【隼人ダイアリー】 *** 月にウサギ ***

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月にウサギ 11月

 

11月2日
大きな行事が終わり、気のせいか基地の中もゆったりとした日常に戻った気がする。
それでもどうしたことか、朝から工学科科長室を補佐してくれている吉田の機嫌が悪い。どうも、またもやテッドと喧嘩をしたようだ。
なにげなく『たまにはランチでも一緒にどうだ』と誘ってみたら、すんなり了解してくれた
二人でカフェテリアに行くことも、今となっては良くあることだ。
『俺のおごりなー』と、それとなく告げてみると、彼女はびっくりして『とんでもない』と自分のチケットで払おうとしていたが、そこは俺も必死になって先に払ってやった。
 
吉田から話してくれない限り、喧嘩の原因を聞く気はないが『まあ、元気出せよ』とだけ言っておいた。
すると彼女は『デザートもご馳走してくれますか』と仏頂面で――。
原因話は出来ないが、それが彼女の『甘え方』。
デザート類はだいたい、女性が群がっている我が妻もご愛顧である『軽食コーナー』にある。
そこへ目をやると、今日も制服姿の女性達がたくさん群がっている。
俺は『いいよ。俺があの女性の波の中にダイブして、吉田が食いたいもん何でも買ってきてやる』というと、彼女はにっこり。『今日のおやつにドーナツ二つと、食後のデザートにソフトクリーム』と言い出した。
 
俺、本当にそうしてやった。俺が本当にそうしたので、並んでいる間も他の女性隊員達が『あら、御園中佐。どうされたのですか』と何度も聞かれた。『まさか、奥さんのため??』と女の子達はあたりをキョロキョロと見渡して、葉月を探すがいるわけもなく。やがて女の子の一人が言った。
『奥さんの大佐のランチ調達は、いつもラングラー少佐の仕事じゃない』と、ひっそり……。聞こえてきた。
それで気がついた。吉田の奴……。なにが喧嘩の原因かは分からないが、自分の恋人が大佐嬢の為なら、火の中水の中、女性の波の中。そこまでやるのだから、逆に大佐嬢の旦那であり自分の上司でもある俺がそこまでしてくれて『すっきり』???
まさかと思って、座って待っている吉田をみると『にんまり』笑って手を振ってくれた。
 
なんか、やられた。
 
周りの女の子達もそれに気がついて『私も、御園中佐の部下になりたい』と言ってくれたのだが
 
いろいろな意味で、嬉しくない……。

 

・・・*・*・*・・・ ・・・*・*・*・・・・

 

11月4日
今日、フランス語の発音で葉月と言い合いになった。
彼女の発音はやはり授業で習ってきた――という発音で時々不自然だ。
だからたまに俺が彼女のためと思って『これはこう発音するんだ』と言うと、ちょっと嫌そうな顔をする。
『隼人さんってマルセイユにいたくせに、フランス語も英語も綺麗ね。アメリカ仕込みでごめんなさいね』
なんてちょっとひねくれた返答が……。
 
確かに妻の英語は、アメリカンだ。特にパイロット仲間の男達と本気で言い合いしていると、ギョッとすることがある。
フランスでもマルセイユのイントネーションは港町の豪快さがあって独特。だけれど俺はミシェールとママンに綺麗に仕込まれた。英語もイギリス流。
そうすると、アメリカ仕込みの時に豪快な妻が『あら、お上品な女ではなくて悪かったわね』と思ってしまうらしい……。
そこまで気にしなくてもとは思うのだが。俺も小笠原に来てから、そこの感覚ちょっと気にしているんだ。
特にアメリカ寄り隊員が多く、アメリカ出身の先輩達にも『マルセイユから来た割には、綺麗だな』と褒められたり、嫌味ぽく言われたりだ。
そこのさじ加減、俺も気をつけているんだけれどなー。
でも俺だって、マルセイユ訛りは大好きだ。街に出れば俺も使っていたし、懐かしい。ただパブリックな場になると、どうしても綺麗な方が自然に出てしまうんだ。これ『ダンヒル流』。
 
ただ発音を注意してしまうのは訳がある。
言葉を真似するようになった海人が、俺よりも、ママの言葉を真似するからだ。
海人は普段は日本語を話すが、俺達が時々英語やフランス語でふいに会話をするので、それも良く聞き取って真似をしている。
だからこそなんだけれど。……後で葉月にもそう言っておこう。
うちの子達、三カ国語も喋れるようになるのだろうか???

 

・・・*・*・*・・・ ・・・*・*・*・・・

 

11月7日
今日、寝る前にネットであちこちのPC通販サイトを覗いていると、これまためっちゃ欲しくなるマシン発見!
いいよな。買っても。俺だって俺自身で管理している小遣いがあるんだから、いいよな?
 
ここ最近のもやもやもあって、購入ボタンを押してしまった。
 
ちなみに、実家、澤村精機製も発見したがスルー(´ー`)。ごめんな、親父。こんど無料で分けて。
 
でも、うちの奥さん。俺が何を買おうが無関心というのかなあ。
よく他の知り合いは『女房に買ったことが知れたら大変だ』とか言って怯えているけれど、うちの葉月なんか『また買ったの』とも『あら買ったの、好きなのね』とも言ってくれない。
それはそれで寂しいもんだぞと言うと、なんか『いえ、そちらの夫妻は特別だから。特に奥さん』と返されて、話題の仲間に入れてくれない。
今でも思うんだよな。葉月の奴、いったいいつも何処を見ているんだろうと。
絶対に俺を見ていないなと思っている。そして他の男を見ているのではないのも分かっている。
だからさ。そんな時に目が合うと、これまたどっきり、いまだにドキドキしている俺。本当に馬鹿だな。
奥さん、遅いなー。早く、風呂から出てこいよ。(妻の風呂はかなり長い)

 

・・・*・*・*・・・ ・・・*・*・*・・・

 

11月9日
週末。ここのところ『女にやられてばかり』なので、男同士で羽目を外したなあと思っていると、こう言う時に気を利かせくれるというか、どうして君は俺のことが分かるんだよーと風の如く現れてくれるのが『ロベルト』だ。
工学科へと移ったので、彼と仕事でも顔を合わせることが希になってしまった。
 
甲板に出てたまに彼の訓練と俺の工学科のメンテナンスがぶつかっても、手を振り合うだけで互いに仕事に没頭。
お互いのオフィスも、第二中隊と工学科は非常に離れていて、廊下ですれ違うことも滅多にない。
なのに彼は、俺が『疲れたなあー』と思った時に『今日、予定がないなら、俺とどう』と誘いに現れる。内線電話だったり、わざわざ工学科に来てくれたり、時には俺の休憩時間を狙ったようにしてカフェに来てくれる。そういう、本当にきめ細やかな男。
俺はもちろん、一発OK。
 
さて、今日はどこで食事でもしようかという話になった時、ロベルトが『たまには俺の家でどうかな。エミリーも待っているし……』ということになった。
アメリカキャンプにお邪魔するのも久しぶりだし、今日は週末でどこの店に行っても基地の隊員と出会いそうだ。誰が来たとか気にしないでいいかもしれないと、むしろ喜んでロベルトの自宅へとお邪魔することに。
 
ハリス夫妻のところにやってきた天使は、男の子。海人よりひとつ年上だったはず(晃と同級生)。
でも行ってみて驚いた。なんともう、パパの真似っ子なのか『ドライバー(おもちゃ)』を握っていたのだ。
結婚してこうして訪ねるようになってからは、こちらの夫妻とは懇意にしている。
特に俺が行くと、元より葉月のファンだった奥さんのエミリーが、葉月の話ばかり聞きたがる。
『また葉月を連れてきて。お願い!』――いつもそう言われる。
実際に葉月を連れてきたこともあるが、どちらかというとハリス夫妻と懇意にしているのは俺の方。
エミリーは決して、俺達男同士が葉月の元恋人&恋人だった立場は口にしないし、自分が結婚する前に愛する旦那が葉月に夢中だったことも口にしない。
それでもやっぱりどことなく、俺達(男共)は気にしている部分はあるのである。
ハリス家ではメンテナンスや工学の話ばかりする。でも、ロベルトと二人きりで呑みに行くと、やっぱりな……葉月の懐かし話がふいに出てきて話し込んでしまうことはある。
それでも遠い昔の話を、時が過ぎたからするだけ。全てが終わったことだからこそ、男同士で話せるんだと俺は思っている。
 
それにしても。ロベルトは息子が可愛くて仕様がないらしい。気持ちは分かる。 『絶対にメンテナンサーになる』と豪語している。しかも父子で作った自動車が凄かった……。
 
うちの、ボウズ君はなにに興味を持ってくれるんだろう?
俺みたいにドライバーを片手に黙々と細かい仕事を好む男になるのか。
はたまた、ママみたいに空をかっ飛ばす男になるのだろうか。
 
でも、いいなあ。俺も今度本島に出向いたら、ドライバーのおもちゃでも買ってこようかな。

 

・・・*・*・*・・・ ・・・*・*・*・・・

 

11月14日
このまえ注文した新マシン、来た!
早速、俺の書斎部屋であれこれ触っていると、葉月がカフェオレを持ってきてくれて、また買ってしまったことが発覚。
しかしいつも通りの反応。なにも言わずにカフェオレだけ置いた。
――と思ったら。
『いらないの一台ちょうだい』と来た。『いいけど……』と俺。
しかし自宅でも滅多にネットもしないし、パソコンに向き合って仕事をしないくせに、いったい何に使うのだろう? と思ったら。
『今度、パパに教えてあげて』だった。
ああ、なるほどね。御園のお義母さんはそこのところ俺と同様に新型には敏感だが、パパは娘同様無頓着らしく、どうも機種が古くなってきたり調子も悪いとのこと。
新しいのを買おうかという話が両親の間で出てきたらしいが、そこで葉月が『隼人さんが溢れるほど持っているから聞いてみる』と言ったらしいのだ。
あ、そこんとこ。『旦那さんはいっぱい持っている』と知ってくれているのな。と、思ってしまった俺。
『お前、ネットしたいと思わないのか。買い物いっぱい出来るぞ』と、アロマオイルとか化粧品のサイトを見せてみたのだが。
『面倒くさい』と言われた。
この奥さん、時代についていけるか心配になってきた。
でも、俺より上手く先を走っていけるのはやっぱり天性なのか? この野郎。

 

・・・*・*・*・・・ ・・・*・*・*・・・

 

11月17日
珍しく、俺の携帯電話に真一からの連絡が入った。
近頃、父親の純一と暮らすようになってからは、傍できちんと見守ってくれてる人がいて俺も若叔母の葉月も安心している。
そして真一も、困ったことは父親の純一を頼るようになったとかで、何かがあって小笠原の叔母宅を頼ってくることはなくなった。
だから、彼から直通で連絡が来ることがなかったので『なにかあったのか』と心配になったのだが。
 
『俺、この横須賀のマンションを出て都内で自活することにしたんだ。親父も許してくれた』
 
……とのこと! なんと、ついに真一も『巣立ち』ということらしい!
まだ医大生の真一だが、自活する自信がついたらしい。どうも父親と暮らし始めてから、かなり家事が上達したようだった。
端から見ていたら『まったく義兄さんは真一にやらせて、寝てばかり』と思っていたが、もしかするとあれはあれで息子を思ってわざとやらせていたのかと――。
父親らしことはなにひとつ出来やしない男と、義兄さん自身もよくこぼしているが。俺は時々、こんなふうに『やっぱり義兄さんは父親やっているよ』と感銘してしまうこともしばしば。
やはり黒猫という組織で部下や後輩を育ててきた人だけあるかもしれない。
 
もちろん俺も真一の決意に『おめでとう。頑張ってくれよ』と激励した。
すると真一が――。
『隼人兄ちゃんには、俺、すごく面倒みてもらって。俺の小笠原でのパパだよ』と言ってくれ、懐かしい日々が俺の中でも湧き上がってきてしまった。
『だから、兄ちゃんにはちゃんと報告したかったんだ』と言ってくれ、俺、ちょっと涙出た。
 
だが、ちょっと待て。と思った。
何故なら、俺に報告じゃなく、その前にもっと報告する人がいる。真一と共にこの小笠原で母子状態で暮らしてきた若叔母の葉月だ。
そのことを真一に確認すると、急に真一が困った反応をした。
『それがさあ。親父がねえ、ちょっといろいろあって。俺から葉月ちゃんにはまだ言えなくて』――。意味分からないんだけれど? と俺。
『数日中に、親父からも俺の自立について兄ちゃんに相談があるらしいからさ、その連絡が来るまで葉月ちゃんには黙っていてくれる? お願い』
真一にそこまでお願いされると、俺も強くは言えないから、『じゃあ、義兄さんからの連絡を待つ』ということにした。
その純一兄さんからの話を俺が聞き届けたあと、真一から改めて葉月に報告するらしいのだ? 
 
いったい、なんなのだろう。すごく気になるんだけれど??

 

・・・*・*・*・・・ ・・・*・*・*・・・

 

11月25日
数日中――とは、いったいどれぐらいのことを指すのだろう?
俺はてっきり『二〜三日中』だと思っていた。
 
真一の連絡があってから、一週間以上?
義兄さんから連絡ないんですけれど?
 
俺から連絡してみようかと何度も携帯電話を握るのだが、なんか癪に障るので、どうあってもあの兄貴から俺へ相談したいんだーと電話させたいと意地になってみる。
それとも、俺に相談しなくても済む話だったんですかね? お義兄様??
 
早く葉月に、甥っ子の独立を知って欲しいのに。
俺一人が先に知ってしまって、申し訳ない気持ちに。
あの馬鹿兄貴。どうしてこうも勝手なのだろう?? 本当に、妻がこの馬鹿兄貴のことを心底思って恋い焦がれていた時期にこんないい加減に扱われていたのかと思うと、ものすごく腹が立つ〜。
くっそー。どうしてあの黒ドラ猫兄貴は、身勝手なのだろうか。
 
あー、今夜はビールを、もう一缶!
 
いや、実は真一の独立に何か問題でも浮上したのかと、ふと心配になった。
もしや。いざとなって、義兄さんが『一人暮らし』になってしまうので、急に子離れができなくなったとか?
いやいや、あの義兄さんはいい加減なところはあるけれど、こう言う時は潔くきっぱりしていると……信じているのだが? 
とにかく。もう暫く『我慢して』待ってみる。

 

・・・*・*・*・・・ ・・・*・*・*・・・

 

11月27日
馬鹿兄貴から、やっと連絡があった。
数日中の連絡じゃなかったのかと抗議したら『急な仕事が入った。悪かった』の一言だった。
このすっとこどっこい兄貴と、もーうむかついて、むかついて、いったいなんの話だと思ったら――。
 
『真一が独立したら、この横須賀のマンションを出て、俺も小笠原に住もうと思っているのだが――』
 
ええええ!? (聞き間違い??)  
『義妹の傍で暮らして、義弟であるお前にも協力したいというのもあるが、なによりも俺も小笠原でのんびりやっていきたい。残りの生涯をそこで暮らそうとな』
 
それ、本当かよ! と、何度も聞き返してしまった。
いや、ここでもちょっと待て。なんで兄さんも俺に一番に言うわけ?
――『いや。それでも色々あった俺達だから、まずは主人の隼人に許してもらってからとおもってなあ』と、ちょっとばつが悪そうな一言が来た。
でも俺は伝えた。俺は大歓迎だと。いろいろと家族のことで迷うことも多いので、同じ婿の義兄さんが傍にいてくれたらこれは心強い。
電話でわざわざ相談もなかなかだし、横須賀まで行かないと会えなかったいままでとは異なるわけだ。
俺の歓迎に、兄さんは素直に『安心した。有り難うな』と言ってくれた。……なんかな、結局、腹立たしかったこともすっとんでしまった。
さて問題は、この義兄さんが一番大事にしている義妹への報告なのだが。
『分かった。俺から葉月に言う』と言ってくれたので安心した。
 
俺から報告するわけにはいかいからなー
なんたって葉月が一番嫌がるのは、自分が一番最後に知ること。つまり大好きな義兄さんが自分に一番に報告してくれないことだ。
……これで俺はまた、真一に相次ぎ、元より谷村父子とは先に家族であった葉月より先に知ってしまったことに。
 兄さんが早めに報告してくれることを祈る。
 
ともかく様子見。だって俺から『義兄さんが来るらしい』なんて言えるか。言ったら言ったでこれまた『なんで隼人さんが先に知っているの』と『私と義兄様は一番の兄妹なのよ』と思っている葉月が拗ねるに違いない。
兄貴のことで拗ねる妻は俺でも手に負えないんだから、兄さんちゃんとしてくれよ?

 

・・・*・*・*・・・ ・・・*・*・*・・・

 

11月30日
また義兄さんから連絡があった。
この前の小笠原移転のことを葉月に知らせるように釘を刺したけれど……。『わかっている』と言うばかりで、まだしていないらしい?
おいおい。兄妹喧嘩になるまえにちゃんとしてくれよ?
だが今日の義兄さんは、もっと違うことを言い出した。
『良ければ、俺に今年のクリスマスパーティの幹事をやらせてくれないか』だって。
これまた珍しい申し出。
そっか、もうそんな時期か。去年は俺がやったんだよなー。
仕事の目処がついたし、隼人も忙しいだろうから、今年は俺がやっても良いぞとのこと。
この兄貴がどんな幹事をするか興味もあるので、『お願いします』としておいた。
たのしみだなー。
今年も盛大なファミリーパーティーになりそうだ。

そっか。もうあの時期が来るのか……。なんか急に寒い。寒くなってきた気がする。

 

 

 

■ ということで、11月はここまで〜。
 いつの間にか昨年のクリスマスとリンクしていることに気がついたのでした^^;もうちょっとで見落とすところでしたが(笑) また来月をお楽しみに♪
 リンクしているお話はこちら ↓ (隼人ver)が分かりやすいかも。
1.イヴ前【純一ver】  2.イヴ当日【隼人ver】  3.イヴ後【葉月ver】
 

 

 

 

Update/2008.11.1
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