応だったから」
 それを『俺、また自分のやりたいようにやって、琴子を無視した』と気にしている。だけど、そうじゃない。そして英児はやっぱり気がついていない。
 でも、これ以上。この人をこんな顔にさせたくなくて……。
 琴子はそっと、英児の背に額をくっつけて小さく囁いた。
「……たの、私」
「は、なに?」
 英児がもどかしそうに肩越しから振り向くのだが、琴子の恥じ入る声はまだ聞こえないらしい。だから、琴子は今度ははっきり言う。
「貴方とひとつになった時に、」
 いっちゃった……の。
 そこは少しだけ小さく言った。だけど英児がものすごく驚いて、琴子を正面に顔を覗き込んできた。
「え、マジで。え、これ……、俺が痛えって言ったあの時かよ」
 琴子の頬は熱く、でもこっくりと頷く。すると英児がまだ染みるそのひっかき傷を手で押さえ、茫然とした顔。その目が遠く馳せていて、その時を思い返しているのだと琴子にも判った。
「うっそだろ。だってお前、その直ぐ前に一度……なったよな?」
「そうなんだけど。なんかしらないけど、昨夜……は、つづけてきちゃって。私もびっくりしちゃったし、でも英児さんは夢中で一生懸命だったから、もうすごくって意識が飛びそうで。だからつい……ひっかいちゃったみたいで」
「っていうか、琴子、お前……最近、」
 めちゃくちゃ感度良くねえ? と言いたそうな英児。もう琴子は朝から恥ずかしくて、ついに英児から背を向けてしまう。
「知らない。でも……きっと英児さんのせいよ。だって。」
 ツヤツヤ濡れているイチゴとか、くたくたにしてやるとか。そうして琴子の身体を熱くとろけさせることにまっしぐら。なんの躊躇いもなく、野性的に大胆に琴子の身体を開いてしまった男。
「もう英児さんじゃないと、きっとダメ」
 別れることなんてないとは思うけど。もし彼がいなくなってしまったら、もうどの男も物足りないに決まっていると本気でそう思っている。
「琴子!」
 背中から、彼がこれまた力いっぱい抱きついてきたので、琴子は突き飛ばされ転んでしまうかのようによろけたが、そこも逞しい英児の腕ががっしりと妻の身体を抱きとめ支えている。
「よーし、今夜は俺と同時に〜」
「そんな。あわせるなんてムリよ」
「やってみねえとわからないだろ」
 えー。この夫が言うと本気で向かってきそう。逆にそこまで身体が持つのか心配になってしまう。
 しかも今日も後ろから抱きしめる英児は、いつまでも離してくれない。もう遅刻しそうでハラハラしても、琴子も幸せに浸ってしまう。
 
 無事に出勤、到着。英児が三好堂印刷まで、スカイラインで送り届けてくれる。
「じゃあな。いつものカフェで待ち合わせな。俺も遅くなるようだったら連絡するから待ってろよ」
「うん。ゼットに乗ってきてね」
 念を押したのに、英児はにぱっと笑うだけ……。『おう、乗ってくるわ』といつものハキハキとした返事をしてくれないまま、龍星轟に帰ってしまった。
 ちょっと琴子に小さなひっかかり。
 また雨がサラサラと降ってくる。いつまでもじめじめした鬱陶しい季節。
「これじゃあ。ピカピカのゼットでおでかけは無理ね」
 自分が生まれた季節を少し呪う。
 それでも今日は久しぶりに……。あのロケット兄貴が『今夜限りの素敵なところ』へとまた連れ出してくれるかと思うと、夜が待ち遠しくてたまらなかった。
 銀色のゼットがロケットになって、琴子が見たこともない夜の光へ、恋へ連れて行ってくれたのだって。この季節だった。
 今夜、彼のロケットはどこに連れて行ってくれるのだろう。

 

 

 

Update/2012.10.23
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