-- A to Z;ero -- * 白きザナドゥ *

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12.リボン作戦

 珊瑚礁の海から珊瑚礁の海へ──。
 だけれど沖縄のスケールには適わないかも知れないと、葉月は輸送機の小窓から懐かしい風景を見下ろしていた。

「着きましたね。早く感じた一ヶ月半、でも、こんなに懐かしいかな」
「本当ね」

 隣の席に座っているテッドも、懐かしい風景に感慨深げのようだ。そして、着陸態勢に入ったためにベルトを締め直している。
 乗り心地が良いとは言い切れない輸送機。葉月も機体が揺れそうな気流を感じて、シートベルトを締め直した。

 機体が傾く──。
 葉月はそこでそっと目を閉じた。

 この一ヶ月半。
 恩師と過ごした一ヶ月半を思い返す。
 雪の日本海。大きな荒波。とても厳しい北の風景。
 若き隊員達との生活。そしてアクシデント。恩師の手厳しい教え。
 柔らかい心で支えてくれた女性同士のルームメイトとの毎日毎晩の生活。
 ──突然の危機。瀬戸際で迫られた指揮官としての選択。親愛なる同僚の危機の恐ろしさ。
 そして、最後の『別れ』。それは『卒業』。

 それらをザッと思い返し終わると、ドンという衝撃が身体を揺らした。
 輸送機が着陸したのだ。

「……」
(隼人さん)

 もう目の前だ。
 葉月は制服の下に、今日も忍ばせている『リング』がある位置をぎゅっと握りしめ、密かに微笑んでいたのだが。

「やっと会えますね、彼氏に。俺もお役御免、ああホッとした」
「なんですって?」
「澤村中佐から、時間外手当をもらいたいよ」
「!!」

 なんと。この青年も随分と成長……いや、生意気になってきたのではないか? 葉月はばっさりと言い切る後輩に目を見張る。
 いいや? それより、何故? 何故? 隼人のことを思っているとテッドにはばれてしまったのだろう? 密かにそっと一人だけで思っていたのに。
 荷物を手にして先に席を立ったテッドが、ニンマリと葉月を見下ろしている。
 葉月は思わず、握りしめていたリングを手放して顔を背けた。
 『不気味な後輩』に見えてしまうではないか……? なんだか二十四時間ほぼ一緒にいたせいか、航行に出かける前なんかよりずっと。テッドという後輩に手玉に取られ始めているような気がして、葉月はおののいた。

「さあ、何をしているのですか? 行きますよ、大佐嬢」

 葉月の荷物も、テッドが準備をしてくれる。そして自分の荷物と一緒に両手に持って彼が先に歩き出した。
 なんだか素直に『はい、少佐』と返事をしてしまう始末。

 だけど、正直……随分と頼もしくなってくれたみたいで、葉月も大満足。
 テッドにとっても大きな経験となってくれたのだろうか。
 葉月はちょっと押さえられない笑みを浮かべながら、テッドの後を着いて輸送機を降りた。

 潮の香りは散々嗅いできたのだけれど、やっぱりそこそれぞれの違いがあるかもしれないと思える、懐かしい匂い。
 そして滑走路のアスファルトの匂い。
 そして──頭上を飛び交う、ホーネットの編成。

 それを葉月は見上げた。

 ──帰ってきた! 私は貴方のもとに帰ってきた!

 葉月のホームグラウンド『小笠原』に確かに帰ってきた。
 そう実感できる小笠原の空と海の色、そして潮の匂いに包まれ、葉月は両手一杯広げ、なにもかもを抱きしめたい気持ちになっていた。

 

・・・◇・◇・◇・・・

 

 滑走路に降り、ミラー率いるパイロットと別れ、そして六中隊に戻るウォーカーとも別れてきた。
 そしてテッドとテリーとクリストファーを従えながら、四中隊の本部に戻る道を辿っている。
 もうすぐ、隼人に会える。徐々に胸がドキドキしてきたりして。それを後輩達に、特にテッドには悟られないようにと葉月は必死に抑えていた。

(そういえば。隼人さんが言っていた計画って、いつなのかしら?)

 ふとそう思った。
 航行に出かける前は、帰ってきたら直ぐに行くような事を隼人はほのめかしていた。
 年が明けると、隼人も工学科の仕事で忙しくなるとかで──。
 それは葉月も同じで『ラストフライト』について考える時期がやってきたと思っていた。
 その前に、二人でじっくり何も考えずに過ごそう──。そう言ってくれた隼人。
 彼からそう言ってくれて、葉月はそれは楽しみにしていた。

 またあんなふうに。
 リボンをほどくまでは何も判らない『二人の時間』を用意してくれている。

 だけど『休暇』──。
 隼人がどう取っているかも判らないし、もしかしたらこの時期、感謝祭にクリスマス前になってきたらアメリカ人隊員達の帰省ラッシュになるので取れなかったかもしれない。そこは大佐室に戻らなくては判らないが。
 でも、もしこの時期に駄目でも、葉月ももう少ししたら航行組にはミラーと同じく皆にも休暇を取らせようと思っていた。そして自分も少しだけ欲しい。こんなふうに自分のために休暇が欲しいと思えるのも初めての気がする。もしそれが出来たら自宅で二、三日。隼人の帰りを一人の女として待つ生活も……。それも良いかもしれないと、葉月はちょっぴり頬が緩んでしまった。

 沖縄を出てきて数時間。
 午後の業務真っ最中の『四中隊本部』に辿り着いた。

「お帰りなさい!!」
「お帰りなさいませ、大佐嬢!」

 本部の入り口に現れた葉月に気が付いた隊員達が、笑顔で迎え入れてくれる
 その声に気が付いた皆の笑顔に敬礼が、次々と目に飛び込んだ。
 そして葉月も笑顔を。そして敬礼をする。

「ただいま帰還、致しました。皆様、留守を守ってくださいまして有り難う」

 葉月の再度の敬礼に、本部の皆がまた敬礼を返してくれる。
 でも葉月が本部に入ると、皆はもう……葉月が言う前にサッと業務に戻った。
 あっと言う間に『いつもの本部』に空気が戻る。その方が葉月は満足だ。
 それは一緒に帰ってきたテッド達も同じだった。
 彼等は直ぐに自分の部署に戻っていく。テッドは総合管理班に。そしてクリストファーとテリーは空軍管理班に……。
 そして葉月は、大佐室へと向かう前にジョイに『ただいま』と声をかける。するとなんだかジョイがニンマリと、気になる笑顔を見せながら『おかえり』と言ったきり、彼は葉月を突き放すように事務作業に戻ってしまった。

「なにかあったの?」
「べつにー。早く大佐室に入った方がいいよ〜。いろいろ待っているでしょっ」

 帰って来るなり、なんだか意味深な様子を見せるジョイに、葉月は眉をひそめた。それもはっきりと言わずに、ぼやかしているところが気になる。だが、葉月もそこで溜息だけ。それ以上は相手にせず、大佐室のドアに向かった。
 いつものように、そこに立てば自動ドアがサッと音もなく静かに開く。

 

「ただいま」

 

 大佐室に一歩入る。
 午後の傾き始めた日差しに、大佐室は柔らかに包まれていた。
 不在であった葉月のデスク、大佐席は綺麗にバインダーが積み重なっている。きっと今回も隼人が並び替えてくれていたはずだ。
 そして……向き合っている中佐席。

 だけれど、二人ともいなかった。
 会議や部署廻りに出かけているのだろうか?
 そして……? 葉月は目の前にある応接ソファーにひっそりと座っている一人の女性と目が合った。

 ──誰!?

 見たことがない知らない女性。
 葉月の母ほどの年齢の女性。
 黒髪をきっちりとひっつめ、かっちりとした黒いパンツスーツを着て……。
 とても雰囲気がある綺麗な人だった。
 そして何よりも、目が、何かを見る目がとても強そうにみえた。

 その目、何処かで見たことがある?
 葉月の胸の中で、そんなもやもやが発生したのだが、直ぐには晴れなかった。

 やがて、そうして戸惑っている葉月を見て、その母のような女性が立ち上がる。

「あの。もしかして……。失礼ですが『御園大佐』でいらっしゃいますか?」
「は、はい。私は御園葉月ですが……。あの失礼ですが……」

 葉月を知っている様子の口調。しかし、葉月が『そうだ』と返事をしたら、判っているのに改めて驚いたと言うような顔になった。
 その顔を見て、葉月はハッとした!
 胸の中のもやもやが一気に晴れていく──!
 しかし、だとして? 何故……? この方がここに……!?
 葉月が困惑している隙に、あちらの女性から厳かでとても品のあるお辞儀を向けてきた。

「息子がお世話になっております。海野達也の母でございます」

 ──やっぱり!?

 よく見ると、顔立ちがそっくりだ!
 突然の対面に、葉月は固まるしかなかった。

 

・・・◇・◇・◇・・・

 

「国分八重子と申します」

 名字が違う事を耳にして、葉月は益々『達也を置き去りにした母親』と言うことを生々しく感じてしまい、硬直していた。

 何年か前に、この女性について達也と言い争った事がある。
 それを葉月は鮮明に思い出していた。
 それほどに、達也にとっては『古傷』であり誰であっても葉月ですら触ってはいけないものだった。
 やっとその母親と会うことが出来た達也だと判っていたけれど、でも? それにしても何故、彼の母親が『私達の職場』である大佐室にいるのかが全く解せない。

「葉月ちゃ……いえ、大佐、お帰りなさいませ」

 慌てるように大佐室に入ってきたのは、泉美だった。
 彼女が眼鏡をかけていたので、葉月は一瞬、彼女に見えなくてそれもドッキリとした。

「ただいま、泉美さん。あの海野は……」

 隼人もいないし達也もいない。
 達也の母親が一人だけで大佐室にいる訳が、中佐二人が不在で誰にも聞けないので、葉月はちょっと困惑しながら泉美に助けを求める。
 すると泉美も少しばかり困った顔。

「海野中佐は只今、吉田さんと会議に出かけています」
「澤村中佐は?」
「えっと……中佐は……」

 泉美が口ごもった。
 葉月がちょっと不安そうな顔を見せると、泉美が慌てた。

「あの……! 海野中佐のお母様よ。会いに来てくださって、それで今日、大佐嬢がお帰りになると言うことで、来てくださったの」

 いつもは『葉月ちゃん』と遠慮なく言ってくれる泉美が、妙に一隊員としての言葉遣いを散りばめている。
 ……恋人となった彼氏の母親の前だからだろうか? かしこまっているのかしら? 気を遣っているのかな? 葉月としてはそれぐらいしか思い浮かばない。
 それになんだか隼人のことを聞いて、彼女に誤魔化された気がした。
 もう一度、『中佐は』と口を開きかけた時だった。

「息子から色々と聞かせて頂きました。『葉月さん無しでは俺の人生はないに等しい』と、今まで色々とあったことも失礼ながら聞かせて頂きました」

 目の前の達也の母が、また丁寧に頭を下げてくれたので、葉月もかしこまってしまった。

「いいえ。助けてもらったのは私の方です。彼がいなければ、前に行けなかったこと沢山ありましたし、今も彼の力なしではこの中隊は成り立っていけません」
「いえ、息子をここまでしていただきまして。それが言える母親ではないとご存じかと思いますが、お礼申し上げます」
「や、やめてくださいまし。お母様……」

 淡々とそして厳かなままお辞儀ばかりしてくれる八重子に、葉月はかえって申し訳なくなってきたほどだった。
 達也から色々と聞いているから? だから葉月にそこまで構えてくれているのだろうか? そうとも思えてきた。
 特に達也との過去を語れば、人に言いにくい事ばかり。だけれどそこを乗り越えてきて今の関係があるからこそ、その過去も外せはしない『二人の関係』。
 達也も、それを母親に話す話さないというところに直面したならば、それでも『外せないこと』と同じように思ってくれて選択したことが葉月にも通じた。だから初対面の彼の母親に知られても、なんとも思わなかった。
 ──『戦地妊娠』の事だって。それが壮絶な破局の原因だった事も。
 だけど、葉月はそれは忘れ得ないことではあるけど、彼の母親に向かって笑ってみせる。

「実は昔、彼と大喧嘩をしてここ、殴られたことがあるんです」

 葉月が殴られた頬を指さすと、八重子は驚いた顔を見せた。
 息子が女性を殴った事に驚いたのかと……。
 だけどそれだけ彼が母親を欲していたことを知って欲しくて話したのだが。

「本当に、申し訳ありません! それも息子から聞いて、私が張り倒しておきましたから!!」
「え……」
「まったく。女性にそこまで甘えていたかと思うと、責任を放棄した母親ではありますが、腹が立ちましてね! この前もそちらの泉美さんに無茶させて、まったく本当に。これは私の責任でもありますから!」

 その話も、聞いたんだと葉月は驚きながら、泉美を確かめるように見た。
 すると泉美が可笑しそうに笑っている。

「本当よ。お母さん、その話をしたら、いきなり怒り出して海野君をばしって叩いたから、私も驚いちゃって……」
「泉美さん……」

 一ヶ月半、見ない間に彼女がふっくらとしているような気がした。彼女の笑顔がそう見せているのだろうか? それだけ幸せな証拠なのだろう? 
 それ以上に、恋人の母親と交えた時間を過ごしている様子が分かって、葉月はそれだけで微笑んでしまった。

「では、この度は小笠原に会いに来られて……泉美さんとも?」

 達也の母と泉美を交互に見ると、なんだか二人はもうすっかり心が通じ合っているかのように微笑みあった。

「そうなんです。こちらの泉美さんとも仲良く過ごしていました。一週間ぐらい経ちましょうか? 今、息子の官舎で寝泊まりしております。本日は貴女様がお帰りになると言うことだったのでお会いしたくお邪魔しているところでした」
「まあ、そうでしたか! 私のために……」

 葉月は『あれ? おかしいな』と思った。
 母親を紹介しようとしてくれているのは嬉しかったが、あの海野中佐がその対面に『職場』を選んだことがだ。
 小笠原に滞在しているのなら、母親をわざわざ職場で待機させていなくても、仕事が終わった基地の外で対面紹介させてもいいのに?
 そんな変な違和感が起きた。
 だけれど、それ以上に! 息子の自宅に母親が滞在して一週間も経っている! と言う方が葉月には驚きだった。

「如何ですか? 小笠原での滞在は……」
「……葉月さんならご存じかと思いますが、まあ、達也にはひどい仕打ちをしたので、文句を言われたり。ですが私も言い返したり。毎日、喧嘩ばかりです」

 それにも葉月は『そうですか!』と喜びの笑顔を浮かべてしまった。
 喧嘩はしているようだが、それは達也自身も彼らしい遠慮のなさを存分に発揮して、母親と真っ正面に向き合っているのが判ったから。
 それも、こんな素敵な恋人を挟んで、三人で楽しくやっている様子が伝わってくる。
 葉月は少し聞いただけの話でも、しっかりと目に浮かぶ光景に目を細めた。

 達也の母が、わざわざこの離島まで息子に会いに来てくれた事で、葉月も嬉しくて堪らない。
 これからもこうして横須賀と行き来しながら、ゆっくりと関係を修復していくのだろうなと思ったのだ。

「あ、私。お茶を入れますね」
「まあ、葉月さん。やめてくださいまし。達也に聞きましたよ。一ヶ月半、空母艦に乗りっぱなしのお仕事に出かけていると。それから帰られたばかりなんですから」
「そうよ、葉月ちゃん。……じゃなくて、大佐。わたくしが入れますから……」
「駄目だよ! 泉美さんは、そこに座っていなさい!」

 泉美がキッチンに秘書補佐官らしく足を向けると、何故か八重子がすごくムキになって止めたので、葉月は驚いた。

「えっと、お母さん? それぐらい大丈夫ですから……。大佐にはこうするのは当たり前で……」
「あ、ああ。そうなのかい……。いえ、そのねえ、だってねえ……」

 なんだ二人が揃って頬を染めて、うっかりと言う顔をしているのだ?
 葉月は首を傾げる。

 なんだか変。
 隼人はいないし、達也の母親がいるし、それに泉美も変。
 違和感いっぱいだ。
 これって、一ヶ月半もいなかったせい? こんなに感覚がずれるものなのかと、葉月はそこで一人呆然としていた。
 じゃあ、やっぱり葉月がお茶を入れようとキッチンに向かったその時……。

「葉月……! 帰ってきたのか!!」

 大佐室の自動ドアが開いて、達也が飛び込んできた!

「ただいま。達也」
「わりぃ! 帰ってくる時間を判っていて、出迎えられず。会議が長引いて……」
「いいわよ。それより……」

 なんだかとっても急いで帰ってきた様子の達也の有様に、葉月は笑い声を立てた。
 『それより……』、隼人はどうした、そしてお母様といつのまにこんなになったの? 聞きたいことがバッと葉月の中で溢れてしまい、どれから聞こうかと思っているうちに、達也が目の前で敬礼をしていた。

 そこにはよく知っている同期生の彼ではなく。留守番を任せていた『隊長代理』である海野中佐の姿。
 きちんと大佐嬢を出迎えるという姿勢がうかがえる。

「お帰りなさいませ。御園大佐」
「ただいま、海野中佐。留守、ご苦労様でした」

 葉月も敬礼にて、それを厳かに受け止めた。
 敬礼を解くと、達也はいつもの顔になって、なんだか幸せそうに笑っているのだ。そして泉美と母親を前にしている葉月を見て、照れくさそうにもみえなくもない。

「達也、良かったわね。お母様……来てくださって」
「あ、ああ。ちゃんと俺から紹介したかったのに……」
「大丈夫よ。お母様と色々とお話しさせてもらったから」

 達也がふと八重子を見たのだが、それでも八重子も泉美も微笑んでいる様子を見て、またにっこりと達也が笑う。
 ああ、もう……すっかりなんだと、葉月にもそれだけで通じてきて、一緒ににっこりとしてしまった。

「葉月、話があるんだ」
「なに……?」

 隼人のことを聞きたいのに……。また聞きそびれた。
 それとも『話』とは、その隼人のこと?
 葉月はふと、まだ側まで寄っていない隼人のデスクを肩越しに見つめた。
 だけど、視線を戻すと、達也が両脇に泉美と母親の八重子を従えて葉月に向かっていた。

 ──なんだろう?
 なんだか葉月に胸騒ぎがする。
 すると達也が、泉美の肩を抱いた。暫く二人が見つめ合い、そして頷き合っている。葉月が出かける時は、まだ、ぎこちなさを残している付き合い始めたばかりの恋人同士に見えたけれど、もうすっかり愛し合っているという様子。それにも葉月はそっと微笑むことが出来たのだが……。

「彼女と結婚することになったんだ」
「!」
「……直ぐに入籍したかったんだけど、やっぱり、葉月が帰ってきてからと二人で話し合って」
「!!」

 もう一度、聞きたい。
 あの達也が『結婚』とか『入籍』とか言った気がしたが?
 もう判っているのに、葉月はそれでも呑み込めなくて、目を見開いたまま彼等を見つめるだけに……。

 さらに、もっと照れくさそうに悶えている達也が、もうどうしようもないという照れた顔で呟いた。

「でさ。泉美のお腹に俺の子供もいるんだ」
「え!?」
「葉月、俺──父親になるんだ」
「──!!」

 ──頭が真っ白になる!

 その時、葉月の脳裏には今までの沢山の日々を過ごしてきた達也が次々と浮かんできた。

 初めて出会った時、達也はまだ少年だった。
 そして葉月はもっと……少女だった。
 なにもかも、世の中に対して不器用で反抗的で。そんなところそっくりで、反発しあったり共感出来て一緒に感動したり。
 ──本当に、『兄妹』みたいだった。以上に隼人がよく言うように『双子』と言っても良い。
 男と女であるのに、何処か離れがたい『家族の一員』のようにして……。家族から一歩退いた生き方をしている二人だったから、そんなときは二人で肩を寄せ合って、『葉月がいるから』、『達也がいるから』──『大丈夫』。そんな二人きりで寄り添っていた日々だってあった。

 そうして大人になり……。
 そして、あの肩を寄せ合っていた少年が、今やこんな素敵な青年になって立派な将校になって……『父親』に。
 それは葉月とは掴むことが出来なかった『幸せ』かもしれない。
 でも、目の前の達也はとても幸せな眼差しで、優しく葉月を見つめている。

 いつか達也が言っていた。
 ──『俺、家族が欲しいんだ。俺の家族』。
 そして達也は『葉月と家族になりたいんだ』と言ってくれたのだ。
 それは遠い昔の、達也なりのプロポーズで。そして葉月はウンと素直に言えず、あの壮絶な破局を迎えるアクシデントに遭遇し、それっきりだった。

 達也の夢だった。
 葉月と──。それは叶わなかったかも知れないけれど。
 でも、今、彼は『俺は幸せだ』と言う柔らかな眼差しを葉月に届けてくれる。

 涙が、涙が急に、止まらぬ程に滲み出てきた。
 そして葉月は目の前にいる達也の胸に飛び込んだ!

「達也……!」
「……葉月?」

 彼にしがみつくように抱きついていた。
 そして流れてくる涙を、彼の胸にこすりつける。
 両脇に彼の新妻と母親がいても、それでも葉月はこうしたかった。
 そして葉月は涙声で叫んだ。

「──苦しかった」
「え?」
「……一緒に幸せになれないのが、苦しかった。でも、せめて達也だけでもそうなって欲しいってずっと、ずっと前から願っていた!」
「は、葉月……」

 達也の驚いた顔。
 だけど葉月は構わずに、彼の胸に顔を埋めながら、そしてきつく彼を抱きしめて叫ぶ。

「だけど……だけど、これで良かったのよね。ね? 達也、これでやっと達也が幸せになれるのよね。私、嬉しい」

 そして葉月は今度は顔を上げ、しっかりと達也の顔を見る
 『おめでとう』──。
 それをそっと静かに呟く。
 ──笑顔で。

「海野君、ほら」
「泉美……」

 隣で、元恋人の葉月が抱きついていても泉美はにっこりといつもの微笑みを見せていた。
 その上、達也の手を取って、泉美はその手を抱きついている葉月の背に置いたのだ。
 それは『抱きしめてあげて』と言っているのだと葉月には解った。
 すると達也も感極まった泣きそうな顔で──葉月を力強く抱き返してくれた!

「葉月、葉月──。俺だって、俺だって苦しかったよ。俺だって、お前の事、一番に考えていたつもりなのに……」
「分かっているわ。誰よりも達也が一番、誰よりも一番長く、私を見守ってくれていたって……!」
「愛しているよ、葉月」
「!」

 その言葉には流石に葉月は驚いて、達也の胸から彼を見上げた。
 そして泉美の顔も、一緒に見守ってくれている八重子の顔まで。
 だけど両脇の女性はどちらも、笑顔だった。
 それは夫となる男性の気持ちも、息子の気持ちもちゃんと理解しているという顔。

 でも──葉月はその達也の『愛している』という響きが今までとは違っている気がした。
 だけれど、達也は戸惑っている葉月に構わずに、なんの躊躇いもなく新妻の前で、もう一度抱きしめてくる。

「葉月。これからだって、俺はずっとお前といるよ」

 達也が静かに葉月から離れる。
 そして彼は隣にいる泉美の肩を抱いて、葉月に柔らかに微笑みかけてくる。

「これからは泉美と一緒に。お前を愛し、側にいるよ」
「葉月ちゃん、有り難う。私がこんな幸せを掴めたのは、葉月ちゃんのおかげよ。これからもよろしくね。私も貴女が大好きよ」

 そこには既に同じ思いで一つになっている姿があった。
 『愛している』
 『大好きよ』
 その二つの暖かい言葉は、葉月の心を優しく溶かしていくお日様のような感覚だった。

「私も、愛している。大好きよ!」

 今度は泉美と達也の間に飛び込んで、葉月は二人を一緒に抱きしめる。
 すると二人の優しい笑い声が聞こえて、二人の手が一緒に葉月を抱きしめてくれていた。

 新しい愛。
 新しい幸せ。
 そして、新しい命。

 葉月はそっと泉美のお腹を見下ろした。

「じゃあ、今……ここに?」
「うん、もう四ヶ月に入ったところよ。来月、急いで結婚式をする予定なの」
「お腹が大きくなる前に?」

 泉美が頬を染めて、こっくりと頷いた。
 もうすっかり幸せそうな花嫁さんに見えて仕方がない。
 大好きだった彼女がこうして幸せになってくれる姿に、葉月も嬉しくて仕方がない。
 葉月はそっと、泉美のお腹に手を伸ばした。
 彼女も抵抗なく触らせてくれる。

「抱っこさせてくれる?」
「勿論、達也とも言っていたのよ。葉月ちゃんには一番に抱っこしてもらいたいねって……。葉月ちゃんがそう思ってくれるなら、私もとっても嬉しい」

 でも……と、葉月は気になることが頭に浮かんで、泉美を見つめる。
 身体のこと……。大丈夫なのだろうか? そこは彼女ではなくて、葉月は達也を見上げてしまった。
 葉月が言いたいことは直ぐに察してくれたのだろうか? 達也もちょっと表情を曇らせた。
 アイコンタクトで言いたいことが通じてしまうところは、健在だった。
 だけれど、達也は次には笑って、母親の八重子を見下ろしていた。

「ほら、泉美がこういう身体だから心配でさ。おふくろに泣いて頼んだんだ。──『嫁さんの面倒をみてくれないか』ってね」
「え──!?」
「実はおふくろ。これからは俺達と一緒に住む予定なんだ」

 それにも葉月はびっくり仰天し、八重子と達也を、いいや泉美も、三人の顔交互に眺めてしまった。
 泉美はそんな葉月を見て可笑しそうに笑い、今度は『親子同居話』で達也と八重子はお互いに照れくさそうだった。
 だけど今度は八重子が葉月に向かって微笑んでいた。

「葉月さん、これからよろしくお願いしますね」
「は、はい。お、お母様。こちらこそ……!」 

 ──驚いた。いない間にこんな急展開!?
 自分も航行中に色々あったけれど、こちらの『桜色モード』にはちょっと負けたかもしれないとクラクラしてきた。

 達也と泉美がそれを見て、楽しそうに笑っている。
 寄り添って、見つめ合って……。
 もうそれを見ただけで、葉月もふわふわと幸せな気分。

 クラクラも収まってきたところで、葉月は『一番、気になっていること』を、やっと達也に尋ねてみる。

「あの、それで隼人さんは今は? 工学科?」
「ああ、それなんだけど」

 まただ。達也まで直ぐに答えてくれずに、言葉を濁した。
 葉月は眉をひそめ、そして不安になる……。
 なにかあったのかと。なんにしても一番会いたい人が、一番に出迎えてくれないなんて……。帰ってくる時間だって分かっていただろうに。
 そりゃ、先ほどの達也がそうだったように、隼人も業務中であることは、葉月だって百も承知だ。
 だけれど……。
 葉月がそう思いながら、ちょっとふてくされていると、達也が何かを差し出してきた。

「これ、兄さんから預かっているんだ」
「なに? これ……」

 達也が差し出して来たのは白い封筒だった。
 訝しく思いながら首を傾げた葉月が、その封筒を開けようとしたのと同時に達也が言う。

「兄さんは今日から休暇で、朝の便で横浜の実家に帰ったよ」
「え……? な、何かあったの?」
「ああ、あった」

 達也の神妙な顔に、葉月の胸がどくりと大きく脈打った。
 帰ってきて言葉を濁したジョイ。そして直ぐには答えてくれなかった泉美。そして達也の怖い顔……。
 葉月は隼人が置いていった白い封筒を掻きむしるように封を切って、中に入っている物を確かめた。
 一枚の便せんと、一枚の紙。

 その一枚の便せんを直ぐに開いて、読んでみる。

『羽田の……』

 羽田空港で待っている。
 そう記されている他には、日時とその空港内の場所?
 そしてもう一枚の紙は……この小笠原から横須賀へ行くための定期便に搭乗する予約番号。
 日時は、便せんに記されているように、『明日』──だった!

『行き先はリボンをほどくまで分かりません。とにかく羽田まで一人で来ること。待っている』

 その意味がやっと繋がった葉月は驚いて、達也を見上げた。

「まって……!? 休暇って……?」
「休暇は二人揃って一週間、ご自由に使ってください、大佐嬢」
「は、隼人さんが? えっと、横浜って……!?」
「つまり兄さんは一足先に出かけたというか。お前にも今日から休んでほしいから、今日はおふくろさんにも大佐室に来てもらったというワケ。まあ、俺達の間では『リボン作戦』と呼んでいたかな? な、泉美」
「そうそう! 葉月ちゃんが澤村君に会うまでは、『中身は分からない』という作戦よ。どうせなら飛行機に乗るまで、分からない。葉月ちゃんは一人で澤村君が待っているところまでちゃんと行くのよ」
「え、ええ!?」

 泉美まで共犯のようだ。
 夏の都会デートは、隼人の単独犯だったが、今度は複数犯!?
 また葉月は便せんを握りしめて、呆然としてしまう。
 可笑しそうに笑う達也と泉美は、そんな葉月を見るのを楽しみにしていたのか、二人揃って『やった』と喜んでいる。

 だけどやがて、達也が真顔になって……。葉月が持っている封筒ごと、手を握りしめてきた。

「さあ葉月、今度はお前が幸せになる番だ」
「達也……?」
「行ってこい。なにもかも忘れて、お前が思うままに……。兄さんにお前の気持ちをありったけにぶつけてこい!」

 何もかも忘れて?
 私が思うままに?
 彼にありったけの気持ちを?

 葉月が反芻している間が達也はじれったいようで、顔をしかめながら、さらに大きな声で葉月を急かす。

「今からお前は大佐嬢なんかじゃない。休暇の間は帰ってくるな! 俺も、絶対に何があっても連絡しないから、任せろ!」
「でも──」
「この一ヶ月半、俺にこの中隊を任せてくれただろう!? ジョイも山中の兄さんもいるじゃないか。俺達、今回は二人に行って欲しいんだ!」

 そして達也が握っている手を離し、葉月の背を押した。
 押した方向は、大佐室の自動ドア──。

「葉月、行ってこい」
「いってらっしゃい、葉月ちゃん」

 そっと振り返ると、そこには絶対に行かせるという確固たる顔をしている達也と、優しい眼差しで送り出そうとしてくれている泉美の笑顔。
 それでも躊躇っていると、最後に──。

「葉月さん。愛していると心から言えるチャンスってね……。案外、少ないんだよ」

 八重子がポンと葉月の背を優しく叩いた……。
 その手が、なんだかよく知っている手に感じた。

「い、行ってきます」
「ああ、行ってこい」

 最後に達也がドンと肩を押してくれた。
 そのついた勢いのまま──葉月は大佐室を飛び出した!

「行ってきます!」

 大佐室を出ると、そこにはジョイと山中がちょっと待ちくたびれたように二人揃って立っていた。

「いってらっしゃい、お嬢」
「行ってこい、お嬢!」
「行ってきます──」

 葉月がそういうと、二人は笑顔で手を振ってくれる。
 そのまま廊下を飛び出す。

「大佐──!」

 廊下を飛び出した瞬間に、テッドの声。
 葉月が振り向くと、彼も笑顔で手を振っていた。その隣に小夜も……!

「吉田から聞きましたよ! いってらっしゃい、大佐!」
「大佐ー! 頑張ってくださいね!」

 二人が揃って笑顔で送り出してくれる姿にも、葉月は笑顔を返し『行ってきます』と手を振った。
 皆がこうして『私達』を送り出してくれた、その暖かい気持ちが葉月に胸に響く──。

 定期便は明日。
 横須賀基地から羽田に行くためのルートと時間割まで、便せんに書いてあった。
 今からマンションに帰って、支度を始めなくちゃいけない。
 また旅支度だ。

 隼人の『リボンをとくまで分かりません』というメールの言葉。
 帰ってきたら分かるぐらいだと思っていたのに……。

『隼人さん──。行くわ、貴方が待っているところまで、私、行くから!!』

 会える日は一日延びてしまったけれど、葉月は笑顔で基地を飛び出した。

 

・・・◇・◇・◇・・・

 

 ──昨夜は眠れなかった。

 わくわくと胸が躍って、ベッドに潜り込んでも、何度も旅行鞄を見直した。
 航行に行く時の洒落っ気のないスポーツバッグではなくて、今度は母がずっと前に送ってくれたお洒落なバッグにまた旅の準備──。
 そして着ていく服を何度もコーディネイトしなおして、そして、鞄に詰め込んだ着替えも何度も入れ直したり。ベッドに潜っても、全然寝付けなくて、結局、部屋の中をうろうろ。時々、携帯電話を手にしたのだけれど、隼人もわざとなのか『おかえり』の連絡もメールも入れてこないから……。だから葉月も『きっと羽田に一人で来る私を楽しみにしてくれているのだ』と思って……携帯電話を手放しては、でも、メールぐらい? と行ったり来たり。結局、なにもしなかった。隼人からもこなかった。
 それに付け加え、本当なら今夜──彼の腕にいるはずだったのに。なんてそんな気持ちも湧かないぐらいに、明日、羽田空港で会える隼人を思うと嬉しくて嬉しくて胸が張り裂けそうで、眠れない。
 朝方、うつうつとしたけれど、いつもの習慣でぱっと目が覚めた。

 そして今──。
 黒いロングコートにロングブーツ。そして水色のニットワンピースというお洒落をしてきた葉月。
 ついに、羽田空港に辿り着いたところだった。
 沢山の人々が行き交う中、葉月は隼人が封筒に入れていた時間割を眺める。
 丁度良い時間。それも当たり前か。彼が分かりやすい時間割と交通手段まで記してくれていて、まったくその通りに来たのだから。

 その時間割の最後の『指示』は、国内航空会社のカウンターまで……だった。
 葉月は辺りを見渡しながら、人混みの中を歩く。
 そして、その会社のロゴマークが見えるカウンターを見つけた。

 ……胸が高鳴る。
 どこに、どこに彼がいるのだろう?
 沢山の人がいるし、カウンターと言ってもこの航空会社のフロアだけでも結構な広さだ。

「葉月──!」
「!」

 後ろからそんな声が聞こえて、葉月はドッキリと振り返った。

「やっぱり、葉月だ! 直ぐに判った」
「は、隼人さん……」

 いつものジーンズ姿に黒いダウンジャケットを羽織っている隼人が眼鏡をかけた顔で、手を振っていた。
 彼が笑顔で駆け寄ってくる。
 本当は、昨夜から──。葉月の方から駆け寄って、彼の胸に飛び込むことをずっとずっと想像していたのに。
 なのに、隼人の笑顔を見たら……。
 どうして? 涙なんかでてきちゃったりして、足も動かなくなっちゃったりして、ただ彼が近寄ってくるのを待っているだけだなんて。
 そしてやっぱり隼人から葉月の側までやってきてしまった。

「おかえり。そしてお疲れさま──」
「た、ただいま……」

 やっぱり言いたいことはいっぱいあるのに、言えなくて。
 ただ、そこにいる見慣れた笑顔がいつも以上に愛おしくて、葉月は涙を浮かべたままで、ただ隼人を見上げていた。

「あー。やっぱりな。ちょっとウサギ心もお疲れ気味か」
「え?」
「大変だったな……。聞いたぜ。ミラー中佐が国籍不明機と接触したこと。小笠原でもちょっと大騒ぎだった。お前がたまたま陣頭に立っていたと聞いて、もう……俺、気が気じゃなくて……」

 もし、ここが人々が行き交う場所でないなら……。
 すぐに彼の胸に飛び込んで、葉月は大泣きしていたかもしれない。
 でもそんなこと出来るはずもなく、溢れ出そうな涙を抑えながら、静かに流していた。
 だけど、それを隼人の指が、親指がいつもそうしてくれているように柔らかく静かに拭ってくれる。そして彼は眼鏡の奥の瞳を優しく滲ませ、微笑んでいた。
 その暖かみと優しい手先に葉月は、ふとまぶたを閉じる。
 そこで涙が止まり、葉月も笑顔で隼人を見つめ返した。

「有り難う。旅行の約束──こんなふうにしてくれて嬉しい」
「俺も楽しみにしていたよ。じゃあ、もう、搭乗時間が迫ってくるから行こうか」

 隼人がサッと動き出した。
 葉月は切り替えの早い彼に驚いて、慌てて後を着いていく。

「ねえ、何処に行くの?」
「ふふ、何処だろうなあ?」

 沢山の人々が目的地に合わせた搭乗口へと、広い羽田空港の中を行き来している。
 まだ教えてくれる気はないようだ。なかなかリボンはほどかせてくれない。そのじれったさ。
 それも楽しみだったけれど、もう、教えてくれても良いのにと葉月はちょっと膨れてみた。
 だけれど、そんなことはちっとも気にしない隼人は、その人混みの中、沢山の通路の中、番号の標識を確かめながらも、迷いもなく進んでいく。
 葉月は黙って、隼人の後を必死に着いていった。

 やがて、また沢山の人が搭乗時間を待っている待合いフロアに辿り着いた。
 そこには数カ所の行き先が表示されている。
 いったいどの便に乗るのだろう?

 待合いフロアの空いている椅子に、隼人が荷物を置いた。
 そして後から着いてきた葉月の荷物もすかさず手にとって、隣の椅子に置いてくれる。
 彼がジーンズの後ろポケットから、チケットをひとつ……葉月に差し出した。

「もう搭乗チェックインは済ませたから。これはお前の分」

 葉月はそれを手に取った。

「たぶん、すごく寒いから覚悟していこうな」
「え!? 寒い……??」

 そして手に取ったチケットを葉月は眺めた。

 そこには『──新千歳空港』の文字。
 ──北海道!?

 目の前で隼人が、にっこりと微笑んでいる。
 後方では、青い旅客機が青空へと機首を上げて飛び立っている姿が見えた。

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