・・フランス航空部隊・・

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5.顔写真のない経歴書

 金髪の青年に連れられて、葉月はやっとフランス基地へとたどり着いた。

 フランス基地は航空ではトップレベルの基地である。
 だから負けず嫌いの康夫は、葉月がいる最新基地の『島』への入隊を蹴ってまで、フランスへ行ったのである。

 深いスカイブルーの空を見上げると、轟音を轟かせて何機もの戦闘機が離着陸を繰り返していた。

「どうぞ。こちらです」

 純フランス人らしいその青年に、ぼんやりしている間にスーツケースを取られてしまった。

──嬢ちゃん中佐が、偉そうに男を使っているぞ──
 そう思われると思った葉月が『私が……』と一歩近寄ると、今度は彼に手で制されてしまった。

「フジナミから伺っております。そんなに意地を張らなくとも……。“レディーファースト”をしないと私が笑われます」

 彼がそういって、スーツケースをゴロリ……と背中の方に下げてしまった。

(それも……そうかも?)

 葉月は彼の男としての立場を考えて、スッと身を退いた。

「あなたは藤波中佐の所の?」

 すると彼がにっこりと、微笑んだ。

「やっと、お尋ね下さいましたね。中隊管理の本部員です。元はフロリダにおりましたので、お父上のこともよく存じています。それで……私が、本日のお迎えに……」
「そう……父を……」
「ハイ。穏やかな方なのに武芸達者で……。若い隊員にも未だに勝てる者がいないのですよね?」

 『まぁね』と、葉月は心の中で、つぶやいた。
 葉月の父、御園中将は軍内一の武芸達者で陸系の人間だった。
 『御園』は、元々日本では武芸家元の家系で、亡き祖父はそこの三男坊だったのだ。
 葉月が軍人でいるのも、幼い頃から祖父と父のダブルコーチで、みっちり武道を仕込まれたからでもある。

 やっと、令嬢中佐のリードが出来て、ホッと一安心の青年に連れられ、葉月は康夫がいる中隊本部へと向かう。

 その途中。すれ違う隊員の一人一人が葉月を目にして振り返る。
 男性に、エスコートを受けてまで入ってきた女は誰か? と……いう眼差し。
 葉月はいつもこの視線に出逢うと、逃げ出したくなる。
 その上、制服の上着まで脱ぎたくなる……。
 皆、肩に付いている中佐の肩章を見てびっくりするからだ。

 二十代らしき女が中佐? ……そんな、視線。

 そこで誰だと聞かなくとも、それが『御園の娘』の証として皆が興味ありげに、じっと葉月から視線をはずさないのだ。

「そこの部屋ですよ」

 青年がにっこり、指でひとつの大きな部屋の入り口を差した。
 そこで今度は、嫌な視線から、急に感じることも少ない緊張感にみまわれる。

(いよいよ……ご対面!?)

 葉月は、高鳴る胸を押さえながら入り口にたたずんだ。

 

 新しい側近候補の彼は日本人。
 葉月より四つ年上の、今年三十歳になる“大尉”である。

 昔は康夫が指揮しているパイロットチームの中で、メンテナンスチームにいて活躍していたらしい。
 康夫の中隊はパイロットチームを抱える中、『教育部』も受け持っていて、研修学生達が、実習としてパイロットチームの中で学んで行くシステムを持つ中隊なのだ。
 その大尉は頭脳明晰らしく、今は教育部にいて『教官』をしながら、中佐である康夫の補佐もしているとか……。

(四歳年上で……日本人)

 葉月は“嫌な視線”を感じる上に“嫌な緊張感”を走らせた。
 年上の男性に側近を頼めるのだろうか? と……。

 何故か、『企画書』の中にあった大尉の経歴書には顔写真がなかったりする。
 “どうして?”と、康夫に尋ねると……。

「おまえのことだ。顔を一目見て“嫌だ”って印象は受けて欲しくないんでね。何かにつけて、理由を付けてやめられたら困るからとフランク中将と話してそうしたのさ」

 またいつもの意地悪い微笑みを突きつけられて、葉月はムッとした。

「そういう事。仕事とは関係ないでしょっ!」

 言い返すと、彼がさらに口元をニヤリとあげたので葉月はおののいてしまう。

「おまえ。結構“面食い”だろ? はっきり言って“達也”ほどの色男ではないんでね」

 『達也』という名が久々に葉月の耳に入ってきて、彼女はそこで固まってしまったのだが……。

「失礼ね! 私、男の人は顔だなんて思っていないわよ」

 その名を聞き流すが為に言い張ったが……それも、康夫の手の内だったらしい。

「だったら、顔写真ナシでもOKだろ?」

 ……そんな彼のペースにまんまとはめられたのである。

(そういう男性なの?)

 葉月は顔も見せてくれない程の人なのか? と、もったいぶる康夫と、兄様中将のやり方に一瞬たじろいだ。

 本当に心から、男性は顔ではないと思っている……。と、いうよりも──葉月は男性にやや嫌悪感をもっていると言った方が早いかも知れない。
 幼い頃にその原因があるのだが……。
 だからといって『男性とお付き合いをしない』と、いうことはなかった。
 むしろ、男性の方が嫌がる葉月の領域に入り込もうとしてくるのだ。

 『達也』は、葉月のそんなところにスルリと入ってきた葉月の元側近。
 康夫と彼は『悪友』で、康夫のもう一人のライバルだった。
 同じ神奈川のOBで同期生。康夫は空のトップ。彼は陸のトップだったのだ。

 彼は陸系の男でも、スラッと背の高い、確かに色っぽい男だった。
 その彼も、康夫と一緒に十七歳の時の『教育実習』で出逢った一人で、康夫と葉月は『親友』になれたが、達也は……『葉月の恋人』だったのだ。

 そんな彼のことを思うと、新しい側近を探すのが億劫になってくるほど……。葉月にとっては想い出深い男で、またもう、ここまで来て葉月は康夫の中隊の入り口で深く思いめぐらせてしまうのだった。

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