=氷の瞳=

6.灯をともして

 

新年……その日の夕方葉月と丘のマンションに帰って……

二人で美穂に包んでもらった手料理をつついてから眠りに付こうとした。

『明日から仕事ね』

そう。手薄くなっている本部に出るため正月1日目は

出てこれるアメリカ部員に留守を任せたものの……

1月2日からは、葉月も隼人もジョイも本部の一番の要として

早々に出勤と決まっていた。

ただし、訓練が始まるのは日本人達の帰省が終わってからなので

ただの留守番業務として定時まで部隊にいるだけの勤務だった。

でも、葉月は早々に寝支度……。

いつにない元気で過ごしていたようだから疲れているようだった。

隼人も『緊張する対面』を済ませてやっとリラックス……。

すこし疲れた感じもしたが……

美穂という女性にも会えたし、なんと言っても細川の心の底にある『暖かさ』を

知ることが出来たし……ジョイと葉月の幼なじみ振りも見ることが出来た。

『鎌倉かフロリダに帰らない限り……

どこにも自分らしさを出す場所がないと思っていたけど……

島の身近なところにあるようで安心した』

と……思える貴重な一日になって『満足』

隼人一人がどんなに頑張ってもダメなとき。

葉月には逃げ場があるようだから……それで安心もしたのだ。

葉月が風呂に入った後、隼人も続いて入浴。

隼人が風呂から出ると、リビングは真っ暗になっていて

相も変わらず……早速マイペースな女軍人生活に戻ってしまったようである。

(ま。 いいか)

と……思った時だった。

「隼人さん? 出たの?」

葉月が部屋からガウン姿で出てきた。

「あ……うん。 どうした? 眠れないなら……一緒に寝ようか?」

「うん……」

いつになく……そう恥ずかしそうにうつむく彼女。

時々眠れないらしく、彼女から言わなくても隼人から側に行くようにして

そうして横で本でも読んでいれば彼女は暫くしてやっと寝付くこともある。

だから……そう言ってみたのだが。

ガウンを脱いで彼女がいつもの如く壁際へとベッドに入る。

隼人も、その隣に本を片手に入ってライトをつけようとしたのだが……

その手を葉月に止められた。

「なに?」

隼人が訝しそうに呟いた途端……。

葉月の方から隼人に抱きついてきた。

(ああ。そうゆう事)

眠れないのじゃなくて……そう、隼人を求めたかった。

隼人は新年早々……願っていた事が通じたのだろか??と……

内心の『嬉しさ』をかくしつつ……

そっと、葉月が求めるまま彼女の白い肩を抱き返した。

(そう……そうやって俺を求めてくれよ……)

隼人もいつになく鼓動が高くなった。

葉月から求めたのだ……いつもより手荒く彼女が着ているスリップを脱がした。

『ああ……』

押し倒しても葉月も抵抗しない。

(どうしたんだろ??)

願っていた事なのに隼人は逆に不思議に思った。

葉月があまり……いつもより身体を密着させてくる物だから

隼人もいつも遠慮している分、いつもより激しく彼女に吸い付いたと思う。

この時……どれだけ……隼人の心が舞い上がった事か……。

こんなに早く、彼女が男の言いなりになるなんて予想外だったからだ。

ところが……

「やめて……こうして……」

下に組む伏した彼女に何故か身体をはね除けられた。

『なに? なんだよ??』

彼女の『こうして……』に隼人は驚いた。

彼女の方から、隼人は下に敷かれて……

隼人の上に彼女が白い裸体を乗せてきたのだ。

そのうえ……隼人が考えていない方へと彼女が進んでいってしまう。

「ちょっと……まて? どうしたんだよ??」

「お願い……黙っていて……」

そう……隼人がやりたいことはすべて止められた。

葉月が好き勝手に……隼人を求めて……そして……

いつもと、逆だ。

隼人は葉月に遠慮して男の力をセーブして葉月を従えていた。

今日は逆。

男の力はすべて封印されて葉月に下に敷かれた!

でも……願ったとおり葉月から求めているじゃないか??

その証拠に葉月の方から隼人と一体になってしまった。

でも!!

隼人が葉月のために何かしようとすると……

「ジッとしていて……お願い……」

切なそうな声を上げて……隼人の身体の上で葉月は隼人を愛していた。

(そう……コレを求めていたけど……違う!)

葉月から求めてくれて……こんなに切なそうな声を漏らして

隼人を愛してくれているじゃないか?

いつもより……燃えているじゃないか??

でも……違う!

そう……隼人も葉月を好きなように求めたいし、葉月からも求められたい……。

その時間を一緒に味わって……噛みしめて……

一緒に熱くなりたいのに……。

葉月は自分だけそう燃えていて……隼人からの動きは一切差し止め。

やはり……彼女に『支配』されているのと同じだ。だから……悲しい……。

でも、これも男の悲しい性とでもいうのだろうか??

「はぁ……あ……葉月……」

自分の身体の上で、恍惚と自分なりの快楽を求めている葉月を見ていると

やっぱり気が高ぶるから困った物だった。

(本当は違うんだよ……俺が求めているのはぁ……)

「ううん……隼人さん……」

隼人の首にしがみついて腰を動かす彼女……。

もう……それだけで隼人はどうにかなりそうだった。

隙を見て形勢逆転を狙ってみたが、勘の良い葉月には

ちょっと試みたところで……

「だめ……動いちゃ嫌」とその手を止められる。

(俺だって……男だぞ!)

そう怒りに似た気持ちが込み上げて、無理をして彼女を押し切ろうと思ったのだが

せっかく彼女がこうして隼人を求めて愛してくれているのに……

無理に押しきったら彼女が逃げていくような気がした……。

「ああん。。」

隼人の首元で彼女の艶めかしい喘ぎ声……。

それもなんだか隼人には悲しい……。

栗毛の生え際だけは触らせてくれた。

彼女の栗毛をかき上げて……彼女の顔を覗き込む。

そっと……瞳を閉じて……何かを考えているように感じた。

隼人のことなど……見つめてもくれなかった……。

『お前……俺に誰かを重ねている……それ……マコト兄さん?』

葉月が今夜、ふと珍しく隼人を求めてきた。

熱く……彼女はいま燃えている……。

『いつにない……家族との間で少女として解放されて……

それで……懐かしくなったのか?? お前が愛した兄さんの事』

「はぁ……あ……隼人さん」

そんなふうに考えついてしまった隼人にはもう……

その彼女の呼び名は届かなかった。

「いいよ……それでも……」

ふと、一言だけ呟いて……隼人は少しだけ彼女のために……

僅かな抵抗……『隼人として』彼女を愛した。

『はぁ……葉月……』

今夜は心で……彼女を呼んだ。

こんなに悲しくて……切ない熱い睦み合いはなかった。

狂おしい想いだけが隼人の胸に渦巻いた。

そうして……彼女はやっぱり……最後までは辿り着かず……。

勿論、他の男を頭に描いている女を

自分の身体を使われていかれるのは許せなかった。

だから……悲しい思いを抱きながら隼人は早々に終わらすことにしたのだ。

「はぁ……はぁ……隼人さん……」

なんだか、いつもより彼女の身体は熱くて……頬も火照っていた。

(そうだろうな……お前だけ燃えたんだから……)

額にまで汗を浮かべている彼女……。

いつもならその生え際を撫でてやるのだがそんな気になれなかった。

「どうしたの? 隼人さん??」

「いや……もう……おやすみ……寝れるだろ?」

「うん……ここにいて……」

そうして手を握って離さない彼女だけが今夜の救いかも?

隼人はやっぱり憎めなくて……葉月に寄り添って……彼女が寝付くのを待った。

疲れたのか暫くして……葉月は隼人に見守られて満足そうに寝付いたのだ。

隼人はその後すぐに……そっと……ベッドから降りた。

 

 

パジャマを身体に着込んで隼人はキッチンへと向かった。

そして……冷蔵庫を手荒く開けて、缶ビールを手にしてテラスに向かう。

そこで、開けた缶ビールを一気に飲み干した。

「…………」

一気に飲み干した缶を隼人は片手で『グシュ!』と潰す。

そして……怒りにまかせてテラスのガラス戸に投げつけようと

腕を振り上げたのだが……

音には耳ざとい彼女が目を覚まして起きてしまい

こんな無様な男の姿を見られたくない……。

そんな事が頭をよぎって……

隼人は潰れた缶を手に振り上げた腕を……そっと降ろした。

そして……

テーブルに肘をついて額を抱えた……。

「俺は……何なんだよ? お前の何なのだよ??

俺は兄貴の代わりじゃない……。 俺は……」

初めて……恋愛事で隼人は一粒の涙を落としたようだった。

彼女の為……彼女の為だけに……。

どんなに気を遣って、どんなに愛おしく思って、どんなに遠慮して……

葉月の為に……ここまで……。

急に虚しくなったのだ。

でも……別れるなんて隼人には考えられなかった。

あんな彼女を一人置き去りにするなんて今更考えられなかった。

隼人自身も彼女じゃないともう……ダメなのだから……。

だから……苦しい。 だから……切なくて悲しい……。

『コレが……本物の恋っていうのか? 愛だというのだろうか??』

そう……彼女を愛している。

彼女からの『愛』だって伝わっている……。

『俺の我が儘なのか……葉月、お前には情熱はないのかよ??』

無感情な令嬢の愛は……これで精一杯なのだろうか??

隼人には彼女からの情熱が伝わってこない……。

愛は注いでくれても……

それはやっぱり……自分の『エゴ』なのだろうか??と……。

そっと……静かに漂う漁り火が見渡せる景色を遠い目で暫く眺めた。

そしてビール缶をそっとテーブルに置いて立ち上がる。

酔いが程良く身体に巡ったようで少しばかり足元がふらついた。

その足で林側の部屋へ……

焼けるような切なさを抱いて隼人は眠りに落ちたようだ。

 

 

次の朝……。

隼人は少しばかり痛む頭を抱えながら起きあがった。

葉月はまだ寝付いているようで……出勤もゆっくりな時間で行けるので

暫くそっとしておく。

「あー。正月の間、飲み過ぎた……」

昨夜の最後の一気飲みがとどめだった……と隼人は唸りながら

早速、制服に着替えて……

昨夜の悔しさもなんとか心から流して朝食を作ろうと試みる。

林側の部屋で、それでも気だるくカッターシャツを着込んで

スラックスをはいて……ベルトを締めていると……。

「おはよう……」

葉月がガウン姿で林側の書斎部屋をのぞきにやってきた。

「おはよう……」

隼人は憮然として……彼女から視線を逸らして一言挨拶。

「あのね?」

葉月が話しかけてきたが……

「……」

隼人は今日はいつものように何故だか優しい気持ちになれない。

「…………」

勘が良い葉月は、早速隼人の不機嫌に気が付いたようで

少々……困ったような顔をしていた。

その顔……その顔がまた……辛いから、隼人も心苦しくはなるのだが……。

「やっぱり……怒っていると思って」

「何も怒っていないよ」

「昨夜……私が寝る前、隼人さん……ちょっと変だったし」

(そうゆう所は良く気が付くんだよなぁ)

隼人は呆れたため息をこぼした。

「朝も……隣にいないから……」

「俺がお前が寝付いてからこっちで寝る事なんて珍しくないだろう?」

「そうだけど……」

「早く支度しろよ」

「ねぇ……やっぱり嫌いなの?」

「なにが??」

自分の声が妙に荒くなっているのに気が付きながらも……

困ったような葉月の顔とやっと視線が合った。

彼女のすこし怯えた顔……そうされると辛いのだが……

「昨夜の私が……はしたなかったから……」

「はしたない??」

「だから……その……女があんな風にしたら……

嫌なの? 幻滅なの?」

葉月が頬を染めてそっとうつむいた。

彼女のその恥じらう顔……。

隼人はそれを見て……呆然としてしまった……。

『あはははーーー!!!』

「な……なにがおかしいの??」

部屋の入り口でキョトンとしている葉月を……隼人は……

『キラリ』と瞳を輝かせて彼女を射抜いた。

その隼人の視線に葉月が『ビク……』と固まったのは言うまでもなく……。

隼人はそのまま彼女に向かって……部屋の中に引き入れた。

その細い白い手首を掴んで手荒く部屋の入り口の壁に押さえつける。

「嫌……なぁに?? 痛いってば!」

葉月が抵抗したが、隼人は彼女を力一杯壁に押さえつけて……

ガウンの胸元をはだけさせて、そこに片手を手荒く突っ込んだ。

葉月は朝の一番から急に隼人に性的に手荒に扱われた事に

怯えた瞳を見せて……今にも泣きそうな顔をしていたのだが……

隼人は構うことなくそのまま彼女の唇をふさいだ。

「うう……」

彼女の唇を無理矢理愛していると……

どうしたことか固く抵抗していた葉月の身体から力が抜けたのだ。

「葉月……はしたないって何がはしたないんだよ?」

彼女の顎を掴んで隼人は瞳を輝かせて彼女を強く見下ろした。

「…………」

穏やかなお兄様と思っていた隼人に

こんなに強く押さえつけられて葉月は戸惑って言葉も出ない様子。

「いいか? 葉月……昨夜のお前がはしたないなら……

いま俺が男としてこうしてお前を手荒く扱っているのも

はしたないって事じゃないのか??

言っておくけどな……俺だってこんな事が出来る男なんだよ。

優しくなんかないんだよ。

それと一緒だ……お前だって女だろ??

いつもの貞淑なお嬢さんなワケないだろ??

お前も健全な女なら……あれぐらいの事は当たり前なんじゃないか??」

男らしく強く説く隼人に葉月は驚いたようにして……

そんな隼人に手首を押さえられて顎を捕まれたまま呆然としている。

「お前さ……男の事良く知っているようで知らないんだな

それから……何も知らないんだな……恋するって事……」

「…………だって……」

葉月の瞳が急に子供のように潤んで揺らめいた……。

「なに?」

「……なんでもない……」

葉月は何かをいいたそうだったが……そこでうつむいてしまった。

「言ってみろよ? 今なら何でも聞いてやる」

「……」

葉月が躊躇ってやっと呟いた。

「確かに私は恋を知らないかも知れない……

ただ……愛されるだけだったから……だから……

好きになったのに悲しませて傷つけた男性ばかり……

遠野大佐の時……良く解ったから……

死んでしまうなら……もっと私から愛してあげれば良かったのに……

でも……解らなかったの……今だって……

怖いことはいっぱいあるし……どうしていいのか解らない

でも……隼人さんに何かしてあげたかったから……

私の『普通の女の子』を見たいってそう言っていたっておじ様が教えてくれて

だから……あんな事で喜ぶかどうかも解らなくて……

本当は昨夜だって……すごく不安で……」

戸惑いを隠せない……葉月の自信のなさそうな言葉の数々……。

隼人はすこし驚いて……そして……

笑っていた。

「な……なに??」

「いや……葉月……それでいいよ……今はそれで……」

隼人は葉月の手首を離してそっと葉月を抱きしめた。

『恋心も……まだ小さな女の子じゃないか……

なんで?? 気が付かなかったんだ俺……』

彼女の情熱を求めるばかりで……

そんな彼女の怯える幼い心を隼人はこの時初めて知ったのだ。

葉月の『愛している』は本当の真実だろうが……

なんだ……まだ、何も知らない少女じゃないか??

隼人は急にそう思えてきた。

そんな幼い恋心しか持っていない女に『情熱的に愛してくれ』は……

(過激だったのは……俺の方か)

そう思って……笑えてきた。

(いいよ……葉月、待っているから……お前が花開く日を)

彼女の唇をそっと……熱く包んだ。

「……ゴメンね? 隼人さん……扱いにくいでしょ私……」

「いや……。また、昨夜みたいに……いつなってくれるかな?

その時は……今度は俺、遠慮しないよ。葉月の言う事は聞かないかもよ」

「…………」

そこでまた、困ったように怯えるところ……。

「隼人さん……本当はすごく……怖そう」

「お前の怖いって何? 力強い男の事かな?」

「うん……そうなると隼人さんどうなっちゃうの??」

真顔で困ったように聞くので隼人はまた笑えてきた。

葉月の恋心が『少女』だと解るとこんなに簡単に見えてくることが

自分でも可笑しくなってきた。

「さぁね……でも……暫くはそんな俺は出番無しかもね?」

「え? 出番って何???」

(いやー。こんな怯えるウサギはやっぱりオオカミとして喰えないって)

隼人はその日……少し残念な想いを抱えながらも

募った『恋人からの情熱』を求めるのは暫く後に待つことにしたのだ。

でも……

そっと口付ける彼女の唇……。

それだけは熱かった。

『怖いことはいっぱいあるけど……隼人さんのために何かしたくて』

恥じらいの不安を除けて……戸惑いながら昨夜隼人を求めてくれたのは……

やはり……彼女からの僅かながらの『情熱』

残念な事に隼人は悲しい思いで受け止めてしまったのだが……。

彼女の心に少しだけ灯がともった。

そんな気がした。

氷の瞳もいつかは解けて……

熱く隼人をその透き通ったガラスの瞳ですがってくれる日。

(それはまたの楽しみにしておくか……簡単に手に入ったら……

それはやっぱり御園葉月じゃないもんな)

「さぁ……中佐。仕事始めだ。早く、支度しろよ」

いつもの頼もしいお兄様に促されて葉月もニッコリ……

「うん……」

輝く笑顔をこぼして、部屋に戻っていった。

笑顔も……口づけも。

肌の睦み合いも……。

そう……これからは隼人の手で少しづつ育てていく。

「俺だけの葉月をね……誰も咲かせなかった葉月をね

真さん……あなたとは違う育て方するからさ……俺」

『今は勝てないけど……』

隼人はテラスに出て晴れ渡った一月の空に大きく伸びをした。

大空を駆けめぐる勇敢な隼人のウサギ。

大人びた顔をして美しい毛並みのウサギと思っていたら……

ちょっとだけ、幼い心のまま育ってしまって……

男の周りでは怯えてやっぱり木陰でジッと隼人を見つめているのだ。

『おいで? 怖くないから……ほら、おいで?』

まだ……そんな状態だけど……

いつかきっと葉月は元気良く隼人の胸にピョン……と飛び込んでくれるだろう。

そう……確信が出来る新年の朝だった。

 

空には薄い雲が澄み切った青空を漂っていた。

その中の一つが『ウサギ』に見えた。

 

=氷の瞳= 完

 

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