× ワイルドで行こう * 番外EX:ハッピー・トス ×

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 1.はい社長、頑張って! 

 

 おたがいに『ひとりっ子』。なのに彼女と紗英は全然違う。
 
「紗英ちゃん、やっぱりムリ。それに英児さんが困ると思う」
「だめですよ! もうみんな知っていて、それを一番楽しみにしているんですから」
 
 同じひとりっ子だけれど、彼女は『落ち着いている控えめなお姉さん』。
 紗英は『落ち着きなくてすぐに突っ走っていく妹』。
 いま、そのお姉さんの足を捕まえ、紗英はぐいぐいとレエスのリングをはめているところ。
 
 すっかり春めいて、街はうららか。
 親族だけの結婚式を済ませた先輩のために計画した『友人披露宴』、その日を迎えていた。

 

 ―◆・◆・◆・◆・◆―

 

 今日の琴子先輩は、ふわふわの真っ白なニットワンピース。紗英が一緒に見立てたものだった。
 琴子先輩は『ちょっと可愛すぎない?』と躊躇っていたが、『こういうお洋服はこの日だけって勢いで買うんですよ!』とか『絶対に白!』とか『滝田社長、こういう愛らしいのが好きそうー』等々、押しに押して勧めた。
 庭付きのレストランが本日の会場。『ホームパーティにご招待』というようなハウスウェディングをイメージして選んだ会場だった。
 ビュッフェランチスタイルにして、堅苦しい進行はなし。とにかく到着した人たちに『ウェルカムドリンク』を手渡したら、既に会場入りしてくれている新郎新婦の滝田夫妻と談笑してもらうというスタイルにした。
「おめでとう、タキ」
「今日は来てくれてありがとうな」
 やってきた招待客を夫妻で迎える滝田夫妻と、滝田社長の友人。
「式は内輪だけっていうからさ。いつ奥さんを紹介してもらえるかと思ったけどよ」
「ああ、えっと。女房になった琴子」
 滝田社長のちょっと照れた紹介に、琴子先輩がそこでいつもの優しいにっこり。
「初めまして、琴子です。本日は来てくださって有り難うございます」
 品のあるきちんとしたお辞儀が琴子先輩らしい――と紗英はいつも思う。特に裕福すぎる家柄でもなく、父親が地位がある人だったというわけでもない。だけれど、お父様とお母様が丁寧にきちんとお育てになった――という意味で『いいところのお嬢さん』であると思う。
 その彼女の雰囲気は、滝田社長もとても気に入っているようで、そしてもうメロメロに弱いらしい。それはいま目の前にいる滝田社長の友人も同じくのようで、丁寧な琴子先輩の挨拶に、かえって恐縮しているようだった。
「なんだよ。タキにはもったいねえやっ」
「だろ。もったいないだろ。でもわりいな。もうどうあっても俺の女房だから!」
 バシバシとお互いをどつきあって、大らかに笑い飛ばしている男同士の雰囲気からも、既に『元ヤン』のムードを感じた紗英。
 やがて、滝田社長の周りに男達がどんどん集まってくる。挨拶は皆先ほどと同じ流れ。『おめでとう』から始まり『女房の琴子』と来て、琴子さんのしっとり上品なスマイルの挨拶にちょっと驚いた元ヤン兄貴達が『タキにはもったいねえー』、『うるせー。もう俺の女房』の繰り返し。
 それを琴子さんも嫌な顔ひとつもせず、ひとりひとりに合わせてにっこり笑っている。それを紗英も微笑ましく眺めていた。
 それにしても――。招待状を作成してる時点で紗英も社長の人脈を実感していたが、本当に滝田社長の知り合って多い。
 あっという間に、滝田夫妻がスーツ姿の男達に囲まれてわいわい賑やかに。……いや、やっぱり騒々しいなあと紗英は苦笑いを密かにこぼす。
 とにかく、元ヤンらしき兄貴達がいちいち滝田社長をからかって、そして滝田社長がムキになっての大騒ぎ。そして最後は男達が結束したみたいにどうっと『わはははは!』と豪快に笑い飛ばす。もう会場がそれだけで熱くなっている気がしてくる。
 見ているうちに紗英も感じ取った。琴子先輩同様に感じ取った。
 ――『いまは落ち着いた大人の男性に見えても、必ずどこかにその片鱗があるの』。
 つまり『元ヤンキー』っていうムード。
『滝田社長の場合は、どこで感じたんですか』
 琴子先輩に聞くと、彼女がちょっとだけ考えて。
『些細な仕草とか名残はいろいろあるけど。とりあえず。すぐ眉間にしわを寄せる目つき、と、靴下かな』
 ――靴下? どうしてそこなのかと思ったが。赤や紫、黄色など、そんな色選び柄選びがなんとなくそんな雰囲気を残しているのだそうで。
 そしていまそんな男性達を眺めている紗英も、むんむんと感じていた。靴下で分かる人もいる。靴下が普通のセンスの人でも髪型で、あるいは胸元の金色のアクセサリーを強調させているとか。いろいろ。
『でも。武智さんだけ、その雰囲気がないのよね。でも英児さんに高校時代の写真を見せてもらったら……』
 事務所では毎日ひとりだけワイシャツネクタイ、スラックス姿で車屋のジャケットを羽織っている眼鏡の事務員。紗英もおなじく武智さんだけは、あんなにムードがわかりやすい『元ヤン兄貴軍団』に囲まれていても『同じ仲間だった』とはとても思えない。
『もう、武智さんの高校時代の写真を見てほんと驚いちゃった』
 『はあ』と、とっても深いため息をついた琴子さん。
『英児さんは、やっぱり……って姿で逆に笑えちゃったんだけれど。武智さんはある意味、衝撃だったわね』
 元ヤンの滝田社長。高校時代は金髪に赤メッシュ、剃り込みおでこに鶏冠のようなリーゼント。いまや『クラシックヤンキー』と言われる黒い学ラン制服を着込んで仲間とヤンキー座り、カメラ目線がこれまた『上目遣いのガンとばし目線』だったそう。
 その隣に、滝田社長に負けない金髪リーゼント、黒いサングラスに白マスク。そして片耳にずらっと金リングのピアス。琴子先輩がショックを受けたのはそんな在りし日の武智さんの方だったという。
『なんでも。中学時代は秀才って言われていたみたいで。県内名門校を受験したらしいけれど、解答用紙真っ白にして出したんだって』
 なんてエピソードまで出てきてびっくりの紗英。その高校、確かに県内一の秀才が集まるところ。そこを『拒否』したというのだから。
 そうして反抗してなんとか入った学校が滝田社長がいた並の高校ということらしい。そこから『遅い反抗期』がやってきて、写真の通り。そこまで突き抜けたとのこと。
『英児さんも時々言うんだけれど、武智だけはちょっと違っていたって。心から金髪になりたいわけでもないし、サングラスを取り払ってしまうと、目つきとスタイルが噛み合っていない。根はやっぱり優等生。煮え切らないところもあったから、元に戻るのも早かったし、俺はそれで安心した――と言うわね』
 ――という人だったらしい。
 そこまで聞いたら、なんだか納得。
 それに今でこそ、いまどき男子風のヘアスタイルの武智さんだが。くるんとした毛先がふわっと耳を隠している黒髪が時たま風や動作でなびくと、その時に耳の端をくっきり縁取るピアス穴を紗英も見つけてしまう。
『ピアスもうつけないんですか』
 思い切って尋ねたことも。すると彼は、ちょっと照れるように大きな手で耳を隠して笑う。
『ああ、これ。せめて二、三個にしておけばいいのに。やりすぎたなーって後悔しているんだ。もうピアスはつけないけど、当時のリングは大事にとっておいてあるよ』
 何故? と聞いてみる。
『うーん、穴を開けたのは後悔しているけど。あそこまで思い切って自分を主張したのは後悔していない。だって大人になったら絶対に出来ないじゃん。あんな我が侭』
 その道を通ってよかったよと彼。その上――。
『高校時代がいちばん楽しかったな。思いきり良くて細かいことを気にしない元気な兄貴と、なんでも相談できるダチが出来たから。いまでも彼等と付き合いが続いているしね』
 だから、タキさんにはいちばん幸せになって欲しかった先輩だ――と。仕事も誘ってくれてすごく嬉しかった。とまで言ってくれた。
 それを後日、琴子さんにもこっそり報告。すると琴子さんもとても感激していて『英児さんにもこっそり知らせておくね。きっと喜ぶと思う』と、やっぱり奥さんになるってそういうことなのかな。滝田社長の喜びが自分のことのように嬉しかったようで、あの琴子さんがとびきりの笑顔だった。
 どうやら武智さんにとって、高校時代とはかけがえのない思い出のよう。紗英は、先輩の滝田社長のためにテキパキと友人達を集める段取りをしている彼からひしひしと感じさせてもらっていた。
 
「紗英」
 兄貴達に圧倒されていると、やっと琴子先輩と同級生の主婦先輩達が揃ってやってきた。
「うわー、素敵なレストランじゃない」
「国道沿いにあって、目にはついて気にはなっていたけれど、入るチャンスが無くて」
「そうそう。こういうきちんとしたお料理のレストランって、もう敷居が高いわよね。行く気はいくらでもあるのにねえ」
「もっぱら、家計と家族で行く気軽さで……」
 『ファミレスになっちゃうんだもんねー!』と、こちらの女子会グループは意見一致、それだけで『きゃあきゃあ』と盛り上がっている。
「えー、いいなあ。琴子。いまどきの結婚よねえ」
「親族で内輪だけのパーティーに、友人と砕けたパーティー。しかもホテルで大々的にしないで、ざっくばらんに庭付きレストランで――なんてねえ」
 ドレスアップをしてきた先輩達は、大きく開けられた扉の向こうに見える花満開のガーデンをみつめて『ほう』と溜め息。
 そこで紗英も一言。
「先輩達だって、その時いちばんお洒落と言われてきたお式をしてきたでしょう。素敵でしたよ。琴子さんだって本当は先輩達とおなじようなホテルでの華やかなお式に憧れていたと思いますよ」
 ちょっと時期がずれただけでも、こうして結婚式の流行が異なる。だけれどどの花嫁さんも、その時いちばんのお式を挙げたのは変わりない。そしてそれを祝う女の子はやっぱり素敵と憧れるものなのだ。
 そして今度の主婦先輩達の目線は、主役夫妻を取り囲んでいる元ヤン兄貴軍団へ――。
「琴子が言っていたとおりね。ほんと、なんとなく……雰囲気ある」
 先輩達も『元ヤンムード』を感じ取っていた。
 それにまた人数が増えてきた。気がつけば駐車場には様々なスポーツカーにクラシカルな車がずらっと並んでいる。モーターショーの展示会場みたいな駐車場に。
 今度、滝田社長の周りには元ヤン兄貴軍団とは少し違う、『普通に見える』スーツ姿の男性陣が集まっている。
「滝田店長、おめでとう」
「琴子さん、おめでとう」
 こちらはもう琴子さんとは顔見知りの様子。龍星轟の常連客、つまり『走り屋仲間』か『車マニア仲間』と言ったところらしい。
 中には、ざっくばらんとした元ヤン兄貴軍団とは明らかに雰囲気が違う、お洒落で品の良い大人の男性もいる。
 招待状を作成した紗英にはぴんと来た。中にひとりだけ、この地方で有名な企業の息子、つまり御曹司が混じっていたから。新聞社に勤めているので、名前と送り先を見て直ぐに判った。その子息の名前まで『滝田社長側の招待客リスト』にあった時には、その人脈に驚かされたものだった。
 車を何台も持つオーナー。地方でままならないところ、数々の愛車を龍星轟でお世話してもらっているとのことらしい。
「いろいろな人がいるわね。すごい人数……」
 先輩達が徐々に圧倒されている。
「琴子、ほんとうに社長の奥さんになったてかんじね」
 羨ましいとかではなく、夫になった滝田社長の沢山の知り合いひとりひとりに、丁寧に挨拶をしている琴子先輩を見て『車屋のオカミさん』になったのだと主婦先輩達も肌で感じているようだった。
 そのうちに紗英の同級生も集合、つまり琴子先輩の後輩軍団も到着。
「えー。なんかすっごい男の人」
「車もすごかったよね。さすが車屋さんのパーティー」
 でもそんな紗英の同級生も、滝田社長といる琴子先輩を見てなんだかうっとり。
「お似合いだね。とっても男らしそうな人。静かな琴子先輩にはあれぐらい賑やかしい人達がいた方がいいかんじだね」
「優しすぎるもんね、琴子先輩。リーダーシップが強そうな人だから、強引なぐらいリードしてもらえる人の方がよさそう」
 彼女たちも琴子先輩が大好き。困った時に静かに助けてくれるお姉さん。紗英と同じように思っている。それに彼女たちも必ず言う。
「いい匂いなんだよね。琴子先輩」
「貸してくれたハンカチの匂いとか、貸してくれたカーディガンとか。あれなんだろう。香水でもないし柔軟剤でもないし」
「そうそう。なんだろうね、あれ!」
 ああ、今日も先輩のそばに行ったらあの匂いがするよ、きっと。と彼女たち。紗英も知っているその匂いを思い出して、おもわず『ごくり』。女の自分でもちょっとドキドキすることがある女っぽい匂い、そんな人なのだ。
 それをきっと、野性的に敏感そうなあの滝田社長がキャッチして、誰よりも敏感に感じるからこそ琴子先輩のあの匂いに人一倍酔ってしまったような気もする? と思うのも、紗英がお祝いに『ワイルドストロベリー』を届けた時に目の当たりにしたから。
 あの苺の匂いを嗅いで『琴子と同じ匂いがする。女の自然な甘い匂い』なんて、本当に動物みたいにくんくん鼻で匂って言い切る人なんて初めて見た。
『彼ね、野性的っていうか。動物みたいなの。野生的な勘が研ぎ澄まされているていうの?』
 琴子先輩がそう言っていた時に『なんですか、それ』と笑ったけれど、後にその動物的な感覚をみせつけられて『なるほど』と納得。
 もうあの男性は琴子さんを手放さないだろうなという確信は、そんなところからもある。もうとろけて惚れ込んでしまっているのは社長の方なのだ。『こいつこそ、俺のつがい』、動物的な男が嗅ぎ取ってみつけた女。紗英はそう思う。
 
 席もない進行もない、決まり切ったことなどなにもないレストランのハウスパーティーは、なにもしなくても賑やか。滝田社長の友人達が勝手に盛り上げてくれる。
 『堅っ苦しい進行とかプログラムとかいらないから。どーせぐちゃぐちゃになるんだよ。それなら最初からない方が良い』と武智さんが提案したのだが、紗英もよーくわかった。自分たちが行きたい方向へ行っちゃう人たち、しかも何故か同じ方へ揃って行けてしまう人たちなのだと。
 だけれど武智さんと『これだけは』と用意していたイベントをいくつか。宴もたけなわ、元ヤン兄貴達に混じっていた武智さんがマイク片手に輪から離れると、紗英を探しているのがわかった。そろそろかと紗英も先輩と同級生から離れ、司会者席まで向かう。
「じゃあ、紗英さんにお願いしようかな」
 武智さんにマイクを渡され、紗英も頷く。堅苦しい進行もなし、紗英はいきなり告げる。
「皆様、こんにちは。楽しくご歓談のところでしょうが、ここで『ご友人代表』からお祝いの言葉を滝田夫妻に届けて頂けたらと思います」
 新郎新婦それぞれ、こちらから代表をお願いしている。まずは滝田社長の友人から。武智さんがその男性にマイクを手渡す。特に親しくしていた社長の元クラスメイトとのこと。
「えー、タキ。結婚おめでとう。念願の奥さん、やっとみつけたな。なんだかんだ言って、お前がいちばん寂しがり屋だからさ。伴侶見つけてくれて、俺達もやっと安心したよ」
 ふざけるかと思っていたのに、なんだか兄貴達が妙にしんみりしているので紗英はびっくり。まさかこのまま皆で泣き出すんじゃ……なんて思うほどだった。
「しかも。如何にもお前がメロメロになりそうなお嬢さんで、この野郎、俺が琴子さんを抱きたいわ!」
 いきなり出た『お前の奥さん抱きたい』発言に、やっぱり兄貴達がどうっと湧いた。当然、滝田社長は『絶対ダメ、てめーら、琴子に触るな!』とムキになっているし。本当にこの人たちって真面目なのかふざけているのかわからなくなる。
 そしてやっぱりこの人達はおちゃらけている。
「既に嫁もガキもいる俺からのアドバイスです。車屋らしく、女に乗る時は大事なところを潤滑油たっぷりに整備してあげてから乗ってあげましょう。そうするととっても気持ちよく乗せてくれるでしょう。これ子作りの秘訣です」
 もう会場全体が湧いた。女子会グループの先輩と紗英の同級生達も『やだ、もう』とか言いながら、笑っている。
「このバカっ。今日ぐらいそういう冗談は言うなよ!」
 車屋の例えを子作りに持ち出され、滝田社長が真っ赤になって怒っているのももう定番の流れ。そして琴子さんも笑っていながらも、やっぱり頬を染めていた。
 だけれどそれで最後は盛り上げてくれるのが兄貴達。いい雰囲気は変わらない。さて、次は新婦の友人代表。こちらも琴子さんと特に仲が良かった絵里香先輩に頼んである。
 紗英から絵里香先輩にマイクを渡す。
「琴子、結婚おめでとう」
 賑やかしい兄貴達と打って変わって、落ち着いた女性の声に会場が少しばかり静かになった。
 しかもそこで、絵里香先輩が黙ってしまった。マイクを握りしめ、琴子先輩をじっと見てなにも言えない顔。紗英はドキリとする。なんだか奇妙な胸騒ぎ?
 案の定、そこで急に絵里香先輩がハンカチ片手に泣き出している。『え、』と紗英も困惑……。側にいた他の主婦先輩達が『絵里香』と後押しをしているのだが。
「水くさいんです……」
 やっと出た一言がそれだった。あんなにヤン兄達が盛り上げてくれた空気が一気にしぼんでいく。でもそれは熱くなりすぎた空気が程よく冷めていくといえばいいのか。
「彼女、水くさいんです。既にご存じの方もいらっしゃるかと思いますが、彼女は少し前にお父様を亡くされ、翌年にお母様が倒れて生死を彷徨ってなんとか助かったものの、身体に後遺症を抱えて、姉弟もいない彼女が働きながらひとりで面倒を見ていたんです。お父様が病気になられた時も、私達はあとで知りました。『大丈夫だろうか』と気にかけてはいたんですが、彼女はいつも『手術もしたし大丈夫』とか『ちょうど退院して家に戻ってきたところ大丈夫』とばかり。闘病生活も長く続いて、でもそうしてなんとか過ごしているようでしたし、私達も育児に気を取られがちで彼女の言葉のまま安心していたら、やっときた彼女からの連絡が『お父様が亡くなった』でした。お母様の時も同じです。その時はすでにお母様が後遺症を抱えて退院されていた時でした。彼女、なにも言わないんです」
 ついに会場がシンとしてしまった。ざっくばらんとしてなんでもあり無礼講的なパーティーだが、やはりこういう話は避けた方が良かったのか。だがそれは紗英も、琴子先輩にとって避けて通れない話だとは思っている。
 会場が静まりかえっても、絵里香先輩は続ける。
「ですから、私達からご主人になられた滝田さんにお願いです。どうぞ、琴子から目を離さないでください。彼女は大切にしたい人ほどなにも言わない性分です。きっとお母様にも愚痴ひとつこぼさず、付き合っていたはずなのです。滝田さんにまでそんなことをしそうで心配しています。どうぞよろしくお願い致します」
 絵里香先輩が静かにお辞儀をすると、不思議と周りにいる先輩も、紗英の同級生も共に頭を下げているではないか。そして紗英も同じ気持ち、だから先輩と彼女たちと同じ気持ちで礼をした。
「琴子、結婚おめでとう。みんなで祝える日を待っていたんだよ。本当によかったね。お願いだから、もうひとりで抱え込まないで。私達、優しい貴女には助けられてばかり、当たり前のように甘えてばかりで気が付かなくて。だから琴子から甘えて欲しいの。私達には出来なくても、滝田さんにはしてよ。ね」
 そんな絵里香先輩の言葉に、琴子さんじゃなくて、周りの先輩に後輩が泣き始めちゃったりして。これでは流石にヤン兄達も変に盛り上げようと茶化せないようだった。
 そんな時。滝田社長がもう一つのマイクを持っている武智さんに合図。気がついた彼が社長にマイクを手渡した。
 滝田社長が琴子先輩を傍らに、マイクを持つ。
「ありがとうございます。俺が彼女に初めて会ったのは、彼女の実家近所の煙草屋の前でした。彼女、徹夜と残業が続いてだいぶ荒れた姿でそこに立っていたんです」
 急に始まった滝田社長の出会い話。紗英は琴子先輩からいろいろ聞かせてもらったので(無理矢理聞きだしたとも言う)知っているのだが、初めて聞いた先輩達が『え、琴子が煙草?』と驚いている。
「勿論、一目で煙草を吸っているような女性に見えなかったから、俺『そこさっさとどいて帰りな』という気分で、こんな男ですから第一印象悪かったのでしょう。彼女、怖がった顔で買わずに離れてくれてホッとしたぐらいです」
 その時が琴子先輩のいちばんどん底の時。彼と別れたばかりで、仕事と家の往復の毎日、安らぐはずの実家は空気が重く暗く。そんな中の滝田社長との出会い。
「次に彼女と出会ったのは、彼女がお母さんと一緒に食事に来ていたところででした。お母さんが転んでしまって、お母さん自身ももう疲れ切っていたのでしょう。琴子の手添えがあってももう立てないといった様子で……。彼女はその傍でどうにもできなくて立ちつくしていたんです。それで、俺が、見つけたので、久しぶりに会ったので、」
 そこで滝田社長の方がなにやら声に詰まって、黙り込んでしまった。逆に琴子さんが彼の手をしっかり繋いだりして、そんな彼を黙ってじっと見つめている。それを見ただけで紗英も胸が詰まってしまうほど。
 やっと滝田社長がマイクを握り直す。
「こんな俺のためにも彼女はぐっと堪えてくれた時があったんです。ご友人の皆さんの言葉、俺もよく分かります。うっかりしていると琴子に甘えてしまいそうになるほど、彼女は優しいです」
 うん、そうそう。琴子先輩ってそういう人――と、紗英も泣きたくなってくる。
 この気の強い性格のせいで、周りの人間とはよく衝突してきた。なので時たま孤立する。そんな時も、話を聞いてくれたのは紗英が頼ったのは琴子さんだった。
『紗英ちゃんの意見も正しいけれど、でも、もう一度、お友達が言うこと聞いてみて、紗英ちゃんがそれをやってみるってどう』
 友達に返されると腹立つのに、琴子さんに言われるとなんだかすんなり聞けた。言われたとおりに一歩引くことをしてみると、衝突した友人とはうまく仲直りが出来た。
 だから。そのお返しに今度は紗英から、わざと琴子先輩の話は深く突っ込むことにしている。喋ってくれるのを待つのではない、こちらから引き出すようにしようと……。
 そしてそれはきっと滝田社長も気がついてくれているはず。そうでなければ、琴子先輩が『とっても居心地いい人』なんて言うはずないから。
「なので、ご安心ください」
 そういった滝田社長が傍で手を握りしめてくれた琴子先輩を見下ろした。
「俺が、琴子が一番最初に泣ける男になろうと思っています。琴子、お前も俺に黙って他で泣くんじゃねーぞ。黙って泣いていたら承知しねえからな」
 社長がそういった途端だった。それまで静かに微笑んでいるだけだった琴子先輩の顔が泣きそうになり、そのまま『はい、英児さん』と彼の腕に顔を埋めてしまう。
 そして社長も……。そんな彼女の肩をそっと抱き寄せて……。
「ですが。俺はこのとおり、ざっくばらんとしすぎた男です。女性の繊細で柔らかいところは、いままでどおり、女子会の皆さんにお願いしたいと思っています」
 そこで話し合っていたわけでもないだろうに。夫妻が揃って『今後もよろしくお願いします』と、絵里香先輩やその女子会グループにお辞儀をした。
「琴子、安心したよ」
 絵里香先輩も泣いていた。そして周りの先輩達後輩達から『琴子、先輩、おめでとう』の拍手に、やっと琴子さんも笑顔になる。
 だけれど柔らかい祝福の拍手が会場中響き、夫妻に贈られる和やかな雰囲気に落ち着いていた。
 すると、それを見計らった武智さんが紗英に耳打ちをする。
「ちょっとしんみりしちゃったね。そろそろ『本番』行こうか」
「そうですね」
 紗英はちょっと苦笑い。こんなにいい雰囲気になったのに。
 心の中で『滝田社長、ごめんなさい』と謝っておく。それからもう一度マイクを握り直し、紗英は会場に向かう。
「それでは。とてもお幸せそうな新郎新婦に、さらにお幸せになって頂こうかと思います」
 これは司会者からの合図。『既にヤン兄軍団達は武智さんの統率で結束済み』。その作戦をただいまから実行。
 なので、しんみりしていた兄貴達の目がきらりんと輝いた。なんという『無邪気な悪戯少年的な輝き』! その輝きが軍団全体にまたたくまに広がったので、それを見た紗英は流石にたじろいだ。
 だが、ここから司会は『武智さん』。戸惑う紗英の隣で彼がマイクを持って――。
「えー、あんまりにもお幸せそうなので。その溢れてこぼれそうなピンクのハートを分けて頂こうと思います。はい、欲しい野郎共は、既婚者も独身も関係ないよ、『早い者勝ち』。琴子さんの所に集合!」
 『琴子の所に集合!?』 変な号令にいちばん驚いているのは、当然、滝田社長。だけれど兄貴軍団の動きは素早い。あっという間に、滝田社長と寄り添っている琴子さんの足下へと男達がぐわっと集まった。
 滝田夫妻のギョッとした顔。しかも新妻の足下に、あの元ヤン風情の兄貴達が、あの『ヤンキー座り』で固まっているのだ。
「ちょ、お前ら。なんのつもりだっ」
 その男性達が眺めているのは、琴子さんの足――。ふわふわの白いニットワンピースから綺麗に伸びている白い足。それどころか、その向こうにあるもっと艶っぽいものを探すような目つきに、琴子先輩もちょっと怯えている。
 それに気がついた滝田社長が、琴子先輩をかばうように背中に隠そうとしたのだが。そこで武智さんが一言。
「はい、滝田社長だめですよー。いまから『ガーター・トス』をしてもらうんですから」
 ガーター・トス? 滝田社長一人だけがきょとんとしている。何故なら、怯えているが琴子さんは既にもうこの催しを知っていて協力済み。
 この会場に彼女が到着してすぐに、紗英が強引に仕込んだから。新婦、琴子さんの足に『ピンク色のガーターベルト』を装着済み。
「いま、新婦琴子さんの両足に、とっても色っぽいピンク色のレエスのベルトをつけてもらっています」
 なに。と、滝田社長も『女房も荷担済み』と知り、彼女を見下ろした。琴子さんも『ごめんなさい』と、旦那さんから顔を背けてしまう。
 奥さんの太股、ずっと奥。そこに幸せのリング。それをいまから、じろじろ見るばかりの元ヤン兄貴軍団の目の前で、滝田社長に外してもらうのだが。

 

 

 

 

Update/2012.1.24
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