・・フランス航空部隊・・

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6.ご対面の時

 葉月が別れてしまった恋人の達也は、本当によく尽くしてくれた男だった。
 これ以上の相手はいないと、葉月が思っていたのだから……。

 達也は、そうして康夫と同じように訓練校卒業後、フロリダ特校に入り、“ライバル”の康夫と共にたった一年で卒業した“エリート”でもあった。
 康夫と違うのは、康夫は葉月から離れて上を目指し、達也は葉月を追いかけて『島』に来て、この時は小隊だった葉月の部隊の側近になったことだ。

 そこで二人の恋は始まったのだが、中隊内であるトラブルが起きて、そこで二人は別れざるを得なくなったのだ。
 感情表現が下手なお嬢様に、よく理解を寄せてくれた達也もこの時ばかりは、彼女に見切りを付けて、フロリダへと転勤していってしまった苦い想い出の男だ。

 その後、遠野大佐が、葉月を側近に……という形でフロリダから転属してきたのである。
 その達也が、色男で周りの女性達を騒がせていたのは本当の事。
 そして、葉月との恋仲も“公認”の仲になっていたのに、二人はやりきれない理由で別れた。
 その時ばかりは『無感情令嬢』といわれる葉月もかなり落ち込んだ。
 葉月にも、達也にも“非”がない理由ではあったのだが……。

 それはさておき──。
 葉月は栗毛のクォーターで、ちょっと少年顔のスッと涼しげな顔立ちなのだが、その“冷たさ”に寄ってくる男が多いのも本当の事だった。
 葉月の“男嫌い”は有名な話で彼女を手に入れた男性には“男の勲章”が付けられたりする。
 その勲章を付けられた男が達也だったのだ。
 葉月と付き合うと言うことは、将来『御園家の一員』になれる可能性が高く──出世コースの逆玉の輿──と、ささやく者までいたりする。
 葉月にとって、もちろんその“道具”にされるのは、まっぴらゴメンである。
 その本日面会する“大尉”がもし……そう思う男であったらどうすればいい? ──葉月は、康夫には正直にその不安をうち明けてみたのだが……。

「おまえこそ失礼なヤツだな。俺がおまえの為にと、見込んだ男がそんな浅ましい男だとでも!? 俺の好意を無にするのはともかく! その大尉に失礼だ!! 御園の一員としての思い上がりだ! 気を付けろよ!!」

 かなり本気で、叱られた。

 負けず嫌いの彼がそこまでかばう男も珍しく、葉月は眉をひそめてしまった。
 それにつられて、いつものハッキリした康夫の意見ももっともなので、葉月は反省をして“顔もわからない隊員”に、逢うことを全面的に受け入れたのである。

 最後にもう一度念を押す。
 顔写真がないのは“どうして?”と──。

「……。もし? おまえのタイプだったらどうする?」

 思わぬ康夫の返事に葉月はビックリして固まり、何にも言葉が見つからなかった。
 でも、一応、答える。

「タイプとかタイプじゃないとかでなくて、一緒に仕事が出来るかどうかでしょ?」

 見通しが出来ない為に、はっきり言い返せないのだが、とりあえずそう返しておいた。
 すると康夫が再び“ニヤリ”

「その言葉 忘れんなよ。」

 葉月は康夫の“ニヤリ”にいつもドキッとさせられる。
 彼は、本当によく彼女を知り尽くしている男だからだ。
 男女の感覚がないだけによけいである。一番のご意見番とも言える。

 

 

 そうして葉月は、顔もわからない隊員が、今どんな気持ちで自分を待っているのだろう? と、ため息をつき、金髪の青年について、ちょっとざわめく声のする本部員の視線を気にしながら、中隊の入り口をくぐり木造のドアの前に立ったのである。

──コンコン── 

 金髪の彼がドアをノックして、さっと開ける。

「お連れしました」
「メルシー。入れてやってくれ」

 この8年間。フランス暮らしがすっかり板に付いた聞き慣れた親友の声が流暢なフランス語を発していた。
 そこで、金髪の青年は下がり、葉月一人が荷物を引きずって“フジナミ中佐室”に入ったのである。

 ドキドキとは裏腹に、中佐室には二つのデスクがあったが奥の大きな机に康夫がそれらしく一人で座っているだけだった。

「やっと来たか」

 康夫がいつもの笑顔で迎えてくれた。
 だが……葉月はもう一つの空いている席に視線を向けた。

 パソコンがひとつ。
 ノートパソコンもひとつ。
 そして積み上げられた分厚い本と、書類の山。

 康夫の席より雑然としていたが、何処かしらきちんと整理されているような整然さも感じられた。

「あの……」

 葉月の戸惑いが解ってか、康夫がその一言を聞いただけで溜め息をついた。

「悪いな。今授業中でさ」

(なるほど。教官ですものね)

 葉月はとりあえず安心をした。
 だが康夫がそわそわしているようにも見えた。

「どうしたの?」 

 再び、嫌な予感と共に確かめてみる。

「あ……ウン。そうだ! 遠野大佐直伝のカフェオレでも飲もうぜ!!」

 サービスの良い彼に葉月は少し顔をしかめる。

「直伝って。私だって散々仕込まれたわよ」

 遠野はお茶入れからうるさい上司だったのだ。
 もちろん葉月は側近としてしっかり叩き込まれていたから、今更なのである。
 その上、大佐の死を忘れるための気分転換だと思っていって来いと、ロイに送りだしてもらったのに……。思い出させるなんて『なんて人っ』と、機転が利くはずの親友の素振りに首をかしげた。

「何言ってるんだ! 日本の豆とは違うぞ!? 本場フレンチの豆なんだぞ!!」

 あんまり、彼がムキになるので『そお?』と、葉月はいぶかしみつつも、やっと着いたところなので彼のおもてなしで一息つくことにした。

 

 それから、小一時間。
 日本を出てくるまで、葉月が二ヶ月の研修に出掛けるからと所属しているパイロットチームの先輩パイロットの兄様方にブツブツ言われた事とか、弟分のジョイ=フランク少佐が葉月が中隊を空けることにごねつつも快く、気分を変えておいでと、見送ってくれたことを康夫に報告したりしていた。

 葉月がふと、時計を落ち着き無く眺めると、康夫もどうしてか、一緒に時計を眺めてたりする。

「大尉っていくつ授業を受け持っているの? もうお昼すぎてるのに??」

 葉月がそう尋ねると、康夫がいつになくビクッとしたように見えた。
 そこでピンときた!

「康夫。大尉になんて言っているの? この研修の事……」

 葉月がそういった途端に──

「ウン。そろそろ来る頃だろう……」

 そそくさと本部室のほうへと康夫が出ていった。

(まさか……)

 葉月は『嫌な勘が当たったかも』と、一瞬確信を得たように思えた。
 自分のほうこそ、『何の研修?』と、思っている。
 側近を選ぶなら、ロイが辞令を出して四の五の言わさずに引っ張ればいいじゃないかとも思っていた。

 しかしロイは『おまえのために言っているんだぞ? どうせなら気持ちよく仕事したいだろ?』と……幼少の頃より可愛がってくれたロイの心遣いだから言うことを聞いて、腑に落ちずともフランスまで出向いてきた。

 『中隊改善研修』と言う名目を康夫が作ってくれて、その大尉を『補佐』として教育するというものだった。
 葉月が『最新基地』の中佐として『監察』するようなものなのだ。
 その大尉には側近の話などひとつもしていないはずで……。
 令嬢中佐の側近話を聞いたら、おののくか……喜ぶならもうここにいるはず、そうでないのなら……。
 葉月がそう考えていると、康夫が黒髪をかき上げながら溜め息混じりに戻ってきた。

「葉月……。あのなぁ」

 葉月の一言を康夫が察知してくれるように、葉月も察知した。

「わかったわ。彼……頭がいいって遠野大佐も言っていたし」

 “そうでないのなら……”のほうだったらしい。
 つまり大尉も、『何の研修?』と、腑に落ちない疑問があって嬢様のお相手を嫌ったと。
 救いはひとつ。葉月が来るからと浮かれた男で無かったことだ。

 葉月はそこで席を立つ。

「何処行くんだよ、もう来るよ」

 康夫が珍しく慌てた様子で、葉月の前に立ちはだかった。
 彼にしてみれば、自分が持ち出した話。
 葉月にも、その大尉にも最初からへそを曲げられたら立場がないのである。

「おなか空いたの。適当に食べてくる」

 葉月のいつもの無表情。
 相手の出方にすら無関心。

 葉月が『私、帰るからね!』と、言い出さなくてホッとしたのか……康夫も気まずそうに『そ、そうだな』と、送りだそうとしてくれた。

「あのな……。大尉。突然授業のあきが出来たんで一時帰宅したらしいんだ。もちろん。おまえが来ることもちゃんと伝えたし。“わかった”とも言っていたぜ」
「そう? いいのよ。“突然”予定が狂ったって事にしておく」

 葉月はそういって、心配顔の康夫を横目に中佐室を一人で出た。

 “部下に逃げられた令嬢中佐”
 中佐室の外に出ると、本部員が皆そんな顔をしていた。
 葉月はそれすらも、感じない様にシラッとして外の廊下に出る。

 栗毛をなびかせ、表情を変えずとも心の中では……。

(やってくれたわね! さすが遠野大佐のお気に入りじゃない!?)

 葉月は、息巻いていた。

 媚びない所は気に入ったが、そんな人間ほど『御園』の娘でも一筋縄でいかないことも葉月はわかっていた。
 『澤村 隼人』というその男が、葉月にはなんだか強敵にも見えてきた。

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