・・蒼い月・・ ☆氷の瞳☆

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3.お嬢感覚

『うう……寒いなぁ』

 小笠原は温暖とはいえ、おそらく今は一番冷え込む季節だろう。
 部屋の暖房が切れて、朝方はいつも肌寒い。
 特に裸で眠ってしまったのなら余計にそうだろう。

 隼人が起きあがると、またもや壁際……いや、この林側のベッドでは窓際になるのだが、その方向にくっついて、葉月がシーツにくるまって眠っていた。
 その顔を、隼人はそっと覗き込んだ。
 ピンク色の唇が少し半開きになっていたが、妙にそこが艶めかしいというか……。
 白い肌が朝日に透きとっていて茶色のまつげを輝かせている。
 子供みたいな寝顔だった。

(こいつもチビの時は可愛かったんだろうなぁ)

 隼人はジッとその寝顔を眺めて、ため息をついた。

(無表情に育つなんて勿体ないこと……)

 世の中、何でも手に入れて育つ者なんていやしない。
 だけれども、彼女はその家柄、容姿、能力、それを持ったが引き替えに、なにもあんな傷つく『トラウマ』を植え付けられるなんて……。

(ちょっとひどくないか? それも!)

 妙に隼人は腹立たしくなってきた。
 だけど、たぶん……そのトラウマを背負った彼女だからこそ『軍人』として出逢えた。
 そうでなければ、もう、とっくに非の打ち所がない『令嬢』として、どこかの御曹司がかっさらって、彼女は優雅にヴァイオリンを弾いていたかも知れない。

(だから……トラウマの事。出逢った男なら、そっといたわらなきゃいけないんだよな)

 それ、葉月と離れたくないなら当然の『第一条件』!
 それは隼人も解っていた。

  隼人は昨夜脱いだバスローブを手に取って、リモコンでエアコンにスイッチを入れた。

『ううん……』

 隼人の動く気配を察したのか、よく眠っていた葉月が目を覚ましたようだった。

「いいよ。眠っていろよ……俺が朝飯作るから……」

そう彼女の耳元で囁く……。

『う……ん』

 すぐにまた眠りに付いたようだった。

(あーあ。お調子モン)

 隼人は苦笑いをしたが、まぁ……対して気にはならなかった。
 眠れるときには寝させてあげたい。
 薬を頼っていた時は、どれだけ眠らない日を過ごしていたのだろうか?
 こんなに安らかに眠るなら……。
 今までの分、なにも不安のない安らかなまま休ませてあげたかったのだ。

『良い夢みているのか?』

 隼人はそんな葉月に、にっこり微笑みかけてベッドから降りた。

 

・・・*・*・*・・・ ・・・*・*・*・・・・

 

 とりあえず、もう一度シャワーを浴びた。
 葉月が目を覚まさないように、そっと昨夜の部屋着に着替える。
 リビングに出て、朝日をいっぱい浴びながらテレビを付けてみた。

──リンリンリン──

 そんな鈴の音。

(ああ。もうすぐクリスマスか……)

 こんな暖かい島に住んでいるせいか? 
 雪の景色が流れるテレビコマーシャルは、かなり違和感を感じた。

(クリスマスかぁ。葉月は関係なさそうだなぁ。ま……俺も関係ないけど)

 どちらかというと外国暮らしが長かったせいか『恋人がサンタクロース』なんて奴は『日本のまやかし』と隼人は捉えていた。
 どちらかというと『家族で過ごすもの』と思っていて、いつもなら『ミシェールパパとマリーママン』と一緒に、暖かいご馳走を食べるのが一番の楽しみだった。

(まさかなぁ。去年のあれが最後のクリスマスだったか)

 隼人は久々に『ノスタルジィ』が襲ってきて、ため息をついた。
 また、林側の書斎部屋に眠る彼女が気になってドアを眺める。

(アイツも帰国子女だから……同じかな?)

 そこでふと、隼人の脳裏に『ある日の光景』が、バッと蘇る。

『どうして隼人はレストランの予約ぐらいしてくれないのよ!!』
『俺はママンの所に毎年、帰るんだよ』
『じゃぁ! 私一人でここにいろっていうの?』
『……日本に帰らないのか? 冬期休暇取るって言っていたじゃないか?』
『バカ!! クリスマスだから隼人と一緒にと思って! 暮れに帰ることにしたのよ! ひどいじゃない!!』
『だから……クリスマスは恋人で過ごすものじゃなくて……』
『うるさいわね!! 私達はね! フランス人じゃないのよ!!』

 急に何故???
 この数年間、思い出すこともなかった『ミツコとの喧嘩』を蘇らせたのか!?
 『ぞぞ!!』と、寒気が走り、隼人はテレビをバチ!! と、消してしまった。

(何故だ! なんでそんな数年前のことを!!)

 隼人は、テレビ前のミニソファーにリモコンを放り投げて一人むくれた。

「どうしたの?」

 葉月が、眠そうな目をこすりながら、ダークブラウンのスリップ一枚で林の部屋から出てきた。
 豪華なレースの下着姿に隼人は苦笑い。

「せめてガウンだけでも羽織ってくれないか? 困るんだけど?」
「いいじゃない。今からシャワー浴びるの……」

 葉月はそう言うと臆することなく、朝日が大量に入るリビングに出て、乱れた栗毛をかき上げながら、バスルームへと歩き始めた。
 薄いシルクのスリップに朝日が透ける……。

(おいーー。身体が透けて見えるぞーー)

 と、言いたいところ……。
 それを結局眺めている自分にも、隼人は『苦笑い』。

(あーあ。俺が男なのは『夜のベッド』の時だけなのかな?)

 やはり、普段は『なにもしない安心なお兄ちゃま』?
 その様に捉えられているから、葉月は逆に平気であんな姿を隼人に見せるのだろうか??
 それとも? 美味しい餌をちらちつかせて『隼人さんなら、いつでも襲っていいからね♪』 そうなのだろうか!?
 後者の答えは、今までの葉月からすると『都合が良すぎる男の解釈』としか隼人には思えなかった。

 隼人はまた……ため息をついてキッチンに籠もることにした。

 

・・・*・*・*・・・ ・・・*・*・*・・・

 

 簡単なブランチが出来上がると、葉月もちゃんと着替えてテーブルに付いた。
 この日はアイボリーのニットワンピースで、これまた優雅なお嬢様で、目の前に座らせると見ているだけで良い目の保養。

「その服……いつ買ったの?」

 島では絶対買えない『ブランド物』だと隼人でも一目でわかる。

「え? フロリダの母様が送ってくれたの」
「ああ、なるほど? 葉月は服は自分で買わないのか?」
「ああ……休暇で鎌倉に帰ったら少しは……」
「どんな服が好き?」

 隼人の質問攻めに葉月が眉をひそめて、フォークを持つ手を止めてしまった。

「どうしたの?」
「え? 別に……。葉月が化粧品以外の買い物しているの見た事ないから」
「当たり前じゃない。そんな暇もなければ場所もないわよ」
「そうだけど……。行きたいとか思わないのか? 本島とかに。うちの若い女の子は、いつも横須賀基地行きの便で、本島に出かけているけど? 河上夫妻だって夫婦で良く出かけているみたいだし……」
「別に。取り立ててほしいものないし。欲しくもないのに母様がバカみたいに送ってくるし……」
「ああ。そう……」
「なぁに? もしかして隼人さん……本島に行きたいの? 行くなら横浜に帰らなくちゃね!!」

(しまった!!)

 葉月が普通の女の子の感覚を、どれだけ持っているかの『探り』だったのに……。
 ここの所、ちょっとした『隙』をついては、『横浜・横浜』と、葉月が言うようになっていた。

(手強い! 下手に喋ることもできない!)

 隼人はおののきながら、負けじと会話を続ける。

「なにいっているんだよ。来週からアメリカに帰る本部員が多いだろ? 感謝祭にクリスマス。あっちでは家族と過ごす大事な行事だ。彼等が帰ってきたら、今度は日本人の正月休暇。本部の人数が少なくなるから、いられる者はいなくちゃって葉月が言ったんだ。お前はどうなんだよ? フロリダ帰らなくていいのか?」
「別に。それに隊長代理の私から休暇とってどうするのよ? だから本島に行く暇なんてないの!」
「俺は側近だぜ? お前が働くなら俺も働く」

 隼人の上手い言葉に、葉月が溜め息をついた。

「もう……」

 どうやらとりあえず『説得』は諦めてくれたようで隼人もホッとした。

「それで? 正月は鎌倉に帰るのか?」
「帰らない!」
「叔父さんや右京兄さんが待っているのじゃないか? ジョイと俺が正月はいるから、一日でも帰ったらどうだよ?」
「隼人さんがいるなら帰らない!」

 葉月はそう言って何故かムキになり、サラダを勢い良く食べ始めてしまった。

(俺がいるから……か)

 帰省しない隼人に気遣ってか、それでも、それも隼人にとっては嬉しい一言だった。

「じゃ……二人で年越しか。葉月の年越しそばが楽しみだな」
「残念……大晦日はロイ兄様のおうちに行くの。ああ。そうそう、ジョイも一緒。隼人さんもいるなら連れてこいって言われていたっけ?」
「ええ!?」
「美穂姉様のおそば。美味しいわよ! あ、そうだ。細川のおじ様も、お隣だからいつも一緒なの!」
「ちょっとマテ。そんなすごいメンバーの所に俺いけないって!!」
「じゃ。横浜に帰る?」

 葉月のしたたかな『にっこり』に、今度は隼人が『くそ!』と、奥歯を軋ませ、苦虫を噛み潰したような顔に。

「帰りません!」
「じゃぁ……来るの? ロイ兄様のお宅に。兄様は『是非』と言っているし。美穂姉様にもまだ紹介していないから、姉様は連れて来いってうるさいのだけど。隼人さんがイヤなら無理強いはしないわよ?」

(葉月の『姉様』か……顔出しておかないとまずいかな?)

 葉月が頼っている女性はこの目で確かめておきたかった。
 いざ、困ったことがあれば相談が出来る女性が必要だと隼人は思っていたのだ。

「行くよ」

 隼人の即答に葉月がビックリ仰天していた。

「えっと? 本当に良いの??」
「お前から誘っておいて、急になんだよ?」
「だって、なんだかこっちの家族付き合いに無理矢理……」
「いいんじゃないの? 俺が良いっていうんだから」
「……」

 隼人は葉月の困った様な反応に、また、腑に落ちなくなる。

「ねぇ……男の人って、そう言うの嫌いじゃなかったの?」
「ああ……そうだねぇ……」

それは一理あった。

『クリスマス。一緒に日本に帰って、私の家族に紹介したいの。隼人のお父様にも会いたいし! その継母様にもちゃんと挨拶したいわ! 弟さん小さいのでしょ? きっと可愛いに違いないわ!』
(ああ!! また! どうしてミツコが出て来るんだ!!)

 隼人は朝から思い出したくもない場面が鮮烈に蘇ってきて、また顔を歪めた。

『それで? 紹介し合ってどうするんだよ?』
『どうって……』
『うちの親父はすっげーお堅いぜ?』
『私じゃ……認めてもらえないっていうの?』
『うちの会社で働く意志あるのかって事だよ』
『なんで? 隼人は軍人じゃない? 会社継ぐの?』
『継がされるかもな』
『それでもいいじゃない』
『お前はどうするの?』
『良い奥さんになるわよ♪』
『工学を学んでいるんだ。作業着を着て工場に出たり出来るのかって事だよ』
『……』
『俺が帰ると、そうゆう事になりかねないって事。先よく考えろよ』

 ここで彼女が『隼人と一緒なら工場で働く』と、瞳か輝かせて即答したなら、一緒に帰国したかも知れない。
 でも、彼女はそこで躊躇って会話が続かなくなった。
 『社長夫人になれるかも』──それが垣間見えた瞬間だった。

「隼人さん?」

 葉月が朝日に栗毛を輝かせて、隼人を訝しそうに見つめていた。

「………俺。行って、もどうもならないだろ?」
「え? どうもならないって?」
「別に葉月の恋人として行って恥ずかしくないのなら……」
「恥ずかしいって?」

 葉月がキョトンとしたので隼人は、また、ため息。

「どういうつもりで、俺を連れて行くわけ? 側近として?」
「え? お付き合いしている男性として……だけど? 言わなくったって、ロイ兄様もおじ様も判っちゃっているみたいだし。そこ……うるさく言わないし。それに『連れてこい』って皆に言われたの初めてだから……」
「初めて?」
「だから、認めてくれているって事じゃないの? 隼人さんの事……」

 葉月が頬を染め、ミルクティーのカップをくるくると手で回した。

「はぁ。光栄だけど、責任重大ってかんじ」
「だから、嫌なら、マンションで待っていても良いわよ?」
「冗談やめろよ? そこまで言われて行かないのは男じゃないだろう?」

 隼人が余裕たっぷりに微笑むと、葉月もホッとしたのかニッコリ微笑んでくれた。

「そっか。葉月の家族付き合いね……」
「うん……小さい頃からのメンバーだから……」
「それは興味津々」
「そう?」

 葉月もなんだかそんな親しき家族との集まりは楽しみなのか? 嬉しそうだ。
 隼人も嫌ではない。
 なんといっても『手強い葉月の親しき者達』には慣れておき、認めてもらい、そうして葉月の側にいる男としての周り固めはしたい所。
 双方の葉月と隼人の意志が一致しているなら、前に進めるというもの。

(ミツコの時はそれがなかったんだよなぁ)

 ミツコは美しい女だったが『家庭的』ではなかった。
 葉月も『家庭的』ではないのだが……?

(どう違うんだろうな? おなじキャリアウーマンなのになぁ?)

 そう。『社長夫人の座』を狙うのに必死だったあの醜さ……かもしれない。
 爪を綺麗に磨いて、髪をよく手入れして、高級な下着を付けて。
 葉月は爪は磨かない、化粧もこだわらないが、女性らしい身だしなみは同じ心得なのに。
 『社長夫人になりたい』なんて所がないせいだろうか? それもそうだろう? こんな大きな部屋のマンションに住んでいて、それで綺麗な女になるためにお金をかけようというなら、葉月がその気になればいくらでも出来ることだ。
 なにもわざわざ隼人を頼って、楽な奥様になろうだなんてしなくて良いのだから。
 だったら? ミツコと葉月を比べるのはちょっとお門違いかとも思える。

 でも……。

 こんな財力を持っていながら、葉月自身の生活は『質素』なものだった。
 フロリダの母親が洋服でも送らなければ、どんな格好しているか解ったモンじゃない。
 そんなところ、葉月は、かなりおおざっぱだった。

「本当はどんな服が好きなんだ?」
「なあに? またその話?」
「お前、自分のファッションセンス持ってないのかよ」
「あ。その質問、ジョイにもされてムカついた」

 『ムカついた』ときて隼人はびっくり!
 いつも優雅なお嬢さんがあまり使わないカンジの言葉遣いだった。

「隼人さんも思ったのでしょ! どうせ私は母様の着せ替え人形よ!」
「いや、そうじゃなくて……。母娘の暖かい交流でいいと思うよ? お母さんよく解っているよ。葉月に何が似合うかって……」

 隼人が慌てて取り繕うと……。

「だから……! 気に入る物ばかり送ってくるの!」
「ああ、そうゆう事。じゃ、気に入って着ているんだ」
「そうよ……。『ママ』は気に入らない物は、絶対に送ってこない」
「──『ママ』──ねぇ」

 隼人が苦笑いをこぼすと、思わず出た言葉なのか、葉月はハッとして恥ずかしそうにうつむいてしまった。

「パパママって、そう呼んでいたんだ」
「……」
「嬉しいよ。俺の前でそうして自然に、本当の葉月が出てくるのが……」

 葉月は気まずそうに、でも、そっと隼人の微笑みを見上げていた。

「そう呼んであげたら、お父さんもお母さんも本当は喜ぶのじゃないの?」
「いいの……。もう……いい大人だから……」
「ジョイだって『うちのマミー』って今だって言っているじゃん」
「ジョイは、アメリカ人だもの」
「葉月も帰国子女だろ? 不自然じゃないよ」

 隼人がそういうと、葉月は恥ずかしそうに、でも、ちょっと愛らしい笑顔をこぼしてくれた。
 とりあえず隼人の帰省についてはこの時は収まって、正月の予定はその方向で固まったのだ。

 

・・・*・*・*・・・ ・・・*・*・*・・・

 

 ブランチの片づけは、葉月がする事に。
 隼人はもう一杯のカフェオレを手にして、テラスで新聞を読んだ。

「今日、真一は、来るかなぁ」
『さぁ? お友達と約束があれば夕方じゃないの?』
「真一は暮れはどうするのかなぁ?」
『毎度のこと。右京兄様に無理矢理に引き戻されるわよ。そこからフロリダ行くかどうかね』
「ふーん。右京兄さんもフロリダに行くんだ」
『時々ね』
「クリスマス……どうするんだ?」
『……なんなの? 今日は? 私は予定なんて毎年ないわよ』

 葉月の口調がきつくなったのに気が付いて、隼人はテラスを出てみる。

「ホントに、仕事一筋だな」

 キッチンの入り口にカフェオレカップを持ってたたずんでみた。

「別に。キャンプ内のファミリーに誘われたらそこに行くけど? 毎年、うちのチームで残った者で、コリンズ中佐がパーティを開いたりとか」
「ああ。そういう過ごし方ね」
「なんなの? ミョーに、今後の予定にこだわるわね。私の勘違いだったかしら?」
「勘違い?」
「隼人さんってそうゆう『アニバーサリー』とか気にしないと思っていたから」
「なに。『アニバーサリー』って」

 すると、葉月がため息をついた。

「フランスから帰ってきたばかりで知らないのかも。クリスマスに、誕生日、結婚記念日にバレンタインにホワイトデー。そうゆう事よ。つまり、いかにして恋人と『記念日』を過ごすかってね」
「今の日本じゃそう言うの?」
「みたいね」
「そんなに飢えてるの」
「そんな言い方ないでしょ。日本の企業戦略ね。なにか行事があれば物が売れるでしょ? 売る側は必死なのよ」
「なるほどね」
「最近じゃ。成人式も恋人のアニバーサリーよ」
「……あきれた」
「着物でエッチしてみたい良いチャンス。ホテルで着物を脱いじゃって、着付師がホテルに呼ばれて大忙し」
「おいおい……。葉月の口からそうゆう事聞きたくないな〜俺」

 いつもの冷たい表情で、淡々と語る葉月に隼人は苦笑い。
 だけれども、葉月はシラっとしてボウルにフライパンを元の位置に返す。

 いつもは優雅で大人しいご令嬢って感じなのに、時々、冷めた女中佐張りの強さで言い切るから、ドッキリすることがある。

「私の成人式は鎌倉で。無理矢理、振り袖着せられたけどね」
「!! マジかよ! お前、着物、着たことあるの!」
「どうせ、大柄の栗毛女。似合わないって思ったでしょ」

 葉月は隼人の驚き方に、じろっとしらけた視線を投げかけてくる。

「ぜーんぜん! 是非! その写真みたいなぁ♪」
「鎌倉に置いてあるけどね」
「へぇ……驚いた!」

 隼人はそんな葉月を是非見てみたいと……少し胸がときめいた。

 カフェオレを飲み干したので、シンクに持っていくことに。
 そこで葉月と狭いキッチンですれ違う。
 こんなに広い家なのに何故かキッチンは狭い。
 それも葉月の身長や体型に合わせているらしく、隼人が包丁を持つと、少しばかりシンクが低く感じるほどだった。

「俺が自分で洗うから、もういいよ」
「そう? 洗濯しようかな? 昨夜サボったし、今日は良い天気だから」
「俺の作業着は放って置いて良いよ」
「隼人さん この前洗濯したとき私の下着を見た?」

 葉月がニヤリと隼人を見上げた。

「だから……そういう言い方、やめろって」

 裸になると嫌に恥じらうのに、この口の効き方は相変わらずで。
 隼人は『本当に、その他は俺はお兄ちゃんなのか? ええ!?』と、突っ込みたくなるほど!

「言っておくけどなぁ! 葉月の下着なんかみーんな同じ色じゃないか! 楽しみが少ない! それに全部、脱がすときに見た!」
「失礼ね。 隼人さんが知らない下着だってあるんだから」

 葉月がむくれながら、隼人の横を通りすがろうとしていた。

「へぇ。それ今度着て、俺の部屋に来いよ」

 背中から葉月を抱き寄せて引き留めたのだが──。

「もう! やめてよ! 離して!!」

 本気で振りほどかれて、隼人はややショック!?
 ため息をついて、言われた通りに、隼人は葉月を手放した。

「ご……ごめんなさい……だって……いきなり……」

 葉月は急にしおらしく、隼人の顔を覗き込むのだ。

「いや。ちょっとふざけすぎたかな〜俺!」

 おそらく、なにかあるのかも知れない。
 背後に立たれると『反射的』になる、武道家には良くあることだ。

「あのね……」

 葉月がなにか言い訳ようとしているその申し訳なさそうな瞳。
 そんな顔をされると隼人だって辛い。

「いいってば……早く、洗濯しておいで」

 でも、今度は逆に、葉月から隼人に抱きついてきた!!
 こんな……こんな事、あまりない。
 彼女からそうして胸に飛び込んでくるなんてあまりなかった。

「ねぇ……もっと優しく飛びついてよ」
「難しいこと言うな。悪かった。この前もいきなりだったんだろう? その……」
「山本少佐のこと?」
「ああ……だから……怖かったかもな。今の」
「怖いって思わなかったけど」
「ムカついたんだ」
「……」

 どうやら反射的にそう感じたのは、否めない様子の彼女。

「ごめん……」

 隼人がそっと栗毛を撫でると、彼女は首を振りながら、頬を胸に寄せてくれた。

「私。隼人さんの手、大好き」

 いきなりそう言うので隼人は『は?』と首を傾げた。

「優しい手……。怖くないから、だから今度、着てあげる。他の下着」

 また! 胸の中で『ニヤリ』と微笑む葉月に、隼人は呆れたため息。

(だったらさぁ。俺を燃えさせなくていいから、お前が燃えろよ!)

 どうせ──何色の下着かわからないが、そんな物を着てきたって同じ事。
 隼人が喜ぶのじゃなくて、葉月に喜んでもらいたいのに……。
 クリスマスも正月も、隼人と葉月には関係なし。
 恋人としての楽しむキッカケなんかどこにもない。
 隼人も気が楽だが……?

(仕事だけなのか? 他にはどうすれば葉月は喜んでくれるのか?)

『俺? もしかして……こいつの良いようにやっぱ……支配されてない??』

 どうもそう言う気がしてならない。
 お嬢の感覚に隼人はまだ馴染めない……。

 そんな複雑なお兄さんの気持ちを知ってか知らずか?
 栗毛のウサギさんは、隼人が栗毛を撫でる手に満足そうに微笑むだけだった。

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