・・蒼い月・・ ☆氷の瞳☆

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2.氷の眼差し

「葉月……」

 彼女の身体からガウンを滑らせて腰ひもを解き放ち……いつものスリップ姿にさせて、隼人は黒いガウンをベッドの向こうに放り投げた。
 葉月が隼人の首にしがみついてそっと耳元を口付けてくれる。
 それだけで……身体中に電気が走ったようだった。

 当然、隼人の身体の温度は上がり鼓動も高鳴り……男の攻撃態勢は準備万端! と……言いたいところだが、ここで焦るとなんにもならない。
 葉月を何度か抱いて彼女の『攻略法』と言うモノを、隼人はいくつか心得ていた。

 先ずは彼女の警戒心を解かなくてはならない……。
 そっと彼女の栗毛を撫でて彼女の瞳を見つめる。
 すぐに身体に執着すると──『いや……離して……』──葉月は何かを悟ったようにすぐに隼人を押しのけようとする。
 その場面に何度か直面した。
 そのお詫びに彼女の栗毛を撫でて、そっといたわるように身体を包み込むと、彼女はすぐに隼人の胸に戻ってきてくれた。

 何故……そうすれば戻ってくるか根拠は解らない。
 だけれども……そう本当に兄貴のように彼女をいたわると、彼女はそっと甘えるようにして戻ってくる。

(ああ。 きっとマコト兄さんがそうしていたのかな?)

 彼との子供をお腹に宿したことがある葉月だ。
 そのマコト兄さんとの睦み合いは彼女の中でも、きっと……良き思い出に違いない。
 だからといって……そこで彼女の『兄貴』になるつもりもないし、マコト兄さんのように……そう思った時、隼人の中でどれだけの『嫉妬心』と『悔しさ』が生まれた事か葉月は知らない。
 でも……葉月には……彼女に近づくにはそれしかなかったのだ。

(でも……俺は……俺なりに……その他の男乗り越える!)

 隼人の燃える心……。
 その手先が葉月を掴む。

「隼人さん……」

 身体を強く求めず……葉月の身体をスリップドレスの上から撫で回していると、葉月は隼人の膝の上でうっとり……と、もどかしそうにのけ反った。
 やっと……葉月が隼人を男として求める合図。

 今度は肩から一枚だけのスリップドレスをやっと……引き下ろした。
 夜灯りに大きくもないが小さくもない、程良い彼女のバストが浮き上がる。
 腰までスリップドレスを降ろすと今度は葉月が隼人の肩から、タオル地の白いバスローブを滑らそうとしていた。

 その……白い手……どうしてかいつも『ヒンヤリ』していて『ゾク……』とするほどだ。
 ここでもまだ……葉月の身体に突っ込んではいけない。

 ちょっと試しに葉月のスリップドレスを白い足からはずしながら……小さなショーツの中に手を入れてみる。
 葉月も勿論抵抗はしないのだが……。
 実はいつもここで隼人も……隼人の手が入って行くのを見つめている葉月も……『緊張の一瞬』なのだ。

 毎度の事ながら、ため息をつきたいのだが……可哀想な葉月のために隼人はそこは様子に出さない。

「ゴメンね……気持ちはいいんだけど……」

 そう、葉月はいつもこの瞬間にそう一言必ず言う。

「なんでお前が謝るんだよ」
「だって……感じないなんて……こんなにいたわってくれているのに……」

 葉月は自分の指を、うらめしそうに口に運んで噛み始める。
 うつむいた途端にせっかく肩に払った長い栗毛がまた彼女の顔を隠す。

「今からだろ? 俺が……もっと……」

 実は隼人はこの瞬間……葉月が指を噛みしめてうつむく哀しそうな切なそうな顔に瞳に、妙に燃えると言うことに最近気が付いた。

──『俺がそんな顔させない』──

 そんな使命感を煽ってくれる瞬間だった。
 そんな勢いで葉月の身体を隠す最後の一枚を躊躇うことなく、彼女の白い足から取り去って……葉月の腰を引き寄せて……自分の膝に乗せたまま十二分にゆっくり愛撫をしてあげるのだ。

 乳房に口付けて……髪をかき上げて……そして、彼女が気にしている部分が潤うまで隼人は丹念にゆっくり愛してみる。
 でも……そう簡単にはいつもなかなか行かないのだが、気のせいか、最近少しばかり反応が早くなったように感じる。
 葉月の白いヒップに回している片腕……その指先が少し熱くなったように感じた……。
 それで……彼女の顔をそっと見上げるのだが……。

「……」

 身体の反応具合を自分で気にしているかのように、不安そうに隼人の事を見下ろしている。

「ちゃんと……俺の事……受け入れてくれたね」

 ほんの僅かな反応に微笑みを投げかけると、葉月はちょっとだけ嬉しそうに微笑んでくれた。
 そう……隼人の思いとはうらはらに……言葉で葉月の心を安心させてやる。
 これが『攻略法』だった。
 その警戒心を解いてくれた男に彼女が与えてくれる印……。
 彼女からの口づけ……。
 隼人の首にその白くて長い腕を巻き付けて……やっと熱烈に唇を愛してくれる。

 ここまで来てやっと葉月を下に押し倒すことが出来るのだが……隼人が求めているのはこんなに美しいセックスじゃない。
 本当はもっと……激しく、もっと強く……葉月を押し潰したいほど攻めていきたい男の本能をぶつけてみたい。
 だが……葉月はまだそれを怖がっているような気がする。

『いや……離して!!』

 そう言われてはね除けられるのは、やっぱり男としてかなりのダメージなのだ。
 葉月をシーツの上に寝かせて、乳房を愛して片手でさらに潤いを求める。

『ああ……』
(そう……もっと……感じてくれよ……)

 強ばっていた彼女の身体が警戒心が解けてしんなりと柔らかく……隼人の胸の下……そっとうごめいた。
 最近は少しばかり……艶めかしい声などを漏らしてくれるようになった彼女。
 その声を聞かせてもらえばこそ……隼人も根気よく葉月の哀れな反応をいたわれる。

 少しずつ葉月が頬を染める。
 たぶん……他の女に……この葉月対応の愛撫をすると……『しつこいわね! いい加減にして!!』と、焦らしすぎて『怒られる』と言うくらいの……そんなじっくりとしたものなのだ。
 そうでないと葉月の気が高ぶらない。
 葉月を隼人と同じテンションに持ち上げる。
 それが隼人の狙い。
 だから……男の我慢は限界に来ても、そこは隼人の為にも、葉月の為にも我慢のしどころ。
 とにかく葉月が中心。

(くそーー。なんだかこいつに支配されているみたいだな!)

 そんな不満は生まれるがそれが我慢できないなら……葉月の元から『去れ!』……ああ……マコト兄さんにそう言われているような気がして、隼人はいつもここで『勝負所』とこらえているのだ。

「ううん……隼人さん……」

 隼人の首に捕まって……葉月が恥じらうように、隼人の胸の下で愛らしく悶え始める。

(でも……俺……もっと違う反応して欲しいんだよなぁ)

 恥じらう女中佐を上から眺められるのも『絶景』なのだが……そうじゃなくて!

(ほら……身体はもう充分感じているじゃないか?)

 そう……葉月が気にする反応など、隼人と付き合い始めた時程もう、不感ではなくなっている。
 最初の反応はまだ敏感ではないが、こうして警戒心をほぐした後の葉月はもう充分『敏感』なのだ。

 だから……! シャワールームでのあの行為だって、葉月はあんなに激しく隼人を受け入れてくれたじゃないか?
 なのに……あの激しい交わりを隼人は望んでいるのに、ひとたび、彼女の部屋で彼女を抱くと、いつもの『恥じらうお嬢さん』に戻ってしまっていた。
 その葉月の大人しい反応。
 今度は『潤う身体』の事ではない。
 『声』とか『恥じらいを捨てて赤裸々に……』とかそうゆうことだ。

(俺には見せてくれないのか? それとも誰にも見せたことないのか?)

 マコト兄さんはどうだったのだろう?
 隼人が手に入れたいのは『熱烈に愛して愛される』そんなセックスだ。

 元々……隼人は『セックス』には冷めたところがあった。
 フランスで付き合ってきた幾人かの女性達。
 もちろん……フランス人の女性が多かった。あのミツコ以外は……。
 それでも、ミツコと別れた後、歳が離れたフランス人の可愛い恋人を持ったことがあったが、やはり……根っこが日本人である隼人とは結局、歳の差もあって一年もしないうちに別れた。

 それから女性はうっとうしく感じるようになった。
 だが、隼人も男なのでそれなりに女性を欲することはある。
 どうせ付き合うなら『ライトなお付き合い』が望ましかった。
 『食事』と『一晩の契り』ですますことが出来る相手を選んで、あのアパートに連れ込んで、朝になれば女達は満足して去って行く。
 決してミツコのように、つきまとわれない女を選んだ。
 しかし……それもにも飽きて暫くは自分のための時間に没頭するように……。
 その内に葉月がやってきて、保ちたい一人きりの平和にピリオドを打たれた。

 彼女を心の底から愛しているから……今度こそ……彼女のために全身全霊の愛を注いで……それで……彼女に受け入れて欲しい。
 葉月は……今まで付き合ってきた女性の中では『最高級』だった。
 もちろん……その美しい白い肌、隼人が気に入っている栗毛……その透き通ったガラス玉の瞳、不思議なユニセックスな表情。
 容姿は誰が見ても……どの男も目を奪われる物だ。
 それだけじゃない。
 どれだけこの無感情だと思っていた冷たい令嬢に心を動かされたことか?
 無感情な女のくせに……一緒に前に行きたくなるような闘志を秘めていることか。

 隼人の心の中に刻まれた位置だって、隼人の感覚では最高級の『相棒』なのだ。
 距離の保ち方だって……隼人の方がこうしてヤキモキするほど徹底していて、付き合い易さだって今までにない最高の物なのに!

 だから! 

『葉月……愛しているお前に教えてもらいたいんだ! 本当に愛し合うってこんなに冷めているのか? やっぱり俺が今まで感じてきたように……セックスはこんなつまらない物なのかよ?』

 そう……今度こそ……熱烈に愛し合う肌の睦み合いを隼人は欲しているのだ。
 だけれども……もう充分……葉月は反応しているのに『熱烈を求めて』乳房にむさぼりつく隼人をジッと見下ろしていた。

 無表情に……氷のような眼差しで……。
 こんなに熱く彼女の身体を求めて愛しているのに……葉月の身体は熱く潤って反応しているのに……!

(どうして!? そんなに冷たい目で俺を冷静に見ているんだ?)

 瞳はもちろん切なそうに潤んでいた。
 でも……なぜ? 悶えてくれない狂ってくれない?
 俺のために……俺の行為を許してくれない??

「気持ちよくないなら……やめるけど」

 意地悪な質問を彼女にしていると思った。

「気持ち……いいけど?」

 そこも平淡な表情で彼女は呟く。
 勿論……身体は充分に反応している。
 だからと言って、ここで彼女と一つになるのは隼人の今の気持ちが求めていない。
 『おねがい……欲しいの……』──そういって隼人をもっと熱く求めて欲しいのだ。

「そうかな? 顔が……そう言っていない」

葉月が困る事を突きつけていると……隼人は自分でうなだれて、とうとう……葉月の身体から離れてしまった。
葉月に背を向けると……彼女の深いため息……。

「こんな私……扱いにくくて嫌い? 疲れるの?」

 葉月がそう言って隼人の背中に抱きついてきた。

「……そうじゃなくて……」

 隼人に背中に吸い付くような彼女の乳房が押しつけられる。
 それだけで……萎えそうになった男の性が復活してしまう。

「……隼人さん……今日まで大変そうだったから、そっとして置いてたのに……遠慮していたのに……せっかく……私からこうしてお部屋に来たのに……」

 彼女が背中から回してくる白い腕……その伸ばした腕が……シーツに手を付く隼人の手をそっと握りしめた。
 また……ヒンヤリとしてそして……しっとりとした手。
 その細い指が隼人の太い指に絡み付いて行くのを眺めた。

「やっぱり。。冷たい人……女がこうして甘えるのは嫌いなのね?」

 葉月の甘たるい声……。
 そっと肩越しに振り返ると、彼女が甘い瞳で隼人を見つめていた。
 もう……それだけで……。

「冷たいのはお前だろ?」

 もう一度……葉月を押し倒した!
 今度は遠慮なし。
 葉月の身体も受け入れ態勢は充分……隼人も……!
 だけれども一つ残念なのは……今夜も結局……隼人が欲して彼女を求めた側になってしまった事だ。でも……。

「ああ……隼人さん……」

 一つになると急に彼女の顔が色めいた。

「お前が悪いんだ……いつも……お前が俺を誘惑する」
「……して……いないもん……」

 そんな可愛らしい声で隼人にしがみつく彼女を……やっぱり憎めなくて、結局……全力で愛してしまっていた。
 でも……心の中で……。

(あの女がああだったように……あの時の女がああしたように……)
──『お前ももっと狂ってくれよ?? 俺ってそんなに物足りない?』──

 そう思いながら……彼女を愛し続ける。
 葉月は荒い吐息は隼人の耳元で吐くものの……決して乱れるような悶え方はまだ見せてくれない。
 ただジッと……隼人の首にしがみついて身体を密着させるだけ。
 隼人の身体が熱いせいか……やっぱり葉月の手が冷たいように、彼女の肌も、気持ちがいいほどヒンヤリしている。

(汗はかいているみたいだけどなぁ……)

 抱き寄せる葉月の腰……背中にはうっすらと汗は滲んできているのに……。その上……。

「ああっ……はぁ……いや……隼人さんっ!」

 そんな声だけは艶めかしい。

(このやろう……ずるいよ……お前は!)

 男のツボを捉えすぎ……。
 葉月のその顔、閉じたまつげの色っぽさとその声、吸い付くような白い肌……程良いバストに流れるシルクの栗毛。
 その一つ一つを眺めて、手にして感じるだけで、どうして? 隼人だけこんなに気が高ぶらなくてはならないのだろう?

 だから……。

「悔しいけど……」
「え? な……に??」

 息切れる葉月の声を耳元に感じながら……それが気持ちがいいのか……悔しいのか……そんな複雑な気持ちを抱きながら……隼人は葉月をきつく抱き寄せて果ててしまった。

 

・・・*・*・*・・・ ・・・*・*・*・・・・

 

「ねぇ? 何が悔しいの?」

 林の木々の音を聞きながら、裸のままシーツにくるまる。
 ちょっと腑に落ちなくて彼女に背を向けていると……肩越しから葉月がそっと隼人を覗き込んだ。

「別に……独り言」
「もう。そうしていっつも一人で考えている!」

 葉月は大人に相手にされなかった子供のように拗ねて……隼人の背中から離れていってしまった。
 そんな葉月……彼女はこうして密着した後は特に、いつも見せない『年下の女の子らしさ』を垣間見せることがあった。
 それだけ……素に戻れる短い時間なのだろう。
 すり替えて言えば……そうしてあげられる男になれたと言うことでもある。

「なぁ、葉月。さっき俺に言っただろ?」

 やっと葉月の方に隼人は寝返ってみる。
 彼女は枕をクッション替わりにしてベッドの背にもたれ『何を?』と、隼人を見下ろした。

「隼人さんは冷たい人、甘える女は嫌いなのねぇ……って。あれ……すっげー勘違い」
「そう? いつもそうじゃない……なんだか避けられてるって思う事あるもの」

(ああ……やっぱり……あの時の事言っているのかな?)

 隼人は『距離』を置いていた時、葉月が勘良く察していた事を改めて噛みしめた。

「うーん……。そりゃ……ぐったりもたれかかって、自分自身の力を使わなくなるのは女じゃなくても人間としてイヤだからね……俺は」
「私……もたれかかってる?」

 キョトンとした顔でまた……栗毛を揺らして葉月が首を傾げる。
 そこがまた……愛らしい彼女の誰にも見せない隼人だけのヒトコマ……。
 隼人も起きあがって……葉月と一緒にベッドの背にもたれた。
 そして……自分よりか細い彼女の肩を抱き寄せる。

「全然。むしろ……仕事は俺よりやり手だもんなぁ」
「やり手じゃないもん」

 時々。いや……こんな二人きりの時は、葉月はこうして隼人にだけ『女の子』になってくれる。
 だから……隼人も微笑ましくなって彼女を抱き寄せた。

「だって……。隼人さんがいないと、ちゃんとした文章も書けないし、冷静な判断は隼人さんがしてくれるし。最近、五中隊の管理課にあまり怒られなくなったのだって、隼人さんがいろいろと教えてくれたからじゃない……」

(うーん。山中の兄さんだって充分、判断してきたけど、葉月とジョイが聞く耳持たず、兄さんはアメの兄さんだったらしいからな)

 そこは隼人も苦笑い。

『もう、隼人が叱ってくれるから……お嬢達が突っ走らなくて済むよ! 助かる!!』

 最近兄さんはそう言って困ったことがあると隼人の所にコソッと頼みに来る。
 つまり……『ムチ兄』として浸透してきたって事だった。

「ちょっとは先輩の言う事も聞かないとなぁ」
「解っているわよ!」

 プイッとそっぽを向いた葉月に、隼人はまた笑っていた。
 そっと……栗毛を撫でながら……彼女の頬に唇を寄せて、シーツの上で指と指を絡めた。
 彼女がまた……愛らしい顔で満足そうに微笑んでくれる。

「葉月……二人きりの時は甘えたい時は、甘えてくれていいんだからな?」
「うん……そうする……」

 そっとお互いの唇が重なった。
 静かな十二月の夜中……。
 暖房が効いた部屋。
 ブラインドの向こうの窓は水滴で曇っていたが、小さな爪先のような三日月がぼんやり……二人を照らしていた。

 彼女の薔薇色の唇。
 噛みしめてくれる彼女の唇愛撫。
 口づけだけは……葉月は熱く返してくれる。

「好きよ……隼人さん」
「好きなだけなら俺も……好きだよ」
「意地悪……」
「……言ってくれない?」
「……愛している? ええ、きっとそうよ。冷たい女かも知れないけど」
「いいよ。俺もきっと──愛し…て……」

 どうしてだろう? 口づけだけでこんなに切なくなるのは……。
 隼人は葉月の栗毛の生え際をそっと撫でながら、少しばかり長い時間……彼女との口づけに戯れた。
 それで……いつも最後は満足してしまう……。

 でも……満たされない男心はまたきっと……隼人の身と心を焦がすのだろうが……。

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