・・フランス航空部隊・・

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19.晩餐

 藤波夫妻の自宅にて、葉月がフランスまで来た歓迎の晩餐が行われた。
 雪江のフランス仕込みの軽い食事と、隼人が買ってきた極上のチーズ。
 そして、彼が買ってきた辛口の白ワイン。
 康夫のとっておきの赤ワイン。

 本場フランススタイルの晩餐。

 そんな気分のせいもあったかもしれないが、葉月は康夫に勧められて、だいぶグラスが進んでいた。

「大丈夫かよ。お嬢さん」

 結構、勢いがある葉月の飲みっぷりに、隼人は呆気にとられてしまい、思わず雪江に耳打ちをした。

「大丈夫よ。彼女はいっつも豪快なお兄さん達にもまれているんだから。呑み慣れているのよ」

 雪江はなんの心配もいらないとばかりに微笑み、平然とワインを飲んでいるだけだった。

「なに澄ましているんだよ! 隼人兄も飲めよ!」

 康夫は、頬を赤くしてもう出来上がる寸前。
 隼人『はいはい』と面倒くさそうにしてグラスを突き出すと、康夫がムスッとふくれた。

「なんだよ〜。いっつも冷静でさぁ。隼人兄は壊れたこと無いのかぁ」

 康夫がいよいよ絡み始めるのを、隼人は苦笑いで流す事しかできない。
 雪江と葉月も、苦笑いをこぼしていた。

 

・・・*・*・*・・・ ・・・*・*・*・・・

 

 康夫はすっかりほろ酔いになってきたようだが、そんな彼にどんどんと勧められるままグラスを重ねていた葉月は……。

(それにしても、大尉も結構飲んでるのに……)

 葉月はもう限界が来ているのを自分で感じていたが、同じくらい飲んでいる隼人は顔色一つ変えていなかった。

(ウ〜ン。強者)

 葉月は、いつも引きずり回され、『島』のチームメイトであるお兄さん達を思い出し、彼等の酒豪振りを思い出させる程に、隼人も匹敵するのでは? と、唸っていた。
 お兄さん達と違うのは……兄様方は康夫のようにはじけるタイプで悪のりもするのだが、隼人は飲んでも飲んでもいつもと一緒。冷たい顔で飲んでいるのだ。それが見ていて余計に『恐ろしい』とさえ、葉月は感じてしまっていた。

「葉月、飲めよ! せっかくフランスまで出向いてきたんだから!!」

 お調子全開の康夫に押されて、葉月も『はいはい』と苦笑いでグラスを出す。
 彼の『おかまいなしなお調子』はさらに加速する。
 葉月も溜め息で流す事しか出来ない。

「葉月〜〜。真一は元気か?」
「元気よ、康夫兄ちゃんにも雪江さんにもよろしく言ってくれって」

 ほろ酔いの康夫は、ここに初めて仲間にいる『隼人』がいる事を忘れたかのように、葉月の家族の事を話し始める。
 葉月はすこしだけ、ヒヤヒヤしてしまう……。
 別に甥っ子のことぐらい聞かれてもなんともないし、『肝心な部分』をほのめかされる事は、流石に酔っていても康夫は大丈夫と信頼はしているのだが……。

 だけど、やっぱり隼人が『真一って?』と、聞き慣れない名前を耳にして雪江に尋ねている姿が──。

『葉月ちゃんの甥っ子よ』
『甥っ子がいるのか、そうなんだ』

 雪江はそれ以上は言わなかったし、隼人もそれで納得をしていた。

「しかし、健気だよな。死んだ親の意志を引き継いで『軍医』を目指すなんて」

 酔いが回っている康夫の口が軽くなって来て、やはり葉月はドキリとしてしまい、背筋を伸ばした。
 葉月は……隼人の方をチラリと見たが、なんだか知らぬ存ぜぬと言った風で、ただ静かにワインを飲んでいるだけ。

「しっかりしろよ、葉月。真一には、お前しかいないんだからな!」

 葉月は、もう康夫を殴って気を失わせてやろうかと思うぐらい固まった。

「康夫? 葉月ちゃんはしっかりしてるわよ。あなたの方がちゃんとしてよ!」

 酒を飲むと妙に説教くさくなる夫に呆れた雪江が間に入ってきてくれて、葉月はホッとしたが、今度は隼人が反応してグラスを傾ける手を止めていた。
 そして葉月に、視線を向けて尋ねてくる。

「その子って……」

 隼人がそこまで言ってやめた。
 おそらくもう素早く感づいただろうと。
 康夫があれだけ調子全開で喋っていたのだから当然だ。
 隼人が途中で言葉を止めたのも、『甥っ子』がどのような状態か察したからなのだろう。
 葉月はそう思って、深くため息をついて答えた。

「甥っ子は……。私とは十歳年上の姉の子供で、姉は出産の時に亡くなってしまったの。私が十歳の時で姉が二十歳だった時に生まれたの。その後はその子の父親が育てて……その父親が横須賀の軍医だったのだけれど、急に心臓が弱くなって、甥っ子が五歳の時に、また亡くなってしまったの。甥っ子は今は同じ島で医学訓練校生。私の側にいるのよ」

 そっと微笑んで眼差しを伏せると、やっと、康夫が酔いが醒めたようにシャンと背筋を伸ばした。

「そ、そうなんだよ。これがまた、栗毛の目が可愛い男の子でさ。俺が初めて会った時は、まだ小学生だったな」
「そうね。私が日本で康夫と挙式をした時にも会いに来てくれたけど、その時はもう訓練校の制服……紺色の詰め襟服を着ていたわ。でも、まだまだ可愛い男の子だったけど。どう? もう葉月ちゃんぐらい大きくなったかしら?」
「いいえ。身長は伸びたけど165センチと言ったところかしら? その内に抜かれると思うけど?」
「へぇ。お嬢さんに、そんな弟みたいな甥っ子がいたんだ。意外だなぁ?」

 先程まで『素知らぬ顔』でやり過ごしていた隼人が、案外するりと身内話に入ってきた。

「それはなに? 私はやっぱり『末娘』みたいだから?」

 葉月は、ワイングラスを揺らしながら唇の端を少し上げておどけた。
 実際に、葉月はいつだって家族親類に『末娘扱い』しかされていないのだ。

「いや? そういう訳では。それにお嬢さんが『どんな末娘』か俺はまだ知らないよ。それよりも。実は俺の弟も今年17歳の高校二年生。俺もそんな『兄貴』には見えないだろ?」
「本当に!? そんなに歳の離れた弟さんがいるの?」

 葉月はビックリした。
 隼人が今30歳。弟が17歳。13歳も離れているじゃないか!? と!

「見えないだろ? それと一緒」

 でも──急に? 隼人がちょっとやるせなさそうにワイングラスを揺らしてうつむいたように、葉月には見えた。
 しかし、それは一瞬……。隼人はすぐに、いつものお兄さんスマイルに戻って葉月に笑いかけてきた。

「と、言うことは……。お嬢さんの甥っ子君とうちの弟は、一歳違いって事か」

 今の隼人のほんの僅かな仕草がひっかかったが、彼の弟と甥っ子が一つ違いと言う事に逆に驚いてしまい、そっちに気が逸れてしまった。

「言われてみればそうだなぁ。今まで気が付かなかった!」

 康夫もハッとした表情になり、改めて頷いていた。
 雪江も同じく『あら、本当ね!』と、ハッとしている。
 そして酔いが醒めた様子の康夫は、今度は大尉の事を話し始める。

「隼人兄は『横浜』の出身なんだぜ?」
「横浜!?」

 経歴書で彼が神奈川の生まれとは葉月も知っていたが、横浜と言ったら、横須賀基地も近いじゃないか?
 なのに訓練校からフランスにしたのは何故か!? と、思ってしまったのだ。

「もう。俺の話はいいだろう!?」

 葉月の驚きも束の間──。
 それを知りたい前に、なんだか彼のその言い方が、とても厳しい言い方だったので、流石に葉月も固まってしまった。
 康夫も……何か気づいたかのように、声をすぼめた。

 そんな冷静を匂わせていた大尉が『らしくない様子』で狂わしたような空気に──取りなし上手の雪江すらも、狼狽えているようだった。

(何? 自分のことは言いたくないって事?)

 葉月は、昨日の自分と今の隼人を重ねてしまった。
 『そんなに探って欲しくない。私の事は……』──あの気持ちと同じように感じていた。
 葉月としては、それは昨日だけでなく『いつもそれ』のような気もするのだが。

「あ──そうだわ、康夫。コリンズ中佐がね? 研修中にやった『フォーメーション』を自分のメンバーで出来るならやって見ろ! という、お言葉をくれたわよ?」
「なんだって?」

 康夫の負けず嫌いが、早速この言葉に食いついてきて葉月はホッとした。
 空気ががらりと元に戻った気がした。
 雪江もニコリと微笑んでいた。
 隼人も……元の素知らぬ顔に落ち着いていた。

 コリンズ中佐は葉月のチームのキャプテンで第五中隊に所属していた。
 歳は八歳年上で、彼は遠野大佐とはフロリダ特校で、所属は違えど、同い年というせいもあって、顔見知りの友人であったのだ。
 コリンズ中佐は葉月のことを、いつも『嬢ちゃん』と言う。
 葉月をパイロットとして育ててくれた厳しい中にも、気の良さがある親日家の先輩なのだ。

 金髪で青い目だが、ロイのような麗しさはなく、一言で言うならば『超・熱血野郎』
 髪は短髪でいかにも軍人という、がっしりしている体型のアメリカ人。
 日本に赴任してきて十年経ち、なんだかもう日本語もペラペラのキャプテンなのである。

 若いチームを任されて、こちらも負けん気が強い。
 だから、康夫とも気があったりする。
 そして康夫は、そんなコリンズ中佐に憧れている。
 豪快で男気があって、それでいて自分と同じように若いチームを引っ張っているからだ。
 飛び方も康夫と似ていた。
 とにかく突進型。一直線の熱血野郎なのだ。

 葉月のチームは若いながらも既に基地の創設記念日にある一般公開で披露する『航空ショー』に選抜されたことのあるチームであった。
 負けん気の強いキャプテンは『若いだけと、バカにされたくないぞ!』とばかりに、葉月やチームメンバー達もたじろぐような飛行を提案。
 それを物の見事にこなしたので、コリンズチームは今は若手のパイロットチームでは、かなりの注目を浴びているのだ。

 その上に、その中に葉月という女性パイロットもいたからよけいに注目を浴びているのだ。
 そんなコリンズの指導力にも康夫は尊敬している。
 航空ショーに選抜されると言うことはパイロットにとってはある意味名誉なことで『勲章』なのだ。
 葉月はその経験を既にしているのだが、康夫はまだない。
 康夫が研修に来たとき、彼はコリンズチームでそれを学びに来たのだ。
 その、若手一押しのキャプテンが編み出した難度が高い『飛行フォーメーション』も、康夫はコリンズチームの中ではこなせていた。だが、コリンズ曰く『さて? 自分のチームメイトはついてこられるかな?』が、康夫への課題として口にしていたのだ。

「それって、どんなフォーメーションなんだろう!?」

 隼人も話の輪に入ってきた。

 隼人の様子で気まずくなった雰囲気も、葉月が話し始めた内容に康夫が食いついてきたので違う意味で賑やかになった。
 隼人も葉月から、『島』の事を熱心に尋ねてくる。
 康夫は、いつも通り負けん気を出して突っかかってくる。
 雪江はそんな『空軍人』に任せてニッコリとワインを飲んだり、新しい料理を出したりに徹していた。

 この後、『空軍』の話でかなり盛り上がった。

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