・・フランス航空部隊・・

TOP | BACK | NEXT

18.警戒

 その後──。隼人の元恋人と葉月が鉢合わせることなく一日の業務は終了した。

「じゃぁ。私は雪江さんと一緒に、自宅にお邪魔しているわね」

 まだ残りの雑務をしている康夫と隼人に告げて、葉月が中佐室を出ていった。
 二人の男も、笑顔で彼女を見送る。

「あ! 大丈夫かな? 一人で……」

 隼人は、今は隊員達が退出の時間で人通りが多くなるので、葉月が『元恋人』に出逢わないか心配になった。

「雪江がいるから大丈夫だよ。姉さんは雪江には、最近は仕掛けてこなくなったんだ」

 同じ日本人の女性は、雪江と彼女ぐらいなもの。
 あの『彼女』は、若くて明るく皆に慕われる雪江にも、散々やっかんだりしていたのだ。

 雪江は国際的に育ってきた。
 雪江の父親は雑誌社の海外特派員で、このフランスで長く務めてきたのだ。
 だから彼女は、このフランスで『フランス女子訓練校』の事務科の卒業生。
 フランス語も英語も堪能で、フランスの暮らしにも溶け込んでいる。
 そこであの隼人の元恋人が、歳から言えば先に入隊はしていた先輩になるのだが、後から入隊してきたとは言え、国際子女でここフランスで基盤が出来上がっている雪江に、ライバル心を燃やしていたのだ。

 だが、雪江が康夫と結婚して、夫が中佐になり、中隊長になり、パイロットチームの頭になり……。そうしていく内に『大尉ごときの教官』では歯が立たなくなったのか、雪江への突っかかりは徐々になくなっていたのだ。
 康夫も当然の如く、入隊時の新人だった頃は彼女に散々やられていた。『生意気言うんじゃないわよ! 新人のくせに!!』などと……平気で頭ごなしに怒鳴られた経験があると言う。
 フロリダ特校を一年で出てきた日本人男性として、康夫は入隊時から注目を集めていた。
 その、注目が気に入らなかったらしい。

 なので──藤波夫妻にとっては、彼女は『天敵』なのだ。

 それだけじゃない。
 彼女よりちょっと年下だった遠野祐介も散々やられていた。
 プライベートは女遊び。だが仕事はピカイチの祐介。
 それが彼の魅力だったのか、彼は短期間で『周囲への信頼と存在感』を見事に確立させていた。
 そして同じ大尉だったのに、遠野はあっという間に大佐まで出世を遂げてしまった。

『信じられない! あんな女にだらしがない男が出世するなんて!!』

 隼人は、遠野が少佐に昇進したときの彼女の愚痴を思い出していた。
 そういう『昔』を思い返せば、溜め息しか出てこない……。

(なんで付き合ってたんだろう?)

 我ながら情けなくなってくる。
 確かに彼女は女優のように美しかったし、年上だから隼人のことも、それは可愛がってくれた。
 『気に入られたのが運の尽き』と、遠野にもよく笑われた。

 それに、遠野は無類の女好きなのに、優秀で美しいのに、その彼女には手を出さなかった。
 その遠野が言うには『アイツはクサイんだよ』と言う事らしく、その時も憎々しく言っていた。

 隼人はそれでも彼女とは二年も同棲していたのだ。
 それも気の強い彼女が本当は弱々しくて、ちょっと可愛げがあるところを見てしまったからかもしれない。
 『俺しか彼女にはいないし、俺しか解ってやれないんだ』──が、原因であるのだろうと今思っていた。それが今から七年前二十三歳の時だ。
 丁度、康夫が入隊してきた頃で、遠野は既に仕事仲間で馴染みだった頃だと思う。

 とにかく彼女は同じ日本人を敵視する。
 この遠い異国では同じ母国の者は、結構固まるはずなのに。
 自分が一番でないと気が済まないプライドの高さは認めざるを得ない。
 確かに頭がいいのだ。その点では話甲斐があった相手とも言えた。
 しかしだからこそ、そこに、若い隼人は捕まったと言うところなのだ。

 しかし、隼人の成長と共に、今度は彼女の方が隼人に敵視を向けてきた。
 今までは、手のひらの上の可愛い坊ちゃん。私が育ててあげる有望な私の恋人。──と言うところだったのか? 隼人もそれに気が付いたし、なんと言っても、周りの者を傷つける度合いがエスカレートしてきたので別れる決心をした。
 とにかく、康夫や遠野と仲良くしているとスグに隼人でなく彼等に突っかかってくる。
 仕事でも一緒に何処か訓練に行くと言っただけで隼人とは口論になる。
 彼女は、ある意味育ちきっていないお嬢様だった。そんな彼女に疲れたのだ……。

 隼人の一方的な別れだったので、彼女はまだ諦めていない。
 未だに『隼人は絶対私の所に戻ってくる』と、周りの者に自信満々言うらしいから困ったものだった。
 隼人がその後、恋人を作っても壊しには来ないが諦めない。
 隼人が恋人と別れると『ほら、私の方が良かったのよ』と、勝ち誇るらしい。
 そんなうちにチョットした『女性不信』に陥っていたのだ。

 葉月をあんな風に敬遠したのも実は『同じ様な女』と恐れていたのだ。
 『どうせ仕事になんて成りもしないさ』と、たかをくくっていた。
 しかし、それはやっぱり思い込みだった。
 よく考えると、美しい恋人よりも、康夫、遠野とのお付き合いを選択した隼人。
 その信頼ある二人は、遠野は葉月を恋人として望んで、康夫と雪江は親しい友人として葉月と付き合っている。
 別れた彼女と同じ様なお嬢様であるはずがなかったのだ。

 しかしまだ……。
 康夫が言う『じゃじゃ馬台風』を確かめないことには、何処か警戒心が残ってしまう。

(ウン。そうだ、女は怖い)

 隼人は『油断はするな』と一人で頷き、適度に葉月と付き合って日本に帰そう。と、心に言い聞かせていた。

 

・・・*・*・*・・・ ・・・*・*・*・・・

 

 「おかえりなさ〜い!」

 康夫が隼人より一足先に帰ると、自宅のキッチンで妻と葉月が仲良く食事の支度をしていた。
 こうして眺めていると、葉月は妻同様に、女性らしい可愛らしさと賑やかさは備えているのだ。

(あんなことさえなければな)

 康夫は葉月の過去を思いやる度に、いたたまれなくなってくる。
 しかし、その傷が彼女のパワーの源だから皮肉なものだった。

 彼女の身に──『あんなことさえ、起きていなければ』。
 葉月は軍人にもならず、康夫は彼女にも出逢うことなく、彼女を目標にフランスに来ることもなく、日本でただのパイロットだったと思う。
 そして、こうしてフランスを目指してやってこなければ、雪江という快活で利発な出来た妻とも出会うことはなかった。
 つまり……康夫の今の上々の生活は、葉月と出逢えたからだ。
 その為にも、彼女に幸せのお返しをしてあげたいのに未だに出来ずにいる。

 彼女はいつも、自ら身体も心も傷つけるばかり。
 康夫はそんな時は妻の雪江と共に、いつも力のなさを噛みしめてきたのだ。

 そんな彼女がこうして、妻と笑っているだけでも何処かホッとする。
 とりあえず……今は平和であるのだろう。
 遠野との死別もなんとか乗り越えて欲しいところだ。

 いや、そうじゃない。
 軍人になって出会った様々な彼女の過去じゃない。
 彼女は、本当なら……優雅に育つはずだったお嬢様なのに……。

 いつもそこまで思うと、康夫は深いため息をつきつつも、それ以上を考えたくなくなる。
 だから──やめる事にして、制服の上着を脱いだ。
 それをダイニングチェアの背もたれに掛け、気持ちを楽にしようとばかりに、カッターシャツの襟元をゆるめる。

 そこで妻が明るい声で話しかけてきてくれる。

「康夫? 隼人さんは?」

 妻の問いに、康夫も対面式で向こう側も広くなっているキッチンに顔を出す。

「いつも通り自転車で来るよ。ん? そう言えばちょっと遅いな? 部隊からそう遠くないのに」

 その時ふと康夫の頭に『まさか、昨日のようにバックレたか?』と過ぎさった。
 時計を眺めながら、あの兄さんならやりかねないと、妙な焦りを覚える。

 そんな事を思いながら、時計から目を離し顔をあげると──妻の横で料理を手伝っていた葉月と目があった。
 彼女の眼差しが『今日も来ないかもしれない』と感じている目だと、康夫には直ぐに分かった。
 昨日の今日だけに……『大尉はそんな男性』と、思っているようだ。

 そんな大尉に、自分の歓迎会のような夕食の席に来てもらえない事──。それが困るとか、嫌われているとか……そんな不安や残念と言った眼差しでなく、何かを捕らえたように探られる瞳が康夫に向けられていた。
 康夫は、葉月が見せるこの瞳にはいつもドキリとさせられる。
 葉月は理論派ではないが妙に勘が良く、いつも何かしら『当てられる』からだ。

 しかし、次には彼女はにっこり笑顔を見せてくれた。

「大尉──『彼女』に、言い訳でもしているのかしら?」

 急に不敵そうに微笑んだ葉月の顔に、康夫はドッキリ、飛び上がりそうになる。
 今日、葉月にぶつかってきただけの女が『隼人の恋人』と、もう勘づいている!
 しかし正解は『元・恋人』なのだが……。

 葉月の横で、妻の雪江もなんだか落ち着きを無くしていた。

「な、何言ってんだよ。隼人兄は今は独り身だよ」
「だったら。彼女の方が諦めていないのね」

 葉月が、妙に穏やかに微笑んでエシャロットを刻む。
 その静かな様子。でも、見事に見抜いている様子に、夫妻は再びドキリとしてお互いの顔を見合わせた。
 康夫がなんと伝えて良いものかと戸惑っていると……。

「安心して。私、ああいうの苦手だし、首を突っ込む気もない。相手にする気もないから、関わらないようにして、康夫にも大尉にも迷惑は掛けないから」

 葉月の冷静な微笑みを見て、康夫もゴクリと喉をならしつつも、雪江と共にホッと一安心をした。
 そして──葉月が手元に集中しているのを見て、葉月の横にいた妻が康夫の所にすっ飛んできた。
 そして耳打ちをしてくる。

(なんだよ)
(さっき! 統括科のところまで彼女が来ていたの)

 康夫はそれを聞いてゾッとした。
 つまり、葉月の後をあの姉さんがつけていたって事になる。
 葉月は無くとも、『あっち』は、やる気満々って事だ!

(マ、マジかよ!?)
(本当よ! すっごい目つきだったのよ〜。あんなに殺気立っていたら、勘の良い葉月ちゃんは気づくって! 二人の目が合った時は、私すっごい緊張したんだから!!)
(そ……それで!?)
(……葉月ちゃんの方が、知らぬ存ぜぬってところよ)

 康夫はそれを聞いて『なるほど』と、安心したものの……やっぱり先立つ不安は拭いきれない。
 葉月も何となく気づいたようだし、なんと言っても仕掛けてくるなら、あの凄まじい姉さんの方だからだ。
 葉月がそんな夫妻をジッと見つめていたのに気付いて二人はサッと離れた。

「あ……! ごめんなさいね。お客さんの葉月ちゃんにさせちゃって!!」

 雪江が高らかに笑いながら葉月の元に戻って行く。

「康夫?」

 葉月に呼ばれて、康夫は座ろうとしていたのにドキリと中途半端な位置で腰を止めてしまった。

「いいじゃない。大尉がこなくっても。馴染みの私達だけで、楽しもう?」

 葉月の割り切っている清々しい笑顔に、康夫も心を和ませる。

「そうだな……。おお、そうだ! ワインを開けようぜ。本場だぜ? 本場!!」

 無理して『部外者』を入れること無い。
 葉月が楽しいならそれで良い。
 康夫も、そう思えるようになってきて、今から久し振りの交流を楽しくする為に、いつもの元気でサイドボードに走った。
 キッチンから女二人の『いいわね!』という、弾んだ声も聞こえてくる。
 徐々に藤波家のリビングが暖かく明るい雰囲気に盛り上がってきていた。

 その時──諦めていた玄関のチャイムが鳴り、三人揃ってハッと動きを止めた。

「なんだ。来たじゃん〜」

 康夫は喜び勇んで玄関に飛んでいく。

 

 

 キッチンには、女性二人……。
 そのまま鳴ったチャイムに妙に静まりかえっていた。
 しかも、雪江の横で葉月が包丁から手を離してうつむいたのだ。

「どうしたの? 葉月ちゃん」

 雪江が覗き込むと、葉月は何とも寂しそうな顔をしていた。
 雪江はそんな葉月の顔を幾度か見た事がある──。だが夫は『アイツが? そんな顔するのかよ? おまえだからじゃねーの。想像もできねーな』と言う。
 今、目の前の栗毛の女性は、雪江が時々見る小さな女の子のような顔をしていたのだ。

「葉月……ちゃん?」

 いつもは自分より大人びている葉月がそういう顔をすると、雪江は妙に母性本能をくすぐられてしまうのだ。
 そんな不思議な気持ちにさせられる……『不思議な友人』でもある。

「ごめんなさい。いつもの三人でゆっくり話せるかもって……。大尉に失礼よね? せっかく来てくれたのに。私、甘えている……」

 『甘えている』──。
 確かに……そう言いそうになる発言だ。
 だが、葉月には事情がありすぎて内輪でしか話せないことがいっぱいあるのだ。
 隼人が来たら、それはそれで気を遣うのだろう。
 そう思うと、雪江はこの『哀れな彼女』に、いかに信頼してもらっているかで自分が誇らしくなってくる。
 それ程、彼女には一言では言い表せない『過去』があり、それを守って行くのも友人としての努めでもある……と、少なくとも雪江はそう思っている。
 だから、夫と同様に彼女はほうっておけなくなってくるのだ。

 でも──雪江はそこを十二分に承知の上で、葉月に言ってみる。

「葉月ちゃん。大尉はね? あんなだけど、本当は物事をすごく見極める、根本がしっかりした人なのよ?」

 葉月は『ウン。解っている』と、小さく頷いたが……。
 雪江は、彼女にとって隼人が早く『信頼できる人間』になってくれたら、どんなに安心か……と、願わずにいられなかった。
 夫同様、二人が上手くいくことが一番と思っているのだ。

「おいおい! 聞いてくれよ〜! 隼人兄ったら、向こうの牧場まで行ってたんだってさ!!」

 康夫が呆れつつも騒々しく、白い紙包みを手にリビングに戻ってきた。
 その後から、隼人が姿を現した。

 

・・・*・*・*・・・ ・・・*・*・*・・・

 

「ボンソワール。お邪魔するよ」

 康夫の後に、隼人が……額の汗を拭って入ってきた。

「見ろよ、葉月! ここらでは上物だぜ!? 俺の大好物!!」

 康夫が対面式のカウンターに、その包みをおいて早速開いていた。
 あまりにも興奮して包みを開けるので、葉月も興味をそそられてしまい近づいてみる。

「隼人さん。牧場まで行って来たの? それじゃぁ、遅いわよ」

 雪江がコップに水を汲んで隼人に手渡した様子を見ただけでも、葉月にも『そんなに遠い所に出かけていた』と言うのは伝わってきた。
 そこまでして何の為に大尉が行ってきたのか? 葉月がそう思いながら、そっと、康夫の手元を覗くと、白い固まりが出てきた。

「チーズ?」
「そうそう!! これも本場だぜ、葉月。本場、本場!!」

 慣れてはいるはずなのに、相変わらずな康夫の騒々しさに葉月は苦笑いを浮かべる。
 康夫はまるで子供のようにはしゃいでいて、『雪江〜、ナイフ!』と叫び、早速そのチーズを食べようとしていた。

「もう。ウチの旦那って行儀悪!! 主役をそっちのけにして! これ、大尉が葉月ちゃんに買ってきたんでしょ?」

 雪江は康夫に文句を言いながらナイフを差し出し、隼人にはにっこりと笑顔で尋ねていた。

「せっかくフランスに来たんだからさ。チーズとワインは外せないだろう?」

 隼人は、シラッとあの冷たい顔でコップの水を飲んでいた。
 それでも──葉月には、驚きだ。

「私のために? そんなに遠い牧場に……!?」

 葉月はそんな隼人のもてなし方が『サボタージュのランチ』そっくりで再びびっくり……。
 隼人はそれでも『それが』と言う顔をしていて、葉月が驚こうが喜ぼうが『そんなのどっちでも良い』と無関心そうな顔で、葉月の視界から姿を消すように、康夫の側に行ってしまった。

 彼にしてみれば、自分がそうしたかっただけだと言うだろう。
 遠くでも、特別でもなく──ただ『せっかくフランスに来たから……』、それだけの、『気持ちだけの事』なのだろう。
 葉月は初めて……『身内だけが良かった』と一時でも思ったことを反省した。

「あの……有り難……。いいえ、メルシー」
「別に。同じ町の中だよ。しょっちゅう行くし」

 『どうってことない』と言う意味なのだろうが、なんともシラッと冷めた目つきと言い方。
 彼らしいと言えば、彼らしい。
 葉月が素直に礼を述べたのに、そんな隼人の反応を見て、雪江が葉月の横で『あまのじゃくっ!』と、小さくこぼしていた。

(本当ね。あまのじゃく……)

 葉月はなんだか彼らしすぎて、そっと微笑んでいた。

「ほら! 食えよ!!」

 心がそっと柔らかに和んできた所を、はしゃいでいる康夫にカットされたチーズを突き出され、葉月はそれを手に取り、口に運んでみた。
 ちょっと塩気が強いところは日本の味覚にはなく『本場』らしい味。
 でも、ミルクの風味が濃くってまろやか……。

「辛口の白ワインが欲しくなるわね。美味しいわ。大尉」

 葉月が笑いかけると、照れくさそうに隼人がそっぽを向いてしまった。
 葉月は、そんな彼を見て雪江と康夫と共に顔を見合わせて微笑んだ。

「虫のチーズも勧められたんだ。それにすれば良かったかな?」
「ムシのチーズ?」

 葉月が首を傾げると、隼人が、またニヤリと笑ったのだ。
 隼人が始めた話を耳にして、雪江が『冗談やめて』と、震え上がっていた。
 良く見ると、はしゃいでいた康夫も青ざめていたり……。
 さらに隼人が、意地悪そうに微笑む。

「毛虫みたいな幼虫に成分分解させて発酵させるんだよ。チーズの中に虫が住んでいて……。地元の人はそれごと食べるのが通なんだってさ。ドイツ地方であるらしいけど? そこの牧場でも作っていたりして、チーズを極めた人が結構買いに来るらしいよ?」

 それを聞いて、さすがに葉月も震え上がった。
 それにしても照れ隠しにそんな話をするなんて、なんて『天の邪鬼』!? そっちの方に葉月は呆れた。

 そこで葉月もじゃじゃ馬根性?
 負けてなるモノかと、何食わぬ落ち着いた顔でシラッと返してみた。

「あら。訓練では『蛇』だって食べたじゃない? つまり、それと同じような事でしょう?」

 すると今度は、お嬢さんをからかったつもりの隼人は、結構強気で返されたのが意外だったのか、暫く呆けた顔に──。だが、直ぐに可笑しそうに笑い飛ばしてきた。

「あはは! あれはあれで、骨さえなければ『ウナギ』っぽいんだけどな。そっか。お嬢さんも通ってきたわけだ」

 訓練生だった者は『蛇料理』は、皆が通る道なのだ。
 葉月も当然、訓練で『食べた』。

「もう、もう! やめて! ご飯前に!! 本訓練をした男共は直ぐにその話をしたがるの!」

 雪江は女子訓練生だったので、その道は通っていない。

「絶対。甘辛のタレで食べたいよな」

 康夫も調子に乗ってくる。

「あら。私なんかフロリダだったから『ガーリックバター』だったわよ?」
「ケッ! 非国民!! 日本国籍なら砂糖醤油だろ!!」

 葉月のフロリダ仕込みにムキになって、康夫のいつもの『ライバル視』が始まった。
 二人の相変わらずな『けんけんとした言い合い』が賑やかに続く──。
 場が暖まってきた証拠だった。

 そんな中──隼人が二人の様子に呆れ笑いをこぼして、雪江がいるキッチンにやってきた。

「お嬢さんのリクエスト。当てられてビックリした」

 雪江はサッと差し出された物を目にして、驚いた。
 隼人がそっと出してきたのは『辛口の白ワイン』だ。

(え? 好みが似ているって事?)

 隼人も、あのチーズには『辛口の白ワイン』を選んだという事だ。
 葉月が閃いたワインと一緒のものを、彼も選んでいる……。

(なんだか……。通じ合っているんじゃないの?)

 雪江は……思った。
 昨日、隼人が会ってもいない葉月を見たように言っていたこと。
 そして、いつもはそっぽを向いて『集まり』には、なかなか来ないのに、今日は来たこと。
 その上、町はずれの牧草地の牧場まで『もてなしのお土産』を買いに行ったこと。
 話し合ってもいないのに『同じ好みのワイン』を買ってきたこと。

 もしかして……? この二人はキッカケさえ掴めば、上手く行くのではないだろうか? という期待が膨らんだ。

 しかし……。
 先程の葉月の小さい女の子のような顔。
 そして隼人は、相変わらずの天の邪鬼。
 雪江は、側で夫とつっけんどんな言い合いをしている葉月を見て、そして澄ました微笑みを浮かべて中佐二人を眺めている隼人を見て。
 二人とも警戒心の強さまで似ているかもしれない……? と、雪江はため息をこぼした。

(道のりは遠い様ね。上手く行くのかしら。康夫の考え)

 雪江は、『やれやれ』と、ワインを冷やす準備に気を紛らわせた。

TOP | BACK | NEXT
Copyright (c) 2000-2006 Yuuki Moriya (kiriki) All rights reserved.