× ワイルドで行こう * 番外EX:ハッピー・トス ×

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2.HAPPY×2トス 

 

「ガーター・トスは、新婦が式で身につけたストッキングを留めるベルトを新郎が皆の目の前で外してですね、それを男性達に投げて、幸せをお裾分けするんです。まあ、いわゆる、女性のブーケトスの男性版みたいなもんです。独身男がもう少数ですので、ここはこだわらず、会場の男性すべてが対象といたします」
 武智さんの説明に、やっと滝田社長も『野郎共に最高にひやかされるネタにされた』ことに気がついた様子。
「タキ! はやく琴子さんの足から取ってくれよ!」
「ほら、めくってめくって!」
 裾が幾重にもふわふわしているドレスならともかく。今日の琴子さんはニットワンピースとスリップドレスのみ。しかもひざ丈。さらに紗英がぐいぐいと太股までピンクのベルトをはめ込んだので、滝田社長がかなり奥まで手を突っ込まないと外せないはずだった。
 それを元ヤン兄貴軍団達は武智さんからの伝達でよーくわかっていて、それで琴子さんの足下、裾の中を覗き込むようにして目の前に集合したのだ。
 だから。その男達の目に、大事な琴子さんが見せ物のように晒されているのが我慢できないのか。滝田社長が胸に新妻を囲って隠してしまう。
「ダメだ、見るな。なに考えているんだっ。琴子は俺達みたいな『バカ騒ぎ』が似合わないんだから、こっち来るな!」
 兄貴達の本当の目的は、琴子さんの足を拝みたいだけではない。普段は皆の前をゆく頼りがいある兄貴の滝田社長が、大事な女には弱くて、慌てている姿をからかいたいだけ。
 もうそれだけで、元ヤン兄貴軍団達が『ひゅうひゅう』と盛大に滝田社長をひやかす。
 それがわかるから、紗英ももう笑わずにいられなかった。だが隣の武智さんは冷ややかな眼鏡の顔で容赦なし。
「ほら、タキさん。放棄しちゃダメですよ。琴子さんはもう足にはめているんだから。それを外して男達に投げないと、幸せになれないよー」
「んなもん、関係あるか」
「ちなみに。投げなかったもう片方のリングは、生まれた赤ちゃんのヘアバンドにするとその子が幸せになるそうです。そっか、生まれてくる赤ちゃんの幸せまで放棄するとは……」
 それを聞いた滝田社長が、『それマジかよ』と本気で気にしたので、これまた紗英はおかしくて堪らなくなる。そのうちに、どこか遠巻きに見ていた女子会の先輩達も『社長、お願いします。琴子のために!』、『社長さん、頑張って!』と賑やかなムードに溶け込んできた。
「滝田店長、縁起いいことはやっておかないと、後々後悔するぞー」
 龍星轟常連の男性陣も集まってきて『外せ、外せ』と騒ぎ始めた。
「ほら、タキさん。ちょっと琴子さんの足を持って外すだけだから」
 武智さんのさらなる催促。
「ちくしょー!」
 ついに滝田社長が、胸に抱いている琴子さんの片足を持ち上げる。白いニットワンピースの中に、男性の手が忍んでいく。そのエロチックな光景に、男達も女性達も湧いた。
 琴子さんの恥ずかしそうな顔もちょっと見物。滝田社長の腕にしっかり掴まって彼の手がなにをしようが許して任せている姿も、なんだか女っぽいお姉さん。紗英はついうっとり……。ああ、いいなあ、琴子先輩。すっごくあの手に愛されているってかんじ……。熱い手の温度がこちらまで伝わってきそう。途中滝田社長が『大丈夫か』と琴子さんを見つめて、琴子さんが『うん』と静かに見つめ返したりして。まるで溶けあうようなふたり。見つめ合っているだけで、いまにもキスしちゃうんじゃないかって雰囲気でドキドキする。ふたりから甘い熱気がふわっと立ち上った気さえした。
「どんだけ上にはめたんだよ、琴子」
 かなり奥まで手をつっこんで、外れないリングをなんとか引き下ろす滝田社長の困惑顔。
 持ち上げられた足とめくれる裾、もうギリギリで琴子さんの奥の奥が本当に見えてしまいそうで、自分ではめておきながら紗英はひやひやしてしまう。
「うおー、琴子さん色っぽいなあ。くっそー、タキの身体だなんて、もったいねえ」
 だけれどそこは臨機応変な滝田社長? 皆にひやかされて頭に血が上っていたようなのに、もうその横顔が落ち着いていた。ひやかす同級生達の目線を遮るように、琴子さんの足を下げて自分が床にひざまずいて視界を遮り、静かにつま先まで外すことに成功。その姿は先ほど慌てた旦那様ではなく、奥さまを守る騎士のようだった。
 それでも男達のひやかしは止まない。
「はやくそのリング、投げてくれよ。タキ兄!」
「奥さんの匂い、知りてえー」
 『奥さんの匂い』に、せっかく落ち着いたはずの滝田社長がぴくりと反応。せっかく外したピンク色のレエスリングを片手に握りしめ、投げようとしているのに投げられない姿が今度はそこに。
『はやく、はやく』
 その急かしに、まだ滝田社長が躊躇っている。紗英にはわかる。琴子さんの匂いって、きっと滝田社長にはとっても大事なもの、『俺だけのもの』と思っているんだろうなと。
「ほら、タキさん! 幸せのお裾分けしてあげてよ!」
 最後、マイクを持っている武智さんの一声で、やっと滝田社長がガーターベルトを片手に掲げる。
「このクソ野郎ども! 二度と俺の女房に近づくな!」
 その願いを込めたのか、滝田社長は誰もいない遠いところへそのリングを投げた。女房の肌に触れたそれすらも、触られたくない様子がよく分かって、もう紗英も女子会の先輩達も大笑い。
 しかもそのリングを巡って男達がわあっと子供のように走っていく様も、とてもじゃないけれど落ち着いた大人の男達には見えなかった。
「獲ったーー!」
 もうふざけることにも全力の兄貴達。誰が獲得しても関係なし。獲った男性の周りに集まって、そのリングを皆で回して匂いを嗅いでいるその……ある意味、なんと、品のないというか。紗英も苦笑い。勿論、滝田社長は『野郎共にお裾分けすべきもの』とわかっていても、わなわなと震えていた。でも、しっかりと琴子さんの肩を抱き寄せて片時も離さないその姿は、誰から見ても確かなもの。
 それを眺めているうちに、紗英の隣にいた絵里香先輩が笑っていった。
「とっても愛されているみたいね、琴子。うん、安心した。本当に心から」
 琴子先輩の窮地を見過ごしてしまって後悔していたのは紗英もそうだけれど、とても悔やんでいたのはこの先輩。でももう絵里香先輩も笑っている。先ほどのような涙はもう……。
 
 元ヤン兄貴軍団のお陰で、本当に賑やかなハウスパーティーに。
 最後は、新郎新婦からの希望で『一人一人、お見送りしたい』とのこと。庭に出るテラスでお見送り。夫妻が用意したちょっとしたリボンがついた包み。それを二人揃って手渡して『ありがとう』と見送っている。
「タキさん、琴子さん。おめでとう」
「シノ、ありがとうな」
「お二人が結婚すると知った時、やっぱりと思ったんすよ。庭の手入れを一緒にした時からいい感じだったもんなー、兄貴と琴子さん。良かったすね、タキさん」
「篠原さん、有り難うございました。また実家の庭をよろしくお願いしますね」
 そうして会場が徐々に静まりかえっていく――。
 やっと風の音が聞こえた頃、レストランには幹事を引き受けた紗英と武智さんと、滝田夫妻だけに。

 

 ―◆・◆・◆・◆・◆―

 

 招待客が帰ってしまったレストラン。スタッフが料理の皿を片づけ始める中、滝田夫妻も帰る準備をしている。
「紗英ちゃん」
 武智さんと司会の後片づけをしていると、琴子さんがそこにいる。そして琴子さんの隣にはやっぱり滝田社長。
「今日は有り難う、紗英ちゃん」
「武智も有り難うな。いつもの悪ふざけだったけどよ、やっぱ嬉しかった」
 お二人の満面の笑みに、紗英も武智さんと一緒に微笑んだ。
 すると琴子さんが紗英の目の前に、真っ白な花束を急に差し出した。
「これ、紗英ちゃんに」
「え……私に」
「うん。このブーケ、私がウェディングドレスを着た時に持っていたものと同じブーケなの。この日のためにひとつ多く注文しておいたのよ」
 え、それって……。紗英は目を丸くする。同じものを、別の日に、前もって用意してくれていた……って……。
「ブーケトス、ううん、ハッピートス。紗英ちゃんだけに渡したかったから。受け取って」
「琴子先輩……」
 いつもの優しい笑顔。紗英のためだけにとっておいてくれたもう一つのブーケ。勿論、嬉しくて紗英は先輩の手からそっと真っ白なまんまるブーケと受け取った。
 でも、その手を今度は琴子先輩からぎゅっと握り返される。
「紗英ちゃん。お互いひとりっ子。これからも、私の頼れる妹でいてくれる?」
 もう嬉しい言葉に、紗英はこっくり頷くだけ……。そんな琴子さんから、やっぱり優しい匂い。
「琴子さん!」
 ついに感極まって、彼女に抱きついてしまった紗英。
 うわーん。やっぱりいい匂い。あったかくて優しいんだもん。いつも心地良い。
 紗英も一緒、泣けるところって少ない。琴子さんはそんな人。だから琴子さんにも泣きついて欲しかったな。そう思っている。
 それでも琴子さんはいつも『紗英ちゃんには話しやすい』と言って、誰よりも先になんでも報告してくれるから。大晦日の入籍だって直ぐに知らせてくれて。
 紗英ちゃんは頼れるっていうけれど。琴子さんは全然気がついていない。ずっと前から、さりげなく誰からも頼られていることを。だからこれからはもっと、頼れる妹になりたい。
 そんな琴子さんにぎゅうぎゅう抱きついていたら、滝田社長と武智さんが笑う声。
「ひとりっ子同士の姉妹か。安心だね。タキさん」
「そうだな。紗英さん。これからも遠慮なく、龍星轟に遊びに来てくれたらいいよ」
 元ヤン兄貴のふたりの温かい笑みも、今日はなんだかとっても心地よい。
「そうだ。これ、武智に渡しておく」
 滝田社長がスーツジャケットのポケットから出したものを見て、紗英は驚く。そして武智さんも。
「なんでそれを、またタキさんが持っているんだよ」
 それは先ほど大騒ぎをして滝田社長が外したピンク色のガーターベルトのリングだった。
「あいつらが『独身男じゃないと意味ないだろ。武智に渡しとけや』っていうからさ」
「えー! なんで俺なんだよ! 俺はいいって!」
 あんなにふざけていたのに。あの悪ガキ兄貴達、きちんと趣旨通り、最後は滝田社長に一番近い『独身男』へ渡るように配慮してくれていたと知り、紗英はなんだか感激。
 あの人達て、そういう人達――。ふざけて悪さはするけれど、仲間意識は強い。紗英も痛感。
「馬鹿だな、武智。お前が俺に『誰かにやらないと幸せになれない』って煽ったんだぜ。俺と琴子の幸せを願ってくれるならもらってくれよ」
「私も武智さんがもらってくれたら、嬉しいな」
 琴子さんのにっこりに、やっと……武智さんが『しようがないな』とばかりにベルトを手に取った。
「もう、ふたりの幸せのために、俺が永久保存係かよー」
 自分が提案したくせに、そんな口悪を言う武智さん。でも滝田社長と琴子さんはいつもの彼だとわかっているのか笑っている。
「そうだぞ、武智。赤ん坊が生まれたら、ヘアバンドとペアになるんだからな。大事に保管しておけよ。なにか起きたらお前のせいにしてやる」
 滝田社長にとっては、ひやかしのイベントをされたところだっただろうが、ここでしっかり仕返しをしているようだった。
「お前の結婚式の時も、俺が嫁さんにベルトをはかせておくからよ、楽しみに待っておけよ」
「うわ、脅すのかよ。タキ兄ったら」
「つうかよう、俺が困る顔を見て一番楽しそうなのは、いっつも武智、お前だもんな。こんなこと『提案』したのはお前だろ」
 だから今度は俺が同じように仕返ししてやるんだ――とムキになっている滝田社長。
 それでも結局。武智さんが『俺は絶対やらない。嫁さんにも引き受けるなっていうんだ』と余裕の笑顔で言い返して、また滝田社長を怒らせている。
 そんなふたりを見て、琴子さんが苦笑い。
「英児さんって、いじられ兄貴なのよね。特に、頭がいい武智さんに余裕で転がされているっていうか……。あのお兄さん方を武智さんが統率してやったことなら、英児さんもひとたまりもなかったのもしようがないわね」
 それでも、いまでも高校生の少年のようにふたりでどつきあっている姿を見た琴子さんが笑っている。
「あちらも、なんとなく兄弟ってかんじなのよね」
 兄達とは歳が離れた末っ子の悪ガキ、でもだからこそ憧れの兄貴になろうと頑張ってみる。片や、思春期に過度の干渉と期待を背負って最後に爆発しちゃった長男。だからこそ頼りがいのある兄貴に、気兼ねない物言いをさせてもらって甘えているのでは……。琴子さんはそう言いたいのだろうなと、いろいろな話を聞かせてもらってきた紗英も思う。
「ねえ、お腹空かない。私と英児さんも挨拶でほとんど食べられなかったし。紗英ちゃんと武智さんも司会や段取り準備とか気を配ってばかりで食べていないでしょう」
 そこはやっぱり良く気がついてくれるお姉さん。まさにその通りだったのだが。
「よっしゃ。じゃあ、いまから俺達だけの打ち上げ気分で、なにか食いに行こうぜ」
 そう言いだした滝田社長がさっそく携帯電話片手に、何かを探している。
「近場で軽くいくか。すぐそこなら飲茶の店とピザハウスがあるけど……」
 滝田社長のその問いかけが、誰にあてられているのか紗英にはわからなかった。奥さんになった琴子さん? それとも? でも何故か……。琴子さんも、武智さんも、そして滝田社長までもが紗英を見ていた。
 つまり。この中で、いちばん末っ子ってこと? 急にそんな気分にさせられ。
「飲茶……がいいです」
 その空気にうっかり流され、紗英一人がそう答えてしまっていた。
「じゃあ、席を押さえておくな」
 そうして滝田社長がすぐさま電話で予約――。ほんとだ、琴子さんが言ったとおり。『素早い』。即決の男!
『行こうぜ』
 レストランスタッフへの挨拶も済ませ、四人揃って外に出る。
 やっぱり先頭を行くのは兄貴の滝田社長。その傍らに琴子先輩。すぐ後ろに武智さん――。紗英はその後を一生懸命ついていく。そんな気分……。なんだろうこの感覚。前をしっかり歩いているお兄さんお姉さんの後を遅れまいとついて行くこんな感覚に、この歳になって出会うとは思わなかった。
 しかも。大人になって自立して、一生懸命働く三十代になったと自負したい年頃のはずなのに。
 それでも、なんだかこの人達といるとまだまだ『足取りがしっかりしているお兄さんお姉さん達の後をついていくのが精一杯』と感じた。
 それだけ、この人たちがしっかり歩いて。また今ある道をしっかり歩いているんだろうなと思わされる。
 
 春の昼下がり。紗英の手元にある白い花も春の匂い。大人のお姉さんからの贈り物、まだ届かない憧れの香り。それを胸いっぱいに吸った。

 

 紗英ちゃん、まだ仕事?

 携帯電話にそんなメールが届いた夏の夕。
「あ、琴子さん。紗英です。ちょーっと残業なんですよね」
 メールを打つよりかけた方が早い。デスクの目の前にある校正すべき原稿に向かいながら、琴子先輩に告げる。
 新聞社勤めの紗英。何年経っても不規則な生活を続けている――。
『そうなの。いつ頃終わりそう? 待っているから、うちでご飯食べない? 遅くても待っているから。今日はね、海鮮の鉄板焼き。シメは塩焼きそば。冷たいビールを準備しておくから』
「うわー、美味しそう。うん、じゃあ、頑張っていきます!」
『うん、待ってるね』
 すっかり車屋の奥さんになった琴子先輩の変わらない優しい声。それだけじゃない。
『さえちゃーん、まってるよー』
『たけちゃんも、まってるよー』
『まってるー』
 ママの電話の向こうから、可愛い女の子と男の子達の声。紗英は思わず微笑んでしまう。
 
 あの日。ハウスレストランから四人一緒に出て、四人で食事をした。それからのような気がする? なんでも四人で食べに行ったり、遊びに行ったり、出かけたりするようになった気がする?
「たけちゃんも待っている、だって」
 携帯電話を原稿の傍らに置いた紗英はふいに頬が緩んでしまった。
 こんな時、紗英はさらに思い出す。兄貴とお姉さんからの『ハッピー・トス』。ブーケとガーターベルトを同じ日に揃ってもらったんだよね……、と。
 また電話がぶるぶる震え、毎日耳にしているメール着信音。もう誰かわかって、紗英は笑顔のままパネルを眺める。
【 龍星轟で待っている 】

※ハッピー・トス 完※ 

 

 

 

Update/2012.1.25
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